« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »

2022年8月の5件の記事

2022年8月30日 (火)

NHKの「2時間でまわる〇〇」が好き

たまに放送されているNHKの「究極ガイドTV 2時間でまわる〇〇」(ここ)が好きだ。
2208302jikan 先日も「2時間でまわるマチュピチュ」(2022/08/18 BS4K)を見た。居ながらにして旅行の気分が味わえる。
この番組のコンセプトは・・・
「日本人ツアー客が国内外の美術館、史跡、名所の見学に費やす時間は、およそ2時間という。この番組では、誰もが一度は訪れたいという場所を“2時間・視聴者目線”で、まさにその場にいるかのように散策する、究極のリアル観光ガイド。」

もともとBS8K用の番組だが、それをBS4KやBSプレミアム、総合TVで再放送されている。
放送が不定期なので、タイムシフト録画で気が付いた時に見ているが、今までどんな番組があったのかをググってみたら、見つかった番組は下記のようである。

1)2時間でまわる法隆寺 [4K] (2016年1月3日)
2)2時間でまわるルーブル美術館(2017年1月3日)
3)2時間でまわる伊勢神宮 [4K] (2017年2018年1月1日)
4)2時間でまわるモン・サン・ミッシェル [4K] (2017年8月11日)
5)2時間でまわる日光 [4K](2018年)
6)2時間でまわるヴェルサイユ宮殿 [8K](2019年1月2日)
7)2時間でまわる厳島 [8K](2019年)
8)2時間でまわるローマ・コロッセオ [8K](2019年)
9)2時間でまわる高野山 [8K](2020年)
10)2時間でまわるマチュピチュ [8K](2020年)
11)2時間でまわる大英博物館 [8K](2020年)

数えてみると、まだ自分は「法隆寺」「日光」「コロッセオ」「高野山」の4つは見ていない。
BS8Kでは繰り返し再放送されているらしいが、他の波では放送日が未定。

ここ)を見ると「スガタクリエイティブ」というプロダクションが大半を作っているらしい。
でも、ルーブル美術館だけは無い・・・。

番組は、振動を吸収するスタビライザーカメラで録っているらしいが、「マチュピチュ」のとき、一瞬、一眼レフカメラのような影が映ったような気がした。カメラ本体は、一眼レフカメラなのだろうか・・・? もちろん一眼レフカメラでも8K映像は撮れる。

220830housou 撮影機材はどんなものなのか、興味が湧いたのでググってみた。すると「放送技術(2018年12月号)」に「SHV8K『究極ガイドTV 2時間でまわるヴェルサイユ』報告(鈴木裕高)という記事を見付けたので読んでみた(全文のPDFはここ)。

「はじめに」として
「国内外の人気の観光地を散策する「2時間でまわる」シリーズ。見所を大胆に取捨選択した効率的なルートを提案、解説も交えながら実際の旅以上に現地の魅力を堪能してもらう番組である。今回はその第7弾。12月のBS8K開局に合わせて、フランス、ヴェルサイユ宮殿を舞台に制作。絢爛豪華な宮殿内、革命に散つた王侯貴族の光と影の舞台を、8Kで描く。」
とある。第7弾!?上のリストでは6番目。ひとつ足りないな??

この記事に書かれている使用機材についての記述を追ってみると・・・
「今回は、35mmフルサイズセンサー搭載の「RED MONSTRO」を使用することにした」
「レンズについてはSIGMA CINE PRIMEレンズセットを選択」
「バランスシステムには、Steadicam M-1 Voltを採用した。このシステムはモーターによってロールを抑止する。」

とある。
カメラは「RED MONSTRO」。ググってみると800万円もするカメラらしい。
2208302jikan1 そしてスタビライザー「Steadicam M-1 Volt」は、こんな姿らしい。
かなりの重量であり、カメラマンも大変だ。

ともあれ、この番組は、本当に居ながらにして観光気分が満喫できる貴重な番組である。
しかし、現地の空気感や臭いは無理。
今さらながら、もっと海外旅行をしておけば良かったと後悔!?
我々の世代では、現役の時に長期休暇はとても無理。長期連休の夏休みの前後に1日でも有給休暇を追加するのも、とても無理だった。
でも今は違う。
自由に歩き回れる体力があるうちに、行けるところには行っておいた方が良かった。
シニア世代になると、いつ足が痛くて歩行困難になるか分からない。
普通の生活が、いかにありがたい物か・・・。
コロナ引きこもり生活で、しみじみと体力の衰えを感じるこの頃である。

| | コメント (0)

2022年8月19日 (金)

「老いを愛づる」中村桂子さんの話

先日、NHKラジオ深夜便(の録音)を聞いていたら、生命誌研究者の中村桂子さんの話を放送していた。NHKラジオ深夜便「明日へのことば「生きものらしく自然体で老いる」生命誌研究者…中村桂子」(2022/07/30放送)である。
このお話が、実にスマートで、我々シニア族にも共通点があるので、挙げてみたい。

<「生きものらしく自然体で老いる」生命誌研究者・中村桂子>


このお話は、最近出された「老いを愛づる」という本の内容が中心。
出版元の解説にはこうある。
「老いを愛づる~生命誌からのメッセージ 中村桂子 著
220819oiwomezurunakamurakeiko 白髪を染めるのをやめてみた。庭掃除もほどほどに。大谷翔平君や藤井聡太君にときめく――自然体で暮らせば、年をとるのも悪くない。人間も生きものだから、自然の摂理に素直になろう。ただ気掛かりなのは、環境、感染症、戦争、競争社会等々。そこで、老い方上手な先達(フーテンの寅さんから、アフガニスタンに尽くした中村哲医師まで)に、次世代への「いのちのバトン」のつなぎ方を学ぶ。生命誌のレジェンドがつづる人生哲学。」ここより)

Netでググってみると、86歳の氏は、その世界では非常に有名な方らしく、著書も多い。しかし自分は「生命誌」という言葉を初めて聞いた。
この本における中村氏の肩書きは「JT生命誌研究館名誉館長」。生命誌研究館を検索すると、(ここ)にHPがあった。

その解説では、
「生命誌研究館とは
「生命誌」とは、人間も含めてのさまざまな生きものたちの「生きている」様子を見つめ、そこから「どう生きるか」を探す新しい知です。英語では“Biohistory”。地球上の生きものたちは38億年前の海に存在した細胞を祖先とし、時間をかけて進化し、多様化してきた仲間です。すべての生きものが細胞の中に、それぞれが38億年をどのように生きてきたかの歴史をしるすゲノムDNAを持っています。ゲノムDNAは壮大な生命の歴史アーカイブです。その歴史物語を読み解き、美しく表現することで、生きものの魅力を皆で分かち合い、生きることについて考えていく場が「研究館」“Research Hall”です。いのちを大切にする社会づくりに努める仲間になってください。」ここより)

HPに現館長の永田和宏氏の紹介ビデオがある(ここ)。20分と少し長いが、館の成り立ちが分かる。
永田氏は、言うまでも無く歌人の大御所であり、故河野裕子さんの夫君。本業は、まさに細胞生物学者。永田氏は3代目の館長で、2代目の館長がこの中村桂子さんだという。

話が横にそれた。
ちょっと興味が湧いたので「老いを愛づる」という本を手に入れて、ざっと目を通してみた。放送の内容とほとんど同じだが、キーワードが幾つかある。
「キリがありませんから」という言葉に代表される「自然体で生きる」ということ。
自分も、現役をリタイアして随分経った。そう、もう競争なんかは不要。歳と共に、力まず流されて生きる。残された時間はそれで良いのだ。

このような本で人の人生を垣間見ると、その人の生きてきた環境が背後に見える。どのような環境で育ってきたか・・・。当然それが人の形成に大きく影響する。
もちろんこの人の環境は非常に良好。
先に事件を起こした山上容疑者のように、過酷な成長環境もある。

ある意味、今の自分は「自然体で・・・」なんていう贅沢なことを考えられて、それだけで幸せではないかと、ふと思ってしまった。

| | コメント (0)

2022年8月14日 (日)

手嶌葵と森山良子の「さよならの夏」

先日、FM放送で手嶌葵の「さよならの夏」を聞いた。もちろん森山良子の歌で、昔から知っていた歌だが、この手嶌葵の歌で、歌詞オンチの自分も、歌詞をじっくりと聞いてしまった。

<手嶌葵の「さよならの夏」>

「さよならの夏~コクリコ坂から~」
  作詞:万里村ゆき子
  作曲:坂田晃一

光る海に かすむ船は
さよならの汽笛 のこします
ゆるい坂を おりて行けば
夏色の風に 会えるかしら
わたしの愛 それはメロディー
高く 低く 歌うの
わたしの愛 それはカモメ
高く 低く 飛ぶの
夕陽の中 呼んでみたら
やさしいあなたに 逢えるかしら

だれかが弾く ビアノの音
海鳴りみたいに 聞こえます
おそい午後を 行き交うひと
夏色の夢を 運ぶかしら
わたしの愛 それはダイアリー
日々のページ つづるの
あたしの愛 それは小舟
空の海を行くの
夕陽の中 振り返れば
あなたはわたしを 探すかしら

散歩道に ゆれれる木々は
さよならの影を 落とします
古いチャペル 風見の鶏
夏色の街は 見えるかしら
昨日の愛 それは涙
やがて 乾き 消えるの
明日の愛 それはルフラン
おわりのない言葉
夕陽の中 巡り逢えば
あなたはわたしを 抱くかしら

これを歌っている手嶌葵という歌手は知らない。しかも読めない。ググってみると「てしま あおい」と読み、本名だそうだ。
220814sayonara wikiによると、この歌は「「さよならの夏~コクリコ坂から~」は、日本の歌手・手嶌葵の4枚目のシングル。2011年6月1日に、ヤマハミュージックコミュニケーションズより発売された。
タイトルトラックは2011年公開のスタジオジブリ映画『コクリコ坂から』の主題歌で、森山良子が1976年に歌った「さよならの夏」のカバー曲である。」とのこと。

もう10年も前の歌。でも歌詞が何か優しい。「夏色」という言葉も好き。
森山良子盤もTVドラマの主題歌だったとか。オリジナルも聞いてみよう。

<森山良子の「さよならの夏」>

再録盤もある。
<森山良子の「さよならの夏」再録盤>

実はこの歌の事を書く気になったのは、作詞が「万里村ゆき子」であったこと。
この作詞家の名前は、学生時代から知っている。自分のお宝と思っている色々な思い出の歌の作詞が、この「万里村ゆき子」なのだ。
当サイトにも森山良子の「ふたつの手の想い出」(ここ)、ブルーコメッツの「マリアの泉」(ここ)、「何処へ」(ここ)、「すみれ色の涙」(ここ)を挙げている。どの歌も、このサイトを開設してから2~3年の2006~2009年に書いている。つまり、自分にとっては、非常に思い出深い歌・・

しかし「万里村ゆき子」をNetでググっても、情報はあまりない。そして楽曲もそれほど多くない。
でも、自分にとっては懐かしい名前・・・
それを、ひょんな事から思い出した。というわけ・・・

この歌は倍賞千恵子の楽曲もなかなか良い。

<倍賞千恵子の「さよならの夏」>

 

| | コメント (0)

2022年8月10日 (水)

宅配便屋さんへの一つの缶コーヒー

宅配便の兄さんに、感謝を込めて缶コーヒーを一つあげた。という話である。

どの家でも同じと思うが、最近宅配便の利用が多くなっている。
95_1 Amazonなどの通販はもとより、メルカリの配送など、こんな便利なものはない。
普通郵便は、(木)に出しても着くのは(月)。4日もかかる。
しかしクロネコは、東北、中国地方でも東京に翌日には届く。これは驚異的とも言える体制だと思う。

午前中に買い物に出る習慣の我が家では、配送の時間指定が出来る場合は、午睡を経て夕方の配達を頼むことが多い。
もちろん、終日家に居るときは、なるべく時間指定無しにしている。

さっきも、クロネコ便が届いた。カミさんが通販で頼んだお菓子だ。
220810kohi その配送の兄さんに、カミさんが冷えた小さな缶コーヒーを一つあげたという。
すると兄さんが嬉しそうにしていたと・・・

そう言えば、先日は、たまたま気が付いた市の可燃物回収車の人に、やはり缶コーヒーを渡していた。
カミさん曰く「酷暑の中、配達してくれる人を、つい自分の息子と思ってしまう」という。
たぶん同じように暑い中で働いているだろう息子の代わりに、冷たいものを差し入れているという。

よく電話がかかってくる。自分が出るとセールスの電話である。
「どちらにお掛けですか?」
「いや、その地域の方にご案内したく・・・」
「忙しいので失礼します」ガチャ!

ピンポーンも多い。
モニター画面を見ると知らない人が映っている。
「**のご案内で、玄関先でお話を・・・」
「スミマセン!今忙しいので!」ガチャ!

それに比べ、たまたまカミさんが出ると、実に丁寧に対応している。
「申し訳ありませんが、今手が離せないのでゴメンなさい」

何でそんなに丁寧なんだ?と聞くと、これまた「これが息子だったらと思うと、冷たく出来ない」という。
確かに、電話や飛び込みセールスなど、好き好んでやっている人はいない。
息子が同じ事をしていたら・・・と思うと冷たく出来ない気持ちも分かる。

現役時代、選挙の応援をしたことがある。
渡された応援をしてくれる人のリスト順に、各家庭を訪問し、ビラを配る。
その時、ピンポーンをするときのイヤさは今でも思い出される。
電話掛けも同じだ。
リスト順に電話を掛けて応援を頼む。その時のドキドキ感は今でも覚えている。
これほどイヤなことはない。
それを仕事としてせざるを得ない人がいる。

同じ事を息子がやっていると想像したとき、相手から冷たいあしらいをされると、さぞ傷付くだろうな、と思うと冷たく出来ない。という事も分かる。
しかしなかなか自分には出来ない。

自分にはなかなか分からない母親の心ではある。

| | コメント (0)

2022年8月 3日 (水)

ショスタコーヴィチの「森の歌」

先日、何処でだったか「森の歌」という言葉を聞いた。その言葉で浮かんだのが、ショスタコーヴィチのオラトリオ「森の歌」。
220803morinouta1 これも学生の時に聞いた。例によって、クラシック好きのK君からLPレコードを借りて、秋葉原で買った放送局放出の中古オープンテープで録った。
納戸を見たら、まだ捨てていなかった。
220803morinouta2 「世界唯一のステレオ録音盤遂に登場!」と銘打って発売されたらしい。当時取っていた「レコード芸術」の切り抜きが一緒にあった。オープンテープの表紙も、その広告から切り抜いて貼ったものだろう。
イワン・ペトロフ(バス)、ウラジミール・イワノフスキー(テノール)、アレクサンドル・ユーロフ指揮:モスクワ・フィルハーモニーである。
このテープを懐かしく聞くにも、既にオープンデッキは無い。仕方なく中古品のCDを探すと、アシュケナージ指揮:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が見つかって聞いてみた。その幾つかを紹介する。

<<ショスタコーヴィチの「森の歌」>>

<第1曲:戦いの終った時>

<第2曲:祖国を森で覆おう>

<第4曲:ピオニールは植林する>

<第5曲:スターリングラード市民は前進する>

<第7曲:讃歌>


言うまでも無く、この曲は、ソ連時代のプロパガンダの音楽。CDの解説にはこうある。

●オラトリオ「森の歌」Op.81
 1948年に共産党中央委員会は、ソヴィエト音楽の現状について批判し作家たちに再考を促す、いわゆる「ジダーノフ批判」を採択する。これは簡単にいうなら、「専門的な判りにくい音楽を書かずに、もっと大衆に判りやすい音楽を書け」という作家たちへの要求なのだが、ショスタコーヴィチも名指しでこの「批判」を受けている(これはスターリン生誕七十周年の1949年を目前にして、讃歌を書くべき作家たちへ釘をさしたのかも知れない)。
 ショスタコーヴィチはこの時期、ユダヤ主義への接近を匂わせる《ユダヤの民族詩から》や、いくぶん晦渋な作風のヴァイオリン協奏曲を作曲しているのだが、この「批判」を受けて後者の発表を取りやめてしまう。そして翌1949年、モスクワからレニングラードへ移動する旅の途中で詩人のエフゲニー・ドルマトフスキーと一緒になったのをきっかけに、自然改造計画を讃えるオラトリオの作曲を構想する。
 その夏にテキストを受け取ったショスタコーヴィチは、レニングラード郊外のコマローヴァで異常な早さで作曲を完成、11月15日にはレニングラードでムラヴィンスキーの指揮により初演している。
 この初演のわずか1ヵ月後がスターリン70歳の誕生日で、それこそソヴィエト中世界中から贈り物が殺到し、作曲家たちはこぞって彼の讃歌を(大衆的で判りやすい書式で)書いたのだが、事実上のスターリン讃歌にも等しいこの《森の歌》は、幸か不幸かそんな渦の中で大成功を博し、翌1950年のスターリン賞第1席を受賞する。ショスタコーヴィチは前記の「批判」をたった一年そこそこで覆してしまうのである。
 表向きは大衆的で平明な書式を持った森を讃える「自然讃歌」でありながら、スターリンと共産主義国家ソヴィエトとを讃える政治色の濃い讃歌でもあり、さらに「植林計画についてだけは聡明だった(あるいは、植林計画くらいしか聡明なところがなかった)スタ一リン」への壮大なる皮肉にも聞こえるというこの作品の二重性について、ここで細かく分析し解題を述べる余裕はないが、ムソルグスキーの歌劇《ポリス・ゴドノフ》の中の「クロームイの森」のシーンに模して、虚偽の皇帝を打倒するために行進してゆく虚偽の王子ディミトリーに自分を重ね合わせたもの、という推理も成り立つところが面白い。
 一筋縄ではいかないショスタコーヴィチという作家の二重構造性を代表する、まさに面目躍如たる奇妙な名作である。
 第1曲:戦いの終った時
 第2曲:祖国を森で覆おう
 第3曲:過去の思い出
 第4曲:ピオニールは植林する
 第5曲:スターリングラード市民は前進する
 第6曲:未来への逍遙
 第7曲:讃歌 」

2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻からもう5ヶ月が経った。しかし戦況は収まっていない。
そんな中、こんな曲を挙げるのは少々問題だが、歌謡曲でも歌詞が頭に入らない自分なので、この音楽も歌詞よりも音楽だけ聞きたい。

まさに学生時代以来、50年ぶりに聞いた「森の歌」。
懐かしいと共に、昔聞いた旋律を今でも頭が覚えていることにオドロキ!?
しかし、オルフの「カルミナ・ブラーナ」と頭の中で旋律がごちゃごちゃになる危険性も・・・?
昔聞いた音楽の「復習」は、とうに終わっていたと思っていたが、ひょんな事で改めて聞いた「森の歌」ではあった。

| | コメント (1)

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »