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2019年12月の12件の記事

2019年12月29日 (日)

「令和落首考 2019年後半」

前に挙げてから、もう半年も経った。例の落首考の話である。
今朝の朝日新聞。
令和落首考 2019年後半 西木空人
 川柳の始まりは、江戸期の「前句付(まえくづけ)」でした。選者が、たとえば「斬りたくもあり斬りたくもなし」といった七七の前句を出す。投句者はこれに、五七五の句を付けます。「盗人を捕らえてみれば我が子なり」などと。
 時代が下ると、付句(つけく)と呼ばれる五七五だけが独立して作句、鑑賞されるようになりました。この文芸が「川柳」と名付けられたのは、明治中期から後期のことです。
      × × ×
 「朝日川柳」も毎月、前句ならぬ「課題」を出題しています。12月の課題は「令和元年」でした。
 「延々と万歳してた八カ月」。そう、次から次でしたね。「めでたさもバンザイ連呼に呆(あき)れ果て」
 「『被災地』の文字があふれたまま師走」。日本は風水害列島と化した。7月初め「九州ばかり何故(なぜ)に大雨」と埼玉の川柳子が気遣いましたが、9月、15号に襲われた千葉から「三日間断水停電投句不可」と悲痛な投句。「老い一人ブルーシートの屋根仰ぐ」は茨城発です。
 「会心作『令和元年のフットボール』」というのもあった。ラグビーW杯における日本代表の健闘で、みなみな、にわかファンになりました。「石鹸(せっけん)が滑って思わず『ノックオン』」
      × × ×
 「今年の漢字」は「令」でした。「朝日川柳」が選ぶなら「桜」でしょうか。「一字から万事が見える桜かな」。桜を見る会をめぐるグチャグチャに、安倍政権の本質が透けて見えます。モリカケ以上に、はっきりと。
 「血税で夫婦がもてなす花の宴」。「正体を明かせぬ人を招待し」、おかしいと追及されると「来年を止(や)めて蓋(ふた)する姑息(こそく)な手」に出る。問題の招待名簿は「遅滞なく廃棄するほどヤバイもの」らしく、あげく「シュレッダーも廃棄しましたと言いかねぬ」。
 桜より大事な国会論議があるだろう、と主張する論者がいます。しかし「この国は『隠す』と『捨てる』で日が暮れる」。それで、いいはずがない。まず、桜の根っこを掘り起こすべきでしょう。「あいにくと川柳はせぬ年忘れ」。この句に、相選者の山丘春朗は「しつこいのだ」と書き添えました。
      × × ×
 「安倍さんを誉(ほ)めて入選至難なり」。選者は「そうかなあ」ととぼけましたが、触発されて以下を記します。実は6年前の本欄でも扱った題材ですが、今も、いえ今こそ大事なことと考え、一部を補足し、あえて繰り返します。
 江戸川柳に「役人の子はにぎにぎをよく覚え」。川柳の古典「誹風柳多留(はいふうやなぎだる)」初巻に載りました。前句は「運のよい事運のよい事」。
 のちに側用人になった田沼意次は、莫大な賄賂を取っていました。上に倣い、役人の収賄は当たり前という風潮。民衆はそうした役得を羨んでもいた。「役人の子」は、だから、体制批判の皮肉を込めつつも「運がよければ」なりたい憧れでもありました。
 ところが、田沼が失脚すると一転、贈収賄の取り締まりは厳格に。この句は、結果として予期以上の毒を含むことになり、後世まで記憶される名作となりました。
      × × ×
 「大勢の『なつ』よさぞかし無念だろ」京アニ放火。「お互いにブラック国と呼ぶ不幸」日韓。「唐土(もろこし)が買わぬ蜀黍(もろこし)買わされる」米の押し売りに応じる日本。「人の傘見えぬ戦車を追い払う」香港のデモ。「進みすぎ退路を断たれないように」は安保世代の老婆心。「無罪だと だったら誰が責任者」原発事故で東電元幹部に判決。
 「本気の少女 ポエムの小泉」グレタさんと環境相。「貢献度抜群のアベ引退す」巨人の。「令和初増税だけは何故言わぬ」消費税。「高級なスーツ仕立てて汚名着る」関電幹部。「『夢だらけ』どころかかんぽ『嘘(うそ)だらけ』」
 「難民が最も悼むSADAKOの訃(ふ)」「赤ひげを撃ってどうする愚か者」。緒方貞子さんと中村哲さんの死。
      × × ×
 「役人の子はにぎにぎをよく覚え」は、のちに「柳多留」から削除されたとか。痛烈な体制批判ゆえに、編者が忖度(そんたく)し、自粛した、とは「朝日川柳」初代選者神田忙人の解説です。
 本年最後の入選句。「スマホ手に御節(おせち)つついて静かなり」(大阪府 三崎伴子)。みなさま、どうぞよいお年を。(「朝日川柳」選者)」(2019/12/29付「朝日新聞」p7より)

読んでいて、実に味がある一文である。
江戸川柳だという「役人の子はにぎにぎをよく覚え」をググってみた。するとこんな解説が・・・
「「にぎにぎ」とは、手を握ったり開いたり(緩めるだけの時もある)動作で乳児が比較的早い時期に始める動作です。
物をつかむという動作の筋肉の使い方を自分で発見していく過程で現れると考えられます。
「にぎる(握る)」とは、江戸時代に役人がわいろを貰う事の隠語です。
よく時代劇で(必殺仕事人の中村主水がよくやりますが)、商売人が若干の違法行為を見逃してもらうために、わいろを渡すシーンがあります。
数両の小判を包んで周囲に見えないよう握り込み、役人の手に握らせて手渡します。
役人はすぐに袖の中に手を引き込んで、袖に落とし込みます。
わいろを袖の中に隠すので「袖の下」という言葉ができました。
役人の側から「袖の下」を要求する時、手のひらを握ったり開いたりする仕草で催促します。
この動作が「にぎにぎ」に似ているので、
「役人の子は、赤ん坊の頃から、わいろを求める仕草を早く憶える」
という意味のこの川柳ができました。」ここより)

IRの賄賂もひどいが、サクラはもっとひどい。
まさに、「のちに側用人になった田沼意次は、莫大な賄賂を取っていました。上に倣い、役人の収賄は当たり前という風潮。民衆はそうした役得を羨んでもいた。」の状態。
関西電力もそうだが、トップが賄賂を貰っているので、自分も・・・
国のトップが国民にウソをついて堂々としていられるのだから、自分も・・・

モリカケもひどかったが、今年はそれ以上にひどい。
「ところが、田沼が失脚すると一転、贈収賄の取り締まりは厳格に。」の再現を期待したい2020年である。

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2019年12月24日 (火)

「日本の首相は「弾劾」できるのか?」

今日のニュースで、「桜を見る会、「60」は首相推薦 野党が公文書館で確認」という記事。
首相のウソが公認!!されている国、日本・・・。
先日、面白い記事を見付けた。「日本の首相は「弾劾」できるのか?」
各方面から考察しており、なかなか面白い。

ところで日本の首相は「弾劾」できるのか
  坂東太郎 日本ニュース時事能力検定協会認定講師

 アメリカのトランプ大統領弾劾(=解任)が話題となっています。ところで日本の首相は解任できるでしょうか。
 ここでは現職が辞める意思がないのに合法的に任を解けるのかという意味で考察します。死亡は除外します。でないと「暗殺すればできる」といった極論が(非合法ですけど)成立しかねないので。
 なおお断りしておきたいのは本稿は安倍晋三現首相個人を云々する気は毛頭ないという点です。あくまでも日本国憲法下で首相の地位にあるものを本人の意図に反してクビにできるのかというテーマなのでご理解下さい。

首相に任期はない
 首相の任期は米大統領(4年)のように定めがありません。理論上未来永劫続けられます。もっとも首相を最終的に決める衆議院議員には4年の任期があり、満了すれば絶対総選挙(議員全員を選び直す)なります。選挙結果の如何に関わらず内閣はいったん総辞職して国会の首相指名選挙が行われるので、実質的な任期は4年でしょう。
 ただし現憲法下で明確な任期満了総選挙がおこなわれたのは1度だけ。後は憲法69条(後述)および7条に基づく解散を首相が選択して選挙が実施されていて大半が7条解散です。
 7条解散は国会が開いている時には首相がその気になれば即日できます。閉会中でも臨時国会を召集して(召集権は首相にもある)冒頭で解散すればいいだけの話です。では首相が解散したくなる理由は何かというと第一に考えられるのは「今打って出れば与党(首相の味方)が勝てる」というタイミングと判断したから、でしょう。でなければ自分を首相に選んでくれた現衆議院議員を失職させる行為に等しい解散などしません。
 要するに有利な状況で解散権を首相は行使できます。むろん選挙だけはやってみないとわからないので思惑が外れる場合もありましょう。しかし予定通り与党勝利に終われば任期はここから数えて4年なので上記の「実質的な任期」を延ばせます。むろんいったん総辞職はするものの、与党多数の新議席で「勝たせてくれた首相」を再び選ぶ蓋然性は非常に高くなります。

天皇は解散にNOといえない
 ところで7条は「天皇は、内閣の助言と承認により」行う国事行為を定めていて、うち1つが「衆議院を解散する」です。
 主語は「天皇」です。では天皇が「助言と承認」(内閣が解散したいといってきた)にNOといえるかというと3条で「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要と」するとあり、4条にも「国政に関する権能を有しない」と規定されているためYESしか回答はあり得ません。となると実質的な主語は「内閣」となります。
 では内閣とは何でしょうか。66条で「首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する」とあり、68条1項で「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する」と定められます。国務大臣の選任に国会の同意は要りません。したがって首相は自身の賛同者のみで「内閣」を構成できますから内閣の意思とはほぼ首相の意思なのです。

やろうと思えば全大臣職を兼務できる
 もっとも任命時はそうでも、今解散するのはおかしいと反発する国務大臣が出てくる可能性はあります。内閣の決定は全員一致が原則なので「解散反対」の大臣を抱えて「内閣の助言と承認」はできません。この原則は解散に限らずあらゆる状態で守らなければなりません。
 ここで憲法68条2項「内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる」が効力を発揮します。首相がどうしても解散したければ反対大臣を罷免(クビ)して賛成派にすげ替えるか、その任を首相と兼務してしまえば不一致は生じません。首相以外の全大臣が反対しても話は同じ。全員クビにして「1人内閣」を作れるのです。肩書きは一瞬、首相兼総務大臣兼法務大臣外務大臣兼財務大臣兼文部科学大臣兼厚生労働大臣兼農林水産大臣兼経済産業大臣兼国土交通大臣兼環境大臣兼防衛大臣兼国家公安委員長兼官房長官などとなりましょう。憲法は国務大臣の「過半数は、国会議員の中から」と定めるも首相自身は67条で「国会議員の中から」と国会で指名されているので「1人内閣」の国会議員率は100%となり問題なし。つまり首相が解散の信念を変えなければ誰がどうしても阻めないのです。
 他の法案提出などでも同じ。内閣不一致は最後は兼務という必殺技でかわせるのです。

7条解散の違憲性を司法は判断せず
 でもかなりややこしい過程ですよね。現に7条解散は憲法があまり想定していない違憲行為ではないかとの異論も前からあります。ここで頼るのは「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所」(81条)である最高裁判所です。しかし最高裁は1960年6月8日「衆議院解散の効力は、訴訟の前提問題としても、裁判所の審査権限の外にある」と判断を避けたまま。
 というわけで7条解散はできてしまうのです。

不信任決議でも辞職ではなく解散を選べる
 次に69条解散です。「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」という内容。不信任決議案が可決されたら首相は解散か総選挙を選択するという決まりなのです。憲法の「内閣」がほぼ首相と考えていい理由は前項目と同じ。
 不信任決議案は計51人以上の賛同者がいれば議長に提出でき、必ず採決されます。ほとんどが野党(首相の味方以外)提出。野党が野党でいるのは首相が出せないからで、その最大の理由は過半数を握っていない、です。決議案の可否は過半数なのでほとんどのケースで与党が葬り去ってしまいます。
 しかし何らかの理由で野党がその時点で優勢だったり、与党内が分裂するなどして可決されてしまった事例が過去にもあります。ただそれでさえ首相は解散を選択できるので「不信任決議=総辞職」とはなりません。

孤立無援になってもメンタルさえ強ければ
 今度は現職首相が与野党から完全に浮いてしまって「あの人ではもうダメだ」と見放されるという超孤立無援状態になったらどうでしょうか。それでも首相職は国会の指名なので辞めさせられません。どうしてもとなれば憲法69条の衆議院内閣不信任決議をするしかないのですが解散を選ばれたらただちに辞めさせられないのは前述の通り。
 ここまでいかなくとも野党から徹底的につるし上げられたり、与党内から「今の首相で次の選挙は戦えない」「持たない」などの声が吹いたりして辞任した首相は大勢います。ただこれはメンタルの問題で「オレ(今のところ女性の首相はいないので)は1人になってもしがみつくぞ」と執着したら直ちに解任する手段はないのです。

党のトップを外されても国会指名とは別
 1955年以来、ほとんどの時期を最大与党であり続けた自民党には任期を定めた総裁(トップ)選挙があります。現在の規定は「3年。3選まで」。ここで現首相以外の人物を総裁へ選出するのは可能で、言い換えると党のトップからは引きずり降ろせます。やりたければ党から追い出せもしましょう。
 それでも党首でなくなった首相が「それとこれとは話が別だ」と居座ったらやっぱり直ちにやめさせる方法はありません。首相を決めるのはあくまでも国会ですから。

首相は在任中裁判にかけられない
 逮捕されるなど犯罪容疑が首相にかかったらどうでしょうか。ここで憲法75条は「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」の定めが焦点となるのです。
 「訴追」に逮捕を含むのかどうかについては議論があります。1948年、昭和電工事件という大がかりな贈収賄事件が発生し、現職の栗栖(くるす)赳夫経済安定本部総務長官(国務大臣)が首相の同意なしに逮捕されました。裁判所が「訴追」に逮捕は関わらないと判断したからです。この出来事から「訴追」は「起訴」(裁判にかける)を意味するという解釈が有力となりました。逮捕から送検までは可能です。
 ただこれとて「国務大臣」の規定で首相の同意がなければ訴追できないならば首相自身はもっとできないでしょう。この点については「首相は国務大臣に含まれるか」「首相が『私は私の訴追に同意する』としたらどうか」「起訴権をほぼ独占する検察ではなく検察審査会が2度『起訴相当』としたら強制起訴できるか」など議論は存在しますが、現実的に考えて不可能です。
 また首相が任命する法務大臣は「捜査中止」などの指揮権を検事総長へ発動できます。法務大臣が嫌がったら罷免して首相が兼任すればできてしまうのです。

確定判決と除名
 首相は国会議員でなければいけません。選挙を経ず、本人の意思に反して国会議員を辞めさせる方法があるならば首相職も続けられないはずです。
 失職させられる要件は大きく2つ。1つは実刑判決(一部の事案は執行猶予付きでも)が確定して被選挙権を失った場合。ただ先に述べたように現職首相は起訴できないので判決も出ません。万々一起訴できたとしても判決が確定するまで「推定無罪」の原則によって議員は続けられるのです。前例もあります。
 もう1つは除名。憲法58条が「院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる」「議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする」と定められているのが根拠となるのです。除名は一番重い懲罰で失職します。現憲法下では1950年と51年で計2人の該当者がいるのです。
 ただ「院内の秩序をみだした」とは国会へ理由もなく長期欠席するとか、議長や委員長の制止などにしたがわないといった理由が主で該当する首相が出てくるとは思いにくいのです。そもそも首相は国会議員ではあるものの同時に行政府の長として国会では議員の質問に応じたり行政府からの説明をしたりと招かれる側なので除名はふさわしくありません。
 しかも国会には旧憲法下とはいえ斎藤隆夫衆議院議員を除名した苦い経験があります。除名理由の「反軍演説」が軍の怒りを買ったのです。その演説は現代では高い評価を受けていると同時に軍に国会(当時は帝国議会)が屈した苦い思い出でもあります。

よって嫌がる首相を早急に罷免する手法は除名しかなく、それも限りなく不可能なのです。換言すればさほどに首相職というのは重い責務を課されているともみなされましょう。」(2019/12/19付ここより)

なるほど、日本の首相は、何でも出来てしまう権力者らしい。だからこそ、品位のある人にやって欲しいもの。
しかし、今の首相はお友だち優先・・・!?

一般論として、大きな組織であればあるほど、長い目で見れば軌道修正されて正しい方向へ向かうという。しかし、今の世界は、米トランプ大統領を初めとして、庶民の願いとは反対に、独裁政権の国々が多くなってきた。そんな目で見ると、日本の現政権もワンノブゼム。
最近は、誰でも良いから、誰か他の人に変わって欲しい、と思う日本の現首相ではある。

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2019年12月22日 (日)

ETV特集「日々、われらの日々~鉛筆画家 木下晋 妻を描く~」を見た

NHK EテレのETV特集「日々、われらの日々~鉛筆画家 木下晋 妻を描く~」(2019/12/21放送、2019/12/26 0:00~再放送)(ここ)を見た。
ETV特集は、素晴らしいドキュメンタリー番組なので、全番組を録画しているが、再生がまったく追い付いていなくて、レコーダーに溜まっているだけ。
今朝、当blogのアクセス数が昨夜の23時台から24時台にかけて急増したことに気付いた。原因は、ETV特集で木下晋氏の番組が放送されたためだった。それでさっき、自分もその番組を見た。そこで、5年前に奥さまがパーキンソン病を発病され、48歳になる娘さんも統合失調症を患っていたことを知った。

番組の紹介にこうある。
ETV特集「日々、われらの日々~鉛筆画家 木下晋 妻を描く~」
鉛筆画家木下晋(72)「最後の瞽女(ごぜ)」と呼ばれた小林ハルさんやハンセン病患者で詩人の桜井哲夫さんなど、障害や病を抱えながらも191222kinoshitasusumu 懸命に生きる人々を鉛筆で描いてきた。そして今取り組んでいるのがパーキンソン病に苦しむ妻君子(70)の姿だ。木下は、痛みと闘う妻を見つめながら、そこに「生命の輝き」を見出す。一方で自分の奥底に抱えてきた「心の闇」に突き当たる。創作と介護の中で葛藤する老夫婦の日々を描く。」ここより)

番組の中で、木下氏も言っていたが、「人間って壊れてくる 病気になって」。その壊れていく奥さまの姿が今の画のテーマだという。
そして、木下氏の幼少期の凄まじい生活。3歳のときに火事を起こした一家は、逃げるようにして山中に移り住んだという。極貧の暮らし。母は姿を消し、弟は餓死したという。改めて、前に聞いた番組を思い出した。

昨夜アクセスが急増した「画家 木下晋氏の母親との凄まじい葛藤」(ここ)という記事を書いたのは、2008年2月28日だった。その時に聞いた「ラジオ深夜便「母を語る~画家 木下晋」」という番組が、自分が木下氏を知ったきっかけだった。
ふと、その番組が残っているか調べたら、見付かった。改めて、11年前に放送された木下氏の番組を挙げてみる。
昨夜のETV特集と併せて、木下氏の凄まじい人生、そして現在の奥さまの介護の生活を見つめてみたい。そこで我々は、何を感じるか・・・

<NHKラジオ深夜便「母を語る~画家 木下晋」2008/02/19放送>

(関連記事)
画家 木下晋氏の母親との凄まじい葛藤 
鉛筆画家・木下晋氏と話した・・・ 

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2019年12月19日 (木)

屋外掃除機で落ち葉をやっつけた話

今朝も、家の前の歩道の落ち葉と格闘して、やっつけてしまった。使った道具は、「RYOBI ブロワバキューム RESV-1020」(ここ)。

191219ochiba6 我が家の前の歩道は、向かい側の林から来る落ち葉で、毎年その掃除が大変。昨年まではカミさんがやっていたが、今年からは自分が担当に。
今年初めて落ち葉掃除をしたのが11月21日だった。カミさんから教わった通りに、ホウキで掃いて集め、ちり取りに取って、大きなポリ袋に入れる。その繰り返し。
これがかなりの重労働。1回で腰が痛くなった。たぶん慣れないのでムダな所に力が入っていた??
つくづく「屋外用の掃除機が欲しい!」と思った。

それからしばらくは、それほど落ち葉が無かったのでサボっていたが、そろそろ、という時、車を運転しながら「プロはエンジン付のブロアーで落ち葉を吹き飛ばしているな。アマチュア用のものは無いのだろうか?」と気が付いた。
191219ochiba2 早速、Netでググってみた。すると、何と落ち葉用の掃除機があるではないか!何社も出ている。色々比較して買ったのが、リョービの「ブロワバキューム RESV-1020」という製品だった。動画が分かり易い。まさに「これ!!」
値段も通販で1万4千円ほどで、安い。早速購入。

191219ochiba1 今朝、落ち葉が多かったので写真を撮ってみた。電源はAC100Vだが、付属の10mのケーブルでは足りない。それで延長用の10mのケーブルドラムも購入。3千円ほど。そして落ち葉の掃除。
この頃は、段々とコツが分かってきた。まずは、機械をブロアー(吹き出し)にする。そして道路の落ち葉を吹き飛ばしながら塀側に寄せる。それを一気に吸い込む(バキューム)。「ブロワバキューム」の名の通りだ。

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191219ochiba5 歩道の落ち葉は、上から降ってくるだけではない。車道の落ち葉が、路側にたまり、それが走る車の風で、歩道に上がってくる。よって、車道の路側の落ち葉もちゃんと掃除しないといけない。これが量が多い。

枯れ葉は、1/10に粉砕されてダストバックに入るというが、今朝だけで、歩道を含めてダストバックが2回以上満杯になった。それを段ボールで囲ったポリ袋に入れる。
さっき、メーカーの動画を良く見たら、ダストバックの後ろがチャックになっていることを知った。今日は、本体との取り付け部からポリ袋に捨てていたが、どおりで捨てずらかった。しかし、バックの上半分は、空気を逃がすために布製になっているが、ここに落ち葉が絡まってキレイに空にならない。まあ仕方が無いか・・・

一番の誤算は、とにかく本体が重い。この機種は4.2キロ。初代の「RESV-1000」は3.2キロ。どちらも現行品だが、比較したところ、2017年発売の「RESV-1020」は、重量が1キロ増えたが、動作音が30%低減、ダストバッグが透明になったのでゴミの量が見易い、などが改良されたというので、新型を買った。でも重かった・・・

ふとプロ用はどうなのだろうと見たら、エンジン式もやはり4.2キロくらいらしい。機械に踊らされず、うまく重さを地面に逃がすように使えれば、もう少し楽になるのかも知れない。

ともあれ、重いことを除くと、落ち葉の掃除は格段に楽になった。隣のおじさんが興味深そうに見ていたので、「とにかく重いんですよ」と言いながら、隣の路側も一緒にバキュームしてあげた。
カミさんに聞くと、3月位までこれが続くという。今朝も両隣の3軒で、競うように落ち葉掃除。
とにかく、知恵を絞って、便利道具を探しながら、家事の一端を担うお爺さんではある。

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2019年12月17日 (火)

あさみちゆきの「井の頭線」と「井の頭線・あれから」

歌の歌詞は、物語を語る。おなじ旋律で、物語の続きを描いた歌がある。あさみちゆきの「井の頭線」と「井の頭線・あれから」という歌である。

<あさみちゆきの「井の頭線」>


「井の頭線」
  作詞:田久保真見
  作曲:網倉一也

永福町で電車が停まる
急行の待ち合わせ
ドアが開いて 吹き抜ける風
想い出が 降りてゆく
いつもあなたは この手を引いて
急行に乗り換えた

走るように生きるあなたと
歩くように生きてた私
いつの間に いつの間に
離れてしまったの?

ひとり帰る 井の頭線で
今でも ふと 好きだと思う


下北沢の古道具屋で
風鈴をみつけたね
窓を開けても 暑かった部屋
軒先で揺れていた
ふたりこれから どうしたらいい?
聞かれても 黙ってた

打ち上げ花火 はしゃぐあなたと
線香花火 見つめる私
燃え尽きる 燃え尽きる
速さが違ったの?

ひとり帰る 井の頭線で
あなたを ふと さがしてしまう

ひとり帰る 井の頭線で
今でも そう 好きだと思う


<あさみちゆきの「井の頭線・あれから」>


「井の頭線・あれから」
  作詞:田久保真見
  作曲:網倉一也

明大前で途中下車して なつかしい駅の裏

古いアパート あの日のままで
カーテンが変わってた
私あれから引っ越したけど またここで暮らしてる

忘れたいと 泣いた夜も
忘れられず 目覚める朝も
少しずつ少しずつ おもいでにするだけ

ひとり帰る井の頭線で
あなたにふと 呼ばれたようで

池ノ上の踏み切り越えて 暮れなずむ街の色
窓の外には ゆれる菜の花
また春が来たんだね
浜田山から富士見ヶ丘へ 風の中あるいたの

帰りたいと 思う季節に
帰れないと わかってるから
さよならをさよならを 小さくつぶやいた

ひとり帰る 井の頭線で
あの日の空 思い出してる

今日も帰る 井の頭線で
あの日の空 思い出してる

調べてみると、「井の頭線」は2004年10月21日の発売、「井の頭線・あれから」は2005年12月16日発売だという。連続して発売された状況から、最初から続き物として企画されていたのかも知れない。

自分にとって井の頭線は、3年前まで7年間通勤で通った電車なので、どの駅も懐かしい。しかし、実際に降りたことのある駅は、永福町、明大前、下北沢くらいしかない。どの駅も、区画整理のない雑多な感じだった。それに電車も、線路に向かって家が浸食している感じで、家の軒先をかすめて通る印象が強かった。

自分は、新しいJポップ系の歌には、まったく付いて行けないが、演歌以外では、このあさちみゆきの歌はきちんと旋律がある。聞いていて心地良い。
それに引き換え、今の若い人の歌は、子どもの歌も含めて旋律が分からない。孫娘が幼稚園で歌う歌も、まさに現代の旋律。
自分にとっては、貴重なあさみちゆきの歌である。

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2019年12月15日 (日)

現代邦楽「甘樫の丘にて」

今日は、変わった音楽の紹介である。
先日、たまたまFMチューナーを点けたら、お琴の音。それがちょっと気になった。
番組表を見ると、「邦楽のひととき 現代邦楽」だという。それで再放送(2019/12/05 午前5:20~5:50再放送)を録ったのがこれ(ここ)。

<現代邦楽・宮田耕八朗:作曲「甘樫の丘にて」>

(二十絃)吉岡紘子、(箏1)伊藤益美、(箏2)松井真砂子、(十七絃)菊川雅子、(尺八)永廣孝山(14分05秒)~NHK大阪局R-1スタジオ~

多分最後まで聞く人は少ないと思うが、聞いていると、何か映画音楽のような気もしてくる。
確かに、古くささはない。

このような番組は、まさに公共放送NHKならではのもの。利益とは別世界の、文化の継承であろう。
洋楽に対して邦楽という言葉もあるが、これは純邦楽。
ホンモノに接する機会は少ない。

wikiを眺めてみると、分類的には皇室の話題で出てくる雅楽をはじめ、能楽や仏教の念仏も入るらしい。
そして浄瑠璃や民謡、詩吟、そして箏曲や尺八など。

邦楽の世界は、たぶん経済(商売)的には成り立つのは難しいだろう。やはり趣味の世界なのだろうか?

前に津軽三味線の吉田兄弟のことを書いたことがある(ここ)。
これもまさに伝統芸能だが、奏でられる音楽はまさに現代的。
雅楽の世界では、東儀秀樹が有名。
箏曲の世界でも、それらに続く現代音楽がこれなのかも・・・

ステレオで聞くと、何とも面白い音楽ではある。

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2019年12月13日 (金)

「人生会議」って何?~終活の残し方

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(いちからわかる!)話題になった「人生会議」って何?
 ■人生の最終段階で望む治療やケアを、事前に話し合う
 コブク郎 「人生会議」って話題になったけど何?

 A 命にかかわる大きなけがや病気をするなど、人生の最終段階においてどんな治療やケアを受けたいかを、家族や医師らと前もって話し合っておく取り組みのことだ。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)と呼ばれ、その愛称が「人生会議」だ。

191213jinseikaigi2_20191213222201  コ ポスターが問題になったの?

 A 「まてまてまて 俺の人生ここで終わり?」などと苦しそうな表情で、自分の思いが正しく伝わっていなかった患者を演じるお笑い芸人の姿に、「不安をあおる」と批判の声が寄せられた。厚生労働省は1万4千枚をつくったが、自治体へ送ることは中止した。

 コ そもそも、人生会議って必要なの?

 A 命の危険が迫った状態になると、約7割の人が自分で治療やケアの内容を決めたり希望を伝えたりできなくなる。「最期は自宅で」「自分の代わりにこの人に治療方針を決めてほしい」といった考えを医師らと共有し、状況に応じて繰り返し話しておく。そうすれば希望にそった治療を受けやすく、周囲の心の負担も軽くなるとされる。

191213jinseikaigi  コ みんな話し合っているの?

 A 2017年の厚労省の調査によると、最終段階の医療やケアについて家族や医療関係者らと話し合っている一般の人は、「詳しく」と「一応」を合わせて4割弱。半数以上は、話し合ったことがなかった。

 コ あまり知られていないんだね。

 A 同じ調査でACPについて知っているかを聞くと、よく知っていると答えたのは3.3%、知らないが75.5%だった。普及啓発のため、厚労省は「いいみとり」にかけて11月30日を「人生会議の日」とし、ポスターもつくったんだ。今回の騒動で、知っている人が増えたのではとも言われているよ。(姫野直行)」(2019/12/10付「朝日新聞」P2より)

「人生会議」という言葉は知らなかった。Netでググると、まず厚生労働省のHPが見付かる(ここ)。
そして「厚労省、「人生会議」ポスターで吉本に4千万円発注が発覚…即掲載中止で多額税金浪費」(ここ)という記事も。
新聞にも載っていたようだが、見過ごした。どうもポスターの不適切で話題になったようだ。

191213jinseikaigi1 それはそれとして、厚労省の「人生会議」のHPをざっと眺めてみても、それほど違和感はない。国から命令されるのは面白く無いが、誰もが自分の終末について、予め話を残しておく事は重要。
自分の経験を振り返ってみても、親父は脳出血で突然亡くなったので、本人の意志はまったく分からなかった。お袋も、「いつまで、こんな所(病院)に置いておくの?死んじゃうじゃないの」と言いながら亡くなった。お袋は生前、自分の気に入った写真を遺影に、と兄弟3人に渡していたが、肝心の葬儀の時は、その写真が見付からず、遺影として飾られる事は無かった。
兄貴夫婦が亡くなった時も、本人の意志はほとんど聞いていなかった。兄嫁のときも、がんが見つかってから、そんな話をする訳にもいかず・・・

いわゆる終活は重要だと思うが、誰に言い残すかは難しい。夫婦で先に逝く方は良い。残った連れ合いがちゃんとやってくれるから。しかし残された方はどうする??
これが最大の問題。息子に言ってみても、はたしてそれを実行してくれるのか?
そもそもこれらは、個人の価値観に依る所が大きい。執行者(子ども)が本人の価値観と大きく異なっていた場合は、「人生会議」であらかじめ言い残しておくことは意味がある。
でも、それがどれだけの重みで実行されるかは、もうどうしようもない。
自分が死んだ後は、何も分からないのでどうなっても良い。と言う人がいる。それも一理あるな、と思う満月の秋の夜である。

●メモ:カウント~1250万

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2019年12月10日 (火)

ブラームスの「ハンガリア舞曲第5番/第1番」

だいぶん前だが、NHKラジオ深夜便「クラシックの遺伝子」(2019/09/15放送)で、ブラームスのハンガリア舞曲第5番の、いつもと違う編曲版を聞いて、なかなか面白かった。

オリジナルはピアノ連弾(4手用版)であり、ブラームスがオーケストラ版に編曲したのは、1,3,10番のみだという。その他は色々な音楽家による編曲だという。
その中で、ブラームスの時代に、フリードリヒ・D・ライヒェルトという作曲家がオーケストラ版に編曲したものが楽友協会に残っており、ブラームスが生きている時代には、このように演奏されたのでは無いか、ということで、2003年のニューイヤーコンサートで演奏されたとのこと。

<ライヒェルト編曲「ハンガリア舞曲第5番」アーノンクール/ウィーンフィル>

通常、我々が聞いている編曲版はこれ・・・
<「ハンガリア舞曲第5番」エッシェンバッハ/トーンハレ管弦楽団>


次に第1番だが、オリジナルのピアノ連弾版を放送していた。
<ピアノ連弾版「ハンガリア舞曲第第1番」ドゥオール(藤井隆史&白水芳枝)>

そして、ブラームス自身の編曲によるオーケストラ版がこれ。
<「ハンガリア舞曲第1番」小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラ>


前に「ケテルビーの「ペルシャの市場にて」~お袋の思い出」(2014/01/01)(ここ)という記事を書いた。お袋が92歳で亡くなった夜に書いた記事。
ここでも書いたが、ブラームスのハンガリア舞曲第5番は、自分が小学校低学年の頃(昭和30年代初期)から知っている曲。まさに、自分の音楽人生の原点。
ラジオしか無い時代、どうやって覚えたのかは分からない。でも、「ペルシャの市場にて」と共に、当時からこの曲は頭に入っていた。ラジオの番組のテーマソングだったのかも!?

来週は、お袋の七回忌。
久しぶりに聞いた「ハンガリア舞曲第5番」である。

(関連記事)
ケテルビーの「ペルシャの市場にて」~お袋の思い出 

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2019年12月 9日 (月)

感情がみえる新聞~「産経」と「日刊ゲンダイ」

「桜」が狂い咲きした臨時国会が、本日(2019/12/09)閉会したという。

前に、スマホで遊んでいたら「感情がみえる新聞」という言葉があって、面白いな~と思った。最近、その記事が気になり、ググってみたら、見付かった。

「桜を見る会」は“小事”か“天下の一大事”か問題 ヒントは11月13日の“あっさり中止”にあった 桜の木の下には何が埋まっている? - プチ鹿島

桜を見る会は「小さなこと」なのだろうか。
 私は新聞なのに感情がみえる新聞を読むのが大好きだ。たとえば「産経新聞」と「日刊ゲンダイ」はその両巨頭だと思っている。
 怒りの対象は産経が韓国と野党なら、ゲンダイは安倍政権。対照的だが擬人化すると“いつも怒ってるおじさん”というのは共通している。
 その産経師匠は最近ますますイライラしている。「いつまで桜を見る会なんてやっているんだ」と。

「産経抄」は小言が全開
 11月25日の一面コラム「産経抄」は小言が全開で目を引いた。
《「桜を見る会」をめぐって、小事を天下の一大事のように騒ぎ立てる野党の手法》
《国民は冷めている。》
 そして《国会は、もっと大所高所から論議をすべきだ、なんて野暮は言わない。》と言いつつ、
《国会議員のみなさんも花見にうつつを抜かさないで、せめて本のひとつも読んではいかがかな。》
 やはり産経師匠は天下国家のことを語れ! とご立腹なのだ。
 ただ、神は細部に宿るとも言う。「小事」と言うが「大事」につながっていることはないか。小事での態度や振る舞いこそが「天下の一大事」にも同様に出ちゃっていることは。
 では桜から目を離し、日米貿易交渉をみてみよう。

「本当にウィンウィンだったのか?」
 今しきりに言われているのは「本当にウィンウィンだったのか?」である。
「日米貿易協定 日本不利な可能性」とご丁寧に試算までしたのは朝日新聞だ(11月17日)。独自試算で出た関税削減額は「政府試算にはほど遠く」「日本の負けが際立つ試算結果だ」という。ま、まさか……。
 ここまで言われたなら具体的にどんな言葉で約束したかを公開すればいいと思うのだが都合悪いデータの「開示を拒んでいる」と書かれている。天敵・朝日にここまで言わせておいてよいのか。それとも本当にウィンウィンではなかったのだろうか。
 なら、保守派の新聞こそ政権に説明を求めるべきだ。
 なんせ国益に関することなのである。天下国家の一大事なのである。桜の説明ができないのにトランプ相手に交渉できるわけがない、桜を見る会の説明からやり直せ! と叱ればよいのである。これは保守派の新聞だからこそできることだ。
 リベラル派と言われる新聞にも問いたい。数年前からあなた達がしきりに警戒していたものが「桜を見る会」で実践されているが、まさかお忘れか。

「政府の恣意的な判断」を危惧していた朝日
 ためしに次の社説をあげる。「『安保法』訴訟 あぜんとする国の主張」(朝日新聞デジタル・2018年2月3日)
 安全保障関連法をめぐる訴訟について書いたものだ。
《首相が当初、象徴的な事例としてあげたホルムズ海峡の機雷除去も、審議の終盤には「現実問題として具体的に想定していない」と発言を一変させた。》
《存立危機自体の認定が、時の政府の恣意的な判断に委ねられている現状の危うさである。》
 権力を持つ側の「恣意的な判断」を危惧していた。

「共謀罪」も「そのターゲットを決める時点で」
 続いてこちらの記事は「共謀罪」について書いたもの。
「『恣意的な運用は日常茶飯事』 亀石弁護士が語る共謀罪」(朝日・2017年5月6日)
「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正案が成立した場合、捜査権限の拡大に歯止めは効くのかと書き、弁護士に尋ねている記事だ。
 記者は「政府は具体的な準備行為がなければ強制捜査はできず、乱用の心配はないとも説明しています。」
 その答えが、
《準備段階の行為を把握しようとする以上、そのターゲットを決める時点で恣意が働かざるを得ない。》(亀石氏)
 安保法でも、共謀罪でも、どちらにも懸念されてきた「力を持つ側の恣意的な判断」。

筋が悪いと判断するや、来年はあっさり中止
 一方で、権力にはここまで疑り深くならないといけないのかとあのとき思った人もいるだろう。しかし今回見事に出たではないか。何が? 恣意的な判断が。
「桜を見る会」中止である。
 筋が悪いと判断するや、来年はあっさり中止。吉田茂首相時代から続く歴史と伝統を一瞬で断絶。
 たかが桜と油断していたのだろうか。その分、力を持つ人の恣意的な判断がまざまざとリアルタイムで披露された。疑問に思われていることをほぼ説明せず、実行した。
 共謀罪も安保法も桜を見る会も同じに考えたほうがいい。態度や振る舞いはすべてつながっている。そこに「小事」も「大事」も関係ない。
 新聞はこれについてなぜもっと驚かないのだろう。不安視してきたことが眼前でおこなわれたではないか。

「シュレッダー」というパワーワードが
 そして今回も出た公文書廃棄。逃げ続けた結果、「シュレッダー」というパワーワードが出てきて取り返しのつかないことになっている。三谷幸喜のコメディみたいだ。最後は「記憶にございません!」だろうか。
 よく、桜の木の下には屍体が埋まっていると言うが、桜を見る会にはここ数年の「あったものがなかった」がすべて埋まっている。総決算なのである。
 決して小さなことではないと思う。(プチ鹿島)」(文春オンライン2019年11月29日ここより)

「プチ鹿島」のwikiに「新聞を13紙購読し、読み比べをしている。(2019年10月25日放送のNHKによる紹介より。)」とある。なるほど、ここまで喝破できるのは、ちゃんと読み比べをしているからなのだ。

言葉が勇まくて面白いので、たまに覗く「日刊ゲンダイ」(ここ)。
今日の記事は、
憲法も入試改革も頓挫 大風呂敷を広げるだけの安倍首相
 山積みの疑惑を何ひとつ晴らさないまま、安倍首相はまたも逃げ切ろうとしている。「桜」が狂い咲きした臨時国会は9日、閉会。首相主催の「桜を見る会」をめぐる疑惑は次から次へと噴出しているが、臭いモノにはフタをして、年末年始のドサクサに紛れて世間の関心が薄れるのを待つつもりなのだろう。…」

ふと、2015年のフランスの風刺週刊誌の「シャルリー・エブド襲撃事件」を思い出した。神までも風刺するフランス。日本の風刺はここまでは行っていないが、それを良いことに?国民の風化を待つ公私混同の権力者。
誰もが言っているように、首相の思惑通り「過去のこと」にするかどうかは、我々国民の意識の問題。
国の政治を説く中学・高校の社会科の教科書の内容と、あまりにかけ離れた今の日本の政治の世界ではある。

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2019年12月 5日 (木)

「世界の旅から見えてきたこと」旅行ジャーナリスト 兼高かおる

先日、NHKラジオ第2で「カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「声でつづる昭和人物史~兼高かおる」(ここ)を聞いた(2019/11/18&25放送)。
若い人はたぶん知らないだろうが、兼高かおるさんは「1959年から1990年まで『兼高かおる世界の旅』(TBS系)でナレーター、ディレクター兼プロデューサーを行う。取材国は約150か国、距離にして地球を180周もしたことになる。」(wikiより)という方。
その兼高かおるさんについて、2回に亘って保阪正康氏がお話をされていた。

NHKの番組の紹介にはこうある。
「兼高かおるを2回にわたり取り上げます。昭和34年から31年間続いた「兼高かおる世界の旅」では、企画から現地での取材、コーデイネータ191205kanetakakaoru ーなども務め約150か国を訪れその距離は地球180周にも及びます。今回紹介するのは平成22年ラジオ深夜便で放送した「私が旅から学んだもの」で兼高さん82歳の時の録音です。外国に興味を持ったきっかけ、「旅のだいご味は自分の目で見て自分の肌で感じことが大切」だと語っています。」ここより)

<「声でつづる昭和人物史~兼高かおる」(1)>

<「声でつづる昭和人物史~兼高かおる」(2)>

この放送の元になった番組が、2010年12月5日/6日の「世界の旅から見えてきたこと 旅行ジャーナリスト 兼高かおる」だった。
そう言えば、最近再放送していたな・・・と探したら、見つかった。2019年1月25~26日に再放送されていた。上の番組のオリジナル番組である。改めて聞いてみる。

<世界の旅から見えてきたこと(1)旅行ジャーナリスト 兼高かおる(初回2010/12/5放送)>

<世界の旅から見えてきたこと(2)旅行ジャーナリスト 兼高かおる(初回2010/12/6放送)>

★この番組は、NHKのサイト「読むらじる」で文字化されている。(①ここ)(②ここ)(③ここ)(④ここ

これらの番組から、兼高かおるさんは、まさに時代の先端を走る行動力の持ち主だった事が分かる。もちろん財力が無ければ海外には行けない。留学も出来ない。
そしてお嬢さんらしい話し方と風貌。お父上はインド人とのこと。お父上は何の仕事だったのか?

そして一貫して言っている事は、海外に出なさい。ということ。海外から日本を見た時に、世界観が変わると。
自分も、初めて出張で米国に行った時に、世界観が変わった。初めて日本を、外から客観視することが出来た。それには、まず英会話・・・。
そしてその経験での色々な助言は、今でも通じる。

自分も「とにかく外に出ろ」と次の世代に言いたいが、結果として息子どもは海外とは縁が無かった。そのうち孫に海外に出してやりたいが、どうなるか分からない。

『兼高かおる世界の旅』が放送されていた頃に、この番組を見た記憶はあまりないので、改めて見てみようと思ったが、YouTubeにも挙がっていない。残念。
為替が360円の時代の、日本から飛び出したある女性の話ではある。

蛇足だが、2010年の初回放送の録音も残っていた。少し聞いてみよう。

<2010年放送の「世界の旅から見えてきたこと(2)旅行ジャーナリスト 兼高かおる」(2010/12/6放送)より>

この録音は、オリンパスの「ラジオサーバーVJ-10」(ここ)で録音したもの。FMチューナーからLINEでつないで録音していた。
今はパソコンで録音しているが、その音質の違いの大きいのには驚く。
自分のPCの「radika」による録音開始は、2012年11月28日(ここ)なので、それから7年、良い音で録音できていることは喜ばしい。

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2019年12月 3日 (火)

「進化する紙おむつ」~愛犬のオムツ

いつも、すごいなーと思っていることがある。それは愛犬・メイ子のオシッコシートや、オムツの性能である。
いつの取り替える時に、ジトッと重い。しかし臭わない。これはどんな原理なのだろうと、常々思っていたが、その解が、先日の朝日新聞にあった。

「(はてなスコープ)進化する紙おむつ 薄く軽く、100倍の水を吸収
 小さな子どもを持つ家庭で毎日、定期的になされるのは、紙おむつの交換です。うっかり交換のタイミングを逃してしまうと、「決壊」してしまうこともあります。取り外すと、ずっしり重い紙おむつ。そもそも、大量の水分をどうやってため込んでいるのでしょうか。
 紙おむつをハサミで切り、中を見てみました。おしりの当たる表面はツルツルした素材。それをめくると、ボソボソとした綿のような繊維。その下から、白っぽい粒が出てきました。
191203kamiomutu  取り出した粒に水を少しかけてみました。少し時間をおいて触ってみると、ゼリー状でプルプル、手触りはサラサラでした。
 「その粒が吸水性樹脂です。100倍くらいの水分を取り込み、保持します。1グラムの樹脂なら、だいたい100グラムの水ですね」と日本衛生材料工業連合会(東京)の宮沢清さん。吸水性樹脂の正体は、ポリアクリル酸ナトリウムという高吸水性高分子(スーパー・アブソーベント・ポリマー=SAP〈サップ〉)だそうです。
 どうやって水分を吸収しているのでしょうか。スポンジやパルプでは、指で押すとすぐに水分が出てきますが、SAPは水分を保持する能力が高く、なかなか出てきません。内部はイオン濃度が高いため、浸透圧によって水分が取り込まれる仕組みです。
 おしりが触れる表面は高密度の不織布を使い、その中は針葉樹からつくられたふんわりしたパルプとSAPの粒。水分は、表面の不織布を通り抜け、吸水が早いパルプに取り込まれます。その後、ゆっくりとSAPに移っていきます。表面の不織布をすぐに通り抜けて戻さないことが、表面をサラサラに保つ秘密のようです。
      □     □
 こうした吸水性樹脂を使った紙おむつは、1980年代に登場しました。同連合会によりますと、吸水性能が上がったことで1日の使用枚数が7.7枚から5.5枚に減りました。
 紙おむつメーカー各社がしのぎを削る部分はほかにもあります。
 股の部分の脇からの漏れ対策、背中側から漏れていかないようにせき止める仕組みなど。さらに、フィット性や付け心地も重要です。「一般の商品と違い、使う本人ではなく保護者が評価する商品なんです」と宮沢さん。赤ちゃんが快適なのか不快なのかを調べる研究もなされているそうです。
 その一方で、紙おむつが快適すぎると、トイレを使う「トイレトレーニング」に支障が出るのではないかという懸念もあります。そのため、ぬれたような感じを出すトイレトレーニング用の商品も登場してきました。
      □     □
 同連合会のまとめでは、乳幼児用の生産数量は、2010年の86億3千万枚から増加傾向で、17年には159億6300万枚に達しました。「日本は少子化ですが、海外への輸出が伸びています」(同連合会)。高齢化を反映して大人用も増え続けています。10年は54億4500万枚でしたが、18年には83億8400万枚です。
 最近では、紙おむつをリサイクルする動きもあります。ユニ・チャーム(東京)などは、使用済み紙おむつを分別し、洗浄と消毒をして再生させるプロジェクトを始めています。水分を取り込んで膨らんだSAPでも、加熱することで水分が蒸発し、再生することができるそうです。
 一般家庭の焼却ゴミのうち使用済み紙おむつの割合は約7%(重量比)と推計され、今後も増えていくと考えられています。紙おむつにも、再資源化の波が押し寄せています。(木村俊介)

 ■これから
 1日に何枚も使う紙おむつは、やっぱりかさばります。輸送、店頭、自宅、お出かけ先など、どの段階でも軽く、薄く、省スペースなものが求められています。また、表面の触り心地や漏れ防止などの工夫のほか、使用済みの吸水性樹脂をどう効率よくリサイクルしていくかといった技術開発が続いています。」(2019/11/30付「朝日新聞」b5より)

なるほど。先端技術なのだ。やはり日本の技術はすごい。
それにしても「焼却ゴミのうち使用済み紙おむつの割合は約7%(重量比)」というからオドロキ。我が家でも、前は毎日大きなオシッコシートを2ヶ所取り替えていたので、可燃ゴミとしては存在感があった。そして今では、日に3回オムツを取り替えているが、前ほどでは無くなった。
当サイト(備忘録)によると、メイ子にオムツをさせ始めたのは10月24日とある(ここ)。
それ以来、床のオシッコやウンチを踏んづけることは無くなった。しかし、毎日のオシメの交換作業は、自分の仕事になってしまった。
最初は、ウンチがオシメから外れてオシッコシートに堂々と鎮座していたが、今は、昔買って、大き過ぎで放ったあったSSサイズのオムツを、ウンチ脱落防止にSSSの上に二重にさせているので、ウンチの脱落はなくなった。まあ、メイ子にしては、シッポが自由に動かせないが、これは我慢して貰うしか無い。
しかし、どこに落ちているか分からないメイ子のオシッコやウンチのストレスは大変だった。それが、オシメで解消したのは有り難かった。

メイ子も、12月23日で満17歳。人間で言うと“立派な高校生”だが、80歳に相当する老犬。しかし、まだまだ元気。耳と目は少々難があるが、まだまだ頭もしっかりしていて元気。いつまで、オムツ交換をするのか分からないが、ぼけていないのは大助かり。

1日3回、オムツを取り替える時、シッポの下にウンチがあるかな?というスリルは何とも言えない・・・!!??
世のママさんの、赤ちゃんのお尻に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ仕草を真似るがごとく、70過ぎのジイさんが、毎回愛犬のお尻に鼻を近付けてウンチの匂いを嗅いでいる毎日なのである。

(追2019/12/26)
一週間ほど前から、散歩に表に出しても、ほとんど歩かなくなったため、散歩中止となっている。

(関連記事)
愛犬・メイ子がオムツをした日 

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2019年12月 1日 (日)

TV東京のドラマ「死役所」が心をえぐる

自分がTVドラマを開拓することはほとんどない。いつもカミさんからの受け売り。
191201siyakusyo1 この秋のシーズンは、なかなか見応えのあるドラマが多いそうだ。このTV東京のドラマホリック!「死役所」(2019/10/17~放送)も、カミさんに言われて見出したドラマ。テレビ雑誌の紹介記事を見て、カミさんが予約したとのこと。何せ、放送時間が水曜日の深夜0時12分からなのだから、あまり見ている人はいないのでは?

TV東京のサイト(ここ)には、こう紹介がある。

ドラマホリック!「死役所」

「お客様は仏様です」
誰もが一度は想像する
「死後の世界」
待つのは天国?地獄?
あるいは――

この世を去った者たちが最初に訪れるのは、あの世の市役所ならぬシ役所
ここは、自殺、他殺、病死、事故死など様々な理由で亡くなった者たちの行き先を決める手続きをする場所だ。
シ役所「総合案内」で働く職員シ村は、次から次へと現れる死者に「お客様は仏様です」と慇懃無礼な態度で対応する。
訪れる死者「死」を受け入れた者から、現実を理解しないまま現れる者まで様々。
果たして彼らはどう生き、どうんだのか?
壮絶な生前の姿が死者の申請書から次々とあぶり出されていく。
罪無き者は、天国へ。罪深き者は、地獄へ。あるいは――。

シ村を取りまく職員たちも一筋縄ではいかない癖のある者たちばかり・・・
実はシ役所の職員たちもまた隠された秘密があった。
彼らはなぜ後、この場所で働くことになったのか?
そしてシ村の秘められた過去とは…?

魂えぐる死者との対話がここにある。」(TV東京のここより)

191201siyakusyo2 そして、先日放送された「第7話 死役所「石間徳治」(放送日:2019年11月27日)」が泣けた。
ストーリーは、「シ村(松岡昌宏)は、イシ間(でんでん)が中学生の女の子の対応をしながら、一緒に泣いているところを見掛ける。イシ間は少女に、めいのミチ(田鍋梨々花)の姿を重ねていた。生前、イシ間は空襲で死んだ弟夫婦の娘・ミチを引き取り、実の娘のように大事に育てていた。そんな中、あまりにむごい事件が起きる。」ここより)(予告編はここ

この物語は、「原作はあずみきし同名漫画『死役所』(新潮社バンチコミックス刊)。累計300万部(電子書籍含む)を超える大ベストセラー漫画。」だそうだ。

各40分のドラマだが、どれも、見応えがある。
191201siyakusyo3 「シ村」役の松岡昌宏のクールな姿。そして、死役所の職員は、全て死刑になった人で、成仏できない人たちなのだが、「何で死刑なの?」と思わせる「イシ間」(でんでん)の風貌。各職員の、死刑になった経緯が次々に明らかにされていく。

全10話なので、あと3回で終わる。これも、いつ見るか分からないが、BDに録っておくか・・・!?

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