「やなせたかし」のインタビューと宮城まりこ子の「手のひらに太陽を」
長い間愛聴していたNHKラジオ第2の「カルチャーラジオ 保阪正康が語る昭和人物史」が4月から「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」に変わり、進行役も14年間担当した宇田川清江アナから、ノンフィクション作家の梯久美子さんに替わった。プロのアナでないのが興味深い。
4月は4回に亘って「やなせたかし」を採り上げているが、梯さんは20代の頃、雑誌『詩とメルヘン』の新人編集者として、編集長のやなせたかしさんのもとで働き、晩年まで親交があったという。
また梯さんは最近、「やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく」という評伝を出されたそうで、梯さんが最初に採り上げる人物としては最適だった。
言うまでも無く、この4月からはNHKの朝ドラで、「やなせたかし」と奥さんをモデルとした「あんぱん」がスタートして、我が家でも何となく夫婦で見ている。
しかし、松嶋菜々子が演じる、嵩と千尋という兄弟を棄てて再婚した生みの母親が、再婚先から戻ってきて、そのしゃしゃり出る態度に、不快で見る気がしなくなったが、幸いにも?家を出てその姿を見なくなったので、ホットしてまた見ている・・・
もちろん、やなせたかしの実像とドラマとは違うが、このドラマを機に、「やなせたかし」とい人物を眺めてみたのも事実。
この番組では、2006年(H18年)1月4日のNHKラジオ深夜便「明日へのことば」で放送された、86歳のやなせたかしさんへのインタビューを元にした番組だが、、なかなか面白かったので下に挙げてみる。
<「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」やなせたかし(1)>(2025/04/06放送)
漫画家のやなせたかしは、大正8年に生まれる。高知県内の小中学校で学び、昭和12年18歳の時に東京高等工芸学校の図案科に入学。その後様々な仕事をし、54歳の時に「あんぱんまん」を刊行、その後の大ヒットに繋がります。平成18年1月にラジオ第1で放送された「ラジオ深夜便、明日へのことば」の前半では、代表作のアンパンマンが誕生するまでの経緯や、なぜ漫画に興味を持ち始めたのかについて話しています。(ここより)
<「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」やなせたかし(2)>(2025/04/13放送)
やなせたかしは、昭和15年東京高等工芸学校の図案科を卒業した後、製薬会社の宣伝部に就職。翌年の昭和16年には陸軍第十二師団に配属された後、中国へ派遣され実際の戦争を体験します。平成18年1月にラジオ第1で放送された「ラジオ深夜便、明日へのことば」の前半では、中国での戦争体験や、同じ中国で仕事をしてそこで亡くなった父親の事、また戦争体験から生まれた代表作のアンパンマンのことなどを語っています。(ここより)
<「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」やなせたかし(3)>(2025/04/20放送)
やなせたかしは、戦後復員したあと新聞記者や雑誌の編集者などを体験。また昭和35年41歳の時には「見上げてごらん夜の星を」の舞台装置や、「手のひらを太陽に」の作詞など、漫画以外の仕事にも取り組みます。平成18年1月にラジオ第1で放送された「ラジオ深夜便、明日へのことば」の後半では、デパートの包装紙の制作や舞台装置の取り組み、またテレビや絵本の仕事が後の漫画制作に大いに役立ったことなどを語っています。(ここより)
<「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」やなせたかし(4)>(2025/04/27放送)
やなせたかしは、漫画以外の様々な仕事のあと、昭和63年69歳の時からテレビアニメ「それいけ!アンパンマン」の放送が始まります。その後、日本漫画家協会賞の大賞を受賞し、2011年の東日本大震災の後「アンパンマンマーチ」が震災の復興ソングにも。平成18年1月にラジオ第1で放送された「ラジオ深夜便、明日へのことば」では、アニメやシナリオの仕事、そして80歳にして挑戦したミュージカルについて話しています。(ここより)
この番組を聞いて、「手のひらを太陽に」がやなせたかしの作詞であることを知った。
オリジナルだという宮城まり子の歌で聞いてみよう。
<宮城まり子の「手のひらを太陽に」>
「手のひらを太陽に」
作詞:やなせたかし
作曲:いずみたく
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんなみんな生きているんだ
ともだちなんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
トンボだって カエルだって
ミツバチだって
みんなみんな生きているんだ
ともだちなんだ
(ぼくらはみんな 生きている
生きているから おどるんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 愛するんだ)
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
スズメだって イナゴだって
カゲロウだって
みんなみんな生きているんだ
ともだちなんだ)
保坂さんの番組で、この歌詞についても言及があり、面白い。
しかし、やなせたかしの滑舌の良いことには驚かされる。実に多才な人だったらしい。
またwikiを読むと、病魔との戦いも凄まじい。
「60歳代末期には腎臓結石、70歳代には白内障、心臓病、80歳代には膵臓炎、ヘルニア、緑内障、腸閉塞、腎臓癌、膀胱癌、90歳代には腸閉塞(再発)、肺炎、心臓病(再発)と病歴を重ねていた。膀胱癌は10度以上再発している。」とのこと。
子どもに圧倒的な人気だという「アンパンマン」だが、自分は読んだことが無い。自分の子育て時代にも多分無かった。当時はもっぱら「およげたいやきくん」の時代だった・・・
毎年、朝ドラや大河ドラマで、クローズアップされる人や地方。今年はやなせたかしらしい。
そう言えば、朝ドラの主人公の朝田のぶが入学した女子師範学校のロケ地は、自分の母校だった。ま、これも何かの縁か??
朝ドラにほとんど興味を示さない我が家だが、今年はやっと人並みになったようである。
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