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2021年6月の7件の記事

2021年6月27日 (日)

「令和落首考 2021年前半」

恒例の「令和落首考 2021年前半」。やはりコロナ・ワクチン・オリンピックが主題のようだ。

令和落首考 2021年前半 山丘春朗

 〈中国もロシアも嗤(わら)う民主主義〉

 〈後手後手と無策で続く過去最多〉

 トランプ米大統領の支持者らが議事堂に乱入して5人が死亡した1月7日(日本時間)、日本では新型コロナウイルス感染症の第3波に伴う緊急事態宣言が首都圏に出されました。

 めでたさも中くらい、とさえ言えない新しい年の始まりでした。

 〈怒り持て新聞を繰る切なさよ〉

 以来きょうまで、この句のような腹立ちにとらわれた人は多かったのではないでしょうか。早くも過ぎていった半年を朝日川柳で振り返ります。

   ◎  ◎  ◎

210627asahi  松の内に東京の1日の感染確認は2千人を超え、全国では8千人に迫りました。〈この一年何してたのと問うコロナ〉。「ちぐはぐ感」ばかりだった政治への不満と皮肉です。感染者は各地で最多となりました。〈都道府県対抗みたい昨日今日〉。帰省もかなわず〈ふるさとの感染数も見る日課〉。

 医療現場は逼迫(ひっぱく)し、崩壊の危機が連日ニュースに。「自宅療養」という名の「ほったらかし」が問題になりだします。〈感染後入院叶(かな)う果報者〉〈運がいいなどと言われて入院し〉。そんな庶民を尻目に、感染・無症状で即入院という某元大臣もいましたっけ。

 春。第4の波が関西方面からわき上がります。〈ホラ貝が鳴る大阪の春の陣〉。リバウンドは風雲急。〈縄ほどき又(また)縄をなう浪花流〉は見通しの甘さへの批判です。日々上昇する棒グラフに〈まだ誰も知らぬ第4波の高さ〉。

   ◎  ◎  ◎

 頼みの綱のワクチン接種は先進諸国に比べて大きく出遅れます。〈ジェンダーとワクチン接種下位競う〉。接種率はOECD37カ国中の最下位(4月末)。ちなみに世界経済フォーラムによる男女平等の報告書では日本は156カ国中120位でした。

 海外頼みのワクチンの数量が当初は少なかった。〈ワクチンは雀(すずめ)の涙が主成分〉。高齢者への接種予約が始まるとアクセスが殺到します。〈寝て待てぬ果報もあると知る接種〉

 〈さすりつつ待ってる腕に予約なし〉と大勢が嘆く一方、首長みずから先に接種したり、地元の名士らが優先接種を要請したりするケースが明るみに出ました。〈まっ先に逃げた船長思い出す〉〈悲しきは偉い方ほど身勝手で〉。沈没船の船長は一番あとで避難するもの。地位ある人ほど内なる規律の高さを求められるはずなのに、逆向きの話となれば民心はすさみます。

   ◎  ◎  ◎

 目を転じれば、菅義偉首相の息子が勤める放送関連会社などによる総務官僚の接待漬けが露見しました。〈何食わぬ顔して食らうウリスモモ〉〈それにしてもよく群がると笑う蟻(あり)〉。1回で7万4千円もの酒食を供された人もいて、我らあきれました。情けない役人とは違って〈春宵(しゅんしょう)の手銭(てせん)の酒の旨(うま)さかな〉は川柳子の意気でしょう。酒は身銭で飲むべかりけり、なのです。

 そしてオリンピック。

 2月、東京五輪大会組織委の森喜朗会長の女性を蔑(さげす)む発言への批判が広がりました。〈森さんは女は黙って五輪とや〉〈男とは時間かからぬイエスマン〉はどちらも女性から。〈家事もせず「森けしからん」わが亭主〉も女性でした。男よ自分を棚に上げるなと。

 3月、感染拡大の中で聖火リレーが始まりましたが、辞退者が相次ぎ〈走る人走らぬ人も言い訳し〉。あくまでも開催で押す政府は「安全安心」を空疎に唱えるばかり。日本の事情をかえりみる気配のないIOCの独善には〈バッハ言う国破れても五輪あり〉。

   ◎  ◎  ◎

 オリンピックに「五輪」の言葉をあてたのは読売新聞記者の川本信正さんだったそうです。もう80年以上の歴史があります。数ある「略語」の中でも簡潔にして秀逸、国民的財産のような一語でしょう。くっきりと座りのいい3音は、新聞の見出しにも、句づくりにも、ありがたみは格別です。

 その2文字が朝日川柳で今大会ほど後ろ向きに詠まれたことがあったでしょうか。〈そもそもが動機不純の五輪なり〉〈失政を五輪で隠す夏来たる〉〈始まれば感動すると侮られ〉

 中止か延期、せめては無観客を求める民意や専門家の懸念を退けて、かくも祝祭感を欠く五輪まで1カ月を切りました。〈辛(つら)いのは五輪が嫌いになる自分〉。苦く同感する人もいることでしょうね。 (「朝日川柳」選者)」(2021/06/27付「朝日新聞」p8より)

先進国中、ワクチン接種の最下位を行く日本。それなのに、五輪開催に突き進む政府。国民やマスコミも、もう諦めたのか、「中止」という言葉があまり出なくなってきた。
しかし、五輪による感染再拡大の懸念は大きく、とうとう天皇まで懸念を表明される事態に。

先日まで、NETFLIXで「ザ・クラウン」全40話をカミさんと一緒に見た。エリザベス女王が、毎週1回首相と会談するが、前提として君主は首相を支持。しかし心中は、そうで無い場合も多く、言葉を選びながら首相に話をする。なかなかツライ立場・・・
天皇も同じだろう。国民の事を考え、何かを言いたいが、政治的発言が許されていない、もどかしさ・・・

このドラマで、こんな場面があった。非難囂々の首相を辞めさせるように女王に進言があったとき、「それは次の選挙で、国民が判断すること」と。

7月4日は都議選がある。ここで都民が政治をどう判断するのか? そして秋の衆院選で、国民が今の政権をどう判断するのか?

五輪では、その提携病院が、五輪関係者のために、あらかじめベッドを空けておくようにと、要請があったとか。コロナ患者で埋まっているベッドを・・・

もし、五輪選手が感染して病院に入院し、閉め出されて自宅待機で死ぬことになった日本人が発生した場合、五輪が日本人を殺したことにならないのか??
それで無くても、自宅待機で孤独死している人が居るというのに・・・

明るい話題は、大谷選手の米国での活躍ただ一つ。
他に明るい話題は無かったかな~~~
1年半経って、いまだに世界的に終息が見えないコロナ渦。
半年後の「令和落首考」で、どんな句が挙がってくるだろうか??

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2021年6月20日 (日)

伊藤久男の「東海の」

伊藤久男が歌う「石川啄木歌集」の音源を見付けた。
「伊藤久男とダークダックスの啄木「東海の」」(ここ)という記事を書いたのは、2014年7月24日だった。7年前か・・・
昭和39~40年頃に録音した、伊藤久男の「東海の」という歌についてだが、その後しばらくして、ヤフオクで、この音源が入ったLPが出品されたのを発見した。「石川啄木歌集」という25センチLPだ。1969年1月の発売。

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しかしその時は、強力なライバルがおり、競り合いであまりに値段が高騰してしまって落札出来なかった。
それ以来、このLPが出品されたらアラートが来るようにヤフオクに設定しておいたら、先日引っ掛かった。同じLPが出品されたのだ。しかし3500円と高価。もはや落とす元気も無く・・・

何気なく、「伊藤久男」「東海の」でググったら、何とこの歌の音源がYOUTUBEに挙がっていた(ここ)。
早速音源を落としてみると、波形がLPの波形では無い。ノイズが無い。CDからのきれいな波形だ。それでまたまたググってみると、「伊藤久男~栄光の足跡~」というCDボックスが発売されており、それの特別盤として<石川啄木歌集>が収録されていた(ここ)。YOUTUBEの音源は、ここから録ったらしい。2020年05月18日発売で「今まで未CD化となっていた多数の作品をここに復刻!」とある。よくもまあ、音源が残っていたものだ。

<伊藤久男の「東海の」>

石川啄木『一握の砂』より
 東海の小島の磯の白砂に
 われ泣きぬれて
 蟹とたはむる

改めて、自分が子どもの時に録った音源を聞いてみよう。
まさに半世紀以上前に放送された時の録音だが、拍手が入っている所をみると、コンサートの放送らしい。

<半世紀前に録音した伊藤久男の「東海の」>

ここまで書いて、ん?おかしいな。レコードにある発売の1969年というと昭和44年。「東宝現代劇特別講演 悲しき玩具」でググってみたら、パンフレットの写真が見付かった。その裏表紙の広告は「パナソニック第1号 8石ラジオ T-801D」とある。それを頼りに探ると、このラジオは1962年に発売されたらしい(ここ)。1962年は昭和37年。やっと辻褄が合った。

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そして、(ここ)によると、昭和37年度(第17回)芸術祭賞一覧に「演劇 芸術祭奨励賞 浜 木綿子 東宝現代劇「悲しき玩具」の芸者小奴の演技に対し」として載っている。
つまりこの作品は、昭和37年の演劇の為に書かれ、昭和44年にレコード化された。という事らしい。そして2020年にCD化。

それにしても、ひょんな事からパナソニックブランドの第1号のラジオを見つけてしまった。(ここ)によると「1962年松下電器が、パナソニ210620pana
ックの名称をブランドとして始めて使用したラジオ。そして、その後松下電器は輸出用に主に使ってきたパナソニックのブランドを国内向け小型音響製品に使うようになった。このラジオの商標表記は"National Panasonic"で、今日の会社名へと受け継がれています。」とある。
1962年から使われたPanasonic。松下電器産業(株)からパナソニック(株)に変わったのは2008年10月。

だいぶん話がそれたが、やっと見付けた伊藤久男の「東海の」の音源の話である。

(関連記事)
伊藤久男とダークダックスの啄木「東海の」 

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2021年6月15日 (火)

黒澤明監督の作品を全部見た~「七人の侍」と「用心棒」のテーマ

黒澤明監督の作品を“ほぼ”全部見た。
最近、“全部”に凝っている。主に本だが、“藤沢周平を全部読むぞ!”みたいに・・・
210615kurosawaakira 今回のきっかけは、「カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「声でつづる昭和人物史 黒澤明」」(2021/05/03・10・17放送)を聞いたこと。
この番組の中で、保阪正康氏が、黒澤作品は全部見ている。と言っていた。それを聞いて自分も、“日本を代表する映画監督の黒澤明の作品くらい、どうせヒマな年金生活者、全部見ても良いかも・・・”と思い立って見た、というわけ。
まずこの番組を挙げておこう。

<カルチャーラジオ「声でつづる昭和人物史 黒澤明」(1)>(2021/05/03放送)

<カルチャーラジオ「声でつづる昭和人物史 黒澤明」(2)>(2021/05/10放送)

<カルチャーラジオ「声でつづる昭和人物史 黒澤明」(3)>(2021/05/17放送)


黒澤明監督の作品は31あるという。

1.「姿三四郎」(1943年・東宝、1時間19分)
2.「一番美しく」(1944年・東宝、1時間25分)
3.「続姿三四郎」(1945年・東宝、1時間23分)
4.「虎の尾を踏む男たち」(1945年・東宝、58分)
5.「明日を創る人々」(1946年・東宝、1時間21分)
6.「わが青春に悔いなし」(1946年・東宝、1時間50分)キネマ旬報2位
7.「素晴らしき日曜日」(1947年・東宝、1時間48分)キネマ旬報6位
8.「酔いどれ天使」(1948年・東宝、1時間38分)キネマ旬報1位
9.「静かなる決闘」(1949年・大映、1時間35分)キネマ旬報7位
10.「野良犬」(1949年・東宝、2時間2分)キネマ旬報3位
11.「醜聞」(スキャンダル)(1950年・松竹、1時間44分)キネマ旬報6位
12.「羅生門」(1950年・大映、1時間28分)ヴェネツィア映画祭金獅子賞、キネマ旬報6位
13.「白痴」(第一部・愛と苦悩、第2部・恋と憎悪)(1951年・松竹、2時間46分)
14.「生きる」(1952年・東宝、2時間23分)ベルリン映画祭銀熊賞、キネマ旬報1位
15.「七人の侍」(1954年・東宝、3時間27分)ヴェネツィア映画祭銀獅子賞、キネマ旬報3位
16.「生きものの記録」(1955年・東宝、1時間53分)キネマ旬報4位
17.「蜘蛛巣城」(1957年・東宝、1時間50分)キネマ旬報4位
18.「どん底」(1957年・東宝、2時間17分)キネマ旬報4位
19.「隠し砦の三悪人」(1958年・東宝、2時間19分)ベルリン映画祭銀熊賞、監督賞、国際映画批評家賞、キネマ旬報2位
20.「悪い奴ほどよく眠る」(1960年・東宝、2時間31分)キネマ旬報3位
21.「用心棒」(1961年・東宝、1時間50分)ヴェネツィア映画祭主演男優賞(三船敏郎)、キネマ旬報2位
22.「椿三十郎」(1962年・東宝、1時間36分)キネマ旬報5位
23.「天国と地獄」(1963年・東宝、2時間23分)キネマ旬報2位
24.「赤ひげ」(1965年・東宝、3時間5分)キネマ旬報1位、ヴェネツィア映画祭サン・ジョルジュ賞、ヴェネツィア市賞、国際カトリック映画祭事務局賞、モスクワ映画祭映画労働組合賞
25.「どですかでん」(1970年・東宝、2時間6分)モスクワ映画祭ソ連映画人同盟特別賞、アデレード国際映画賞・監督賞、ベオグラード国際映画賞、キネマ旬報3位
26.「デルス・ウザーラ」(1975年・日本ヘラルド、2時間21分)モスクワ映画祭金賞、アカデミー外国語映画賞、ヴェネツィア映画祭サン・ジョルジュ賞、キネマ旬報5位
27.「影武者」(1980年・東宝、2時間59分)カンヌ映画祭グランプリ、英国アカデミー賞監督賞・衣装デザイン賞、セザール賞外国語映画賞、ベオグラード映画芸術賞・作品賞・美術賞、キネマ旬報2位
28.「乱」(1985年・東宝=日本ヘラルド、2時間38分)アカデミー賞衣装デザイン賞、ニューヨーク批評家賞作品賞、全米批評家賞作品賞・撮影賞、英国アカデミー賞外国語賞、キネマ旬報2位
29.「夢」(1990年・ワーナー、1時間59分)キネマ旬報4位
30.「八月の狂詩曲」(1991年・松竹、1時間38分)キネマ旬報3位
31.「まあだだよ」(1993年・東宝、2時間14分)キネマ旬報10位

このうち、5.「明日を創る人々」と26.「デルス・ウザーラ」は見ていない。動画配信では見られないようだ。それを除く29作品は、U-NEXT(ここ)で見ることが出来る。
(U-NEXTの「31日間無料トライアル」(ここ)を利用すれば、1日に1作品を見ても、無料期間で見られる。)

前に見て良く覚えている作品は除いて、今回は、制作年順に20作品を見た。見ながら「これは前に見たことがあったな」という作品もあったが・・・。

さて、見た感想だが、まさに玉石混交(玉石混淆)。誰もが知っている有名作品はさすがに名作だが、特に初期の作品は、あまり見る価値は無い、と思った。今回見た20作品に点数を付けたら、5点満点中、5点が3つ、4点が6つ、3点が4つ、2点が4つ、1点が3つだった。
だいたい、1点や2点の作品は、見ていて途中で見るのを止めてしまうので、今回は“我慢して見た”ということ。
何せ、初期の作品は録音が悪いせいか、セリフの滑舌が悪く、言っている言葉が聞き取れない。そして、ドストエフスキー原作の作品も、良く分からなかった。
そして原爆や放射能がテーマの作品が「生きものの記録」と「八月の狂詩曲」の2つ。
黒澤明監督は1998年に亡くなっているが、2011年の福島原発事故の時代に生きていたら、何を言ったか・・・

やはり人生は正規分布? 初期の作品は良く分からない映画でも、段々良くなって行って、ピークを迎え、そして段々と落ちて行く。そんな感じで見た。最後の「まあだだよ」は、先日亡くなった小林亜星も登場して、到底黒澤映画とは思えなかった。

そして、どの監督も同じだろうが、役者が固定化してくる。お気に入りの役者が決まってくるのだろう。でもそれが段々と鼻につく・・・。

自分は、黒澤明監督はチャンバラ物が得意、と思っていたが、どうして、現代物もたくさん作っていた。時代劇は11??
今回改めて見直したのは「悪い奴ほどよく眠る」。たぶん2度目だが、サスペンス物で、なかなか見応えがあった。

昔を思い出すと、母親に連れて行ってもらった記憶があるのが「七人の侍(1954年)」と「用心棒(1961年)」。当時、まだ小さかったので、内容は良く分からなかった。しかし、その後何度見たことか・・・

その当時、ソノシート(ビニール製のレコード)で、映画テーマ集を買ったが、この2つも入っていた。

<映画「七人の侍」のテーマ>

<映画「用心棒」のテーマ>


そろそろ、「全部見るぞ!」「全部読むぞ」は止めにしようかと思っている。駄作を我慢して見るのは時間のムダ。やはり死ぬまでの限られた時間。名作に絞った方が良いのかも。
前々からカミさんから「誰でも駄作も名作もある。全部見る、という目的が分からない。単なる達成感としても、意味ない」と言われていたが、まあそれが正解かも・・・ね。
少なくとも、映画監督で「全部見るぞ」はもう無いな・・・

黒澤明監督と過ごした1ヶ月であった。

●メモ:カウント~1340万

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2021年6月14日 (月)

小林亜星氏が亡くなった~「北の宿から」と「恋待草」

今日(2021/06/14)の夕方、「小林亜星さん死去」というニュースが流れた。

小林亜星さん死去 「北の宿から」「この木なんの木」
 「北の宿から」などの歌謡曲や「この木なんの木」「ガッチャマンの歌」といったCMソングや子供番組の主題歌など数々の音楽を手がけた作詞・作曲家で、「寺内貫太郎一家」など俳優としても知られる小林亜星(こばやし・あせい)さんが5月30日、心不全で死去した。88歳だった。通夜・葬儀は近親者で営んだ。

210614kobayashiasei  東京出身。慶応大学医学部から経済学部に転部して卒業。作曲家の服部正に師事し、テレビの成長期だった1961年、レナウンのCM「ワンサカ娘」を作曲して注目された。その後、日立製作所「日立の樹(この木なんの木)」やサントリー「人間みな兄弟~夜がくる」など、茶の間で親しまれたCMソングを数え切れないほど作曲した。

 また「狼(おおかみ)少年ケン」に始まり、「魔法使いサリー」「ひみつのアッコちゃん」「科学忍者隊ガッチャマン」などアニメの主題歌も数多く作曲。72年には「ピンポンパン体操」が200万枚を超えるヒットを記録した。76年には都はるみさんが歌った「北の宿から」で日本レコード大賞を獲得した。近年は、バイオリニストの天満敦子さんのために新作「旅人の詩(うた)」を書き下ろした。

 また、丸々と太った個性的な容姿を生かし、74年、向田邦子作のテレビドラマ「寺内貫太郎一家」で頑固一徹の父親を演じて人気を博した。2002年放送のNHK連続テレビ小説「さくら」ではヒロインの祖父役を務めた。「象印クイズ ヒントでピント」の男性軍キャプテンや「パッ!とさいでりあ」のCMなどテレビタレントとしても重宝された。

 98年には、自作のブリヂストンのCMソング「どこまでも行こう」に酷似した音楽を発表したとして、作曲家の服部克久さんを著作権侵害で提訴。03年に勝訴が確定した。」(2021/06/14付「朝日新聞」ここより)

超有名曲の「北の宿から」を当サイトに挙げたのが2011年11月16日(ここ)だった。
婚約時代にちょうどこの歌が流行っており、婚約者(カミさんのこと)がレコードを持っていて、お互い“理解し合えた!?”と思った事は前に書いた。(それが、とんだ勘違いだったことが、後で分かるが・・・) 

改めて、wikiで見ると、小林亜星は、CMやアニメソングの作品は非常に多いが、自分の好きな歌謡曲分野では、あまり作品が無いことに、改めて気付いた。
前にも挙げたが、改めて名曲「北の宿から」と、岩崎宏美の「恋待草」をwavで聞いてみよう。

<都はるみの「北の宿から」>

「北の宿から」
  作詞:阿久 悠  
  作曲:小林亜星
あなた変りはないですか
日毎寒さがつのります
着てはもらえぬセーターを
寒さこらえて編んでます
女ごころの未練でしょう
あなた恋しい北の宿

吹雪まじりに汽車の音
すすり泣くよにきこえます
お酒ならべてただひとり
涙唄など歌います
女ごころの未練でしょう
あなた恋しい北の宿

あなた死んでもいいですか
胸がしんしん泣いてます
窓にうつして寝化粧を
しても心は晴れません
女ごころの未練でしょう
あなた恋しい北の宿

 

<岩崎宏美の「恋待草」>

「恋待草」
 作詞:伊達 歩
 作曲:小林亜星

もしも私が 紫の
 春行く風に なれるなら
旅に迷うと 書き留めた
 あなたの胸に 忍びたい
もしもあたなが 月になり
 私の窓を 叩くなら
今宵紅(べに)さし 髪を解き
 この黒髪を 乱したい
あふれるほどの優しさで
 白き乳房を真紅(くれない)に
あふれるほどの恋(いと)しさで
 逢えますか 逢えますか
春は紫 恋は真紅(べに)

できるものなら 花になり
 草を枕の 旅人へ
紫草のひとしずく
 口に吸われて しまいたい
肩にこぼれた 黒髪を
 逢えれば束ね その腕に
二度と別離(わかれ)が ないように
 強くからめて つなぎたい
あふれるほどの優しさで
 白き乳房を真紅に
あふれるほどの恋しさで
 できますか できますか
春は紫 恋は真紅

ところで、小林亜星さんは、その風貌からか、ドラマにも良く出ていた。一方の肩書きが俳優なのだ。先日も、黒澤明の映画「まあだだよ」に出ていたのでビックリ。重厚な雰囲気の黒澤作品に、コミカルな亜星さんが・・・

それにしても、死因が心不全とは、あまりに良く聞く。倒れている所を発見されると、ほとんどが心不全で処理されるようだ。心臓が止まって倒れていれば、昔で言うポックリ病?
氏にどんな持病があったかは知らないが、心臓死は本人にとっては苦しむ時間が少なく、良かったのかも・・・
それにしても、先日亡くなった元の会社のFさんが亡くなったと、同じ日・・・。
またひとり、巨星墜つ。

(関連記事)
都はるみの「北の宿から」 
岩崎宏美の「恋待草」 

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2021年6月12日 (土)

カルチャーラジオ「老化を防ぐ最新医学」

毎週楽しみにしているラジオ番組がある。NHKカルチャーラジオ 科学と人間「老化を防ぐ最新医学」新潟医療福祉大学特任教授、東京大学名誉教授…石浦章一(2021/04/02~2021/06/25放送)である(ここ)。
全13回の放送だが、そろそろ終わりが見えてきたのでここに挙げたい。

氏の話術がうまいのと、話の内容がコロナを含む老人の話題のせいか、なかなか面白い。時間が許される方はぜひ!

<第1回「身体の老化-病気や感染症への反応」石浦章一>(2021/04/02放送)
いま日本の平均寿命はグングンのびています。一方、自立した生活ができる健康寿命は男性で8年、女性で10年ほど平均寿命より短くなります。健康寿命をのばすためにはどうすればいいのでしょうか。東京大学名誉教授の石浦章一さんにお話しいただく13回シリーズ。第1回は「身体の老化-病気や感染症への反応」と題して、体を守る力について解説します。

<第2回「老化と新型コロナウイルス」石浦章一>(2021/04/09放送)
新型コロナウイルスの感染による死亡率は、80代で3割近くになります。若者に比べて圧倒的に高く、高齢の方は特に気をつけなければなりません。どのようにして感染するのか、感染を防ぐために注意すべきこととは何かなどについてお話しします。

<第3回「高齢者と新型コロナウイルスワクチン」石浦章一>(2021/04/16放送)
4月から新型コロナウイルスワクチンの高齢者への接種が始まります。ワクチンを2回打つのはなぜか?どうして「副反応」がおこるのか?変異型の新型コロナウイルスにワクチンは効くのか?などについて解説します。

<第4回「脳の老化―アルツハイマー病と認知症」石浦章一>(2021/04/23放送)
最近、物忘れが多くなったとご心配の方、アルツハイマー病も認知症も同じと思っていませんか?実は違うものなんです。アルツハイマー病はどういう病気で認知症と何が違うのか。アルツハイマー病を防ぐにはどんなことに注意して生活すればいいかなどについてお話しします。

<第5回「遺伝子が老化を決める?」石浦章一>(2021/04/30放送)
アルツハイマー型認知症になりやい人となりにくい人、何が違うのでしょうか?最近の研究によって遺伝子の違いに大きな要因の一つがあることがわかってきました。長寿や認知症に関係する「APOE」とよばれる遺伝子について詳しくお話します。

<第6回「記憶の鍛え方」石浦章一>(2021/05/07放送)
ものを覚える能力は、年齢とともに衰えてきますが、鍛え方によって高めることができるといいます。では、どのような練習をすれば覚える能力をアップできるのでしょうか。みなさんに記憶力のテストを行い、脳のメカニズムと記憶の鍛え方について説明します。

<第7回「老化を防ぐ秘策1.食事と料理」石浦章一>(2021/05/14放送)
老化を防ぐにはどうしたらいいのでしょうか。食事、睡眠、運動という3つの視点で3週に渡ってお話しします。まず食生活において大切なのは、体をつくるたんぱく質を上手にとることです。どのような食事をすれば良質のたんぱく質を多くとれ長生きできるのかについて説明します。

<第8回「老化を防ぐ秘策2.睡眠」石浦章一>(2021/05/21放送)
寝つきが悪い。早く目が覚めてしまう。睡眠時間が足りない気がする…。眠ることに対する満足度は年齢と共に減っていきます。質の高い睡眠をとって健康を維持するために、どのようなことに気をつけて生活すればいいのかお話します。

<第9回「老化を防ぐ秘策3.運動の効果」石浦章一>(2021/05/28放送)
運動にはいろいろな病気を防いでくれる役割があります。糖尿病、骨粗しょう症の予防、高血圧・脂質異常症などの改善にも有効です。では高齢者のみなさんはどんな運動をすればいいのか?なかなか外出しないという高齢者にどうすれば運動習慣が身につくのかなどについて説明します。

<第10回「サプリメントとのつきあい方」石浦章一>(2021/06/04放送)
グルコサミン、コラーゲン、DHAなど、不足しやすい栄養素を補って老化を防ぐサプリメントが人気です。サプリメントの成分が体にどう効くのか科学的に解説。さらに摂取する際の注意点を含め、サプリメントとの上手なつきあい方についてお話します。

<第11回「薬の知識」石浦章一>(2021/06/11放送)
加齢とともに服用する薬の数は増えがちですが、とりわけたくさん飲む人は注意が必要です。ふだんからどんなことに気をつければいいか、薬を飲むタイミング、薬の飲み合わせの注意点を解説。認知症、アルツハイマー病に使われる薬についても説明します。

<第12回「若返りは可能か」石浦章一>(2021/06/18放送)
若さを取り戻したい!老化と向き合う誰もが望むことではないでしょうか。若返りやアンチエイジングの薬として注目されている物質をとりあげ、現在どこまで若返りの研究が進んでいるのか解説します。

<第13回「脳の鍛え方-フェイクニュースにだまされない」(終)石浦章一>(2021/06/25放送)
真実ではない情報をSNSSなどで拡散するフェイクニュース。一時期、アルツハイマー病はアルミニウムが原因だとされる情報が拡散されましたが、のちに根拠がないとわかりました。シリーズ最終回は、フェイクニュースに惑わされず、長寿に役立つ正しい情報を知ることの大切さについてお話しします。


話は違うが、先日、季節毎に飲み会をしていたFさんが亡くなった。Fさんは自分が2002年に子会社に移ったときの社長だった。この会は「四季の会」と称して、年に4回新宿で会って飲んだ。メンバー6人は全員現役時代の仕事のつながり。現役時代の立場は色々違うが、飲み会は永く続いた。しかしコロナのせいで2020年1月の第64回を最後に途絶えている。最初は2006年の4月なので、14年も続いたことになる。
Fさんが急性ウイルス性脳炎で入院したのが2018年3月だった。非常に危険な病気だが、復帰してからは、好きな酒を一切絶ち、会にも出て来なくなった。
そして突然の訃報。79歳は今の時代では早い。両親は100歳近くまで生きたのに・・・
しかし、幾ら家族が長生きでも、特に感染病のような突然の病気では勝ち目が無い。
今のコロナ渦も同じだ。

そう、抵抗力の無い我々老人は、いつ何時、生が途絶えるか分からない。
でも、分からないその時まで、こんな話を聞きながら、頑張るしかないか・・・。

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2021年6月 2日 (水)

国難と政治の虚無

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。

「(多事奏論)国難と政治の虚無 現場の奮闘、盾にする過ち 高橋純子
 新型コロナワクチン大規模接種の予約システムには「欠陥」がある。そう調査報道した朝日新聞出版と毎日新聞に防衛省が抗議したことに呼応し、あの人が動いた。
210602takahashitajisouron  「朝日、毎日は極めて悪質な妨害愉快犯と言える」(安倍晋三氏のツイート)
 あまりに奇天烈(きてれつ)な難癖に驚き、マスクの下で音読してみる。メガネが曇る。
 大きな穴を見つけたら、「ここに穴があります(気をつけて)」と世間に知らせるのはメディアとして当たり前のことだ。それを愉快犯呼ばわりする前首相のやり口になんだかすっかり慣らされてしまった感があるが、本来とても異様なことである。
 「敵」を名指すことで問題の本質から目をそらさせ、失政をごまかし、仲間内の結束を高めて政権の底支えにつなげる。その便利な敵役に使われてきたのが一部のメディアだ。権力に目の敵にされるのは、不愉快だけれどある意味名誉なこと。寵愛(ちょうあい)されるよりよほど胸を張れる。
 とはいえ「身内」が犯した真正の罪への説明責任を、いまだ果たしておられぬ前首相である。「桜を見る会」前夜祭をめぐる公設第1秘書(当時)の政治資金規正法違反についてホテルの明細書を示す。公職選挙法違反の河井案里氏陣営に自民党が破格の1億5千万円を出した経緯と使途について、当時の党総裁として説明する。それら最低限の責任を放棄したまま放言している前首相は、この国の民主主義にとって「極めて○○な○○と言える」――さて、○に何を入れるべきか。ご意見募集します。
     *
 なにより今回、批判の口火を切ったのが岸信夫防衛相だったことにはもっと関心が払われていい。「この国難ともいうべき状況で懸命に対応にあたる部隊の士気を下げ、現場の混乱を招くことにも繋(つな)がります」
 国難や士気といった言葉を、実力部隊を率いる防衛相がもとより安易に振り回すべきではないと私は思うし、ましてや個別メディアの批判に用いたとなれば警戒心を抱かずにはいられない。自衛隊の「懸命な対応」を、政治が盾に取ってはいけない。ましてや矛にするなどあってはならない。これが防衛省・自衛隊ではなく、たとえば厚生労働省の失態だったら、こんな言い分が通ると踏んだだろうか。普通に謝罪し粛々と対策が練られたのではないか。厚労省の役人であれ自衛隊員であれ現下の奮闘に序列などないはずなのに、なんだろうこれ?
 為政者が何を利用し、私たちは何に利用されようとしているのか、目の前の危機対応に追われて視野が狭まり、より大きな危機を呼び込んではいないか。よくよく注意が必要なことは歴史が教えてくれている。
     *
 コロナ禍にあって思うのは、安倍政権の8年弱はやはり「痛手」だったということだ。政治も行政も批判に正面から向き合わず、うそや詭弁(きべん)の糸で紡いだ無謬(むびゅう)の繭の内にこもり、甘え、甘やかされてきた。この1年余の間、目の当たりにした後手と無軌道はその結果とみるべきだろう。
 ナンバー2として権勢をふるっていた人は首相となったいま、頼りないを通り越して痛々しい。このたび再延長された3度目の緊急事態宣言に際する4月23日の記者会見、(1)変異株への認識が甘かったのでは?(2)自身の政治責任をどう考えるか?と問われた首相の答えは次の通り。長いが引くのでかみしめてほしい。この虚無を。ひとりひとりが引き受けている痛みとの落差を。
 「そうした変異株の対策を行うことが大事だというふうに思っています。ただ、その対策を講じることというのは、基本的な従来の対策をしっかりやること、そういうことの中で対策を、そちらの勢いの方が強かったということだというふうに思います。それで、今回、人流を、このゴールデンウィークを中心として、短期間の間ですけれども止めさせていただく、そういう対策を講じたということです」 (編集委員)」2021/06/02付「朝日新聞」p11より)

高橋純子氏の「多事奏論」は歯切れが良く、いつも楽しみにしている。
今回はナゾナゾがあった。
「それら最低限の責任を放棄したまま放言している前首相は、この国の民主主義にとって「極めて○○な○○と言える」――さて、○に何を入れるべきか。ご意見募集します。」
だって。

自分だったら、「極めて(危険)な(存在)と言える」と入れてみたがどうだろう。

それにしても、「ナンバー2として権勢をふるっていた人は首相となったいま、頼りないを通り越して痛々しい。」という指摘は図星。
前の首相は、言葉多くして内容が無かったが、今の首相は、言葉少なくして、更に内容が無い。その冴えたる物が、文末の記者会見での首相の回答。日本語としても意味不明だし、本当に日本人かと疑いたくなる。

今、毎日カミさんの友人から薦められて、Netflixの「ザ・クラウン」というドラマを夫婦で見ている。エリザベス2世のドラマである。現役の君主をドラマ化してしまうのも、日本では考えられないが、なかなか良く出来ていて見応えがある。
君主は何もしないのが仕事。という。でも首相は七転八倒。
どうも日本の首相は、君主のように「何もしない」のが仕事かと思ってしまう。
そして自己の延命の為に五輪に突き進んでいる。小池都知事も代々木公園騒動も同じ。

逆に、反旗をひるがえし始まっているのが尾見会長。
五輪「何のためにやるか明らかでない」 尾身氏、政府に説明求める
 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は2日の衆院厚生労働委員会に出席し、東京オリンピック開催について、「今の状況で普通は(開催は)ないが、やるということなら、開催規模をできるだけ小さくし、管理体制をできるだけ強化するのが主催する人の義務だ」と主張。その上で、「こういう状況の中でいったい何のためにやるのか目的が明らかになっていない」と述べ、開催する場合は感染予防に向けた政府による丁寧な説明が必要だとの認識を示した。
 尾身氏は「感染リスクを最小化することはオーガナイザー(開催者)の責任。人々の協力を得られるかが非常に重要な観点だ」と指摘。その上で「なぜやるのかが明確になって初めて市民はそれならこの特別な状況を乗り越えよう、協力しようという気になる。国がはっきりとしたビジョンと理由を述べることが重要だ」と五輪開催に向け、菅義偉首相による説明を求めた。・・・」(2021/06/02緒付「毎日新聞」ここより)

外国選手の日本入りも始まった。このままなし崩し的に始まるのであろうか。
何とも、全てが情けない日本の現状である。

<付録>
今朝(2021/06/02)のTV朝日の「モーニングショー」での、玉川さんの発言(9:09)を聞いてなるほどと思った。
相馬市のワクチン接種が迅速なことについて、「結局は準備だということになると、準備を指示するのはリーダーなんですよね。政治的リーダー、要するに行政のトップ、その行政のトップの見識が全てに作用するということだと思いますよ。僕、検査体制にしても接種体制にしても同じだと思います。結局はどこに住んでいるかで決まるんですよ、今。日本では。どこに住んでいるかということは、一体、誰が政治的なリーダーかということで決まる。だから、誰がやっても同じではないんですね。市長にしろ知事にしろ総理大臣にしろ、一体、誰がトップかということで大きく変わってくると。危機になったらそこが肝だということを我々は思い知らされたということなんじゃないですか。」

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2021年6月 1日 (火)

なかにし礼の「兄弟」を読む~森田童子は姪だった

先日、NHKラジオ深夜便で「特選:母を語る~なかにし礼さんを偲(しの)んで」作詞家…なかにし礼(2001/08/07放送)」(2021/05/06再放送)を聞いた。
なかにし礼の「赤い月」を読んだのが3年前。終戦時の満州からの逃避行の自伝である。
母親の信念による逃避行で、何とか生き延びて日本に帰ることが出来た。その体験が、氏の人生に大きな影響を与えていたらしい。

<NHK「母を語る~なかにし礼」(2021/05/06再放送)>


そして「石狩挽歌」が生まれたことで有名な、兄との葛藤を描いた自伝小説の「兄弟」。
210601kyoudai兄は10億円近い借金をして、その大半をなかにし礼が兄に代わって返済したという。その返済能力も大変なものだが、会社を作っては潰して借金を作る、の繰り返しに付き合ったなかにし礼は、理解に苦しむ。
それほどまでに借金を作る兄の心の背景には「墜落願望」があったという。(文春文庫「兄弟p337)失敗することが分かっていて実行する。墜落したいために。女と博打と会社の倒産。なぜ繰り返して兄の借金を肩代わりするのか。
210601sekihi その解は、母親にあった。シベリア抑留で体を壊して死んだ父親。それから2年も経たないのに、母親は恋をする。そしてまも
なく脳溢血で半身不随。47歳の時だったという。それから老衰で73歳で亡くなるまでの25年間、母親の面倒をみたのは兄嫁だったという。
家の家長として兄夫婦は、母親を離さなかった。その負い目が借金返しに駆り立てた。そして母親が亡くなったとき、気が付く。

「――そうだったのか、俺は兄貴の顔の上にいつも母の仮面をかぶせて見ていたのか――
 私は、兄の魔法の金縛りから解き放たれた気がした。
 毋が脳溢血で倒れて、その毋の面倒を兄夫婦がみるようになってから今日までの二十五年間、私はずうっと兄に対して負い目を感じていた。毋の面倒をみることがいくら長男の務めであったとしても、身体の不自由な毋の世話をすることは並たいていのことではないということは、側で見ていて分りすぎるほど分った。その負い目の気分が私の中に兄に人質を取られているような弱味を形づくっていた。兄の顔を見るたび、私は無意識に母を連想し、優しい気持になっていた。毋を悲しませたくない、毋を幸せにしてやりたいという焦りに似た思いが私の目をくらませ、いつか知らぬ間に私の目には、兄の顔と毋の顔が重なって見えるようになっていたのだ。
 ところがどうだ。母が死んだら、兄のつけていた仮面が割れたではないか。背負っていた後光も消えたではないか。素面となった兄の顔はつまらないものだった。安っぽくて薄っぺらで、どこからどう見ても陰気な影だらけで、笑顔さえなにやら薄気味悪かった。
 ――これが兄の実像か。こんな男のために俺は何億という金を献上したのだろうか。こんな男のために俺は骨身を削るような犠牲を払ったのだろうか――。
 私はあまりのバカバカしさに情けなくなった。と同時にこの時初めて、私に数々の苦労を強いて平然としている兄というものが、得体の知れぬ酷薄な存在であることを実感したのだった。私は恐怖で箸を持つ手が震えた。
 ――兄の側にいたら殺されてしまう。兄から逃げなくては、一日でも一刻でも早く――」(文春文庫「兄弟」p355より)

この兄貴の賭けの最初であるニシン漁を歌った「石狩挽歌」を聞いてみよう。

<北原ミレイの「石狩挽歌」(新録音)>


「石狩挽歌」
  作詞:なかにし礼
  作曲:浜 圭介

海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ
雪に埋もれた 番屋の隅で
わたしゃ夜通し 飯を炊く
あれからニシンは どこへ行ったやら
破れた網は 問(と)い刺し網か
今じゃ浜辺で オンボロロ
オンボロボロロー
沖を通るは 笠戸丸
わたしゃ涙で ニシン曇りの 空を見る

燃えろ篝火 朝里(あさり)の浜に
海は銀色 ニシンの色よ
ソーラン節で 頬そめながら
わたしゃ大漁の 網を曳く
あれからニシンは どこへ行ったやら
オタモイ岬の ニシン御殿も
今じゃさびれて オンボロロ
オンボロボロロー
かわらぬものは 古代文字
わたしゃ涙で 娘ざかりの 夢を見る


さて本題だが?自分の好きな森田童子は、何となかにし礼の姪だという。つまり、この兄の次女が森田童子。
これはNetでググっているうちに見付けた。今まで素性が全く分からなかったが、(ここ)にこんな記述がある。

「森田童子の本名は前田美乃生・旧姓は中西美乃生
死亡日は推定 平成30年4月16日
一週間後の24日に孤独死による変死体で発見される
死亡時の年齢は65歳
住所は東京都国分寺市本多2丁目~~
この建物は昭和57年3月に新築
自宅購入にあたり前田美乃生さんは夫と連名で住宅ローンを組んだ
夫の前田亜土こと本名・前田正春は平成21年10月31日に死亡している
正春の死後、2015年に自宅には公明党の掲示板とホームセキュリティの監視カメラ
が導入された
これは森田童子こと前田美乃生が夫・正春の死後、精神的に不安定になったからではないかという説が出されている
この家は有限会社海底劇場音楽出版の登録上の本店でもある
森田童子の作品の原盤権を管理している会社だ
森田童子となかにし礼との関係は、なかにし礼の実兄・正一の次女が森田童子で、なかにし礼の姪にあたる
森田童子には姉と弟がいる。
前田夫妻には子供がいなかった。
それで国分寺市の不動産は姉と弟が共有名義で相続、海底劇場音楽出版の役員は弟が引き継いだ
詳しくはなかにし礼の小説「兄弟」自伝「翔べ!わが思いよ」を読み、謄本を参照すること」ここより)

亡くなった人の個人情報、人権は生きている人とは違うが、よくぞ調べたもの。

そして自宅を訪ねた人もいる(ここ)。国分寺駅から徒歩8分。

自分もストリートビューで見たが、現在はまったく別の3階建ての家が建っている。
最も古い2010年2月は、夫の前田亜土さんが亡くなった頃のもの。玄関の灯りが点いている。そして2015年にはツタが伸び始めて、2017年にはツタが2階までびっしり。そして2018年6月には2階をツタが埋め尽くしていた(ここ)。しかし2019年5月にはツタがきれいに取り除かれていた。そして2020年10月には別の家に。

森田童子が亡くなったのは2018年4月。夫を亡くして心を病んでいたのかも・・・

小説「兄弟」によると、昭和43年の暮れに110坪の家を中野に建てた。部屋数は15。「そこに兄の家族5人と母、そして私と4人の弟子が住んだのだが、それでもまだ部屋はあまった」とある。
そのとき、兄の子どもは「長女の智子は20歳、次女の美以子は15歳、長男の哲雄は12歳」(文春文庫「兄弟」p285より)
この次女の美以子が森田童子だという。そして彼女は1970年17歳のときに、学園闘争で友人が捕まったのを機に高校中退、19歳までその中野の家で、なかにし礼と4年間一緒に住んだが、兄がゴルフ場開発の失敗から6億の借金を抱え、なかにし礼の会社も連鎖倒産。それを機に兄一家と絶縁したという。
森田童子は20歳頃から歌を歌い出し、1975年、22歳でデビュー。1983年、30歳で結婚のため活動休止。その国分寺の家は1982年3月に結婚のために建てたらしい。
なお芸名の由来は「笛吹童子」からだという(ここ)。

生きとし生けるものは必ず死ぬ。なかにし礼も森田童子も、それぞれの人生を世の中に刻んで去っていく。
そしてその跡には、また誰かが別の人生を刻んでいく。
時が流れていくのを、改めて感じた「兄弟」という小説ではあった。

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