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2019年11月 9日 (土)

三谷幸喜の話せる6カ国語

先日、朝日新聞でこんな記事を見付けた。

(三谷幸喜のありふれた生活:966)6カ国語が話せるように
 最初にチャレンジしたのは約二十年前。映画「ラヂオの時間」でベルリン映画祭に行った時だ。
     *
 上映後、大勢の観客の前で舞台挨拶(あいさつ)。どうせならベルリンのお客さんを笑わせるスピーチがやりたい。そこで「皆さん、私のドイツ語が分かりますか」と僕はドイツ語で尋ねた。客席は盛り上がった。「分かるよ、分かるよ」と言っているようだった。僕は続けた。「それは残念です。僕は僕のドイツ語が分かりません」。観客爆笑。
 もちろんドイツ語など喋(しゃべ)ったことはない。日本を発つ前に、僕の原稿を通訳の方に訳してもらい、それを丸暗記した。何度も人前で披露して慣れなければと、まずは飛行機の中で搭乗員に試し、空港の職員に試し、ホテルへ行くまでのタクシーの運転手さんに試した。皆さん、笑ってくれた。ドイツ語は日本人には発音しやすいのだろうか。スピーチが終わった後も、気をよくして町で会う人に手当たり次第やってみた。ベルリンの皆さんにとっては、さぞ迷惑な外国人だったと思う。
 「みんなのいえ」がロンドンの映画祭で上映された時は、同じ内容のものを今度は英語で披露した。やはり爆笑。どうやらこのネタは世界で通用するようだと確信した。
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 僕の舞台がロシアで上演された。味をしめて、ロシア語バージョンを通訳さんに作って貰(もら)い、丸暗記。オムスクの劇場で舞台挨拶をした際、舞台上から観客に問いかけた。「皆さん、僕のロシア語が分かりますか」。「分かるよ」とロシアの人々。「残念です。僕は僕のロシア語が分かりません」
 その瞬間、客席の空気が変わった。ベルリンでもロンドンでも味わったことのないムードだった。何を言っているか分からないが、皆、慈愛に満ちた表情でこっちを見ている。隣の通訳さんが教えてくれた。「心配ないよ、ちゃんと通じているから落ち込む必要はない、と皆さん言っています」。ロシア人たちはそれがジョークだと気付いていないようだった。僕は、生真面目な彼らの性格を計算に入れていなかった。
 その後韓国で、僕の作品が上演された時には韓国語で挨拶。大成功。トロント映画祭でフランス語バージョンにもチャレンジしてみたが、この時だけはまったく伝わらず、観客はきょとんとするばかり。フランス語はかなりの強敵のようである。
 そして今回。映画「記憶にございません!」が台湾で公開されることになり、キャンペーンで台北を訪れた。北京語は難しいと聞いていたが、ここまで来たら挑戦し続けるしかない。今回も必死に覚えた。カンペを見ないで話すというのが大事。覚えて話すと、多少発音がおかしくてもお客さんは非常に好意的に受け取ってくれる。これは世界共通。今回も台湾の人々は爆笑してくれた。
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 一度覚えた挨拶は、せっかくだから忘れないようにと、帰国してからも日々反復している。僕はこの二十年で、英語、ドイツ語、ロシア語、韓国語、フランス語、北京語を話せるようになった。ちょっとした財産である。フランス語だけはいまだに、話せはしても通じません。」(2019/10/31付「朝日新聞」夕刊p4より)

三谷幸喜はウィットの達人だが、日頃からこのような努力をしているようだ。さすがだ。

何度も書いているように、自分は外国語は大キライ。「オレは大和民族だ~~!?ケトウの言葉はキライだ~!」と言ってみても空しい・・・
現役時代、何度も海外出張の機会はあったが、全て逃げた。しかし、当時の上司の事業部長から、一度だけラスベガスの展示会に視察に行くことを命じられ、仕方なく行った。
言葉が心配だったので、英語が堪能な人を一緒に連れて行った。まさに通訳同伴での大名出張。アメリカに着くと、現地の駐在員が案内。ベンダー訪問も含めて10日ほどだったが、いわゆる見学・視察出張だった。帰ってからも、特に報告会があるわけでも無く、そのまま何となく終わった。
その時に強烈に悟ったのが、英語が話せることは、ビジネスマンにとっては必須事項だということ。

大学入試で、英語の民間試験導入延期でドタバタしている。誰もが、話すこと、書くこと、のアウトプット能力が重要だと思っている。しかし試験の手立ては難しい。
自分が英会話は必須、と思っていても、息子どもはまったくダメ。孫がどうなるかは分からない。
世では、英会話はどのように身に付けるのだろう?

準現役のとき、部下に高校出の部下がいた。その人は、英会話が堪能だった。その人は、ある機器の保守のために、突然アメリカ駐在を命じられ、家族と一緒に2~3年滞在したという。その時のことを聞くと、まさに赤ちゃんからのスタートだったという。とにかく真似て真似て、少しずつ覚えて・・・
そして、現地での“逃げられない環境”は、英会話を否が応でも身に付けさせる。
つまり自分のように、逃げてばかり居る人間は、決して身に付かないということ。

日本の若者が、韓国や中国のように、英会話が出来ることが当たり前になるためには、どう教育をするべきなのだろう。
韓国の入試はどうなのだろう。英語教育の先進国の韓国!を見習うのもひとつかも?
三谷幸喜のウィットの小話を読みながら、日本人の英会話力について心配してしまった。


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