自分が毎年楽しみにしているNHK BSの番組「ザ・ベストテレビ2013」。今年もドキュメンタリー番組の各受賞作を一挙に放送していた。
今年の受賞作品の中で、「平成24年度 日本民間放送連盟賞 番組部門 テレビ報道番組 最優秀「死刑弁護人」(東海テレビ)」(2013/09/30放送)が一番見応えがあった。これは安田好弘弁護士のドキュメンタリーである。死刑廃止論者の安田弁護士は、引き受け手のない大事件の弁護人を次々に依頼され、結果として数多くの死刑被告の弁護をやってきた。オウム真理教事件の教祖麻原彰晃の弁護人や、和歌山カレー事件の林真須美被告、そして光市母子殺害事件の弁護など・・・
番組で気になった言葉をメモしてみると・・・
安田が今弁護している事件は刑事と民事、合わせて55件。そのうちの8件が死刑事件です。
「マスコミは好きですか?」「きらいですね。マスコミは人を痛めつけていることが多い。特に弱い人を痛めつけている。だから強者なんです。・・・マスコミに対して話をすることは、それはベースとして悪い人をバッシングするための話題を提供するだけになる・・・」
弁護士として最初に取り組んだのが東京・山谷という町の事件。日雇いの労働者と仕事の斡旋をしてピンハネをする暴力団との小競り合い。それを、警察は暴力団ではなく、労働者を摘発する。
「理不尽だと思いますよね。何もやっていないのに逮捕される。暴力団に殴られて被害者なのに、交番に届けに行くと逆に逮捕されて帰ってこられなくなる。これは完全な理不尽ですよね・・・」
光市母子殺害事件。最高裁で死刑判決が出そうになったため、前の弁護人が安田弁護士に助けを求めた。安田は傷害致死を主張。21人の弁護団は、死刑制度廃止のためにこの事件を利用しているのではないかと言われる。そして安田は「我々は事実を証明しようとしている。真実を探求し、正当な量刑の適用を、法律の適用を求めている」と言う。
「真実を出すことによって初めて本当の反省と宿罪が生まれてくるだろうと思う。そうすることによってようやくこの事件の真相が何であったのか、なぜこんな事件が起こったのか、どうすればこれからこんな不幸なことを避けることが出来るのか、そして被害者の許しを乞うていくことが出来るのかは、事実を究明し尽くさなければ、およそ出来ないこと」
オウム真理教事件では、なり手のない麻原彰晃の弁護を、弁護士会からの依頼で引き受ける。そして麻原の裁判が始まって2年半。1998年12月、安田が逮捕される。顧問をつとめる不動産会社に、資産隠しを指示したとして強制執行妨害の容疑。この逮捕後、裁判所は麻原の国選弁護人から安田を解任。事務所への家宅捜索では、容疑と関係のない資料まで全部見ていった。
安田事件の弁護人は言う。「この事件は、弁護士が依頼者からの相談でアドバイスをした内容、そのものが共謀となった特異な事件」「これは安田さんがはめられた。オウム事件で安田さんが真相解明のために切り込んでいく。100回の公判を前にした象徴的なでっち上げ」
この裁判で、禁固以上の刑が確定すると弁護士資格が剥奪される。刑事弁護の危機だと、全国1400人の大弁護団が結成される。そして10カ月後に保釈。裁判では無罪だったが、2100人の弁護士が弁護人となった東京高裁で、罰金50万円。これは「検察のメンツを立てつつ、私の弁護士資格を奪わない罰金刑で一件落着にするという壮大な妥協」。
安田事件の弁護人は言う。「社会全体を敵に回すような事件を、誰かが弁護士として受けなければならない。それが目の前に来てしまうと安田さんはそれを断れない人。最後は安田さんに頼んでしまう、という雰囲気がある。それが本当に良いのか? 何万人も日本全国に弁護士がいるのに、なぜ安田さんのところに集中するのかということは、まわりにいるそれぞれの弁護士が自分の問題として捉えなければいけないと思う」
そして安田弁護士が言う。「私は一方で被告人だが、一方では弁護人。私の責任は自分に対する攻撃に対して勝つことではなく、私の依頼者に対する攻撃、言われ無き非難に対して勝つこと」
そして事務所に泊まり込み、鎌倉の自宅に帰るのは月に一日の生活が続く。「後悔していますよね。子どもともっと接触すれば良かったと。もう相手にされていませんもの・・・」
そして番組後、制作者代表の東海テレビのカメラマンは言う。「この番組は、これだけ弁護士がいるのに、なぜ有名な事件の弁護が安田弁護士に集中しているのか、という疑問からスタートした。安田さんは自分から積極的に弁護しようとはしない。ただ依頼されると必ず被疑者に接見に行く。接見でその人がなぜその事件を起こさなければならなかったかを聞けば聞くほど、何とかしてあげたい、と思うようになる。それで受けてしまう。本来は、死刑事件の弁護は手弁当。だから受けたくない弁護士はたくさんいる。それの方が問題だが、弁護を受けるのは当たり前だと安田弁護士は言っている」
ゲストの森達也氏が言っていた。「この作品はアンチテーゼ。何に対してのアンチテーゼかというと、テレビだけでなく新聞も雑誌も含めた全メディアに対して。他のメディアは被害者側、遺族側からとるが、彼らは反対側の加害者側、弁護側からとる。すると全く違った光景が現れる。本来は、メディアは色々な角度からそれを提供しなければいけない。ホットになるほど、メディアは被害者側に集中してしまう」「アフリカのサバンナで、ライオンと、餌食になるトムソンガゼルがいたとして、トムソンガゼル側からのドキュメンタリーだけを見ているとライオンは悪魔。飛んでもない危険な存在。しかしライオン側からのドキュメンタリーを見ると、彼らも子育てをして必死に生きている。それを、両方を見ることをメディアは放棄してしまっている。トムソンガゼルばかり出している。なぜかというと僕らがそれを求めているから」
同じくゲストの吉永みち子さんは言う。「視聴者はそれで真実から置いていかれる。常に冷静になることが出来なくて、感情で反応していくことが当たり前になっていく。だからこのような作品を作り続けていく姿勢が大事だと思う。自分たちが冷静に物事を考える、客観的に物事を判断する材料が与えられないことは私たちの不幸でもある」 (2013/09/30放送 NHK「ザ・ベストテレビ2013」「死刑弁護人」(ここ)より)
光市母子殺害事件については当blogでも何度か話題にした。(ここなど)
しかし正直、何でこんな凶悪犯の弁護をするのかと疑問があった。今回の作品で、その弁護士の声を聞いた。
和歌山カレー事件の林真須美被告。あの繰り返して放送されたふてぶてしい映像。庭からホースで報道陣に水をかける場面は、皆の目に焼き付いている。しかし言われてみれば、まさに自分は感情で見ている。まるで自分が正義の騎士のような視点で・・・。こんな凶悪犯は絶対に死刑だ・・・と。しかしこの作品で安田弁護士が指摘する事実には、なぜかそれに同調してしまう自分がいる。つまり、自分が得ている“マスコミによる事実”はその全体ではないのである。しかし吉永さんが指摘しているように、両サイドからみる機会は我々には与えられていない。それは森さんが言うように、我々がそれを求めているから・・・。
これは厳しい指摘。マスコミは、我々視聴者の代弁者??
当サイトに何度も書いてきた「ある事実を両側面から見る大切さ」。それをこの作品は良く表している。そして、この作品がボツにならず、賞を受けたことに、自分はかすかな光明を見いだす。
wikiで改めてこの「死刑弁護人」を見ると、この作品は、2011年10月9日深夜24時45分(10日)から東海テレビ放送で放送されたテレビ番組で、芸術選奨文部科学大臣賞(放送部門)を受賞したとのこと。そしてこの作品は映画となって2012年6月30日に劇場公開されたという(ここ)。
その映画の予告編がこれ・・・
この作品はぜひたくさんの人に見て欲しいもの・・・。しかし、映画はあるものの、上映の機会は非常に少ない。そしてNHKのこの番組の再放送は期待出来ない。自分は数年来の「ザ・ベストテレビ」のファンだが、今まで再放送の実績はない。民放の作品、という事情があるのかも知れない。
それにしても東海テレビは優秀だ。自分がこの番組のファンになるキッカケとなった「ザ・ベストテレビ2008」でみた「光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」も東海テレビの作品。
東海テレビのようなところがあるので、日本のマスコミにも、ちょこっとだけ期待したいが・・・。自分の価値観に多大な影響を与える作品であった。
★もしこの作品をご覧になりたい方が居られましたら、ブルーレイをお貸しすることが出来ます。当blogのメールまでご連絡を・・・。
<付録>「ボケて(bokete)」より
最近のコメント