プチ贅沢としての井上陽水のハイレゾ音源
最近、プチ贅沢をしている。“お金はお墓に持って行けない”という言葉に勇気付けられて?贅沢をしている。
広辞苑によると、「贅沢」とは「①必要以上に金をかけること。分に過ぎたおごり。②ものごとが必要な限度を越えていること。」だそうだ。
そう、必ずしも必要でないものにお金をかけている。
今回のプチ贅沢はハイレゾ音源の購入。CDの音源を持っているので、それで充分、と考えるのか、いやもっと良い音で聞きたい、と贅沢を言うのか・・・。最近は、後者である。
贅沢をしても、何かにお金をかけても、ワクワクすることが無くなった。歳による感度不足なのだろう。実は、そんな中、自分が唯一ワクワクして、つい嬉しくなってしまうのが、昔に良く聞いた歌を、改めて素晴らしい音質で聞くこと。つまり、聞き慣れた歌を、高価なハイレゾ音源で聞くこと。
最近、やっと念願の音源が発売されるようになってきた。それで買い集めたのが、さだまさし、グレープ、森山良子、井上陽水の昔のアルバムのハイレゾ音源。
前に「山口百恵のハイレゾ音源が素晴らしい」(ここ)という記事を書いた。
この時に、ハイレゾに目覚めたのだが、続かなかった。何となく贅沢で後ろめたい感じ(贅沢)がして・・・
山口百恵のように、買ってみて「これば素晴らしい」と感じれば良いのだが、結構「ナ~ンダ」と思う音源も多い。クラシックもそうだが、2016年8月に買った待望の「喜多郎」のアルバムは、ほとんどCD音源と変わらなかった。実は、今回大量に買った森山良子やグレープの音源も同じ。学生時代や独身時代に良く聞いたアルバムだが、待望のハイレゾ音源を買っても、あまりCDとの差を感じない。
これは多分、もともとの音源テープのせいだと思う。つまり、森山良子のように、ギターだけの伴奏の曲は、そもそも音域が狭い。だから差を感じない!?
しかし今回買った井上陽水は違った。まるでゴージャスな歌に変貌した。このシリーズが発売された当初(2018年9月)、贅沢だと思ってアルバム「氷の世界」の他は、「傘がない」「小さな手」「二色の独楽」の3曲を、それぞれ単品(607円)で買ったのだが、今回それらを含むアルバム全体(各3910円)(ここ)を幾つか買ってしまった。先に買ったものとダブって、かえってムダをした。
それにしても、自分の一番好きな「傘がない」はステレオ効果満点。1972年5月発売の最初のアルバム「断絶」の収録曲だが、まだまだ活躍していない当時の井上陽水の、この力作は、レコード会社の見る目の確かさを物語る。
人間、歳を取ると、当然声も変わる。ほとんど変わらないのは森山良子くらい・・・!? 井上陽水もさだまさしも、最近の声はあまり好きで無い。それに比べ、初期のアルバムは、声が良く出ていて、そして素直で素晴らしい。ちなみに「断絶」は陽水23歳の声だという。
先日、さだまさしが、セルフカバーのアルバム「新自分風土記II~まほろば篇~」というのを出したので買ってみたが、満足度は今ひとつだった。森山良子と同じく、伴奏がギターが主なので、ハイレゾのゴージャスさが少なかった。
実は、早くハイレゾが発売されないかな・・・と、ずっと待ち望んでいる歌手が、小椋佳と中島みゆき。自分はその初期の作品しか聞かないが、考えてみると、この二人の歌手も、伴奏はギターがメイン。すると幾らハイレゾ音源にしても、CDとあまり変わらないのかも・・・
今回の井上陽水の25作品一斉発売では、アナログマスターからのハイレゾ化は、1984年12月発売の「9.5カラット」まで。この25作品中では、1987年12月発売の「Negative」以降は、デジタル録音のアップコンバートが入ってくる。
自分は、原理的に44KHz/16bitのCD音源のアップコンバート音源は信用していない。人工的にハイレゾを作っているから。これは、自分が持っている「HAP-Z1ES」の信号処理で充分。まあアップコンバートとの差を試していないので、一度買う必要はあるが・・・
ともあれ、暗いベッドの中で、STAXのヘッドホンから流れる、昔の楽曲の素晴らしい音に、つい嬉しくなって、これらを聞くためにも“長生きしなくちゃ”と思う、プチ贅沢ではある。
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