NHK「保阪正康が語る昭和人物史」作家 宇野千代と朝ドラ「ブラッサム」
NHKの朝ドラ「ブラッサム」が始まった。まだ2回目だが、なかなか面白そうだ。
モデルは作家の宇野千代だという。
それにちなんでか、自分が愛聴しているNHK「保阪正康が語る昭和人物史」で、宇野千代が取り上げられていた。
宇野千代の話がなかなか豪快で、面白いので挙げてみる。
<「保阪正康が語る昭和人物史」作家 宇野千代①>(2026年9月5日放送)
作家・宇野千代は明治30年(1897年)山口県岩国市生まれ。明治・大正・昭和・平成と約1世紀を生き抜きました。大正3年高等女学校卒業後、17歳で地元の尋常小学校の代用教員になりますが、そこで「色の白い先生」に恋をします。その後ソウルに渡るものの、再びその先生に会いに行き...。昭和63年1月ラジオ第1放送の「わが故郷わが青春」では、実家の暮らしや恋の顛末、東京に出て働き始めたころを率直に語っています。(ここより)
<「保阪正康が語る昭和人物史」作家 宇野千代②>(2026年9月12日放送)
東京の西洋料理店で働き始めた宇野千代は、そこで当時の文学者と接し、自らも小説を書き始め、「ものを書くことで金が儲かる」ことを知ります。そして新聞の懸賞小説に応募し、一等に!しかも二等だった作家・尾崎士郎と出会い、一目惚れし、一緒に暮らし始めます。昭和57年8月ラジオ第2放送の「わが文学わが回想」では、人に好かれる尾崎士郎の印象や思い出、その背景にある自らの父親の「酷薄な性格」を大胆に語っています。
<「保阪正康が語る昭和人物史」作家 宇野千代③>(2026年9月19日放送)
作家・宇野千代は、大森海岸でのある出来事をきっかけに尾崎士郎と別れます。次に出会ったのは人気画家の東郷青児!しかも「ガス心中した男の気持ちを知りたい」と訪ね、そのまま一緒に暮らし始め、人気作「色ざんげ」を書くのです。昭和57年8月ラジオ第2放送の「わが文学わが回想」では、尾崎士郎との別れ、東郷青児との出会い、「追っかけていかない。別れてあげる」という恋愛観や、文学の定義を自信をもって語っています。
<「保阪正康が語る昭和人物史」作家 宇野千代④>(2026年9月26日放送)
作家・宇野千代は画家・東郷青児と別れた後、10歳年下の北原武夫と出会い。女性ファッション誌「スタイル」を創刊。表紙に藤田嗣治の絵を使った斬新なものでした。そして北原武夫と、生涯4度目となる結婚をし、戦後別れます・平成2年1月FM放送の「宇野千代 92歳の青春」では、エッセイスト・神津ナンナのインタビューに対し、「人を信じる。信じた通りになる」など数々の名言とともに、人生を振り返っています。(ここより)
NHKの朝ドラは、いつも視聴率が抜群。たぶん多くの人は習慣で見ているのだろう。
12年前に亡くなったお袋も、毎日見ていた。どこまで物語に付いて行ったかは分からないが、ウトウトしながらも見ていた。
自分は、習慣では見ない。でも最近では「あんぱん」「ばけばけ」「風、薫る」は見た。
先日まで放送されていた「風、薫る」は、正直面白くなかった。特に主人公の女優さんが苦手だった。でも何となく見てしまった。
いつもは見始めても「虎に翼」のように、自分にフィットしないのは、途中で「やめた!」と宣言して、見るのを止めるのだが・・・
それにしても、どの朝ドラも、テーマソングのナウいこと。いわゆるJポップなのだろうが、老人には付いて行けない。特に朝ドラは、老人の視聴率が高いので、もう少し「旋律のある」静かな歌だと良いのだが・・・
でもまあ今回の宇野千代の人生。上に挙げた本人の話のように、まさにナウい生涯だったわけだが、それがどうチョイスされた物語になるのか、まあ習慣で見てみようか・・・
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