川田美智子の童謡「一番すきなころ」
自分は童謡も良く聞くが、先日こんな歌を“発見”した。川田美智子が歌う童謡「一番すきなころ」という歌である。
<川田美智子の「一番すきなころ」>
「一番すきなころ」
作詞:斎藤信夫
作曲:海沼 實私が一番すきなのは
花屋の車がもどるころ
夕焼け小焼けが赤いころ
一番星が光るころ私が一番すきなのは
お家にあかりがともるころ
父さまおつとめ帰るころ
お靴がぽつぽつ響くころ私が一番すきなのは
母さまごちそうできたころ
みんなで楽しく食べるころ
お月さんが窓からのぞくころ私が一番すきなのは
きれいな寝床に入るころ
遠くを夜汽車が通るころ
あしたの夢見て眠るころ
この歌は昭和26年(1951年)発表らしいのだが、Net上にも情報がほとんど無い。自分の持っている童謡関係の本にもない。
でも、聞いてみると、何とも他愛ない純な子供のこころがそこにはある。
ところで、川田三姉妹についてNetで検索すると、詳しいサイトが見つかった。(ここ)
それによると、海沼實と川田三姉妹との関係について、こんな事が書いてあった。
「東京に出てきた青年海沼は東洋音楽学校に学ぶかたわら昭和8年に近所の子供を集めて児童合唱団を設立する。これがその後ゆうに4分の3世紀にわたって多くの童謡歌手を輩出した「音羽ゆりかご会」の誕生である。」
「川田正子、孝子姉妹が母親の須磨子に連れられて音羽ゆりかご会にやって来たのはその翌年、戦雲急をつげる昭和17年の初夏だった。ところでこの記事のタイトルには「川田三姉妹」とあるのに2人しか出てこないのはどうしたことかと疑問に思った読者もいるかもしれないが三女の川田美智子はこの時はまだ生まれてなかったのである。」
「じつは海沼実は再婚しているのだが、その相手は正子、孝子姉妹の母親である川田須磨子だった。そして二人の間に産まれた子供が美智子である。そのため彼女は現在、海沼美智子という氏名を名のっている。」
「昭和54年に川田三姉妹の末子・美智子がゆりかご会の代表についたのを機会に正子はゆりかご会から独立した。そして同年に森の木児童合唱団を設立する。」(ここより)
童謡の世界も色々ある・・・。
でもまあ、こんな歌でも聞きながら、昔のこころに戻ろう・・・
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