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2016年4月28日 (木)

「看護師」と「准看護師」

今朝朝日新聞にこんな記事があった。
「(ザ・コラム)「戦後の遺物」 准看護師を知っていますか 駒野剛
 パジャマ姿の初老の男が11人の「白衣の天使」たちに囲まれた写真が自宅にある。
 病魔に襲われ、1年がかりで退院目前までこぎ着けた。その折、54度目の誕生日を迎え、病室で彼女らが祝ってくれた。何度も手術で生死の境をさまよった私と、一緒に闘ってくれた同志との記念撮影だ。
 その天使の世界が「看護師」と「准看護師」の二重構造と知って戸惑いを覚えた。
 高卒後、3年以上の専門教育を受けるなどして国家試験に合格した「看護師」と、中卒後、養成所なら2年履修し、都道府県知事の免許を得てなるのが「准看護師」だ。
 全国で就業する看護師は114万人、准看護師36万人(2014年)。7割が病院に集中する看護師に対し、准看護師は病院が40%と最多だが、診療所35%、介護施設など21%と、多様な分野を支えている。
 だが、制服、業務が同じで見分けられない。業務などを定めた「保健師助産師看護師法」(保助看法)は、看護師を「傷病者若(も)しくはじょく婦に対する療養上の世話又(また)は診療の補助を行うことを業とする者」、准看護師は医師や看護師らの「指示を受けて」看護師と同じ業務ができる、とする。(
じょく婦=褥婦=出産後の女性)
 年収はだいぶ違う。14年の調査だと、20代前半看護師の377万円に対し、准看護師は283万円。准看護師で20代前半看護師に追いつくのは30代後半以降からだ。
 東海地方の救急病院に30年余り勤める准看護師は「同じ仕事で当直料が看護師より4千円安い。時給も何年も働いて10円上がるかどうか。昇進もできない」と明かす。
         ◇
 現在の看護の枠組みは戦後日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)公衆衛生福祉局長のサムス准将と、オルト看護課長ら専門教育を受けた女性看護師らが作った。
 彼らは、当時の病院が患者の家族が看護をし食事を作って一緒に食べる「下宿屋」のようだと「大きな衝撃を受けた」。
 「若い娘を医師が引き取って、約1年か2年の間、掃除や洗濯のかたわら看護の仕事を教えただけ」という現実の転換が進んだ。家族を追い出すには、専門職で自立した看護師に任せる改革が必要だった。
 48年制定の保助看法は看護師資格の基礎教育を高校卒業まで12年以上とし、この上に3年の臨床看護コースを置いたが、50年の女性の高校進学率は36%。高卒ばかりに頼れないと、急場しのぎに日本側が提案したのが中学卒の看護師だった。
 看護師不足は続き二重構造がずっと残った。短期で養成でき、給与の安い准看護師に頼る医療機関が少なくなかったからだ。
 准看護師の養成校には大卒、短大卒が2割弱。社会に出た人を含め、より容易に看護職を目指せる道なのも確かだ。
 しかし、結果として看護師の給与も抑え込まれ、就業しない潜在看護師が70万人近くもいる。身近に魅力ある仕事も多い大都市では、求人数に求職者が追いつかない。
         ◇
 95年9月14日、朝日新聞の社説は「『准』看護婦の養成をやめよ」と主張した。「看護婦とまったく同じ仕事をさせられるのに給与は安い」からだ。
 厚生省が設置した「准看護婦問題調査検討会」は、翌年末「21世紀初頭の早い段階を目途に、看護婦養成制度の統合に努めることを提言」したが、統合されぬままだ。
 いま、東京を挟む2県で、百八十度違う取り組みが起きている。神奈川県は12年に准看護師の養成をやめると決めたが、埼玉県では今春、新たな養成校が開校した。
 上田清司埼玉県知事は「人口当たりの医師も看護師も残念ながら全国最下位。今後の高齢化に備えるには数の充足が欠かせない」と訴えるのに対し、ジャーナリスト時代から准看護師の養成停止を訴えてきた黒岩祐治神奈川県知事は「准看護師は終戦直後の遺物。在宅医療などに対応するには看護師の高度化が不可避。今、養成校を新設するなど、『びっくりポン』だ」と話す。
 どちらの知事も問題解決に懸命で、その努力をあげつらうつもりはない。しかし、命の守り手である看護師は、全国同一の基準や態勢であるべきで、都道府県で違いがあるのは国政の怠慢の結果ではないか。
 そうだ。安倍晋三首相は「同一労働同一賃金」を言っている。ならば、戦後の遺物、看護師の二重構造の解消を勧めたい。(編集委員)」(
2016/04/28付「朝日新聞」p16より)

改めて、「看護師」と「准看護師」の取得の違いを読んだ。「准看護師」はなり易いとは聞いていたが、「中卒後、養成所なら2年履修し、都道府県知事の免許を得てなるのが「准看護師」だ」という。
Wikiで見ると、養成機関としては、5年間の看護高等学校や、高校卒業後3年間の看護専門学校や短大、そして大学があり、看護師国家試験の合格率は9割程度だという。
一方、「准看護師(略称「准看」)は准看護師学校(准看護師養成所)あるいは看護高等学校にて1890時間以上の教育を受け、卒業後、都道府県知事試験の受験資格が与えられる。」とのこと。倍率は2.8倍程度とのことで、高卒既卒5割、新卒3割、短大・大学は2割ほどらしい。

それにしても、この二つの資格は、仕事は同じで待遇差別のためだけに現在まで残っているらしい。
Wikiによると、「准看護師が日本で設けられている背景には、戦後の看護師不足に対応するための暫定措置という性格がある。看護師には、ますます高度な専門的知識や技術が要求されるようになりつつあり、日本看護協会は、准看護師制度の廃止を希望しているが、幅広い労働条件の看護労働力を求める日本医師会などの要望もあり、検討段階にある。
厚生労働省の准看護婦問題調査検討会報告では、21世紀初頭の早い段階を目途に看護婦養成制度の統合に努めることを提言しているが、直後に日本医師会は反対意見書を取りまとめている。 現在、准看護師の養成校は徐々に減りつつあり、2004年から、10年以上の臨床経験のある准看護師を対象に看護師となるための通信制の移行教育が始まり、2006年にはこうした教育を受けた者が国家試験を受験している。なお、2013年度をもって神奈川県は准看護師の養成廃止を発した。」

つまりは、医師会が安い賃金で看護師を雇いたいため、残っているのがこの制度らしい。

女性が持つ資格には色々あるものの、看護師という資格は、自分は非常に有用な資格だと思っている。単に大学を出ただけだと何の資格も得られない。男の場合は、それでも会社という組織の中で鍛えられ、資格など無くても生きられるが、女性の場合は、結婚出産などで退職すると、再就職は安いパートなどになってしまう。
その点、看護師のような「業務独占」資格は、再就職には有利。

母子家庭の貧困の話よく聞く。そのきっかけは、離婚または死別によるシングルマザー化が多い。しかし、看護師の資格は、そんな逆境の場合にも有効なのでは?

実は、我が家は少し「看護師」の血が流れているらしい。明治27年生まれの父方の祖母が日赤の看護婦をしていたらしい。
祖母の歌集「筧(かけい)」を見ると、「大正二年三月、日本赤十字社東京支部救護看護婦学校卒業」とあった(ここ)。(自分が小学校5年の時に、水戸の祖父母の家に一人で泊まりに行った時、庭の池に「筧」があった。)
その血を引いたのかどうか分からないが、親父の一番下の弟(叔父)の次女(自分の従妹)が看護師になった。そして、その影響か、その長女(同じく従妹)の娘も看護師になった。
それぞれ高校を卒業したあとに、専門学校に行ったらしい。
先日、その娘の祖母にあたる自分の叔母と話をしたら、その孫は、もう28になるが、まるで結婚の話は無いという。何とか言う歌手の追っ掛けをしているとか・・・。看護師の仕事は厳しいが、収入が安定しているので、気楽な生活を送っているらしい。

ウチの子どもは男だったので、そんな選択肢は無かったが、もし女だったら“イザと言う時”のために、看護師の資格を勧めたかも知れない。なまじの女子大出よりも、よっぽど役に立つかも・・・。
ひょんなことで、看護師の資格について勉強してしまった。

160428touchan <付録>「ボケて(bokete)」より

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