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2019年7月30日 (火)

半藤一利の絵本「焼けあとのちかい」

そろそろ8月。終戦記念日を迎え、かつての戦争を思い出す夏である。
カミさんが「通販生活」という雑誌を取っている。2019年盛夏号に「昭和を忘れない 作家・半藤一利さん(89)の「東京大空襲」体験」という記事があった。

「昭和20(1945)年3月10日。東京・向島に住む14歳の半藤少年は、後に「東京大空襲」と呼ばれるアメリカ軍による激しい爆撃の中で九死に一生を得ました。
その体験を基にした絵本『焼けあとのちかい』(大月書店)を上梓する半藤さんが、令和の時代に伝えたいこととは――」

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体験談の本文は上の写真から読んで頂くとして、半藤さんのこの体験談は、今までに何度か聞いている。その強烈な体験が、その後の半藤氏の活動の原点になったのだろう。

カミさんが早速この絵本を買いたいというので、『焼けあとのちかい』(大月書店)を発売前から予約しておいた。
半藤さんが、言いたいことが最後の2ページに集約されていた。

「いざ戦争になると、人間が人間でなくなります。
たとえまわりに丸こげになった数えきれないほどの死体がころがっていても、なにも感じなくなってしまいます。
心が動かなくなるのです。           li。
戦争の本当のおそろしさとは、自分が人間でなくなっていることに気がつかなくなってしまうことです。
あのときわたくしは、焼けあとにポッンと立ちながら、この世に「絶対」はない、ということを思い知らされました。
絶対に正義は勝つ。絶対に神風がふく。絶対に日本は負けない。
絶対にわが家は焼けない。絶対に焼い弾は消せる。
絶対に自分は人を殺さない。絶対に……、絶対に……。
それまで、どのくらいまわりに絶対があって、自分はその絶対を信じてきたことか。そしてそれがどんなにむなしく、自分勝手な信念であったかを、あっけらかんとした焼けあとから教わったのです。
わたくしが死なないですんだのも偶然なら、生きていることだって偶然にすぎないではないか――。
そのとき以来、わたくしは二度と「絶対」という言葉はつかわない、
そう心にちかって今日まで生きてきました。
しかしいま、あえて「絶対」という言葉をつかって
どうしても伝えたいたったひとつの思いがあります。
『戦争だけは絶対にはじめてはいけない』」(半藤一利の絵本「焼けあとのちかい」より)

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190730aidoru カミさんは、この絵本を孫娘にあげたいという。まだ小学校前で、七夕の短冊に「あいどるになりたい」と書く幼さだが、いつの日か、戦争について思う日も来るだろう。
その時に、戦争でロシアから北方領土を取り返すと言った議員のような浅はかさではなく、真に戦争を否定する人間に育ってほしいと思う。

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コメント

太平洋戦争~敗戦直後の庶民の苦難を描いているテレビ朝日で毎日、放送中のドラマ「やすらぎの刻〜道」を真剣に見ています。脚本家倉本聰の力のこもった作品です。満州開拓団、思想統制、徴兵検査、赤紙召集、家族の戦死・・・本で読み、映画やTVドキュメンタリ-で何度も見てきたものとは違う迫力が、連続ドラマにはあります。視聴をお勧めします。
 別件ですが、半藤一利・池上彰共著「令和を生きる」(幻冬舎新書)も、平成30年間を復習でき読み応えがありました。

【エムズの片割れより】
情報をありがとうございます。
そうですか。見ていませんでした。
少し覗いてみます。

投稿: かうかう | 2019年7月30日 (火) 22:51

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