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2019年7月 1日 (月)

心肺停止の時、救急車に蘇生拒否~最期をどう迎える?

先日、NHKの何かの番組で見た救急現場について、気になった。それでググってみたら、こんな記事が見付かった。実際には、NHKの色々な記事がヒットするが、この記事が最も詳しかった。

「蘇生やめて!」救急現場で何が…
皆さんは人生の最期をどのように迎えたいか考えたことはありますか?実は国の調査では、およそ半数の人が、病院ではなく、住み慣れた自宅で最期を迎えたいと望んでいるんです。そうした中、総務省消防庁が行った初めての調査で驚くべき事実が明らかになりました。自宅で心肺が停止した患者の家族が、駆けつけた救急隊に対して蘇生や搬送を拒否するというケースが相次いでいるというのです。その数、全国で年間およそ2000件。一体何が起きているのか。私たちは取材に当たりました。(社会部記者 金倫衣・山屋智香子 ネットワーク報道部記者 吉永なつみ)

なぜ蘇生中止求める?
私たちはある具体的な事例にたどり着きました。
去年1月、94歳で亡くなった八王子市の近藤悦子さんのケースです。
悦子さんは、生前、娘の茂代さんに対して、「人工呼吸器をつけるような延命治療はしたくない」と話し自宅での最期を望んでいました。
そんなある日、容体が急変。ベッドの上で意識が無い状態で見つかります。
これに慌てた娘の茂代さんはとっさに119番通報をしてしまいました。
救急隊は到着後、すぐに心臓マッサージを開始。病院へ搬送する準備を始めたその時、母親の意思を思い出した茂代さんは、蘇生や搬送の中止を求めました。
救急隊員の腕をつかみながら、「心臓マッサージをやめてほしい」と訴えましたが隊員は「仕事ですから、やめるわけにはいかない」と処置を続けたといいます。
そこに、主治医が駆けつけ、救急隊員に対し回復の見込みがないことと本人の意思を説明。結果、搬送は中止され、母親の希望通り自宅で最期を迎えることができました。
例え本人の意思を知っていても目の前で突然、倒れたり意識を失ったりしたら、家族は動転して救急車を呼んでしまうことがあるのです。

搬送されてしまうケースも
一方、本人の意思に反して病院に搬送され、自宅で最期を迎えられなかった人もいます。
名古屋市の医師、神谷悦功さん(50)はおととし同居していた父親の忠さん(当時77)を亡くしました。
夜、自宅の風呂場で忠さんが意識を失って倒れているのを見つけ、すぐに脈拍などを確認しました。しかし、すでに心拍も呼吸もなく、回復も見込めないことがその場でわかりました。
実は忠さんも医師で、以前、息子の悦功さんに対して「もし倒れても救命処置はしないでそのままみとってほしい」と伝えていたといいます。
一方で、容体がそこまで悪化していなかったため、家族を含めて自宅で最期を迎えるための具体的な準備はしていませんでした。
そんな中、突然訪れた最期。夜間でもあったことから、主治医とはすぐに連絡がとれませんでした。
神谷さんは、救急車を呼んでしまうと父が望んでいなかった救命処置が行われると考え、事件や事故でないことを説明するため警察に連絡しました。
すると駆けつけた警察官は「体がまだ温かいので救急車を呼びます」と言って消防に通報し、まもなく救急隊が到着しました。
神谷さんは自分が医師であることを隊員に説明したうえで、救命処置や搬送の必要はないと伝えました。
しかし、隊員は少し困った表情を見せると無線で本部とやり取りし、「そちらの事情もわかるがそれはできない」と答えて死後硬直が起きていないことなどを示したうえで、搬送したといいます。
その後、忠さんは病院で死亡が確認されました。
神谷さんは「中学生の娘2人が隊員に『おじいちゃんを連れて行かないで』と泣き叫んでいた。2人の父親としても、また父の願いをかなえられなかった息子としても申し訳ない気持ちになった」と話していました。
忠さんが無言の帰宅をしたのは搬送からおよそ6時間後。
神谷さんの母親で、忠さんの妻の倫子さん(76)は「もう亡くなっているのはわかっているのに、救急隊の人が力いっぱい痩せた夫の体に蘇生処置をするのを見ると痛そうで、気の毒で、私もつらかった。なきがらが自宅に戻ると息つく間もなく葬儀の準備が始まってしまい、夫がかわいがっていた孫たちと一緒に静かな時を過ごすことができなかったことが心残りです」と悔やんでいました。
名古屋市消防局は取材に対し、今回のケースで搬送を中止しなかった理由について、プライバシーの問題があり「個別の案件についての回答は差し控える」とコメントしています。
そのうえで、こうしたケースについては国の基準が示されておらず、救命活動を続けるかどうかは搬送先の医療機関の医師の指示に従うことになっているとしています。

救急隊員の戸惑い
相次ぐ救急現場での蘇生拒否。救急隊員からは戸惑いの声が上がっています。

「救急隊は命を救うことが使命だが、心肺蘇生をやめてほしいということで板挟みになる」
「心肺蘇生を行ったら、家族から抗議を受けた」
「蘇生の拒否が患者本人の希望なのか、家族の希望なのかその場で判断できない」

救急隊員は法律上、救命措置を行いながら、迅速に医療機関に搬送することが責務とされています。
このため、1分1秒を争う現場では、判断に迷っている余裕はありません。差し迫る状況のなか、蘇生の拒否を告げられると、隊員は「責務」と「患者や家族の希望」との間で、どうすべきか判断を迫られてしまうのです。
実はこうしたケースに直面した時、救急隊員がどのように対応すべきか、全国で統一されたルールや手順はありません。これも救急隊員が混乱する大きな要因だと指摘されています。

動き出した医療現場
こうした救急現場での混乱を防ぐためにどうすればよいのか。
実は今、対策に動き出した医療機関があります。
東京 世田谷にある在宅医療専門の「恵泉クリニック」では、ことし4月から、容体が急変した時などにどんな治療を受けたいか、患者や家族の希望を細かく聞く取り組みを始めています。
心肺が停止し、回復が見込めない時に、救命措置を望むかどうか。事前に患者と家族、医師が話し合っておき、書面に残しておくというものです。
私たちがこの取り組みを取材した時に出会った88歳の男性は、「好きなことは全部やってきたので、思い残すことはない。苦しまず家族に迷惑をかけたくない」と話し、救命措置を望まないと書面に記しました。
ただ、この取り組みは決して、救命拒否を促すものではありません。91歳の男性患者の娘は、「もう少し一緒の時間を過ごしたいので、心肺停止になっても蘇生によって戻るのであればお願いしたい」と話し、できる限りの蘇生措置を希望していました。
クリニックの太田祥一院長はこうした取り組みに欠かせないこととして、患者と家族、それに医師や看護師などとの信頼関係を築くことと、考えが変わる可能性があるので定期的に希望を聞き取ることを挙げています。
太田院長は「これまでは、最期をどう迎えたいかと話し合うことはタブーとされてきたが、これからは医師が患者や家族の意思を確認することが欠かせない」と話していました。

消防も対策進める
また、消防の現場でも対策が少しずつ進んでいます。
埼玉県の所沢市などを管轄する、埼玉西部消防局では、現場で心肺蘇生の拒否を求められた場合の対応のしかたについて、独自の手順書を作成し、10年前から活用してきました。
キーワードは、「医師の指示書」と「家族の同意」です。
まず「医師の指示書」は、主治医が患者と交わした書面のことです。患者が心肺停止になった場合に心肺蘇生を希望するかしないかを、事前に主治医が患者と話し合い、それを記したものです。
書面には、患者本人の署名のほか、主治医の名前や連絡先が書かれています。
このため、救急隊員が現場で蘇生を拒否された場合、家族などから「医師の指示書」を提示されれば、隊員は主治医にすぐに連絡し、指示を仰ぐことで蘇生や搬送を中止できます。
しかし実際の現場では、この「医師の指示書」が出てきたケースというのは、ほとんどないといいます。
主治医と口頭で意思を確認しあうことはあっても、それを書面に残しておくというところまでは、なかなか普及していないのです。

そこで2つ目のキーワード「家族の同意」が出てきます。
事前の書面がなくても、その場での「主治医の指示」と「家族の同意」があれば、蘇生や搬送を中止できるようにしました。
具体的には、家族から主治医が誰かを聞き取り、その主治医に連絡して蘇生中止など処置の指示を受けます。
そして、救急隊員がその場で家族から同意のサインをもらいます。
救急隊員は独断で蘇生の中止などを判断できないため、必ず医師の指示が必要となります。家族などからの申し出だけではなく、医師との連携を強化することで、円滑な活動が成り立っているのです。
「患者本人や家族の希望がいちばん大切だと思うので、そうした意向に沿った活動をしていきたい」
先ほどの医療機関もそうですが、こうした取り組みは、決して蘇生の中止を促すものではなく、あくまで、患者や家族の希望に沿った活動を行おうとするものです。
取材した隊員が話してくれた言葉が、深く印象に残っています。「救命処置を望む人にはもちろん処置を、望まない人にもそういった意思に沿った活動を、どんな患者や家族に対しても寄り添った活動を行うのがわれわれの仕事だと思っている」

今後どうすれば
こうした取り組みは、まだ一部の消防にとどまっているのが現状です。日本臨床救急医学会の坂本哲也代表理事は、全国的な仕組み作りが重要だと指摘し、次のように話しています。
「このままの人口構造では高齢者がふえていくので、今の体制であればさらに現場の混乱が増えてくると思う。これまでは救急隊が現場に行くと救命措置に100%全力を尽くすという選択肢しかなかったけれど、蘇生を中止するような手順を選ぶことができる、これがこれからの新しい救命の考え方だと思う」

家族との話し合いを
突然、目の前で心臓が止まったり、呼吸が無くなったりすれば、家族が動転して119番通報をしてしまうことは決して珍しくないと思います。
そうした場合、救急隊員はどのように対応すべきか、国が統一したルールを早く設けるべきです。
高齢化社会に直面し、救命救急の考え方を変える時が来ているのかもしれません。
また、取材して感じたのは、この問題は救急隊だけで解決できるものではないということです。
患者本人や家族はもちろん、地域のクリニックや救急病院の医師や看護師など、まさに地域医療に携わるさまざまな分野の人たちが連携してはじめて、患者の希望にそった対応が成り立ちます。
そして何より私たち一人一人が日頃から家族などと話し合うことが最も重要です。さらに何かあれば、まず主治医に連絡するということを徹底することも大切です。
人生の最期なんてまだ遠い話だと感じている人も、1度、周りの人たちと話し合ってみてはいかがですか。」(2018年10月2日NHKのここより)

最期の時の延命治療の問題。
人は、いつ何時、何が起こるか分からない。決して他人事では無い。

3月に亡くなった兄貴と、正月に弟の家で、74歳の誕生会をした。その時に、耳が遠いと言っていた兄に、スマホのアプリで、どの位耳が聞こえないのか調べてみたら?と言ったら、兄は「治るのならやるが、治らないのならやらない」と言って、テストを拒否した。
結局、その考え方が兄の最期を迎えるスタンスだった。そしてそれを実行して逝った。

自宅でもしもの時、同じだと思う。「治るのならやるが、治らないのならやらない」。つまり、いわゆる事故で、心臓マッサージで生き返って、その後の人生が送れるならやるが、何かの病気で、幾ら心臓が甦っても、それは瀕死の蘇りで、直ぐに止まってしまう状態なら、何もしない、という選択肢も有り得る。
だが、消防士は仕事で、やらざるを得ない。
ある消防士は、主治医から「やるフリをして、自分の病院まで搬送してくれ」と電話で頼まれたが、「そんな事は出来ない」と拒否して、心臓マッサージをしながら、主治医の病院まで運んだという。しかし、途中で「やるフリ」をして、報告書には「全力でやったが・・・」と書いたという。

突然、という話はよく聞く。近所でも、奥さんが風呂から上がってこないので、娘さんが見に行くと亡くなっていた。という話や、カミさんの友人のご亭主は、同窓会の宿で、温泉で浮かんでいて、風呂場の掃除の人が見付けた、とか。だいぶ前の話だが、従兄弟の家で、父親がやはり風呂場で亡くなっているのを朝見付け、警察で解剖が終わるまで、返ってこなかったとか。
そう言えば、ついひと月ほど前、直ぐ近所で、救急車が来て慌ただしいので、見に行ったら、男の人が道路で、消防士の心臓マッサージを受けていた。その後、花束があったので、亡くなったのだろう。散歩だったのだろうか?

人生、いつ遮断されるか分からない。“その時”がいつ来ても、上の記事では無いが「好きなことは全部やってきたので、思い残すことはない。苦しまず家族に迷惑をかけたくない」と言って逝きたいものである。

(2019/07/04追)
救急隊の蘇生中止、国も追認へ 消防庁部会報告書案「かかりつけ医の判断で」
 末期がんや老衰のために自宅などで心肺停止になった際、家族らが119番通報して駆けつけた救急隊に蘇生処置を断る事案が相次いでいることを受け、総務省消防庁の検討部会は3日、かかりつけ医が蘇生中止を判断できるとする報告書案をまとめた。今夏にも開く検討会で決定し、周知する方針。蘇生中止に関し、国として考え方を示すのは初めて。
 報告書案では、蘇生中止を認める具体的な基準は示していないが、隊員が現場でかかりつけ医に連絡して指示を得られれば蘇生をやめても問題ないと整理した。これを受け、こうした対応をとる消防本部が増える可能性がある。
 高齢化が進む中、自宅や高齢者施設で最期を迎える人が増えている。家族やかかりつけ医と話し合い、心肺停止になったら蘇生を望まないと事前に確認する場合も多いが、いざという時に家族が動転したり、夜間でかかりつけ医と連絡が取れなかったりして、119番通報することがある。
 こうした事案に対し、一部の消防本部では医師の指示などを条件に蘇生を中止する対応をとってきた。ただ、法的に問題がないか不明確で、法律や倫理の専門家を交えた検討部会が昨年5月から議論していた。
 報告書案では、蘇生中止を認めている広島市などの取り組みを紹介。患者の病歴や生活、意思をよく知っているかかりつけ医は、判断できるとの考えを示した。ただ、蘇生中止を認めることを標準的な対応とするかは、判断を避けた。今後知見を集めることが必要だとし、将来的に検討することを求めた。(阿部彰芳)」(2019/07/04付「朝日新聞」p3より)

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