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2014年11月 5日 (水)

「べつの世界から世を見ている」・・・

先日の、米国の若い女性の安楽死のニュースは、ほとんどのマスコミが取り上げていた。コラムでも、朝日や日経の春秋でも取り上げていた。
その中で、天声人語の表現が気になった。
「詩人の吉野弘さんは、漢字を素材にした佳作をいくつも残した。「往と住」という詩はわずか2行である。〈この世を往かなくてはなりません/この世に住んだものは誰でも〉。やさしい言葉で表された真実の前には、ただ一人の例外もない▼授かった命を返す日は必ずやってくる。返し方は百人いれば百通り。死生観も違うから「授かる」「返す」という言い方に反発を抱く人もおられよう。生き死にをめぐる議論はどこまでも深い▼安楽死を予告し、その通りに亡くなった米国の女性(29)の最期が波紋を広げている。末期がんで余命半年を告げられ、医師が処方した薬を飲んで生を終えた。安楽死が法律で認められている州に、他州から転居しての選択だったという▼「11月1日」と日にちまでネットで宣言していた。残された時間はまだあったのに砂時計を割ってしまった。そんな印象もある。是非を簡単には語れないが、精神科医で病や死について著作の多かった神谷(かみや)美恵子さんが、こう述べていたのを思い出した▼死と直面した人の心にみられるのは、すべてのものへの「遠のき」だという。「世界が幕一枚へだてたむこうにみえるというとき、そのひとはすでにみんなの住む世界からはじき出されて、べつの世界から世を見ている」▼続けて、「その眼(め)のくだす判断も、すでにべつの価値基準で行われはじめている」と。女性はどうだっただろう。安楽死の一つの危うさがこの辺りにあるように、異国のできごとから考えた。」(2014/11/05付「朝日新聞」「天声人語」より)

安楽死については、ここでも今まで色々と取り上げてきたので、今日は論じないが、上の天声人語にあった、「世界が幕一枚へだてたむこうにみえるというとき、そのひとはすでにみんなの住む世界からはじき出されて、べつの世界から世を見ている」「その眼(め)のくだす判断も、すでにべつの価値基準で行われはじめている」という言葉に衝撃を受けた。

よく、ガン宣告を受けた時など、普段見なれている景色が、この上なく美しく見えるという。その話を思い出しながらこの文を読んだのだ。

毎朝、通勤電車を待つホームで、よく空とビル群を見下ろす。天気のよい日は、青い空と白いビル。そして朝日に照る店の看板は、原色の色をまぶしく反射している。
そんな時、いつも「生きているな・・・」と感じる。

しかし、先の一文からすると、日常のこんな風景も、そしてその価値も、ある時から変わってしまうようだ。死と直面した瞬間から・・・
そんなときの「遠のき」・・・。あらゆることを、客観視・・・。

ある意味、そんな見方は理想的な気もするが、そんな非日常が簡単には近寄って欲しくない気もする。
余命の半年を残して、自分を失わないうちに自分の命に終止符を打った女性。その人に見えた世界は、たぶん我々のそれとは別物だったのだろう。
目の前に見える何気ない風景・・・。色即是空空即是色」。全ては消え去る運命・・・。宇宙の長い時間軸からすると、見えている景色は一瞬のまぼろし・・・
色々と、考えてしまう一文ではあった。

141105syouji <付録>「ボケて(bokete)」より

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コメント

このニュースは、「余命半年」という宣告がどれほど正確だったのか? とまず思わされました。

あとは、あるニュースで「安楽死ではなく、医師の手を借りた自殺」と言っていたのに納得した次第です。

【エムズの片割れより】
自分も、誤診を含めて、あまりに早いのでは?と思ったのですが、カミさんの「段々と自分の人格が壊れていくのに耐えられなかったのでは?」との意見に納得しました。

投稿: Tamakist | 2014年11月 6日 (木) 10:51

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