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2021年5月13日 (木)

梯久美子の「「狂うひと」~「死の棘」の妻・島尾ミホ」を読む

先日、テレビの入会している配信サイトを見たら、「死の棘」があった。昔見た映画だが、もう一度見てみようかと、見てしまった。記憶に残っているこの映画のシーンは、自殺しようと線路で争う夫婦。そして真新しい木製の塀・・・。それを改めて見た。

主演のミホの松坂慶子とトシオの岸部一徳は若い。1990年の映画だ。鬼気迫るミホ。情事を詰問され、しな垂れるトシオ。暗い映画だ。何度も見る映画では無い。
この物語は、夫トシオの情事を、開かれていた日記で読んで知った妻ミホが、朝帰りをした夫トシオを詰問する場面から始まる。延々と続く詰問。そして子供そっちのけで荒廃していく家庭。
それは、昭和29年9月29日のことである。それから昭和30年6月6日に国府台病院精神科に入院するまでの事を書いたのが「死の棘」。

前に、ノンフィクション作家の梯久美子さんが、ラジオで島尾ミホについて書いたと語っていたことを思い出した。それでこのノンフィクションを読む気になった。
210512kuruuhito 梯久美子の「狂うひと」~「死の棘」の妻・島尾ミホ」という本である。
買ってみてビックリ。文庫でも900ページに及ぶ大作だった。引用が多く全体の数十%は引用の文が占めている。それにしても、大作だ。

巻末にある「対談 奪っても、なお」という沢木耕太郎氏との対談で、冒頭、こんな一文がある。

「沢木:まず、梯さんはこの作品で何を書こうとしたんだろう。難しいだろうけど、この対談の読者に向かってひとことで言い切ってしまえばどうなります?

梯:夫・島尾敏雄によって『死の棘』で描かれた「嫉妬に狂う妻」の範疇に収まらない島尾ミホの実像、ということになるでしょうか。ミホさんは私とのインタビューで、愛人との情事が綴られた夫の日記を見た瞬間のことを「そのとき私は、けものになりました」と語りました。そこには彼女を狂乱させる内容が書かれていたわけですが、それはたった十七文字だったそうです。その日から彼女は精神の均衡を失い、執拗に夫を問いつめる。次第に敏雄も正気を失ってゆき、夫婦で精神科の病棟で暮らすことになるそうした『死の棘』に刻まれた出来事としての狂気から少し視野を広げ、島尾敏雄とミホの人間として作家としての狂気、さらにはその周囲にある奇妙な人間関係に充満する狂気を、ノンフィクションで書いてみたかったんです。」(「狂うひと」p877より)

梯さんは、島尾ミホさんと生前3回取材で会ったという。そしてミホさんの死後、遺族の了解のもと、日記、手紙、草稿、ノートからメモまで、残された膨大な資料を丹念に読み解いてこの本を執筆されたとのこと。
よって、氏はこの評伝を書くに当たって、11年の歳月を費やし、20回も現地・奄美に行ったという。そして、この夫婦の全貌=生涯を明らかにして本にまとめた。

1冊の本を書くまで、これだけの努力が要る。ノンフィクション作家とは大変な仕事だ。
しかし、それによって、島尾夫婦は、永遠に世に残る。

普通の作家は、いわゆる想像力を効かせて空想の中で物語を書く。しかし島尾という作家は、自分の家で起こった事件を、その通りに小説として書いている。
極めつけは、梯氏が言っているように、自分の情事を書いた日記を、まるで妻ミホに読ませるように、そのページを開いて机の上に置いておいたという。
その意味では、自分の小説の題材作りに、妻をあえて発狂させた、とも言える。常人にはできない。
しかしその後、ミホは家族で生まれ故郷の奄美に戻って、正気を取り戻し、自分も作家になり、賞を取るまでになったという。

「死の棘」は私小説だという。
wikiによると「私小説(わたくししょうせつ、ししょうせつ)は、日本の近代小説に見られた、作者が直接に経験したことがらを素材にして、ほぼそのまま書かれた小説をさす用語である。心境小説と呼ぶこともあるものの、私小説と心境小説は区別されることがある。日本における自然主義文学は、私小説として展開された。」とある。

なるほど・・・・
誰でも1冊は小説が書ける。自分の一生をその通りに書けば良いのだ。とはよく言われる。それが面白いかどうかは別として・・・
今はどうか知らぬが、自分史が流行したことがあった。一般人は、だれもそれを読まない事を前提に、自己満足のために書く。それが限度。
しかし、有名作家となると、このようにプロのノンフィクション作家が膨大な労力をかけて、その生涯を記録に留めてくれる場合もある。

死後は、人権もプライバシーも無いらしいが、このような形で自分の生涯を世にオープンにする事がハッピーか、それとも、誰にも知られずに静かにこの世から忘れ去られて行くことがハッピーか、それは人それぞれ・・・
人間の生涯の記録、という意味で、色々と考えさせられた1冊の本であった。

付録だが、先日NHKラジオ深夜便で「“ノンフィクション”を書く喜び」ノンフィクション作家…梯久美子」(2021/04/27放送)を聞いた。この番組の中にも、「死の棘」の話が少し出てくるので挙げておく。

<NHKラジオ深夜便「“ノンフィクション”を書く喜び」ノンフィクション作家…梯久美子>

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コメント

番組はたまたま深夜に聴きました。取材で長野在住の作家丸山健二氏と出会って本を書くようにと強くすすめられた、そのことが一番印象に残っています。梯さんがかいたらどうかとモチーフの提案をもってです。

国府台病院(千葉県市川市ですよね)に夫婦で入院していたことは知りませんでした。

【エムズの片割れより】
国府台病院は、元陸軍病院だったんですね。

投稿: kmetko | 2021年5月14日 (金) 07:53

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