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2022年3月の7件の記事

2022年3月31日 (木)

「皇室献上米」を食べた話~お米オンチの我が家

古古古米と「皇室献上米」の食べ比べをしてみた。結果、我が家は「お米オンチ」であることが分かった。

我が家では、あまりご飯を食べない。朝食はもっぱらパン食だし、夕食も自分はほとんどご飯を食べない。ビールとおかずの毎日。(最近はもっぱらドライゼロだが・・・)
そんな我が家だが、先日、持病を持っているカミさんが、病院で栄養指導を受けた。そこで言われたのが、体力を付けるために「もっとご飯を食べなさい」。
それからにわかに我が家での「お米騒動」が始まった。

我が家ではこの所、ふるさと納税で貰ったお米を食べていた。でも、カミさんが「追われるのがイヤ」と言うので、最近は貰っていない。でも今でも貰ったお米を食べている・・・。
それで調べてみた。すると衝撃の事実が!!

何と2018年9月に貰ったお米がまだ残っていて、それを今食べている事が分かった。いわゆる古古古米であるという。Netで見ると、
「お米は野菜と同じ「生鮮食品」という扱いになっています。
お米の保存期間は季節によって変わります。
例えば、気温、湿度ともに高くなる春から夏にかけては精米してから1カ月程度が保存期間の目安です。
温度、湿度ともに低くなる冬の時期の目安は2カ月程度。涼しい冬でも2カ月程度なので、家族の少ないお家やお米が減るスピードが遅い場合は、小分けの袋で購入するのがよさそうです。」ここより)だって。

無知だった。米は長期間保存が出来るとばかり思っていた・・・。

カミさんに、さりげなく聞いてみた。「ご飯はおいしい?」
すると「おいしいよ。私はお茶と違って、ご飯には優しいから(お米の味にうるさくないから)」

古古古米でもおいしい? すると高級米は、もっとおいしい?

ご飯と言えば、「とんかつ和幸」のご飯が自分は好き。食べ過ぎるので注意はするが、和幸で外食すると、つい食べ過ぎる。
確かにご飯には、おいしいご飯がある。亡くなった兄貴も、大のご飯好きだった。何があっても、最後には必ずご飯を食べていた。

そこで思い立った。先が短い人生。せめてご飯だけでも、おいしいお米で贅沢をしようかと・・・
Netでググってみた。最もおいしいと言われている銘柄(ブランド)は何か?

そこで見付けたのが「雪ほたか」というお米。
こう説明がある。
雪ほたか
昔から稲作の盛んなこの地で育まれた川場村のコシヒカリ「雪ほたか」は、村のシンボルでもある日本百名山武尊山より湧き出るミネラルたっ220331yukihotaka1 ぷりの天然水と、徹底した生産者の管理と熱い思いにより大切に育てられています。その存在は大変貴重とされ、一般には流通しない「幻のお米」として村民の縁故関係者のみに食されていましたが、平成16年以来8名の斎耕者が、宮中において天皇・皇后陛下の拝謁を許され新穀を献上したことから、皇室献上米としても知られています。近年は「全国 米・食味分析鑑定コンク220331yukihotaka2 ール」にて連続金賞受賞など、その実力と品質が評価されています。コンクールの「国際総合部門金賞」を10回以上受賞した称号として『 World Rice Award Gold 10 』を受賞したことからも、美味しさと確かな品質が認められています。雪ほたかは国内外に向けて発信するトップクラスのお米で、今さまざまな方面からこのお米に熱い期待が寄せられています。」
ここより)

いわゆる「宮内庁御用達」??
そして、一番高価なお米として、ギネスにも登録されたとか・・・
「川場村のブランド米「雪ほたか」は2016年にギネスにも認定されています。
1キログラム当たり11,304円と世界で一番高価なお米ということで認定されました。」ここより)

そこで思い立ったのが、比較実験。今食べている古古古米と、最高級ブランドとの比較。
そこで「雪ほたか」を買ってみることにした。通販で、2Kgで1800円+送料750円。
カミさんを相手に、目隠しテスト。

内緒で買った「雪ほたか」を、「お釜に1合入れておいたから」と、内緒で炊いて貰った。
そして黙って感想を聞く。「どうだった?」「何が?」「ご飯おいしかった?」「おいしかったよ」「いつもの通り?」「いつもと変わらない」「実は、今日のご飯は最高級品なんだけど」「変わらないよ・・・」

自分も食べてみた。ン・・・?特に変わらないな・・・
かくして破れた。これから贅沢しようかと思っていたお米だが、止~めた!!

スーパーに行ったときに、お米売り場を覗いてみた。すると2Kgだと、値段は税込918円から1,069円ほど。別格で「お近くの係員にお申し付け下さい」という看板だけの「魚沼産コシヒカリ」が1350円。
なるほど、1800円は高価だ。でも我が家では、味は変わらない(分からない!!)・・・???

結局、我が家では1000円のお米で充分と、「お米オンチ」が分かった今回の事件?ではあった。

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2022年3月26日 (土)

「ウクライナ人が無条件降伏は絶対しない理由」~有馬哲夫・早稲田大学教授

ロシアのウクライナ侵攻について、日々TVで流れて来る色々な人の発言。それがどんなに認識不足な発言であろうが、まるで日本でのプロパガンダのように世の中に与える影響がいかに大きいかを再認識させられた。
事は戦争である。それも他国の。それに対して、棚の上から“降伏しろ”という発言。ウクライナの人たちが、負けたら数万の国民の命が危ない、という認識で戦っているのに、「命は地球より重い」という目の前の建前論で闊歩している危うさ・・・。

昨日の土屋賢二氏のエッセイ(ここ)で「降参すればいいと言う人もいるが」という文言が気になった。
案の定、2022年3月4日のTV朝日のモーニングショーで玉川徹氏が言っていたことを指していた。動画は(ここ)、ニュース記事は(ここ)にある。

ニュースをコピペしてみると、
玉川徹氏が持論「ウクライナが引く以外にない」早期に降伏すべきと発言

 テレビ朝日の玉川徹氏が4日、同局系「羽鳥慎一モーニングショー」にリモート出演し、ロシアによるウクライナ侵攻について、「どこかでウクライナが引く以外にない」と早期に降伏すべきとの持論を語った。

 番組ではロシアのウクライナ侵攻について詳報。2度目の停戦交渉が平行線に終わったことや、プーチン大統領が「容赦ない戦いを続ける」と発言したことを取り上げた。圧倒的な戦力差のあるロシア軍に対して、善戦しているとも伝えられるウクライナだが、玉川氏は今後戦争が長引くことでウクライナの犠牲者が増えていくと指摘。「民間人の(犠牲が)桁違いに増えていく戦争になる可能性が高いと思うんですね。戦力は圧倒的にロシアの方が上なわけですよ。こうなってくると、ウクライナはここまで勇敢に戦っているわけですが、どこかでウクライナが引く以外には、桁違いに死者が増える」と人命が優先されるべきと説き、「死者が増えないようにするのは指導者の大きな責任ですから。誇りを持って戦っている事態ですが、引くということを考えないと」と持論を述べた。

 玉川氏は太平洋戦争を例に挙げ、日本が「もっと早く降伏すれば、例えば、沖縄戦とか広島、長崎の犠牲もなかったんじゃないかと思います」と述べた。

 これに対して、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏は「日本の場合、自分から戦争を始めて、アメリカにものすごい反撃を食らったという事例ですよね。今回、ウクライナには何の非もないのに、ロシア側から侵攻された。早く降伏すべきだというのは道義的に問題のある議論」と日本とウクライナの置かれた立場の違いを指摘した。

 それでも玉川氏は「圧倒的な戦力差があるなかで、これは長引けば、市民の犠牲が増えるということが積み重なっていくんだなと思うんですよ」「誇りも大事だし、我々外国の人間が軽々に言えないかもしれないけど、命を守ること以上に、大事なことは果たしてあるんだろうか」と問いかけた。」(2022/03/04付ここより)

一方、橋本徹氏の発言について、ググってみるとこんな記事が見つかった。
橋下氏らの執拗な「降伏」「妥協」発言、なぜそれほど罪深いのか ウクライナへの“いたわりに欠ける”姿勢で大炎上!
・・・
発言の一端を紹介すると、まず3月3日、フジテレビ系の情報番組「めざまし8(エイト)」で、橋下氏はウクライナ出身の政治学者、グレンコ・アンドリー氏に向かい、次のように言っている。

「今、ウクライナは18歳から60歳まで男性を国外退避させないっていうのは、これは違うと思いますよ」「アンドリーさん、日本で生活してていいでしょう。未来が見えるじゃないですか。あと10年、20年、頑張りましょうよ。もう一回、そこからウクライナを立て直してもいいじゃないですか。(ロシアのウラジーミル・)プーチン(大統領)だっていつか死ぬんですから」

このときグレンコ氏は、ウクライナの現状を懸命に説明していた。その発言に割って入ってまで、橋下氏は「ウクライナ人は国外へ逃げろ(=つまり、国土をロシアに明け渡せ)」と言ったのである。・・・」(2022/03/19付(ここ)より

さて、ここからが本題。
実は、モーニングショーでの玉川徹氏の発言は、自分もその番組を見ていた。その時、そんな考え方もあるのかな・・・と聞いていた。
しかし、その受け止め方が、いかに誤っていたかを、下記の記事を読んで思い知った。
非常に分かり易く、自分にとって目にウロコだったので、長いがコピペしてみる。人によっては異論があるかも知れないが・・・(当サイト最長のコピペである!)

橋下徹や玉川徹には理解不能…ウクライナ人が無条件降伏は絶対しない理由(有馬哲夫・早稲田大学教授)
     2022/3/12付「デイリー新潮」より

 ロシアのウクライナ侵攻に関して、一時的にロシアに譲歩してでも市民の犠牲を最小限にすべきだ、という考え方を示す人がいる。主張や論理の細部を別にすると、橋下徹元大阪府知事とテレビ朝日のコメンテーター玉川徹氏、2人の「徹」はその代表格だろう。こうした人たちの念頭にあるのは、太平洋戦争末期の日本の姿だ。
 勝てる見込みもないままに戦争を長引かせたために、多くの国民の命が失われたのは事実だろう。一方で、こうした論者には完全に抜け落ちている視点や歴史認識があると説くのは有馬哲夫・早稲田大学教授だ。公文書研究の第一人者である有馬氏が、なぜウクライナ人は戦うのか、あるいは戦わねばならないのかについて寄稿してくれた。
***
(有馬哲夫・早稲田大学教授)
ウクライナは非武装化の危険性を知っている
 ウクライナにロシア軍が侵攻した。軍事的にいえば、すべての面でロシア軍はウクライナ軍を圧倒している。すでにハリコフ、キエフ、その他の主要都市が包囲されており、包囲網の外側から内側へ向けてミサイルや戦車砲を一斉に打てば、勝敗は決する。時間がかかっているのは、人的被害が少なくなるように、人々を追い出すのに時間をかけているからだ。

 プーチン大統領が求めているのは「非武装化」と「中立化」だ。だが、なにをもって非武装とするのか、中立とするのかは、彼が決める。気に食わなければ「非武装化」、「中立化」ができていないとあくまで服従を求める。つまり、彼が求めているのは「なんでもいうことをきけ」という無条件降伏だ。

 そもそも「非武装化」で丸腰になったら、ロシアが何をしてきても抵抗できない。「中立化」もEU諸国には一切近づくな、ロシアの属国でいろ、ということだ。

 だから、ウクライナ人は徹底抗戦している。オレンジ革命以後、困難を乗り越えて、営々と築き上げてきた今の国の姿を変えさせないために、戦車の前に立ちはだかり、ロシア兵の周りに群がって「ウクライナから出ていけ。ここはお前たちのいるところではない」とシュプレヒコールを続けている。

 男たちは、国境まで妻と子供を送り、涙の別れをしたあと、戦うためにウクライナ国内に引き返していく。日々さまざまなメディアを通じて送られてくる彼らの映像には心を動かさずにはいられない。

国のために戦うことを理解しない日本人
 ところが、日本人の一部は、ツイッターでこうつぶやく。

「なぜ、国なんか捨てて家族と一緒に逃げないのか」

「命の方が大事なのだから、国のために戦う必要はない」

「ロシア軍に勝てるわけがない。無駄な犠牲を払うより、さったと無条件降伏したほうがいい」

 これにたいして在日ウクライナ人はツイッターで激しく反発する。家族を愛し、ウクライナの人々を愛し、国を愛しているから、それらを守るためにロシア軍と戦うのであって、それは当たり前のことだ。むしろ、彼らは、なぜ日本人がそんな当たり前のことに疑問を投げかけ、批判するのか理解できない。

 彼らからすればこうだ。逃げれば命は助かるだろう。だが、2度と自分達の街には帰ってこられない。帰ってこられても、自分が住んでいた家には別の人間が住んでいて、街には違う人々がいるかもしれない。国の姿もすっかり変わってしまっているかもしれない。なぜ、こんなことが日本人にはわからないのか。日本人には国を愛し、それを守るために戦わなければならないという意識はないのか。

 あとで明らかにするように、それがないから、日本人の一部はウクライナ人の愛国的行動を理解できないのだ。

欧州に残るソ連の蛮行の記憶
 おそらく、ウクライナ人が無条件降伏しないのは、彼らの頭にフィンランドとリトアニアの例があるからだろう。1939年8月23日の独ソ不可侵条約の秘密議定書に基づいてソ連がフィンランドに侵攻した。フィンランド軍は激しく抵抗し、一時ソ連軍を大敗させたが、時間の経過とともに劣勢となり領土の一部を譲る条件で講和を結んだ。その後、ドイツが進軍してきたときは、ドイツ側につき、奪われた領土を取り返したが、ドイツ軍が敗退すると、再びソ連と戦って大打撃を与えたあと、ドイツの敗戦の前の1944年9月19日にソ連との休戦に持ち込んだ。そして、東欧諸国のような共産化と属国化は免れた。

 リトアニアも独ソ不可侵条約を受けて1939年9月28日にソ連の勢力圏に入れられた。そして、1940年6月14日、ソ連が一方的に押し付けた相互援助条約を誠実に守らなかったと言いがかりをつけられ、最後通牒を突きつけられ政権交代を要求された。これにリトアニア政府は抗しきれず、内閣は総辞職し、その後大統領のアンタナス・スメトナはドイツに亡命した。そのあとには、共産主義者ユスタス・パレツキスを首班とする傀儡政権が生まれた。旧政権の勢力は完全に駆逐され、以後、徹底的にソ連による属国化が行われ、再び独立を回復するのは1990年3月11日まで待たなければならなかった。実に50年間である。

 これら2国の歴史は、ロシア(当時はソ連)の脅しに屈するとどうなるか、そうせずに戦うとどうなるか、を示している。どちらの国もウクライナと遠からぬところにある。今ウクライナ人は、リトアニアではなくフィンランドがした選択をしているのだ。

誤った歴史認識
 ではなぜ、一部の日本人がウクライナ人の愛国的行動を批判するのか分析してみよう。それは彼らの持っている誤った歴史認識が関係している。

 彼らは日本が無条件降伏したと思っている。「無条件降伏しても、この通り大丈夫だ。大したことではない。だから命を大切にした方がいい」と考えている。日本は無条件降伏しなかったこと、そして降伏した相手がアメリカだから、日本が今ある姿になっているのだということを知らない。

 これまで『歴史問題の正解』(第6章「日本は無条件降伏していない」)、『日本人はなぜ自虐的になったのか』(第4章「ボナー・フェラーズの天皇免責工作と認罪心理戦」)、『一次資料で正す現代史のフェイク』(第7章「日本が無条件降伏したというのはフェイクだ」)などでも明らかにしたが、日本は「国体護持」という条件つきで降伏している。その証拠に、真っ先に裁かれるはずの天皇は、極東国際軍事裁判でも、戦犯になるどころか起訴さえされていない。

 当時のアメリカの世論調査では、天皇を絞首刑にしろとか、裁判にかけろとかという意見が圧倒的に多かったが、「国体護持」の条件つきなので、占領軍の最高司令官ダグラス・マッカーサーには、それはできなかった。それをすれば、日本側指導者は、約束が違うと立ち上がり、占領統治が困難になるからだ。

 なぜ、ハリー・S・トルーマン大統領が「国体護持」の条件付き降伏まで譲ったのかといえば、硫黄島、沖縄での日本軍の死を恐れぬ戦い方を見て、本土上陸作戦を避けたいと思ったからだ。

 1945年6月18日のアメリカ軍幹部と政権幹部の合同会議で、九州上陸作戦が行われれば、作戦に加わった19万人のアメリカ将兵のうち、約30%のおよそ6万3000人が死傷するという試算が示された。これは到底許容できるものではない。関東上陸作戦ではさらに膨大な死傷者がでることになる。そこで、本土上陸作戦の代替案として、日本が望む「国体護持」という条件付きで降伏を求めることを考えた。

 この30%は、硫黄島、沖縄での死傷率からはじきだされたもので、戦争初期では15%前後だった。つまり、日本軍の抵抗は、アメリカ軍が日本本土に近づくに比例して激しくなったということだ。

 日本の将兵は無駄死にしたと考える人がいるが、それは間違いだということがわかる。彼らの決死の戦いがアメリカ将兵の死傷率を高め、それが「国体護持」の条件付き降伏案を引き出したのだ。ウクライナ人に無駄死にだという日本人はこの事実を知らないのだ。

 もう一つ、トルーマンがこの降伏案をとった理由は、ソ連の参戦だった。予想に反して、日本は原爆投下後も降伏しなかった。拙著『「スイス諜報網」の日米終戦工作―ポツダム宣言はなぜ受けいれられたか―』でも明らかにしたように、昭和天皇は「国体護持」できるという確証が得られるまで降伏するつもりはなかった。スイスやスウェーデンの情報から、降伏してもアメリカは少なくとも皇室を廃止しない公算が大きいと知って、降伏を決意している。

 一方、ソ連のトップであるヨシフ・スターリンは、1945年8月15日に参戦するとトルーマンに言質を与えていたにも関わらず、原爆投下をみて、急いで8月9日に参戦してきた。早く日本を降伏させないと、日本をソ連と共同占領しなければならなくなる。もう無条件降伏にこだわってはいられなかった。

 ただし、トルーマンは、アメリカ国民向けには、日本が無条件降伏したとしてプレスリリースした。そうしないとアメリカの世論は収まらないからだ。そして、日本の占領にあたって、マッカーサーに無条件降伏したものとして占領政策を進めるように命じた。

 マッカーサーは、終戦の経緯から、また、東久邇宮総理が「国体護持」をスローガンとしているのを見て、天皇をそのままとどめ置き、裁判にもかけないほうが、占領が円滑にいくと判断した。そして、みずから選出した極東国際軍事裁判の判事団にそのような方向にもっていくよう圧力をかけた。

約束を破った占領軍
 こうして、皇室の維持という点では「国体護持」がなされた。ところが、国家神道と軍国主義の除去という点では、「国体護持」の条件は守られなかった。

 占領軍は終戦から4カ月後の12月15日に「神道指令」を出して、軍国主義の中心にあった国家神道を禁止した。国のために命を捧げれば靖国神社に神として祀られるという思想を禁止した。

 次いで、教育の場から徹底的に軍国主義を追放した。1946年2月4日、CIE(民間情報教育局)は、文部省に次のように解釈される要素を含む歴史教科書記述を削除することを命じた。

〇国民の英雄的及び一般的活動として戦争を賛美すること
〇天皇や祖国のために戦死を名誉とすること
〇人間の最高の名誉として、軍事的偉業や戦争の英雄を美化すること
〇天皇を防御し、国家発展のために、桜の花が散るがごとく人間の生命を犠牲にすること
〇天皇のために死ぬことを義務とする考え
〇天皇の勅令に対しての従属的な考え

 われわれ日本人がよく知るように、こういった考え方や価値観は戦後教育において徹底的に排斥された。そして、日本人は、「戦争を賛美してはいけない」「戦争で戦う人を英雄視してはいけない」「国のために自分を犠牲にすることはよくない」「国のために死ぬことを名誉としてはいけない」という考え方を植え付けられた。

 問題なのは、侵略戦争と自衛戦争を区別していないということだ。これは、憲法の戦争放棄条項を見てもわかるように、占領軍が意図的にしたことであって、侵略の戦争はもとより、自衛の戦争であっても、とにかく戦争はしてはいけないのだ。占領の目的が日本を自衛戦争さえできない国にすることだったからだ。

 こうして、「国体」のうち、国家神道と軍国主義は破壊された。この点ではアメリカは終戦条件を守らなかった。しかも、これは次のようなハーグ陸戦条約に違反していた。

第43条 国の権力が事実上占領者の手に移ったら、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重し、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保するため、できる手段を尽くさなければならない。

第46条 家の名誉及び権利、個人の生命、私有財産ならびに宗教の信仰及びその遵行を尊重しなければならない。

 結局、日本は「国体護持」できたのかといえば、半分はできたが、残りの半分はできなかったといえる。やはり、占領されるということはそういうことだ。

亡国の民の心情を想像せよ
 無条件降伏していたなら、半分も「国体護持」ができなかったことは明らかだ。また、降伏相手がアメリカだったからよかったが、ソ連だったら、傀儡政権を作ったのち、日本人の半分ほどをシベリアに強制移住させたあと、ロシア人を入れて日本本土を支配しただろう。つまり、国を奪われていたのだ。

 こうしてみると、なぜ一部日本人が祖国防衛のために身を挺して戦うウクライナ人の行動を理解せず、批判するのかわかる。要するに彼らの歴史認識が間違っているのだ。

 彼らは無条件降伏しても別にどうということがないと思っているが、それは日本が「国体護持」の条件を獲得するために最期まで戦ったことを知らないからだ。また、日本の場合は、たまたま領土的野心を持たないアメリカに降伏したので、国を奪われずにすんだが、ウクライナ人の場合はそうはいかないということが理解できていないのだ。

 占領軍によって植え付けられたマインドセットから抜け出せていない日本人は、自衛の戦争であっても「戦争はよくない」といい、国のために戦うな、犠牲になるなといい、勝ち目がないし、無駄だから、さっさと無条件降伏すればいいという。国を奪われること、亡国の民となることがどんなことか理解していない。

 彼らはウクライナ人がおかしいという。国際的に見て、おかしいのは占領軍のマインドセットから抜け出せていない日本人の方なのだ。

有馬哲夫(ありまてつお)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』など。

デイリー新潮編集部」(2022/03/12付(ここ)より)

上の記事で、ヘエ~!なるほど・・・と思ったのが次の言葉・・・。
*日本は「国体護持」という条件つきで降伏している。

*なぜ、ハリー・S・トルーマン大統領が「国体護持」の条件付き降伏まで譲ったのかといえば、硫黄島、沖縄での日本軍の死を恐れぬ戦い方を見て、本土上陸作戦を避けたいと思ったからだ。

*日本の将兵は無駄死にしたと考える人がいるが、それは間違いだということがわかる。彼らの決死の戦いがアメリカ将兵の死傷率を高め、それが「国体護持」の条件付き降伏案を引き出したのだ。ウクライナ人に無駄死にだという日本人はこの事実を知らないのだ。

*、昭和天皇は「国体護持」できるという確証が得られるまで降伏するつもりはなかった。スイスやスウェーデンの情報から、降伏してもアメリカは少なくとも皇室を廃止しない公算が大きいと知って、降伏を決意している。

実は、自分は半藤一利氏の本の影響が大きい。
天皇の国体護持への「確証」について、半藤さんは「聖断」にこう書いていた。

「第19章 八月一四日午前十一時
 十三日の朝が明けた。早くも警戒警報のサイレンが東京の空をかき乱した。
 そのなかで、この朝の阿南陸相はなお、虎のように屈しなかった。天皇に謁見を願い、広島にある第二総軍総司令官の畑悛六元帥の召致の上奏を行ったさい、天皇その人に天皇の地位存続にたいする心配を訴えたのである。
 だが、天皇は前日にも陸相をさとした言葉をさらに強めて、はっきりといった。
「阿南(アナン)よ、もうよい」
 なぜか天皇は、侍従武官時代から阿南(あなみ)をアナンとよぶのを常としていた。
「心配してくれるのは嬉しいが、もう心配しなくてともよい。私には確証がある」
 陸相の闘志はやや萎えた。この上なお反対論をとなえることは、天皇に反逆することになるのではないか。国体護持を考えるからこそ、そして天皇の地位を憂慮するからこそ、迷い悩んできたのではなかったか。しかし、天皇がそのことに確証があるという……。
 結果論になるが、この時点で、国体護持という抽象概念の固縛からもっとも解きはなたれていたのは、天皇その人だったのである。陸相の退ったあと、なお一抹の不安を抱いて木戸内大臣が諸情勢を奏上したときにも、天皇はいとも簡単にいった。・・・」(半藤一利「聖断」p492より)

この天皇の「確証」が、上の有馬氏の説明で腑に落ちた。自分が読んだ半藤さんの本からは、天皇の「確証」の背景が読み取れなかった。

この明快な有馬哲夫氏の一文を読んで、両「徹」氏の発言を眺めると、何と浅いことか・・・
しかし、全国放送?のTVでの発言は影響が大きい。
改めて、聞く側の耳が、いかに大切かが分かる。

ロシア国内でのプロパガンダがひどい、とよく言われる。しかし日本でも、これらの独りよがりの発言は、ある意味、日本でのプロパガンダ?の危険性を秘めているように思った。
毎日、見るに堪えない戦争の光景である。

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2022年3月25日 (金)

土屋賢二の「もしロシアが攻めてきたら」

iPad で週刊文春を眺めていたら「もしロシアが攻めてきたら」というエッセイがあり、楽しく読んだ。

<ツチヤの口車 1236>
もしロシアが攻めてきたら 土屋賢二
 ロシアがウクライナに侵攻して以来、ニュースを見ると胸が痛む。子どもの涙を見ると胸がつぶれそうだ。
 そのたびに義憤にかられ、志願兵になって戦いたいと思う。だが何キロもの装備を身につけて歩くだけの体力がないのが残念だ。もっと残念220325tsuchiya なのは、もし体力があったら志願兵になろうという気が起きるかどうか疑問だということだ。
 NATOもアメリカも、ロシアが弱小国なら即座に叩き潰しただろうが、軍事大国だと、後方支援にとどまり、傍観するだけだ。弱そうな男が暴れていたらまわりは袋だたきにするが、暴れているのが暴力団なら傍観するのと同じだ。
 降参すればいいと言う人もいるが、降参すれば、最悪、何十万何百万もの人が粛清・投獄され、それ以外の男は徴兵されて他国への侵略の最前線に送られる。国土は永久に返らず(北方領土を見よ)、母国語は禁止、学校ではロシア語で捏造した歴史を教え、言論統制、強制労働、不妊手術を強いられ、隣人の告げ口ひとつで粛清される可能性がある。同胞や子孫を新疆ウイグル自治区や北朝鮮みたいな所に住ませたいのか。
 プーチンは借りた飛行機は返さない、外国企業の資産は接収する、借金はルーブルで払う(チャラにする)、見えすいたフェイクニュースを流すなど、あらゆる手段を使って信用を落とそうと努力しており、「降伏すれば……してやる」という約束が信用できるはずがない。
 信用を落としたのは本人だけではない。犬好きに悪い人はいないと言われているのに、プーチンは犬好きだ。武道から礼を学んだはずなのに、礼のかけらもない。犬好きと武道の信用も落とした。
 NATOやアメリカが介入しない理由の一つは「核保有国相手に戦うと核戦争になりかねないから」というものだ。その理屈ならロシアは核をちらつかせればNATO参加国でも日本でも侵略し放題ということになる。もし日本がこの理屈で孤立無援の事態になったらどうするだろうか。
 真っ先に逃げるかと妻に聞くと、「とどまって戦う!」と言う。火炎瓶を投げ、落とし穴を掘ってでも、戦うと言う。
 意外だった。妻は駅のホームの端も歩かないほど用心深い。妻の用心深さを知ったとき、「借しまれない人間ほど自分の命を大切にする」「悪い奴ほど命を惜しむ」という格言を作ったほどだから、妻の戦闘宣言は意外だった(プーチンも極度に用心深いらしい)。
 妻に怖くないのかと聞くと、「やられる気がしない」と答えた。闘争心が恐怖心に勝っている。その上、妻には自分を棚に上げる性質がある(自分のことを書いたエッセイを読んでも、まるで他人事なのだ)。
 わたしのいる老人ホームで、九十代の女性入居者に聞くと、「戦争は絶対にイヤだ。第二次世界大戦のとき、さんざん無差別空爆やら原爆やらでどれだけ怖い思いをしたことか」と回想する人もいれば「夫が生きていて、逃げないならわたしも逃げない」という人、「夫に関係なく逃げる」という人もいる。
 老人ホームの三十代の男性スタッフに聞くと、「逃げます」と即答した。「ちょうどいい戦力になるのに」と言うと、「それでも逃げます」と断言した。
 この男は、ロシアがこの老人ホームを攻めたら入居者を置いて逃げるハラだ。
 だがみんなが逃げても心配はいらない。この施設には妻がいる。ロシア兵が攻めてきたら、妻が金槌を腰に差し、火炎瓶を作り、包丁を研いでいる姿を目撃するだろう。その脇には、妻の命令で兵糧用にジャガイモを洗っているわたしがいるはずだ。」(「週刊文春」2022年3月31日号より)

このウィット。土屋賢二!?ん??聞いたような名前・・・
と思ったら、前に自分が凝ったことがある人だった。
このblogを検索すると、「哲学者 土屋賢二氏とは?(日経のコラムから)」(2006年6月19日)(ここ)と「土屋賢二氏のウィットに感服」(2006年9月19日)(ここ)の二つの記事が見つかった。まさに16年前に当blogを始めて、数日後の記事だ。

wikiで見ると、氏は1944年生まれというから、自分よりも3つ上なだけ。
上の記事で「わたしのいる老人ホームで」というのが気になった。
ん??自分より3つ上なら、今は77歳。それで、もう老人ホーム??

検索すると(ここ)のページがヒットした。2019年07月04日発売の週刊文春の同じ「ツチヤの口車1103」で、「老人ホームに入居することにした」というエッセイを書いていた。当時75歳。ほぼ今の自分と同じ歳・・・

220325tsuchiya1 解像度が悪いので読みにくいが、老人ホームに入る事にした理由が書いてある。①子どもがいない ②書類が難しい ③根が軽率である ④わたしは物体である以上、死ぬまでの間、何らかの場所に存在しなくてはいけない だそうだ。
「わたしが決めたのは、百以上の一般居室がある大規模な介護付き有料老人ホームだ」とあるので、相当立派なホームなのであろう。

立派な老人ホームというと、亡くなった叔父を思い出す。子供がいなかった親父の直ぐ下の弟の叔父は、現役時代はずっと町田に住んでいた。貸家を持ってたが、定年と同時に、自宅など全てを売り払って、熱海の山の上にある温泉付の老人ホームに移った。
2000年に、伊豆に旅行した帰りに寄った事があったが、そのとき、入るのに一人4000万円かかったと言っていた。夫婦で入居費8000万円・・・
その叔父も、既に92歳で亡くなった。叔母は現在93歳。健在かどうかは、最近確認していないので分からない。
でも、老人ホームに30年以上住んだとすると、十分元は取ったのかも知れない。

先日、久しぶりに定例の同期4人でコーヒーを飲む会があった。出てくる話は、そろそろ皆、後期高齢者になるので、免許の更新で「認知機能試験」があるぞ!という話ばかり。
あれよあれよと言う間に、我々も後期高齢者だって!!ビックリ!

老人ホームも他人事では無い!?
でもウチのカミさんは、「アナタは老人ホームに入ると悲劇。味の濃い物が好きだし、周囲とうまくやれない!!」という。
先日、隣のご主人が1月から脳溢血で入院中だと聞いて、これまたビックリ。
人間、いつ何が起こるか分からない。
でも、低空飛行でも、何とか変化が少なく、平凡な日々が過ぎる事を祈るばかり・・・

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2022年3月24日 (木)

森田童子の「グリーン大佐答えて下さい」

今朝(2022/03/24)の「女性セブン」の新聞広告に目が行った。「森田童子さん評伝本で遺族激怒でお蔵入りトラブル」という見出し。
220324seven 森田童子が亡くなったのが2018年4月なので(ここ)、もう4年が経つ。

森田童子が、なかにし礼の姪だったことは前に書いた(ここ)。
最近、あまり森田童子の話題は聞かなかったが、「女性セブン」の記事(ここ)を読むと、なかにし礼の没後1年に出版された220324yasouki_20220324205501 遺作「血の歌」に、姪だったことが書かれており、その直後の1月15日に、Pヴァインより4月1日に発売されると発表されたのが「夜想忌 森田童子大全」だったという(ここ)。

それが2月22日に、発売延期(ここ)との発表。
先の週刊誌の記事を読むと、遺族側の発言の方が納得が行く。
220324yasoukienki_20220324205501 「私たちは、身内として彼女を守らなければならないんです。森田童子としてのイメージを守ることも当然大事。しかし、それ以上に引退後の約35年間を一般人として共に過ごしてきた家族である彼女を守りたいんです。
 ファンのかたは、歌と自分の人生を重ね合わせて、それぞれの愛し方をしてくれていると思っています。本の監修であるA氏はファン代表みたいな態度だったと聞きます。謎多きまま引退して亡くなった森田童子の“真実を伝える”とか“決定版”とあおるような本を、ファンのかたは本当に欲しいのかな、と疑問に思っているんです」(森田さんの遺族)」

しかし、遺族とここまで合意の無いまま出版の発表とは・・・
例えこの本が発売になっても、たぶん自分は買わない。一時期、森田童子の素顔に興味を持った事もあったが、もうこれ以上の情報はいらない。遺族の言うように「謎」のままそっと置いておきたい。

せっかくなので、久しぶりに森田童子を聞いてみよう。これも自分が好きな「グリーン大佐答えて下さい」という不思議な歌。アルバム「ラスト・ワルツ」の収録曲である。

<森田童子の「グリーン大佐答えて下さい」>

「グリーン大佐答えて下さい」
  作詞・作曲:森田童子

私たちは幸せになれるでしょうか
私たちの祈りは届いたでしょうか
グリーン大佐答えて下さい

いまだ見ぬ母の手に奇跡の海 モーゼ屠所の羊の群れ
やさしき地平に帰りて眠れ悲しき旅人

私たちは幸せになれるでしょうか
私たちの祈りは届いたでしょうか
グリーン大佐答えて下さい

母の背に帰れ盲目の兵士青き海を渡れ
いまだ見ぬ母の船に私たちは伝えようこの悲しい夢を

私たちは幸せになれるでしょうか
私たちの祈りは届いたでしょうか
グリーン大佐答えて下さい

最後に音楽が突然遮断され、爆弾が炸裂する・・・
PINK FLOYDの「原子心母」の、原爆の音を彷彿とさせる。

ロシアのウクライナ“侵略”から今日でちょうど1ヶ月。
戦場の光景を目に浮かべながらこの歌を聞いていると、その哀しさが胸に迫る。
今の時代に戦争など・・・
いつ何が起こるか分からない、現代社会の怖ろしさである。

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2022年3月19日 (土)

横内正&山の仲間たちの「坊がつる讃歌」

先日、FM放送で「横内正&山の仲間たち」が歌った「坊がつる讃歌」を聞き、印象に残った。
言うまでも無く「坊がつる讃歌」は芹洋子の歌で有名で、自分も昔から良く聞いていた。でも、今回の「横内正&山の仲間たち」が歌った「坊がつる讃歌」は歌、の内容とよくマッチしているように聞こえた。

<横内正&山の仲間たちの「坊がつる讃歌」>

「坊がつる讃歌」
  作詞:神尾明正/松本征夫
  作曲:竹山仙史

人みな花に 酔うときも
残雪恋し 山に入り
涙をながす 山男
雪解(ゆきげ)の水に 春を知る

ミヤマキリシマ 咲き誇り
山くれないに 大船(たいせん)の
峰を仰ぎて 山男
花の情(なさけ)を 知る者ぞ

四面(しめん)山なる 坊がつる
夏はキャンプの 火を囲み
夜空を仰ぐ 山男
無我を悟るは この時ぞ

出湯の窓に 夜霧来て
せせらぎに寝る 山宿に
一夜を憩う 山男
星を仰ぎて 明日を待つ

この歌の由来については「坊がつる讃歌 歌詞の意味・由来」ここ)に詳しい。
それによると、
「大分県九重連山の坊ガツル湿原を題材とした山男の歌
220319bougaturu 『坊がつる讃歌』は、大分県竹田市の盆地・湿原「坊ガツル」を題材とした愛唱歌。作詞:尾明正、補作:松本征夫、作曲:竹山仙史。
NHK「みんなのうた」で1978年6月に初回放送された。歌:芹洋子(せり ようこ/1951-)。同年末のNHK紅白歌合戦において、芹洋子は同曲で初出場を果たしている。
元歌・原曲は、広島高師山岳部の部歌『雲に消えゆく山男』。これを九州大学の学生が「坊ガツル」を題材に替え歌した。
この替え歌はその後、九州の山岳愛好者の間で広まった。1977年には、歌手の芹洋子が野外コンサートで阿蘇山麓を訪れた際、宿舎で若者たちにこの替え歌を教えてもらったという。NHK「みんなのうた」での放送はその翌年のことである。」とのこと。

漫然と聞いていたが、「坊がつる」とは、大分県の湿原の名前だって・・・

これを歌っているのが「横内正&山の仲間たち」。変わった名前だと思っていたが、CDの紹介に「山男を自認する俳優・横内正を中心とした国立音楽大学ワンダーフォーゲル部の“山の仲間たち”がエヴァーグリーンな名曲を歌い上げる。」とあった。
「山の仲間たち」と言っても、やっぱり歌のプロだった。

横内正という名は知らなかったが、ググってみると顔は良く知っていた。そもそも自分は俳優の名前はほとんど覚えていない。いつもカミさんにバカにされるが・・・
自分の音源を検索してみると「ああ人生に涙あり」という歌で、里見浩太朗&横内正が歌っていた。

この「坊がつる讃歌」の定番はやはり芹洋子。

<芹洋子の「坊がつる讃歌」>

三鷹淳の歌もすてがたい。

<三鷹淳の「坊がつる讃歌」>

何となく聞いていた歌だが、ググってみるとなかなか奥が深い歌の世界ではある。

●メモ:カウント~1370万

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2022年3月12日 (土)

給湯器にもてあそばれている話~給湯器の故障

ここ1週間、給湯器にもてあそばれている。いやここ1ヶ月半か・・・
振り返ってみると、カミさんから給湯器の調子が悪いと最初に言われのが1月21日だった。
「朝、給湯器がピーっと鳴っている」という現象と、「髪を洗うときに、直ぐにお湯が出ない事がある」という。
朝方、「音がする」と起こされたのが2月6日。自分で確認するため、翌晩ICレコーダーを設置して録音してみると、確かに明け方に給湯器から音がする。
メーカーに電話で問い合わせると、4℃以下になると、凍結防止運転をするのでその音だという。これは故障では無かった。

220312kyuutouki 記録を見ると、現在の給湯器を設置したのは、2008年2月29日だった。ちょうど14年になる。
10年が標準寿命というので、これはヤバイ。それで通販で工事込みで発注したのが1月27日だった。ついでに混合水栓を替えたのが1月29日(ここ)。

調べてみると、給湯器や暖房便座の入荷が送れて社会問題化していると聞いたのが21年9月の頃らしい(ここ)。
よって、給湯器の発注はしたのものの、2~3ヶ月は待つのを覚悟していた。
それは、何とか給湯器がちゃんと動いていたから・・・

そして「給湯器ショック」が起こったのがちょうど1週間前の土曜日(2022/03/05)。
何と、お湯を出そうとしても、点火しない。お湯が出ない。そのうち、点火不良のエラーコード。
ヤバッ!!!

さすがにゾッとした。このままお湯気が出なければ、数ヶ月間風呂にも入れない!?
直ぐにメーカーに電話。さすがに24時間対応の電話だ。でも修理に来てくれるのは月曜日になるという。
でも完全に壊れてはいないらしく、たまに点火してお湯が出る。

併せて、発注先にメール。故障したので、何とか早く給湯器の納入を!
(月)の朝になって、メールで返事が来た。別メーカーの1ランク上の製品なら入荷日が確定したので付けられるとのこと。当然「それで良い!」。工事日を聞くと1週間後の3月14日の午後だという。仕方が無い。

そんなやりとりをしていた直後に修理屋さんが来た。そのときは現象が出ない。ちゃんとお湯が出る。
「何とか1週間だけ持ってくれると良いのだが」と言うと、「工事日が決まっているのなら、ヘタに触らないで、1週間はだましだまし使っておいた方が良い。もし部品を交換する事になると、部品によっては2~3週間かかる場合もあり、1万円以上の部品代もかかる」とのこと。
それで、何もしないで様子を見ることにした。出張費6600円はしっかり取られたが・・・

そのだましだましの、この1週間。まさに給湯器に翻弄された1週間なのである。
給湯器の機嫌が悪いときは、お湯も出ないし風呂もダメ。でも機嫌が良いときは、両方OK。

今夜も何とか風呂に入れた。皿洗いもお湯で出来た。しかし機嫌が悪いときは、水で皿洗い。これが何ともツラい。冷たい水を長い間使うと、手が痛くなることを知った。冷たい感覚よりも痛い!

あと2日。今夜、何とか風呂に入れたので、明日は例えお湯が出なくても何とか我慢の範囲。

それにしても、壊れて困るエアコンなどは、10年経たない前に交換してきた。しかし今回の給湯器は“抜かった”。
それにしても、まだまだ解決していないというメーカーの給湯器の納期問題。
それが今回は、機種が違うとは言え、手に入ったのは幸い。

Netでググると、取付については、メーカー間の互換性はあるようだ。つまり、既設メーカーにこだわらず、どのメーカーでも良いので同じタイプの物を探す。それが手のようだ。
まだまだ寒い3月。たったお湯の話だが、天国と地獄を覗いたこの1週間ではあった。

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2022年3月 1日 (火)

「iPad Pro」を買った話~週刊誌でも読むか・・・

「iPad Pro」を買ってしまった。
前から言うように、自分は何かが気になると、それが頭から離れなくなり、つい“研究”(=凝って)してしまう。
ここ2~3日は「iPad」である。用途は雑誌の読み放題サービス。

自分はタブレットとしては、既に「iPad mini4」を持っていた。SONYのHDDプレヤー「HAP-Z1ES」用に買った。でも全くと言って良い位使っていない。もっぱらスマホを使ってしまうので・・・

先日ふと、雑誌の読み放題のサービスが利用できる事を思い出した。弟がタブレットで読んでいると言っていたのを思い出して、「iPad mini4」にアプリを入れて、週刊誌をちょっと覗いてみた。確かに読めるな・・・
でも、そもそも自分は週刊誌は読まない。カミさんがたまに買ってきても、ペラペレめくるだけ。読むに値する?記事が無い。
でも、時間潰しに覗いてみると、画面の拡大は自由だし、なかなか便利。

どうせ読むなら画面は大きい方が良いな・・・。画面の大きなiPad でも買ってみようかな?と「研究」していたら、何と!?「iPad Pro」というのは12.9インチの大画面の物があるという。
2015年からの発売という。今は第5世代。
220301ipadpro どうせ買うなら大画面が良い。するとこの「iPad Pro」? 持ち歩かないのでWi-Fi専用でOK。それにメモリも小さくて良い。wikiで仕様を見ると、どの世代でも、画面の大きさは変わらない。ならば古いモデルでもOK。
そんなワケで、昨日中古の「iPad Pro」を買ってしまった。第1世代のWi-Fi専用。3万円強。それが今日届いたのだが、使ってみると、これがなかなか良い。(それでこの記事を書く気になった!)
とにかく画面が大きいので、フォントも大きいのが使え、老人向き。

でも(話は戻るが)自分は週刊誌を読まない人・・・。
ふと思い出した。亡くなった親父も兄貴も大の週刊誌好きだった。親父は「文春」「新潮」「現代」「ポスト」を毎週とっていた。帰省すると、時間潰しによく読んだもの。兄貴も老人ホームに居たとき、「来るときは必ず週刊誌を買って持って来い」と言っていた。それでいつも4冊買って行った。そのうち「文春」と「新潮」だけになったが・・・

せっかく大型タブレットを買ったので、読み放題のサービスに入ってみるか・・・と研究すると、大手は「楽天マガジン」と「dマガジン」の2つだという。どちらも「文春」と「新潮」が読める。
まあ31日無料を試してみてから、どちらか選ぼうかなと思っていたら、「楽天マガジン」のキャンペーンが見つかった(ここ)。エントリーすると1000ポイントが貰えて最初の1年間は半額らしい。それでつい申し込んでしまった。(気が付かなかったので1000ポイントのエントリーは逃したが・・・)

まあ老人は時間がある。「読む」ことはボケ防止にもなるらしい。
さて、次は何に凝るかな・・・

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