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2014年12月15日 (月)

「将棋」~親父の思い出

先日の朝日新聞に、「将棋や囲碁をやっている人は1割」という記事があった。
「(be between 読者とつくる)囲碁・将棋、やってますか?
 日本の伝統文化と言われる囲碁と将棋。平安貴族や戦国武将も親しんだ日本人にとって身近なボードゲームです。でも、縁側に盤を持ち出して親しい人と「まずは一局」。そんな光景は減ってきているようです。盤を挟んだこちらと向こうで、さまざまな思考や感情が行き交う奥深い世界。あなたは楽しんでいますか。
懐かしき「縁側で一局」
141215syougi  「やっている」はわずか1割。担当として囲碁・将棋のプロやアマチュアが盤上で情熱を燃やすさまを見てきた記者にとっては、いささかショッキングな数字だった。
 やらない理由の最多は「ルールが分からない」だった。「父親に教えてもらったがルールが覚えられず、すぐにやめた」(埼玉、47歳女性)、「やってみたいと思い、子ども向けの本を買って読んでみたが、理解できなかった」(神奈川、74歳男性)という回答が続出。「中学の時、父と祖父に惨敗。その後、『あそこがダメ』『センスがない』と言いたい放題言われ、一気に将棋が嫌いになった」(神奈川、40歳男性)という苦い経験の持ち主もいた。
 日本生産性本部の「レジャー白書2014」でも囲碁・将棋人口は減少傾向にある。2013年の囲碁人口は280万人、将棋670万人。ともにここ5年で最低だった。
 やっている人はどこに魅力を感じているのだろうか。
 頭脳スポーツとも言われ、「毎日ネットで将棋を指すが、ボケ防止に役立っている」(大阪、72歳男性)といった声は年配の人を中心に多い。千葉の男性(78)は「学生時代に囲碁を覚え、その時の碁敵が退職後も好敵手。月に1、2度打ち、終了後に2人で一杯やりながら碁の反省や近況を交換するのが至福の時」だといい、勝負だけではない楽しみ方もある。担当記者としては「戦いが好きな人、じっくり攻めてくる人。人となりや性格が分かり、人間観察が必要な人間くさいゲーム」(神奈川、67歳男性)という意見に共感を覚えた。
 ただし、今回のアンケートで対戦相手として最も多かったのは、人間ではなくコンピューターゲームだった。
 将棋ではコンピューターソフトがプロ棋士に勝つほど強くなった。現代では周りに相手がいなくても、パソコンに向かえば色々な強さのソフトと対戦できる。「勝負にこだわると相手とのコミュニケーションが悪くなるので、最近はパソコンのゲームで毎日楽しんでいる」(愛媛、70歳男性)との声もあるほどで、もはや「縁側で一局」の時代は過ぎ去ったのかもしれない。
 その一方で、「やっていない」と答えた9割の人のうち「やってみたいと思う」人は半数近くいた。対戦したい相手を聞くと、今度はゲームやネットではなく、友人・知人、家族が上位を占めた。人間関係が希薄になったと言われる時代ゆえか、人間同士が顔を突き合わせた時代へのあこがれさえ感じさせる。
 実際、盤を挟めば簡単に世代を超えた交流が生まれる。神奈川の女性(69)は「孫と一緒にやっているが、勝負の時は情け容赦しない。負けてあげたら強くならないし、悔しがる気持ちも大事にしている」。長崎の女性(62)も「韓国の高校生の男の子とその母親を民泊させた時、会話もままならない中、息子が将棋盤を持ち出すと、男の子も韓国にも似たようなゲームがあると言って2人で大いに盛り上がっていた」といい、時には国境や言葉の壁さえ飛び越える。
 論理的思考や判断力が身につくという知的なイメージが強いからこそ、「子どもの頃は人が集まれば囲碁か将棋を必ずやっていた。ルールの分からない子も『山崩し』から駒に親しんだ。身近にやっている人がいなくなり、さみしい」(東京、59歳女性)という声は少なくない。そんな中、こんな希望の声も届いた。「昔は核家族ではなく、祖父によく教えてもらった。今、孫が時々しているのを見ている。早く上達して相手になってほしい」(北海道、65歳男性)。その願い、かなうとうれしい。(深松真司)」(2014/12/13付「朝日新聞」b10より)

 こんな記事を読みながら、ふと18年前に亡くなった親父を思い出した。何度も書いているが、自分は将棋や囲碁はやらない(=出来ない)。しかし、親父や兄貴や息子は将棋を指していた。
特に将棋が好きだった親父は、現役のサラリーマン時代、会社の将棋の同好会で、大山さんを招待したことがあって、そのときに書いて貰った「**(親父)さんへ」という大山さんの“書”が床の間に飾ってあった。

息子が小学校2~3年生の頃だったか、やっと将棋のルールを覚えた頃、自分も将棋のルールだけは知っていたので「オレに勝ったら何でも買ってやるぞ」なんて言って遊んでやったら、何と負けてしまった。それで自転車を買う羽目になった。その後息子は、しばらく駅ビルにあった将棋の教室に通ったが、当時はコンピュータ将棋も無く、日頃将棋を指す相手がいなかったため、あまり上達しないままで終わった。
その後、息子が再スタートをしたのが中学生になった頃だったか、田舎に帰ったときに親父(=息子の祖父)から将棋盤と駒を貰った。それから息子は凝り始め、将棋連盟の近くの将棋クラブに通うようになってから強くなり、今に至っている。
実は、ちょうど息子が思春期に差し掛かっていたとき、親父はこの息子を非常に心配していたと、親父が亡くなったあとに兄貴から聞いた。正月などは家族で田舎に帰っていたのだが、そのときに息子と将棋を指すと、親父が負けるようになってきた。普通は「孫が数十年やっている自分より強くなった」と喜ぶのだが、親父は違った。当時高校生だった息子の態度、人間性を非常に心配していたという。「このままではダメだと・・・」。
当時思春期の息子は、将棋だけは指すものの、田舎に帰っても、家族に挨拶をしない。口をきかない・・・。祖父母を含めた家族に対するそんな態度を、「人間としてなっていない・・・」と親父は非常に心配していたという・・・。しかし将棋に負けている状態だと、メンツのためか、なかなか言えなかったらしく、「まず将棋で孫を負かせてから、祖父としてキチンと言い聞かせなくてはいけない」と、将棋の本を読んで猛勉強していたらしい。
そして、息子が高校2年の時に脳出血で突然亡くなった親父の枕元には、赤鉛筆で線を引いて勉強していた将棋の本が残されていた。葬式の時、兄貴が「孫に色々と言い聞かせたかっただろうに、それがかなわないうちに死んでしまったな・・・」と言いながら、その将棋の本をお棺に入れて一緒に焼いた。
それからもう18年になる・・・。

自分はやらない将棋だが、なぜか親父(祖父)と息子(孫)との不思議な縁を感じる「将棋」である。

141215funn <付録>「ボケて(bokete)」より

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コメント

1割とは、将棋のルールのわかる人、それとも将棋を実際に楽しんでいる人たちの割合でしょうか?仮に後者だとしても、ずいぶん段階があるでしょう。私のように将棋はせずもっぱらTVやネットで観戦専門の人、将棋道場に通っている人、あるいは最近ではネット将棋が盛んなので、ネットで将棋をしている人とか。別のところで書いた、女流棋士の渡辺弥生さんは女流のプロになる前にネット将棋を1日70局も指したことがあるといっています(「将棋世界」新年号105ページ)。
ところで、将棋ではなく、クラシック音楽のファンなら、3パーセントといわれています(アメリカでの割合、日本でも同じくらか、あるいはもう少し低いでしょうか?)クラシック音楽のレコードやCDを持っていて、それらをよく聴いていており、クラシック音楽のコンサートへも足を運ぶような人たちの割合です。NHKのEテレに「スーパープレゼンテーション」という英語の番組があって、私もときどき視聴しているのですが、以前、指揮者のベンジャミン・ザンダーによる、「クラシック音楽には人を変える力がある」と題したプレゼンテーションがありました。このプレゼンテーションはこれまでのプレゼンテーションの中でも傑作中の傑作の部類にはいる楽しいプレゼンテーションでしたが、3パーセントという数字はこの話からの引用です。ザンダーさんの目標はクラシック音楽ファンの数を4パーセントへ引きげることなんだそうです。この番組はネットでも(無料で)配信されていて、いつでも視聴できます。ザンダーさんのプレゼンテーションへのリンクを示しておきますので、ぜひアクセスしてみてください。英語の苦手の人でも、日本語の字幕付きですから、楽しめます。
 http://matome.naver.jp/odai/2137092193396980101?&page=3

【エムズの片割れより】
なかなか難しい・・・。
でも3~4%というのは、自分の予想よりも多いですね。

投稿: KeiichiKoda | 2014年12月20日 (土) 09:08

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