宮尾登美子と「細雪」
谷崎潤一郎の「細雪」を読んだ。
宮尾登美子にハマっていることは前に書いた(ここ)。
結局、宮尾登美子の作品をほぼ全て読んでしまった。
良く知られているように、宮尾登美子の作品は4つに分類される。
1)自伝四部作(「櫂」「春燈」「朱夏」「仁淀川」)と「岩伍覚え書」を取り巻く作品群
2)伝統芸や伝統美を描いた作品群
「一絃の琴」「伽羅の香」「序の舞」「松風の家」「きのね」「菊亭八百善の人びと」「錦」
3)歴史上の人物に題材をとった作品群
「天璋院篤姫」「東福門院和子の涙」「クレオパトラ」「宮尾本 平家物語」
4)架空の主人公が登場する作品群
「天涯の花」「蔵」
「宮尾登美子の作品を全部」と言っても、このうち歴史上の人物の作品は「篤姫」を除いて挫折した。
しかし、伝統芸の世界の作品や「天涯の花」「蔵」はどれも素晴らしかった。
その他にエッセイの本が幾つかあるが、「もう一つの出会い」というエッセイの中で、谷崎潤一郎の「細雪」が、宮尾登美子の人生に多大な影響を与えた作品だということを知り、読んでみたくなった。
このエッセイにこうある。
「閉ざされた心を解き放った『細雪』の世界
病床でめぐり合った美の世界
私は今日まで文学上の師もなく、いかなる同人雑誌にも属さず、ひたすら先達の作品を手本にしてひとりコツコツと小説を書いてきたが、それだけに、よい作品との出会いには生涯忘れられないほどの鮮烈な印象がある。
『細雪』とは昭和二十四年の後半が初対面で、いまでも目の前にあの紙質の悪い、上中下三冊の本の姿が浮かんでくる。私は昭和二十一年秋、満州から引き揚げて帰り、翌年春から肺結核をわずらって三、四年ほど半病人の生活を送ったが、この暗い毎日から脱皮するきっかけを作ってくれたのが『細雪』だったといまでも思っている。
・・・
・・・結核は不治の病いだったが、私が死の恐怖から幾分免れていたのは、寝ているあいだの読書という楽しみがあったためではなかったろうか。
病院の帰り本屋に寄り、好きな一冊を買ってきて寝ながらそれを読むときの束の間の充足。明日のことは考えず、本のなかにだけ自分の人生を見つけて暮らした日々。この頃から私は小説を書き始めたのだった。
私の結核は、冬のあいだは活動を停止するらしく、夏はべったり寝ついていても涼しくなると床を払っていたから、まわりは夏病みぐらいに軽く考えていたふしもあった。『細雪』は、幾分元気になった秋口に上巻を買い、続いて年末までに三巻揃えて読み了えたが、そのあと呆然とし、それから急に自分の身の上がみじめで悲しくなったことをいまでもありありと思い出す。
・・・
私には好きな作家という人はいないが、好きな作品というのはいくつかある。人にはのめり込めないが、作品にはのめり込むたちなのであろう。『細雪』はもちろん好きな作品の上位に位置していまでも動かず、その打ち込みかたは以上述べた下地があるために、いっそう生々しく強いものがある。
自分とさして遠くない場所に、こんな世界があるという発見は、こんな生活に止まっていてはいけない、としきりに私自身を駆り立て、それは新しい活力となったようだった。やがて私はまず結核から脱出し、そして農家の暮らしからぬけ出し、そのあと離婚というかたちでようやく自分を縛っていたものから解放された。いま思えば、小説に我が身を投影して感情を波立たせるなど、のぼせかたも甚だしいが、ここら辺りがいまもって評論の苦手な私の資質というべきものなのであろう。逆にいえば、人一人死病からよみがえらせ、ふるい立たせた大谷崎の腕とは大したもので、いまやっと同業の端につながった私など、とてもその力のないのをつくづくと感じる。
今回、私は目の悪いせいもあって改めて『細雪』を読み返さずこれを書いたが、読み返せば当時の私の、羨望と嘆きをいやでもせつなく思い出すにちがいないという恐れもいまだに無きにしもあらずなのである。」(宮尾登美子「もう一つの出会い」p111より)
こんな一文を読んで、どれどれ・・・と読んでみたくなったのである。
「細雪」は、大阪の没落した旧家、蒔岡家の4人姉妹、鶴子・幸子・雪子・妙子の物語で、三女・雪子の縁談話と四女の妙子の奔放が中心に物語が展開する。
読み始めて、まずその文章の一つひとつが長いのに気が付いた。まるで法曹が書く文章みたいにワンセンテンスが長い。
そして上巻を読んでいて、物語に変化が少なく、あまり乗らなかったが、中巻、下巻と進むにつれて、事態が大きく動き、ついついスピードを速めて読んでしまった。
中心は三女・雪子の見合い話だが、戦前の日本は見合いを世話する人がおり、両家とも徹底的にお互いの家を事前に調査し、それが終わってやっと当人たちの面会にたどり着くというプロセスであり、今の「両性の合意に基づく」結婚という世界とは違う。
それだけに、雪子の結婚に対する主体性の無さにイライラしたり、末っ子の妙子の奔放な生活態度に反感を持ったりと、まあ楽しめた。
wikiによると、この作品は世界で16の言語に翻訳されているという。
そして「太平洋戦争中、谷崎は松子夫人とその妹たち四姉妹との生活を題材にした大作『細雪』に取り組み、軍部による発行差し止めに遭いつつも執筆を続け、戦後その全編を発表する(毎日出版文化賞、朝日文化賞受賞)。同作の登場人物である二女「幸子」は松子夫人、三女の「雪子」は松子の妹・重子がモデルとなっている。」
という。
松子夫人についてwikiを追っていくとこんな記載もある。
「『細雪』は、1937年から1941年まで森田家四姉妹(朝子、松子、重子、信子)の身の上に起きたことをほぼそのまま描いたもので、森田四姉妹の長女・朝子(1899-1981)は三菱商事勤務の森田詮三(旧姓・卜部)を婿に取り結婚。三女重子(1907-1974)はたびたびの見合いのあと徳川家の一族である渡辺明(1898-1949, 松平康民の三男で渡辺家の養子)と結婚。四女・信子(1910-1997)は1929年に松子と婚姻中であった根津清太郎と駆け落ち後、1941年にプロゴルファーの嶋川信一(1909-1982)と結婚。」
とあり、物語と対比してみると面白い。
物語では、四女は幼なじみと駆け落ちした事になっているが、実際は谷崎の妻の松子の元の夫と駆け落ちしたのであり、その後バーテンの子を身ごもって結婚、の相手はプロゴルファーだった。
この小説を読んでいくと、まさに実際に体験していないと書けないような微細な具体性があったが、なるほど谷崎は、自分の体験をそのまま書いていたようだ。
今回、ひょんな事から超有名な小説を読んでみた。
もちろん超有名な小説は幾らでもある。そっちの世界にも今後入ってみようかな、と思った今回の「細雪」ではあった。
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