川田正子と音羽ゆりかご会の「夢のおそり」
連日、新型コロナウイルスのニュースで日本中、いや世界中が戒厳令の様相。3.11の時を思い出させる緊張感が漂っている。
今日もスーパーに行ったら、トイレットペーパーだけでなく、お米や卵の売り場がカラ。一部の肉売り場もがらんとしていた。
自分では必要ないと思っても、皆が競って買っているのを見ると、つい釣られて買ってしまうのだろう。長い目で見れば売れる量は同じだろうが、棚がカラなのは不安を呼んでしまう。
それに、東京の感染者数が急増しているとのことで、この週末は、都知事の要請で外出自粛だそうだ。
さて、この話とまったく関係無いが、最近「夢のおそり」という童謡が気になっている。軽快なテンポが気に入っている。オリジナルの川田正子と、新しい音羽ゆりかご会の「夢のおそり」を聞いてみよう。
<川田正子の「夢のおそり」>
<音羽ゆりかご会の「夢のおそり」>
「夢のおそり」
作詩:斎藤信夫
作曲:海沼 實
遠いまちから 吹雪をついて
夢のおそりが 駈けて来る
ほうら リンリン 聞こえてくるよ
銀の丘から 鈴の音が
夢の小箱を 山のように積んで
どこのよい子に はこんでく
ほうら チラチラ 窓から見える
夢のおそりの ゆれる灯が
赤い手綱で 金のムチふって
雪の夜道を どこへ行く
ほうら まだまだ 聞こえてくるよ
夢のおそりの 鈴の音が
軽快な旋律は、童謡と言うよりホームソング!?
童謡の研究で有名な(出典が明確)『池田小百合なっとく童謡・唱歌』(ここ)に、この歌についてこんな記述があった。
「【「夢のおそり」の歌い方】
少女歌手の川田正子は、レコード録音の際に「とおいまちから ふぶきをふいて」(一番)、そして「ほうら ヒラヒラまどからみえる」(ニ番)と歌いました。ここは正子が間違って歌ったものです。大人になった正子は、 斎藤が書いた歌詞のとおりに「吹雪をついて」、「ほうら チラチラ」と歌っています。
このことについて川田正子は次のように書いています。
"そのころは、レコーディングのことを「吹き込み」と言っていました。私がコロムビアで初めて吹き込んだのは、「赤ちゃんのお耳」(都築益世作詞・佐々木すぐる作曲)という曲で、これは海沼作品ではありません。
吹き込みの現場は、今とは相当違いました。歌と伴奏を別々に録音する技術がなく、スタジオには歌手、楽団、 それに指揮者の方もそろっていました。そこでリハーサルを二、三回。すぐに本番となります。録音用の原盤はわずか五、六枚しかありませんでしたから、とても緊張しました。
曲のレッスンは録音のずっと前、長ければ二カ月ぐらい前から受けました。直前になると、風邪をひかないように気をつけて、当日の体調を整えました。
吹込みが始まると、一番から最後まで全部、通して歌いました。現在のように、同じ個所を何回も録音して、よくできた部分を後からつなぎ合わせることはできませんでした。 私が間違えても、演奏の方でミスがあっても、失敗すればそこまで。スタジオにブザーが鳴って、原版は無駄になりました。
ところが子供というのはやっかいで、歌詞にしろ、メロディーにしろ、一度間違えて覚えてしまうと、急には直せません。 間違った個所を指摘してもらっても、頭からやり直すと、また同じ所で間違えるのです。しかも何回も歌っているうちに声が嗄れてきます。
「どうしても間違いが直らなくて、しょうがないからそのままレコードにしたこともあったなあ」
大人になってから当時のディレクターさんに聞かされたことがありました。子供に歌わせるのがいかに難しいか。その苦労が身にしみて分かったのは、後に自分自身が指導者になってからです。"
(川田正子著『童謡は心のふるさと』(東京新聞出版局)より抜粋)」」(「池田小百合なっとく童謡・唱歌」ここより)
なるほど、オリジナルの川田正子の歌と音羽ゆりかご会の「夢のおそり」とでは、歌っている歌詞が違う・・・
ここにある通り、この歌は「夢のお馬車」と姉妹作品だという。確かに同じように軽快な旋律は似ている。しかし、自分は「夢のおそり」の方が好きだ。
川田正子の録音の日(1947年(昭和22年)11月28日録音)は、まさに自分の誕生日とほぼ同じ。72年前の録音である。
現代の子どもとは別世界になってしまったかつての童謡の数々。こんな歌を今の子どもが聞いたら、どんな感想を持つのだろう。
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