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2022年7月の4件の記事

2022年7月27日 (水)

司馬遼太郎に凝っている

今ごろ?司馬遼太郎に凝り出した。
ふと読み出した「国盗り物語」がこの上なく面白いのだ。

コロナの第7波が襲っている。死者は少ないと言うが、感染者の爆発は心配である。よって、外出も控えている。
そんな時間潰しは、まあTVドラマかTVでの映画か、はてまた読書か・・・ということになる。

昔(2009年6月のころ)、兄貴から読み終わった本が送られて来た。その数、実に600冊弱(ここ)。
220727kunitori ほとんどは処分したが、残してあった中に「ビジネスマンのための時代小説の読み方」という本があり、久しぶりに開いてみた。
このところ、難しい内容のストーリーは面倒くさくなってきて、時代小説が一番!と思っていたので・・・
その筆頭に挙げられていたのが、司馬遼太郎。その最初が「国盗り物語」だった。
この小説の題は良く知っていたが、読んではいなかった。それでふと読む気になり、手に入れた。第1巻を読み始めて、填(は)まった!
まさに、佐伯泰英「居眠り磐音 江戸双紙」を読み始めた時と似ている(ここ)。
1冊目を読み始めて、この作者の本をたくさん読んでみようという気になった。それで、「新史太閤記」「関ヶ原」「覇王の家」「最後の将軍」「花神」「胡蝶の夢」と買ってしまった。
今現在、「国盗り物語」の2巻目だが、これらを順番に読んでいくつもり。

実は、自分的には司馬遼太郎の印象は悪い。
司馬遼太郎を初めて読んだのが、2000年4月の「竜馬がゆく」の8冊。これは、兄貴から何度か言われて、仕方なく読んだ。特に面白くも無かった。
次に「読まされた」のが2003年7月の「坂の上の雲」。これは2冊目で挫折した。
それ以来、読んでいない。

あの挫折で、自分的に印象の悪い司馬遼太郎なのに、なぜ「国盗り物語」で填(は)まるのかは分からない。
でも、まあ良いでは無いか!
今回は「司馬遼太郎を全部読むぞ」というバカなことはしない。読み始めてフィットしなかったら、すぐにギブアップ!?
(山本周五郎の新潮文庫の全65冊は、読破に2020年3月から2022年6月までかかってしまった・・・)

改めて、昔(1974年)夢中になって読んだ山岡荘八の「徳川家康」を改めて読んで見ようかな・・・と思ったり・・・。
時代小説に凝っているコロナ避難生活ではある。

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2022年7月20日 (水)

映画「コーラス」のサントラより

先日「映画「コーラス」より「亡き人への想い(In Memoriam)」(ここ)という記事を書いた。
FM放送で知ったフランス映画「コーラス」である。
220720chorus 当時、非常にヒットした映画だというので、ついDVDを手に入れて観てしまった。
これがなかなか良かった。「文部科学省特別選定」とある。なるほど・・・
内容は記さないが、ついでにサントラ盤も手に入れてしまった。今日は、その紹介である。

自分は、このアルバムの中で2つの旋律が印象に残った。
ラストシーンで流れるこの旋律がひとつ。

<映画「コーラス」より「1.コーラス」>

<映画「コーラス」より「5.途中でみてごらん」>

「途中でみてごらん」

君の行く道の途中でみてごらん
忘れられ 道に迷った子供たちを
手を差し伸べてあげよう
あの子たちを導くために
もっと別の明日という日へ

夜のただなかで感じてごらん
希望の波のうねりを
熱い生命のたぎりを
輝きに満ちた道を

子供の幸福は
とっくに忘れられ 消えてしまっだけれど
黄金色の光がどこまでも輝いているよ
道のずっと先のほうでは

夜のただなかで感じてごらん
希望の波のうねりを
熱い生命のたぎりを
輝きに満ちた道を

<映画「コーラス」より「19.モランジュ」>

=====
自分が印象に残った2つの旋律のうち、もうひとつが前にも紹介した「亡き人への想い」。

<映画「コーラス」より「2.亡き人への想い」>

「亡き人への想い」

主よ、憐れみたまえ
キリストよ、憐れみたまえ
永遠の休息を
彼らに与えたまえ、主よ
(彼らに主よ)
絶えることのない光が
彼らを照らすように
神よ、あなたを称える歌は.シオンにおいてが
ふさわしく、そしてエルサレムでは、
あなたに捧げ物が贈られる
(エルサレムで)
主よ、憐れみたまえ
キリストよ、憐れみたまえ
(主よ、憐れみたまえ
キリストよ、憐れみたまえ
主よ、憐れみたまえ
キリストよ、憐れみたまえ
主よ、憐れみたまえ
キリストよ、憐れみたまえ)
永遠の休息を
彼らに与えたまえ、主よ
(彼らに、主よ)
(永遠の休息を
彼らに与えたまえ、主よ、主よ
永遠の休息を)

<映画「コーラス」より「14.火事」>

<映画「コーラス」より「20.亡き人への想い (アカペラ)」>

このサントラCDの解説にはこうある。
「世界が待っていた天使の歌声 永瀬達治
映画「コーラス」は昨年(2004年)3月17日にフランスで公開された。
だが、まだその頃はこの映画がフランスにおいて「ひとつの社会現象」と言えるまでのメガヒットになるなどと誰も予想していなかった。ましてや、ほとんど無名たった児童合唱団のサントラ盤が、その後、長い間、アルバムチャートにランキングされて100万枚を超えるメガヒットになろうとは…。
 それどころか、実はこのアルバム、公開直前まで、「売れないから」という理由で、多くのレコード会社から発売を断られていたのだ。それまで児童合唱団の歌などヒットパレードに登場したことなどなく、そんな流行の兆しもなかったのだから、売上枚数に奔走する(せざるを得ない)レコード会社にとって、このアルバムはマーケティング理論からは完全に外れたものでしかなかった。・・・」

つまり、映画もサントラCDも、公開前はヒットするとはまったく予想されていなかったらしい。
確かにテーマは暗く、舞台も汚い看舎。
でも、性善の音楽教師と音楽を通して通い合う子どもたちの交流は温かい。

そしてラストシーンが良い。
最初に挙げた音楽と共に、去って行くクビになった音楽教師の後を追う孤児ペピノ。そして一旦は走り出したバスを止め、ペピノを拾って去って行く場面が何とも印象的。

ふとFM放送で知った映画「コーラス」の世界ではある。

(関連記事)
映画「コーラス」より「亡き人への想い(In Memoriam) 

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2022年7月 6日 (水)

山本有三の「真実一路」が面白かった

今ごろ!?山本有三を読んでいる。さっき「真実一路」を読み終わったが、これがなかなか面白かった。
山本有三を読むのは高校生以来。ほぼ60年ぶりだ。

何を迷ったか、先日ふと山本有三を読む気になった。しかし、先に始めた山本周五郎を全部読んでから・・・と思ったものだから、つい遅くなった。
山本周五郎を全部読むぞ!と始まったのが、2020年3月21日(ここ)だった。それ以来、紆余曲折があって、夏目漱石を読んだり、芥川龍之介を読んだり、はてまた佐伯泰英の「吉原裏同心」を読んだりで、なかなか終わらなかった。それでも、2年半をかけて6月中旬にやっとゴール。
それで、山本周五郎から解き放たれ?あちこち読みあさっている。

小説を読み飛ばすとき、その本をどう手に入れるかだが、自分はこのところ図書館。もちろん買っても良いのだが、読み終わったときの処分が困る。捨てるのはもったいないし、メルカリで売っても、発送の手間がかかって1冊60円では何とも・・・。
それで、最近は図書館なのだ。

図書館で検索すると、山本有三はやはり誰も借りていない。それで、古い全集はやめて文庫本を借りた。「女の一生」「真実一路」「路傍の石」の3冊。高校の時は、それに加えて「波」や「生きとし生けるもの」も読んだ記憶があるが、図書館の本が古いので借りるのを止めた。
著者の発行順に「女の一生」「真実一路」の2冊を読んでみて、色々と思い出した。読み易い。なぜか?漢字が少なく、平かなの文体だから!?
もちろん改版で、仮名遣いが改められていることもあるだろう。それにしても、今日の「真実一路」は、1日で読んでしまった。もちろんスジも忘れており、新鮮!?

そんな古い思い出に浸っていたら、何と毎日新聞で山本有三の記事を見付けた。
理想はどこへ 第1回参院選の傑物たち/上 山本有三(作家)
 良識の府求め緑風会結成 日本が世界人類のため役だつようになってもらいたい

 久しぶりに作家、山本有三の旧邸、東京都三鷹市にある三鷹市山本有三記念館を訪ねた。緑まぶしい庭園を抜けると、しょうしゃな洋館が現220706yamamotoyuuzou れる。かれこれ10年ほど前、永田町で憲法改正の動きが顕著になっていたころだった。古本屋でふと手にした終戦直後の有三のエッセー集を読み、驚いた。山本有三といえば、小説「路傍の石」くらいしか浮かばなかったが、憲法の口語化に尽力していたことを知った。彼は恒久平和と戦力の放棄について「裸より強いものはない」ときっぱり述べていたのである。いまどきの感覚からすれば、うぶすぎるが、かみしめるべき言葉だな、と思った。

 参院選たけなわの夏、また有三が気になりだした。彼こそ1947年の第1回参院選に立候補した傑物のひとりであり、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で安全保障が争点になっているからでもある。記念館には出馬の決意を表明したラジオ演説用のナマ原稿が保存されていた。<……学者とか文学者とかいう者は、とかく政治にたずさわることを喜ばなかった。それは、竹林の七賢人のように、世間から遠ざかって、自分ひとりで気炎をあげていることが、清い高い生活であるとする、東洋風な思想がはびこっていたからであると思います>。選挙ポスターもあったが、顔写真などなし。わきに添えた<純 無所属>の文字がやけに誇らしげ。・・・」(2022/07/04付「毎日新聞」夕刊P2より)

山本有三は参議院議員だったのだ。wikiにもこう紹介がある。
「戦後は貴族院勅選議員に勅任され、国語国字問題に取り組んで「ふりがな廃止論」を展開したことでも知られる。憲法の口語化運動にも熱心に取り組んだ。1947年(昭和22年)の第1回参議院議員通常選挙では全国区から出馬して9位で当選。参議院議員を1期6年間務めて緑風会の中心人物となり、政治家としても名を残したが、積極的な創作活動は終生変わらなかった。1965年には文化勲章を受章している。・・・」

さらにググってみると、
口語化憲法草案の発表
国語の平易化運動を熱心に進めていた「国民の国語運動」(代表・安藤正次博士)は、「法令の書き方についての建議」という幣原喜重郎首相あての意見書を提出した。これが主たる契機となり、1946(昭和21)年4月2日に、GHQの了承、また、閣議の了解を得て、ひらがな口語体によって憲法改正草案を準備することとなった。口語化作業は極秘に進められ、作家の山本有三に口語化を依頼し、前文等の素案を得た。この案を参考として、実質的には、入江俊郎法制局長官、佐藤達夫法制局次長、渡辺佳英法制局事務官らの手により、4月5日に第一次案が完成した。4月16日には幣原首相が内奏し、法令の口語化はまず憲法について行い、憲法の成立施行後は他の法令にも及ぶことを伝えた。次いで4月17日、憲法改正草案が発表された。」ここより)

なるほど・・・。憲法の口語体は、山本有三が書いたのか・・・
「ふりがな廃止論」から言っても、作品のひらがな体もうなずける。

来週の参院選を控え、改めて山本有三を思い出すこの頃である。

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2022年7月 2日 (土)

「良い出来事より悪い出来事が心に残るのはどうして?」

先日の毎日新聞の「毎日小学生新聞」コーナーにこんな記事があった。

<てつがくカフェ>
良い出来事より悪い出来事が心に残るのはどうして?(小2、まひろさん)」

忘れると危ないから
 良い出来事だけ思い出に残ったらいいのにって思うのかな。気持ちはよくわかるよ。だけどそうなると、危ない目にあったのも失敗したのも忘れちゃうっていうことだから、また同じ悪いことが起こるんじゃないかな。例えば、お湯を沸かしたばかりのやかんに触ってやけどをしたとするでしょう。やけどは痛くてつらいけど、次にやかんを見たときにその痛みを思い出すから、気をつけて触らないようにしようって思うんだよね。もしも忘れてしまったら、何度も繰り返しやけどをするかもしれないよ。
 人間は残念ながらすべては覚えていられないから、良いことよりも悪いことを覚えておく方が結果的には得をしたんじゃないかな。
 悪いことを忘れやすい生き物は、何度も危険な目にあって、命を落としてしまったのかもしれない。嫌な思い出を忘れさせてくれないあなたの心は、実はあなたを守ってくれているのかもしれないよ。もう二度とあんな目にあわずにすみますようにって。(回答 ゴードさん(長野県立大大学院講師 神戸和佳子))」(2022/06/26付「毎日新聞」P15より)

後期高齢者に近付いてくると、記憶力が気になってくる。先日も、車の免許更新で認知機能検査をしたところ。
それなのに、現役時代のイヤなことをよく思い出す。夢に見る。まさに悪夢だ。
朝起きると、カミさんにその悪夢の話をしようとして、いつも逃げられる。目覚める直前に見る悪夢は、目覚めても結構覚えている。
「そんな夢ばかりなぜ見るのか?」という問題なのである。
現役を引退してから、もう6年になるのに、未だに現役時代の事柄に囚(とら)われている。
友人に聞いても、皆現役時代のことは忘れた。と言っているのに・・・。

その原因がこの回答を読んで分かった気がした。
生き物は、原理的に悪いことだけを覚えているのだそうだ。なるほど・・・
前に「「過去と未来を知る進化生物学」古生物学者・更科功氏の話(ここ)という記事を書いたが、まさに動物の進化の原理そのものだ。
逆に、悪いことを忘れ、良いことだけ覚える生物は、自然淘汰されてきた。だから人間も進化の過程で、悪いことだけ覚えている人種だけ今に生き残っている・・・。
よって、未だに悪いことを思い出す自分は仕方が無いのだ!?

それにしても、随分とイヤなことばかりしてきた人生だった!
子供(学生?)の頃、好きになった女の子に、打ち明けるかどうか、よく友人と議論したもの。
その時の結論は「何もしないよりも、前に進んで行動した方が悔いが残らない」というもの。
こんな事に限らず、今になって考えると、行動してイヤな思い出だけが残っていることが、何と多いことか・・・

人生を振り返って、「バカなことをした」という行動があまりに多い。それが、いまだに続いているのだから始末が悪い。
何か行動を起こして、「バカなことをした」と振り返ることばかり、今でもやっている・・・。そしてそれらを忘れない・・・。
これも先の原理なのか? いや、ことによると、「良い行動」というのが自分には無かったのかも知れない。
そして今は、自分の「行動」に自信が持てなくなり、「後悔するなら行動しない」方向に向かっている。

今はブレーキ役が居るのでまだ良い。何かすることを思い立っても、カミさんに言うと「止めとけ」と言われて即撤退。
これで言う相手が居なくなったら、まさに暴走老人まっしぐら!?
何とも、「納得」して「ゾッと」した新聞記事ではあった。

●メモ:カウント~1380万

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