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2012年3月24日 (土)

「財政問題の本質を直視せよ」

夕食を食べながらNHKニュースを見ていたら、野田総理が消費税引き上げの法案の今年度中の提出について、威勢良く宣言していた。NHKサイトによると(ここ)、・・・
「野田総理大臣は、24日、東京都内で講演し、消費税率を引き上げるための法案について「政治生命をかけ、命をかけて、今の国会中に成立させる意気込みで頑張っていく」と述べました。
この中で野田総理大臣は、消費税率を引き上げるための法案について「今年度内にこの法案を提出しなければ、国会の審議で与野党で向き合い『決勝』を行う前に、『準決勝敗退』であり、あってはならない。万万が一にも、ちゃぶ台返しをして後退させる議論はないと思う」と述べ、今月中に民主党の了承を得たうえで閣議決定し、国会に提出する方針に変わりはないという考えを強調しました。
そのうえで野田総理大臣は「ここで決断し、政治を前進させることができなければ、野田内閣の存在意義はない。不退転の決意で、政治生命をかけ、命をかけて、この国会中に成立させる意気込みで頑張っていく」と述べました。・・・」
(NHK(ここ)より~最近は放送直後から、Netでニュースが見られるんだ!)

「ここで決断し、政治を前進させることができなければ、野田内閣の存在意義はない。」というフレーズはなかなか頼もしい。そうだ、やるとなったら徹底的にやる、そんな姿勢がリーダーには求められる。(我々一般ピープルにとってみると、消費税のアップはありがたくないのだが・・・)

一方、先日の日経の「大機小機」にはこんな視点も・・・・
財政問題の本質を直視せよ
 長引く不況への対策に加え、社会保障費の不足や復興資金など、必要な財政予算規模が拡大している。しかし景気低迷で歳入が不足し、慢性的な財政赤字に陥っている。
 欧州各国でも財政危機で、国債価格の急落と金融危機の再燃が危ぶまれているが、欧州よりはるかに大きな累積赤字を抱える日本が、これらの危機と無関係であるはずがない。きちっとした歳入の道筋を示さず、国債の急落でも起こったら、不況はさらに深刻化するだろう。したがって、必要な財政資金を増税で賄うことは避けられないと考える。
 増税する前に、政府が徹底的に無駄を排除して身を削るべきだという主張がある。無駄を削るというフレーズは、バブル崩壊以降、何度も叫ばれてきた。その結果、日本の財政規模も公務員数も経済協力開発機構(OECD)諸国で最低レベルだ。このうえ。国会議員の定数を削減して歳費を削っても、公務員の給与を削っても、全然足りないことはわかっている。
 議員定数の削減や公務員の待遇を独立に議論するのはよい。しかし、増税の必要性とは別問題で、その規模自体が適正かどうかで判断すべきだ。身を削るという名目で議論の俎上(そじょう)に載れば、削った額ばかりが注目され、財政の健全化という問題の本質がぼやけてしまう。
 そもそも財政の無駄の排除とは、国民全体の負担が減るのではなく、それまでの支出で恩恵を受けていた国民が、その恩恵を受けられなくなることだ。たとえば公共事業を減らせば、建設労働者が職と所得を失うだけだし、医療費補助金が減れば、患者の医療費負担が増えるだけだ。つまり、誰かが得をして誰かが損するだけである。
 それなのに、政府が身を削れば国民は自分が負担せずに財政資金が出てくると錯覚する。だが、支出を削った上に増税もすれば経済は収縮し、かえって税収が落ち込んでしまう。これではイタチごっこで、財政が再建できないまま、経済活動や公共サービスだけが減る。
 政府は身を削るなどと安易に言わず、国民の間の再分配の構造を示すべきだ。国民も、政府が身を削れば負担を免れると思わず、問題を直視する必要がある。本質から目をそらしている間に、財政破綻が非現実的とばかり言えなくなる可能性もある。そうなれば、それこそ本当に国民全体の大きな負担になる。(魔笛)」(2012/03/13付「日経新聞」「大機小機」より)

何か最近、こんな逆説的な(?)白ける議論に興味が湧く。テレビが言う一方的な議論ではなく、こんな水を掛ける議論が面白い。

先日頂いたコメントを機に、当サイトの前の記事を読んだ。そこで、
「・・・非常にシンプルですが、「自分のやりたいことをやる」「嫌なことはできるだけならないように工夫する」「あまり我慢はしない」、これが意外にも自己治癒力を高める強力な手段だということを、数多くのがん患者さんやがんサバイバーの方たちから教わりました。・・・・
衰えを感じる年になってからの我慢、忍耐、根性、がんばり、競争などはすべて身体には悪く作用します。また、義理、約束、責任感、義務なども同じく、自己治癒力を低下させます。・・・
自己治癒力を高める、もう一つの大切な感覚が“いい加減さ”です。・・・
要は40歳を過ぎたら、若いころのように嫌なことを我慢してがんばらないことです。そして何事もいい加減さを覚え、あまり厳格さや完璧さを徹底して追求しないことです。義理も少しは欠いたほうがよさそうです。
」(ここより)という文を読み返した。
そして改めて、「そうだよな・・・」と思った。

考えてみると、現役時代はこんな政治議論まで目が行くヒマがなかった。何の制約もなく、自由に好き勝手を言える。これこそリタイア組の特権だ。
ゆえに、政治議論も自分にとっては単なるリクレーション。頭の体操・・・。
よって、誰かと論争するつもりなど毛頭無い。色々な人の話を聞きながら「そうだよな~」とあちこちに寄り道する。カミさんから別の視点で反論されると、直ぐに迎合して「そうだよな~~」。
政治議論も、リクレーション化したシルバー族の物見遊山ではある。

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コメント

>ゆえに、政治議論も自分にとっては単なるリクレーション。頭の体操・・・。

なるほどですね。
私はとても保守的なんですが、学生運動華やかり頃から、左寄りの活動家と議論するのが好きでした。

現代の議論は保守党通しの経済政策の選択のお話のようです。

そこに行くと説得力のある経済学者に好感を持ちますね。
何を言っているのかさっぱり分からない竹中平蔵氏には言葉の前に、話ぶり、態度に嫌悪感が出てしまいます。
自分の好き嫌い感情もどんどん増していくようでもあります。

投稿: 小父さん | 2012年3月25日 (日) 02:45

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