「終活」のミス、書き間違えた遺言の行方
だいぶん前だが、こんな記事を読んだ。
「(法廷ものがたり)「終活」のミス、書き間違えた遺言の行方
裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。
在職中にがんで亡くなった警察官の男性が遺言を残していた。「交際していた女性に財産を残します」。ところが遺言書で肝心の預金先の金融機関名が間違っていた。このままでは口座の預金が女性に渡らなくなってしまう。遺言書作成に関わった司法書士は、本来の預金先の金融機関に支払いを求めて民事訴訟を起こした。
警察官の男性には3歳下の弟がいた。弟が中学生のころ交際していた女性は、男性にとっても親しい妹のような存在だった。7年間続いた弟との交際が破局した後も、男性は女性を気遣い「元気にやっているか」と時々連絡を入れた。だが会うことはなく、いつしかその交流も途絶えた。それから14年。何かに導かれるように2人は偶然再会した。
当時、男性は41歳、女性は37歳。男性は独身で結婚歴もなかった。女性は結婚していたが、家庭は冷え切っていた。一人娘が大学を卒業したら夫と離婚するつもりだった。交際が始まることに大したきっかけはいらなかった。「離婚したら結婚しよう」「男の子が生まれたら名前の一文字を取ってこんな名前にしよう」。2人の夢は膨らんだ。
■がん発覚後、司法書士に遺言作成を依頼
男性の肝臓がんがわかったのは、そんな「幸せな日々」のさなかだった。発覚した翌月に入院し、退院後も自宅で療養を続けた。長くは生きられないと悟ったのだろう。1人になっても女性が生活に困らないように、男性は遺言で財産を残そうとした。
遺言の作り方が分からないので、インターネットで検索すると多くの宣伝広告が出てきた。「相続のスペシャリストが在籍」「知らないと損する」――。ある司法書士事務所が目を引き、2人はすぐに訪問の約束を入れた。
司法書士の助言のもと、公証役場で作成した公正証書遺言は4項目からなっていた。男性は女性に(1)都銀の普通預金(2)A銀行の普通預金(3)B組合の財形預金(4)支給される退職金――の全部を遺贈するというものだった。
男性は両親からの相続財産は唯一の肉親となった弟に引き継ぐ代わりに、警察官の職務を通じて蓄えた財産は女性にすべて残すつもりだった。男性は堅実な暮らしぶりで浪費癖もなく、女性に残せる金額は合計で3000万円を超える見込みだった。
男性は警察官として勤務し続けたが、病状はやがて悪化し、遺言書作成の約4年後に亡くなった。女性はまだ夫と離婚していなかったが、男性の身の回りの世話を続け、最期まで闘病生活を支えた。男性は生前、遺言書作成を相談した司法書士に執行も委任しており、葬儀の後、司法書士はそれぞれの金融機関に口座解約と女性への交付の手続きを取った。
ところが、A銀行から思わぬ回答が届く。「本人名義の口座はない」というのだ。慌てて調べてみると、遺言書に「A銀行の普通預金」として記載された口座番号はB組合の普通預金のものだった。
男性は普段、A銀行のATMを使ってB組合の預金を引き出していた。遺言書を作った日、通帳が手元になかったため、男性は代わりにカードとATMの利用控えを持参していた。司法書士と公証人はA銀行の利用控えを見て勘違いしたのかもしれない。遺言書を読み上げて確認したときに男性も誤りを指摘しなかった。
遺言書に記載がなければ、B組合の口座に残っていた845万円は唯一の法定相続人である弟に相続されることになる。弟は「意図的にあえてA銀行とした可能性がある」と主張して、遺言の執行を求める女性と激しく対立した。付き合って別れた過去の感情のもつれも尾を引いていた。何とか話し合いで解決しようと、司法書士は女性と弟を相手取って家裁に調停を申し立てたが2人は互いに譲らず、不成立に終わった。
司法書士はB組合に払い戻しを求めたが、「女性と弟の双方から払い戻しの請求を受けており、どちらかに確定しない限り応じられない」と拒まれたため、やむなく提訴した。B組合も板挟みになっていただけで積極的に争っていたわけではなかった。審理は淡々と進み、判決が言い渡された。
■判決は男性の意思を尊重
裁判官は判決の冒頭で「遺言の文言だけみれば遺贈の対象はA銀行の預金でB組合の預金とみるのは困難」としたが、「存在しない口座の預金を表示する理由も見当たらない」と指摘した。男性が預金すべてを女性に遺贈するつもりだったことを疑わせる証拠はなく、単純ミスは明らかだった。
裁判官は多少の困惑をにじませつつ「どの過程で誤りが生じたかは不明だが、男性が女性に遺贈する意思で遺言したとの判断を左右するものではない」として司法書士の訴えを認め、女性への払い戻しを命じた。
勝訴の判決に最も安心したのは司法書士だったに違いない。こうした単純ミスが起きないように、遺言書作成の際に預金通帳の現物、少なくともコピーを確認するのは鉄則だからだ。余りにもひどい過失だとして女性は当初、この司法書士を訴えるつもりだった。
遺言書に記された退職金が女性の手元に渡らなかったことも、女性の不信感を増幅させていた。退職前に亡くなった場合の死亡退職金の請求権は、通常家族(この場合は弟)に帰属し、遺言による相続の対象外とされている。女性はそれを後に相談した弁護士から聞かされた。
「専門家でもないのに宣伝で専門家を装い、知識がない私たちをだました。彼が亡くなったことを受けとめるのに精いっぱいの時期に、彼が残してくれた遺言がめちゃくちゃにされることを受け入れるわけにもいかず、本当につらかった」。女性は法廷に提出した陳述書で怒りをあらわにした。
判決は一審で確定し、退職金分を除く総額約3880万円が女性に渡った。女性の陳述書には「もう彼はいませんが約束を守って独り身になるため、夫と話し合いをしています」と書かれている。(社会部 山田薫)」(2015/1/7 日経電子版(ここ)より)
この日経の「法廷ものがたり」は、我々の周囲でありそうな話がよく書かれている。
今回の遺産の話は、自分にはあまり関係は無いが、でも世代的には身近な話題。
司法書士というプロが絡んだ遺書でも、こんなミスが起こり得ると言うこと。
「男性は両親からの相続財産は唯一の肉親となった弟に引き継ぐ代わりに、警察官の職務を通じて蓄えた財産は女性にすべて残すつもりだった。」という事なら、「“財産の全て”を女性に」と書けば良かったのかも知れない。
なまじ細かく書いたので、誤謬が生じたのかも・・・
それでも「退職前に亡くなった場合の死亡退職金の請求権は、通常家族(この場合は弟)に帰属し、遺言による相続の対象外とされている。」のだそうだ。
この司法書士は、そんな事も知らずに遺書を作成したのだ。
遺書作成のプロと謳っている司法書士ですらこの程度。
依頼する側は、これではたまったものではない。普通、書いたことが実現出来ると思って、司法書士に頼む。それが弁護士ではないとは言え、実現不可能なことが書かれてしまう。
死亡退職金については、なるほど・・・と思える。本人が亡くなった時点で、本人の処分が可能な財産は、遺書で差配することが出来る。しかし、死んだ後で精算される死亡退職金は、死んだ後に発生、計算されるので、まだ本人の物になっていない。よって、死んだ時点では財産ではない、という事なのだろう。
そうだとすると、どんな手段がある? 死ぬと分かった時点で、退職し、退職金を受け取っておく? いや、それでは自己都合退職になってしまって、退職金は安くなってしまう。
でも受け取らないと、自分の意志に反して他の人に行ってしまう。
例えば、内縁の妻などが遺族で、自分に家族がいない場合、退職金は内縁の妻ではなくて、国家に没収されてしまう??
まあ裁判などを経れば、リーズナブルな結果にはなるのだろうが、メンドウ・・・
退職金など、家のローンの返済でとっくに遣ってしまっている自分など、全く関係のない話題だが、何か世代的に気になった一文であった。
●メモ:カウント~870万
| 0
コメント