映画「君の名は」の主題歌「花のいのちは」と「忘れ得ぬ人」
このトシになると、“オオ!?”と思う歌にめぐり合うことは少なくなった。しかし、先日少しだけ“オオ!?”と思った歌があった。それがこの「花のいのちは」・・・
先日、このblogにも書いたが(ここ)、映画「君の名は」第2部を見た時に、そのバックに流れていたのが若き岡本敦郎と岸恵子が歌う主題歌「花のいのちは」であった。この映画「君の名は」第2部は1953年12月1日の封切。そして主題歌「花のいのちは」は昭和29年(1954年)1月発売という。
作曲の古関裕而によると、「作曲する前に、岸恵子さんの音域を調べ、無理のないように旋律を書いた。」と述べていたそうで(出典はここ)、当時、岸恵子の歌は“大ニュース”だったらしい。そして「岸恵子が流行歌を吹き込んだのはあとにもさきにもこの一曲だけ。よってこの歌は貴重な歌という事になる」そうだ。(CD「岡本敦郎名唱集」解説より)
少し演歌調の歌だが、中に例の「君の名は~・・」の旋律が出てくる。(これはベートーヴェンの「運命」の主題(タタタター)が、ピアノソナタ「熱情」に出てくるのと同じ・・・?)
<岡本敦郎・岸恵子「花のいのちは」>
「花のいのちは」
作詞:菊田一夫
作曲:古関裕而1)ゆけよ幌馬車 唐松林
雲の流れの さいはてに
君の名は 忘れはてよと
旅をゆく心の せつなさよ2)花のいのちは 嵐が吹けば
消えゆくものと 知りながら
君の名を 忘れかねては
月にきく心の 悲しさよ3)会えど結ばぬ 運命の糸は
北の風吹く 地の果てに
君の名を 呼べど叫べど
別れの汽車に 雪が降る
そして同じく1954年封切の映画「君の名は」第三部の主題歌「忘れ得ぬ人」がまた名曲だ。伊藤久男がしみじみと歌う。
<伊藤久男「忘れ得ぬ人」>
「忘れ得ぬ人」
作詞:菊田一夫
作曲:古関裕而1)忘れ得ぬ 人とは
遠き人なり その人の名を
その人の名を その人の名を
呼べども 人は答えぬ
山彦の 悲しさよ2)めぐり逢い 別れる
恋の悲しさ その悲しさを
その喜びを その苦しみを
呼べども 人は答えぬ
山彦の あわれさよ3)木の葉散る 秋の日
君を抱きて 頬をすり寄せ
その名を呼べど 君は答えぬ
木枯し 吹く夜の
山彦の 悲しさよ
もう「時代」が違うので、最近は映画もドラマも、また主題歌も「君の名は」のような大ヒットは無くなった。
原爆の体験者、戦争の体験者が少なくなって行くのと同じく、「君の名は」の伝説を体験した(NHKドラマを聞いた)人も、段々と居なくなって行くのだろう。。(←もちろん自分も当時は子供で知らないが・・・)
しかし、これらの“歌”だけは、永々(えいえい)と命を永らえるような気がするが、どうだろう?
(関係記事)
映画「君の名は」と伊藤久男の「君いとしき人よ」
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コメント
岸恵子さんの声は低いと思っていたのですが、歌声は高音できれいですね。
昔、社寺巡りをしていた時にロケに出会ったのですが、とても気さくな方でした。
いつも素敵な懐かしい歌をありがとう。
投稿: なち | 2008年10月18日 (土) 16:07
「君の名は」ですねえ。
放送や映画が上演されていた当時は社会人になりたての生意気盛りでしたから、馬鹿にしてほとんどドラマも聞かず、まして映画も見ませんでしたが、この主題歌は今も耳に残って印象深いものがあります。ずいぶん前でしたが、最近のあるベテラン歌手が織井茂子の「君の名は」をカバーしたのを聞いてあまりのへたくそに愕然としたのですが、たまたまラジオで織井茂子の本物を聞いて当時の同僚と「やっぱりうまいなあ」と背中をたたき合って喜んだのを思い出しました。
伊藤久男の歌声を聴くにつけ、最近このような歌手が本当に居ないなあと寂しく思う今日この頃です。
投稿: 雪爺 | 2008年10月19日 (日) 17:49
なち さん
この歌は岸恵子の貴重な一曲らしいですよ。
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雪爺 さん
先日、織井茂子の「黒百合の歌」の色々な録音を聞き比べてみたら、やはりモノラルの最初の録音が一番「スゴミ」がありました。
ホンモノにはかないませんね。ましてカバーでは・・・
投稿: エムズの片割れ | 2008年10月19日 (日) 22:58
NHKのラジオドラマは田舎で肺結核の療養中、ぼろラジオに噛り付くようにして聴きました。古関裕而のハモンドオルガンと「忘却とは・・・・」のナレイションは今でも脳裡にはっきりと浮かびます。病が癒えたのは、映画化されてから随分あとで、しかも映画を見る境遇にもなかったので、ついに見ることも出来ませんでした。七十歳代の半ばになった今でも、一度見たいと思いますが、勿論レンタル屋さんにも無いようです。
投稿: 林 一成 | 2010年1月 6日 (水) 10:29
林さん
コメントありがとうございます。
そうですか、「君の名は」の“現役”ですか・・
Netで少し見たのですが、この映画は郵送レンタル屋にも無いようですね。もう思い出す人も居ないのでしょうか・・・
でもこれからはシルバービジネスが大流行りになると思われ、きっと見る機会はあると思います。一つでも「見たい」という人生の宿題があると、人間元気になるもの・・・。それも良いのかも・・・
投稿: エムズの片割れ | 2010年1月 6日 (水) 20:51
岸恵子という女優をはじめて知ったのは昭和26年、高校三年の時です。中村登監督の「我が家は樂し」という映画です。つい最近NHKBSで放映されました。自分と同年代の若い女優さんにすっかり入れ込んでファンレターを出した記憶があります。当時は芸能人の私的な住所も映画雑誌などに堂々と公表されていました。女優になりたての彼女から直筆(と信じています)の手紙を二通もらい感激したあの18歳の田舎少年のころを懐かしく思い出しています。いま78歳ですが60年前の色あせてぼろぼろになりそうな二通の手紙は今も大事に大事に保存しています。
「花のいのちは」もずいぶん以前にローカルのFM局で放送した分をカセットに録り最近それをMDにダビングしました。「君の名は」の相手役だった佐田啓二さんが織井茂子さんといっしょに歌った「君は遥かな」も同時期に発売されました。これも同じくテープに残しています。映画もNHKBSで放映された分を持っています。見る機会はほとんどありませんが・・・
思い出を語りだしたらきりがありません。
ありがとうございました。
【エムズの片割れより】
テープやMDなど、これだけ駆使しているとすると、とても78歳とは思えませんね。感服しました・・・
そうです・・。還暦を過ぎると、思い出話が多くなって当然です。老人が昔を振り返らないと、過去は寂しいものになってしまいます。それに、若い人も、古き良きものを知るチャンスが失われてしまいますから・・・
投稿: もと18歳美少年 | 2011年8月30日 (火) 20:34
58年前、東京に出てきて、2年目に「君の名は」は放送が始まりました。確かに母はラジオにかじりついていたようです。その時間に銭湯に行くと女風呂の方は、静かでしたね。のぞくわけにはいかないので。
それと、従兄弟が28年生まれで、「カツノリ」と名前を付けられ、数ヵ月後に隣の家でも女の子が生れました。その子は「マチコ」と付けられました。「君の名は」の影響ははっきりと残っています。
主題歌の「君の名は」・「君いとしき人」もカラオケで良く歌います。映画を見なかったので
その主題歌を知りませんでしたね。今回知ることができました。いずれレパートリーに加えます。有難う御座いました。
【エムズの片割れより】
そうですか・・・
昭和28年というと、自分も6歳。少しは覚えている頃なのですが、「君の名は」については何も記憶がありません。自分にとっては、完全に“懐かしのメロディー”です。
投稿: 中野 勝 | 2011年9月 2日 (金) 13:06