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2009年12月 3日 (木)

思い出のTV・ラジオ主題歌集(2)

我々還暦世代が子供の頃に聞いていたテレビ・ラジオ番組のテーマソングを集めた企画の第2回。今日はこんな曲を聞きながら、昔を懐かしむことにしよう。

⑤<「紅孔雀」(井口小夜子、キング児童合唱団)>

「笛吹童子」に続く新諸国物語シリーズ。自分が聞いていたかどうか定かではない。しかしこの旋律は少し覚えている。(昭和29年(1954年)1月4日~12月31日NHKラジオで放送)

⑥<「少年探偵団」(児童合唱)>(関連記事:こ

戦前の少年倶楽部に連載された江戸川乱歩の作品をラジオドラマ化したもの。(昭和31年(1956年)4月16日~ ニッポン放送)これははっきり覚えている。「轟(とどろ)く 轟く あの足音は・・」という歌詞の歌もあった。

⑦<「赤胴鈴之助」(岩瀬寛、上高田少年合唱団)>(関連記事:ここ

これも覚えている。もちろんスジは忘れたが・・・。マンガもあったのでは?(昭和32年(1957年)1月7日~昭和34年(1959年)2月14日TBSラジオで放送、その後昭和34年からはテレビ放映も始まった)

⑧<「月光仮面は誰でしょう」(近藤よし子、キング子鳩会)>

我々が知る最初のテレビドラマかも知れない。(昭和33年(1958年)2月24日~昭和34年(1959年)7月5日TBSテレビで放送) でも、風呂敷を首に巻いて塀から飛び降りた記憶は自分には無い。それは弟の世代だな・・・。それにしても軽快で良い歌だ。自分も良く知っている歌。

ところで、テレビの本放送は昭和28年から始まったが、当時のテレビの値段は15~18万円。大卒の初任給が8千円程度の時代に高嶺の花。よって公園や駅前の広場に設置された街頭テレビに多くの人が集まった。当時自分は大宮に住んでいたが、風呂屋の帰りに、テレビを2階の窓から外向きに出した家の前に陣取って、みんなでワイワイ見たものだ・・・。(当時、テレビを買った家は、自分の家で独占的に見る事は許されず、周囲の人に見せる義務があったのだ・・!?) でも今考えると、当時の自分はものすごく視力が良かったと思われる。あんなに遠い小さなテレビ画面で楽しめたので・・・・

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コメント

まさに、テレビの本放送が始まった昭和28年に近くにあった自転車の部品メーカーの工場にテレビが入りました。田舎町で裏山に十数本のアンテナを建て、今から思っても小さな画面ながら、画像は鮮明でした。戦後の復興期であり、旺盛な自転車の需要に支えられ、会社の業績は良好で、国内でもいち早く設置されたものでしょう。50人ぐらい入れる食堂は立ち見もあり、いつも満席でした。
力道山・シャープ兄弟、プロレスの番組は、大人も子供も夢中で画面に釘付けとなりました。
エムズの片割れ様のおっしゃる通り、今から見れば考えられない程の小さな画面が良く見えたものと感心します。

【エムズの片割れより】
やはり同じ体験の持ち主ですね。
よーく分かります。
たまたま昨日(2026/02/09)、70年入社の同期会があったのですが、皆同じ歳なのに、そこまでの話は出ません。
もっぱら入社後の話ばかり。
子どもの頃までさかのぼった話が出来ることはほとんど無くなりました(>_<)

投稿: タケオ | 2026年2月10日 (火) 21:47

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