太宰治を読む
高校生以来だろうか、太宰治を読んだ。いつもの「全部」では無いが、何冊かの文庫本を・・・
きっかけは司馬遼太郎のこんな言葉。
「司馬遼太郎全講演(3)」という文庫本の「東北の巨人たち」という項で、講演の最後にこんな言葉を残した。
「・・・
東北外の人間として、私がずっと感じてきたことを聞いていただいているわけですが、最後に津軽に生まれた太宰治の話をいたします。
私の家内が太宰治の大ファンでありまして、大学の卒業論文も太宰治でした。そのとき、主任の先生が「こういうふしだらな人を卒業論文にするもんじゃない」といわれたそうです。
昭和二十三年に太宰治が死んだとき、私はなりたての新聞記者でした。太宰治という字が読めなくて、「ダザイジ」と読んでいたぐらいで、それほど無知でした。太宰治の小説を読むようになったのは、五十歳なかばからです。以来、全集を五、六回読んでいます。
得た結論は、彼は破滅型でも自堕落でもないということでした。太宰治の精神、文学が持っているたった一つの長所を挙げよといわれれば、聖なるものへのあこがれという一語に尽きるわけです。
あの人は『聖書』が好きでした。クリスチャンではありません。ただ座右の書として置いていた。素朴に清らかなものとしてとらえていた。『聖書』の文体が好きでした。よく引用した。そこからなにか着想して短編を書いたりしています。破滅的な作品でさえ、破滅していく主人公の心には、実に聖なるものへのあこがれが表れています。
太宰文学は破滅型で、「人間失格』が太宰の人生だというのは、先入観です。先入観では、太宰治を理解することはできません。
東北を一つの僻地として見る見方が伝統的にあります。世間にも、東北人自身にもあります。これが先入観だと思うのです。
これを見直す時代がきましたね。東北をもっと掘り下げるべきです。東北をその独自性から見直す。世界史的な大きな目をもち、東北の人文の伝統を見直すべきなのです。
それをまず、東北人自身がやらなければなりませんよ。私は今日、東北の偉大な人々の名前を挙げました。彼らに負けない、大きな思想家が出てくれないかと思っているからです。ここにお集まりの方々から、新しい新しい東北論を書いてくださる方が出るのを、私は楽しみにしております。」
1987年9月25日 仙台市民会館 仙台市市民文化事業団第一回文化講演会
「太宰治という字が読めなくて、「ダザイジ」と読んでいたぐらいで、それほど無知でした。」というくだりが愉快だった。
誰も「走れメロス」や「富岳百景」は教科書で知っている。特に高校時代は先生に勧められて、たくさんの太宰作品を読んだもの。
上の言葉に励まされて?太宰治を復習する気になった。
8冊ほど文庫本を手に入れて読んでみた。有名作品はどれも2度目。しかし初めて読む短編作品も多い。
相変わらず、太宰は自分の体験をもとに小説化した作品が多い。特に自死に向かう姿の作品は、どれも暗い。それに破滅に向かう体験談がリアリティに富むように見えるので、登城する当事者にとってはあまり愉快では無いのかも・・・と心配してしまう。
短編小説の「きりぎりす」の中にこんな部分がある。
「・・・故郷の者は、ひとりも私の作品を読まぬ。読むとしても、主人公の醜態を行っている描写の箇所だけを、憫笑を以て拾い上げて、大いに呆れて人に語り、郷里の恥として、罵倒、嘲笑しているくらいのところであろう。四年まえ、東京で長兄とちょっと逢った時にも長兄は、おまえの本を親戚の者たちへ送ることだけは止せ。おれだって読みたくない。親戚の者たちは、おまえの本を読んで、どんなことを、と言いかけ、ふっと口を噤んで顔を伏せたきりだったけれど、私には、すべての情勢が、ありありと判った。もう死ぬまで一冊も、郷里の者へ、本を送らぬつもりである。・・・」
もちろんこれは小説の一コマではあるが、どうも実際の光景を書いたもののような気がする。
最後に読んだ「水仙」「日の出前」は、いつもの太宰の雰囲気ではなく、まさに小説・小説していて面白かった。特に改めて読んだ「日の出前」は、当時実際にあった「日大生殺し事件」をヒントに書いたという。(ここ)
自分には、破滅小説より、こんなドラマチックな小説の方が面白かった。
さてさて、自分の「全部読むぞ」作戦も、最近はバカバカしくなって「全部」は止めたが、4月からNHKで再放送が始まった大河ドラマの「太平記」の原作の吉川英治の「私本太平記」や「新・平家物語」に今後チャレンジの予定。またこれらは実家の親父の本棚にもあった本。
「積ん読」が趣味だった親父が実際に全編読んだのかどうかは分からないが、たまには死んだ親父と同じフィールド(吉川英治)で顔を合わせるのもオツかもね。
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