「後悔しない老い支度」
雑誌「大法輪」に「後悔しない老い支度」という記事があった。参考になるかどうか分からないが、ちょっと覗いてみよう。曰く・・・
「後悔しない老い支度 藤腹明子
・・・中高年者としては、・・・・第一線を退いて後、社会や家庭における今までとは異なる立場・役割を自覚し、環境に適応しつつ、できることとできないことを弁えながら生きがいを感じられる生き方を模索することである。
二つ目は、親の面倒を看ることが自身の老い支度の一つであると考えている。・・・・
三つ目の老い支度は、不要なものはなるべく買わないこと、いらないものは捨てることである。・・・・
四つ目の老い支度は、健やかな老い方を多少は心がけていることである。「生老病死」がいのちの自然な過程であるならば、健やかな生き方、老い方、病み方、死に方があるように思う。若さや健康に価値を置き過ぎず、老病死に抗い過ぎないような価値観を大切にして生活をしたいと思う。・・・・・・
◆中高年者としての死に支度
人生の終わりにどう備えるか。・・・・・死に支度の一番には、「生死観」の大切さを挙げたい。
自身の生死観をはぐくむということは、いのちの生老病死のあらゆる場面にかかわる一番大切な支度である。・・
この世に生を享け存在することの意味、なにを大切に生きていかなければならないのかを自問し、その答えを見出すことは、この世に生を享けた人間の務めではないかと思っている。そのような意味では、人間がこの世に誕生すると同時に死に支度は始まる、と言ってもいいのかもしれないし、人によっては支度の途中で逝かなければならないこともあるだろう。・・・
・・・これらの価値観を基本とした生死観が白身のものとなっていれば、万が一、天変地異や災害に直面しても、その現実を受け止められるのではないかと考えている。もちろん、死の間際になって「死にたくない」と懊悩するかもしれない。それは現実になってみないとわからないし、そうなったとしても仕方がない。
二つ目は、なるべく家族や他人に迷惑をかけないための支度である。つまり、看取ってくれる者に、身体的にも、精神的にも、社会的にもなるべく負担をかけないための状況を日頃から意識し、整えられるように努力することである。ただし、霊的側面のこと、つまり「この世に生を享け、存在することの意味に関すること」「生きる目的・価値に関すること」「病や苦難の意味に関すること」「死や死後・来世に対する不安や恐怖に関すること」「生まれ変わりへの関心・疑問に関すること」などについては、自分で責任をもって得心のいく答えを見出したい。・・・」(雑誌「大法輪」2012年3月号p102より)
「老い支度」も「死に支度」も、人それぞれ・・・。解など無い。上の記事は、ひとつの例でしかない。しかし、「老い支度」も「死に支度」も、シルバー世代以降の人にとってはそれほど“他人事ではない”気がする。
一般論で、お寺のお坊さんは自分の死に際してガタガタしないが、我々一般ピープルは、治らない病気の宣告等でガタガタする、とする。その違いは何か? 日頃、死生観を育んでいることの違い、と仮定してみると何か納得する。すると、やはり日頃自身の死生観を育んでおくことは意味がある事では?・・ということになる。
それはどうする・・・・? この筆者はこう言う・・・。
まず老い支度で「できることとできないことを弁えながら生きがいを感じられる生き方を模索すること」の中で、「若さや健康に価値を置き過ぎず、老病死に抗い過ぎないような価値観を大切にして」「自身の生死観をはぐくむ」。そして「生死観が白身のものとなっていれば、万が一、天変地異や災害に直面しても、その現実を受け止められるのではないかと考えている。」
いずれ、誰にでも(老衰でない限り)来るであろう、不治の病の宣告。先ずはその時にどう捉えるかがテーマとなろう。
先日、NHK FMシアター「線路は曲がるよどこまでも」(2012年3月17日)(ここ)を聞いた。
「ある日、会社を休んで検査に訪れた病院で、山下清一(42)は緊急入院を迫られる。すぐに手術をしなければ命にかかわると言われるが、医者の制止を振り切り、慌てて逃げ出す。・・・」
・・・・「先生、手術すれば治るんですか?」「治るかも知れない・・と言うところですね」・・・「直ぐにでも入院して手術する事をお勧めします」「でも、手術しても治らないかも知れないんですよね」「しかし、手術をしなければ確実に死にますよ。あなたは自覚がないかも知れないが、そういう位置にいるんです」・・・「とりあえず、今日は帰ります。・・・色々と考えてみたいので・・」「何を考えるんですか?」・・・という問答は何とも愉快・・(失礼!)
<NHK FMシアター「線路は曲がるよどこまでも」より>
フト思う・・・。もし自分だったら、こんな時にどう反応するのかな?・・・と。(これ以上は、想像するだけで怖いのでオシマイ)
先ほどの医師からの宣告のような“難しい話”はさておき、「なるべく家族や他人に迷惑をかけないための支度」だけはしておかなければ・・と、最近よくカミさんと話す。具体的には家の中の家財道具の整理である。
これも心して掛からなければ進まない。でもこんな些細な事を少しずつ進める中で、段々と自分の心の中の老い支度も進むような気がする・・・・。
まずは頑張らないで、ちょっとだけ心に留め置こうと思う我が「老い支度」「死に支度」ではある。
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コメント
「大法輪」はなかなかいいですね。
考えたことないこと、理解出来ないことが著されていますが、とても大切なテーマだと思います。
実は私の83歳の長兄は、義姉にも先立たれ子供も居なくって、町田市で独り暮らしをしていますが、実にあらゆる準備を終えてもいるようです。毎日の家事と読売新聞に英字読売を読むのだけで時間は潰れるようですが・・・。
家財道具も空っぽだし、入院しても、命が途絶えても誰の世話にもなりたくないようだし、墓は富士霊園にりっぱなものがあるんですが、緊急時の連絡体制も用意するつもりはないみたいでいざという時のことを考えるといろいろと心配です。
私はと言えば、健康だけを考えての日々ですが、老いの訪れを意識していなかった気がします。記憶や会話にその傾向が顕著に表れてきていますね。
いや、兄貴の心配ばかりではなく自分のことも考え始める時期なんでしょう。
【エムズの片割れより】
自分の90近くになる子供のいない叔父は、かなり若い頃に夫婦で自宅を処分して熱海のホームに入り、死後は献体の手続きをしていると聞きます。墓も作らず、消えていくと・・
特に子供が居ない人は、そう考えるのでしょうね。
投稿: 小父さん | 2012年3月19日 (月) 23:57
二日前、高校時代の友人7人と会うことがあった。皆67歳を過ぎている。50年間の付き合いである。それぞれがこれまで生きてきたことにびっくりしている。それぞれが生き延びてきた。でも、話のネタは死ぬ準備の事である。死ぬ為の準備は私としては、先ずは身辺整理であると思う。親父にしても、ちゃんとしていなかった。子どもの私が片付けた。これには結構時間がかかった。
従って、残されたものに面倒をなるべく、少なくすることであろう。
【エムズの片割れより】
確かに身辺整理は必要ですが、さていつから始めるか・・・。いや徐々に行うのでしょうね。
高校の同級生といえば、今から市会議員に出馬、という人が2人いて、これから・・というエネルギーに、前にビックリした事があります。
投稿: 金子次郎 | 2012年3月20日 (火) 19:32
初めまして
ラジオドラマが好きで
ネット検索をしていて こちらを知りました。
FMシアター 『線路は曲がるよどこまでも』
録音し損ない ずっと再放送待ってるのですが・・・叶わず。
もし 録音されてるようでしたら
ダウンロードさせて頂けないでしょうか?
厚かましいお願いで 恐縮なのですが
お返事頂けたら 幸いです。
どうか よろしく お願い致します。
【エムズの片割れより】
探したらありましたので、下記にアップします。ダウンロードしてみて下さい。
http://emuzu-5.music.coocan.jp/zip/12031722FM.zip
なお2011年頃からの「FMシアター」は“たぶん”全部録音を持っています。
投稿: nuts | 2014年6月 7日 (土) 15:06
エムズの片割れ 様
早速 お返事下さり
さらに さらに ずっと 気になっていた
『 線路は曲がるよどこまでも 』
UP (*´ェ`*) ♪ ♪ ♪
あぁ~ 何と お礼を言って良いのやら
本当に 本当に ありがとうございました!
また お言葉に甘えて
FMシアターのUP
お願いするかもしれませんが
どうか よろしくお願い致します。
取り急ぎ 一言 お礼まで 。。。
ブログ
http://blog.murablo.jp/nuts/
【エムズの片割れより】
聞けて良かったですね。
投稿: nuts | 2014年6月 8日 (日) 11:28