「熱帯救った日本の菌 大村智さんの発見、抗寄生虫薬に」
読んでいて、嬉しくなる話というものがある。大分前の「朝日新聞」だが、こんな記事もその一つ。
「(タイムスリップ)熱帯救った日本の菌 大村智さんの発見、抗寄生虫薬に
毎年4万人の失明を防ぐ薬を生んだ男 大村智
アフリカや中南米で広がる「顧みられない熱帯病」の制圧に、日本人化学者の発見が貢献していることを知っているだろうか。その人、大村智さん(77)のチームが伊豆半島で見つけた放線菌(細菌の仲間)が特効薬の元だ。時は40年ほど前にさかのぼる。
「この菌はおもしろそうだ」
試験管に入った菌の培養液が並ぶ。その一つに大村智さんの目がとまった。直感だった。菌はつくり出す化学物質によって培養液の色が違う。この菌は、これまでにない色や性質を示していた。
1974年、静岡県伊東市の川奈ゴルフ場近くの土から見つけたカビに似た新しい放線菌だ。大村さんはこのとき、北里研究所抗生物質室長。研究員とともに小さなポリ袋とスプーンを持ち歩き、通勤や出張時、各地の土を集めていた。
1グラムの土には1億もの微生物がいる。中には薬をつくり出す菌もいるだろう。だが入っている保証はどこにもない。「当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦の世界」。それでも、年間3千もの菌をひたすら調べ続けた。
米国留学から戻り、米製薬大手メルクと3年契約で共同研究を始めて1年が過ぎたが、まだ成果は出ていなかった。有望な菌の一つとして、メルクに送った。
しばらくして返事が来た。忘れもしない。「菌がつくる物質は寄生虫を退治する効果が高い」。マウスに飲ませると、感染していた寄生虫が激減したというのだ。
当時、家畜の薬は人の薬を転用することが多く、効果はあまり期待できなかった。家畜の栄養を奪う寄生虫を退治できれば、食肉や羊毛の増産につながる。
化学物質の分子構造を決定し、「エバーメクチン」と名付けた。とくに牛や馬、羊などの腸管に寄生する線虫類に効いた。線虫の神経に働き、まひを起こして死滅させることがわかった。
79年に共同で論文を発表。分子構造の一部を変えて効果を高めた「イベルメクチン」を開発し、メルクは81年、家畜用の抗寄生虫薬として発売した。2年後には動物薬の売り上げトップに躍り出た。
米製薬会社と共同研究
大村さんは山梨大を卒業後、東京都立高校の定時制の教師に。生徒の学ぶ姿に胸を打たれ、東京理科大大学院で化学を学び直し、研究者をめざした。 36歳で米国に留学。帰国前、「戻っても研究費はない」と言われた。それなら「米国で集めるしかない」と、製薬会社をまわって共同研究を打診した。
問題は研究テーマをどうするか――。北里研究所の創設者・北里柴三郎や志賀潔らが培ってきた微生物研究で、人の病気の治療に貢献したい。だが、青カビから抗生物質「ペニシリン」が1920年代に見つかって以来、人の治療薬研究は激しい競争にさらされていた。「同じことをしても勝ち目はない」。そこで目を向けたのが動物薬だった。
共同研究にメルクが応じ、提示してきた研究費は、日本なら教授一人の10倍に相当する年2500万円。留学先の教授が、大村さんの仕事ぶりや人柄から「いい仕事をする」と売り込んでくれていた。
企業との共同研究を「癒着」と冷ややかに見る研究者もいた。だが、「いい薬をつくろうと思ったら製薬会社の情報量は重要。世の中のためということを忘れなければ、問題はない」。そうして生まれたのがイベルメクチン。犬のフィラリアの治療などに広く使われている。
アフリカ・中南米で効果
もともと「動物に効けば人にも効く薬につながる」という道筋を描いていたが、吉報は、意外に早くやってきた。
動物用に発売してから1年。イベルメクチンが、アフリカや中南米で広がる人間の熱帯病「河川盲目症」にも効くことがわかった。ブユにかまれ、体内にフィラリア線虫の幼虫が入り込む病気。激しいかゆみを起こし、失明につながる。感染者は推定2千万人。メルクは人間用の抗寄生虫薬「メクチザン」を開発、87年に無償提供を始めた。世界保健機関(WHO)は95年、これを使う新たな制圧プログラムをアフリカで始めた。毎年4万人の失明を防いでいるという。
大村さんは2004年、ガーナを訪ねた。失明し、子どもが持つ杖に引かれた高齢者の姿があった。「薬ができて、子どもたちに自分の病気をうつさなくて済むことが、うれしい」と話してくれた。
大村研究室が見つけた化学物質は471、うち26が薬になった。現在、北里大特別栄誉教授の大村さんはいう。
「人との出会いを含めて、運が良かった。『チャンスは準備が整ったところにくる』という言葉を信じている」(佐藤久恵)」(2013/06/24付「朝日新聞」p32より)
臨床医はひとりの患者の命を救うが、基礎研究者は数万人の命を救う。と言われている。この例も、そんな一つ。
その成果を思うと、“企業との共同研究を「癒着」と冷ややかに見る研究者もいた。だが、「いい薬をつくろうと思ったら製薬会社の情報量は重要。世の中のためということを忘れなければ、問題はない」。”という論は正しい。
そして「メルクは人間用の抗寄生虫薬「メクチザン」を開発、87年に無償提供を始めた。世界保健機関(WHO)は95年、これを使う新たな制圧プログラムをアフリカで始めた。毎年4万人の失明を防いでいるという。」という件(くだり)は、清々しい。
そうなのだ。お金を出せる所からは“家畜用の薬を買う”という行為によって、お金を出して貰い、アフリカの貧困層には薬を無償提供して、人類のために役立てる。それは素晴らしいこと・・・。
そんな話とは逆に、先日「降圧剤の臨床データ、人為操作を確認 京都府立医大が謝罪 製薬会社に有利な結果」というニュースが流れた。
今朝の朝日新聞「天声人語」によると「臨床研究の不正で虚偽の論文が作られた。論文をもとに会社側は、血圧を下げるほかにも脳卒中や狭心症を防ぐ効果が期待できると宣伝した。そして国内で年間に1千億円超を売り上げていた。「ディオバン」という薬である。」
先の話に比べ、こちらは何とも寂しく、哀しい話ではある。
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コメント
製薬会社主任研究員です。メルクではありませんが。(笑)
日本の大学で天然物化学教室が隆盛を極めたのが、80年代。しかし、”役に立たない”、”時代遅れ”との理由で、私が卒業した研究室も20世紀末で消滅しました。(天然物化学=役に立つ化学物質の発見と構造決定)
その”隆盛を極めた”頃の研究が、大村氏のノーベル賞となっています。
現在でも、米国における天然物化学は、ますます盛んで、取り潰しに遭った日本の天然物化学教室の何百kgに及ぶ資料や標本が、僅か200万円で米国の製薬会社に売り渡されています。
何故、こんな事が起こるのか? それは、日本の公立大学を支配しているのが、”教授連”ではなく、事務員の連中だという事です。(だから、価値が判らない。価値が判る教授連も、他人の研究に興味が無い)
もし、大村氏が日本の公立大学に居たら、当然、取り潰しの憂き目に遭って居た事でしょう。
私は製薬会社の研究員ですが、開発研究のほとんどは、”遺伝子”や”蛋白”に偏向しており、製薬の開祖たる天然物化学には、誰も目を向けません。おかげさまで、我が社の新規医薬品は10年間ゼロ。(笑)
何故、こうなったのか? それは、日本の製薬会社のほとんどが、”他社と同じ事をやる”、つまりは、”流行”で研究テーマを決めているからです。
それにしても、さすが、メルクですね。大村氏への最初の研究支援で1000万円級。日本だと、研究者への支援は、多くて100万円です。(笑)
何故、こうなるのか? それは、このページに記されている通り、”たった一つの新薬が数万人を救う”という事をメルクが理解しているからです。(だから儲かる⇒だから金を出す)
ところが、日本の製薬会社の考えは違います。新薬の研究費と製造方法の研究費用が、ほぼ同額なのです。これでは、新薬が開発できる訳はありません。
もう一つ。メルクの新薬開発方針は、新薬開発の実績を持つ研究者が決めますが、日本の製薬会社は、新薬開発をした事の無い、前任が工場長だった人が決めるのです。専門家でも何でもなく、今まで錠剤を製造していた人が研究開発部長となるのです。
専門家のポスト(役職)が、門外漢で占められた瞬間に、その組織は終わります。
日本企業の業績低迷の原因は、円安でも円高でもありません。ポストが単なるキャリアアップの通過点として使われており、本来の専門家が就任しなくなっているのです。
これは、指揮者に専門知識は不要、とする日本企業の幻想から来るものです。その幻想は、田中角栄あたりからでしょうか。田中角栄は、天才中の天才ですが、彼の専門は国土開発であって、新薬の開発はできません。
本来、人の才能には限界があり、だからこそ、専門職が存在するのです。
これを超えて、”優れた経営者は何でもできる”という幻想が、日本企業をダメにしています。
【エムズの片割れより】
さきほどの大村智さんのノーベル賞受賞のニュース。自分は知らない人だと思っていましたが、記事を書いたことがあったのですね(笑)。PEROさんのコメントを頂いて思い出しました。
それにしても、日本の薬品の開発の現場、勉強になります。
でもこれらの状況は、日本のあらゆる世界に通じる話ですね。
今日、名張毒ブドウ酒事件の死刑囚が亡くなったというニュースが流れました。
何よりも、メンツが大事。最高裁のメンツが・・・
このような努力の人を世界から評価してもらえたのは、せめてもの明るい話題です。
投稿: PERO | 2015年10月 5日 (月) 21:58