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2025年5月の1件の記事

2025年5月24日 (土)

今さら思い出す「バカなことをした!」記憶

前に、自分が3ヶ月おきに通っている近くの大学病院の主治医の先生が、自分の「よく悪夢を見るんですよ。内容は現役時代の仕事のこと」という雑談に対して、こんな事を言っていた。

「トシを取ると記憶力が下がるとか言うんだけど、記憶ってあんまり残んない方が良い事だと僕は思う。
と言うのはね、考えすぎて残るよりは消えて行ってくれた方が人間は楽なんですよ。だから物は考えようなんですよ。
良いことの夢はほとんど見ない。記憶って全部残ったら大変のことになっちゃう。トラウマになっちゃう」

自分はよく夢を見る。
覚えているのは目が覚めた直前の夢なのだろうが、その夢の中身が問題。イヤな夢ばかり。現役時代の仕事の事、イヤな上司との軋轢のエピソードなど。
リタイアしてもう20数年。それを、いまだに現役時代の記憶にいたぶられている。
たまに会う同期の友人にその事を話すと、夢など見た事は無いという。もう現役時代の事は忘れたという。
なぜ自分はもう忘れて良いことに、いまだにさいなまれているのか・・・

また、「バカなことをした!」という事件(エピソード)もよく思い出す。
それが沢山あるのである。それほどバカなことした!と思う事をしてきた。
その時は、良かれと思って行動したはずだが、今になって思えば、何とバカなことをしたのか!と、思い出すだけで恥ずかしい。
相手が多分忘れている、と思える事がせめてもの慰み・・・

学生時代などの若いとき、「行動すべきかどうか迷ったときはどうする?」というのは重大な命題だった。(例えば愛の告白など!?)
当時、そんな話を兄と話していたら、「迷ったら進め!」と言われた。何もしなければ何も変わらないが、行動することによって何かが変わるから。と言う。

しかし、今になって思えば、「迷ったら止めとけ」が正解だったと思う。
仕事上でも、ある重大な決断をして行動しても、結果はろくなことにはならなかった。
引き返せない事態を招き、その事がずっと尾を引いたことは多かった。

思っても行動しなければ、少なくても自分だけは傷付かない。その方が、トラウマも少なく、被害!は少ない。
目新しいことはするな。が自分の悟りの到達点かも???

今日の夕方、いつものようにTBSの「報道特集」という番組を見た。改めて兵庫県知事の問題を特集していた。
忘れっぽい日本人の中にあって、「まだやってるの?」という風評に惑わされず、問題を掘り起こす姿勢には共感。
この「内部告発」も、ある決断をして行動したのだろう。しかし、その結果が自殺とは痛ましい。

最近よくカミさんに言う。「自分の葬式はしなくて良い。直葬で良い。誰も呼ばなくて良い」
しかしカミさんは「そういうわけには行かない」という。
トシと共になぜこんなに厭世的になったのか?
確かに、お互い葬式などは行かなくなった。それよりも、連絡すら来なくなった。
現役時代ならともかく、リタイアして数十年経った今、本当に付き合いのある人は少なくなった。年賀状ももうほとんど無くなり、人間関係も狭くなった。
よって、自分の葬式に来てくれと言える人は家族と兄弟くらい。
そろそろ人生を閉じるトシになって、やはり人間、生まれるときも死ぬときも裸一貫、と思う。
「バカなことをした!」が多かった自分の人生だが、閉じるときに全てはリセットされる。
だから早くリセットしたい??

でも運転免許の更新はするぞ!!
先日来た免許更新のお知らせ。今度更新すると80歳までOK。
前に、たまたま一緒になった自分より10歳年上の会社の先輩が「先日、免許の更新をした」と言っていた。90歳まで運転OKだという。
ま、自分も、「バカなことをした!」という数々の思い出を引きずりながら、免許だけは自分も負けずに、ずっと継続するつもりなのであ~る。

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