「賀状卒業」宣言~叔父の寒中見舞い
昨日、横浜の老人ホームにいる叔父から、印刷のこんな寒中見舞いが届いた。
「寒中お見舞い申しあげます。
年頭にはお年賀状を賜り有り難うございました。 実は小生は昨
年末に引いた風邪が、永年の持病の一つである関節炎の活動を誘
発し、特に右手の指に対するダメージが大きく、ペンを持つこと
が出来ない様な状態で、年賀状によるご挨拶を断念したという事
情がございました。
大変遅れ馳せではございますが、改めまして本年も宜しくお願い
申し上げます。
尚、小生は今年八十四歳となり、何かにつけ負担を感じるように
なりましたので、年賀状についてはこの辺で卒業させて頂くのが
潮時ではないかと思っております。永年に亘り頂戴致しました激
励の数々に対し、改めて厚く御礼を申し上げます。
″寒月に切り落されし軒の影″
平成二十六年一月吉日」
今年の賀状が来ないので、?と思っていたが、賀状は卒業するという。いわゆる難病を患いながら、「頭はクリアだが、足が悪くて段々と階段が利用できなくなって・・・」と言っていたが、ペンが取れなくなるとは・・・。
この叔父は、亡くなった親父がかわいがっていた弟であり、学生時代(自分が0~4歳?)に、当時住んでいた大宮の我が家から大学に通っていたこともあって、我が家とは縁が深い人だった。
「仕事が趣味」と言っていた典型的な仕事人間だったが、退職後俳句に目覚め、どこかの会で選者を務めていると聞く。妻に先立たれて老人ホームに入ってからも、俳句だけはやっていたので、ペンが取れないとは残念・・・
2年ほど前に、「親戚付き合いに思う~ある寒中見舞いから」(ここ)という記事を書いた。ある親戚(従姉妹)から、「親戚付き合いはこれを最後に・・・」という寒中見舞いが届いたのだ。
それと同じような今回の叔父の寒中見舞い。
親戚も、段々と歳を取っている。だから付き合いも大変になってくる。考えてみると、自分が親しくしている親戚は、この横浜の叔父と大阪の叔母だけ。だからたまに電話するのだが、それも段々と疎遠になっていく・・・
息子の結婚による新しい親戚の誕生と、古い親戚の減少。それはまさに赤ちゃんの誕生と、お袋の死去、という世代の交代と同じである。自然の流れ・・・
自分は俳句は分からないが、″寒月に切り落されし軒の影″という句と共に「卒業」宣言をした叔父に、2年半ぶりに会いに行ってみようかな・・・と思うこの頃である。
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