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2019年7月の15件の記事

2019年7月30日 (火)

半藤一利の絵本「焼けあとのちかい」

そろそろ8月。終戦記念日を迎え、かつての戦争を思い出す夏である。
カミさんが「通販生活」という雑誌を取っている。2019年盛夏号に「昭和を忘れない 作家・半藤一利さん(89)の「東京大空襲」体験」という記事があった。

「昭和20(1945)年3月10日。東京・向島に住む14歳の半藤少年は、後に「東京大空襲」と呼ばれるアメリカ軍による激しい爆撃の中で九死に一生を得ました。
その体験を基にした絵本『焼けあとのちかい』(大月書店)を上梓する半藤さんが、令和の時代に伝えたいこととは――」

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体験談の本文は上の写真から読んで頂くとして、半藤さんのこの体験談は、今までに何度か聞いている。その強烈な体験が、その後の半藤氏の活動の原点になったのだろう。

カミさんが早速この絵本を買いたいというので、『焼けあとのちかい』(大月書店)を発売前から予約しておいた。
半藤さんが、言いたいことが最後の2ページに集約されていた。

「いざ戦争になると、人間が人間でなくなります。
たとえまわりに丸こげになった数えきれないほどの死体がころがっていても、なにも感じなくなってしまいます。
心が動かなくなるのです。           li。
戦争の本当のおそろしさとは、自分が人間でなくなっていることに気がつかなくなってしまうことです。
あのときわたくしは、焼けあとにポッンと立ちながら、この世に「絶対」はない、ということを思い知らされました。
絶対に正義は勝つ。絶対に神風がふく。絶対に日本は負けない。
絶対にわが家は焼けない。絶対に焼い弾は消せる。
絶対に自分は人を殺さない。絶対に……、絶対に……。
それまで、どのくらいまわりに絶対があって、自分はその絶対を信じてきたことか。そしてそれがどんなにむなしく、自分勝手な信念であったかを、あっけらかんとした焼けあとから教わったのです。
わたくしが死なないですんだのも偶然なら、生きていることだって偶然にすぎないではないか――。
そのとき以来、わたくしは二度と「絶対」という言葉はつかわない、
そう心にちかって今日まで生きてきました。
しかしいま、あえて「絶対」という言葉をつかって
どうしても伝えたいたったひとつの思いがあります。
『戦争だけは絶対にはじめてはいけない』」(半藤一利の絵本「焼けあとのちかい」より)

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190730aidoru カミさんは、この絵本を孫娘にあげたいという。まだ小学校前で、七夕の短冊に「あいどるになりたい」と書く幼さだが、いつの日か、戦争について思う日も来るだろう。
その時に、戦争でロシアから北方領土を取り返すと言った議員のような浅はかさではなく、真に戦争を否定する人間に育ってほしいと思う。

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2019年7月28日 (日)

安田章子の「絵日傘」

安田祥子の「絵日傘」を挙げたのが、ちょうど10年前だった(ここ)。
今日は、妹の安田章子の「絵日傘」である。

<安田章子の「絵日傘」>

「絵日傘」
  作詞:大村主計
  作曲:豊田義一

さくらひらひら 絵日がさに
蝶々もひらひら 来てとまる
うばのお里は 花の道
すみれの花も たんぽぽも

廻す絵日がさ 花吹雪
雲雀もぴいちく 来て遊ぶ
うばのお里は 春がすみ
絵日がさくるくる 通りゃんせ

自分は、童謡の中で、「はなかげ」と同じ位にこの歌が好き。音源は7つ持っているが、この安田章子の「絵日傘」は気に入っている。
編曲といい、歌唱といい、素晴らしい。そもそも自分は童謡歌手の中では安田章子の歌が好き。まさに由紀さおりの雰囲気もある。
先に挙げた安田祥子や、この安田章子の「絵日傘」が正統派だとすると、その真逆にあるのが、演歌っぽい島倉千代子の「絵日傘」。

<島倉千代子の「絵日傘」>

最初のセリフといい、童謡が演歌に変身、といったこの音源は、あまりピンと来ない。でもまあ、これも「絵日傘」なのである。

(関連記事)
安田祥子の「絵日傘」(SP盤)

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2019年7月25日 (木)

医薬品のネーミングと相性

先日の朝日新聞にこんな記事があった。医薬品の名付けの話である。

「(はてなスコープ)医薬品のネーミング 薬のねらいや働きを表現
 ちょっとした体調不良をなんとかしたい、しっかり病気と向き合いたい……。そんなとき頼りになるのが薬です。治療目的によってたくさんの製品がありますが、なんでその名前になったの?と気になることが少なくありません。メーカーに聞いてみました。
 まずはわかりやすい名称から。眠気止めの「トメルミン」(ライオン)は「止める」と「眠」からでした。同社には別に「ストッパ」という下痢止めがあり、重ならないよう「ストップ」を使うことは避けたそうです。
 風邪薬の「ルル」(第一三共ヘルスケア)は楽しそうな音の響きからではと予想しましたがそうではなく、「鎮める、病気を治す」という意味をもつラテン語に由来するそうです。英語の「lull」には「寝つかせる、あやす」といった意味もあります。
     □     □
190725kusuri  解熱鎮痛薬の「ナロンA」(大正製薬)は、「明日はよくなろう」の「なろう」がナロンになったとのこと。薬の効き目への願いや希望が名前に込められているといえそうです。
 薬には作用の主体になる「有効成分」が含まていて、商品名と区別して「一般名」と呼びます。一般名は世界保健機関(WHO)の国際的なルールを踏まえて決められますが、これを商品名に取り入れる製品も多くあります。
 たとえば、抗がん剤「オプジーボ」(小野薬品工業)は、「最適な(optimal)」の「op」と作用に関わるたんぱく質「PD-1」のPD、一般名「ニボルマブ」の表記に含まれる「ivo」を組み合わせています。抗インフルエンザ薬のタミフル(中外製薬)は、一般名のオセルタミビルに含まれる「tami」とインフルエンザの「flu」を組み合わせて命名されました。
 解熱鎮痛薬の「バファリン」(ライオン)もそう。胃酸を弱める緩衝剤(バッファー)と一般名「アスピリン」を合わせた名称です。ただ、アスピリンがドイツで最初に販売されたのは1899年と、まだWHOもないころです。バイエル薬品によると、名称は有効成分であるアセチルサリチル酸の頭文字の「A」、サリチル酸と化学構造が同じスピール酸からの「spir」、化合物の末尾によく使用される「in」が組み合わされてできたそうです。
 日本医科大武蔵小杉病院の笠原英城(えいじょう)薬剤部長は医薬品の情報誌(電子版)で、主に薬剤師の読者を想定して、薬の名前の由来についての連載をしています。「名前の由来を知ることは、その薬剤がどんな効き目をもつのか、どういう作用なのかを認識するきっかけにもなる」と話します。
 勃起不全治療薬の「バイアグラ」は「活力」を意味する「vigor」などが関係するという推測がありましたが、ファイザーによれば「由来はとくにない」そうです。同様に、がんの治療に使われるイレッサやグリベックなど、名前の由来がとくにないとされる薬も少なくなく、語感などをもとに考案されているようです。
     □     □
 名前が魅力的だと、その薬の印象もよくなります。メーカーによっては、薬の開発に一定のめどがついたタイミングなどで、いくつかの薬品名をあらかじめ商標登録しておき、同じ名前で他社に先を越されないようにすることもあるそうです。
 薬が市場に出るまでには、医薬品医療機器総合機構が効果や安全性だけでなく、名前についても審査します。厚生労働省のルールで、効き目を強調しすぎるなど誤解を招きそうな名前を付けることは認められません。(田村建二)

 ■これから
 「ネーミングのノウハウが他社に知られてしまうのは困る」という理由で、残念ながら取材に応じてもらえないメーカーも複数ありました。名前も重要な知的財産のようで、これから新たに登場してくる薬の名前にも注目していきたいです。とはいえ、薬は効果と安全性が最も大切なのはいうまでもありません。」(2019/07/06付「朝日新聞」b5より)

薬は、人類の宝。しかし、薬と毒は紙一重。相性は難しい。
先日も、毎日飲んでいる胃酸を抑える薬のオメプラゾールが、最近効きが悪くなってきた、と言ったら、行き付けの医師が「新しい薬があるのでそれを出そう」と、タケキャブとか言う薬をくれた。しかし飲んで直ぐに副作用。お腹いっぱいに赤い斑点が出た。記念写真を撮ったが、すぐに新しい薬の副作用だと分かったので、飲むのを止めた。
数日でお腹の斑点は消えたが、確率は相当に低いものの、自分にははっきりと副作用が出た。薬は怖い。改めてそう思った。

しかし、重い病気ほど薬は有り難い。しかし、それは相性が合っていればこそ。
病気もそうだが、薬が体質的に合う合わないは、まさに運命。
幾らたくさんの人に効いても、自分に効くかどうかは分からない。逆に、自分に合った薬が見付かったため、助かっている例もある。自分にとって、下痢止めの「新ワカ末プラスA錠」は、まさに相棒。いつだったか、医者に言われた。「体に合う薬が見付かって良かったね」。
それまでは下痢ノイローゼだったが、この薬と出会ってから、それを払拭できた。
逆に自分は高校の時、ペニシリンショックがあったので、イザと言うときに使える薬が狭まり、不利だと、前に肺炎の時の主治医に言われたことがある。

自分がこれから、どんな病気に罹るか知れないが、その時の特効薬が、自分に合っていることを祈るしか無い。
つい、薬との相性を考えてしまった記事であった。

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2019年7月22日 (月)

「学童の昼食の献立は毎日同じでいい」~初めてのスマホでの料理

先日の朝日新聞にこんな記事があった。その抜粋である。

「(フォーラム)夏休み、学童の昼食
 全国のほとんどの小学校で、夏休みが始まります。今春、小学校に入学した娘は夏休みの間、毎日学童保育に通うことになります。保育園時代と大きく異なるのは、毎朝「お弁当」を用意する必要があることです。早起きして作らなければならない上、夏場は食中毒も心配です。ほとんどの学童は弁当の持参を求めていますが、学童の昼食はどうあるべきなのでしょう。

・・・・・・・
■「母が手作り」、社会の重圧 翻訳家・佐光紀子さん
 特に母親が弁当作りをつらいと思う理由について、「『家事のしすぎ』が日本を滅ぼす」を著した翻訳家の佐光(さこう)紀子さん(57)は、「母親が手作りをしなければならないという刷り込みや社会のプレッシャーがあるからだ」と指摘します。
 高度成長期、優秀な労働力を育てることが、企業戦士の妻の仕事とされ、母親が子どもの食生活の責任も負うようになりました。さらに、2006年に始まった国の「早寝早起き朝ごはん運動」で、「朝食を食べた子の成績が良い」などと情報発信されていることもプレッシャーになっているとみています。
 フランスに5年間留学していた佐光さんの長女真結子さん(22)によると、フランスでは昼食時間が長いため、食堂で食べることが多く、親が作った弁当を持っていくという考え方がないそうです。「何を食べるか、誰が作ったかより、食事中のコミュニケーションが大切にされている」
 佐光さんは「学童保育では、異年齢の友達と一緒に食べられるという良さがある。親に作らせるばかりでなく、冷凍ピザを解凍して、みんなで食べる日などがあってもいいのでは」と話します。

■献立、毎日同じでいい 料理研究家・土井善晴さん
 毎日のお弁当作りは大変。そう思わずに続けるにはどうすればいいのか。料理研究家の土井善晴さんに聞きました。
     ◇
 料理は本来、自分でやろうと思えば誰でもできることです。でも、みなさん、「できない理由」をたくさん並べる。その「理由」をなくしたいと思って書いた本が、「一汁一菜でよいという提案」でした。
 献立作りのために、メインのおかず作りから考えると、「大変だ」となってしまう。でも、そんなことは必要ないんです。料理は「できることをする」というシンプルなものなのですから。
 お弁当作りも、品数が愛情ではありません。おにぎりだけでもいいじゃないですか。おかずは、卵焼きや竹輪など簡単なものを入れるだけでもいい。毎日同じものを、頻繁に繰り返す。それでいいのです。「キャラ弁」作りは、自己満足のためなら、意味がありません。
 貧しいことも、働いていて時間がなく凝ったものを作れないことも、子どもにちゃんと説明すれば、子どもは全て理解します。できることを一生懸命すればいい。一生懸命したことは絶対に子どもに伝わります。
 ある日の弁当にトマトが入っていなかったからといって、子どもはいつまで覚えているでしょうか。親が子どもに作る料理で大事なのは、子どもを人間たらしめることです。その方法や内容ではありません。
 料理がなぜ、つらくなってしまうのか。問題の本質は、女性にあるのではありません。もしかすると、身近な男の人に課題があるのかもしれません。料理を作る人たちが踏ん張っていることに、社会が敬意を払うことも必要でしょう。
 今あるものを食べる。今あるもので何とかする。無理をしてまで、それ以上のことをする必要はありません。(聞き手・杉原里美)」(2019/07/21付「朝日新聞」p7より)

年金生活者の我が家では、学童など縁が無いが、毎日の料理、献立の話となると、少し興味を持ってしまう。

先日のカミさんの一週間の不在を機に、家事の見習いをしたが、分かったことは、料理・献立作りがものすごく大変だ、ということ。
愛犬・メイ子の餌やり、オシッコシートの取り替えなどは、習慣になれば直ぐに慣れる。(まあ、エサの前のクスリやりは、毎回手間取ってはいるが・・・)
掃除、洗濯や、炊事の後片付けなどは、たぶんカミさんが不在の時、誰でも出来ると思う。しかし、毎日3回の食事の準備となると、これは大変なことだと悟った。

上の記事で、学童の母親は、毎日の弁当作りに追われるという。そもそも共働きの家庭なので、母親に時間があるわけでも無く、友だちと比較する我が子のリクエストは、過酷なプレッシャーだろう。
それを上の識者は、力むな、と説く。

こんな記事を読むまでも無く、家事、育児は大変な重労働。
いや、実は自分も、現役のときは、「自分は外で仕事をして給料を稼いでいるのだから、家事や育児は奥さんが100%やって当然」と思っていた。
しかし、その家事を少しやってみると、それは大いなる間違いではないかと思うようになった。

昨日も、カミさんとランチに近くのイトーヨーカドーに行ったのだが、入った大戸屋の別の席で、赤ちゃんが大泣き。しばらくして、ママが赤ちゃんを抱いて店の外に出て行った。
カミさんに聞くと、やはり自分の子育て時代、デパートの食堂で待っているときに長男が大泣きし、店の人から「出て行って下さい」と言われたミジメな経験があったという。
その時に、亭主で無くても、おばあちゃんのような応援する人がいればまだ救われる。
しかし、シングルマザーなど、孤立無援の人にとって、毎日の食事など子育ては大変なこと。両親が居ても、亭主がそれに理解を示してくれればまだ良いが、自分のように、それが当然と思っている家庭は、母親は浮かばれない。
最近、そんな事を感じている・・・。

そもそも、なぜ人は3度も食わなければいけないのか、とも思う。しかし、時間が経つと腹は減る。何より、人間に飼われている以外の動物は、ただただエサを探して食うことだけに専念して生きている一生。種の保存のために・・・

話は飛ぶが、昨夜は、カミさんに“ヨッコイショ”されて、初めてスマホ片手での料理にチャレンジしてみた。
先日、庭木の剪定を頼んだのだが、そのオジサンが持ってきてくれた朝畑で採れたというナスとピーマンを利用して作る料理だ。カミさんが、今は昔と違ってスマホでレシピが動画で載っている、というのでググってみた。すると「なすとピーマンの油味噌」(ここ)という動画が見付かった。
190722ryouri 他にも色々あったが、短縮された動画で、素人には良く分からない。それで、手順を丁寧に解説したこの動画にした。
動画を少しずつ再生しながら進める。ナスとピーマンを動画通りにカット。味噌や砂糖などを、載っている通りに用意。強火でナスを炒めろという。ここで困った。どの位炒めるのか、程度が分からない。自分はナスの固いのはキライなので、充分に炒めていたら、焦げてしまった。それに、後から加えたピーマンの炒め時間も分からない。
まあ作ってはみたが、焦げ焦げのナスになってしまった。
案の定、カミさんは「おいしい」を連発。そんなこと食べる前から言うことは分かっていた。マズイと言った途端に、二度と自分が料理をしなくなってしまうのが分かっているから。でも調味料の分量は守ったので、味はまあまあか・・・

有史以来、家族の食うことを担ってきた女性に、最近敬意を持つ自分である。

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2019年7月20日 (土)

わが国の正しい国名はニホン?ニッポン?

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(歴史探偵おぼえ書き)ニホンとニッポンの間に 半藤一利
 いつも奇妙に思うのだが、わが国の正しい国名はニホンなのかニッポンなのか。同じ文字なのに呼び方が二つあるのは、恐らく世界にあまたの国あれどわが国のみならん。
 そもそも国名の「日本」がいつできたかについても定説はない。確かなところでは、奈良時代の七二〇年に『日本書紀』が成立しているから、そのころということ。それ以前、中国からまず入ってきた呉音では、日はニチ、本はホンと読む。最古ではニチホンと読んだと思われるが、いつの間にかチが落ちて、ニホンとなった。
 では、ニッポンは? これも確証はない。外国との交渉がしきりとなった室町時代(十五世紀)、謡曲で神国日本の権威を海外に示すとき、ニッポンと発音されている。たとえば『白楽天』。日本人の智力を試さんと、海を越えて筑紫(つくし)の沖までやってきて、白楽天は名乗りをあげる。
「唐の太子の賓客(ひんきゃく)白楽天とはわが事なり。さてもこれより東にあたって国あり。名を日本と名づく」
 このとき間違いなくニッポンと唱えている。
 またキリシタン関係の諸文書では、ニホンもときにはあるが、ほとんどがニッポンとでてくる。つまりは外国を強く意識するとき、あるいは日本人が外国人にたいして肩肘(かたひじ)を張りたいとき、きまってニッポンと威勢よくいう。そう思えば、ニホンよりニッポンは景気がよろしい。「ニッポン、チャチャチャ」とやったほうが応援にも活気が数倍もつく。
 と、ここで話は突然、昭和になる。とにかく国名が二つあるのはおかしい、よろしく統一すべしとの動きは、それまでもしばしばあったが、決定的なときがきた。昭和四十五年(一九七〇)七月十四日がそのとき。佐藤栄作内閣の閣議で、しばし大臣諸公が議論を戦わせたと記録にある。ときの閣僚の主な人に蔵相福田赳夫、運輸相橋本登美三郎、通産相宮沢喜一、それに問題提起者の防衛庁長官中曽根康弘と、錚々(そうそう)たる面々が顔をそろえている。さぞや甲論乙駁(こうろんおつばく)があったことであろう。
 そして佐藤首相のツルの一声――ニッポンとする。
 ところが平成二十一年(二〇〇九)麻生太郎内閣のとき、国会でこれは全否定されたとか。どちらか一方に統一する必要はない――と、今度は正式に閣議決定された。
 その後は勝手に、それぞれの流儀で、あるいはお気の召すままに、ニホンあるいはニッポンとやっている。ニッポンとの決定が金科玉条となっていたら、まずお江戸日本橋が大困り。日本大学、日本棋院、日本相撲協会エトセトラがこれにつづいて恐慌をきたすにちがいない。
 ちなみに私はニホン派。こっちの方が慎ましくていい。」(2019/07/13付「朝日新聞」b4より)

ニホンはニッポンか・・・。マジメに考えている所が面白い。

名前も地名も、漢字の読み方で色々あるのは普通。例えば、三田さんは、ミタさん?サンダさん? 羽生さんは、ハブさん?ハニュウさん? 水上さんは、ミズカミさん?ミナカミさん?・・・
地名も同じ。豊田はトヨタ?トヨダ? 米原(まいはら)町にある駅は米原(まいばら)駅・・・

昔アナウンサーをしていた友人が言っていた。名前や地名の言い間違いは、理屈や言い訳無し。つまり、幾らそう読むからと言っても、間違いは間違い。よって、ニュースなどで地名などが出てくると、事前に徹底的読み方を調べるという。

確かに、読み方は普通はひとつ。それが堂々と2つある“日本”は珍しい。
当たり前にように呼んでいる国名だが、深く探ると面白い事実が出てくるものだ。
ところで、JAPANはいつ頃から使われ出したのだろう?
ま、そのうちググってみるか・・・

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2019年7月19日 (金)

曽原紀子:作「櫛くし」の朗読~家族を失って・・・

先日、NHKラジオ深夜便で、曽原紀子作「櫛くし」(2019/07/08再放送)の朗読を聞いた。
ちょっと共感する所があったので、挙げてみる。

「NHKラジオ文芸館「櫛くし」2019年7月8日放送
作:曽原紀子(2018年6月11日のアンコール)
50歳を目前にした会社員の主人公。
子宮筋腫の手術を前に、20年ぶりに、別れた夫に会うため京都に向かう。
待ち合わせたのは、6歳で逝った娘ともども通った思い出の寺。
息苦しいほどに見事な紅葉の中で、主人公が確かめたかったこととは――。」(NHKのここより)

<曽原紀子:作「櫛くし」の朗読>

この放送の中に、作者のメーッセージで、こんな言葉があった。(37分頃)
「主人公の私は、娘を無くし、家庭を無くし、子宮を失おうとしています。日常生活は常に失うことの恐怖に充ちています。しかし、喪失への怖ればかりを考えていては、私たちは生きていくことは出来ません。失わないようにすることも大事な事ですが、何かを失ったとしても、黙って歩き続けることが生きると言うことであり、その中でまた見えてくるものもあると信じています。」

話は飛ぶが、こんなニュースがあった。
遺族、厳罰求め署名活動 池袋暴走3カ月 娘の動画公開
 東京・池袋で乗用車が暴走し、松永真菜(まな)さん(31)と長女莉子(りこ)ちゃん(3つ)が死亡した事故から十九日で三カ月になるのを前に、松永さんの夫の会社員男性(32)が十八日記者会見し、運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(88)への厳罰を求める署名活動を始めたと発表した。今秋までに街頭やインターネットを通じて署名を集め、東京地検に提出する。
 男性は会見で、莉子ちゃんが昨年六月の父の日の二日前、似顔絵をプレゼントしたときの動画を公開し「愛する二人との日常がとても幸せでした。交通事故は誰かの日常や命を奪ってしまう」と強調。「今後、被害者と遺族がいなくなるように、加害者には厳罰を望みます」と話した。
 警視庁は、飯塚元院長を自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で書類送検する方針。同罪で有罪になれば、七年以下の懲役や禁錮などが科される。男性は「心情的には七年は長いとは思えない」と明かし、「できるだけ重い罪で起訴してほしい」と求めた。
 署名活動の詳細や署名用紙はインターネットの「東池袋自動車暴走死傷事故 遺族のブログ」で公開。男性は八月三日午前十時~午後四時、莉子ちゃんとよく遊んだ南池袋公園(豊島区南池袋二)で署名を募る。(福岡範行)」(2019/07/19付「東京新聞」ここより)

上の「櫛」の物語のように、病気で家族を失うのは仕方が無いとしても、池袋事件のように、家族を殺した犯人が、逮捕もされず、今ものうのうと日常生活を続けていることは、やはりおかしい。
幾ら現役時代にエラかった人でも、犯罪者は同じ扱いを受けて当然。
残された夫が怒るのも分かる。そして、国家権力に対しては、署名活動という手段に訴えるしか無いという、今の日本の現実。
自分も署名(ここ)しようかな・・・

改めて、家族を失った人について、思いをはせて聞いた朗読ではある。

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2019年7月13日 (土)

夫婦の呼び合い方 やっぱり「名前」がいい?

毒にも薬にもならない話。夫婦の呼び方の話である。
今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
「(サザエさんをさがして)夫婦の呼び合い方 やっぱり「名前」がいい?
 フネが波平を呼んでいる。波平は機嫌が悪いのか「おとうさん」には聞こえぬふり、「パパ」には「やめろ」と返した。
190713sazae  一方、波平はフネのことを「母さん」「おい」などと呼ぶことが多いようだ。ただ1世代下のマスオ、サザエ夫婦になると、「マスオさん」「サザエ」と名前で呼び合うことが増える。
 さて、今の夫婦って、どう呼び合っているのだろう? リクルート・ブライダル総研が2011年、「普段の配偶者の呼び方」について、1千人を対象にインターネット調査を実施していた。男女とも「名前・名前にちなんだニックネーム」が50%近くで1位。男性は2位「お母さん・ママなど」(31.2%)、3位「おい・ねえ」(9.0%)と続く。女性は「お父さん・パパなど」(37.6%)、「名前以外のニックネーム」(5.8%)となった。
 男女とも、若い年代ほど「名前など」が多い。女性では年代が高くなると「お父さんなど」が増えるが、男性は「お母さんなど」は40代でピークを迎え、50代以上は「おい・ねえ」が増える。
     *
 試しに記者のフェイスブックで「夫婦で何て呼び合いますか?」と投げかけた。すると30~70代の夫婦から20件のコメントが。気の若い人たちが多いのか、ほぼ全員が、お互いを名前かニックネームで呼び合っていた。「マット なつこさん」(50代夫婦)、「ウォンちゃん ようこ」(70代夫、50代妻)……。妻から夫が「ダーリン」、逆が「パンダ」(40代夫婦)という呼び名も!
 当事者の話を聞いてみよう。婚活アドバイザーの川上あきこさん(47)に会った。開口一番、「実は私、妊娠してから突然、夫(46)に『お母さん』と呼ばれるようになったんです。それまでは『あっこちゃん』だったのに」と寂しそうな表情をみせた。「そう呼ばれると一気に30歳ぐらい年を取った感じになります」
 息子(6)の運動会で、夫から「お母さん!」と呼ばれ、20~30代のママ友たちに「えー、お母さんって呼ばれてるんや」と驚かれたことがある。聞くと、みんな名前で呼び合っているらしい。
 一方、川上さんの40~50代の女友達は、「お母さん」「ママ」と呼ばれるケースが多い。「そう呼ばれた瞬間、もう話をしたくなくなる」と異口同音に話すという。やっぱり呼び名は大事だ。
 『0歳からのアドラー流怒らない子育て』の著者で、夫婦関係にも詳しい三宅美絵子さん(48)に「名前で呼び合う重要性」について聞いてみた。「夫婦のコミュニケーションの入り口が、名前。名前で呼ぶということは、その人を大切に思っている、という証しになる」。配偶者を父や母という限られた「役割」で見るのではなく、「その人全体」「個」として尊重することが大事、と指摘する。
     *
 それはブライダル総研の調査でも裏付けられている。配偶者の呼び方別に「夫婦関係の満足度」を比較すると、男性は「名前・ニックネーム」の方が、「お母さん・ママなど」より9.6ポイント高い。女性は「名前・ニックネーム」の方が、「お父さん・パパなど」より満足度が15.1ポイント高かった。
 ちなみに、記者(52)は妻を「ノロ」、妻は記者を「さとちゃん」と呼ぶ。大正生まれの父(93)は母(88)のことを「ベル」と呼ぶ。三宅さんの分析によれば、お互いを個として尊重しているのだろうが、その分けんかも多い。でもコミュニケーションがとれている証拠、と良い方に解釈しよう。(佐藤陽)」(2019/07/13付「朝日新聞」b3より)

誰が何と呼ぼうと、それぞれの勝手。でも、スーパーなどで「お母さん」と奥さんを呼んでいることは多い。我が家も「お父さん」「お母さん」だが、世間では意外と少ないようだ。

我が家を思い出すと、結婚を約束した時、カミさんから「**ちゃんと呼んで」と言われたことを思い出す。友人たちがカミさんを呼んでいた呼び方。でも何か照れくさく、一度も呼ばないまま、子どもが生まれたのを機に、もっぱら「お母さん」で通している。

一方、あだ名という言葉もある。
我が家では、夫婦間であだ名は使わないが、前に見た米TVドラマの「ER緊急救命室」をヒントに?、二人の息子に「ベントン」「グリーン」というあだ名を授けてやった。
もちろん息子どもは知らないが、夫婦間では通じるあだ名。

それぞれの家庭の歴史を物語る、呼び名である。

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2019年7月11日 (木)

「死すべき者」の生き方~人生とは何だ?

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(異論のススメ スペシャル)「死すべき者」の生き方 佐伯啓思
 先日、「NHKスペシャル」で、ある日本人女性が安楽死をとげるというドキュメントを放映しており、大きな反響をよんだようだ。私も見ていたが、かなり衝撃的であった。安楽死には基本的にふたつある。ひとつは消極的安楽死で、これは終末期にある患者に対して積極的な延命治療をしない、というもの。もうひとつは積極的安楽死で、こちらは、患者の意思が明確である、苦痛が耐えがたい、回復の見込みがない、代替治療がない、といったいくつかの条件のもとで、医療従事者が患者に対して積極的な死を与える、というものである。ここで問題なのは積極的安楽死であり、NHKの番組もこちらのケースである。
 日本では積極的安楽死は法的に認められていない。世界的にみた場合、これを法的に容認しているのは、スイス、オランダ、アメリカのいくつかの州などわずかである。ただ、潮流としては、少しずつ容認の方向へ動いているようである。スイスには「ライフサークル」という自殺幇助(ほうじょ)団体があり、この団体を通して、医師の指示と幇助のもと、致死量の薬品によって自殺することができる。広い意味で積極的安楽死といってよい。この日本人女性も、スイスでの事実上の積極的安楽死を選択した。
 この女性は、多系統萎縮症という難病を宣告され、徐々に身体機能を失ってゆく。回復の見込みはない。最後の選択は、まだしも自分の意思が明確に伝達でき、スイスまで移動できるだけの身体機能が残っている間に安楽死することであった。そうはいっても、家族である2人の姉は、簡単には受け入れられない。何度も話し合った結果、最終的に妹の意思を尊重し、スイスで妹の死の現場に立ち会う。その一部始終をNHKは記録していた。この経緯については、宮下洋一「安楽死を遂げた日本人」でも詳しく書かれている。
 点滴によって致死量の薬品をみずからの意思で投与し、ほんの数分で眠るように死んでいったこの女性と、彼女を見守るふたりの姉の映像を見ていて、私は、言葉は悪いが、何か妙に崇高な感動を覚えた。この場合、崇高というのは、すばらしいとか気高いという意味とは少し違う。とても涙なしに見られる映像ではない。だが、ここには、葛藤のあげくに「死」という運命をついに受け入れ、しかもそれを安楽死において実行するという決断にたどりついた姉妹たちの無念が、ある静謐(せいひつ)な厳粛さとともに昇華されてゆくように感じられたからである。      *
 私は、安楽死にはかねて肯定的であった。消極的安楽死は当然、積極的安楽死も、一定の条件のもとで容認されるべきだと思っていた。だが、同時にそれを「尊厳死」と呼ぶことには抵抗があった。なぜなら、「死」とは、人間の、いや生物であり生命体であるものの根源的な事実であって、死に方に尊厳もなにもないだろう、と思っていたからである。生命がこと切れれば死ぬだけである。イヌやネコに尊厳死も何もないであろう。死という意味では人間も同じだ、と思っていた。
 ではどうして積極的安楽死に対して肯定的だったのかといわれれば、理由は簡単である。この先、死を待つだけの生が耐え難い苦痛に満ちたものでしかなければ、できるだけ早くその苦痛から逃れたいからである。これは多分に利己的な動機であるが、おそらく多くの人が感じていることでもあろう。
 今でも、死というものについての私の基本的な了解はそのようなものである。生命体にとって死は当然の事実であって、あまりの苦痛に耐えがたければ自死も安楽死もひとつの選択である、と。
 しかしまた、この映像を見ていて感じたこともある。よくわれわれは「死」を経験することはできない、という。死んでしまったら意識もなにもなくなるからである。経験はあくまで生の側の問題であって、死は経験ではない。それはその通りであろう。だがまた、死に方、あるいは死の選び取り方は、ひとつの、いや決定的な経験である。死は生ではないが、死にいたる時間は生にほかならない。とすれば、死ぬことは、その最後までいかに生きるかということなのではないか。
 先日、ドイツの哲学者ハイデガーの書いたものを読んでいたら、次のような文章にであった。人間が「死すべき者」と呼ばれるのは、人間が死ぬことができるからである。死ぬのは人間だけである。動物はただ生を終えるだけである。
 なるほど、と思った。動物は死なないのである。ただただ自然に生命が消えるだけだ。「死」とはひとつの意識であり、意図でもある。人間は、死を意識し、死に方を経験することができる。
 西洋のキリスト教文化のもとでは、人間は「死すべき者」といわれる。これは死なない「神」と対比されたものであるが、人間を死すべき者と定義したところに西洋文化のひとつの人間理解があるといってもよいだろう。もしも人間が永遠に生き続ければ、人間は「生」について考えることもないだろう。また動物のように自然に生命がこと切れるだけなら、これもまた生について考える必要もなかろう。ただただ獲物を求めて生きるだけのことである。
 人間だけが、「死すべき者」であるがゆえに「生」を考える。どうやって生を充実させればよいか、と考える。そこから、「よき生」という考えもでてくる。古代のギリシャでは、ただ生きるのではなくよく生きることが問題だ、とされた。キリスト教文化のもとでも同じである。どのような生き方がよい生であるか、が問われた。そして、もしも「死に方」も「生」に属するのなら、どのような死に方がよい死に方か、という論議も可能となる。「安楽死」はそのもととなったギリシャ語では「エウタナーシア」というようだが、これは「よい死」という意味であった。
 「尊厳死」という言い方は私にはまだ違和感があるが、いわんとすることはわかる。人間は死を経験することはできないが、「死に方」は経験する。それはまだ「生」なのである。そして、「尊厳」とは英語で「ディグニティ」であり、それはもともとラテン語の「ディグニタス」からきており、「……に値する」という意味であった。私なりに解釈すれば、「よき生」に値するような生を送ることが「ディグニティ」の基本であろう。何をよき生と考えるかは時代により文化によっても違うだろう。人によっても違うだろう。だが、この言葉の響きには、ただ生きているのではなく、何らかの意味で生きるに値するような生き方をする、つまり「よい生」を追求し、実現する、という意味合いが含まれている。
     *
 これは大事なことだと思う。なぜなら、近代社会では、「生きるに値するような生き方」つまり「よき生」は問わずに、まずは生きることが至上の価値とされたからである。万人の生命の尊重が近代社会の最高の価値となり、そのもとで20世紀には経済成長と福祉が求められ、21世紀になると、さらに医療技術と生命科学の進歩とともに、あらゆる病気を克服して寿命を可能な限りに延ばすことが人類の目標となった。人生100歳の時代かどうかはわからないが、健康寿命をはるかに超えて延命が可能なことは間違いないだろう。だが、それと対比すれば「死に方」の方はほとんど論議の対象にもならない。私は、別に寿命の延長が悪いとは思わないが、それでも、「生」へ向けて巨額の予算をつぎ込んだ国をあげての関心と、「死」への、冷ややかというべき社会の無関心のアンバランスが気になる。
 だが、それも理由はないわけではなく、安楽死の問題を俎上(そじょう)にあげた途端に、われわれはあるどうしようもない壁にぶつかってしまうからだ。つまり、無条件の生命尊重という近代社会の価値との衝突である。具体的にいえば、殺人罪や殺人幇助の罪に問われかねない。いや、法的問題はともかく、近代社会の基本的な価値と衝突するのである。
 これに対して、安楽死推進派は、個人の意思決定の自由や幸福追求の自由をいう。だがこれもまた近代的権利であって、こちらが決定的に言い分をもつわけではない。要するに、近代社会の価値観とは、生命尊重にせよ、個人の自由意思や幸福追求にせよ、もともと「生」に関わる価値なのである。近代的な権利の問題としては想定外であった「死」に直面したとき、生命への権利と、自己決定や幸福追求の権利は衝突することになる。近代的な権利や法の枠組みでは容易に解決できないのだ。
     *
 ではどうすればよいのか。私に妙案や対案があるわけではないのだが、まずは、先にも述べたきわめて常識的な地点にまで戻りたい。「死」は近代だけの問題ではない。「死」は人間の基本的な条件であって、「死」を前提とするからこそ、われわれは「生」を問いかける。どのような「生」が満足のゆくものであり、意義のあるものかと問う。その時、「よき生」の延長上に「よい死」がでてきても不思議ではない。そして、そこにひとつの社会の死生観があった。死生観は、その国や文化や宗教的精神によってかなり違ってくるにせよ、かつては、それぞれの社会がそれなりの死生観をもっていた。
 少し前には、「死に方」はかなり多様であった。日本の姨捨(うばすて)のようなやり方は少し極端だとしても、消極的安楽死はかなり存在したであろう。いわばケース・バイ・ケースなのである。人の生も死も多様であり、人によって違っている。それを、漠然と、大きな死生観や霊魂観という広義の宗教意識が支えていた。近代社会は、すべてを合理的に、法的に整理しなければ気が済まない。曖昧さを排除し、一律に管理しようとするが、それでは問題は解決しない。多様な死に方を認めるほかなかろう。われわれは、近代社会の極限で、死というもっとも人間的で根本的な問題に改めて突きあたってしまったのである。
     ◇
 さえきけいし 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に「死と生」など。思想誌「ひらく」の監修も務める。」(2019/07/06付「朝日新聞」P15より)

この一文は、自分にとって実に納得できた一文であった。
特に印象的な文言は、
・「死」という運命をついに受け入れ・・・
・死を待つだけの生が耐え難い苦痛に満ちたもの・・・
・死ぬのは人間だけである。動物はただ生を終えるだけである。
・近代社会では、「生きるに値するような生き方」つまり「よき生」は問わずに、まずは生きることが至上の価値とされたからである。

7月21日の投票日に向けて、参院選が闘われているが「安死」という政党があると知ってビックリ。「安楽死制度を考える会」というのだそうだ。(話はそれるが「NHKから国民を守る党」というものあるようだ。)

カミさんが入っている「日本尊厳死協会」。会員が10万人からなかなか増えないそうだ。この背景は何か?
そして放映されたNHKの死の瞬間まで捉えた番組。NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(2019/06/02放送)(ここ)。考えさせられた。
「死」は誰のものか・・・と。
言うまでも無く、死は自分自身のもの。家族のものではない。尊厳死における延命治療拒否のように、自身が決めるもので、誰もそれを犯すことは出来ない。
そんな点で、この番組は非常に考えさせられた。

40年近く昔の話。当時住んできた団地のそばに、小児科で良く通った医院があった。その医者が、ある日自殺した。ウワサによると、治らない病気になり、自分で命を絶ったという。
その後、息子さんが継いだが、医者だけに許された特権かと思った。しかし、今になって見ると分かる気がする。

我々もそろそろトシ。「死」は大きなテーマだ。
上の文で、「生きるに値するような生き方」という言葉が重い。
人生とは何だろう。長寿が目的か?いや、「生きるに値するような生き方」が出来るうちが人生ではないか。
いつも思い出す光景が2つある。ひとつはある老人病院の病室。男女区別なく並べられたベッドに老人たちが寝ている。中央の柱にはコチコチと音を出す柱時計。そしてある時間になると、一斉にオムツ替え。
もう一つが、特養のホール。車椅子に座った老人たちが、ただただテレビを見つめる。
前に「死を待つ家」という言葉があった。

こんな文を読んで、「人生とは単なる長さだけでは無い。如何に充実した時間を過ごせたか」が人生だと、改めて思った。

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2019年7月 9日 (火)

2018年の世界シェア(市場占有率)74品目

恒例の日経の世界シェア2018年版である。

世界シェア 10品目で首位交代
 日本経済新聞社が実施した2018年の主要商品・サービスシェア調査では74品目中10品目で首位が交代(同率首位を含む)した。上位企業が事業の絞り込みを進めた発電用大型タービンやハードディスクドライブ(HDD)、下位企業が大型M&A(合併・買収)を実施した一般用医薬品など、事業の選択と集中がシェアを左右した。
 発電用大型タービンは、三菱日立パワーシステムズ(MHPS)が45%のシェアを占め初の首位に立った。二酸化炭素(CO2)排出量の多い石炭火力への逆風が強まるなか、大型タービンの世界市場は前年比15.7%縮小したが、MHPSはタイや米国で大型受注を積極的に進め、29ポイントもシェアを伸ばした。
 一方、前年首位の米ゼネラル・エレクトリック(GE)は電力部門のリストラを加速。品質トラブルの影響に加え、採算性の低い案件の受注を手控えたこともありシェアを半減させた。2位の独シーメンスも今年5月、ガス・電力部門を20年9月に分離上場させる方針を表明しており、19年以降、残存者利益を争う構図が強まりそうだ。
 記憶装置としてサーバーやパソコンに内蔵されるHDDは、米シーゲイト・テクノロジーが同ウエスタンデジタル(WD)を抜き、首位となった。処理速度の速い記憶媒体、ソリッド・ステート・ドライブ(SSD)の台頭でHDD市場が前年比6.9%減少するなか、WDがパソコンなどのHDD事業を段階的に縮小しているようだ。
 一般用医薬品は前年2位の英グラクソ・スミスクライン(GSK)が、同1位の米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)を抜き首位に立った。18年夏までにスイス・ノバルティスから一般用医薬品の合弁事業を買収し完全子会社化。さらに19年中に米ファイザーと一般用医薬品事業を統合する方針だ。収益性の高い医療用医薬品に集中する競合他社から、一般用医薬品事業の取り込みを進める。
 仮想現実(VR)ヘッドセットは前年首位の韓国・サムスン電子がシェアを落とし4位に転落。スマートフォン「ギャラクシー」の対象機種を購入すると、無料でVRヘッドセットを入手できるキャンペーンを終了した。VRヘッドセット対応のゲームを拡充したソニー子会社のソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)、パソコンに接続しなくても使える新機種を発売した米フェイスブックなどがシェアを伸ばした。
 世界市場が前年比34.5%増と急拡大したクラウドサービスは、前年2位の米マイクロソフトが、同1位の同アマゾン・ドット・コムをかわし首位になった。マイクロソフトはクラウド版の業務用ソフト「オフィス365」が好調。クラウドサービスはトップ5を米国勢が独占した。

日本、11品目で首位
 日本企業はCMOS(相補性金属酸化膜半導体)センサーや自動二輪など11品目で首位に立った。精密や自動車関連などのものづくり分野で強さを発揮した格好だ。ただデジタルカメラなど縮小している市場もあり、戦略の転換を迫られる場面も出てきそうだ。
 CMOSセンサーではソニーが首位を守った。スマホで2つ以上のカメラを搭載する複眼化・多眼化が進んでおり、市場は拡大傾向だ。将来的には自動運転車に搭載するセンサーの需要も見込める。ソニーは5月に設備投資増額を検討すると明らかにしており、2位の韓国・サムスン電子も攻勢をかけている。
 自動二輪ではホンダが全体の3分の1以上のシェアを確保して首位、ヤマハ発動機も3位につけた。上位5社のうち残りの3社はヒーローなどインド勢が占めている。
 11品目のうち成長市場はCMOS、自動二輪のほかにマイコン、偏光板など7品目に上る。ただ2桁成長は前年比20%増のリチウムイオン電池向け絶縁体のみだった。
 デジカメは市場が22%減。上位5社をキヤノンやニコンなど日本勢が占めたが、スマートフォンとの競合で販売台数は減少が続く。日本企業が首位だった縮小市場には、ほかに発電用大型タービンなどが含まれる。」(2019/07/08付「日経速報ニュース」より)

*「2018年の世界シェア」の詳細PDFは(ここ)~2018/07/08付「日経産業新聞」p1、12、13、「日経新聞」p5より)

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2019年7月 7日 (日)

「令和落首考 2019年前半」

今朝の朝日新聞の記事。
令和落首考 2019年前半 西木空人
 「解散風吹かせてどこ吹く風の顔」。結局、参院の単独選挙となりました。
 それにしても平成から令和へのこの半年は、まことに多事多端。「上半期いろんなことが有り過ぎた」と実感します。「朝日川柳」掲載句で振り返ってみましょう。1月~4月の「平成時代」も新タイトルに繰り入れます。
     × × ×
 1月。大坂なおみ選手全豪優勝。「凄(すご)いけど強調しすぎ『日本人』」。日本出身横綱・稀勢の里も注目を集めました。「見納めと開き直って見る相撲」
 「財務相存在感は口にあり」。この場合は、性差別ワースト発言でした。
 厚労省所管「毎月勤労統計」の調査不正発覚。「問われれば逃げ口上の『調査中』」
 「学校も児相も親も守らぬ子」
 心愛(みあ)さんの限りない孤独。
 この月の☆印句から。「『景気拡大』眉とツバとがグラフ見る」

 2月。「恵方巻きたっぷり食べた豚を食う」。大量の売れ残り。
 「割り箸も楊枝(ようじ)も立たぬマヨネーズ」。辺野古の地盤超軟弱が発覚。県民投票で反対72%。
 「ハノイまで来て思いっきり三振し」。米朝再会談、大山鳴動。
 「昔は夜はみんな寝ていた」。コンビニの長時間労働問題ですね。
☆「嘘(うそ)をつく惚(とぼ)けた顔のみな同じ」

 3月。カルロス・ゴーン被告が変装し保釈されました。「早々とハロウィンこれに決めました」
 「宮さまに言わせ言わない『放射線』」。東日本大震災追悼式で、対照的な秋篠宮さまと首相のあいさつ。
☆「いやなこと官僚になれば忘れられ」

 4月。新元号「令和」発表。「日本の古典で荒い鼻の息」「命令の令まず思た昭和の子」。悠仁さま中学生に。「この少年が持つ元号をふと思う」
 「一強もイチローだけは動かせず」。国民栄誉賞辞退。
 「誰からもがっかりされず桜散る」。失言妄言だらけの桜田義孝五輪相更迭。「謝罪する社長が座るパイプ椅子」。企業不祥事連日報道。
 首相観桜会。「こんなにも芸能人とお友達」だと誇る。「休めない人が支える10連休」に突入。
☆「除夜の鐘つきたいような四月末」
     × × ×
 5月。即位後朝見の儀でのおことば。平成即位の際の「『憲法を守り』が令和で『のっとり』に」変容していました。安倍政権の「検閲が済んだ『おことば』我ら聴く」。
 「改元で味占めついにパレードに」。秋、即位祝賀の車列で、首相と官房長官が手を振るはずです。
 琵琶湖畔で「あまりにも天使の列に惨(むご)い事故」。高齢者運転の事故も続出。
 「この春は無念の輪禍とめどなく」
 「戦争しないとどうしようもなくないですか」と北方領土で丸山穂高議員。「言葉には責任持てよ青蛙(あおがえる)」
 最初の国賓トランプ米大統領来日、接待漬け4日。「幇間(ほうかん)は満面の笑み桟敷席」。離日当日、川崎で包丁テロ。「弱きもの かよわきものに牙を剥(む)き」
☆「腹立ちが過ぎて悲しくなりました」

 6月。川崎の事件考えたと息子殺害容疑の元農水事務次官。
 「この国の8050闇深し」
 秋田の陸上イージス説明会、結果ありきの誤データで紛糾。「加計だけを思い出させる新屋(あらや)だけ」
 金融庁が資産寿命指針発表、老後に2千万円必要と。「宣伝が効いて列なす宝くじ」。その報告を受け取らぬと財務相。「有ったこと無かったことに致します」
 首相イランへ。首脳会談で「アメリカの方を見ながら握手する」。
 と、タンカー攻撃の報。「四島や拉致やイランのあと聞かず」
 月末、大阪でG20。「吉本で仕込んだネタがエレベーター」
 直後、板門店で米朝首脳が会いました。「もくろみ秘めて越える境界」
☆「外遊と外交の差をしかと知り」
      × × ×
 「知りたいことは本当のこと」であるはずなのに、少なからぬ人が「結局はスマホの幅で世界見る」日々を送っています。「嫌なこと見ない聞かない民主主義」が闊歩(かっぽ)している。老川柳子は「九十四年生きてこの世のいいかげん」と呟(つぶや)くのです。
 人間らしい句で結びましょう。
 「発見す車内で読書してる人」
 「水たまり小さな靴が跳んでみせ」
 (「朝日川柳」選者)」(2019/07/07付「朝日新聞」P8より)

今日は七夕。もう今年も半年経ってしまった。早い・・・
七夕は、あまり良い記憶がない。いつも思い出すのが、長男が1歳半の時に倒れ、入院中の小児科病棟で、入院中の子どもたちが、七夕の短冊を作っていた光景。それ以来、どうも七夕は苦手。

今回の参院選も、新聞にはもう情勢が載る。案の定の状態らしい。
国民が選んだ結果、と言えば聞こえは良いが、どうなんでしょうね。今の政治。
心を傷つける話は、もうたくさん。
まあこんな落首でも読んで、暗い気持ちを建て直すことにしようか。

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2019年7月 6日 (土)

「少ししんどいな」と思ったときのヒント

カミさんが、「ひとり温泉、ひとり旅」というタイトルに惹かれて、たまたま買ったという「クレア」という雑誌(2019/02・03月号)。
そこに、“なるほど”と思うヒントがあったという。

少ししんどいな、と思ったら “心の充電”のヒント
頑張りすぎて心の迷宮に迷い込んだときはちょっとした発想の転換や工夫で気持ちが軽くなることもある。
息苦しくなったら、こんなヒントを参考に新しい自分を見つけて。

hint①「睡眠をしっかりとる」
睡眠はメンタルを整えるための基本。気分転換やストレス解消をしようとするより、まず十分に眠って精神状態をリセットするようにしたい。日常的に睡眠不足気味の人は多く、十分に眠っただけで気分が前向きになると言う。

hint②「逃げろ!
困難に出遭った際、果敢に立ち向かうタイプの人はとくに注意。パワーが不十分の状態だと、困難を乗り越えるどころか簡単に心が折れてしまう。苦しいときは三十六計逃げるに如かず。自分にとって楽な行動でエネルギーを温存。

hint③「なんとかなる と考える」
失敗したとき、前向きに反省するつもりが後悔ばかりになってしまったら思考ストップ。重く受け止めすぎても前に進めない。少し休めば自然といい道が見つかることもある。生死にかかわらないことなら、なんとかなるさと考えよう、

hint④「どこか他の場所で咲く」
“置かれた場所で咲こう”という健気な思いは、ときに自分を苦しめる。何をしてもうまく回らないなら、そこは自分をきれいに咲かせる環境ではないのかも。自分が気持ちよく咲ける場所が見つかるまで、いろいろ試してみればいい。

hint⑤「自己肯定感を持つ」
人と比べて落ち込んでしまったら、今ここにいる自分だけを見つめてみよう。ダメだなあと思う自分もOK。落ち込んでる自分もOK。私にはこんな部分もあるよねと丸ごと受け止めよう。過去や将来も考えなくていい。そんな自分でOK。

hint⑥「承認欲求を満たす」
大人だってときには人から褒めてもらうことが大切。思っている以上に自分のいいところはたくさんある。できれば同業者や同じ状況の人と、定期的に褒め合う機会を持とう。苦労がわかり合える人の言葉なら、素直に受け止められる。

hint⑦「無理にリラックスしようとしない」
ストレス解消のために何かしなくちゃと考えて、かえってそれがストレスになってしまうこともある。自分なりのリラクゼーションなんて見つからなくても大丈夫。アロマやスイーツが助けにならないことだってあるのだから。

hint⑧「外見にちょつとこだわる」
人は見た目じゃないけれど、外見を整えると気分が上向きになって、周りの空気もちょっと変わる。新しい色の口紅やアクセサリーで自分に華やぎを添えて、微妙な気分の変化を楽しんでみよう。外出先では鏡を携帯して、チェックを。

hint⑨「明日の私に期待する」
夜寝る前まで考え事で頭がいっぱいになっていたとしたら、それ以上考えてもいい結論なんて出てこない。次の日になればすっきりいいアイデアが浮かぶこともあるから、今日の自分は早めに業務終了。明日の私に丸投げしよう。」(雑誌「クレア」2019 VOL.350 p160より)

190706shindoi じっくり読んでみると、やはり女性向けの雑誌なので、女性を対象にしたヒントらしい。
しかし、男性にも充分に通じるアドバイス。

我々年金生活者になると、あまりこのような場面に遭遇することはないが、ビジネスでは、このようなヒントが役に立つケースもあろう。
自分も「少ししんどいな」と思ったとき、これらを思い出してみることにしようか・・・

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2019年7月 4日 (木)

安武信吾・千恵著「はなちゃんのみそ汁」を読む

最近、家事の手伝いを始めたが、家事で最大のアイテムは炊事であろう。自分の食事での手伝いは、主に市販品食材の処置であり、まだまだ、とても炊事とは言えない。
ふと、「何とかちゃんのみそ汁」をいう話を思い出した。テレビドラマか何かで目にしたが、全部は見たことが無い。でも確かガンで死にゆくママが、5歳の子どもにみそ汁の作り方を教えた。という話は知っていた。5歳の子どもでも出来る炊事?と思って、ふとこの本を読んでみる気になり、ググると「はなちゃんのみそ汁」という本名がヒットした。
文庫本も出ていたので、買ってみた。昨日着いたので、今日一気に読んだ。今日はその感想である。

この本のカバーにこう解説がある。
190704hanachan 「私はがんになった後に、ムスメを授かりました。だから、この子を残して、死ななければなりません」。 33歳で逝った母が5歳の娘と交わした約束、それは「毎朝、自分でみそ汁をつくること」。だから、はなちゃんは毎朝、みそ汁をつくる。生きることは食べること。゛生きる力。に心を揺さぶられる感動の記録。」

読んでみると、乳がんの体験記。あまりのリアルさに、途中で読むのを止めたいと思ったほど。炊事の方法を5歳の子どもの教えた話が中心かと思っていたが、少しはずれた。
闘病生活は8年。いったん転移したガンは消えたが、再発。5歳前からみそ汁の作り方を教え、5歳になった時(2008/2/22)から朝食はムスメに任せることにしたという。しかしその4ヶ月後の6月には緊急入院し、自宅闘病を経て7月11日に亡くなったというから、みそ汁以外のメニューを伝授する時間は残されていなかったようだ。

しかし実話だけに、心に突き刺さる言葉が多い。千恵さんが残したブログの一節である。
あなたはこの子たちを残して死ねますか?  2008年2月16日
私は、がんになった後に、ムスメを授かりました。
だから、この子を残して、死ななければなりません。

がんになっでもならなくても、死ぬ順番は、私が先に決まっています。
逆になったら、いけない。
だとすると、心残りがないように、死ななければなりません。

彼女は、私がいなくなった後、生きる上で必須科目となる、家事はできるだろうか。
今ムスメに手伝わせている家事は、洗濯干し、洗濯たたみ、風呂洗い、靴並べ、掃除、保育園の準備、ダンスの整理、自分の服の管理等。

ついつい、わかっていても、危ないから、自分がした方が早いから…云々と理由をつけて、一番大事な料理は最後になってしまいますね……。
 彼女の手伝いの中に、配膳と料理部門を増やすことが、今後の私の課題。

 何にもできない彼やムスメだったら、心残りがありすぎて、おちおち天国に行けないっちゅうはなしです。
 毎晩化けて出なくちやなりません。
 だから、厳しいと揶揄されようとも、彼と彼女が自分の足で生きていけるようになるまで、心を鬼にして、躾をするまでです(私も彼らから躾られていますけれども)。

 そして、日々祈るのです。
 旦那とムスメが、朝、「行ってきます」と言って出かけた後、「ただいま~」と、元気に帰ってくることを。
 がん友や、大切な人々が、毎日元気でいることを。
 それぞれの家族が、できるかぎり長く、幸せであることを。」(文庫「はなちゃんのみそ汁」P151より)
千恵さんの決意が述べられている。

それ以外にも、重たい言葉が多々ある。少し転記してみる。
「いつか死ぬ、それまで生きる。「それまで」とはどれくらいの期間なのか。誰にも分からない。千恵の闘病中、会社の先輩記者が肺がんになった。手術をして、職場に復帰した。「よかったね」とみんなで喜び合った。健康を取り戻した先輩は休日に、趣味の釣りに出かけた。誤って海に落ちた。先輩は溺れて死んだ。
 「それまで」の間に、ぼくたちは娘のためにやるべきことがある。慌てる必要はないが、気になることは、できるだけ早く伝えたり、済ませておいたほうがいい。先輩の死を思い、自分たちと重ね合わせながら、親として考えておかなければならないことを千恵と語り合った。」(同p116より)

「人間はいつ、どこで、最期を迎えるかわからない。喧嘩別れしたまま、顔を見ないまま、生き別れたら、後悔してもしたりない」。こう言って、千恵は、大人にもよくハグをした。スキンシップをとても大事にしていた。」(同p159より)

おっと、炊事の話からだいぶんそれてしまった。

映画やTVドラマもあったようだが、とても見る気にはなれない。
しかし改めて、ガン末期の痛さ、苦しさを知った。
多くの医者は「選べるならガンになって死にたい」と言っているという。ある程度の時間が与えられ、「自分の始末が出来るから」が理由らしい。
自分はゴメンだ。でも誰も自分では選べない。何とも難しい人の最期である。

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2019年7月 3日 (水)

家事~食後の片付けはOK

改めて眺めてみると、家事とは雑多な作業の集合体のようだ。
どの家庭でも、分担があり、それなりに完結している。妻の家の中の仕事は、夫は知らないままに時間が過ぎ、同様に夫の外での仕事は、妻は知らないままで終わってしまう。
しかし、我が家のように、年金生活者になると、少し事情が変わる。
つまり、夫の外での仕事が無くなるわけで、妻から見ると、当然フィフティ・フィフティ。当然、夫に“家事も分担せよ”ということになる。これから逃げられる間はまだ良い。しかし“毎日が日曜日・この世の春”の夫に、妻の不満は溜まり、家庭の中でマグマが貯まって爆発する。

今回の我が家のきっかけは“妻の一週間の不在”だったが、どうも最近はそれに限らず、夫も家事を分担せざるを得ない、と思う。つまり年金生活者が、外の仕事が無くなったのにそのまま、は贅沢・・・ということ。

190703esa_20190703215101 2019/07/01の夕食から、“食事の後片付け”は、パーフェクト!!で実行中。愛犬メイ子の餌やりは、夕方分は昨夕からスタート。しかし、その前の薬は、昨夕は失敗して、カミさんに応援依頼。今夜は、何とか喉に押し込んだ。しかし、その際の断末魔のようなメイ子の鳴き声には参った。それほどまで自分は可愛そうなことをしている!?
190703kusuri 朝の分はまだだ。つまり自分が起きた時には、散歩も朝の餌やりも、もう終わっている。これから夏で暑くなるので、もっと早起きしろと言われてしまった。朝の散歩も、朝の餌やりも、早起きをしないと参加出来ないみたい。
でも、寝る前のオシッコシート替えと水替えは、昨夜からスタート。ペットを飼うのも、なかなか大変だ。

家事の実績をメモしておくと、昨日は掃除の日。今までの自分の分担は、風呂を出た時の掃除、洗面所、2ヶ所のトイレの掃除。しかし、昨日は玄関ホールや階段、キッチンも担当した。まだ初日なので、居間の掃除は次回から。
これでクタクタになったのでビックリ。肩で息をしている。そして外壁の、道にまではみ出した樹木の枝を剪定したが、後片付けも含めて、これもクタクタ。
「秋の落ち葉になったら、どうするの?」とイヤミを言われながら・・・。そうなのだ、我が家の前の道路には、落ち葉の季節になると毎日大量の枯れ葉。それの掃除が大変。近所のオジサンは、自分の家の前の歩道だけで無く、周囲の道路まで掃除をするので、毎週2回の回収日には、家の前には落ち葉の回収袋が10袋近く。これも大変な作業だ。
マンションと違って、戸建てを維持するのは大変。もっとも、自分は今まで「大変だね~」で終わっていたのだが・・・

おっと、今日は洗濯物を干して回収したぞ。洗濯そのものは、毎朝起きると既に終わっているので、早く起きないと、カミさんの境域にはまだまだ入れない。

早起きの件。今、交渉して、明日の朝は、1時間前倒しでカミさんと話がついた。
お疲れさま。(家事のこと。2回位は記事にしておかないと、もう止めたの?と言われそうなので・・・)

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2019年7月 2日 (火)

家事の勉強を始めるぞ!

今日は我が人生の転機であ~る。何と、自ら進んで家事をやろうと言うのだ。
カミさんが一週間いなくなる日が近付いてきた。愛犬メイ子の散歩も含めて、1週間位どうにでもなるさ、とタカを括っていたが、この際、マジメに家事を覚えようかと思った。
というのは、昨夜、いよいよ「メイ子の食事前の薬の飲ませ方の練習を、明日からするからね」とカミさんから宣言されてしまった。メイ子は心臓が悪く、ずっと薬を飲んでいる。しかし、直ぐに吐き出してしまうため、いつもカミさんが指でメイ子の喉の奥に押し込んで飲ませていたが、1泊くらいならサボっても良いが、さすがに1週間となると、そうも行かない。自分がやるしかない。それで、今回はマジメにカミさんから教わって、薬はもちろん、餌やりやオシッコシートの交換も含めて、メイ子が普段と変わらない生活、と感じられるように勉強しようと思い立った。

加えて、その1週間を利用して家事もやってみようかと思い立った。そもそも家事の中で自分が最もキライな作業が、食事の後の片付け。特に食べ残しなどの後片付けが大キライ。息子がたまに帰ってくると、「片付けをしようか」と率先して台所の後片付けをする。それを見て、自分は「お前はエラいな~」とただ言っていただけ。

それを、昨日の夕食後、自分でやってみると宣言して、カミさんに教わりながらシンクのゴミ捨て方法を習った。すると、まあ“どうって事無い”。
今までは、後片付けする位なら、絶食する。なんてバカな冗談を言っていたが、“生むは易し”である。
そんなことで、メイ子の世話だけでなく、家事全般を、カミさんが居ない1週間やってみようかと思った。

前に「社会と家庭における女性の地位」(ここ)という記事を書いた。
それによると、専業主婦の家事は年間300万円の価値があるとか。つまりは、掃除洗濯炊事と、作業が膨大だと言うこと。

確かに自分が現役の時は、夫は給料稼ぎ、妻は家事と子育て、という分担の考え方があった。しかし、自分が年金生活者になると、フィフティフィフティ。夫が自分の好きなことだけやっていて、時間になると「お風呂に入って」「ご飯だよ」でノコノコ居間に行って、食べたら直ぐに自室に、という生活は贅沢。

まあ今までの罪滅ぼしというか、カミさんに自分の時間を少しでも取って貰うために、出来る限りの家事をやって、それを三日坊主で終わらせないため、自戒を込めて、このblogに新たに「家事奮闘記」というカテゴリを新設して記事で綴っていく(自分を縛っていく)ことにした。
乞うご期待!????

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2019年7月 1日 (月)

心肺停止の時、救急車に蘇生拒否~最期をどう迎える?

先日、NHKの何かの番組で見た救急現場について、気になった。それでググってみたら、こんな記事が見付かった。実際には、NHKの色々な記事がヒットするが、この記事が最も詳しかった。

「蘇生やめて!」救急現場で何が…
皆さんは人生の最期をどのように迎えたいか考えたことはありますか?実は国の調査では、およそ半数の人が、病院ではなく、住み慣れた自宅で最期を迎えたいと望んでいるんです。そうした中、総務省消防庁が行った初めての調査で驚くべき事実が明らかになりました。自宅で心肺が停止した患者の家族が、駆けつけた救急隊に対して蘇生や搬送を拒否するというケースが相次いでいるというのです。その数、全国で年間およそ2000件。一体何が起きているのか。私たちは取材に当たりました。(社会部記者 金倫衣・山屋智香子 ネットワーク報道部記者 吉永なつみ)

なぜ蘇生中止求める?
私たちはある具体的な事例にたどり着きました。
去年1月、94歳で亡くなった八王子市の近藤悦子さんのケースです。
悦子さんは、生前、娘の茂代さんに対して、「人工呼吸器をつけるような延命治療はしたくない」と話し自宅での最期を望んでいました。
そんなある日、容体が急変。ベッドの上で意識が無い状態で見つかります。
これに慌てた娘の茂代さんはとっさに119番通報をしてしまいました。
救急隊は到着後、すぐに心臓マッサージを開始。病院へ搬送する準備を始めたその時、母親の意思を思い出した茂代さんは、蘇生や搬送の中止を求めました。
救急隊員の腕をつかみながら、「心臓マッサージをやめてほしい」と訴えましたが隊員は「仕事ですから、やめるわけにはいかない」と処置を続けたといいます。
そこに、主治医が駆けつけ、救急隊員に対し回復の見込みがないことと本人の意思を説明。結果、搬送は中止され、母親の希望通り自宅で最期を迎えることができました。
例え本人の意思を知っていても目の前で突然、倒れたり意識を失ったりしたら、家族は動転して救急車を呼んでしまうことがあるのです。

搬送されてしまうケースも
一方、本人の意思に反して病院に搬送され、自宅で最期を迎えられなかった人もいます。
名古屋市の医師、神谷悦功さん(50)はおととし同居していた父親の忠さん(当時77)を亡くしました。
夜、自宅の風呂場で忠さんが意識を失って倒れているのを見つけ、すぐに脈拍などを確認しました。しかし、すでに心拍も呼吸もなく、回復も見込めないことがその場でわかりました。
実は忠さんも医師で、以前、息子の悦功さんに対して「もし倒れても救命処置はしないでそのままみとってほしい」と伝えていたといいます。
一方で、容体がそこまで悪化していなかったため、家族を含めて自宅で最期を迎えるための具体的な準備はしていませんでした。
そんな中、突然訪れた最期。夜間でもあったことから、主治医とはすぐに連絡がとれませんでした。
神谷さんは、救急車を呼んでしまうと父が望んでいなかった救命処置が行われると考え、事件や事故でないことを説明するため警察に連絡しました。
すると駆けつけた警察官は「体がまだ温かいので救急車を呼びます」と言って消防に通報し、まもなく救急隊が到着しました。
神谷さんは自分が医師であることを隊員に説明したうえで、救命処置や搬送の必要はないと伝えました。
しかし、隊員は少し困った表情を見せると無線で本部とやり取りし、「そちらの事情もわかるがそれはできない」と答えて死後硬直が起きていないことなどを示したうえで、搬送したといいます。
その後、忠さんは病院で死亡が確認されました。
神谷さんは「中学生の娘2人が隊員に『おじいちゃんを連れて行かないで』と泣き叫んでいた。2人の父親としても、また父の願いをかなえられなかった息子としても申し訳ない気持ちになった」と話していました。
忠さんが無言の帰宅をしたのは搬送からおよそ6時間後。
神谷さんの母親で、忠さんの妻の倫子さん(76)は「もう亡くなっているのはわかっているのに、救急隊の人が力いっぱい痩せた夫の体に蘇生処置をするのを見ると痛そうで、気の毒で、私もつらかった。なきがらが自宅に戻ると息つく間もなく葬儀の準備が始まってしまい、夫がかわいがっていた孫たちと一緒に静かな時を過ごすことができなかったことが心残りです」と悔やんでいました。
名古屋市消防局は取材に対し、今回のケースで搬送を中止しなかった理由について、プライバシーの問題があり「個別の案件についての回答は差し控える」とコメントしています。
そのうえで、こうしたケースについては国の基準が示されておらず、救命活動を続けるかどうかは搬送先の医療機関の医師の指示に従うことになっているとしています。

救急隊員の戸惑い
相次ぐ救急現場での蘇生拒否。救急隊員からは戸惑いの声が上がっています。

「救急隊は命を救うことが使命だが、心肺蘇生をやめてほしいということで板挟みになる」
「心肺蘇生を行ったら、家族から抗議を受けた」
「蘇生の拒否が患者本人の希望なのか、家族の希望なのかその場で判断できない」

救急隊員は法律上、救命措置を行いながら、迅速に医療機関に搬送することが責務とされています。
このため、1分1秒を争う現場では、判断に迷っている余裕はありません。差し迫る状況のなか、蘇生の拒否を告げられると、隊員は「責務」と「患者や家族の希望」との間で、どうすべきか判断を迫られてしまうのです。
実はこうしたケースに直面した時、救急隊員がどのように対応すべきか、全国で統一されたルールや手順はありません。これも救急隊員が混乱する大きな要因だと指摘されています。

動き出した医療現場
こうした救急現場での混乱を防ぐためにどうすればよいのか。
実は今、対策に動き出した医療機関があります。
東京 世田谷にある在宅医療専門の「恵泉クリニック」では、ことし4月から、容体が急変した時などにどんな治療を受けたいか、患者や家族の希望を細かく聞く取り組みを始めています。
心肺が停止し、回復が見込めない時に、救命措置を望むかどうか。事前に患者と家族、医師が話し合っておき、書面に残しておくというものです。
私たちがこの取り組みを取材した時に出会った88歳の男性は、「好きなことは全部やってきたので、思い残すことはない。苦しまず家族に迷惑をかけたくない」と話し、救命措置を望まないと書面に記しました。
ただ、この取り組みは決して、救命拒否を促すものではありません。91歳の男性患者の娘は、「もう少し一緒の時間を過ごしたいので、心肺停止になっても蘇生によって戻るのであればお願いしたい」と話し、できる限りの蘇生措置を希望していました。
クリニックの太田祥一院長はこうした取り組みに欠かせないこととして、患者と家族、それに医師や看護師などとの信頼関係を築くことと、考えが変わる可能性があるので定期的に希望を聞き取ることを挙げています。
太田院長は「これまでは、最期をどう迎えたいかと話し合うことはタブーとされてきたが、これからは医師が患者や家族の意思を確認することが欠かせない」と話していました。

消防も対策進める
また、消防の現場でも対策が少しずつ進んでいます。
埼玉県の所沢市などを管轄する、埼玉西部消防局では、現場で心肺蘇生の拒否を求められた場合の対応のしかたについて、独自の手順書を作成し、10年前から活用してきました。
キーワードは、「医師の指示書」と「家族の同意」です。
まず「医師の指示書」は、主治医が患者と交わした書面のことです。患者が心肺停止になった場合に心肺蘇生を希望するかしないかを、事前に主治医が患者と話し合い、それを記したものです。
書面には、患者本人の署名のほか、主治医の名前や連絡先が書かれています。
このため、救急隊員が現場で蘇生を拒否された場合、家族などから「医師の指示書」を提示されれば、隊員は主治医にすぐに連絡し、指示を仰ぐことで蘇生や搬送を中止できます。
しかし実際の現場では、この「医師の指示書」が出てきたケースというのは、ほとんどないといいます。
主治医と口頭で意思を確認しあうことはあっても、それを書面に残しておくというところまでは、なかなか普及していないのです。

そこで2つ目のキーワード「家族の同意」が出てきます。
事前の書面がなくても、その場での「主治医の指示」と「家族の同意」があれば、蘇生や搬送を中止できるようにしました。
具体的には、家族から主治医が誰かを聞き取り、その主治医に連絡して蘇生中止など処置の指示を受けます。
そして、救急隊員がその場で家族から同意のサインをもらいます。
救急隊員は独断で蘇生の中止などを判断できないため、必ず医師の指示が必要となります。家族などからの申し出だけではなく、医師との連携を強化することで、円滑な活動が成り立っているのです。
「患者本人や家族の希望がいちばん大切だと思うので、そうした意向に沿った活動をしていきたい」
先ほどの医療機関もそうですが、こうした取り組みは、決して蘇生の中止を促すものではなく、あくまで、患者や家族の希望に沿った活動を行おうとするものです。
取材した隊員が話してくれた言葉が、深く印象に残っています。「救命処置を望む人にはもちろん処置を、望まない人にもそういった意思に沿った活動を、どんな患者や家族に対しても寄り添った活動を行うのがわれわれの仕事だと思っている」

今後どうすれば
こうした取り組みは、まだ一部の消防にとどまっているのが現状です。日本臨床救急医学会の坂本哲也代表理事は、全国的な仕組み作りが重要だと指摘し、次のように話しています。
「このままの人口構造では高齢者がふえていくので、今の体制であればさらに現場の混乱が増えてくると思う。これまでは救急隊が現場に行くと救命措置に100%全力を尽くすという選択肢しかなかったけれど、蘇生を中止するような手順を選ぶことができる、これがこれからの新しい救命の考え方だと思う」

家族との話し合いを
突然、目の前で心臓が止まったり、呼吸が無くなったりすれば、家族が動転して119番通報をしてしまうことは決して珍しくないと思います。
そうした場合、救急隊員はどのように対応すべきか、国が統一したルールを早く設けるべきです。
高齢化社会に直面し、救命救急の考え方を変える時が来ているのかもしれません。
また、取材して感じたのは、この問題は救急隊だけで解決できるものではないということです。
患者本人や家族はもちろん、地域のクリニックや救急病院の医師や看護師など、まさに地域医療に携わるさまざまな分野の人たちが連携してはじめて、患者の希望にそった対応が成り立ちます。
そして何より私たち一人一人が日頃から家族などと話し合うことが最も重要です。さらに何かあれば、まず主治医に連絡するということを徹底することも大切です。
人生の最期なんてまだ遠い話だと感じている人も、1度、周りの人たちと話し合ってみてはいかがですか。」(2018年10月2日NHKのここより)

最期の時の延命治療の問題。
人は、いつ何時、何が起こるか分からない。決して他人事では無い。

3月に亡くなった兄貴と、正月に弟の家で、74歳の誕生会をした。その時に、耳が遠いと言っていた兄に、スマホのアプリで、どの位耳が聞こえないのか調べてみたら?と言ったら、兄は「治るのならやるが、治らないのならやらない」と言って、テストを拒否した。
結局、その考え方が兄の最期を迎えるスタンスだった。そしてそれを実行して逝った。

自宅でもしもの時、同じだと思う。「治るのならやるが、治らないのならやらない」。つまり、いわゆる事故で、心臓マッサージで生き返って、その後の人生が送れるならやるが、何かの病気で、幾ら心臓が甦っても、それは瀕死の蘇りで、直ぐに止まってしまう状態なら、何もしない、という選択肢も有り得る。
だが、消防士は仕事で、やらざるを得ない。
ある消防士は、主治医から「やるフリをして、自分の病院まで搬送してくれ」と電話で頼まれたが、「そんな事は出来ない」と拒否して、心臓マッサージをしながら、主治医の病院まで運んだという。しかし、途中で「やるフリ」をして、報告書には「全力でやったが・・・」と書いたという。

突然、という話はよく聞く。近所でも、奥さんが風呂から上がってこないので、娘さんが見に行くと亡くなっていた。という話や、カミさんの友人のご亭主は、同窓会の宿で、温泉で浮かんでいて、風呂場の掃除の人が見付けた、とか。だいぶ前の話だが、従兄弟の家で、父親がやはり風呂場で亡くなっているのを朝見付け、警察で解剖が終わるまで、返ってこなかったとか。
そう言えば、ついひと月ほど前、直ぐ近所で、救急車が来て慌ただしいので、見に行ったら、男の人が道路で、消防士の心臓マッサージを受けていた。その後、花束があったので、亡くなったのだろう。散歩だったのだろうか?

人生、いつ遮断されるか分からない。“その時”がいつ来ても、上の記事では無いが「好きなことは全部やってきたので、思い残すことはない。苦しまず家族に迷惑をかけたくない」と言って逝きたいものである。

(2019/07/04追)
救急隊の蘇生中止、国も追認へ 消防庁部会報告書案「かかりつけ医の判断で」
 末期がんや老衰のために自宅などで心肺停止になった際、家族らが119番通報して駆けつけた救急隊に蘇生処置を断る事案が相次いでいることを受け、総務省消防庁の検討部会は3日、かかりつけ医が蘇生中止を判断できるとする報告書案をまとめた。今夏にも開く検討会で決定し、周知する方針。蘇生中止に関し、国として考え方を示すのは初めて。
 報告書案では、蘇生中止を認める具体的な基準は示していないが、隊員が現場でかかりつけ医に連絡して指示を得られれば蘇生をやめても問題ないと整理した。これを受け、こうした対応をとる消防本部が増える可能性がある。
 高齢化が進む中、自宅や高齢者施設で最期を迎える人が増えている。家族やかかりつけ医と話し合い、心肺停止になったら蘇生を望まないと事前に確認する場合も多いが、いざという時に家族が動転したり、夜間でかかりつけ医と連絡が取れなかったりして、119番通報することがある。
 こうした事案に対し、一部の消防本部では医師の指示などを条件に蘇生を中止する対応をとってきた。ただ、法的に問題がないか不明確で、法律や倫理の専門家を交えた検討部会が昨年5月から議論していた。
 報告書案では、蘇生中止を認めている広島市などの取り組みを紹介。患者の病歴や生活、意思をよく知っているかかりつけ医は、判断できるとの考えを示した。ただ、蘇生中止を認めることを標準的な対応とするかは、判断を避けた。今後知見を集めることが必要だとし、将来的に検討することを求めた。(阿部彰芳)」(2019/07/04付「朝日新聞」p3より)

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