画家 木下晋氏の母親との凄まじい葛藤
先日(08/2/19)NHKラジオ深夜便で放送された、「母を語る~画家 木下晋」という番組を聞いた。自分と同じ年なので、自分のその頃の時代を重ね合わせて聞いていたが、自分の平々凡々の経歴に対して、木下晋氏の凄まじい経歴に、唖然・・・・?
木下晋(きのしたすすむ)氏は昭和22年(1947年)富山市生まれ。母親は3度目の結婚。小さい頃から両親の夫婦喧嘩が絶えず、その度に母が家出。その家出も半端ではなく、一度家を出ると、徒歩で富山から青森まで行ってしまい、2~3年は帰ってこない。金が無いのですべて野宿生活。農家の手伝いをしてお握りを貰ったりして、富山から青森まで行くという家出。小学校に上がる前に、母と一緒に家を出たことがあり、その時は1度目の夫(結婚2年で結核で死に別れ)の奈良の墓に行った。もちろん歩いて富山から奈良まで。ちょうど映画「砂の器」(参考記事はここ)の流浪の旅と同じで、まさにあの映画の風景が、そのまま目に重なるという。
よって、母親は殆ど家に居ないため、父親に育てられた。しかし、2~3年に一度は母親が帰ってくる・・・。 そして、中学2年のときから母親は同居。当然母親に反発するが、「親に向かって何を言うか」と父親からボコボコにされた。もしそれが無かったら母親との縁は切れていたという。
父親は中学3年のときに事故で亡くなるが、その前の晩に、まるで死期を予想していたように、「母親を頼む」と言われた。よって父の遺言を無視できなくて母親を引き取るようになった。
父親が亡くなったときの母親の泣き叫ぶ取り乱しようは尋常ではなく、何度も家出を繰り返しても夫婦の絆はあるものだと、夫婦の絆の不思議さを知ったという。
そのような日常に転機が訪れた。中学2年の時に若くて美くしい美術の先生が来た。夏休みは昼食の給食が無いのでピンチだが、その先生が「美術室に来ればラーメンを食べさせてあげる」と言ったので飛びついた。その美術の先生が彼の非凡さを見抜いたのだ。そして彫像をひとつ作った。そしてそれを持って、美術の先生の恩師である富山大学教育学部の大滝直平助教授(当時)に連れて行かれた。それから毎日のように大学の研究室に特別聴講生として通い、彫刻の勉強に打ち込んだ。今では到底考えられない。
そして高校1年の時に、ベニヤ板にクレヨン画「起つ」を描いたとき、教授からそれを東京に持って行けと言われて13時間掛けて東京に行き、上野でやっていた自由美術協会展に作品を預けた。それが入賞し、県で初、16歳という最年少での入賞と地元では大騒ぎになった。
そして1970年、奥さんとは駆け落ちするが、3ヶ月後には母親を引き取り、交通事故で無くなるまでの17年間同居したという。そしてその間、母親をモデルに幾つもの鉛筆画を描いたが、その時に母親の昔話を聞き、ようやく母親が身近になったという。
それから自分の鉛筆画の世界を作り上げるまで、アメリカに行ったり苦労したという。しかし反応が薄く落胆していた時、「最後の長岡瞽女」小林ハルに出会ったという。この辺りの話は、追加した下記2020/09/10の放送に詳しい。
(林洋子「木下晋 鉛筆で描きだすいのちの光闇」(ここ)に詳しい)
この母親の、女性でありながら無一文で放浪の旅に出るという凄まじさ・・・。1950~1960年代の頃だ。
ラジオ番組では、木下晋とはどんな風貌の人か・・・?そしてアナウンサーは鉛筆画を「まるで写真のよう・・」と言っていたがラジオではピンと来ない。でもネットの力はスゴイ。作品を垣間見ることが出来る・・・。
しかしもし出来たら、9Hから9Bまでの鉛筆を駆使してリアリティ豊かに表現するという大きな原画を見てみたいものだ。
まあ当然とは言え、自分と同じ年齢の人でも、自分とはまったく別の世界を生きた人がたくさん居る・・・・。
(2019/12/22追)
<NHKラジオ深夜便「母を語る~画家 木下晋」2008/02/19放送>
(2020/09/11追)
<NHKラジオ深夜便「たどり着いた鉛筆画の世界」画家…木下晋」2020/09/10放送)
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コメント
ちょうど半年前にお聞きになったのであろう「ラジオ深夜便」で、今日、私も画家木下晋の肉声に接することが出来ました。
再放送でした。
始めは眠ぼけ眼で聞いていましたが、その内容の重さに起き上がって聴き入りました。
すぐにパソコンに向かい、木下晋を検索、いくつかの作品と、貴ブログに行きあたった次第です。
私は来夏古稀を迎えますが、日々を無為に送るしょぼくれ老人です。貴殿のおっしゃる通り、人の数だけ異なった人生があるのですね。
投稿: じいじ | 2008年8月19日 (火) 03:59
じいじ さん
コメントありがとうございます。古希(70歳)とすると、自分より10年先輩ですね。
今朝、この再放送がありましたね。実に印象深い番組で、今でも内容を良く覚えています。
これを縁に、たまには寄ってみて下さい。
投稿: エムズの片割れ | 2008年8月19日 (火) 22:55
木下氏の検索から、ここに伺いました。突然、失礼します。
6/5から、東京都小平市にある「松明堂ギャラリー」で、木下氏の2008年頃の作品多数を展示しています。6/23まで。
御母堂の肖像、越後ゴゼさんの肖像、そしてハンセン病患者さんの肖像です。
ギャラリーのHPは、
http://shomeido.jp/gallery
西武国分寺線「鷹の台」駅の駅前です。
武蔵野美術大学、朝鮮大学校のある駅、ですね。
【エムズの片割れより】
コメントありがとうございます。自分が木下氏を知ったのは、当blogにも書きましたが、NHKの「母を語る」を聞いた時でした。その後、ホンモノの絵を見ましたが、本当に写真のような緻密さ・・・。これだけはホンモノを見ないと分かりません。その時、10万円の猫の絵を買おうかと、カミさんが本気になりましたが、今まで絵を買ったことなど無かったので、つい躊躇してしまいました。
そうですか、またホンモノを見られますか・・・
投稿: 石黒敦彦 | 2010年6月 9日 (水) 01:57
はじめまして
木下 晋さんを調べているうちにこちらに
漂着?!致しました。
年を重ねますと、静かに自分と向き合う時間を持つようになりますね。
また伺わせて頂きます。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
【エムズの片割れより】
結構、漂流して当サイトにたどり着く方が多いようです。
人生、そろそろ“整理の段階”に入っているのかな・・と思うこの頃です。
投稿: muse | 2012年5月27日 (日) 12:23
こんにちは。
今、NHK日曜美術館で木下晋を放映していて、絵に圧倒され、すぐに検索しこちらに辿り着きました。
原画を見てみたいと強く思いました。
【エムズの片割れより】
ちょうど録画してあったので、改めて「見つめる眼 震える心 由一、劉生 ニッポンの写実画のゆくえ」を見ました。
前に原画を見ましたが、大きな原画には、さすがに圧倒されます。
写実といえば、ホキ美術館を思い出します。
投稿: Blue | 2017年8月20日 (日) 09:46
昨夜、Eテレで、たまたま 木下晋 妻を描くを途中から見ました。
画家の業、それを支える妻。
奥さまの言いたいことが、少ない言葉のなかでもよく よく分かりました。
先のコメントで、東京に出られた経緯が分かりました。
才能をみつける目、大人の責任ですね。
改めて、感動してます。
【エムズの片割れより】
昨夜(2019/12/21)のETV特集「日々、われらの日々~鉛筆画家 木下晋 妻を描く~」を見ました。
木下晋氏のことは、色々な番組で知っていましたが、奥さまがパーキンソン病に罹っていたとは知りませんでした。
大変な生活の中で、自分の画のテーマを見付け、それを精神的に支えている奥さまの姿に感銘を受けました。
投稿: お転婆ムサシ | 2019年12月22日 (日) 20:38
再々放送を初めて見て驚きました。夫婦としての生き方、その鉛筆画の凄さに圧倒されました。
小生、50歳のころ13歳年下の全盲の女性と知り合う機会があり、筝曲家でありながら、社会問題に強い関心をもつ彼女に惚れ込み、台所仕事は小生が行い続けて30年余。周辺の人々に支えられ、今小生はNPO法人の代表を務め、彼女は数名の生徒さんと家族のような関係をもち、ミニコンサートをあちこちで行っております。食べるのに困らないので、ほとんどボランティア演奏ですが、気持ちよくやっています。彼女の演奏と語る能力は相当なものですが、小生はこれといって特技はなく、自分をさらけだすことでしか自分の表現ができません。井上晋の異才はすごいと思います。たまたま夜眠れなくてEテレをつけ、途中から見ただけですが、思わず見入ってしまいました。Eテレはこういう番組があるので、NHKに金払うのはバカバカしいと思いながら、妥協しています。
【エムズの片割れより】
そう言えば、宮城道雄も全盲でしたね。
NHKも変わってきています。
メディアの良識の砦であって欲しいと思っていますが・・・
投稿: 梶宏 | 2020年3月15日 (日) 10:13
昨夜、Eテレで木下晋さんの番組を何気なく途中から見始めました。途中からでしたが吸い込まれるように見ました。
私自身、実母との葛藤や体調も崩している中、家庭もあり何とか生きている状態でここまで来ましたが人生の折り返し地点も過ぎて自分の生き方やこれからのことを考え続けています。木下さんと奥様の生きる姿や木下さんの生い立ちやお母様との葛藤を垣間見て「こんな生き方をしてきてる人がいるんだ」と驚きました。
木下さんの情報を今日、検索していましたらこのブログに来ました。上手く言葉で表現できませんが壮絶な人生を歩んで来られて人間の奥深い所まで感じ表現されている木下さんは素晴らしいと思うのです。私は今は趣味でバンドのキーボードをやらせてもらっており勿論、無料の演奏しかしてませんし才能がないからこんな中途半端な現在の自分なのだと思っていますが「表現することの奥深さ」を今回学んだ気がします。まだまだ音楽を追求することはたくさんあると、自分のやれることはたくさんあると思いました。最近、めまいに悩まされていますが健康を心がけ残りの人生を一日一日かみしめて生きていきたいと思います。
【エムズの片割れより】
自分も、退職して仕事がなくなってから、“自分の人生”についてよく考えます。
本当は、振り返らないで、前だけ見て人生が全う出来れば良いのですが、なかなかそうも行きません。
何より、昔のことの夢ばかり見るので、伸びきったゴムのような会社生活だったのだと思っています。
今日は、山本周五郎の本を読もうと、新潮文庫の古本を60冊以上まとめ買いをしました。
今後の余生は、好きな音楽を聞くことと、チャンバラ小説を読むことで過ぎるような気がします。
投稿: 辻村 香 | 2020年3月15日 (日) 12:33
今朝ラジオ深夜便で木下晋さんのお話を拝聴しぐいぐい引き込まれ、検索してこちらにたどり着きました。貴重な御文章(12年越しになりますね!)を残して下さり、感謝いたします。
【エムズの片割れより】
木下さんの放送があったのですね。いつも数日遅れで聞いていましたが、早速聞きました。
そしてこの放送もアップしてみました。
高校1年の時にベニヤ板にクレヨンで描いたという「起つ」という作品も初めて見ました。
投稿: 高橋 久代 | 2020年9月10日 (木) 18:24