「家族と食卓」~ちゃぶ台の文化
先日、NHKラジオ第2の「こころをよむ 和食という文化「家族と食卓」ミホミュージアム館長…熊倉功夫」(2020/03/15放送)を聞いた。
ここで、ちゃぶ台にまつわる話がとても面白かった。
この放送について、NHKのサイトにはこう解説がある。
「こころをよむ 和食という文化「家族と食卓」ミホミュージアム館長…熊倉功夫
2020年3月15日(日) 午前6:45~午前7:25(40分)
ここ数十年で、日本人の家庭の食卓は「箱膳」から「ちゃぶ台」、「ダイニングテーブル」へと大きく変化してきました。近年の研究で、そのことには家族関係の変化が大きく関係していることがわかってきました。今回は食卓の変化と家族関係の変化の関係について、実際に行なわれた調査結果と分析を紹介しながら考えてみます。」(ここより)
<和食という文化「家族と食卓」ミホミュージアム館長…熊倉功夫>
このお話の中で、家庭におけるちゃぶ台についての話が、自分の子ども時代の姿そっくりで、興味深かった。(20分過ぎ)
丸いちゃぶ台に家族が座り、皆正座。しかし父親だけはあぐら。そして、ひじを張るな、話をするな。というルール。箸使いを親から言われたり・・・
特に「黙って食べろ」は厳しいルールだったが、一人だけ父親がお説教(24分頃)。だからちゃぶ台での食事は、そんなに楽しいものではなかった。
そして、1970年代に「ダイニングテーブル」に変わった時、父親が居なくなった。とても夕食の時間に家に帰って来られなくなった。とたんにしつけが無くなり、挙げ句の果てにテレビを点けっぱなしにして食事をすることになってきた。これが現代・・・
自分はもちろん「箱膳」の時代は知らない。明治の中期から出て来たというちゃぶ台は、良く知っている。丸い板の下に、折りたたみの足。よって食事が終わると、片付けることが出来た。
自分の子どの時代は、ずっとちゃぶ台だった。大学に入って下宿をするようになったが、大学2年(昭和43年=1968年)の夏に、実家が引っ越した。その家には、茶の間に掘りごたつがあり、それ時に我が家からちゃぶ台が消えた。
Netでググると、一般的はちゃぶ台は、直径85センチほどだったらしい。
とにかく、この話でビックリ!目からウロコは「ちゃぶ台で父親が説教する」ことが、どうも一般的だったらしいということ。
前に「あまんきみこの子育てママへの応援歌!?」(ここ)という記事で、「自分の子どもの頃は、夕食の後、親父がいつも説教。3つ年上の兄貴と一緒に正座をして話を聞く、という習慣があった。5つ年下のチビちゃんは、親父のヒザの上。「幾ら勉強が出来ても、心掛けが悪ければダメ」が口癖。・・・」ということを書いた。
この説教。てっきり、我が家だけの習慣だと思っていたが、何とそれがどの家庭でもあった、ありふれた風景だったとは・・・
他の家庭のちゃぶ台の風景など見た事は無い。だから比較のしようも無かったのだが・・・
比較と言えば、兄貴が大学に入って下宿をして外に出た時、「みそ汁がこんなにウマイものだとは知らなかった。そして、夕食にもみそ汁が付くことも知らなかった」と言っていたことを思い出した。そう、我が家では、みそ汁は朝だけで、夕食にはみそ汁は付かなかった。
井の中の蛙。
結婚して、カミさんという自分以外の生活(習慣)にいつも触れてきたつもりだが、所詮育った2つの家庭の世界だけの話。
改めて「世界は広い。自分の知っている世界がいかに狭いか」を認識させられた、何とも興味深い話であった。
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