茨木のり子の「花の名」
NHKラジオ第2の「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史 茨木のり子」を聞いた。
詩人・茨木のり子については、前に「詩人・茨木のり子の遺した愛のかたみ」(ここ)という記事を書いた。もう13年も前の事である。
当時、この詩人に興味を持ち、何冊か読んだことがあった。
今回は、(自分の好きな)山根基世アナとの対談が再放送された。
2004年3月13日「土曜ホットタイム 素敵なあなた 生きるということ」という番組で、茨木のり子が77歳の時の対談だという。(茨木さんはこの2年後に没している)
<保阪正康が語る昭和人物史 茨木のり子①>(2026/02/01放送)
<保阪正康が語る昭和人物史 茨木のり子②>(2026/02/08放送)
この放送の中で、色々な詩が紹介されており、13年前に書いた記事(ここ)に挙げていたものもあった。
そして今回、「花の名」という詩を初めて聞いた。
『花の名』茨木のり子
「浜松はとても進歩的ですよ」/「と申しますと」/「全裸になっちまうんです 浜松のストリップ そりゃあ進歩的です」/なるほどそういう使い方もあるわけか 進歩的!/登山坊の男はひどく陽気だった/千住に住む甥ッ子が女と同棲しちまって/しかたないから結婚式をあげてやりにゆくという/「あなたは先生ですか?/「いいえ」/「じゃ絵描きさん?」/「いいえ/以前 女探偵かって言われたこともあります/やはり汽車のなかで」/「はっはっは」/わたしは告別式の帰り/父の骨を柳の箸でつまんできて/はかなさが十一月の風のようです/黙って行きたいのです/「今日は戦時中のように混みますね/お花見どきだから あなた何年生れ?/へええ じゃ僕とおない年だ こりゃ愉快!/ラバウルの生き残りですよ 僕 まったくひどいもんだった/さらばラバウルよって唄 知ってる?/いい唄だったなあ」/かつてのますらお・ますらめも/だいぶくたびれたものだと/お互いふっと目を据える/吉凶あいむかい賑やかに東海道をのぼるより/仕方がなさそうな/「娯楽のためにも殺気だつんだからな/でもごらんなさい 桜の花がまっさかりだ/海の色といいなあ/僕 いろいろ花の名前を覚えたいと思ってンすよ/あなた知りませんか? ううんとね/大きな白い花がいちめんに咲いてて……」/「いい匂いがして 今ごろ咲く花?」/「そう とても豪華な感じのする」/「印度の花のようでしょう」/「そう そう」/「泰山木じゃないかしら?」/「ははァ 泰山木 ……僕長い間/知りたがってたんだ どんな字を書くんです?/なるほど メモしとこう」/
女のひとが花の名前を沢山知っているのなんか
とてもいいものだよ
父の古い言葉がゆっくりよぎる
物心ついてからどれほど怖れてきただろう
死別の日を
歳月はあなたとの別れの準備のために
おおかた費やされてきたように思われる
いい男だったわ お父さん
娘が捧げる一輪の花
生きているとき言いたくて
言えなかった言葉です
棺のまわりに誰も居なくなったとき
私はそっと近づいて父の顔に頬をよせた
氷ともちがう陶器ともちがう
ふしぎなつめたさ
菜の花のまんなかの火葬場から
ビスケットを焼くような黒い煙がひとすじ昇る
ふるさとの海べの町はへんに明るく
すべてを童話にみせてしまう
鱶に足を喰いちぎられたとか/農機具に手をまき込まれたとか/耳に虻が入って泣きわめくちび 交通事故/自殺未遂 腸捻転 破傷風 麻薬泥棒/田舎の外科医だったあなたは/他人に襲いかかる死神を力まかせにぐいぐい/のけぞらせ つきとばす/昼も夜もない精悍な獅子でした/まったく突然の/少しの苦しみもない安らかな死は/だから何者からかの御褒美ではなかったかしら/「今日はお日柄もよろしく……仲人なんて/照れるなあ あれ! 僕のモーニングの上に/どんどん荷物が ま いいや しかし/東京に住もうとは思わないなあ/ありゃ人間の住むとこじゃない/田舎じゃ誠意をもってつきあえば友達は/ジャカスカ出来るしねえ 僕は材木屋です/子供は三人 あなたは?」/父の葬儀に鳥や獣はこなかったけれど/花びら散りかかる小型の涅槃図/白痴のすーやんがやってきて廻らぬ舌で/かきくどく/誰も相手にしないすーやんを/父はやさしく診てあげた/私の頬をしたたか濡らす熱い塩化ナトリウムのしたたり/農夫 下駄屋 おもちゃ屋 八百屋/漁師 うどんや 瓦屋 小使い/好きだった名もないひとびとに囲まれて/ひとすじの煙となった野辺おくり/棺を覆うて始めてわかる/味噌くさくはなかったから上味噌であった仏教徒/吉良(きら)のチエホフよ/さようなら/「旅は道づれというけれど いやあお蔭さんで/楽しかったな 、じゃ お達者でね」/東京駅のプラットフォームに登山帽がまったく/紛れてしまったとき あ と叫ぶ/
あの人が指したのは辛夷(こぶし)の花ではなかったかしら
そうだ泰山木は六月の花
ああ なんといううわのそら
娘の頃に父はしきりにそう言ったものだ
「お前は馬鹿だ」
「お前は抜けている」
「お前は途方もない馬鹿だ」
リバガアゼでも詰め込むようにせっせと
世の中に出てみたら左程の馬鹿でもないことが
かなりはっきりしたけれど
あれは何を怖れていたのですか 父上よ
それにしても今日はほんとに一寸 馬鹿
かの登山帽の戦中派
花の名前の誤りを
何時 何処で どんな顔して
気付いてくれることだろう
この詩を聞いて、まず思い出したのが、中島みゆきの「雪」という歌(ここ)。
どちらも亡くなった父への追慕。
ひるがえって、我が父はどうか?
最近、朝起きてカミさんに「また親父やお袋の夢を見たよ」と言うと、「お父さんもお母さんも本当に良い人だったよね」と言う。
親父もお袋も、やっと来てくれた嫁さんに、最大限の心遣いをしていたのだろう、と思う。しかし自分は兄貴のように跡取りでもなく、弟のように可愛いチビちゃんでもなく、あぶれ者の次男の自分から見ると、いつも親父は敵。
上の詩で「お前は馬鹿だ」「お前は抜けている」「お前は途方もない馬鹿だ」という言葉が出てくるが、まさに自分も同じ。
だから、親父の死の1年前に、自分が*長になったと知ったときは、さすがに喜んでくれたらしい。あぶれ者の自分が「左程の馬鹿でもない?」ことが分かった??? 自分の親父に対する人生で唯一の親孝行だった。
つい色々な事を思い出してしまうのも、人生の終盤戦を迎えたせいかも?
さて、もう一つ、「汲む」という詩も紹介されていた。
『汲む Y・Yに』茨木のり子
大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立ち居振る舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背伸びを見すかしたように
なにげない話に言いました
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました
私はどきんとし
そして深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
この放送の中でも言っていたが、このY.Yさんというのは、山本安英さんという新劇の女優さんで、木下順二作の戯曲『夕鶴』のヒロイン・つう役を1000回以上にわたって演じたことで有名な方。
こんな詩を読むと、やはり「品(ひん)」という言葉を思い浮かべる。
当サイトにも何度か書いているが、自分も人生やはり「品」を持って終えたいと思うこの頃ではある。
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