« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »

2021年1月の6件の記事

2021年1月27日 (水)

初めて「Zoom」を使った日~同期会の新年会:タケキャブの効果

とうとう自分も、ウワサの「Zoom」なるものを使ってしまった。

年が明けてから、同期会の幹事たちからZoomでの新年会の誘いメールが来た。考えてみると、今まで年に2回開催していた同期会も、コロナ渦の影響で、昨年の正月(2020/01/21)が最後となっていた。
それを流行の「Zoom」なるものを使ってやろうという試み。まず届いたのが「伝助」なるツール。なかなか便利。自分の都合に合わせて日時に〇×△を入れると、瞬時に合計が表示される。何日の何時が、希望者が多いかが一目で分かるツール。

いつも先頭を切って参加する自分だが、今年は様相が違う。年初来の逆流性食道炎による胃のもたれ、そして最近の胃痛で気分が落ち込んでいるから、とてもPC遊びをする気になれない。それでそれらを無視していた。
そもそも自分の胃は持病。2005年7月30日の胃のバリウム検査で、胃の噴門部から逆流していることを指摘されたのが始まり。そして翌2006年4月にピロリ菌を退治。それからしばらくしてから胃酸が出過ぎるようになり、制酸剤のオメプラゾール類が手放せなくなっている。

しかし今回は、その薬が効かず、胃痛になったらしい。でも、一昨日に行った行き付けの診療所で貰ったタケキャブが効きそうで、気分を良くしている。
実はこのタケキャブなるプロトンポンプ阻害薬(PPI)は、2015年発売の、今まで飲んでいるオメプラゾールとはまったく原理が違う新薬とのこと。
実はこの薬、一昨年(2019年)の5月に貰って飲んだことがある。飲み出して2日後、風呂を出たらお腹いっぱいに蕁麻疹?の発疹。これは、てっきり薬の副作用だと思い、タケキャブを止めてしまった。
医師の話では、もし飲めるなら、タケキャブが良いのだが残念。とのこと。本当は、オメプラゾールを他の同種の薬に変えて貰おうかと思って行ったのだが、前に飲んだネキシウムも名前だけ違うが、同じ薬だという。

新薬タケキャブは、医師との話の中で、2回目に飲んで副作用が出ないケースもあるが、医師としては勧められないという。そりゃそうだ。
それで、今回再チャレンジしてみたいので、自己責任で1週間分だけ出して貰うことにした。それで、副作用が出る事を前提で恐る恐る飲んでみた。最初は半錠。次も半錠。それで何でも無いので、1錠。また1錠。都合3日で3錠飲んだが、何の副作用も起きていない。制酸の効き目はやはりオメプラゾール以上の感じがする。

考えてみると、最近もときたま風呂を出た後、太ももに持病の蕁麻疹が発生する事がある。自分の蕁麻疹は、暖めると出るらしい。
つまりは、昨年5月にタケキャブを飲んだとき、偶然にも、お腹にポツポツが出たので持病の蕁麻疹を副作用と勘違いしたのかも知れない。

でも、最新薬のタケキャブが飲めるようになって、気持ちが楽になった。これで治まれば良いが、もし効かないようだと、機能性ディスペプシアも疑うと言っていた。

ま、そんな訳で、今日の「Zoom新年会」を覗いてみる気になった。もともと参加する気は無いので、マイクもカメラも無い愛用の古いノートPCで210127zoom アクセス。すると声だけは聞こえてくる。参加しても顔が出ないので、「これは誰だ?」「覗くと言っていた(エムズ)ゃないか?」と責める!?
しかたなく、ipadをつなぐと、絵も音も出るようになった。
まったく、不参加のつもりが、つい参加することに・・・

初めて使ってみた「Zoom」だが、やはり便利。ipadには9画面しか写らないが、スライドすると他も見える。PCなどでは全員が一度に映るようだ。画素数の問題か、調べてみないと分からない。それに、言葉を発する人の画に緑の枠が出るので、誰が話しているかが分かる。それに、相手を画面いっぱいにすると、話す相手によって画面が切り替わる。なるほど、声と連動しているようだ。

皆、色々な壁紙を用意していたが、自分はまさに普段の通り。(たまたま背景が壁だったので、部屋の雑然がバレ無くて済んだ)もちろん片手にビールも無い。乾杯は手元にあった麦茶のペットボトルで。
参加者は延べ14人ほど。名古屋に引っ越したK君は、引っ越して以来の7年ぶりの参加とか言っていた。(ついでにそのK君。「ずっと「エムズの片割れ」を読んでいるが、*月*日以降更新していないじゃないか!」と言われてしまった。壁に耳あり障子に目あり!?)

とにかくNetは距離が無関係。どんなに離れていようが。それを証明してくれた。
いつもそうだが、入社して51年にもなる同期会。元気な人しか出て来ないのは通例。
まだ働いている人が3~4人いる。まだまだ現役。もっとも自分にはとっくにその気は無し・・・。
でも、この「Zoom」で仕事の打合せ、会議となると、違和感がある。
今の現役の人は大変だ。これに慣れて毎日やらなければならない・・・
でも、引退組には便利。会場に行かなくて済むし、顔と声が聞こえれば、それで充分。
ともあれ、「Zoom」による会を初めて体験した今日であった。

| | コメント (0)

2021年1月23日 (土)

NHK「患者が“命を終えたい”と言ったとき」を見て

NHKスペシャル「患者が“命を終えたい”と言ったとき」(2020/12/26放送ここ)を見た。
たまたまレコーダーの録画番組を整理していて見たのだが・・・
死に対するなかなか深い問いかけをする番組だった。

この番組について、NHKのサイトにはこう解説がある。
「2020年、ALSを患う女性がSNSで知り合った医師に自らの殺害を依頼し薬物の投与を受けて亡くなるという事件が明るみになった。「苦しむ210123nhkinochiwooetai 姿を見せたくない」「延命して家族に負担をかけたくない」―そうした患者の訴えに医師たちは今どう向き合っているのか。がんの終末期やALSなど神経難病の現場ではどこまで患者の希望に寄り添うべきか、どんな言葉をかければいいのか、医師たちが模索している。命をめぐる葛藤の記録。」ここより)

ガンの末期患者の「鎮静」の問題、そしてALS患者の人工呼吸器装着の本人の判断。どれも家族にとっても医師にとっても難しい。
鎮静薬で眠らせることで苦痛を取り除く「鎮静」。眠ったまま死を迎える事もあるという。
しかし鎮静をするには要件があり、①耐え難い苦痛がある ②他に苦痛をとる手段がない ③死期が迫っている ④本人の同意 などだそうだ。
TVに出ていたがん患者は、「早く取って下さい。痛み。痛くて痛くてたまんないよ」と訴え、モルヒネなどあらゆる手段を取っても苦痛が続くために、鎮痛が行われたという。

一方、ALSの患者は、「家族に苦労をかけてく無い」と人工呼吸器装着の装着を拒んでいた。Netで見ると、人工呼吸器装着を付けると、10年以上生存する場合もあるという。やはりその間の家族に与える苦労は、並大抵では無く、3/4の患者が装着を拒否して、そのまま呼吸不全で亡くなっているという。

話は変わるが、新年を迎えてから、どうも胃の調子が悪い。自分の持病なのだが、胃のもたれ。それが1週間ほど前から胃痛を感じるようになり、先日医院に行ったら、逆流性食道炎だという。ピロリ菌を退治してからひどくなった胃酸過多による自分の逆流性食道炎。
胃酸を抑える薬は手放せないが、その薬を飲んでいても、今回はひどくなった。
しかも、貰った薬を飲んでも簡単には効かない。薬は2週間分なので、2週間は症状が出ても仕方が無いのかも知れない。しかし、胃の痛みの苦痛は、今まで味わったことがないほど。そして、食べた物が胃にストンと入らず、食道で止まっているような感じも辛い。食べること自体が怖くなってしまう。Netで、“食べて良いもの”を探して節制しているが、今回の体験で思い知ったのは、痛みのツラさ。
特に夜中に痛むのだが、痛み出すと、他のことは考えられない。当然顔はむっつり。
実は今日も未明から痛みだし、昼頃から治まった。痛みが治まっている間は、まったく普通なのだが、痛み出すと神経がその事だけに囚われてしまう。

ふと10年前に胃がんで亡くなった義姉を思い出した。がんの胃痛は、自分のこんなものとは比較にならなかっただろう。それを耐えて亡くなった・・・。

今回の自分の胃痛も、治るまで何度か起こるのかも知れない。それでこれだけの苦痛。
誰も死ぬが、がんの痛みだけはゴメンだ。しかし自分では選べない・・・。
どんな病気で死ぬにせよ、苦痛まみれで死ぬことだけはイヤだね。その時点で、当然だが単に命を永らえるためだけの延命は、もちろん拒否。そして、とにかく痛みだけは、どんなに死期が早まろうが、取って欲しいもの。
痛みに苦しみながら、数日命を長らえて何の意味があるか・・・。

初めて?の胃痛の後で見た番組だったので、なおさら心に響いたテーマの番組だった。

●メモ:カウント~1320万

| | コメント (0)

2021年1月15日 (金)

「半藤一利さんを悼む」ノンフィクション作家・保阪正康

半藤一利さんが亡くなった。自分が知ったのは、1月13日の未明、たまたまYahoo!ニュースで知った。
作家の半藤一利さんが死去 昭和史研究で著書多数、90歳
 「日本のいちばん長い日」などの著作で知られる作家の半藤一利(はんどう・かずとし)さんが12日午後、東京都世田谷区の自宅で倒れているのが見つかり、死亡が確認された。関係者への取材で分かった。90歳。東京都出身。
 東京大を卒業して文芸春秋に入社。「週刊文春」「文芸春秋」編集長を歴任、1994年から著述に専念した。
 編集者として坂口安吾らを担当し、歴史研究に開眼。終戦時の軍部関係者らを集めた座談会「日本のいちばん長い日」は、雑誌「文芸春秋」の記事となった後に単行本化され、映画化された。
 憲法9条と平和の大切さを次世代に説き続け、2015年に菊池寛賞を受けた。」ここより)

「自宅で倒れているのが見つかり」という状況から、死因は急性心不全?とか想像したが、老衰だったとのこと。

作家、半藤一利さんの死因は老衰 直前まで家族と会話
 12日死去した作家半藤一利さんの死因は老衰で、東京都世田谷区の自宅で息を引き取ったことが13日、妻の末利子さんの話で分かった。
 末利子さんによると、数日前から歩行が困難になり、死の直前まで30分ほど末利子さんと会話していたという。かかりつけ医が連絡を受けて自宅に駆けつけ、死亡診断を行った。
 数日後に家族葬を行う予定という。」ここより)

死の直前まで普通に話されていたとのこと。
以前にTVで見た東海テレビ制作の「人生フルーツ」を思い出す。取材相手の建築家の津端修一さん(90)が、昼寝に行った後、そのまま亡くなった(ここ)。何とも理想的な死にざまに、羨ましく思ったもの。
半藤さんも同じだったらしい。うらやましい!?

新聞に色々な人の追悼の辞が載っているが、やはりいわゆる同僚?であった保阪正康さんの辞が心に残る。

昭和史の誤りを克服、継いでいかねば 半藤一利さんを悼む
 ノンフィクション作家・保阪正康

 半藤さんとはこの20年、対談や共著など仕事を通じて日常的に話をしてきたが、「自分は『絶対』という言葉を原稿で使わない」と言っていた。旧制中学のときに敗戦を迎え、「お国のために死ね」という時代から民主主義へと社会の価値観ががらっと変わるのを体験したからだ。「大東亜戦争」など戦前の価値観にもとづく言葉も使わないようにしていた。相対的にものを見る視点を明確に持っている半藤さんの生き方を尊敬していた。

210115handou  僕より9歳上の半藤さんは、昭和史の取材で旧日本軍の将官・佐官、つまり決定する側の人たちによく会っていた。一方、僕はそれより下の佐官・尉官に会っていた。半藤さんと「この人に会ったか」「会ったよ」などと話をしていると、軍が起案して決定するプロセスが浮かび上がってきた。お互い、歴史を演繹(えんえき)的にではなく、鈍重ではあるけれども、帰納的に見ていこうという姿勢で一致していた。学問の殻に閉じこもらず、人がどう生きたかを見つめていこう、と。抽象的な概念を嫌い、自分の手で触ったものだけを信用する人だった。

 ■人間観察学に魅了
 一緒に取材することもあり、半藤さんの「人間観察学」に魅せられた。瀬島龍三氏に取材した後、「瀬島がうそをつくときの顔、わかるか?」。千人単位の人に会い、戦争体験も数多く聞いている半藤さんは、頭の中で考えたことを言っている人は、声の調子や目の動きなどからすべて分かる、と言っていた。「証言の垂れ流しは罪」と肝に銘じて、精査して信用に足るものだけを使っていた。

 東大では勉強そっちのけでボート部の活動に明け暮れた。全日本選手権の決勝で慶応に敗れてヘルシンキ五輪(1952年)出場を逃したことは本当に悔しかったようで、「50センチの差で五輪に行けなかった」といつまでたっても言っていた。

 半藤さんといえば、文芸春秋の人だ。昭和28(1953)年に入社してすぐに「坂口安吾の原稿をとってこい」と言われ、群馬の安吾の家で酒を飲んで寝泊まりしたことから編集者としての歩みが始まる。司馬遼太郎や松本清張らを担当した。文春では役員も務め、「文春リベラリズム」を具現化した人でもあった。それは戦後のブルジョア民主主義であり、社会のリーダー的役割を担った。文春には右派の流れもあるが、それとは一線を画し、一つの系譜をつくり今につながっている。

 記憶に残るエピソードといえば、1989年にベルリンの壁が崩壊した後、奥さんと一緒に壁を見に行ったそうだ。壁の前に立ったとき、体が自然と能の舞を始めた。すると、周りに人だかりができて、終わったら拍手が起きた、と。「恥ずかしくなかったの?」と僕がきいたら、「うれしくてね」。東西冷戦が終わったという感慨の大きさをうかがい知った。

 平成のころ、2人で天皇皇后両陛下(現上皇ご夫妻)にお会いしたことも思い出深い。天皇とすでにお会いしていた半藤さんから、「雲の上から声がかかったけど一緒に行くか?」と誘われ、ご進講ではなく歴史に関するお話をしに何度か皇居へうかがった。天皇は歴史に深い関心を持たれていて、半藤さんが天皇のご質問に真摯(しんし)に答える姿が印象的だった。そのような場で半藤さんは「象徴としての天皇」を心から理解したのだと思う。そして、昭和天皇を神格化した軍事指導者の政治的無責任さを痛感したはずだ。

 ■憲法100年もたそう
 2人で進めていた運動がある。九条の会の護憲とは少し違い、より現実的に今の憲法を100年もたそう、というもの。お互い講演のときに呼びかけようと約束していた。組織や事務局があるわけではないが、みんなの思いを広げようと。そういう試みだった。

 僕も人の死を悲しむような年ではないが、半藤さんを失い、大木が倒れたように感じる。歴史の分野においてアカデミズムとジャーナリズムの枠を取っ払い、相互乗り入れを実現した先駆的な存在だった。

 「死んだらダメだよ。言論界の地図が変わるから」と言っていたのに。半藤さんは、近代日本が犯した多くの誤りを書き残していかなきゃいけないと遺言のように言っていた。いろんな国に迷惑をかけたことの歴史的総括をやっておかないと日本は信用されない、と。半藤さんに触れた人たちは、昭和史の誤りを克服していく方法を、継いでいかなければならない。(談)
     *
 ほさか・まさやす 1939年生まれ。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。著書に『近現代史からの警告』など。」(2021/01/15付「朝日新聞」P27より)

自分も半藤一利さんには心酔しており、当サイトにもその話題をたくさん採りあげてきた。当サイトの検索ツールで「半藤一利」と入れてみると35の記事が見つかる。それほど自分も気にした人だった。
思い出すのは、2010年5月15日に三鷹であった講演会に行ったこと(ここ)。
半藤さん、当時70歳。特に、白内障の手術の直後だと言っていたことが印象に残っている。

しかし、お年のせいか、最近はなかなかメディアで見られなくなっていた。それで最近は、保阪正康さんの話をよく聞くようになった。
上の記事は、まさにその保阪さんの送別の辞である。

この頃は、いわゆるフェイクが多くなり、何を信じて良いか分からない時代になってきた。この人の話は信用する。という人が少ない。もちろん政治家の弁などまったく×だが・・・

いわゆる、信じられる言論人が少なくなってきたことは寂しい。
残された保坂さんや、前川さんに、世を正すため、過去と同じ過ちを犯さないため、どんどん発言していってほしいものだ。

| | コメント (3)

2021年1月12日 (火)

「カミさんからの(超自然現象の)SOS?」~コロナ禍で

今日は不思議な体験をした。距離が離れているのに、カミさんのSOSの声が聞こえたのである!!荒い呼吸音に「胸が苦しい!」という声。

昼過ぎ、買い物に行って、車を駐車場に入れ、ちょっとカーナビの設定が変わってしまったので、カミさんが降りて家に入った後、カーナビの取説を出して調整をしていた。しばらく経って、小さいカミさんの声が聞こえた。しかも呼吸が苦しそう。
おかしいな、スマホはズボンのポケットだし、カーオーディオは点けていない。どこからの声か分からないが、苦しそう。「今の体温は36.4度。今の症状は・・・胸が苦しい!」との声。自分は、心臓の持病を持っているカミさんの体調にはいつもピリピリしているので、心当たりは充分にある。

よって理屈なんてどうでも良い! あわてて、車を降り、家に脱兎のごとく入って、居間に。でも倒れていると思ったカミさんは居ない。
キッチンに居た。「体温は36.4度だが心臓が苦しいって?」「エッ!知らないよ」????「確かに聞こえたよ」「何も言っていない」
オカルトか? 「確かにSOSの声が聞こえた」「そんなバカな。イヤな予感がするネ・・・」

ふと、そういえばカーナビの設定をしていたので、ドライブレコーダーに音声が入っているかも知れない。と気が付き、ドライブレコーダーのメモリを外してきて、PCに聞いてみた。すると確かに苦しそうな呼吸音と一緒に音声が入っている。決して空耳では無かったのだ・・・それがこれ(ゾー・・・)

カミさんに聞かせると、これは自分の声では無いという。
超自然現象とすると、何かの予言か? 気持ち悪い・・・

「テレビの音ではないの」と言われて、その時刻、つまり昼の12:16のテレビ番組をタイムシフトで順番に見ていった。すると最後のTV朝日の番組に「あった!!」
それがこれ・・・

210101212165ch1 210101212165ch2 210101212165ch3

なるほど、合点がいった。実は、カーポートが、隣の家の和室に近い。ほんの2~3m。だからTVを点けると、障子とガラス窓を通して、よくTVの音が我が家の方にも漏れていた。
今回は、タイミング良く、TVを点けた途端に流れた音が、苦しそうな息の音から始まったので、とてもTVの音とは気が付かなかったのだ。
だから、理屈なんかは飛んで行って、脱兎のごとく駆け付けたというわけ。

しかし、お互い、原理が分かってホットした。これが本当に超自然現象だったとしたら、今後悪い事が起こる前兆に聞こえてしまい、気が重くなるところだった。

車に戻って、カーナビの設定を続けたときの音声には、はっきりと隣家のTVの音が入っていた。なるほど・・・

ばかばかしい話はこれ位にして、上の話は深刻だ。
コロナに罹っても、検査の順番が回ってこない。自宅待機をしろと言われても、何の手助けも来ない。ただ電話が来るだけ。
家族が居る人はまだ良い。このTVの人のように、一人暮らしの人は、どうしろというのか?
たまたま持っていた食材が無くなったら、餓死しろというのか?
外にも出られない。体調が悪いと、電話でSOSも呼べない。幾らSOSの電話をしても、そもそもつながらないという。

特に一人暮らしの人にとっては、一旦コロナに罹ったら地獄が待っているようだ。
上の人の例では、まだ30代だというのに、子ども達に遺書まで書いたという。

我々老人は、上の人を助けにも行けないが、とにかく自身が罹らないように頑張るしか無い。
とにかくお寒い、日本政府のコロナ対策ではある。

| | コメント (1)

2021年1月 6日 (水)

「人間を考える~この道に生きる~」作家…落合恵子を聞く

先日、NHKラジオ第2の「カルチャーラジオ 日曜カルチャー「人間を考える~この道に生きる~」作家…落合恵子」(2020/12/27再放送・初回2020/09/06)を聞いた。
再放送なので、以前にも聞いたが、改めて採りあげてみたい。

NHKのサイトにはこう解説がある。
「カルチャーラジオ 日曜カルチャー「人間を考える~この道に生きる~」作家…落合恵子
作家の落合恵子さんが「この道に生きる」と題して講義します。落合さんは45年前に子どもも大人も楽しめる絵本の専門店「クレヨンハウス」を立ち上げました。以来、書店という枠を超えて幅広く情報発信してきた落合さんに、これまでの活動を振り返ってもらいながら、さまざまな壁にぶつかる度に貫いてきたという自身の信念についてお話しいただきます。」ここより)

<「人間を考える~この道に生きる~」作家…落合恵子>

落合恵子さんの話は、今までも何度か採りあげている。(当blogの左上の「検索」で落合恵子と入れる)
つまりは、自分はかなりこの方の生き方に共鳴している証左だと思う。
特に「人生は、一冊の本である」という言葉が好き。
これについては、改めて落合さんがお話をされているので、良かったら聞いて下さい。

落合さんも75歳。誕生日が1月15日とのことで、あと一週間余で76歳である。
そのせいか、もし自分が居なくなったら・・・ということで、既に色々な手を打っているという。

話は飛ぶが、先日テレビ東京の新春ドラマスペシャル 「人生最高の贈りもの」(2021/01/04放送、ここ)を見た。
テレ東のサイトにはこうある。
「東京・豊島区。鬼子母神堂の裏手に佇む小さな洋館に、元大学講師の翻訳家・笹井亮介(寺尾聰)は暮らしている。妻に先立たれ一人暮らしとなった今は、家事も料理も完璧にこなすが、仕事は自由奔放。〆切を守らない亮介に、担当編集者・野村(勝地涼)はいつも隣で頭を抱えていた。さらに近所に住む原口光代(キムラ緑子)は、亡き妻から「主人をよろしく」と頼まれたのを口実に、毎日勝手に家に上がり込んでいる。
一方、亮介の一人娘・ゆり子(石原さとみ)は、長野県安曇野ののどかな町で、亮介の元教え子で教師の夫・田渕繁行(向井理)と暮らしていた。ところがある日、ゆり子が父のもとに帰ってくる。連絡もなく突然の帰省に驚く亮介は理由を尋ねるが、ゆり子は一切語ろうとしない。わかったのは家にいる期間を決めていないということだけだった。これまで「父と娘」の会話をろくにしてこなかったため、二人の間にはぎこちない雰囲気が漂う。こうして始まった父と娘の2人暮らし。緊張しつつも温かく穏やかに過ぎていくが…実は娘の人生に残された時間はわずかだった。娘が胸に秘めていた決意とは?そしてそんな思いを知った時、父は・・・。」

相変わらず寺尾聰は渋い。不妊治療の検査の過程で見つかった娘の末期ガン。残された時間を半分に分け、前半をそれまで苦手でほとんど付き合いの無かった父親と過ごしたいと、実家に戻ってくる。母親との思い出はたくさんあるが、子育てを母に任せっきりだったため、父親との思い出はほとんど無いので、それを作りたいという。母親だけで無く、自分も先に逝ってしまうと残された父親が可愛そう・・・

自分は、このようないわゆるヒューマンドラマが好き。
上の落合さんの話もそうだが、70歳を過ぎると、人生そろそろ店仕舞いの時期が迫ってきている。
どう終わりを迎えるか・・・

話はまたまた飛ぶが、2020/11/18に女優・木内みどりさんが69歳で亡くなったが、まさに“「病院で死にたくない」生き方と逝き方を貫いた 女優・木内みどりさん”だったという。これについては長尾和宏氏のブログ(ここここ)に詳しい。
生前(2015年5月)、木内さんから当サイトにコメントを頂いた事がある(ここ)。
「死刑弁護人」のDVDの事だった。社会的にも色々と発言をされていたとのこと。

色々な人生があり、様々なオワリの形がある。
あまりに早過ぎたが、木内さんのオワリの姿はある意味、理想。
新型コロナでの感染者や死者が激増し、それが身近に迫ってきているこの頃、巣ごもりをしながらも、つい人生の終わり方について色々と考えてしまう年初ではある。

| | コメント (0)

2021年1月 3日 (日)

映画「パラサイト 半地下の家族」を見て

映画「パラサイト 半地下の家族」をWOWOWで見た。(地デジでも2021/01/08 20:00~日テレで放送予定。ここ

何度も書いているように、自分はミーハー。世間で評判になると「見てみようかな」となる。
この映画も同じ。「史上初の外国語映画が作品賞を受賞!」という評判に「見てみようかな・・・」。

ここ)に、受賞についてこうある。
「韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』が、『1917 命をかけた伝令』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』、『アイリッシュマン』といった候補作品を破り、2020年アカデミー作品賞を授賞した。

ポン・ジュノ監督は、監督賞、脚本賞も獲得。
210103parasite ついにやった。ポン・ジュノの巧みで辛辣な社会派スリラー『パラサイト 半地下の家族』が、2020年アカデミー賞で作品賞を獲得するという歴史的快挙を遂げた。

『パラサイト 半地下の家族』は、外国語映画としては初めて作品賞を受賞。韓国映画が作品賞にノミネートされたのは初めてのことで、それ自体が既に歴史的だった。同作は昨年のカンヌ国際映画祭でデビューし、韓国映画として初めてパルムドール(最高賞)を受賞している。

キャストとクルーがセレモニーでトロフィーを受け取ると、プロデューサーのクァク・シンエイは感謝の気持ちを表し、このような歴史的な出来事がオスカーに必要とされている変化の先駆けとなるのではないかと述べた。「私は今、歴史的にとても素晴らしい瞬間が起こっているような気がします」・・・」ここより)

そして、日テレの解説にはこうある。
パラサイト 半地下の家族
全世界が熱狂し、かつてない社会現象を巻き起こした衝撃作!
本編ノーカットで地上波初放送!

210103parasite1 2020年の米アカデミー賞で、作品賞、監督賞をはじめ4部門受賞&カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞!全世界が熱狂した超一級のエンターテインメントが金曜ロードSHOW!でしか見られない新吹き替え版で地上波初放送だ!物語の主人公は、半地下の家で暮らす4人の家族。彼らは、それぞれ身分を偽って裕福な家庭に就職することになるのだが…。監督は韓国が誇る鬼才、ポン・ジュノ。一家の父を演じるのは韓国の名優、ソン・ガンホ。そして今回の新吹き替え版では、家族の就職のきっかけを作る長男・ギウの声を神木隆之介が担当。平凡な幸せを手に入れたい一心で、誰も予想のできない衝撃の結末へと突き進んでいく家族たちの姿を、あなたの目で確かめてください!」ここより)

「パラサイト」とは「寄生」。物語は、半地下の4人家族が、ある裕福な家族に順々に「寄生」していくことで始まる。そして事件が・・・

見た後の自分の感想は「奇想天外?」。こんな奇抜な物語が、なぜ高評価を得たか?だ。キーワードは格差社会での「におい」?
半地下生活者やホームレスの人の持っている独特の臭いが、物語の底辺にある。幾ら着飾っても、これだけは消せない。そして・・・

確かにストーリーは明快で分かり易い。だからと言って・・・!?

「【徹底検証】パラサイトはなぜアカデミー賞作品賞を受賞できたのか?」ここ)というサイトでは、その理由としてこんなポイントを挙げている。
・他の部門と違って作品賞は、順位をつけて投票する特殊な集計システムのためサプライズが起こりやすいし、もちろん「パラサイト」が作品としてストレートに面白かったというシンプルな要因も大きい。
・「パラサイト」にとってアカデミー賞への最大のステップとなったのが、SAGアワード(全米映画俳優組合賞)の最高賞にあたるキャスト賞を受賞したこと。今年のアカデミー賞は演技部門ノミネート20枠のうち、19枠を白人が占めたことで、再び「白すぎるオスカー」との批判が上がっていた。多様性を求める声が、SAGでの「パラサイト」への投票につながった可能性も大きい。
・2020年1月19日のSAGでのポン・ジュノのスピーチがこれまた心がこもっていたものだから、アカデミー賞の投票締切(2020年2月4日)まで迷っていた会員に与えた影響もあるだろう。
・作品自体が字幕をあまり読まなくてもわかりやすい作りだったことも、ヒットの要因だろう。
・2家族の設定を含め、登場人物のキャラがじつに明快だし、映像で〝感じさせる〞語り口のうまさが、「パラサイト」には備わっている。
・やはり国をあげての国際市場への売り込みが、ついに実を結んだからか。・・・

これを読むと、作品の内容よりも、受賞はロビー活動の成果のようにも取れる。
ともあれ、面白い映画だが、秀作かと言われると、ヒューマンドラマが好きな自分としては「??」が感想の映画だった。

| | コメント (1)

« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »