NHK BS「うたの家~歌人・河野裕子とその家族」を見て
NHK BSプレミアムドラマ「うたの家~歌人・河野裕子とその家族」(2012/08/26放送)(ここ)を見た。
歌人・河野裕子氏と夫である永田和宏氏については過去に4~5回ほど自分も記事を書い た。(左の検索欄で「河野裕子」または「永田和宏」で検索すると出てくる)
歌を中心にした“幸せ家族”のドラマかと思って見たが、違っていた。河野さんの乳がん発病から死に至るまでのドラマだった。
このドラマで、河野さんというより、死の前の「怒り」について考えてしまった。
文章では前に読んでいたが、河野さんは乳がんの手術を終えてから、後遺症と再発の恐怖で、かなり精神が動揺したという。それを夫君に当たり、一時は離婚まで考えたほどだったという。
ドラマは、その辺りの事情をリアルに描く・・・・
外から見ると、誰もがうらやむ幸せ家族。しかし、病魔によって、「なぜ自分一人だけ・・・」と怒りに・・・。そして夫君に対して「私がこうなったのはあなたの責任でしょう。どうしてくれるの!」と詰め寄る。そして段々と、周囲の状況も無視して・・・・。
そして夫君の短歌界では最も権威ある賞とされている晴れの迢空賞の受賞式でも荒れる・・・。そしてエレベータの中で、罵倒に耐えかねた娘からピンタを食らい、ハッと我に返る・・・
河野さんの荒れについて娘は語る。「一番大事で一番頼りにしている父が、自分の元から 居なくなってしまう、自分から遠くになってしまうかもしれないという所が根底というか・・・・。女性として乳房を取ったりの焦りの中で父が脚光を浴びて、また自分が置いて行かれるのではないかとか・・・。母は父を愛し過ぎている故に、その裏返しとして荒れたのだろう。無理難題とか父を責めることで、自分につなぎ止めていたのだろう」・・。
写真からは穏やかそうに見える河野さんも凄まじいが、その責めに耐えかねて夫君が「一度だけ切れた」と長男が語る場面もすさまじい。呼ばれた長男が家に行ってみると、河野さんの尋常ならざる様相をずっと黙って聞いていた永田さんが、突然切れた。花瓶を投げつけてたたき割り、椅子をテレビに向かって投げ、トイレのドアを蹴破って大声で泣き叫んだ・・・。
こんな紳士をそこまで追い込む河野さんの「怒り」・・・・。
キューブラ・ロスの「死ぬ瞬間」によると、人は死までに、「否認」⇒「怒り」⇒「取引」⇒「抑うつ」⇒「受容」という5段階を経るという。(ここ)
その観点で見ると、河野さんは「怒り」の段階だったらしい。そして手術の8年後に再発したときは、穏やかにそれを受け入れたという。「とうとう来ましたか・・」と。
ふと1年前に亡くなった義姉を思い出した(ここ)。
末期ガンの告知を受けても動じなかった義姉。そして淡々と去って行った。そこには、少なくても我々からはキューブラ・ロスの死への5段階を経たようには見えなかった。
誰にも順番に訪れる死。家族を含めそれがいつかは分からない。しかしその時は確実に来る・・・。
そのとき、自分は、そして家族はそれにどう対応出来るか・・・。
この番組は単なるひとつのテレビドラマではあったが、事実に基づいたひとつの死への道程、という意味で、有名な二人の歌人という立場を越えてのひとつの人間ドラマとして、自分はこの番組を捉えた。つまり、ある一人の人間の死の前に、ドラマそのものの優劣などの価値観が吹っ飛んでしまった感じの番組だった。
彼のキューブラ・ロスも自分の死に際しては乱れたという。そう、乱れても良いのだ。人それぞれ、乱れようがどうしようが、それぞれ自分なりの死があっても良いではないか・・・。
(関連記事)
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コメント
こんにちは。
以前のドキュメンタリー、そして今回のドラマ仕立ての両方を見ました。
河野裕子さんとほぼ同じ時期に同じ病気になり、しかも同じ年代とあって、人ごととは思えず…。
しかし大きく違う点は彼女が永田さんに「乳がんになったのは、あんたのせいや!」と迫っていた点。
いろんな夫婦関係があるのだと実感しました。
我が家ではあり得ない会話。
河野さんご夫婦はよっぽどご夫婦仲が円満で、お互い同志のような存在でいらしゃったのでしょうね。
いろんな夫婦の在り方があるのを承知しながらも、ちょっと鬱々とした思いもいたしました。
きっと妬みなのでしょう。
違う視点ですが、ほかのお3人さんは許せる範囲でしたが、りりぃさんの関西弁は、関西人にとって…ドラマへの感情移入を妨げるグレードでした。言いたいですね、「他に何ぼでもいてるやん、関西弁しゃべれる女優さん!」って。
【エムズの片割れより】
河野さんの「怒り」については、普通ではなかなかそこまで許されないのでは?
夫がそれを受け止めてくれる、という信頼があればこそ・・・でしょうか?
でも離婚まで考えたというので、まさに一体の夫婦だったのか??
りりィさんについては、もう少し品が表現できれば・・と感じました。写真で見る限り、河野さんは品位のある方のようなので・・・
投稿: アンディーのママ | 2012年8月29日 (水) 16:15
「家族の歌」という本を読んで感動し 河野裕子さんでウェブ検索をしたら こちらにお邪魔することになりました。
本の中では 壮絶なご夫婦の喧嘩の部分など出てこないので そんな大変な時期を越して あの本ができたんだなと納得。
そして、そういうドラマがあったことも 初めて知りました。
そういう大変な時期を越して、あの静かな歌の数々ができているのかと納得しました。
【エムズの片割れより】
所詮は生身の人間・・・。聖人などはいないのかも・・・
投稿: Mitsuko | 2013年7月26日 (金) 14:24
河野裕子さんのことを最近知り、あちこち見ていてこちらに来ました。
永田先生の歌にも河野さんの歌にもその修羅場は詠われてはいるのですが、そこまで激しかったとは。涙と飲んでたお茶を吹き出してしまいました。
歌会がらみで永田先生と紅さんとほんの少しだけ言葉を交わしましたが、お二方も朗らかで楽しい方なんです。河野さんも、言いたいことは言う強さも持ちつつ、すごく大きな母親的目でお子さんやご主人を見守るところもおありだったようで。
永田先生が暴れたのは、ご自身の感情と河野さんの気持ちがプラスされて爆発しちゃったのかもしれませんね。
息子さんが来てなかったら、直接体に当たっていたかも。
と思ったのは、新婚当時の河野さんの歌、さすが現代の与謝野晶子。官能的だし…ちょっとドメスティックなかをりも。男性には鼻血ブーかも。永田先生が直情的で一途なのに対し、河野さんは激情的っぽい。
愛するからこそ互いの苦しみがわかる。そのどうしようもないものが同じ向きで怒りとなってウギャギャギャギャー。言葉にできないから暴れる。わかりやすい。と私は思いました。
【エムズの片割れより】
確かに「現代の与謝野晶子」に納得。
永田氏は、いまや短歌界の大御所という存在ですね。
投稿: はな | 2018年10月18日 (木) 11:38