まずタイトルだが、このHPによると「真白き富士の根」が正しいらしい。 「1910(明治43)年1月23日午後、校則を破って「ドウショウ(海鴨)」撃ちに行こうと漕ぎ出した7人乗りの船には、逗子開成中学校の生徒11名と逗子小学校生徒1名(21歳~10歳)の12名が乗っていた。七里ヶ浜の行合川沖付近で突風に煽られてボートは転覆。午後1時半頃のことだった。 次の日、新聞で事件の顛末を知った、後の大正天皇である嘉仁東宮殿下も葉山御用邸から乗馬で逗子海岸に来られたという。 1月25日、七里ヶ浜行合橋沖約1kmのところで2体の遺体が発見されたが、一人が両腕に弟をしっかりと抱いていた。徳田勝治・武三の兄弟だった。そして1月27日までの4日間で12名全員の遺体が収容された 2月6日に校庭で開かれた追悼大法会には、浄土宗僧侶90人、各宗の僧侶50人、そして式場に500人、式場外で4,000人の人々が参列した。 その場で、兄妹校鎌倉女学校の最上級生が揃いの黒紋付き袴姿で、同校の数学の教 師・三角錫子の弾くオルガンに合わせて歌ったのが「真白き富士の根 緑の江の島 仰ぎ見るも今はなみだ・・・」。 この、一般には「真白き富士の根」として知られている「七里ヶ浜の哀歌」は、アメリカの作曲家ジェレミー・インガルス Jeremiah Ingalls(1764~1828)が作曲した When We Arrive at Home という歌の旋律に三角錫子先生が歌詞をつけたもの。」(三角錫子は、その後、常磐松女学校(今のトキワ松学園)を創設)(以上出典:逗子開成中学のHP(ここ)より)
まったく予想していた通りだ。WindowsのOSの移行は、まさにメーカーの都合。商売上の都合。それに対して、特に企業ユーザーはそれを全く期待していない。なぜか・・? Windows XPが“完成品”だから・・・・。それはWindows7に Windows XP を仮想的に実行できる XPモードが実装されていることからも分かる。
「蛍の光」は明治14年11月「小学唱歌集(初)」に「螢」として掲載。原題「Auld Lang Syne(久しき昔)」は、親しい友人との再会の歌で1788年、バーンズ作詞。賛美歌370番「めざめよ我が霊」。(西東社「童謡・唱歌・こころの歌」より) 蛍の光、窓の雪とは晋の車胤(蛍の光)と孫康(窓の雪)の故事から出た言葉です。(野ばら社「唱歌」より)
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