« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »

2020年10月の11件の記事

2020年10月31日 (土)

「漱石」読破にチャレンジ中

現在、夏目漱石の作品読破にチャレンジ中である。
先日、「(今こそ!読みたい)夏目漱石!?」(ここ)という記事を書いた。その時、思い立ったのが、今ごろ!!だが、全部とは言わないが、改めて漱石にチャレンジしてみようかな・・・ということ。
全作品読破は、藤沢周平に始まって、佐伯泰英にチャレンジ中に横道にそれて、山本周五郎にチャレンジ中・・・に、また横道にそれて・・・の漱石である。

“全作品”にこだわって、文庫本をそろえてはみたが、なかなか最後までたどり着かない。
そもそも道楽なので、気が向けば横道にそれるのも気にしないことにした。
それで、今は漱石なのである。

「三四郎」「それから」「門」の三部作を改めて読んで、昨日と今日で「坊っちゃん」を読んだ。解説を読むと、「坊っちゃん」は、明治39年3月17日から3月23日の、たった一週間で書いた作品だという。これは1日31枚という驚異的なスピード。
確かに、「三四郎」にあるような理屈っぽい文章は少なく、一気呵成のベランメイ調で、いわゆる痛快小説だ。
高校時代に読んでからの、60年ぶりだったが、今でも面白い。それにしても、新潮文庫だけで400万部以上、200刷近いというから驚き。
内容を改めて眺めてみると、四国の中学に赴任してから、たった1ヶ月間の出来事を書いたもの。ある意味、単純なので1週間で書けたのかも知れない。

さて、明日から難物「猫」である。高校以来、2~3回は途中で挫折した作品。今度は大人らしく、じっくりと投げないで読んでみるつもり。

それにしても、漱石の作品数は少ない。中長編ではたった15作品しか無い。自分が藤沢周平を読んだのが64冊(ここ)、山本周五郎(ここ)も64冊(まだ読んだのは38冊だが)なので、いかにも少ない。
それ故、漱石の15冊くらい読むのは何でも無いのかも!?
でも、いかにも難しそうな漱石。「坊っちゃん」のようにはいかないだろう。
また、漱石を卒業したら(投げ出したら)記したいと思うが、とにかく今は漱石にチャレンジ中なのである。

●メモ~「サイト内検索(ココログ用全文検索)」設置(2020/10/30)

| | コメント (0)

2020年10月29日 (木)

「人生はああもこうも生きられる」~小島慶子さんの話

NHKラジオ第2の「文化講演会「人生はああもこうも生きられる」エッセイスト/タレント…小島慶子」(2020/10/25放送)を聞いた。
これが何とも楽しい!?話だった。

NHKの番組紹介にはこうある。
文化講演会「人生はああもこうも生きられる」
  エッセイスト/タレント…小島慶子

15年間のアナウンサー生活を経て、エッセイストとして活躍中の小島慶子さん。これまでの人生は思い通りにならないことの連続でした。華やかなテレビ界からラジオの仕事へ、第2児出産後に発症した不安障害、夫が仕事を辞め家族4人でオーストラリア移住…。それでも小島さんは「思い通りにいかない人生の中にこそ、豊かな実りが生まれる」といいます。今回は、今の自分を幸せにするための“小島流幸福論”をお話しいただきます。」ここより)

<文化講演会「人生はああもこうも生きられる」小島慶子>

小嶌さんはまだ48歳。しかしお話を聞くと、今まで多くの人生体験をなさっているようだ。我々凡人とは大違い。それを支えるのは“主夫”の力。例え日本でも、仕事を辞めて主夫になるのは、なかりしんどいはず。それなのに、いきなり海外に居を構えて、ロクに出来ない英語での子育て生活に突入するとは、この夫君もただ者では無い。

自分は、小島慶子という名前は知ってはいたが、その人となりは、ほとんど知らなかった。これを機にNetでググってみると、たくさんの記事がヒットする。
「withnews」というサイトでは現在、小島慶子さんの連載記事を掲載している(ここここ)。(2020/08/10に#1スタート。2020/10/26現在 #12)

曰く
「【Busy Brain~私の脳の混沌とADHDと~】40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断されたエッセイストの小島慶子さん。自らを「うんざりしようとも生涯離れられない、このお喋りで忘れっぽい脳みそ」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」ととらえる小島さんが語る、半生の脳内実況です。」ここここより)

この記事はなかなかボリュームがあるので、あとでじっくり読んでみよう。

201029kojima1 それに、2019年6月27日にフジテレビ系の「直撃!シンソウ坂上」という番組で、「オーストラリアに一家で移住も夫は“主夫”に…小島慶子が明かす“孤独な闘い”」というテーマで、小島慶子さんの家族を含めた現地取材をしたらしい(ここ)。

番組の紹介に曰く、
201029kojima2 「元TBSの人気アナウンサーで、退社後もバラエティー番組を始め、コメンテーターやエッセイストなど幅広いジャンルで活躍する小島慶子さん、46歳。
これまでさまざまな芸能人の海外移住に密着してきたが、6月27日放送の「直撃!シンソウ坂上」(フジテレビ系)では、オーストラリア西海岸のパースに移住した小島さんに密着した。」ここより)

面白いと思ってググってみたが、Youtubeでもこの番組は挙がっていなかった。
しかし、このフジテレビの番組。夫君の弱さも吐露されており、見たかったな~

ともあれ、人生色々。そして、その実行力・・・。
それに比べて、我が人生は、まだまだ”甘い生活”だなと思う、コロナ渦の隠遁生活ではある。

| | コメント (0)

2020年10月26日 (月)

メガネ拭き「メガネのシャンプー 除菌EX」が素晴らしい

自分がメガネをかけ始めたのが小学校5年生の時だから、もう60年以上の付き合いである。
毎日のテーマが、眼鏡拭き。
現役の時は、毎朝ハンカチでゴシゴシ。毎日同じようにやるので、同じ所に力が加わって、メガネの枠が折れた。

前に「性能抜群の100円のメガネ拭き「パール レンズワイプ」(ここ)という記事を書いた。
この記事を書いたのがもう12年も前。

先日、眼鏡市場で遠近と近々のメガネを買い換えた。眼鏡屋については「「眼鏡市場」と「メガネストアー」の違い~安い“近近”メガネを買った話」(ここ)という記事を書いた。
今回は家の近くの眼鏡市場。そこで「レンズにキズが多いので、まったく同じレンズで買い換えたい」と言うと、「メガネをキレイにするには、水で洗うのが一番良い。レンズには砂などが付くので、メガネ拭きでゴシゴシやると、レンズにキズが付く」と教えられた。
自分は、まさにその通りの事をやっていた。

家に帰ってカミさんに言うと「だから私が使っているメガネのシャンプーを使えば良い」とのこと。
これがソフト99の「メガネのシャンプー 除菌EX」(ここ)という製品。定価521円。自分が愛用している送料無料のヨドバシの通販では390円で買える(ここ)。

201026megane1_20201026220701 201026megane2_20201026220701

初めて使ってみたが、これが素晴らしい。(YoutubeのPRビデオはここ

曰く
メガネは拭くより、まる洗い篇
まだ拭いてるんですか?メガネ。メガネは拭くより、まる洗い
『メガネのシャンプー 除菌EX』ならメガネに直接スプレーして水で洗い流すだけで、汗や皮脂等のしつこい汚れはもちろん、鼻パッドや耳あて部分に付着している雑菌までスッキリ除去できるんです。
洗い終わったメガネをかけたら、クリアになった視界にきっとビックリしますよ。
中性タイプですから、大切なメガネにも安心してお使いいただけます!」

それに、おおげさにシャンプーして使わなくて“ポタ”でも、単に液がレンズに行き渡りさえすれば、水で洗うとピッカピカ。
何よりも、ほとんど水滴がレンズに残らない。少し残った水滴をティッシュで拭けばオシマイ。
水道の近く、との制約はあるが、これならレンズがキズが付かない。なるほど・・・

レンズにキズを付けないでメガネをキレイにする方法は、これが一番。
オススメである。

| | コメント (0)

2020年10月22日 (木)

次郎長、大親分の実像

今の時代、清水次郎長と言っても、知っている人は少なかろう。でも、大分前だが、次郎長の記事があったのだ。

「(文化の扉)次郎長、大親分の実像 「義侠心」何度も物語化/世に尽くした後半生

 子分・客分のためならば、一肌脱いでやせ我慢。博奕(ばくち)と喧嘩(けんか)にめっぽう強く、一度怒れば泣く子も黙る。幕末に「海道一の大親分」として名をはせた清水次郎長(しみずのじろちょう)(1820~93)。今年は生誕200年。その光と影を、お聞きくだせえ。

201022jirocho  次郎長は駿河(するが)(静岡県)の清水で船頭の次男に生まれた。養子先が米穀商。数え15歳で家出し、米相場で大もうけする商才があった。だが、20歳を過ぎて人を殺し、無宿者に。喧嘩の仲裁で名を上げ、追っ手から逃げつつも敵対勢力を倒していく。

 静岡ローカルな渡世人(とせいにん)が全国区に飛躍したのは、波乱の半生が講談や浪曲、映画などを通じて広く伝わったからだ。武士出身で、一時は次郎長の養子になった天田(あまだ)五郎が1884(明治17)年に「東海遊侠(ゆうきょう)伝」をまとめ、それを元に、講談師の三代目神田伯山(かんだはくざん)が「清水次郎長伝」として読み、大正年間の東京で人気を博した。

 昭和に入ると、広沢虎造(ひろさわとらぞう)が浪曲で一世を風靡(ふうび)。子どもが「バカは死ななきゃ治らない」とうなるほど、多くの名ゼリフも広まった。戦後も映画や小説で繰り返し描かれた。子分も多士済々。特に森の石松は、眼帯や吃音(きつおん)などのキャラが盛られ、次郎長をしのぐ人気者となる。

 石松や苦しいときに世話を受けた長兵衛が殺されると、裏切った都田(みやこだ)の吉兵衛(きちべえ)や保下田(ほげた)の久六(きゅうろく)に復讐(ふくしゅう)する。問題が起きたら官僚を切り捨てる政治家とは違い、義侠(ぎきょう)心が厚くてドラマにしやすかった。講談師の神田愛山(あいざん)さん(66)は、次郎長伝の本質は「怒りの美学」とみる。「我慢を重ね、最後に庶民の怒りを晴らす。フロイトのいうエス(本能的な欲求)を発散させてくれたんです」
    *
 上野(こうずけ)(群馬県)の国定忠治(くにさだちゅうじ)に大前田英五郎(おおまえだえいごろう)、下総(しもうさ)(千葉県)は笹川(ささがわ)の繁蔵(しげぞう)に飯岡(いいおか)の助五郎(すけごろう)と、江戸後期の関東には名だたる博徒があちこちに。次郎長伝では悪役の黒駒の勝蔵も、甲斐(かい)(山梨県)の大親分だった。幕末の動乱期、飢饉(ききん)などで庶民の格差が広がり、貧農の子らが現代で言えば「反社会勢力」になっていった時代だった。

 次郎長は清水を出奔後、寺津(てらづ)(愛知県西尾市)に足場を構えたことがあった。次郎長ら侠客(きょうかく)を研究する歴史学者の高橋敏(さとし)さん(80)によると、寺津の位置した幕末の三河国は小藩が分立し、警察力が弱体化していたという。東海に地の利を得ていた次郎長なら、「バカじゃ親分はつとまらないずら」と言うだろうか?
    *
 清水港で1868(明治元)年、幕府の軍艦咸臨丸(かんりんまる)が新政府軍の軍艦に攻撃される事件が起きた。次郎長は港に浮かぶ遺体を埋葬し、「賊軍も死んだら罪はない」と言い放ったと伝えられる。それに感銘を受けた幕臣山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)と親交を深め、社会事業に乗り出していく。富士山の裾野を開墾し、英語塾を開き、茶の輸出に力を注ぎ、石油の開発にも携わる。まるで商社マンみたいだ。

 もっとも、次郎長は咸臨丸事件の直前に街道警固(かいどうけいご)役を命じられ、帯刀も許された。いまなら警察署長にあたる。3人目の妻は武士の娘だ。アウトローから足を洗う流れに乗ったらしい。

 でも、やんちゃな気性がたまに出る。数え65歳のとき、全国一斉の博徒刈り込みで逮捕されると「牢から出たら県令のヤツぶっ殺す!」と叫んだとか。懲役7年だったが、鉄舟らの助けもあって1年で仮出獄した。

 やや出来過ぎだが、人生をやり直した無法者の物語、時代に合わせて語り継げないか……。ちょうど時間となりました。(井上秀樹)

 ■人の心を動かす力 作家・諸田玲子さん
 私の祖母の祖母は、次郎長のめいで養子でした。清水で経営していた遊郭が旅館になっていて、子どものころは静岡市内の自宅から訪ねたことがあります。私も大学は英文科ですし、若いころは次郎長の映画や小説に興味はありませんでした。

 小説を書くようになって、清水の情景が浮かんできました。これまで、子分だった小政(こまさ)の『空っ風』から養女けんの『波止場浪漫』まで、周りの人物を描いてきました。時代の変化に乗り切れずに非業の死を遂げた侠客や子分たちが多いなかで、次郎長は激動期をしたたかに生き抜いていきます。

 次郎長が切った張ったの親分から地元の名士に転身できたのはなぜでしょう。同じ駿河出身でアユタヤ朝(タイ)で活躍した山田長政の銅像を建てようとしたように、私利私欲じゃない。温暖な土地柄や生まれ育ちもありますが、つまりは人の心を動かす力です。天性の明るい気質が慕われたんだろうな。人間としての痛快さがわかってきたいまなら、次郎長を主役にした小説を書けるでしょうか。

 <訪れる> 静岡市清水区では次郎長の生家が現存し、晩年に開業した船宿「末廣」も復元されている。フグを食べて毒にあたった梅蔭禅寺には次郎長やおちょう、子分らの墓があり、愛用のサイコロなどを展示。清水港には「次郎長堤」と呼ばれる石積みが残る。」(2020/09/07付「朝日新聞」より)

前に「広澤虎造の浪曲」(ここ)という記事を書いた。広澤虎造と言えば、直ぐに「旅行けば 駿河の道に茶の香り」というフレーズを思い出す。そんな次郎長の話である。(上に記事から虎造の浪曲の一部を下記に)

<広澤虎造の「次郎長伝」>

静岡県には、意外と思い出がある。大宮に住んでいた小学校低学年の頃、母の姉である伯母が住んでいた焼津に行くのが、夏休みの何よりの楽しみだった。
電車に乗るのが嬉しく、できるだけ長く乗っているように、鈍行に乗って、着く駅ごとの駅名をメモしていたことを思い出す。

その後、社会人になって、当時、日立に勤めていた父の弟である叔父が清水に住んでおり、出張の帰りに途中下車して、その社宅に寄ったことがある。叔母と従姉妹と一緒に三保の松原に行った。天気が良く、富士がよく見えた。

あれから半世紀。何もかもが変わったが、たぶんあの景色は変わっていないだろう。しかし、たぶんもう行く機会も無い。

老人以外は読まないだろう次郎長の記事を読みながら、ふと昔の静岡のことを思い出した。

(関連記事)
広澤虎造の浪曲 

| | コメント (0)

2020年10月17日 (土)

(今こそ!読みたい)夏目漱石!?

今朝(2020/10/17)の朝日新聞にこんな記事があった。

(今こそ!読みたい)夏目漱石 教室で出合う「国民的作品」

 “国民作家”といえば? そう聞いたところ、夏目漱石の支持率は68%で、2位以下の芥川龍之介(60%)や川端康成(47%)、司馬遼太郎(同)を引き離しました。その背景は、「こころ」や「坊っちゃん」が国語教科書の定番教材になっていることが大きいと考えられます。今後はどうなるでしょうか。

201017souseki1  今こそ読みたい作品のトップは「坊っちゃん」。「親譲りの無鉄砲」で「江戸っ子」の「おれ」が、東京の物理学校(現・東京理科大)を卒業後、数学教師として赴任した四国の中学校で、陰湿な赤シャツ教頭らと対決する。「おれ」を唯一かわいがってくれた「下女」の「清」というほろりとさせる存在も出てくる。何度も映像化され、中学校の教材としても定番だ。
 勧善懲悪ともいえる世界観で、支持された理由は、ドラマ「半沢直樹」が大ヒットした背景とも重なるようだ。
 「鬱屈(うっくつ)した世の中。坊っちゃんと一緒に憤慨したり、清にあきれられたり、普通に楽しみたい」(東京、57歳女性)、「明治文学にしては珍しくスカッとした。こういう時世だからこそ、何かスカッとするものが読みたい」(東京、27歳男性)。

 2位「吾輩は猫である」はデビュー作。擬人化した猫の視点で書かれ、〈吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生(うま)れたか頓(とん)と見当がつかぬ〉という導入部はあまりにも有名だ。だが、中編の1位に比べて読破率はぐっと下がる。
 「タイトルはめちゃくちゃ有名。書き出しも知ってる。なのに読んだことがない」(奈良、43歳男性)、「中学生の時、文章が難しくて読書好きであったのが読書嫌いになった。リベンジしたい」(大阪、59歳男性)。
 俳句雑誌「ホトトギス」に掲載された短編が評判となり、書き継がれて長編となった。落語のパロディーのような話を織り込むユーモア小説だが、〈呑気(のんき)と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする〉と猫に語らせるなど、哀切も漂わせる。しかも衝撃のバッドエンドが待ち構えている。
 「学生時代に読んだ時はユーモラスで面白いとしか思わなかったが、今はその裏にある悲しさや理不尽さが理解できるようになったと感じる」(大阪、66歳男性)、「猫好きにあのラストはつらい。『吾輩』執筆時の作者自身の私生活を書いたとされる『道草』を読んで、どうしてあの終わり方なのかヒントを得たい」(大阪、48歳女性)。
     *
 そして、3位「こころ」。「岩波文庫 読者が選ぶこの一冊」(2013年)で1位、「新潮文庫ロングセラーTOP20」(20年)でも1位と、漱石の不動の代表作と言える。
 1960年代から、高校国語の教科書がこぞって採用する定番教材に。「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」の3部構成だが、抜粋されるのは、「先生」が「私」への遺書で、自分と妻、自殺した友人Kの関係について打ち明ける「下」にほぼ限られている。
 「高校時代、読書感想文を書かされたが、時間切れで真ん中の『両親と私』は飛ばして読んだ。今度こそちゃんと読んでみたい」(東京、62歳男性)、「高3の現代国語で一部を勉強し、文庫を購入して読んだ。言葉は人を殺す凶器になってしまうこと、そして自分を殺す凶器にもなってしまうこと、考えさせられた。今ならどう読むか」(大阪、55歳女性)。
 現在まで多様な解釈論争を生み出した問題作でもある。「三角関係」に西洋文明と東洋思想に引き裂かれた著者の心情を読み込んだり、語り手の「私」が「先生」の死後、「奥さん」と結ばれていると推測したり。最近では、「先生と私」「先生とK」の関係に注目し、BL(ボーイズラブ)小説として読み直す試みまで登場している。
 それもこれも、教室で必ず出合う「国民作家」の「国民的作品」であればこそ。だが、今後はといえば、先行きは暗い。
 高校で学ぶ国語は、22年度実施の新学習指導要領に基づいて再編され、論理的・実用的な文章を扱う「論理国語」と、文学的な文章を扱う「文学国語」という選択科目が登場することになっている。受験への配慮などから「論理国語」が優先され、「文学国語」を採用する高校は少なくなるとみられる。
 「『国民作家』というのも、高校の国語が小説軽視の方向に向かうと無くなってしまうんだろうか、と不安になる」(兵庫、54歳女性)、「文学に重きを置かない国語教育のあり方が続けば、『国民作家』という概念自体が成り立たなくなる」(千葉、63歳男性)。

 ■新聞小説作家だった
 「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」で作家としての地位を固めた夏目漱石は1907(明治40)年、東京帝大講師などの教職を辞して、朝日新聞に入社し、専属作家になった。これ以降、ほぼすべての作品が朝日新聞紙上に発表された。
 『漱石と日本の近代』(新潮選書)や『漱石入門』(河出文庫)などの著書がある早稲田大学の石原千秋教授(日本近代文学)によると、新聞小説作家だったことが、漱石が今も国民的に見えることと関係しているという。
     *
 朝日新聞社が漱石に期待したのは、中・上流階級が集中して住み始めていた東京・山の手での読者獲得。そのため、小説のほとんどが山の手を舞台とした。
 「当時の山の手の富裕層の関心事の一つが、明治民法下での遺産相続問題。登場人物の多くが相続をめぐる問題を抱えています。近代化はいわば日本の山の手化。豊かになった戦後の日本で、漱石の描く家庭がそんなに古く見えないのは、山の手というマーケットを意識していたからです」
 一方、漱石作品のなかで「こころ」が高校国語の定番教材化したのは、著者の意図と関係なく、友を裏切ってはならぬというようなモラルを生徒に教えるのに、都合が良かったからだとみる。しかし、漱石自身は自分で結論は書かず、読者にゆだねた作家だと、石原教授は言う。
 「今後、漱石が忘れ去られてしまうことに懸念があるとすれば、すぐに結論が出ないことに人々がますます関心をなくすこと。そういう社会は息苦しい」(坂本哲史)

 <調査の方法> 9月中旬にアンケートを実施。1324人が回答した。夏目漱石の長中編小説や短編集、随筆26作品から選んでもらった。11位以下は(11)倫敦塔(12)硝子戸の中(13)彼岸過迄(14)道草(15)行人――と続く。」(2020/10/17付「朝日新聞」b2より)

<(今こそ!読みたい)夏目漱石 >
①坊っちゃん(1906年)

②吾輩は猫である(1905年)
③こゝろ(1914年)
④三四郎(1908年)
⑤それから(1909年)
⑥草枕(1906年)
⑦門(1910年)
⑧夢十夜(1908年)
⑨虞美人草(1907年)
⑩明暗(1916年)
⑪倫敦塔(1905年)
⑫硝子戸の中(1915年)
⑬彼岸過迄(1912年)
⑭道草(1915年)
⑮行人(1912年)

夏目漱石はよく「文豪」と称される。他の作家ではあまり聞かない。広辞苑で見ると、

ぶん‐ごう【文豪】‥ガウ
 文章・文学にぬきんでている人。文章・文学の大家。「明治の―」

とある。
日本人にとって特別な存在。しかし作品数は意外と少ない。wikiによると、中長編小説は15作品、短編小説は9作品である。

当blogは“ベストテン”が好きなので、こんな記事もつい気になるのである。
そう言えば、前にも同じようなことを書いた事があったな・・・と振り返ってみると、13年前にも「「夏目漱石展」に行った」(2007/10/27)(ここ)という記事で、採りあげていた。

「次世代に伝えたい夏目漱石の作品は?」
朝日新聞(2007/10/24 P29)に、ネクストエージランキングと称して「次世代に伝えたい夏目漱石の作品は?」という記事が載っていた。
下記は、50歳以上12,097人の複数回答である。

①吾輩は猫である(1905年) 8825人 ②
②坊っちゃん(1906年)   8421人 ①
③こころ(1914年)     4483人 ③
④三四郎(1908年)     3471人 ④
⑤草枕(1906年)      2282人 ⑥
⑥それから(1909年)    1579人 ⑤
⑦虞美人草(1907年)    1188人 ⑨
⑧明暗(1916年)     609人 ⑩
⑨道草(1915年)     467人 ⑭
⑩門(1910年)      415人 ⑦

右の順位は、上の記事での順位である。このランクは50歳以上の人が対象なので、ちょっと違うかな!?

しかし、漱石の作品は、何度チャレンジしても、挫折する。今までちゃんと読んだのは、「こころ」「それから」「門」くらい。「猫」など、何度挫折したか・・・。ストーリーがなく、面白くないのである。

でも、これだけの大家。日本人と生まれたからには!?一通り読んでみる??
そこで、藤沢周平、山本周五郎に続いて、漱石の全作品読破にチャレンジしてみようかな・・・と思った。
本棚を見たら、昔買って“積ん読”している文庫が7冊見つかった。面白くないことを前提に我慢して読んでみるか・・・

ところで話は変わるが、上の記事にある「新潮文庫ロングセラーTOP20」とは何だろう?とググってみた。するとこんな順位だそうだ。

<新潮文庫ロングセラーTOP20>ここより)
(※初版刊行~2019年3月末の累計発行部数)

1位 こころ/夏目漱石(著)
2位 人間失格/太宰治(著)
3位 老人と海/アーネスト・ヘミングウェイ(著)、福田恆存(訳)
4位 坊っちゃん/夏目漱石(著)
5位 異邦人/カミュ/著、窪田啓作/訳
6位 友情/武者小路実篤(著)
7位 雪国/川端康成(著)
8位 破戒 /島崎 藤村 (著)
9位 斜陽/太宰治(著)
10位 塩狩峠/三浦綾子(著)
11位 悲しみよこんにちは/フランソワーズ・サガン(著) 河野万里子(訳)
12位 金閣寺/三島由紀夫(著)
13位 潮騒/三島由紀夫(著)
14位 変身×カフカ/フランツ・カフカ/著、高橋義孝/訳
15位 伊豆の踊子/川端康成(著)
16位 車輪の下/ヘルマン・ヘッセ/著、高橋健二/訳
17位 点と線/松本清張(著)
18位 黒い雨/井伏鱒二(著)
19位 三四郎/夏目漱石(著)
20位 あすなろ物語/井上 靖(著)

ここでも漱石は3作品入っている。やはり教科書の影響は大きいようだ。

上のリストでは、さすがに自分も10冊以上は読んでいた。びっくりしたのは、「友情」や「破戒」が入っていたこと。これらは、高校時代に読んだ本。内容から、とっくに過去の忘れ去られた作品だと思ったいたが、まだまだ現役のようだ。

ともあれ、TVのニュースは、不愉快なものばかり。
TVを消して、読書の秋を堪能しようかな!?

| | コメント (0)

2020年10月14日 (水)

「生き抜く知恵を雑草から学ぶ」~稲垣栄洋氏の話

先日、ラジオ深夜便で「花が好き!自然が好き!・アンコール~生き抜く知恵を雑草から学ぶ」みちくさ研究家…稲垣栄洋(2010/7/22放送)」(2020/09/24再放送)を聞いた。
これがなかなか面白い。

何度か書いているように、当blogのコンセプトは「ヘェ~!!」。
そんな点で、この番組は「ヘェ~!!」だったのだ。(内容は記さないが・・・)

<NHKラジオ深夜便「生き抜く知恵を雑草から学ぶ」~稲垣栄洋氏の話>


前に同じような話で、「NHKラジオ「植物って、すごい!」が面白かった」(2013/7/16)(ここ)という記事を書いた。
これは「カルチャーラジオ日曜版」「植物って、すごい!~逆立ちしても真似できないしくみ(田中修 )」(2013/06/02~23放送)を採りあげた記事。
上の番組は2010/7/22の放送だというから、それより前の放送だった。

いつも書いているが、“世界は広い”。
まあ“知的好奇心”があるうちは、まだまだ自分も耄碌しない???

| | コメント (0)

2020年10月12日 (月)

筒美京平氏が亡くなった~野口五郎の「甘い生活」

夕方のニュースで、作曲家 筒美京平さんが亡くなった事を知った。

作曲家 筒美京平さん死去 80歳 昭和を代表する歌謡曲を作曲

「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「また逢う日まで」など昭和の歌謡界を代表するヒット曲を生み出した作曲家の筒美京平さんが、今月7日、誤えん性肺炎のため亡くなりました。80歳でした。

筒美さんは昭和15年に東京で生まれ、青山学院大学在学中にジャズに親しみ、その後、大手レコード会社で音楽ディレクターとして働きながら作曲活動を始めました。

昭和42年、グループサウンズのヴィレッジ・シンガーズが歌う「バラ色の雲」がヒットして名を挙げ、翌43年には、いしだあゆみさんが歌った「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒットし、さらには、いずれもレコード大賞を受賞した尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」やジュディ・オングさんの「魅せられて」など、昭和の歌謡界を代表する名曲を世に送り出しました。

1970年代以降はアイドル歌謡も多く手がけ、南沙織さんの「17才」、近藤真彦さんの「ギンギラギンにさりげなく」、小泉今日子さんの「なんてったってアイドル」など、黄金期を彩る数々の曲を生みました。

その後も世代を超えた人気楽曲を手がけて、これまでに作曲した作品数は3000曲近くにのぼり、平成15年には紫綬褒章を受章しています。

家族などによりますと、筒美さんは、自宅で病気療養を続けていたということですが、今月7日、誤えん性肺炎のため亡くなりました。
80歳でした。」(2020/10/12付NHKここより)

名前を良く知った人の訃報に接すると、ついその人の作品を挙げてみたくなる。Netで作品のリストを見ると、多数のヒット曲がズラリと並ぶ。当然自分も数十曲知っている。
その中から、野口五郎の「甘い生活」を聞いてみよう。

<野口五郎の「甘い生活」>

「甘い生活」
 作詞:山上路夫
 作曲:筒美京平

あなたと揃いの モーニング・カップは
このまま誰かにあげよか
二人で暮すと はがきで通知を
出した日は帰らない
愛があればそれでいいと
甘い夢をはじめたが
今では二人からだ 寄せても愛は哀しい
何かがこわれ去った ひとときの甘い生活よ

土曜の夜には あなたを誘って
町まで飲みにも行ったよ
なじみのお店も この町はなれりゃ
もう二度と来ないだろ
壁の傷はここにベッド
入れた時につけたもの
今ではそんなことも 心に痛い想い出
何かがこわれ去った ひとときの甘い生活よ

今では二人からだ 寄せても愛は哀しい
何かがこわれ去った ひとときの甘い生活よ

201012tsutsumi wikiを覗くと、氏の色々な記録が載っている。その中で「作曲家年間売上」のリストが面白い。
このリストの1968年~1989年の22年間に限っても、1位が10回、2位が6回、3位が2回を占めている。
氏以外でも、載っている作曲家の名前を見ると、直ぐに色々な曲名が頭に浮かぶ。

野口五郎の「甘い生活」は、1974年の第16回日本レコード大賞・作曲賞を受賞した作品との事であり、「「甘い生活」は、1974年10月に野口五郎がリリースした14枚目のシングルである。オリコンで初めての1位を獲得し、50万枚近いセールス(オリコン集計)を記録して、野口自身最大のヒット曲となった。」とのこと。

野口五郎の作品では、「私鉄沿線」「青いリンゴ」「夕立ちのあとで」など、昔よく聞いた。
そんな歌をよく聞いていたのは、1960年代終わりの大学生の頃から1970年代までで、1980年代になると、自分にフィットする歌は減って、仕事も忙しくなりほとんど聞かなくなった。

そんな時代に活躍した人が、次々に亡くなっていく。まあ年齢的に仕方が無いことではあるが、自分の生きた時代が次第に去っていくことに、少しの寂寥感を覚える秋この頃ではある。

| | コメント (1)

2020年10月10日 (土)

「人は健康のために生きるのではなく、生きるために健康であるべき」

今朝(2020/10/10)の朝日新聞にこんな記事があった。なるほど・・・と納得した論だった。

(異議あり)「健康になれ」人生も社会も窮屈にさせる 「不健康でもいい」と唱える医師、大脇幸志郎さん

 健康であることはいいことだ。だが医師の大脇幸志郎さんは、甘い物や酒を我慢するなど人生の楽しみを犠牲にしてまで、健康である必要はな201010asahi いという。そもそも健康にいいとされることには、「迷信」と言えるものも少なくないと指摘する。コロナ禍でより強まる「健康至上主義」の風潮は、私たちを窮屈にさせるだけだと言うのだが――。

 ■暮らしの歴史・文化を軽視する「現代の宗教」、本当に大事なもの選んで
 ――「健康」に気をつけるのがよくないことですか。
 「素朴に考えれば、健康で長生きできた方がいいに決まっています。ところが健康を追求するあまり、犠牲にしていることがあるのでは、という両義的な視点が必要です。たとえば糖尿病患者は『食べ物に気をつけるように』と言われますが、その人にとっては、非常につらい選択かもしれない。生活をつまらなくしてまで、健康第一の生き方でいいのでしょうか。人はだれしも、健康より大事なものを持っています」

 ――太く短く生きた方がいいということですか。
 「平たく言うとそうですし、同じ人でも『太く短く』と言っていたのが、いよいよ具合が悪くなると『もっと健康に気をつけておけばよかった』と変わるものです。そうなったときに『そら、みたことか』と責めてはいけません。健康に対する考え方は、人生そのときどきによって変わります。健康は大事だけど、常に一番ではないかもしれない。でも今の世の中は、『不健康でもいい』とは言いづらい空気があります」

 ――たとえば?
 「たばこがいい例です。かつては成人男性なら吸って当たり前という雰囲気でした。それがこの20~30年で、とにかく悪で、できる限り排除すべき対象となりました。そこまで厳しくすることが、本当にいいことなのでしょうか。もちろん受動喫煙を防ぐなど、たばこが嫌な人の権利は尊重されるべきです。ただ、自分の体を傷めても太く短く生きたいという考え方も、同様に尊重されるべきです」

 ――でも、たばこの吸い過ぎは社会にとっても悪では。
 「確かにがんになるので医療費の無駄遣いだという批判があります。一方で、長生きすれば医療費や介護費が増えるという主張もあります。健康になった方が医療費が抑制されるかどうかは、そこまで自明なことではありません」
 「他方、喫煙の文化は長い歴史があります。それを突如、切り替えろというのは無理がある。いまの規制は人間には習慣や癖というものがある、ということを軽視しすぎていると思います。健康至上主義が是となると、たばこの次は酒、その次は砂糖と、いつまでもベストを目指し続けることになりかねません」

 ――つまり、今のたばこ規制は行き過ぎていると。
 「はい。規制が過剰かどうかを判断する目安の一つに、効果の程度があります。健康にいいと勧められていても、効果がはっきりしない迷信のようなものもあります」
     *
 ――「迷信」ですか。
 「人の考えには、事実に裏付けられたことと、その事実から連想されるイメージが結びついています。その連想を私は『迷信』と呼んでいます。たとえば現代は、科学技術を駆使すれば健康になる、というイメージがあります。でも人間ドックを受けたら健康になる、と思うのは迷信です。複数の論文を評価した結果、無差別に健診対象を広げても、寿命を延ばさないというエビデンスが出ています」

 ――集団にとっては利益がなくても、がんが見つかった人にとってはメリットでは。
 「それは、宝くじを買うかどうか、という問題と一緒です。当選する人は確かにいますが、全体としては外れる人の方が多い。それなのに『宝くじを買いなさい』と強制されたら、どうでしょう」

 ――でも病気になったら、家族に迷惑をかけませんか。
 「そこは綱引きなのだと思います。たとえば私の父は糖尿病と診断され、長いこと病院にも行きませんでした。私はこのままだと目や腎臓が危ないと説明しましたが、父がビールを飲むのを止めませんでした。父の楽しみを奪いたくなかったからです。一方で母の立場に立つと、身内が病気になるのは困ります。綱引きになった場合、どちらが正解ということはなく、その間で手をうつしかないんです」
 「ただ、赤の他人が『自己犠牲で健康になれ』と命令するのはおかしいと思います。それが現代では当たり前になってしまっているのですが、歴史上も国家による健康の強制は珍しくありません」
     *
 ――どういうことですか。
 「ナチス時代のドイツは、健康をとても大切にしました。たばこで肺がんが増えることを初めて統計で証明したのはナチス・ドイツの研究者で、たばこの広告が規制されました。国民を健康にすれば、国が強くなるという思想からでした」

 ――今の日本では?
 「コロナ禍での『新しい生活様式』は、まさにその類いのものだと思います。お国のために健康に気をつけてください、それがあなたにも利益があるのですと。それは正しいことかもしれない。でも長い歴史を通じて生まれた生活様式は文化そのもので、各自がリスクを冒しても譲れないものを持っています。人はただ生きていればいいという生き物ではなく、そこを無視した政策は机上の空論です」
 「政策に至る議論が透明化されているか、その政策に連続性があるかどうかの視点は大事です。感染対策を呼びかける一方で、『Go To』しろと短期間に政策が変わりましたが、振れ幅が大きいと社会は疑心暗鬼になります」

 ――そういう意味では、批判の多いトランプ大統領の政策も一貫していることになりませんか。
 「トランプ氏の政策や振る舞いには許容できない問題が多くあります。ただ、トランプ氏を批判する意見にも問題があります。彼が入院したときに『マスクをつけていなかったからだ』と非難の声が上がったのは、被害者バッシングそのものです。トランプ政権は衆愚政治だと批判されていますが、反トランプ側も『感染が怖い』という思考停止に陥り、トランプ氏個人を攻撃しています。その光景を目の当たりにして、とても冷たい気持ちになりました」

 ――そもそもなぜ、こんなに健康が重視されるようになったのでしょう。
 「健康主義は、新興宗教のようなものだからです。伝統的な宗教が力を失った現代は、人の生死にかかわる『健康第一』という宗教が、信仰を集めてしまうのです」

 ――この風潮にとらわれないためにはどうすれば。
 「今の生活の中で大事にしているものは何かを振り返ってみることだと思います。たとえば家族のためにコロナの感染予防をすると決めたなら、他人にうつさないための対策はどの程度やればいいかと軸ができてくる。その上で目的にかなう情報はどれかを選んでいけばいい。人は健康のために生きるのではなく、生きるために健康であるべきなのです」
     ◇
 おおわきこうしろう 36歳 1983年、大阪府生まれ。医学部を卒業後、「医師に向いているのか」と悩み2年間フリーターに。出版社勤務、医療情報サイト運営を経て医師。著書に「『健康』から生活をまもる」、訳書に「健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭」。

 ■健康増進の歴史
 厚生労働省の資料によると、健康増進の考え方は、1946年に世界保健機関(WHO)が「健康とは単に病気でない、虚弱でないというのみならず、身体的、精神的そして社会的に完全に良好な状態を指す」と定義したことに始まるという。
 50年代のWHOの健康政策は感染症予防に重点が置かれたが、70年代以降は予防から健康増進へと焦点が移っていった。
 日本も戦後すぐは結核など感染症対策に重点が置かれたが、50年代に入ると脳血管疾患やがん、心疾患など「生活習慣病」が死因の上位を占めるようになった。厚生省(当時)は78年に「自分の健康は自分で守る」という自覚と認識を持つのが重要とする「国民健康づくり対策」を開始。その後、健康寿命を延ばすことを目標とする「健康日本21」推進のため、2003年に健康増進法が施行された。
 08年に始まった「メタボ健診」は、生活習慣病予防のために保健指導を必要とする人を拾い出すための健診だが、その効果を疑問視する論文もある。

 ■取材を終えて
 私は肉は好きだけど野菜は嫌い、運動もほとんどせず、どちらかと言えば健康に無関心なタイプだと思ってきた。それが大脇さんの話を聞くうちに、知らず知らずのうちに甘い物や酒を自制していることに気づいた。そして家族にも「甘い物を控えたら」と言っていることにも。他人への不寛容は、窮屈な社会を生む。たばこについてはゼロ寛容だったのだが、その考え方は危ういのだと反省した。(アピタル編集長・岡崎明子)」(2020/10/10付「朝日新聞」p15より)

特に我々老人にとって、健康は最重要課題。だから同期会などでは、まさに“病気自慢大会”になる事が多い。また、誰々が何という大病に罹った・・・という話を聞くと、興味津々でその話を聞く。体も老化していくので(部品の経年劣化)、その反動として段々と病気に見舞われるのは当然の摂理。しかし、病気の話を聞くと、自分もそのうち・・・?と思ったり、はたまた、今回は自分で無くて良かった!?と思ったり??

それにしても、世の中の健康志向は凄まじい。近所でも、健康のために日課で散歩している人がどれほどいるか・・・。(自分はサボっているのだが・・・)
逆に、“タバコで死んでも仕方が無い”とうそぶきながら堂々とタバコを吸っている人も多い。
現役時代、事務棟にコミュニケーションルーム(休憩室)なるものがあった。たまに行ってみると、そこはタバコの煙でモウモウ。窓には大きな換気扇が唸っていた。
タバコを吸わない人からは、「タバコを吸う時間だけ不公平だ」という文句もあった。しかし愛煙者は「他の部所の人とコミュニケーションを図る貴重な時間だ」と反論していた。
もちろん自分はタバコは吸わなかったが、どう見ても不公平観はあったように思う。

前にも書いたが、自分と親しかった叔父は、タバコと酒の大好き人間だったが、肝臓のがんで68歳で逝ってしまった。ガンが見つかった時、仕方が無い、本望だ、と思っていたかどうかは知らない。逆に、同じタバコ人間でも90歳近くまで生きた親族もいる。
つまりは、いつ何で死ぬかは誰も分からない。だから、上の話になってくる。

結論は、氏の言う通り「人は健康のために生きるのではなく、生きるために健康であるべきなのです。」なのだろう。
「死んでも良いので健康になりたい」という笑い話がある。
何のために生きたいのか?何のために長生きをしたいのか?
つまり、したいことが無くなったら、人生の潮時なのかも・・・!?

自分も、「何歳まで生きたい」をいう発想を改めて、「**と**をしたいので、それまでは生きたい」と考えを変えようか・・・。
しかし幾ら希望しても、自分で死の時期は選べない。いつ何時、何が起こるか分からない。それが人生の妙かも・・・ね。
言われて、そうだよね!と思った氏の意見ではある。

| | コメント (0)

2020年10月 8日 (木)

10年ぶりに雨樋の掃除をした話

我が家は、建ててからちょうど32年。
家そのものは問題無いが、雨樋からの雨漏れがひどい。家の構造は、ほぼ総二階に見え、雨樋は2階の屋根を一周しており、落ち葉除けネットを設置している。
南側はOKなのだが、東側、北側、西側が雨樋の途中から雨水があふれ出して、直接地面に落ちる。東側と北側側は単に地面に小池が出来るだけだが、西側が、ちょうど真下にカーポートがあり、その屋根に直接落ちるので、雨量の多い時は、ドドーという大音響。その真上にある寝室では、うるさくて眠れない。

それで先日から、色々と対策を考え、昨日(2020/10/07)工事を終えて、結果オーライになったので、今日はその経緯のメモ。

自分は、雨樋の途中から雨水が溢れ出る現象は、てっきり樋のゴミ詰まりだと思い込んでいた。それで、まず頼んだのが、前に別件で頼んだことがある、いわゆる便利屋さん。
2人で来て、梯子を使って調べたのが2020/06/02。結果は「これはゴミでは無く、雪で雨樋が歪んでいるせい。」「ゴミは無いの?」「ゴミはほとんど無い」「屋根に登って全体を調べられないの?」「危険で屋根には登れない」「自分は、建てた当時、アンテナの調整で、いつも屋根に登っていたよ」「それは危険だ」・・・
結局、2万円を払ったが、成果無し。それで、家のメーカーのリフォーム会社に調査を頼んだ。
実はこの家、12年前にメーカーに屋根と壁の塗り替えを頼み、見積は150万円弱だったが、何かのキャンペーンで、結局120万円でやってくれた。その時、「落ち葉除けネット」というものがあるとのことで、サービスで取り付けてくれた。合わせて、南側の雨樋に孔が開いているとのことで、せっかく足場が組んであるので、南側の雨樋を6万円で全取り替えしてもらった経緯がある。

そんな記憶(値段のベース)を元に、メーカーのリフォーム会社に調査を頼んだら、やはり雪害で全取り替えが必要とのこと。それには足場を組んでの全取り替え。出て来た見積は百数十万円。
相見積もりを取ろうと、よく行くホームセンター2社に電話したら、それぞれ調査に来てくれた。1社目は、やはり足場を組んでの全取り替えが必要で、90数万円。この会社は、全取り替え以外はやらないとのこと。
2社目は、営業マンは全取り替えが必要と言っていたが、後から来た屋根屋さんが調べてくれたら、意外なことを言う。
「自分(雨樋)のために高価な足場を組むのはもったいない。それに梯子に登って調べてみると、かなりゴミが溜まっている。確かに雪害で雨樋がたわんでいる場所もあるが、ゴミを取り除けば、雨水が流れる可能性がある。そしてたわみを直すと、雨樋が古いので割れる可能性があり、その時は、ゴメンということになる。やってみなければ分からないことが多いが、それでも良ければ」という。
それで、どんな結果になろうともクレームにしない。という約束で、その屋根屋さんに頼むことにした。高所作業費や、落ち葉除けネットの取り外し、取り付けもあるので、値段は高めでとりあえず10数万円の見積。

それで、ちょうど雨が降る直前ということで、昨日やってくれた。周囲に梯子をかけ、カーポートの部分など、梯子のかけられない部分は屋根に登っての作業。
201008amatoi まず落ち葉除けネットを外し、手と携帯のブロアーでの掃除。そしてまた落ち葉除けネットの取り付け。ゴミはそのまま落とすので、地面はゴミだらけ。落ちたゴミを見ると、ネットの下が、ぶ厚くコケが生えたようになっていたようだ。
一回りゴミを取り除くと、地面のゴミの清掃と、長いホースを使って水の流れのチェックと調整。
ちょうど雨が降って来て、最後はその中での作業になった。終わったあと、話を聞くと、一部分、樋がサビていて孔が開く寸前の所があったが、他は何とか調整した。たぶんこれで大丈夫だろう。明日の朝、また見に来る。とのこと。

そして昨夜と今日の雨で、溢れないか見ていたが、OK。ただ1カ所、ポタリポタリとカーポートの上に落ちる所がある。朝、屋根屋さんが来た時にそれを言うと、接着剤で塞ぎましょうと、雨の中、梯子をかけて直してくれた。
1日仕事としては高いが、10万円ちょいで直してくれた。全取り替えの、2週間で百数十万円に比べると、工事屋さんが入るこちらのストレスも無いし、結果オーライ。

まあもっと安くやるためには、「くらしのマーケット」で工事屋さんを探す手もあるが、今回は、「安心」を買ってホームセンター経由での工事とした。

付録だが、(最も怖い!!)直接家を訪ねてくる飛び込みセールスは、3%がセールスマンの取り分で、30%が会社の取り分。その残りが直接の工事屋さんの取り分らしい。しかしホームセンターでは25%ほどが相場らしい。また「くらしのマーケット」は20%が手数料として取られるとのこと。工事屋さんも、お客を見付けるのは大変だ・・・。

あと何年この家に住むか分からない。子供など、次に住む人が決まっている家ならお金をかけて充分にメンテする価値もあるだろう。しかし、我が家のように、いずれは誰かに売って、その人は多分建て替えるだろう。そう思うと、だましだまし使う方が良い気がする。

落ち葉除けネットがあっても、5年に一度は雨樋の掃除をした方が良いらしいので、5年後にまた考えよう・・・。
10年ぶりの家のメンテの話ではある。

| | コメント (0)

2020年10月 5日 (月)

韓ドラ「浪漫ドクター キム・サブ」を観る

我が家は、かつては別にして、今は決して韓ドラファンでは無い。でもこの所、“はまって”いる。
先日、「愛の不時着」(ここ)を観てから、次は何を見よう?とカミさんが探してきたのが「浪漫ドクター キム・サブ」。その全21話を、毎日1話ずつ見て、今日とうとう見終わってしまった!
これがなかなか面白かったのである。毎日の午後、1回分だけ見る。「次も見てしまおうか?」「いや明日の楽しみに取っておこう」・・・

このドラマは、2016年の作品で、2018年にはテレビ東京で放送されたという(ここ)。
そのテレビ東京のHPからコピペすると・・・

浪漫ドクター キム・サブ
“神の手"を持つ型破りな天才外科医と彼の元で奮闘する若き医師たちの成長を描くメディカル・ヒューマンドラマ地上波初放送!

201005romandoctor 舞台は最新機器も満足にない片田舎にある大学病院の分院。医療技術は超一流だが、歯に衣着せぬ物言いで、型破りな外科医キム・サブが主人公のメディカルヒューマンドラマ。
若い医師たちが師と仰ぐキム・サブの元、医療技術や医師としての心構えを学び成長していく。緊張感あふれる治療シーンと、その裏で繰り広げられる先輩女性医師ユン・ソジョンと後輩の男性医師カン・ドンジュによる恋の行方が関心を呼び、韓国放送時には最高視聴率27.6%を記録した。

キム・サブを演じるのは映画『シュリ』の主演で日本でも脚光を浴び、その後「根の深い木-世宗大王の誓い-」など話題作に多数出演してきたハン・ソッキュ。彼はこの作品で2016 SBS演技大賞の最高の賞である大賞に輝いた。また、ドンジュ役を「幸せのレシピ~合い言葉はメンドロントット」に主演したユ・ヨンソク、ソジョン役を「帝王の娘スベクヒャン」に出演したソ・ヒョンジンが好演し、同演技大賞のベストカップル賞を受賞した。

<あらずじ>
幼い頃、VIP患者を優先され後回しにされた父が死ぬのを見て、命にも優先順位があることに気づいたカン・ドンジュ(ユ・ヨンソク)。悔しさから医師という職業を選び、医大に首席で入学し順調に医師の道を歩んでいる様に思えたが、いざ病院に入ると、一族たちの支配下でなかなか成果を出せずにいた。そんな中ドンジュはあるVIP患者の手術で失敗をしてしまい、田舎にあるトルダム病院に左遷されることに…。
人生最大の危機を迎えたドンジュだったが、トルダム病院で初恋の相手で先輩医師のユン・ソジョン(ソ・ヒョンジン)と再会をする。また“神の手”と呼ばれたキム・サブことプ・ヨンジュ(ハン・ソッキュ)の弟子として、ひたすら自分の出世だけを追い求めるよりも大切なことがあることを知るようになる。だが、トルダム病院での平和な日々は長くは続かなかった…。」(テレビ東京のここより)

内容的には、前に見た「ER緊急救命室」(ここ)と舞台は同じ救命室。命と医師との戦い。
そして、どの韓ドラもそうだが、必ず悪役が居て、それと対峙する。幾らドラマでも、嫌がらせ、イジメは見ていて不愉快だが、まあ仕方が無い。
そしていつも思うが、韓国や中国の人の言い争いの激しさには、ビックリ。女性も負けてはいない。しかし、権力には弱い一般人・・・

今回は、Net配信のdTVの「初回31日間おためし無料」で見た。なお現在無料で見られる配信サイトは(ここ)。

2020年には「浪漫ドクター キム・サブ2」も放送されたらしいので、これもぜひ観たいものだが、残念ながらまだ配信されていない。

それにしても、Net配信は便利。放送の録画と違って、放送を待つ時間が必要なく、見たい時にいつでも見られる。

さて、次はどうする?作品を選ぶのが難しい・・・。
ともあれ、21日間の“お楽しみ”ではあった。

| | コメント (0)

2020年10月 3日 (土)

平均寿命の計算方法

だいぶ前だが、朝日新聞に平均寿命の計算方法が載っていた。

(ののちゃんのDO科学)平均寿命はどう計算するの?

 ■年齢別の死亡率を積み上げて、求めるよ

 ののちゃん 月曜日は敬老の日だったけど、このごろ60代はまだ若いなんて言われるから、おばあさんにお祝いを言うか迷っちゃったよ。

 藤原先生 日本人の平均寿命は最新データでは男性が81.41歳、女性が87.45歳だから、確かに60代はまだまだ若いと言えるね。

201003heikinjyumyou1   のの 平均寿命ってどうやって測るの?

 先生 そもそも平均寿命って何かわかっている?

 のの 全員の寿命の平均でしょ?

 先生 そう思っている人は多いけれど、そう簡単じゃないの。さっき言った数字は、2019年に生まれた赤ちゃんが世の中の状況がずっと変わらないとしたら何歳まで生きられるかを計算したものよ。

 のの どうやって?

 先生 2019年に亡くなった人の年齢データをもとに、まず年齢別の死亡率を出します。たとえば死亡者の中で10歳だった人の数を10歳の人口で割れば、10歳の死亡率が出る。お誕生日はそれぞれだから、年の真ん中、7月1日時点の人数を分母に使います。こうして各年齢の死亡率がわかりますね。

 のの 子どもの死亡率はとっても小さいよね。

 先生 そうね。次にこの死亡率をもとに「ちょうど10歳の人が次の1年間に死亡する確率」を出します。これは実際に死んだ人の割合とは微妙に違うもので、いろいろな公式を使って計算するの。この死亡確率を使うと、ゼロ歳児が10万人いたとしたときに1歳児は何人になり、2歳児は何人って、順に計算できる。これをグラフにします。

 のの 上にあるグラフだね。生存数曲線って言うんだ。

 先生 そう。この10万人の平均寿命はいくつでしょうか?

 のの えーっ、難しい。

 先生 生存者数のグラフは、見方を変えると、一番下の人から一番上の人までそれぞれが生きた年数を積み上げたものだよね。つまり、グラフの面積は10万人の生きた年数を全部足し上げたものになる。それを10万人で割れば平均寿命になるでしょ。だから縦を10万人のままにして同じ面積の長方形を作れば、横軸の長さが平均寿命だよ。

 のの どうやって同じ面積の長方形を作るの?

 先生 それはちょっと難しい数学を使うとできるんです。日本で一番古いこの手のデータは1891年のものなんだけど、このときの生存数曲線の形は今とずいぶん違うよ。

 のの 本当だ。子どものときにずいぶん減っている。

 先生 そう、面積もずっと小さくなることがわかるね。だから当時の平均寿命はずっと短かったのよ。でも、長生きする人も結構いたことがこのグラフからわかるよね。(取材協力=稲葉寿・東京大学大学院数理科学研究科教授、構成=高橋真理子)」(2020/09/26付「朝日新聞」より)

実は自分も、もうすぐ73歳になる。ここまで来ると、平均寿命を論じるより、余命ということになる。
73歳の平均余命はどの位あるのかと、Netでググってみるが、元になるデータが古いのが多く、なかなか定まらない。
その中で、厚労省の簡易生命表(ここ)がそれらしく計算しているようなので参考にすると、令和元年のデータで73歳(男)の平均余命は13.79年とのこと。

幸い、まだ医者から余命を宣告されていないので、これを元にすると、あと13年で、どう人生にけじめを付けるか、という事になる。
幸い、仕事も無く100%年金生活。時間はある。13年とすると、何に遣う??

貯め込んだ文庫本でも読むか? これだけでは寂しいので、昔の名画を見ようと「キネマ旬報」の過去のベストテンの本も買ったが、まだ開いていない。
昔「時間が取れた時に見よう」と録り溜めた数百本のVHSテープも、画質の悪さで、とても今さら見る気がしない。ン万曲の音楽も、右耳が壊れてしまってから、遠退いたまま。
旅行も、コロナ渦や自分の体力から、なかなか行けていない。

それにしても、毎日の時間が過ぎるのが、驚くほど早い。毎週(金)のプラスチックのゴミ出しが、ひとつの目安だが、これがまた直ぐに来てしまう。

一通り、金目の物は処分したつもりだが、家の中にはまだまだガラクタが満載。
終活とはいうものの、結局、放り出したまま逝ってしまうのだと思う。

話は飛ぶが、我が家の愛犬メイ子も、頑張っている。ヨーキーだが、12月に18歳になる。もう大学受験の歳だ。もう目も見えず、耳も聞こえ2009013meiko_20201003215701 ず、最近は昼夜の区別が付かなくなっているせいか、夜中ちゅう、徘徊をしている。しかし、エサは、飛び飛びではあるが、まあしっかり食べてウンチもする。これが生きる源泉。
Netでみると、ヨークシャー・テリアの寿命は13~16歳とある。平均15歳という記載もある。
それに比べると長生きだ。
前に獣医から心臓が悪いと言われ、長い間、高価な薬を飲んでいたが、1年前から止めてしまった。でも薬を飲むストレスから解放されたせいか、何の問題も無く元気に徘徊している。

前に兄が亡くなった時、医者から「あとは本人の生きる意欲ですね」と言われたことがある。メイ子は生きる意欲で生き延びているのかも知れない。

ま、メイ子を見習って、意欲的に余命を過ごしたいものではあるが・・・

●メモ:カウント~1300万

| | コメント (0)

« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »