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2013年10月29日 (火)

「命の値段」英国の仕組み

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(ザ・コラム)医療費抑制 「命の値段」英国の仕組み
 人の生命には値段がつけられない。命は地球より重い、というではないか。しかし、英国には値段があるようだ。1年あたり、だいたい2万~3万ポンド(314万~471万円)である。
 あなたが英国人で重い病気にかかったとする。Aという薬を使えば、これまでの実績からいって数年間は延命できそうだ。1年の延命にかかる費用が2万ポンド未満であれば、その治療を受けられる可能性が高い。しかし、5万ポンドであれば望み薄だ。
 治療のたびに自己負担のある日本と違い、英国は国民保健サービス(NHS)で誰でも無料で医者にかかれる。しかし、費用に見合うだけの効果がなければ、簡単には高い薬を出してもらえない。
   *
 数年前、乳がんにかかり、望んだ薬を拒否された女性の手記がある。NHSへの非難がつづられている。
 「NHSはこの薬を認めないことで、人々が死んでいく間にお金を節約できるのです」「がんに関する限り、NHSは東ヨーロッパの官僚主義と同じです」(Barbara Clark「The Fight of My Life」)
 薬を手に入れるためには家を売るしかない。彼女は当局への異議申し立てを始めた。運動は政治家を動かし、最後は治療が認められた。しかし、高すぎるという理由で拒否される薬は今もある。
 乳がんの早期発見や治療の情報を提供している慈善団体「ブレークスルー・ブレストキャンサー」は、二つの抗がん剤をNHSで使えるようにしてほしいと求めている。政策担当のサリー・グリーンブルックさんは言う。「この薬で完治はしません。でも、これがあれば家族や友人と、数カ月の間、比較的いい状態で過ごせるんです」
 政府は臨時のがん基金をつくって、高額治療への支援をしている。しかし、これも2016年までの時限措置である。
 英国らしい、合理的だが冷たい仕組み?でも、医療費を抑えようと、多くの国が、この制度から学ぼうとしている。費用対効果分析を担当する国立医療技術評価機構(NICE)の幹部、カリプソ・チョルキドウさんは言う。
 「海外の省庁から要望が来るんです。『あなたたちのやっていることに興味がある。招待するから教えてほしい』と。とくに中国は強い関心があるようです」。NICEは、他国に助言するための部署を設けた。
 英連邦のオーストラリアではすでに同じような制度がある。韓国も独自の費用対効果分析を進めている。
 英国の制度では、1年の延命という効果は、さらに細かく分析されている。寝たきりだったり苦しみがひどかったりすれば「生活の質が低い」「治療の効果が小さい」とされ、1年分とは見なされない。マイナス要素が強くなるにつれ、0.8年分、0.7年分……となり、その分、認められる治療費も下がる。
 まるで命に値札をつけているようだ。そう聞くと、チョルキドウさんは言った。
 「値札ではありません。医療サービスの生産性を表示しているんです。教育でも投資でも、生産性を示す数字はあるでしょう。もちろん、一般の経済活動にくらべれば表示するのは簡単ではありませんが」
 分析を一歩進め、幅広い社会の便益や費用を計算に入れることも検討されている。病気が治って仕事に戻ったことの便益をどう考えるか。家族の介護負担はどうか。しかし、識者たちはこの議論が進むことに、ある危惧を持つ。
 「病人が2人いて、1人は平均的な収入、もう1人は10倍の収入があるとする。前者には薬が使えないが、後者には使えるということにならないか?」(サウサンプトン大のジェームズ・ラフトリー教授)
   *
 英国のこの制度、ちょっと寒々とする。やさしい感じはしない。でも、目をそむければいいとも思わない。限られる医療費を効率的に使おうとする意思が、そこにはあるからだ。
 コレステロール抑制では、通常使われるのは月約1ポンド(157円)の薬だ。効果が少し上がるだけの高い薬は認めない。疾患のない普通の若者がインフルエンザになってもタミフルを出さない。休養すれば治るからだ。
 日本の医療費は、国内総生産(GDP)比で英国と同じ9%台。米仏独よりかなり低い。日本人の生活習慣が良いこともあるだろうが、とりあえず結果は悪くない。
 しかし、これからはどうか。医療費は毎年1兆円を上回るペースで増えている。理由は高齢化だけではない。医療の高度化もそれに劣らず影響している。いいことのようだが、そこに薬漬けのようなムダはないか。不当に製薬会社や機器メーカーをもうけさせてはいないか。
 医療費抑制はかけ声だけでは実現しない。どうやって、どんな理由で抑えるか、道具が必要だ。
 やさしさを取り繕うのではすまない。私たちはそんなところに来ている。(有田哲文編集委員)」(
2013年10月27日付「朝日新聞」p11より)

この記事を読んで、先ず浮かぶ言葉が「ゆりかごから墓場まで」である。WIKIにはこうある。
「社会保障制度の充実を形容する言葉で、第二次世界大戦後にイギリス労働党の掲げたスローガンである。これが日本を含めた各国の社会福祉政策の指針となった。英国の社会福祉サービスは、国民全員が無料で医療サービスを受けられる国民保健サービス(NHS)と国民全員が加入する国民保険(NIS)を基幹とすることが特色である。
しかしながらこの政策は膨大な財政支出をもたらし、「英国病」に由来する税収の伸び悩みによりNHSの財政圧迫は深刻な問題となった。このため「小さな政府」を目指すイギリス保守党のマーガレット・サッチャー政権下で同方針の転換が図られ、大胆な福祉支出の削減が行われた。これによりNHSは機能不全に陥り(医療崩壊)、医療従事者が大量に国外に流出、数ヶ月もの診療待ちが常態化する事態となった。さらに、保守党の新自由主義政策によってロンドンを除くイギリス経済は沈滞を続け、財政赤字も解消されなかった。このため、労働党が政権を奪還した後のイギリス政府は「第三の道」路線へ進み、経済再建とNHSの立て直しに取り組んだ。」

この背景として、まず英国の「この政策は膨大な財政支出をもたらし・・・」という現実を見なければならない。
それにしても、この記事を読んで、「トリアージ(識別救急)」という言葉を思い出した。 「トリアージ」について、WIKIにはこうある。
「災害医療において、負傷者等の患者が同時発生的に多数発生した場合に医療体制・設備を考慮しつつ傷病者の重症度と緊急度によって分別し、治療や搬送先の順位を決定すること。助かる見込みのない患者あるいは軽傷の患者よりも処置を施すことで命を救える患者に対する処置を優先するというもので、日本では阪神・淡路大震災以後知られるようになった。・・・」

「ゆりかごから墓場まで」の英国のそれは、日常的にこの「トリアージ」を実施しているようにも見える。ある機械的なロジックにより、「あなたの病気は、***なので治療する価値がない」と一方的に判断され、命が国によって決められていく。何ともクール・・・。無料であるが為に、国にジャッジされてしまう・・・。
その対局にあるのが米国かも知れない。オバマケア(米医療保険改革法)すら、未だに共和党の反対で大騒ぎ・・・。個人主義、または自己責任であり、まあ“自由”と言えば聞こえはよいが・・・

日本に目を向けると、1970年~1982年頃まで実施されたという「70歳以上の老人医療費無料化制度」が、長続きしなかったのも、「タダならどんな軽い病気も、先ず病院に行って・・・」という当然の流れを無視したせい??
それに比べると現在の日本の医療制度は、自己負担によるブレーキもかかるが、それもほどほど・・・。極端な米英に比べると、結構バランスが良いのかも知れないね。

131029watasiga <付録>「ボケて(bokete)」より

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コメント

日本人で最初にノーベル経済学賞をもらえるのは 多年 ロンドン大学(LSE)教授を務め 2004年逝去の際は タイムス紙に半頁に亘り追悼記事が載せられるほどの碩学であった 森嶋通夫氏だろうと言われた 同氏が老衰で逝去 81歳との事 日本で長寿を全うされたら ノーベル賞は確実だったのが惜しまれる  英国では80歳過ぎでは 少々の体調不良で苦痛が少なければ 積極的な治療は加えないとのことで 納得と言うか 合理的と言うか 驚いた

【エムズの片割れより】
そうですか・・・。80歳を越えると、頑張って生きることよりも、静かに死を迎えることが優先されるのですか・・・。
確かに合理的な気もしますが、まだまだ生きて仕事をしたい人にとっては残念ですね。
森嶋氏も日本にいたら、もっと生きられたかも・・・

投稿: 夢見る男 | 2013年10月30日 (水) 12:43

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