昔住んでいた家・・・・
誰でも“昔住んでいた家”というのはあるのも。それを人はどう捉えるのだろう・・・。
先日、カミさんが“昔住んでいた家が取り壊された”という話を聞いてきた。前住んでいた時の友人からの情報だった。そしてカミさんが写真を撮ってきた。見ると全くの更地になっていて、以前の家の痕跡は何も無くなっている・・・。
我が家は、実は2回家を建てている。思えば我が家のスタートは公団の団地。エレベータの無い5階建ての1階だった。結婚して1年半そこに住んでから、大手不動産会社が造成した団地が抽選で当たったのを機に、会社と住宅公団から借金して、初めて家を建てた。そして、長男が生まれてちょうど3ヵ月半たったとき、そこに引っ越した。それから10年そこに住んで、今の団地にまた家を建てて移った。今日の話は、前に10年間住んでいた家の話である。
自分はなぜか前に住んでいた家が懐かしい・・。車で30分程度の所だが、近くを通ったときに、何度か見に行った事がある。最初に家を建てたときに植えた道路際の貝塚伊吹が元気良く勢力を張っていた。
玄関のそばに植えた黒竹は無くなっていたが、カーポートが新しくなったのと、1階の部屋が少し増築されたのを除くと、ほとんど変わらないまま。その状態で、我々が去った後の20年間もの間、健気(けなげ)に建っていた。しかし誰が住んでいたのかは分からない。今回は、古家付きの土地を売りに出したが買い手が付かず、更地にして再度売り出しているらしい。Netで見ると確かに売り出されている。30年前に買った値段の2/3で・・・・
懐かしさでは、自分と同じく次男も自分が生まれた家を懐かしく思うらしく、何度か見に行ったらしい。そして、それが今は更地・・・・
しかしカミさんは「あの家は良い思い出がないので、無くなってホッとした」と言う。自分も「それは確かにある・・」と言った。
それぞれの家には、良い想い出、悪い思い出、色々ある。でも我が家の場合は、確かに前の家は良くない思い出が多い。子供が小さく、毎日大騒ぎをしてカミさんは孤軍奮闘・・・(自分があまり助けなかった事も確かにある・・・)
たまたまウチは、運良く土地バブルに乗って広い家に移り住む事が出来たのでラッキーだった。これも公団の抽選に当たった幸運があればこそ・・・。まあそのお陰で子供も自分の部屋が持てたわけだが・・・。
今、子供が去った(無意味に広い)部屋を物置代わりに使いつつも、いつでも帰って来ることが出来る部屋を残しておくことは、親として必要な事のような気がする。自分たちの子供時代にそれが無かっただけに、“帰る所”を残しておくことは親のせめてもの“情け”なのかも・・・と思う。
すべての面影を消した“前の家”の写真を見て、なぜか“心が揺れる”この頃である。
ついでにグチをひと言・・・。今朝の新聞に「大人とする年齢を18歳に下げる」という文字が躍っていた。自分たちの時代は、今の息子の年齢の時には子供も居たし家も建てた。それなのにウチの息子どもときたら・・・・
それに新入社員も、昔は大学卒が普通だったのに今は修士が普通。どうみても今の若者は子供化しているとしか思えない。よって、「大人」を22歳くらいにしたい所なのに、逆に18歳にするという・・・。何か変だ・・・。
でもまあ、これらが“もっと大人になってくれ~”という期待のメッセージとしたら許せるかもね・・・・・
| 0
コメント