藤山一郎の「ニコライの鐘」
同じ藤山一郎の「長崎の鐘」(ここ)、岡本敦郎の「チャペルの鐘」(ここ)に続いて、今日は「ニコライの鐘」である。
この歌は、門田ゆたかの作詞、古関裕而の作曲、藤山一郎の歌で、昭和26年11月に発表されたとか。作詞の門田ゆたかは、福島出身で「東京ラプソディー」の作詩で有名である。
昭和初期の歌の世界は、なぜか福島県出身者が多く、作曲では古関裕而、歌手では伊藤久男、霧島昇、そして作詞家では、野村俊夫、丘灯至夫(ここ)、そしてこの門田ゆたかがおり、皆福島の出身である。この当時は福島県出身者が席巻していたらしい。
少し聞いてみよう。(藤山一郎の歌は、原詩と少し違う・・)
<藤山一郎「ニコライの鐘」>オリジナル盤(モノ)昭和26年
<藤山一郎「ニコライの鐘」>ステレオ再録盤
「ニコライの鐘」
作詞:門田ゆたか
作曲:古関裕而
歌 :藤山一郎1)青い空さえ 小さな谷間
日暮れはこぼれる 涙の夕陽
姿変われど 変わらぬ夢を
今日も歌お(う)か 都の空に
ああニコライの 鐘がなる2)きのう花咲き 今日散る落ち葉
河面に映して 流れる月日
思い出しても かえらぬ人の
胸もはるかな(ゆするか) 雁啼く空に
ああ ニコライの 鐘が鳴る3)誰が読んだか 悲しい詩集
頁をひらけば 出てきた手紙
恋に破れた 乙女は今宵
何を祈るか 暮れゆく空に
ああニコライの 鐘が鳴る
ところで「ニコライの鐘」の「ニコライ堂」は、御茶ノ水(神田)にあり、正式名称は「東京復活大聖堂」(1962年に国の重要文化財に指定)で、ギリシャ正教とも呼ばれる正教会の教会であるという。
この聖堂は、明治24年(1891年)に、ロシア正教を布教しようと江戸時代末期に日本にやってきた大司教カサーツキン・ニコライ(1836-1912)が建てたことから「ニコライ堂」の名が付いている。そしてこの建物は、7年の歳月と24万円をかけたという。同じ頃に建てられた鹿鳴館の総工費が18万円だというので、大変な費用だ。その後、大正12年(1923年)の関東大震災によりドームが崩壊。昭和4年(1929)に岡田信一郎の設計によって修復され、今にいたっているという。また、鐘楼には6つの鐘があり、毎週日曜日と大きな宗教行事のときに鳴らされているという。
学生の頃だったか、御茶ノ水のこのドームを見たときに「これがニコライ堂か・・」と感激?したが、その後近くに行っても見たことは無いな・・・。
東京のあちこちに、歌や文学に登場する名所旧跡も多い。そのうち、こんな歌を聞きながら、それらを散策するのも一興かもね・・・。
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コメント
エムズの片割れさん、おはようございます。
藤山一郎、なつかしいですね。
ニコライ堂には、自由民権期につくられた私擬憲法草案の中で、植木枝盛の起草したものと双璧とされる「五日市憲法草案」を起草した千葉卓三郎という人物が、一時ニコライに私淑していたことがあります。
7月に僕もたまたま近くに行ったので、歌と写真に残しました。
TBさせていただきましたので、よろしければご覧下さい。
投稿: 髭彦 | 2008年8月29日 (金) 10:27
髭彦 さん
TBありがとうございました。
いやいや芸術的なお写真で・・・
そうですか・・・。建物にもそれぞれ「人生」があるのですね。
投稿: エムズの片割れ | 2008年8月30日 (土) 14:42
こんばんは。
名文を考えているうちに書きそびれて?
秋頃からコメントしていないと思います。
いつも懐かしい歌、知らない歌、ありがとう。
今晩は、テレビの懐メロを観ながら貰い泣きしてしまいました。
岡本敦朗さん、久し振りにテレビで拝見しましたが、
この番組も、青春時代が御三家の私にとって、
自分はいつまで生きられるだろう、なんて考えてしまいました。
お互いに元気で長生きしたいものですね。
投稿: なち | 2008年8月30日 (土) 21:10
なち さん
私も同じ番組で見ました。83歳の岡本敦郎さんが生放送で歌うとは・・・。
この時代の人は皆他界してしまいました。
前に「脳梗塞にもめげず現役「岡本敦郎」83才」(08/1/21)という記事を書きました。
元気な岡本さんの声が聞けますので、良かったら左上の検索に「岡本」と入れて記事を見つけて聞いてみてください。
投稿: エムズの片割れ | 2008年8月30日 (土) 22:10
>元気な岡本さんの声が聞けますので・・
はい、聞かせて戴いてましたよ。
私も懐かしい歌をいっぱいmp3にしていますよ。
YouTubeにも懐かしい歌が沢山ありますね。
投稿: なち | 2008年8月30日 (土) 22:30
この歌の1番、2番は覚えていましたが、3番の歌詞は知りませんでした。素敵な歌詞ですねぇ。この詩集は誰の詩集か考えているだけでもゾクゾクします。藤村か白秋か、失恋の乙女は・・などなど想像するだけで1時間は遊べます。手紙は良いものですね。若くなって素敵なラブレターを書いてみたくなりました。私も実家に置いてきた大切な人の手紙を失くされてしまいました。今、どこかにあったら1通10万円でも買い取りたい気持ちです。乙女に戻って涙ぐんで聴いています。
投稿: 白萩 | 2010年3月 4日 (木) 21:39
白萩さん
“詩オンチ”の自分も、改めて歌詞を聴いてみると、切ない詩ですね。
今はメールが飛び交う時代。昔の方が、肉筆の手紙で、味がありましたよね。
もっとも、そんな手紙はもう手元にはありませんが・・。
投稿: エムズの片割れ | 2010年3月 7日 (日) 20:42
ニコライの鐘、あざみの歌、・・・あの当時の歌謡の格調、品位、詩情、美しい旋律、今それらが無い様に思う。今の豊かさは要らないからあの豊かさが欲しい、切に。昨夜『東京物語』を見た。そこに出てくる女性達の簡素で品の良い衣装と立ち居振る舞い、言葉に過ぎ去って戻らぬ時への愛惜を覚えた。
投稿: yakata1578 | 2011年4月 5日 (火) 21:48