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2023年1月12日 (木)

好きな司馬作品1位は「坂の上の雲」

今日のニュースにこんな記事があった。
今自分が凝っている司馬遼太郎についてである。

司馬遼太郎生誕100年 好きな司馬作品1位は「坂の上の雲」 全作品の累計発行部数2億部超

司馬遼太郎記念財団(大阪府東大阪市)は11日、今年が作家・司馬遼太郎さん(1923~96年)の生誕100年になるのに合わせ、インターネットなどで行った「好きな司馬作品」アンケートの結果を発表。1位は「坂の上の雲」、2位は「竜馬がゆく」、3位は「燃えよ剣」がそれぞれランクイン。これまで出版された全司馬作品の紙・電子を合わせた累計発行部数は判明しているだけでも2億部を超えたという。

230112sukinasibasakuhinn 4位は「街道をゆく」、5位「峠」、6位「花神」、7位「国盗り物語」、8位「菜の花の沖」、9位「関ヶ原」、10位「世に棲む日日」と続いた。

アンケートは、同財団のホームページや記念館で昨年10月1日から11月15日まで行い、約1500人から回答があった。年代や性別、地域ごとにランキングも集計した。

性別では、男性は「坂の上の雲」、女性は「燃えよ剣」がトップだった。年代別では、10代~30代が「燃えよ剣」だったが、40代以上はすべて「坂の上の雲」がトップを占めた。

これまで出版された紙・電子を合わせた累計発行部数のランキングで1位だったのは「竜馬がゆく」で2496万部。2位が「坂の上の雲」で1987万部、3位は「街道をゆく」で1224万部だった。これら全司馬作品の累計発行部数は、2億673万部に達したという。同財団が各出版社に問い合わせ算出した。

これまで、同様のアンケートは「司馬遼太郎記念館友の会」会員対象に行ったことはあるが、インターネットを通じて幅広い層を対象に行うのは初めて。」(2023/01/11付「産経新聞」ここより)

また総回答数に占める割合は、「坂の上の雲」が21.7%、「竜馬がゆく」が15.7%、「燃えよ剣」が10.9%で、上位3作品がほぼ半数を占めたという。

カミさん曰く、読む本は、他人の評価などは気にせず、自分の好みで選ぶものだという。でも自分のようなミーハーは、つい世の中の評判を気にしてしまう。
Netで検索すると、司馬作品のランキングの記事が色々ヒットする。しかし、今回のランキングは、発行部数も含め、“司馬遼太郎記念財団が各出版社に問い合わせ算出した”とあるので2022年10月現在の正確な数字であろう。

このランキングを見ると、自分の好きな戦国物より、幕末物の方が人気があるらしい。
そして「坂の上の雲」の人気が高い。

前にも書いたが、最近の自分の毎日は「街道をゆく」で埋め尽くされている。原本を読み、ビジュアル版を読み、ムックを読み、そしてNHKの番組(DVD)で締めくくる。
街道毎にこんな読み方をすると、司馬さんの世界が実に良く分かる。特に、NHKの番組では、その場に行ってくれるので有り難い。
文庫で全43巻。「週刊朝日」の1971年1月1日号から1996年3月15日号までの連載1147回。72の街道を旅する。
別に1巻から順に読む必要も無いため、自分が昔行ったことがあるようなところから読み出している。先日も第8巻の「豊後・日田街道」を読んでいたら、大分の古国府という地名が出て来た。50年前、古い友人宅があり、行ったことを思い出した。GoogleEarthでその場所を覗いてみたが、さすがに半世紀経っているせいか、そこがどこだか、全く分からなかった。
230112sibamook 昔、司馬さんが行った世界を、改めて記者が歩くシリーズが、週刊朝日のムックで出ている。「司馬遼太郎の街道」シリーズだが、4巻まで出て、その後はテーマ別に変わってしまった。そのまま全街道を巡ってくれれば良いのに・・・と残念。

そして総発行部数は2億部だという。
wikiの「ベストセラー作家」を見ると、日本人の発行部数は、赤川次郎、西村京太郎、司馬遼太郎、吉川英治という順らしい。

今年、生誕100年を迎えるという司馬遼太郎。
1996年2月12日に72歳で亡くなった。死因は腹部大動脈瘤。自分も小さいのを持っているので、決して他人事では無い。
ここ)に、亡くなるまでの経緯があった。それによると、
「司馬遼太郎のなくなる前の体調についての記述も見ることができる。それによると氏における大動脈瘤破裂の前兆は1 年半以上も前にさかのぼってあったことがわかる。以下にピックアップする。即ち、平成7年4 月6 日「去年の夏頃、左の坐骨神経痛。医者にもゆかず、1 週間は歩行もできずに苦しんでいたが、客が去るようにして去りました」。6 月16
日「右足が重い、と感ずることが、十日ほどつづき、レグウォ―マーで足を暖めた」(本人の記述)。12 月には周囲の人に顔色が白く見えるほど貧血が進み、翌8 年1月3 日腰痛で治療。18 日風呂場で貧血状態(血圧低下による目眩)、20 日から発熱(動脈瘤破裂後の腹膜炎と血腫吸収熱)。2 月10 日午前0 時過ぎ、歯磨き中に倒れ救急車で国立大阪病院に搬送。
貧血著しく内視鏡検査実施、胃に著変なし。輸血により一時回復の兆しあるも深夜に大量吐下血。11 日未明から手術、腹部大動脈瘤の十二指腸への穿孔破裂と診断。翌12 日午後8 時50 分死去[72 歳]。」

また(ここ)には、こんな記述も・・・
「腹部大動脈瘤をなぜか「坐骨神経痛」と思い込んでいたそうですが、腹部大動脈瘤が神経を圧迫して生じた痛みだったのです。1年後には「ザコツさえなければ」と、痛みが耐え難い状態になっていましたが、検査をかたくなに拒み、鍼による療治などの対症療法を受けていました。そして、大動脈瘤が破裂して突然倒れます。本人を説得し手術が行われ、はじめて腹部大動脈瘤であることが判明しますが、すでに意識不明の状態でした。その後、眠るように息を引きとりました。」

亡くなって27年。しかし、司馬さんのファンは多く、本も売れている。
しかし、自身の体についての責任は本人しか負えない。医師も家族も、本人の体についてどうするかは、本人の意向だけ。
4年前に兄が亡くなったが、その時の医師の対応は、どんなに書類がそろっていても(尊厳死の宣言)、本人に意向を聞いていた。意識朦朧の状態でも、人工呼吸器の装着の希望など、耳元で大きな声を出して、聞いていた。
そんな事から、「検査をかたくなに拒み」では仕方が無かったのだろう。
しかし、事前に発見していれば、ほぼ確実に救命できるというから、ファンからすれば「惜しい!」としか思えない。

今ごろ??夢中になっている後期高齢者の“にわか司馬ファン”ではある。

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コメント

私も司馬遼太郎の作品の中で「坂の上の雲」が一番好きですね。この小説のなかで一番印象に残るのは、良くも悪くも、乃木希典の第3軍が旅順要害を多大の損害を出しながらも攻略する部分ではないでしょうか?「坂の上の雲」を読了した中学生の孫に感想を聞いたら、「伊地知め!」と言ってました(笑)。「伊地知」とは乃木司令官のもとで参謀をつとめた伊地知孝介少将のこと。視野がせまく、頑迷で、後の太平洋戦争を指導した軍人には、たとえばインパール作戦を指揮した牟田口廉也のように、こうした人物がたくさん出てきます。司馬さんの「坂の上の雲」のスピンオフ作品として乃木希典をもう少し掘り下げて書いた「殉死」という作品がありますが、ご存じでしょうか。ここに描かれた乃木希典という人物は、私のような凡人からみると、相当の奇人ですね。

投稿: KeiichiKoda | 2023年1月29日 (日) 09:36

司馬さんはあるとき正岡子規のことを調べていたら、子規と秋山真之は幼馴染で親しい友人だったことを知り、秋山好古・真之兄弟を主人公とする小説「坂の上の雲」を書くきっかけとなった、とどこかで書いていたと思います。それで「坂の上の雲」の第1巻には正岡子規がよく登場するのです。先日、NHKBSPの再放送番組プレミアムカフェ「(1)子規(2009年)、(2)与謝野晶子(2002年」(2023/3/3放送)を見て、子規のことをもう少し深く知りました。番組は、子規の晩年病床にあった子規のもとに集まった友人・門弟たちとの一枚の集合写真からはじまりますが、子規は彼らからこんなにたくさんの人たち(ざっと数えて50名ぐらい)から慕われていたのだとまず驚きます。ただし、子規の一番の親友といわれた夏目漱石はロンドン留学中だったし、軍人らしき人も数名映っていますが、この中に秋山真之もいたかどうかは不明です。子規は結核、それも脊髄に転移した脊髄カリエスという難病と闘病中で、東京根岸の自宅に母親と妹の介護のもとで7年間病床にあって35歳の若さで亡くなりますが、この写真は子規32歳のときのものです。こうした中で俳句を革新し、生涯2万の俳句を詠んだといわれています。闘病がいかに苦しいものだったか、この番組の解説をつとめた高橋源一郎氏が番組で紹介した子規の「病床六尺」の一節を引用してみましょう。
「いよいよ煩悶する。頭がムシャクシャとなる。もはやたまらんので、こらへにこらへた袋の緒は切れて、遂に破裂する。もうこうなると駄目である。絶叫。号泣。ますます絶叫する、ますます号泣する。その苦、その痛、何とも形容することは出来ない。むしろ真の狂人となってしまへば楽であろうと思うけれどそれも出来ぬ。もし死ぬることが出来ればそれは何よりも望むところである。しかし死ぬることも出来ねば殺してくれるものもない。一日の苦しみも夜に入ってやうやう減じ僅かに眠気さした時にはその日の苦痛が終わると共にはや寝起きほど苦しい時はないのである。誰かこの苦しみを助けてくれるものはあるまいか。・・・」

【エムズの片割れより】
心に刺さりますね。
生老病死。高齢者になると、後残っているのは死への苦だけ?
先日、兄の最後の遺品を整理していたら、12年前に胃がんで亡くなった義姉の病床日記が出て来ました。
もちろん失礼なので読みませんでしたが、たまたま開いたページに、10枚貼った、という言葉があり、最後が亡くなる2日前の日付でした。
どんなに苦しんだか、ただ想像するだけですが、世のぽっくり寺参りも理解出来ます。

投稿: KeiichiKoda | 2023年3月 8日 (水) 10:19

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