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2015年8月15日 (土)

「ちいちゃんのかげおくり」の朗読

先日、NHKラジオ深夜便「アンカー朗読シリーズ 平和を願う物語」(2015/08/03放送)で「ちいちゃんのかげおくり」という朗読を聞いた。
終戦記念日の今日、それを聞いてみたい。

<「ちいちゃんのかげおくり」>

「ちいちゃんのかげおくり」

    あまんきみこ作

「かげおくり」って遊びをちいちゃんに教えてくれたのは、お父さんでした。
出征する前の日、お父さんは、ちいちゃん、お兄ちゃん、お母さんをつれて、先祖のはかまいりに行きました。その帰り道、青い空を見上げたお父さんが、つぶやきました。
「かげおくりのよくできそうな空だなあ。」
「えっ、かげおくり。」と、お兄ちゃんがきき返しました。
「かげおくりって、なあに。」と、ちいちゃんもたずねました。
「十、数える間、かげぼうしをじっと見つめるのさ。十、と言ったら、空を見上げる。すると、かげぼうしがそっくり空にうつって見える。」と、お父さんが説明しました。
「父さんや母さんが子どもの時に、よく遊んだものさ。」
「ね。今、みんなでやってみましょうよ。」と、お母さんが横から言いました。
 ちいちゃんとお兄ちゃんを中にして、四人は手をつなぎました。そして、みんなで、かげぼうしに目を落としました。
「まばたきしちゃ、だめよ。」と、お母さんが注意しました。
「まばたきしないよ。」
ちいちゃんとお兄ちゃんが、やくそくしました。
「ひとうつ、ふたあつ、みいっつ。」と、お父さんが数えだしました。
「ようっつ、いつうつ、むうっつ。」と、お母さんの声も重なりました。
「ななあつ、やあっつ、ここのうつ。」
ちいちゃんとお兄ちゃんも、いっしょに数えだしました。
「とお。」
目の動きといっしょに、白い四つのかげぼうしが、すうっと空に上がりました。
「すごうい。」と、お兄ちゃんが言いました。
「すごうい。」と、ちいちゃんも言いました。
「今日の記念写真だなあ。」と、お父さんが言いました。
「大きな記念写真だこと。」と、お母さんが言いました。

次の日、お父さんは、白いたすきをかたからななめにかけ、日の丸のはたに送られて、列車に乗りました。
「体の弱いお父さんまで、いくさに行かなければならないなんて。」
お母さんがぽつんと言ったのが、ちいちゃんの耳には聞こえました。
ちいちゃんとお兄ちゃんは、かげおくりをして遊ぶようになりました。ばんざいをしたかげおくり。かた手をあげたかげおくり。足を開いたかげおくり。いろいろなかげを空に送りました。
けれど、いくさがはげしくなって、かげおくりなどできなくなりました。この町の空にも、しょういだんやばくだんをつんだひこうきが、とんでくるようになりました。そうです。広い空は、楽しい所ではなく、とてもこわい所にかわりました。

夏のはじめのある夜、空しゅうけいほうのサイレンで、ちいちゃんたちは目がさめました。
「さあ、急いで。」
お母さんの声。
外に出ると、もう、赤い火が、あちこちに上がっていました。
お母さんは、ちいちゃんとお兄ちゃんを両手につないで走りました。
風の強い火でした。
「こっちに火が回るぞ。」
「川の方へにげるんだ。」   
だれかがさけんでいます。
風があつくなってきました。
ほのおのうずが追いかけてきます。
お母さんは、ちいちゃんをだき上げて走りました。
「お兄ちゃん、はぐれちゃだめよ。」
お兄ちゃんが転びました。
足から血が出ています。
ひどいけがです。
お母さんは、お兄ちゃんをおんぶしました。
「さあ、ちいちゃん、母さんとしっかり走るのよ。」
けれど、たくさんの人に追いぬかれたり、ぶつかったり―、
ちいちゃんは、お母さんとはぐれました。
「お母ちゃん、お母ちゃん。」ちいちゃんはさけびました。
そのとき、知らないおじさんが言いました。
「お母ちゃんは、後から来るよ。」
そのおじさんは、ちいちゃんをだいて走ってくれました。

暗い橋の下に、たくさんの人が集まっていました。ちいちゃんの目に、お母さんらしい人が見えました。
「お母ちゃん。」と、ちいちゃんがさけぶと、おじさんは、
「見つかったかい、よかった、よかった。」と下ろしてくれました。
 でも、その人はお母さんでは。ありませんでした。
 ちいちゃんは、ひとりぼっちになりました。ちいちゃんは、たくさんの人たちの中でねむりました。

朝になりました。町の様子は、すっかり変わっています。あちこち、けむりがのこっています。どかがうちなのか―。
「ちいちゃんじゃないの。」という声。ふり向くと、はす向かいのうちのおばさんが立っています。
「お母ちゃんは。お兄ちゃんは。」と、おばさんがたずねました。
ちいちゃんは、なくのをやっとこらえて言いました。
「おうちのとこ。」
「そう、おうちにもどっているのね。おばちゃん、今から帰るところよ。いっしょに行きましょうか。」
おばさんは、ちいちゃんの手をつないでくれました。二人は歩きだしました。
家は、やけ落ちてなくなっていました。
「ここがお兄ちゃんとあたしの部屋。」
ちいちゃんがしゃがんでいると、おばさんがやって来て言いました。
「おかあちゃんたち、ここに帰ってくるの。」
ちいちゃんは、深くうなずきました。
「じゃあ、だいじょうぶね。あのね、おばちゃんは、今から、おばちゃんのお父さんのうちに行くからね。」
ちいちゃんは、また深くうなずきました。
その夜、ちいちゃんは、ざつのうの中に入れてあるほしいいを、少し食べました。そして、こわれかかった暗いぼうくうごうの中でねむりました。
「お母ちゃんとお兄ちゃんは、きっと帰ってくるよ。」
くもった朝が来て、昼がすぎ、また、暗い夜がきました。ちいちゃんは、ざつのうの中のほしいいを、また少しかじりました。そして、こわれかけたぼう空ごうの中でねむりました。

明るい光が顔に当たって、目がさめました。
「まぶしいな。」
 ちいちゃんは、暑いような寒いような気がしました。ひどくのどがかわいています。いつの間にか、太陽は、高く上がっていました。
そのとき、
「かげおくりのよくできそうな空だなあ。」
というお父さんの声が、青い空からふってきました。
「ね。今、みんなでやってみましょうよ。」
というお母さんの声も、青い空からふってきました。
 ちいちゃんは、ふらふらする足をふみしめて立ち上がると、たった一つのかげぼうしを見つめながら、数えだしました。
「ひとうつ、ふたあつ、みいっつ。」
いつの間にか、お父さんの低い声が、重なって聞こえだしました。
「ようっつ、いつうう、むうっつ。」
お母さんの高い声も、それに重なって聞こえだしました。
「ななあつ、やあっつ、ここのうつ。」
お兄ちゃんのわらいそうな声も、重なってきました。
「とお。」
ちいちゃんが空を見上げると、青い空に、くっきりと白いかげが四つ。
「お父ちゃん。」
ちいちゃんはよびました。
「お母ちゃん、お兄ちゃん。」
 そのとき。
体がすうっとすきとおって、空にすいこまれていくのが分かりました。
一面の空の色。ちいちゃんは、空色の花畑の中に立っていました。見回しても、見回しても、花畑。
「きっと、ここ、空の上よ。」
と、ちいちゃんは思いました。
「ああ、あたし、おなかがすいて軽くなったから、ういたのね。」
そのとき、向こうから、お父さんとお母さんとお兄ちゃんが、わらいながら歩いてくるのが見えました。
「なあんだ。みんな、こんな所にいたから、来なかったのね。」
ちいちゃんは、きらきらわらいだしました。わらいながら、花畑の中を走り出しました。

夏のはじめのある朝、こうして、小さな女の子の命が空に消えました。

それから何十年。町には、前よりもいっぱい家がたっています。ちいちゃんが一人でかげおくりをした所は、小さな公園になっています。
青い空の下、今日も、お兄ちゃんやちいちゃんぐらいの子どもたちが、きらきらわらい声を上げて、遊んでいます。」

自分はこの物語を初めて聞いたが、この「ちいちゃんのかげおくり」は、小学校三年生の国語の教科書に載っているのだそうだ。つまり、今の子どもたちは、皆知っている話・・・。

戦争で家族がバラバラになって死んでいき、天国で再会するという。そう言えば、今日はお盆。今日は19年前に亡くなった親父の命日。親父もこの辺に来ているのか・・・?
お盆と言えば、子どもの頃に、お袋がキレイな行灯(あんどん)を飾っていたことがあった。
「お盆って何?」と聞くと、亡くなったご先祖が戻ってくるのだという。子ども心に、何か神秘的なものを感じた記憶がある。

戦争でたくさんの人が亡くなり、70年経った今、また戦争の足音が聞こえてならない。
さっき見たテレビで、瀬戸内寂聴さんも「今、昭和17年頃の雰囲気がする。戦争の靴音が聞こえるようで・・」と言っていた。

朝日の夕刊を見ると、「70年、過ち二度と 天皇陛下「大戦に深い反省」 首相、加害責任また触れず 戦没者追悼式」という見出し。
「戦後70年の終戦の日となった15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館(東京都千代田区)で開かれ、約310万人の戦没者を悼んだ。安倍晋三首相は式辞で「戦争の惨禍を決して繰り返さない」とする一方、アジア諸国への加害責任には今年も触れなかった。正午の黙祷(もくとう)に続き、天皇陛下は「おことば」で「さきの大戦に対する深い反省」と、追悼式では初めての表現を使った。」
という記事を読むと、安倍首相の戦争への暴走に、天皇が必死に止めようとしているように見えて仕方がない。

戦争は、数え切れない「ちいちゃん」を生む。
あの悲惨な戦争を風化させないため、もういちど戦争が何を生むのかを考えたい。

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コメント

 深夜便で話していたので、聞きたいと思っていました。UPしてくださってありがとうございます。
v深夜便の女性アンカーの中で、この人の声の出し方、話し方が一番落ち着きます。うっとうしくないんです。

 あまんきみこは、「狐がひよこを守って狼と闘って死ぬ」絵本を持って居ましたが、この話は初めてです。
 女の子にこの後、戦災孤児としてキツイ人生を送らせるのがかわいそうで、この結末は、作者からちいちゃんへの贈り物のように思いました。

【エムズの片割れより】
先日、日テレの地上波で放送された「火垂るの墓」を見ました。
戦争映画として評判が高かったというアニメです。この物語も、戦争孤児となった女の子が栄養失調で死に、そして追うようにお兄ちゃんが死んで行きます。
戦争が遠い話ではなく、身近になって来ている状況を憂いています。

投稿: Tamakist | 2015年8月15日 (土) 20:53

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