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2020年2月の11件の記事

2020年2月27日 (木)

Pink FloydのトリビュートバンドBrit Floydを聞く~Another Brick In The Wall (part II)

昨夜(2020/02/26)、中野サンプラザでPink FloydのトリビュートバンドBrit Floyd(ブリット・フロイド)を聞いてきた。
今まで、DVDでしか見たことがなかったショーを体験できた。

自分の音楽人世の中で、ピンク・フロイドは特別な存在。そもそもロックなど聞く自分では無いのだが、ピンク・フロイドだけは別格。
思い出すと会社に入って2年目。記録メモによると1972年6月26日とある。同期のO君の家に遊びに行った時、ピンク・フロイドの「原子心母」のLPを聞かされた。そしてその衝撃。そのLPをむりやり譲って貰って聞き始めたのがスタートだった。それからCDのみならず、コンサートのLDやDVDを集めた。CDで音楽だけ聞くのと違い、DVDで見て聞くショーは、ヘッドホンでの大音響で聞くと素晴らしかった。
そして、ウワサのピンク・フロイドのショーを一度だけ体験したのが、ロジャー・ウォーターズのコンサートだった。2002年3月30日に、有楽町の東京国際フォーラムで行われたコンサートに行った。親会社を辞め、子会社に移るまさにその時だった。それが圧巻。次の日に確か横浜での公演もあったが、当日券を買って、そっちにも行こうかと思った位に感動した。例え同じ曲目でも・・・

それ以来、聞く機会は無かった。海外でのデヴィッド・ギルモアのコンサートのDVDを見るだけ・・・
200227floyd1 それが、先日1月17日の新聞に「ピンク・フロイドの完全再現!Brit Floydによるトリビュート・コンサート初来日公演決定!」という広告。
新聞の次のページをめくるまでもなく、即スマホで予約した。数日後にローソンに寄ってチケットを入手。

改めてBrit Floydの来日公演の記事をググってみた。曰く・・・

Pink Floydのトリビュートバンド、Brit Floydの初来日公演が決定
2020年2月26日より東京・中野サンプラザ、LINE CUBE SHIBUYAにてコンサートを開催することが分かった。

Brit Floydは、作品総売り上げ2億5000万枚以上の英ロックバンド、Pink Floydのトリビュートバンドとして、プロデューサーのダミアン・ダーリントンが2011年に英リヴァプールでスタートさせたエンタテイメントショウ。革新的な映像と最新技術を駆使した照明及びレーザー演出で、Pink Floydの芸術的かつ先進的な唯一無二のステージを忠実に再現。2011年の初開催以来、世界各国で行われた公演は1000回を超え、Brit Floydの音楽、映像と光の一大スペクタクルショーは200万人以上を魅了してきている。

2020年2月に行われる初来日公演は、歴史的名盤と言われるアルバム『ザ・ウォール』40周年記念ワールドツアーの一環。同ツアーは全英ツアー(2月〜3月/全15本)を皮切りに北米ツアー(3月〜8月/全83本)、欧州ツアー(9月〜11月/全46本)を経て、日本が最終公演地となる。

コンサートではアルバム『ザ・ウォール』の楽曲を中心に、「The Dark Side of the Moon/狂気(1973)」「Wish You Were Here/炎〜あなたがここにいてほしい(1975)」「Animals/アニマルズ(1977)」、「The Division Bell/対(1994)」の収録楽曲の演奏も予定され、まさにグレイテスト・ヒッツな構成となる。

メンバーはこのショウのプロデューサーでもあり音楽監督でもあるダミアン・ダーリントン率いる総勢10人。正規メンバーにサウンド・エンジニアや映像ディレクターが入っているのも、音響と映像にこだわっている彼らならではの矜持だ。Brit Floydの"本気度"は、Pink Floydのツアーメンバーであるガイ・プラット(Ba)や、スコット・ペイジ(Sax)が、彼らのライブに参加したこともあるほど。

なお、Brit Floydの初来日公演のチケットは、11月27日~12月3日までオフィシャル先行販売がスタート。詳細はブリット・フロイド 日本公演HPをチェック!
『~The World's Greatest Pink Floyd Tribute Show~
Brit Floyd “40 YEARS OF THE WALL” In Japan 2020』

[2020年]
2月26日(水) 東京・中野サンプラザ
18:00開場/19:00開演
2月27日(木) 東京・中野サンプラザ
18:00開場/19:00開演
2月28日(金) 東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
17:30開場/18:30開演

<出演>
Brit Floyd - The World's Greatest Pink Floyd Tribute Show
※PINK FLOYDメンバーの出演はございません。

<チケット>
全席指定 9,900円(税込)
チケット一般発売:12月14日(土)10:00〜」ここより)

会場は、7~8割位の入りか? 満席では無かった。アナウンスが流れる。「写真、録音、録画は許可されている。しかしフラッシュはNG」とのこと。なかなか鷹揚である。
初めのドーンという低音が座席を揺らす。そしてバックスクリーンの映像と座席まで及ぶ光の渦・・・。(スマホの騒音計で測ると97~100dBほど。自宅のヘッドホンの音圧は、大音響を出しても84dBほどなので、ナマの音圧はさすが・・・)

200227floyd3 200227floyd4 200227floyd5

そもそも、ギルモアのコンサートDVDを見ても、ピンク・フロイドのメンバーはギルモア一人だけ。後は、その時々のミュージシャンでメンバーは構成されている。よって、同じような演奏をしてくれるのであればトリビュートで充分だ。
背景の映像を見ても、レーザー光線を見ても、オリジナルのピンク・フロイドの演奏会と同じと感じた。つまり、ギルモアのコンサートから、ギルモアが抜けただけのような感じである。演奏される曲は、ほとんどが知っている曲ばかり。

200227floyd6 ショーの最後、アンコールでの演奏では、全員が立ち上がって手を振る盛り上がり。自分は静かに座っていたが、前が見えないので、つい立ち上がってしまった。しかし周囲のように、手を振ってのノリノリにはなれない。
それにしても、まだまだピンク・フロイドのファンは多いようだ。周囲を見回しても、自分よりも年下の若い人が多い。自分も全アルバムのCDを買い集めて本格的に聞き始まったのが1994年位なので、まだまだ初心者の部類かも・・・。
スマホで動画を撮っている人も多い。自分の左隣の男性は、ショーが始まってから終わるまでスマホで動画を撮っていた。撮影が気になって、音楽を楽しめないのでは?と心配したくらい・・・

ともあれ、一部分を切り取ったDVDでは味わえない体験をした。
ふと花火大会を思い出した(ここ)。この時も写真やテレビでは味わえないナマの体験で感動した。それと同様。一部分だけ切り取る映像と違い、前から10列目で席が良かったこともあり、演奏者の顔も見られる。もちろん音はすごい。
しかし、以前のロジャー・ウォーターズのコンサートと違って、翌日に同じコンサートに再び行きたいかと言われると、それは無い。そこがトリビュートの悲しさか・・・

最後に「ザ・ウォール」から「Another Brick In The Wall (part II)」を、今回のBrit Floydと、オリジナルのPink Floydのコンサートとを聞き比べて見よう。

<Brit Floydの「Another Brick In The Wall (part II)」2015 Amsterdam>

<Pink Floydの「Another Brick In The Wall (part II)」1995 PULSE>

確かに格は違うが、自分的にはオリジナルのピンク・フロイドが聞けない今では、このトリビュートで充分であった。

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2020年2月23日 (日)

あまんきみこの子育てママへの応援歌!?

先日、NHKラジオ深夜便で「【ママ☆深夜便ミニ】「子育ての中でもらった宝物」児童文学作家 あまんきみこ」(2020/02/14放送)を聞いた。
もちろん自分たちにはとうに卒業した子育てだが、この話をカミさんにしたら、興味を持ったらしく、聞いてみたいというので挙げてみる。

<「子育ての中でもらった宝物」児童文学作家 あまんきみこ>

こんな話を聞くと、今さらながら子育てとは大変な事業。食べさせると同時に、人格を作る作業とも言える。あまんさんの家庭は、父親が厳しく、母親が優しく、という典型的な分担をしていたらしい。
ふと、高校時代の友人を思い出した。その家は、離婚して祖母と母親との3人暮らし。母親は厳しく父親の役目、祖母が優しい母親役をしていたと、きいたことがあった。
両方とも厳しいのも、両方とも優しいのもNGらしい。

自分の子どもの頃は、夕食の後、親父がいつも説教。3つ年上の兄貴と一緒に正座をして話を聞く、という習慣があった。5つ年下のチビちゃんは、親父のヒザの上。
「幾ら勉強が出来ても、心掛けが悪ければダメ」が口癖。いつも叱られていたが、「はくちじゃっこう」と言われた時、お袋が「それはあんまりだ」と言っていた。
意味も良く分からず無視していた言葉だが、半世紀を経てフト思い出したので、改めてググってみたら、それは「薄志弱行」(=意志の強さ、積極性に欠け、決断力・実行力に乏しいこと。)だったらしい。
どんな話の展開でこの言葉で罵られたかは忘れたが、父親が息子に説教する言葉としてはどうなんだろう?
「説教」で叱られているとき、だいたいはお袋がかばってくれたが、たまに火に油を注ぐように、親父にワルさを言い付けることがあった。その時は逃げ場を失い、心から寂しかったことを思い出す。
子どもには、どんな場合も逃げ場は必要だ。その点、あまん家は、キチンと役割が出来ていた。

上の話の中で(23分頃)、娘さんが台所で泣いた話をどう捉える?
娘が孫を連れて遊びに来た時、兄弟ゲンカを始めた。それを娘が叱ったので、台所で娘と二人になったときに、小さい声で「あんなに言わなくても良いんじゃない?」と言ったら、娘さんが「お母さんは良いわよ! お父さんが厳しかったから」と言ってワーっと泣き出したという。
あまん家では、厳しい役は夫が担っていたので、あまんさんは“夫から良い役をさせて貰っていたのだ”と気が付いたと言う。

子育ての夫婦での分担はそれぞれ。男はとかく仕事にかまけて逃げる。我が家でもそうだった。
今は、ネット情報が溢れているが、昔は育児の本と、公園でのママ友が子育ての情報源。ママ友付き合いが苦手の人は、おばあちゃんが遠いと、何の情報も入らず、孤軍奮闘するしかない。今振り返っても、我が家でも良く育ったと思う。まああんな息子どもだが・・・

あまんきみこさんの、優しい口ぶりの中に、子育て世代への永遠の応援歌を聞いた思いがした。

(関連記事)
「育児、ママじゃなきゃダメなの?」~あまんきみこ著「天の町やなぎ通り」 
「ちいちゃんのかげおくり」の朗読 

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2020年2月21日 (金)

「バレンタインには手紙を」

旧聞に属するが、先日の(自分の大嫌いな)バレンタインデーの天声人語。
「バレンタインデーには大切な人に手紙を――。日本製紙連合会がそう呼びかけて10年目を迎えた。紙に自筆で思いをつづる企画に昨年は最多の1万2千通が寄せられた。近年の秀作を紹介したい▼「そんなに電話かけてくるなよ。仕送りそんなにいらないって。心配しなくても、ちゃんと寝てるよ。いつも素っ気なく返しちゃうけど、今日くらい言っておくわ。いつも、ありがとう」。実家の母に言葉を贈ったのは埼玉県の22歳男性。大学生だろうか▼滋賀県の53歳男性は妻に一筆したためる。「病気って何であるんやろ? 夫婦が仲良くなるためやろな。お互い字を書くのもムズイのに手紙って何であるんやろ」と問いかける。「病気に負けずに相手を愛せってことやろな。だから、がんばって書きました」。闘病を通じ、いたわり合う姿が浮かぶ▼幼稚園児の手紙もある。鹿児島県の5歳女児は「パパへままへ みさき、もうすぐいちねんせいになるよ。いちねんせいになってもちょっとだけだっこしてね」。ひらがなが思いを運ぶ▼当方の一押しはこれ。「中学校教室の1番後ろの席。こっそり机の中で手をつないだこと覚えていますか? 思いを伝えられぬまま、ハタチになってしまいました。さよなら。私の青いハル」。甘酸っぱい記憶がふいによみがえる。書いたのは、埼玉県の20歳女性▼面と向かって「言う」には照れてしまう。SNSで「打つ」には長すぎる。そんな微妙な思いも、「書く」ことでしっかり伝えられる。」(2020/02/14付「朝日新聞」天声人語より)

なるほど・・・。日本製紙連合会なので“手紙”か・・・
今の“メール”を手紙とカウントしないとすると、本当に郵便の手紙は書かなくなった。自分は悪筆のため、電子メール一辺倒。しかしウチのカミさんは、今でもせっせと手紙を出している。まあ筆に自信があるのだろう。メールと違って、手紙には意味があるというが・・・

手紙という文字を見て、色々な思い出が頭をよぎる。大学1年の時、初めて親元を離れて下宿をした。4畳半の部屋に、布団と行李ひとつのスタートだった。間借り賃が確か3千円。たぶん毎月7千円位の仕送りがあったと記憶している。現金書留が届いても、着いたという返事は書かなかった。
帰省したとき、お袋が言った。「着いた」位の返事はしろと・・・。書留なので届くのは当然、と思っていたが、お袋からみると、返事(=手紙)の意味が違っていたらしい。

上の天声人語に挙げている例を見ると、手紙は心に訴える魔力があるようだ。会話では、一瞬で消えて行く言葉が、手紙の言葉は相手の心に突き刺さる。そんな重みがあるようだ。まさに言霊(ことだま)。

話は変わるが、昨夜(2020/02/20)のTV朝日の「報道ステーション」。クルーズ船から降りた人のエピソードを放送していた。その中で62歳の元医師。31年間医師として働いていたが、去年リタイアし、妻へのねぎらいを兼ねクルーズ船へ。
200221cruise1 「本当は楽しく終わる予定だったんですけど、大変な事態になりましたね。1ヶ月近くずっと女房と一緒に一つの部屋で寝起きすることがなかったので、それまで色々夫婦の間で行き違いもあったんだけど、お互いよく話し合う時間がいっぱい持てて結局仲直りしました」
この話は、カミさんに受けたので、タイムシフトでその場面を再生してあげた。

人と人とのコミュニケーションはなかなか難しい。親子はもちろん、夫婦間でも・・・
もちろん、日常の会話が主だが、会話が響かないときは、肉筆の手紙に訴えることもアリかも・・・
よくカミさんが言う。「知り合ってから手紙を貰ったことが無い」。確かに、手紙を書いたことは無い。まあ、手紙に書くまでもなく、日常の(ムダな)会話が多いこともあるが・・・。
天声人語を読みながら、ふと「手紙」について思いをはせてしまった。

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2020年2月19日 (水)

菅原洋一と小牧まりの「暖炉の部屋で」

こんな歌をご存じだろうか?菅原洋一が歌う「暖炉の部屋で」である。
自分は、前半のバラード風の旋律が好きである。

<菅原洋一の「暖炉の部屋で」>

「暖炉の部屋で」
  作詞:薩摩 忠
  作曲:中田喜直

日暮れの町に木枯らしが
飾りを付けた樅の木と
溜息交じりの年の瀬を
冷たい歌で連れて来て
皆んなの足を急がせる
 狭いけれども幸せがいっぱい
 溢れている部屋でケーキの上のロウソクに
 そっと灯りを点けましょう

部屋の暖炉に燃える火が
二月の頃の悲しさと
九月の頃の喜びを
炎の胸に踊らせて
皆んなの顔を染めている
 狭いけれども幸せがいっぱい
 溢れている部屋でケーキの上のロウソクに
 そっと灯りを点けましょう

今宵の窓に降る雪が
遠い昔の想い出と
新たな年の望みとを
白い袋に詰め込んで
皆んなの胸に持ってきた
 狭いけれども幸せがいっぱい
 溢れている部屋でケーキの上のロウソクに
 そっと灯りを点けましょう

200219danro 実に中田喜直らしい優しい歌である。「暖炉」という題の歌も珍しい。
しかしNet上にも、この歌の情報は少ない。Amazonで検索しても、菅原洋一のCDには収録されていないようで、検索してもヒットしない。

ググってみると、この歌は昭和32年に高英男が歌ったNHKの「ラジオ歌謡」だったらしい。しかし、高英男の音源は見つからなかった。

もう一つ、自分の音源を探すと、小牧まりという歌手の音源があった。

<小牧まりの「暖炉の部屋で」>

どちらも、優しい良い歌。なぜメジャーでないのかな・・・!?

上の写真は、先日泊まったホテルにあった暖炉。もはや暖炉は、ホテルやレストラン以外では、なかなかお目にかからない。
巷では、新型コロナのニュースで持ちきりだが、早くこんな落ち着いた世の中に戻ってほしいもの・・・。

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2020年2月17日 (月)

サンドウィッチマンのNHK「病院ラジオ」

先日、カミさんから強制的に見せられた番組がある。NHKの「病院ラジオ」(ここ)という番組。2020/02/11に放送された「依存症治療病院編」だった(再放送2020/02/29 PM3:05~総合)。

NHKの紹介にこうある。
「病院にラジオ局を開設したら、患者やその家族から、どんな思いを聞けるだろう。
サンドウィッチマンの2人が病院に出向き、2日間限定の出張ラジオ局を開設。患者やその家族を招き、普段、病気と向き合うなかで、なかなか言えない本音を聞き出していく。病気になって気づいた人生の喜びや悲しみ、本人には直接言いにくい日ごろの感謝の気持ち、そして愛の告白…。その思いを、リクエストした曲にのせて、届けていく。ラジオを通じてさまざまな思いが交錯し、見る人の心が揺さぶられる、新しい形のドキュメンタリー。」
200217byouinradio 「病院にラジオ局を開設したら、患者や家族からどんな思いが聞けるだろう。今回は、サンドウィッチマンの2人が依存症を治療する病院に出向き、2日間限定の手作り出張ラジオ局を開設。アルコール依存症やゲーム障害の患者とその家族の、病気と向き合うなかで感じた、普段なかなか言えない本音に耳を傾ける。リクエストした曲にのせ、さまざまな人の思いが交錯する笑いと涙のドキュメンタリー。」

今回は第4回だという(ここ)。
アルコール依存症やゲーム依存症の治療。8割が戻ってきてしまうという現実。離婚を経験し、何とか立ち直ろうとする人の本音。まさに人間ドキュメンタリー。

wikiを見ると、この番組は不定期に放送されていたらしい。
1)2018年8月9日 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)
2)2019年4月29日 子ども病院編 国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)
3)2019年8月7日 がん専門病院編 国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)
4)2020年2月11日 依存症治療病院編 国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)

今回は、2/11に再放送された第2回「子ども病院編」と第4回「依存症治療病院編」を見たが、残った2回分も見てみたいもの。
「ドキュメント72時間」(ここ)もそうだが、素人にカメラを向けると、色々な人生模様が奏でられる。特にこの番組では、司会のサンドウィッチマンのリードが素晴らしい。
実は、この二人の顔。良く見聞きしてはいたが、サンドウィッチマンという名前は知らなかった。今回カミさんに言われてやっと覚えた。

定期的なドキュメンタリー番組はウォッチが楽だが、この番組のような不定期番組はなかなか見ない。今回は、どうしてかは知らないがカミさんが見付けた。
相変わらず、カミさんからblogネタを提供して貰うエムズ君ではある。
(良かったら、2/29の再放送を予約してみて下さい)

●メモ:カウント~1260万

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2020年2月13日 (木)

フルトヴェングラーの「ウラニアのエロイカ」のステレオ化

「とちぎのまあくん」に、フルトヴェングラーの「ウラニアのエロイカ」をステレオ化して頂いたので、今日はその紹介。
「ウラニアのエロイカ」については、Net上に幾らでも情報があるので、ここには記さないが、当サイトでも、「宇野功芳氏が選んだ「フルトヴェングラー・窮極のCDベスト10」~ウラニアのエロイカ」(ここ)、「オーパス蔵版の「ウラニアのエロイカ」が素晴らしい」(ここ)という二つの記事を書いた。
自分は、“伝説に酔った”かどうかは分からないが、この「オーパス蔵版の「ウラニアのエロイカ」が好きで、これを良く聞いていた。
今回、ひょんな事から「とちぎのまあくん」がモノ音源のステレオ化をしてくれることになり、ぜひに、とお願いした一つが、この「ウラニアのエロイカ」だった。
最初にオーパス蔵版のステレオ化をお願いしたが、ステレオ化する音源としては良くなかったようで、歪みが大きくなってしまった。
それで、自分はキンキンして気に入らなかった仏TAHRA(FURT1031)版の音源を送ったら、こちらの方が良いとのことで、ステレオ化して貰ったのがこれ。

第一楽章を聞いてみよう。

<フルトヴェングラーの「ウラニアのエロイカ」#1(ステレオ)>

★ステレオ化された「ウラニアのエロイカ」全曲のWAV音源は(ここ)。

オリジナルの音源がこちら。
<フルトヴェングラーの「ウラニアのエロイカ」#1(オリジナル)>


「とちぎのまあくん」に、“高域がキンキンしてキライ”と言ったせいか、「イコライジングしまくったのでかなり聞きやすくなっていると思います。」とのこと。
確かに、ステレオ化されたこともあわせて、非常に聞き易い音質によみがえっている。
自分は、この(悪く言うと)“骨董的”な!?「ウラニアのエロイカ」が好きなので、良く聞くが、これからはこのステレオ版が一つあれば充分な気がする。

「良い音」とは何か?言うまでも無く、個人個人の好き嫌い。好きな音源が良い音。よって、自分的には、今までは聞きやすい「オーパス蔵版」が良い音だった。でもこれからは、今回ステレオ化された仏TAHRA版が良い音・・・。

モノ音源から、どうするとこんな広がりが出来るのだろうと「とちぎのまあくん」に聞くと、「基本は『SoundEngine Free』というソフト。このソフトでは、チャンネルセパレーションやイコライジング、残響など色々なエフェクトの付加が出来ます。このソフトで、5~6種類くらいの音声データを作ったら、最後に『MixPad多重録音ソフト』というソフトでミックスダウンして出来上がりです。」とのこと。
なるほど・・・

ともあれ、Net上からも「ウラニアのエロイカ」のステレオ音源は見つからない。これが本邦初??
お聞きになって、出来たら乞うご感想!

(関連記事)
宇野功芳氏が選んだ「フルトヴェングラー・窮極のCDベスト10」~ウラニアのエロイカ 
オーパス蔵版の「ウラニアのエロイカ」が素晴らしい 

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2020年2月11日 (火)

「アリとともに生きる虫」昆虫学者・小松貴氏の話

NHKラジオ第2で放送されている「カルチャーラジオ 科学と人間」は、知的好奇心を満たしてくれる貴重な番組。20年1月からのシリーズは「虫たちの不思議な世界」で、昆虫学者・小松貴氏の話である。

今日取り上げたいのは、第4回「アリとともに生きる」(2020/01/31放送)である。
NHKのHPにはこう解説がある。
「虫たちの不思議な世界」(4)アリとともに生きる 昆虫学者…小松貴
アリの巣にはアリ以外の生物も多く住んでおり「好蟻性生物」と言われています。動物、植物、ウィルスなど多様な生物がいて、昆虫だけでも1万種近くにのぼるとされます。好蟻性生物はアリとどのようにかかわって生きているのか、またアリの生態や特徴なども詳しくお伝えします。」(NHKのここより)

<「虫たちの不思議な世界」(4)アリとともに生きる 昆虫学者…小松貴>

面白かったのは、21分頃の「フサヒゲサシガメ」の話。氏がどうしても見付けたいというこの幻の虫。公式な発見記録は1989年に岡山県で1匹取られたのが最後。しかし、2017年と2019年に、SNS上に、「この虫は何か?」と生きた「フサヒゲサシガメ」の写真をアップロード。これで虫仲間ではお祭り騒ぎ。しかし逃げてしまったので公式記録とはならなかったとか。

200211komatsu ふと、その記事をググってみた。するとこんなページが見付かった(ここ)。
なるほど、一般人が写真を撮ってアップしている。しかしこの虫の重要性を知らないため、虫は悠々と逃げて・・・

そして小松さんはこんな熱弁を奮っていたので、つい笑ってしまった。
「私は残りの人生をかけてフサヒゲサシガメを再び発見したいと思っています。そして日本のフサヒゲサシガメも海外にいる種類同様、アリを眠らせて捕まえるかどうかをこの目でどうしても確かめたい。そのためにはどうにかして私が一番乗りせねばなりません。近年のフサヒゲサシガメ騒ぎで分かったのは、この世の中にはフサヒゲサシガメを捕まえようと狙うライバルどもが相当数いるらしいということ。しかし世の中の虫マニア連中は他にも欲しい虫は幾らでもいてフサヒゲサシガメは単にその一つに過ぎない。私は違います。かれこれ十数年、日本のどこに行っても常にこの虫を探し続けています。私にとってフサヒゲサシガメは唯一無二であって、他に取って替えられる虫などいません。そんな私が、凡客の虫マニア連中ごときに先を越されるなど、あってはならない私が全ての虫マニアに先駆けてフサヒゲサシガメに再会します。というよりも、もしその辺で6ミリ位のヒゲと足が毛もじゃの茶色っぽい虫がいたら、他でも無くまず私めにお知らせ下さい。地獄の果てからでも点滴を打ちながらでも直ぐに駆け付けます。そして3日以内には、必ずやその捕食の生態を明らかにして見せましょう。」

それにしても、子どもの頃から大好きだった虫。それを追うことが仕事になっている幸せ。なかなか自分の趣味と仕事とは一致しない。
人によっては、趣味と仕事が一緒だと楽しめない、と分ける人もいる。

しかし、氏のフサヒゲサシガメに対する愛情というか、執念には恐れ入る。
虫という虫は、全てが大嫌いな自分にとって、氏に発見の貢献をする事は有り得ないが、世の中はつくずく「蓼食う虫も好き好き」。
特に、ゲジゲジとゴキブリが大嫌いな自分が、何と今日は虫の話をしている・・・!?

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2020年2月 8日 (土)

抽象画家・宗像裕作の作品

不思議な絵を見た。
200208munakata1 先日、昔の友人から寒中見舞いを貰った。そのハガキが「宗像裕作展」のハガキで、その展覧会に行ってきた、とあった。そこに載っていた絵が、何とも不思議な絵で、少しだけ興味を覚えた。

200208nunakata01 200208mizutamari2018 200208yokan 200208201604 200208omoi 200208moonlightstory

もちろん宗像裕作という画家は知らない。Netでググると、HP(ここ)があった。抽象画の画家らしい。その友人が行ってきたという展覧会は、“個展『宗像 裕作 展 -存在の光-』”(ここ)というものらしい。

これらの絵は、何を表現しているのだろう?この個展の紹介HP(ここ)にある文言を読んでみた。

=========
「私は絵を描く」 その源には何があるのか。
「私は生きている」 その源には何があるのか。

その “おおもとにあるもの”を
シンプルに ただそのままに…
そう思いながら描いた絵たちです。

-物語性に満ちた小さな絵たち-
夜の空に浮かぶ人、月の舟、夜空に瞬く星々、暗闇にぽつんと灯るあかり…。
どこか不思議な別世界の情景のような独自の世界観が広がる絵画作品たちです。
静けさと物語性に満ちた作品世界をお楽しみください。

-いのちの世界を描く「存在の光」シリーズ-
そして、2019年から新たに発表を始めた抽象作品「存在の光」シリーズ。
具体的なモチーフは姿を潜め、私の感じる“いのちの世界”そのものを表現しようと探求を続けている作品シリーズです。
「生きる」とは、「いのち」とは、「存在する」とはどういうことなのか。
そのような問いのなかから生まれてきた作品たちです。

絵の楽しみ方・感じ方は人それぞれ。
絵の奥に広がる世界を自由に想像したり、作品を通して自分自身との対話を深めたり、そのような絵になっていたら嬉しく思います。
==========

なるほど、その絵をどう感じ、どう楽しむかは受けての問題らしい。
これらの絵をどう感じる?????

朝日新聞と読売新聞に、この展覧会の紹介記事が載ったというので見てみた。
200208munakataasahi 「アクリル絵の具で抽象画を手がける画家。「絵を描く源とは」と自問し、絵を通した自身の内面を表現した「存在の光」シリーズを中心に出展=写真。3年ほど国内をバイクで旅した経験や、幼い息子が絵を描く姿に影響を受け、感じるものを自由に表現したいと具象から抽象へと作風が変化した。約30点。」(2020/01/28付「朝日新聞」夕刊P2より)

「いのちの世界を描いた抽象作品「存在の光」シリーズと、人や月などをモチーフにした物語性のある作品。新作を中心に心象画約30点。」(2020/01/28付「読売新聞」夕刊より)

なるほど、言われてみると、そんな絵のような気もする。

氏のHPにはショップもあり、作品の販売もしているらしい(ここ)。その価格は数万円から高くても20万円ほど。

前にラジオで、画家は商売としては非常に難しいと聞いた。売れる作品を描ける画家はほんの一握り。ほとんどの画家は、売れないらしい。
前に「ETV特集「日々、われらの日々~鉛筆画家 木下晋 妻を描く~」(ここ)という記事を書いた。
この番組にも出て来たが、画家だけでは食えないため、奥さんがずっと仕事をして生活を支えていたという。ここまで有名な画家でさえ、食うのは厳しいらしい。

ところで、友人とはどこまでを言うのだろう。くだんの友人は、ここ半世紀のあいだ、音信不通。いやそれは言い過ぎ。年賀状だけ毎年行き来していた。しかし、年賀状にちょこっと書かれた文字は、数文字。そこからは、生活の状況は全く見えてこない。子どもはどうした、今の生活はどうしている??・・・何も分からない。
しかし、さすが年賀状。生きていることだけは分かっていた。
それがたまたま、今年は自分が欠礼ハガキをだしたので、お返しに寒中見舞いをくれたらしい。そして、展覧会に行ったと・・・
まあ、お互いどんな老人になっているかは、知らぬが仏。“半世紀も続く友人”にしておこう。

何とも、不思議な絵の世界に誘ってくれた寒中見舞いではあった。

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2020年2月 4日 (火)

どちらから読んでも「02/02/2020」、909年ぶりの特別な配列

こんな記事を見付けた。
どちらから読んでも「02/02/2020」、909年ぶりの特別な配列
ロンドン(CNN) 2020年2月2日は、年月日の表記が前から読んでも後ろから読んでも同じ配列になる特別な日だった。こうした並びはパリンドローム配列と呼ばれ、1111年以来、909年ぶりの現象だった。
この日の並びは、日・月・年の順に表記する英国方式でも、月・日・年の順に表記する米国方式でも「02/02/2020」。この日の午前2時過ぎは、「02:02:20」と「02/02/2020」が並んだ。日本などの国際標準配列でも「2020/02/02」となり、やはり前から読んでも後ろから読んでも同じになる。
専門家によると、前回、こうした配列になった日は、909年前の「11/11/1111」だった。次回は101年後の「12/12/2121」。その次は「03/03/3030」までやって来ない。
2020年2月2日はさらに、1年の始まりから数えた日数が33日目、1年が終わるまでの日数は333日と、いずれもパリンドローム配列だった。
米ラスベガスの教会は、この日に結婚式を挙げれば、2年後の結婚記念日は「2/2/22」になると指摘、2人の関係を表す究極のシンボルになると売り込んでいた。
過去には2011年11月11日に、「11:11:11」という時刻と「11/11/11」の年月日が並んで話題になった。ただしこの並びは「2011」の「20」の部分を省略していたため、「02/02/2020」ほど完璧ではなかった。
前から読んでも後ろから読んでも同じ配列になる英語のフレーズとしては、「rats live on no evil star」などが有名。「A Toyota's a Toyota」のフレーズは、「A Toyota's a Toyota's a Toyota...」とどこまで繰り返してもパリンドロームになるフレーズとして知られる。」(2020/02/03付CNNここより)

日付だけでなく、車のナンバーもそうだが、数字の並びに凝る人がいる。自分はもちろん凝らない方だが、日付の配列で、このような研究をするのも面白い。

話が飛ぶが、車のエンジンをかけると、毎日カーナビが「今日は***の日です」と言う。それを聞いていると、毎日が何かの日になっているらしい。そして、そのほとんどが、日にちの語感に合わせて決めているようだ。ま、誰が決めたか、どの位周知されているかは知らないが・・・

ふと、小学校の時の、版画作りを思い出した。毎年、年末になると、小学校の授業で年賀状の版画を作った。それは1961年のとき。版画を彫りながら、上下をひっくり返しても「1961」だったのを思い出す。
ま文字の並びで遊ぶの一興?

ところで、上の記事で「日・月・年の順に表記する英国方式でも、月・日・年の順に表記する米国方式でも「02/02/2020」。」という話。
なぜこんな事が発生したのだろう。日本では年・月・日で分かり易いが、英語ではなぜ順番を変える?しかも、英と米で、月日が逆とは・・・。不便この上ないと思うのだが・・・
日にちが13日以降だったら間違えないが、1日から12日までの日は、英方式と米方式で意味がまるきり違ってくる。

もっとも、世界中の各国で、年月日の順がどう表記されるか、まだ調べていないが、たぶん文化や歴史が影響しているのだろう。
またまた話が飛ぶが、氏名のローマ字表記。日本では名・姓の順が普通だが、政府が姓・名の順に変えようとしているらしい。
どうも政府が始める、というのが気になる。気にくわない。
またレガシーという言葉が浮かんでしまう。既に定着しているのだから、何も変える必要は無いのでは?
言葉や数字の並びの話である。

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2020年2月 3日 (月)

梓みちよの「二人でお酒を」~76歳で死去

今日、歌手の梓みちよさんが死去、という報が流れた。
梓みちよさんが死去 76歳、「こんにちは赤ちゃん」、心不全か
 昭和のヒット曲「こんにちは赤ちゃん」で知られる歌手の梓みちよ(あずさ・みちよ、本名・林美千代)さんが亡くなったことが3日、分かった。76歳だった。
 所属事務所によると、2月1日に通販番組の生出演を控えており、打ち合わせのため先月29日午後にマネジャーが都内の自宅を訪ねたところ、ベッドで横たわっていたという。救急通報し、死亡が確認された。遺族の意向により、近親者のみで2日に葬儀を執り行った。
 梓さんは1943年6月4日生まれ、福岡県出身。福岡女学院を卒業後、宝塚音楽学校に入学。62年に中退し、大手芸能事務所の渡辺プロに入った。翌年、「こんにちは赤ちゃん」が大ヒット。レコードの売り上げは100万枚を超えた。第5回レコード大賞を受賞し、翌年のセンバツ高校野球開会式の行進曲にもなった。
 デビュー曲は「ボッサ・ノバでキッス」。他に「二人でお酒を」など。」(2020/02/03付「デイリー」ここより)

200203azusa 当blogでは、知っている歌手が亡くなると、ついその歌手の歌を挙げてみたくなる。
既に梓みちよは「こんにちは赤ちゃん」「リンデンバウムの歌」 「忘れな草をあなたに」の3曲を挙げているが、今日は、「二人でお酒を」を聞いてみよう。舞台であぐらをかいて歌う姿が話題となった。

<梓みちよの「二人でお酒を」>

「二人でお酒を」
  作詞:山上路夫
  作曲:平尾昌晃
  編曲:森岡賢一郎

うらみっこなしで 別れましょうね
さらりと水に すべて流して
心配しないで 独りっきりは
子供の頃から なれているのよ
それでもたまに 淋しくなったら
二人でお酒を 飲みましょうね 飲みましょうね

いたわり合って 別れましょうね
こうなったのも お互いのせい
あなたと私は 似たもの同志
欠点ばかりが 目立つ二人よ
どちらか急に 淋しくなったら
二人でお酒を 飲みましょうね 飲みましょうね

どうにかなるでしょ ここの街の
どこかで私は 生きてゆくのよ
それでもたまに 淋しくなったら
二人でお酒を 飲みましょうね 飲みましょうね

これは自分が大好きな、平尾昌晃と森岡賢一郎の作品。どおりで自分にフィットした。
この曲は、こんな編曲もある。ついでに聞いてみよう。

<梓みちよの「二人でお酒を」(別)>


ところでこのニュース、スポニチの記事にはこんな記述があった。
歌手の梓みちよさん死去 1月29日に自宅で倒れているところを発見される
 「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」などの大ヒットで知られる歌手の梓みちよ(あずさ・みちよ、本名林美千代=はやし・みちよ)さんが亡くなったことが分かった。76歳。福岡県出身。
 1月29日にマネジャーが「QVCジャパン」の通販番組の打ち合わせのために自宅を訪れたところ、倒れているのを発見したという。梓さんは71年に俳優の和田浩治さんと結婚したが、72年に離婚している。梓さんは都内のマンションで一人暮らしをしていた。遺族の意志に基づき、すでに2日に葬儀が執り行われたという。マネジャーが年末に会った時には元気だったという。・・・」(2020/02/03付「スポニチ」ここより)

ここで、「梓さんは都内のマンションで一人暮らしをしていた。」「マネジャーが年末に会った時には元気だったという。」という所が気になる。
一人暮らしでの孤独死!?
1月21日に亡くなった宍戸錠も、マンションでの一人暮らしで、発見された時は既に亡くなっていたとのこと。
過去に、どんな大活躍した有名人も、“世を去る時はひとり”というのはどうも寂しい。
我々のような俗人でも、世を去る時は、誰かに見守ってほしいもの。
どんなに仲の良い夫婦も、いずれ1人になる。孤独死を避けるには・・・とツイ考えてしまう訃報である。

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2020年2月 1日 (土)

澤地久枝氏・近藤正臣氏の「舌の記憶」

先日、NHKラジオ深夜便で聞いた「深夜便アーカイブス「特選・舌の記憶~あの時あの味」」が面白かった。山田洋次・澤地久枝・近藤正臣・柳田邦男各氏の話だった。
これらは再放送だが、前に聞いた記憶が無い。「舌の記憶」というテーマで、あまり気乗りがせず、録音していても聞き飛ばしていたらしい。
しかし、今回、いわゆる有名人の「食」についての話を聞いて、なかなか新鮮だった。
そのうち、2氏の話を聞いてみよう。

<澤地久枝氏の「舌の記憶」2016/10/14初回放送、2020/01/15再放送>

澤地久枝さんは「アベ政治を許さない」の九条の会呼びかけ人だが、初回放送当時86歳にしても元気。満州からの引き揚げの難民としての生活のお話は、今さらながら凄まじい。
今の若い人は、こんな話を聞いても、たぶんポカンとするのだろう。
「食」という切り口での話だったが、一人暮らしをされているという。1人で、家事をし、食事を作り、筆をとる、という毎日。
しかし、心臓が悪いので、塩分を徹底的に減らし、血液サラサラのために納豆は40年間食べていないという。3度の心臓手術を経験したというので、ググってみたら、29歳の時から39歳、そして64歳の時の3度手術をしたらしい。病名は僧帽弁狭窄症で、現在はペースメーカーが入っているという。
そんな体でも、90歳近くなっても一人暮らしでの作家生活。
強烈な意志があると、元気を保つらしい!?

<近藤正臣氏の「舌の記憶」2017/04/14初回放送、2020/01/16再放送>

次の近藤正臣氏の「舌の記憶」はなかなか楽しい。あらゆるドラマに出演中だが、京都出身とは知らなかった。子どもの頃、裏の鴨川で取ったウナギは、母親が知人に裂いて貰って、母親の料理屋の客に出したという。
氏は自分も若い頃から知っている俳優だが、現在はもう77歳だという。イメージとしては、“若い”のだが、歳月は経っている。

改めて、最近「食」の重要性を再認識している。人間も動物。いつも“食べて”いる。朝食を食べたと思ったら、4時間後にはもう昼食。そしてまた5~6時間すると、今度は夕食。いつも食べている時間のような気がする。
そもそも、我々の内臓は、心臓と肺を除くと、他は全て食べるために存在している臓器のようだ。それだけ「食」は生きるために重要だということ。
動物は、食べられなくなることは死を意味する。インプットが無くなれば、アウトプットが無くなるのは当然。
毎日の「食」は、人生のこよない楽しみでもある。だから上の澤地さんのように、塩分控えめが要求される病気を持った人は、人生の相当部分の楽しみが奪われた格好。
何を隠そう自分も、血液ドロドロと医者に言われているが、あまり節制する気が無い。幸いにも塩分控えめ、は言われていないのでラッキー。
でも、健康年齢を超えた。澤地さんを見習って、そろそろ自重せねば!?

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