2019年12月13日 (金)

「人生会議」って何?~終活の残し方

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(いちからわかる!)話題になった「人生会議」って何?
 ■人生の最終段階で望む治療やケアを、事前に話し合う
 コブク郎 「人生会議」って話題になったけど何?

 A 命にかかわる大きなけがや病気をするなど、人生の最終段階においてどんな治療やケアを受けたいかを、家族や医師らと前もって話し合っておく取り組みのことだ。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)と呼ばれ、その愛称が「人生会議」だ。

191213jinseikaigi2_20191213222201  コ ポスターが問題になったの?

 A 「まてまてまて 俺の人生ここで終わり?」などと苦しそうな表情で、自分の思いが正しく伝わっていなかった患者を演じるお笑い芸人の姿に、「不安をあおる」と批判の声が寄せられた。厚生労働省は1万4千枚をつくったが、自治体へ送ることは中止した。

 コ そもそも、人生会議って必要なの?

 A 命の危険が迫った状態になると、約7割の人が自分で治療やケアの内容を決めたり希望を伝えたりできなくなる。「最期は自宅で」「自分の代わりにこの人に治療方針を決めてほしい」といった考えを医師らと共有し、状況に応じて繰り返し話しておく。そうすれば希望にそった治療を受けやすく、周囲の心の負担も軽くなるとされる。

191213jinseikaigi  コ みんな話し合っているの?

 A 2017年の厚労省の調査によると、最終段階の医療やケアについて家族や医療関係者らと話し合っている一般の人は、「詳しく」と「一応」を合わせて4割弱。半数以上は、話し合ったことがなかった。

 コ あまり知られていないんだね。

 A 同じ調査でACPについて知っているかを聞くと、よく知っていると答えたのは3.3%、知らないが75.5%だった。普及啓発のため、厚労省は「いいみとり」にかけて11月30日を「人生会議の日」とし、ポスターもつくったんだ。今回の騒動で、知っている人が増えたのではとも言われているよ。(姫野直行)」(2019/12/10付「朝日新聞」P2より)

「人生会議」という言葉は知らなかった。Netでググると、まず厚生労働省のHPが見付かる(ここ)。
そして「厚労省、「人生会議」ポスターで吉本に4千万円発注が発覚…即掲載中止で多額税金浪費」(ここ)という記事も。
新聞にも載っていたようだが、見過ごした。どうもポスターの不適切で話題になったようだ。

191213jinseikaigi1 それはそれとして、厚労省の「人生会議」のHPをざっと眺めてみても、それほど違和感はない。国から命令されるのは面白く無いが、誰もが自分の終末について、予め話を残しておく事は重要。
自分の経験を振り返ってみても、親父は脳出血で突然亡くなったので、本人の意志はまったく分からなかった。お袋も、「いつまで、こんな所(病院)に置いておくの?死んじゃうじゃないの」と言いながら亡くなった。お袋は生前、自分の気に入った写真を遺影に、と兄弟3人に渡していたが、肝心の葬儀の時は、その写真が見付からず、遺影として飾られる事は無かった。
兄貴夫婦が亡くなった時も、本人の意志はほとんど聞いていなかった。兄嫁のときも、がんが見つかってから、そんな話をする訳にもいかず・・・

いわゆる終活は重要だと思うが、誰に言い残すかは難しい。夫婦で先に逝く方は良い。残った連れ合いがちゃんとやってくれるから。しかし残された方はどうする??
これが最大の問題。息子に言ってみても、はたしてそれを実行してくれるのか?
そもそもこれらは、個人の価値観に依る所が大きい。執行者(子ども)が本人の価値観と大きく異なっていた場合は、「人生会議」であらかじめ言い残しておくことは意味がある。
でも、それがどれだけの重みで実行されるかは、もうどうしようもない。
自分が死んだ後は、何も分からないのでどうなっても良い。と言う人がいる。それも一理あるな、と思う満月の秋の夜である。

●メモ:カウント~1250万

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2019年12月10日 (火)

ブラームスの「ハンガリア舞曲第5番/第1番」

だいぶん前だが、NHKラジオ深夜便「クラシックの遺伝子」(2019/09/15放送)で、ブラームスのハンガリア舞曲第5番の、いつもと違う編曲版を聞いて、なかなか面白かった。

オリジナルはピアノ連弾(4手用版)であり、ブラームスがオーケストラ版に編曲したのは、1,3,10番のみだという。その他は色々な音楽家による編曲だという。
その中で、ブラームスの時代に、フリードリヒ・D・ライヒェルトという作曲家がオーケストラ版に編曲したものが楽友協会に残っており、ブラームスが生きている時代には、このように演奏されたのでは無いか、ということで、2003年のニューイヤーコンサートで演奏されたとのこと。

<ライヒェルト編曲「ハンガリア舞曲第5番」アーノンクール/ウィーンフィル>

通常、我々が聞いている編曲版はこれ・・・
<「ハンガリア舞曲第5番」エッシェンバッハ/トーンハレ管弦楽団>


次に第1番だが、オリジナルのピアノ連弾版を放送していた。
<ピアノ連弾版「ハンガリア舞曲第第1番」ドゥオール(藤井隆史&白水芳枝)>

そして、ブラームス自身の編曲によるオーケストラ版がこれ。
<「ハンガリア舞曲第1番」小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラ>


前に「ケテルビーの「ペルシャの市場にて」~お袋の思い出」(2014/01/01)(ここ)という記事を書いた。お袋が92歳で亡くなった夜に書いた記事。
ここでも書いたが、ブラームスのハンガリア舞曲第5番は、自分が小学校低学年の頃(昭和30年代初期)から知っている曲。まさに、自分の音楽人生の原点。
ラジオしか無い時代、どうやって覚えたのかは分からない。でも、「ペルシャの市場にて」と共に、当時からこの曲は頭に入っていた。ラジオの番組のテーマソングだったのかも!?

来週は、お袋の七回忌。
久しぶりに聞いた「ハンガリア舞曲第5番」である。

(関連記事)
ケテルビーの「ペルシャの市場にて」~お袋の思い出 

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2019年12月 9日 (月)

感情がみえる新聞~「産経」と「日刊ゲンダイ」

「桜」が狂い咲きした臨時国会が、本日(2019/12/09)閉会したという。

前に、スマホで遊んでいたら「感情がみえる新聞」という言葉があって、面白いな~と思った。最近、その記事が気になり、ググってみたら、見付かった。

「桜を見る会」は“小事”か“天下の一大事”か問題 ヒントは11月13日の“あっさり中止”にあった 桜の木の下には何が埋まっている? - プチ鹿島

桜を見る会は「小さなこと」なのだろうか。
 私は新聞なのに感情がみえる新聞を読むのが大好きだ。たとえば「産経新聞」と「日刊ゲンダイ」はその両巨頭だと思っている。
 怒りの対象は産経が韓国と野党なら、ゲンダイは安倍政権。対照的だが擬人化すると“いつも怒ってるおじさん”というのは共通している。
 その産経師匠は最近ますますイライラしている。「いつまで桜を見る会なんてやっているんだ」と。

「産経抄」は小言が全開
 11月25日の一面コラム「産経抄」は小言が全開で目を引いた。
《「桜を見る会」をめぐって、小事を天下の一大事のように騒ぎ立てる野党の手法》
《国民は冷めている。》
 そして《国会は、もっと大所高所から論議をすべきだ、なんて野暮は言わない。》と言いつつ、
《国会議員のみなさんも花見にうつつを抜かさないで、せめて本のひとつも読んではいかがかな。》
 やはり産経師匠は天下国家のことを語れ! とご立腹なのだ。
 ただ、神は細部に宿るとも言う。「小事」と言うが「大事」につながっていることはないか。小事での態度や振る舞いこそが「天下の一大事」にも同様に出ちゃっていることは。
 では桜から目を離し、日米貿易交渉をみてみよう。

「本当にウィンウィンだったのか?」
 今しきりに言われているのは「本当にウィンウィンだったのか?」である。
「日米貿易協定 日本不利な可能性」とご丁寧に試算までしたのは朝日新聞だ(11月17日)。独自試算で出た関税削減額は「政府試算にはほど遠く」「日本の負けが際立つ試算結果だ」という。ま、まさか……。
 ここまで言われたなら具体的にどんな言葉で約束したかを公開すればいいと思うのだが都合悪いデータの「開示を拒んでいる」と書かれている。天敵・朝日にここまで言わせておいてよいのか。それとも本当にウィンウィンではなかったのだろうか。
 なら、保守派の新聞こそ政権に説明を求めるべきだ。
 なんせ国益に関することなのである。天下国家の一大事なのである。桜の説明ができないのにトランプ相手に交渉できるわけがない、桜を見る会の説明からやり直せ! と叱ればよいのである。これは保守派の新聞だからこそできることだ。
 リベラル派と言われる新聞にも問いたい。数年前からあなた達がしきりに警戒していたものが「桜を見る会」で実践されているが、まさかお忘れか。

「政府の恣意的な判断」を危惧していた朝日
 ためしに次の社説をあげる。「『安保法』訴訟 あぜんとする国の主張」(朝日新聞デジタル・2018年2月3日)
 安全保障関連法をめぐる訴訟について書いたものだ。
《首相が当初、象徴的な事例としてあげたホルムズ海峡の機雷除去も、審議の終盤には「現実問題として具体的に想定していない」と発言を一変させた。》
《存立危機自体の認定が、時の政府の恣意的な判断に委ねられている現状の危うさである。》
 権力を持つ側の「恣意的な判断」を危惧していた。

「共謀罪」も「そのターゲットを決める時点で」
 続いてこちらの記事は「共謀罪」について書いたもの。
「『恣意的な運用は日常茶飯事』 亀石弁護士が語る共謀罪」(朝日・2017年5月6日)
「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正案が成立した場合、捜査権限の拡大に歯止めは効くのかと書き、弁護士に尋ねている記事だ。
 記者は「政府は具体的な準備行為がなければ強制捜査はできず、乱用の心配はないとも説明しています。」
 その答えが、
《準備段階の行為を把握しようとする以上、そのターゲットを決める時点で恣意が働かざるを得ない。》(亀石氏)
 安保法でも、共謀罪でも、どちらにも懸念されてきた「力を持つ側の恣意的な判断」。

筋が悪いと判断するや、来年はあっさり中止
 一方で、権力にはここまで疑り深くならないといけないのかとあのとき思った人もいるだろう。しかし今回見事に出たではないか。何が? 恣意的な判断が。
「桜を見る会」中止である。
 筋が悪いと判断するや、来年はあっさり中止。吉田茂首相時代から続く歴史と伝統を一瞬で断絶。
 たかが桜と油断していたのだろうか。その分、力を持つ人の恣意的な判断がまざまざとリアルタイムで披露された。疑問に思われていることをほぼ説明せず、実行した。
 共謀罪も安保法も桜を見る会も同じに考えたほうがいい。態度や振る舞いはすべてつながっている。そこに「小事」も「大事」も関係ない。
 新聞はこれについてなぜもっと驚かないのだろう。不安視してきたことが眼前でおこなわれたではないか。

「シュレッダー」というパワーワードが
 そして今回も出た公文書廃棄。逃げ続けた結果、「シュレッダー」というパワーワードが出てきて取り返しのつかないことになっている。三谷幸喜のコメディみたいだ。最後は「記憶にございません!」だろうか。
 よく、桜の木の下には屍体が埋まっていると言うが、桜を見る会にはここ数年の「あったものがなかった」がすべて埋まっている。総決算なのである。
 決して小さなことではないと思う。(プチ鹿島)」(文春オンライン2019年11月29日ここより)

「プチ鹿島」のwikiに「新聞を13紙購読し、読み比べをしている。(2019年10月25日放送のNHKによる紹介より。)」とある。なるほど、ここまで喝破できるのは、ちゃんと読み比べをしているからなのだ。

言葉が勇まくて面白いので、たまに覗く「日刊ゲンダイ」(ここ)。
今日の記事は、
憲法も入試改革も頓挫 大風呂敷を広げるだけの安倍首相
 山積みの疑惑を何ひとつ晴らさないまま、安倍首相はまたも逃げ切ろうとしている。「桜」が狂い咲きした臨時国会は9日、閉会。首相主催の「桜を見る会」をめぐる疑惑は次から次へと噴出しているが、臭いモノにはフタをして、年末年始のドサクサに紛れて世間の関心が薄れるのを待つつもりなのだろう。…」

ふと、2015年のフランスの風刺週刊誌の「シャルリー・エブド襲撃事件」を思い出した。神までも風刺するフランス。日本の風刺はここまでは行っていないが、それを良いことに?国民の風化を待つ公私混同の権力者。
誰もが言っているように、首相の思惑通り「過去のこと」にするかどうかは、我々国民の意識の問題。
国の政治を説く中学・高校の社会科の教科書の内容と、あまりにかけ離れた今の日本の政治の世界ではある。

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2019年12月 5日 (木)

「世界の旅から見えてきたこと」旅行ジャーナリスト 兼高かおる

先日、NHKラジオ第2で「カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「声でつづる昭和人物史~兼高かおる」(ここ)を聞いた(2019/11/18&25放送)。
若い人はたぶん知らないだろうが、兼高かおるさんは「1959年から1990年まで『兼高かおる世界の旅』(TBS系)でナレーター、ディレクター兼プロデューサーを行う。取材国は約150か国、距離にして地球を180周もしたことになる。」(wikiより)という方。
その兼高かおるさんについて、2回に亘って保阪正康氏がお話をされていた。

NHKの番組の紹介にはこうある。
「兼高かおるを2回にわたり取り上げます。昭和34年から31年間続いた「兼高かおる世界の旅」では、企画から現地での取材、コーデイネータ191205kanetakakaoru ーなども務め約150か国を訪れその距離は地球180周にも及びます。今回紹介するのは平成22年ラジオ深夜便で放送した「私が旅から学んだもの」で兼高さん82歳の時の録音です。外国に興味を持ったきっかけ、「旅のだいご味は自分の目で見て自分の肌で感じことが大切」だと語っています。」ここより)

<「声でつづる昭和人物史~兼高かおる」(1)>

<「声でつづる昭和人物史~兼高かおる」(2)>

この放送の元になった番組が、2010年12月5日/6日の「世界の旅から見えてきたこと 旅行ジャーナリスト 兼高かおる」だった。
そう言えば、最近再放送していたな・・・と探したら、見つかった。2019年1月25~26日に再放送されていた。上の番組のオリジナル番組である。改めて聞いてみる。

<世界の旅から見えてきたこと(1)旅行ジャーナリスト 兼高かおる(初回2010/12/5放送)>

<世界の旅から見えてきたこと(2)旅行ジャーナリスト 兼高かおる(初回2010/12/6放送)>

★この番組は、NHKのサイト「読むらじる」で文字化されている。(①ここ)(②ここ)(③ここ)(④ここ

これらの番組から、兼高かおるさんは、まさに時代の先端を走る行動力の持ち主だった事が分かる。もちろん財力が無ければ海外には行けない。留学も出来ない。
そしてお嬢さんらしい話し方と風貌。お父上はインド人とのこと。お父上は何の仕事だったのか?

そして一貫して言っている事は、海外に出なさい。ということ。海外から日本を見た時に、世界観が変わると。
自分も、初めて出張で米国に行った時に、世界観が変わった。初めて日本を、外から客観視することが出来た。それには、まず英会話・・・。
そしてその経験での色々な助言は、今でも通じる。

自分も「とにかく外に出ろ」と次の世代に言いたいが、結果として息子どもは海外とは縁が無かった。そのうち孫に海外に出してやりたいが、どうなるか分からない。

『兼高かおる世界の旅』が放送されていた頃に、この番組を見た記憶はあまりないので、改めて見てみようと思ったが、YouTubeにも挙がっていない。残念。
為替が360円の時代の、日本から飛び出したある女性の話ではある。

蛇足だが、2010年の初回放送の録音も残っていた。少し聞いてみよう。

<2010年放送の「世界の旅から見えてきたこと(2)旅行ジャーナリスト 兼高かおる」(2010/12/6放送)より>

この録音は、オリンパスの「ラジオサーバーVJ-10」(ここ)で録音したもの。FMチューナーからLINEでつないで録音していた。
今はパソコンで録音しているが、その音質の違いの大きいのには驚く。
自分のPCの「radika」による録音開始は、2012年11月28日(ここ)なので、それから7年、良い音で録音できていることは喜ばしい。

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2019年12月 3日 (火)

「進化する紙おむつ」~愛犬のオムツ

いつも、すごいなーと思っていることがある。それは愛犬・メイ子のオシッコシートや、オムツの性能である。
いつの取り替える時に、ジトッと重い。しかし臭わない。これはどんな原理なのだろうと、常々思っていたが、その解が、先日の朝日新聞にあった。

「(はてなスコープ)進化する紙おむつ 薄く軽く、100倍の水を吸収
 小さな子どもを持つ家庭で毎日、定期的になされるのは、紙おむつの交換です。うっかり交換のタイミングを逃してしまうと、「決壊」してしまうこともあります。取り外すと、ずっしり重い紙おむつ。そもそも、大量の水分をどうやってため込んでいるのでしょうか。
 紙おむつをハサミで切り、中を見てみました。おしりの当たる表面はツルツルした素材。それをめくると、ボソボソとした綿のような繊維。その下から、白っぽい粒が出てきました。
191203kamiomutu  取り出した粒に水を少しかけてみました。少し時間をおいて触ってみると、ゼリー状でプルプル、手触りはサラサラでした。
 「その粒が吸水性樹脂です。100倍くらいの水分を取り込み、保持します。1グラムの樹脂なら、だいたい100グラムの水ですね」と日本衛生材料工業連合会(東京)の宮沢清さん。吸水性樹脂の正体は、ポリアクリル酸ナトリウムという高吸水性高分子(スーパー・アブソーベント・ポリマー=SAP〈サップ〉)だそうです。
 どうやって水分を吸収しているのでしょうか。スポンジやパルプでは、指で押すとすぐに水分が出てきますが、SAPは水分を保持する能力が高く、なかなか出てきません。内部はイオン濃度が高いため、浸透圧によって水分が取り込まれる仕組みです。
 おしりが触れる表面は高密度の不織布を使い、その中は針葉樹からつくられたふんわりしたパルプとSAPの粒。水分は、表面の不織布を通り抜け、吸水が早いパルプに取り込まれます。その後、ゆっくりとSAPに移っていきます。表面の不織布をすぐに通り抜けて戻さないことが、表面をサラサラに保つ秘密のようです。
      □     □
 こうした吸水性樹脂を使った紙おむつは、1980年代に登場しました。同連合会によりますと、吸水性能が上がったことで1日の使用枚数が7.7枚から5.5枚に減りました。
 紙おむつメーカー各社がしのぎを削る部分はほかにもあります。
 股の部分の脇からの漏れ対策、背中側から漏れていかないようにせき止める仕組みなど。さらに、フィット性や付け心地も重要です。「一般の商品と違い、使う本人ではなく保護者が評価する商品なんです」と宮沢さん。赤ちゃんが快適なのか不快なのかを調べる研究もなされているそうです。
 その一方で、紙おむつが快適すぎると、トイレを使う「トイレトレーニング」に支障が出るのではないかという懸念もあります。そのため、ぬれたような感じを出すトイレトレーニング用の商品も登場してきました。
      □     □
 同連合会のまとめでは、乳幼児用の生産数量は、2010年の86億3千万枚から増加傾向で、17年には159億6300万枚に達しました。「日本は少子化ですが、海外への輸出が伸びています」(同連合会)。高齢化を反映して大人用も増え続けています。10年は54億4500万枚でしたが、18年には83億8400万枚です。
 最近では、紙おむつをリサイクルする動きもあります。ユニ・チャーム(東京)などは、使用済み紙おむつを分別し、洗浄と消毒をして再生させるプロジェクトを始めています。水分を取り込んで膨らんだSAPでも、加熱することで水分が蒸発し、再生することができるそうです。
 一般家庭の焼却ゴミのうち使用済み紙おむつの割合は約7%(重量比)と推計され、今後も増えていくと考えられています。紙おむつにも、再資源化の波が押し寄せています。(木村俊介)

 ■これから
 1日に何枚も使う紙おむつは、やっぱりかさばります。輸送、店頭、自宅、お出かけ先など、どの段階でも軽く、薄く、省スペースなものが求められています。また、表面の触り心地や漏れ防止などの工夫のほか、使用済みの吸水性樹脂をどう効率よくリサイクルしていくかといった技術開発が続いています。」(2019/11/30付「朝日新聞」b5より)

なるほど。先端技術なのだ。やはり日本の技術はすごい。
それにしても「焼却ゴミのうち使用済み紙おむつの割合は約7%(重量比)」というからオドロキ。我が家でも、前は毎日大きなオシッコシートを2ヶ所取り替えていたので、可燃ゴミとしては存在感があった。そして今では、日に3回オムツを取り替えているが、前ほどでは無くなった。
当サイト(備忘録)によると、メイ子にオムツをさせ始めたのは10月24日とある(ここ)。
それ以来、床のオシッコやウンチを踏んづけることは無くなった。しかし、毎日のオシメの交換作業は、自分の仕事になってしまった。
最初は、ウンチがオシメから外れてオシッコシートに堂々と鎮座していたが、今は、昔買って、大き過ぎで放ったあったSSサイズのオムツを、ウンチ脱落防止にSSSの上に二重にさせているので、ウンチの脱落はなくなった。まあ、メイ子にしては、シッポが自由に動かせないが、これは我慢して貰うしか無い。
しかし、どこに落ちているか分からないメイ子のオシッコやウンチのストレスは大変だった。それが、オシメで解消したのは有り難かった。

メイ子も、12月23日で満17歳。人間で言うと“立派な高校生”だが、80歳に相当する老犬。しかし、まだまだ元気。耳と目は少々難があるが、まだまだ頭もしっかりしていて元気。いつまで、オムツ交換をするのか分からないが、ぼけていないのは大助かり。

1日3回、オムツを取り替える時、シッポの下にウンチがあるかな?というスリルは何とも言えない・・・!!??
世のママさんの、赤ちゃんのお尻に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ仕草を真似るがごとく、70過ぎのジイさんが、毎回愛犬のお尻に鼻を近付けてウンチの匂いを嗅いでいる毎日なのである。

(関連記事)
愛犬・メイ子がオムツをした日 

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2019年12月 1日 (日)

TV東京のドラマ「死役所」が心をえぐる

自分がTVドラマを開拓することはほとんどない。いつもカミさんからの受け売り。
191201siyakusyo1 この秋のシーズンは、なかなか見応えのあるドラマが多いそうだ。このTV東京のドラマホリック!「死役所」(2019/10/17~放送)も、カミさんに言われて見出したドラマ。テレビ雑誌の紹介記事を見て、カミさんが予約したとのこと。何せ、放送時間が水曜日の深夜0時12分からなのだから、あまり見ている人はいないのでは?

TV東京のサイト(ここ)には、こう紹介がある。

ドラマホリック!「死役所」

「お客様は仏様です」
誰もが一度は想像する
「死後の世界」
待つのは天国?地獄?
あるいは――

この世を去った者たちが最初に訪れるのは、あの世の市役所ならぬシ役所
ここは、自殺、他殺、病死、事故死など様々な理由で亡くなった者たちの行き先を決める手続きをする場所だ。
シ役所「総合案内」で働く職員シ村は、次から次へと現れる死者に「お客様は仏様です」と慇懃無礼な態度で対応する。
訪れる死者「死」を受け入れた者から、現実を理解しないまま現れる者まで様々。
果たして彼らはどう生き、どうんだのか?
壮絶な生前の姿が死者の申請書から次々とあぶり出されていく。
罪無き者は、天国へ。罪深き者は、地獄へ。あるいは――。

シ村を取りまく職員たちも一筋縄ではいかない癖のある者たちばかり・・・
実はシ役所の職員たちもまた隠された秘密があった。
彼らはなぜ後、この場所で働くことになったのか?
そしてシ村の秘められた過去とは…?

魂えぐる死者との対話がここにある。」(TV東京のここより)

191201siyakusyo2 そして、先日放送された「第7話 死役所「石間徳治」(放送日:2019年11月27日)」が泣けた。
ストーリーは、「シ村(松岡昌宏)は、イシ間(でんでん)が中学生の女の子の対応をしながら、一緒に泣いているところを見掛ける。イシ間は少女に、めいのミチ(田鍋梨々花)の姿を重ねていた。生前、イシ間は空襲で死んだ弟夫婦の娘・ミチを引き取り、実の娘のように大事に育てていた。そんな中、あまりにむごい事件が起きる。」ここより)(予告編はここ

この物語は、「原作はあずみきし同名漫画『死役所』(新潮社バンチコミックス刊)。累計300万部(電子書籍含む)を超える大ベストセラー漫画。」だそうだ。

各40分のドラマだが、どれも、見応えがある。
191201siyakusyo3 「シ村」役の松岡昌宏のクールな姿。そして、死役所の職員は、全て死刑になった人で、成仏できない人たちなのだが、「何で死刑なの?」と思わせる「イシ間」(でんでん)の風貌。各職員の、死刑になった経緯が次々に明らかにされていく。

全10話なので、あと3回で終わる。これも、いつ見るか分からないが、BDに録っておくか・・・!?

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2019年11月28日 (木)

千葉紘子の「愛は限りなく」~歌詞とリズムがずれる妙

先日、千葉紘子の「愛は限りなく」を聞いた。それまでは、伊東ゆかりの歌が自分には定番だったが、それに匹敵する素晴らしい歌唱である。

<千葉紘子の「愛は限りなく」>

「愛は限りなく」
  作詞:D.Modugno
  訳詞:あらかはひろし
  作曲:D.Modugno

雲が流れる空を
あなたの胸の 白いハンカチのように
その白さが 胸にしみる

Dio, come ti amo! このしあわせを
胸いっぱいに 抱きしめたい
甘いくちづけ やさしい言葉
しあわせすぎて こわいくらいなの
Dio, come ti amo! このしあわせを
涙でそっと あたためたい
愛はよろこび 愛は悲しみ
つばめのように 自由に空を
それが愛なの?
流れのように 自由に海へ
それが恋か?
Dio, come ti amo!

愛はよろこび 愛は悲しみ
つばめのように 自由に空を
それが愛なの?
流れのように 自由に海へ
それが恋か?
Dio, come ti amo!
Dio, come ti amo!

伊東ゆかりのこの歌を取り上げたのは、もう10年も前のこと。「伊東ゆかりの「愛は限りなく」と佐川満男の「今は幸せかい」」(ここ)というタイトルだった。
改めて聞いてみよう。伊東ゆかりのこの歌は、2つの音源を持っているが、この録音の方が好き。

<伊東ゆかりの「愛は限りなく」>

もちろんこの歌は、カンツォーネだが、伴奏の無いバラード風な歌で、かなりの歌唱力が要求される。

そして、この「愛は限りなく」は、曲のリズムと歌詞のアクセントとが微妙にずれ、何とも言えない雰囲気を醸し出す。
つまり、
「それが愛なの? 流れのように 自由に海へ それが恋か?」
の部分が、曲のリズム(4/4拍子)と歌詞のアクセントがずれて、何となく不安定さを生じさせる。

前に、さだまさしだったかどうか忘れたが、音楽のリズムと言葉のアクセントは曲作りには欠かせず、歌詞(言葉)を口に出していると自然に旋律が出来るという。つまり、やはり言葉とリズムとは一体なのだ。

次にジリオラ・チンクエッティのオリジナルを聞いてみよう。

<ジリオラ・チンクエッティの「愛は限りなく」>

もちろんジリオラ・チンクエッティも伊東ゆかりも、そして千葉紘子も同じ。
しかし、少し違う編曲もある。倍賞千恵子の歌は、それほど違和感が無い。

<倍賞千恵子の「愛は限りなく」>


そして、自分の持っている音源の中で、もっとも違和感が無いのが、レイモン・ルフェーブルの演奏。

<レイモン・ルフェーブルの「愛は限りなく」>

ともあれ、聞いていて何が不安定になる名曲ではある。

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2019年11月25日 (月)

宇崎竜童さんが語る内耳破損

こんな記事があった。
聞こえづらくなると心の視野が…宇崎竜童さん語る内耳破損
 30代の前半に出演していた映画で、弾着(少量の火薬や血のりが設置された装置)をつけてピストルで撃たれるという役をやりました。打たれた瞬間、耳の近くで大きな破裂音がしたのですが、実はそのとき耳栓をしていなくて、じかに爆音を受けてしまったんです。
 監督の「カット!」という声で立ち上がった瞬間、グラ~ンと世界が揺れました。それはそれまで体験したことのない大きな揺れで、「どうしたんだ、オレ?」という感じ。めまいはしばらくたって治まったのですが、それ以降、ずっと高音の耳鳴りが続きました。
191125uzaki  町医者に行っても、検査もせずに「悪いところが分からない」と言う。少しそのまま様子を見てて、でもやっぱり治まらないので大きい病院に行って検査をしたら「内耳破損」と言われました。
 僕は聴神経を「アンテナ」と呼んでいます。耳には何本かのアンテナが立っているのですが、僕の右耳は3本あるうちの1本のアンテナが倒れているということでした。
 特に高音の周波数が聞こえない。うちの奥さん(阿木燿子)はファルセットで周波数が高い。だから声をかけられても、隣室にいるのか階段下にいるのか上にいるのかが分からない。顔が見えれば大丈夫なのですが、姿が見えずに声だけ聞こえると、うまく聞き取れません。
 治療法はなく、補聴器をつけて対応するしかないとのこと。診断結果を聞いたとき、「あぁ、オレは難聴になっちゃったんだ……ミュージシャンなのになぁ」と思いました。
 とはいうものの、ミュージシャンは難聴が多いと思います。スタジオではヘッドホンでじかに爆音を聞いている。長年、耳を酷使しているわけです。
 特にドラマーは、激しい破裂音を始終聞いていますから、耳を傷めるケースが多いようです。彼らのヘッドホンで音を聞かせてもらったことがありますが、それはそれはすごい音量。レコーディング中に具合が悪くなって吐いているドラマーを見たこともあります。
 病院に行ってからしばらくたって、テレビの生放送でインタビューを受けているとき、質問するアナウンサーの声がよく聞こえないことがありました。
 台本を思い出しながら質問を想定して自分なりに答えたのですが、収録後にマネジャーから「あのとき、質問と答えが合っていませんでしたよ」と言われました。トンチンカンな答えをしてしまったんです。
 耳が聞こえづらくなると、人の話が聞こえないから、聞こえているふりをするようになる。最初のうちは聞き返すけれど、それも度重なると聞かれたほうも自分もわずらわしい。聞こえているふりだから、実際には話を聞いていないわけで、だんだんと心の視野が狭くなってくるんです。
 打ち上げなどで大人数がいて、賑やかな店だと話が聞き取れなくて疎外感を感じたりもします。たかが難聴、されど難聴で、耳が聞こえにくいというのはパッと見、誰にも分からないから始末が悪いのです。

もっと気軽に皆さんが補聴器を使えるようになるといい
 そんなとき、雑誌のインタビューで「耳が聞こえにくくなった」という僕の記事を読んだある補聴器メーカーの方が、補聴器を贈ってくださったんです。その後、何個か補聴器を替えて、補聴器にもいろいろあることが分かりました。小さな音を多く拾ってしまって肝心の声が聞きづらかったり、常にノイズが聞こえていたり、耳のサイズに合わずに違和感を感じたり……。
 いまつけている補聴器はとても小さい。耳の穴に粘土を入れて密着させ、型を取って自分の耳穴に合った形でズレることもなく、とても調子がいい。最近、もっといいモノが出たらしいので、また見に行こうと思っているところです。
 補聴器をつけることを恥ずかしいと思う人がいらっしゃるようですが、僕はそうは思わない。目が悪ければ眼鏡をするように、耳が悪ければ補聴器をつければいい。もっと気軽に皆さんが補聴器を使えるようになるといいと思います。ただ、良い補聴器は高額です。保険が利くなどして値段が安くなると、もっと多くの方が気楽に使えるようになると思います。
 最近、僕は自分が作曲した歌なのに正確な音程で歌うことが難しくなってきています。難聴はますますひどくなって、30代のときに作った当時の音域のままでは高音が出なくなってきたことに加えて、耳が聞こえにくいから音程を外してしまうこともあります。
 ですから、60歳をすぎてから、ボイストレーナーの先生に特別なレッスンをしていただいています。耳が聞こえにくいなら、体の別の部分に共鳴させて正しく音を出すようにするというメソッドです。なかなか難しいですけど、この年で新しいことに挑戦できると自分を励まして、日々、鍛錬しているところです。(聞き手=池野佐知子)

▽うざき・りゅうどう 1946年、東京都出身。「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」で人気を博し、解散後は竜童組、宇崎竜童&RUコネクションwith井上堯之、ソロなどで活躍。妻で作詞家の阿木燿子とのコンビで、山口百恵のヒット曲を手掛けたことでも知られるほか、多くの楽曲を提供し、作曲家としての人気も高い。俳優としても活躍中。」(2019/11/25付「日刊ゲンダイ ヘルスケア」ここより)

この記事を読んで、“宇崎さんも自分の仲間なんだ~”と思った。難聴仲間・・・
あの偉大なるミュージシャンの宇崎竜童さんが、何と30歳で難聴を患っていたとは・・・。30代の前半というと、山口百恵が引退した頃。まさに宇崎さんとしては、作曲家として絶頂期。その時に、難聴とは、心中を察するに余りある。

同期の連中も、難聴の話を聞くようになってきた。その道の老舗である自分が、突発性難聴に罹ったのが1998年。50歳の頃(ここ)。そのときに相談したのが、当時メニエール病で片耳がダウンしていたT君。
そのT君も、最近は残った聞こえる方の耳も、調子が悪いらしく、皆でワイワイする同期会には出て来なくなった。でも少人数の会には出てくる。多人数での話が苦手という。
でも、少し声は大きいが、補聴器無しでも、そんなに違和感なく話している。
大きな血液のガンを患ったA君は、常に補聴器をしている。頭の手術の後遺症らしい。
前に、テレビの音が聞こえず、ボリュームを上げて家族から顰蹙(ひんしゅく)を買っているとう話を聞き、SONYの「お手元テレビスピーカー」という製品があることを教えてあげたら、直ぐに買って、重宝して使っているという。
これは、昔、お袋が老人ホームにいたときに、耳が遠いのでテレビの音を大きくして、隣室から苦情が出たときに研究した成果。

自分など、趣味で音楽を聞いているだけだが、ミュージシャンにとって耳は商売道具。
音楽家の難聴では、ベートーベンが有名だが、ドラマーなど、難聴は職業病のようだ。

宇崎さんも家庭内では色々と不都合があったらしいが、我が家はそこまでは行っていない。しかし、右耳がダメなので、カミさんに右隣に座られて話しかけられると分からない。
それで、いつも、左側から話をしてもらっている。

今日、たまたま所要があって特養に行った。特養の方が話すには、今では介護度3以上で無いと入れないそうだ。
そろそろ我々も良い歳。体のあちこちが故障することも仕方が無い。あきらめの境地。
でも、彼の宇崎竜童さんも、若い頃から難聴だと聞いて、つい嬉しくなってしまった(失礼!)。決して「人の不幸は蜜の味」では無いのだけれども・・・

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