「立花隆 がん 生と死の謎に挑む」を見て、読んだ
先日、「保阪正康が語る昭和人物史」の放送でジャーナリスト 立花隆の話を聞いたが(ここ)、それをきっかけに「立花隆 がん 生と死の謎に挑む」という単行本を入手し、付録のDVDで「NHKスペシャル 立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む」(2009/11/23放送)を見た。
そしてその単行本も読んだ。その結果、「宝の山」を掘り当てたような気になってしまった。
何よりもNHKスペシャルの番組が素晴らしい。それがDVDとしてこの本の付録に付いている。
この本は2010/12/15発売というから、もう16年も前の話。でも番組も含め、今でも決して古くない。
なぜ古くないか?
この番組で紹介されているが、手強いがんの攻略は、そう数年や数十年単位ではとても出来ない現実があるから。
まずこの番組だが、配信もしていないので、見るにはこのDVDを入手するしか無い。(なお、文庫本にはDVDは付いていない。単行本もDVDが付いていない中古本が多い)
本は、前半はこの番組の苦労話が主。少々くどい。あくまで番組を見てから読まないと、解説が分からない。
そして後半は、「文藝春秋」2008年4~7月号の「僕はがんを手術した」という、2007年の膀胱がん手術の体験ドキュメント。
これは面白くて一気に読んだ。
立花隆は、73分のNHKspだけでは言い足りないため、その補足としてこの単行本を書き、BSでも詳細版を放送したという。
それがNHK BS1で2009年12月27日から29日に放送された次の3番組。
「立花隆思索紀行人類はがんを克服できるのか①”がん戦争"100年の苦闘」
「立花隆思索紀行人類はがんを克服できるのか②生命の進化ががんを生んだ」
「立花隆思索紀行人類はがんを克服できるのか③生と死を越えて」
これも見たいのだが、調べてみると、今となっては見る手段は残念ながら皆無。
さて、本題だが、自分がこの番組と本で分かったことは、がんは非常に手強い相手であり、たぶん永久に撲滅は無理だということ。そして1/2の人ががんに罹り、1/3の人ががんで死ぬ現実があるので、がんとはどう折り合いを付けていくのかの話だということ。
本を読みながら付箋を付けたので、その部分を長々とコピペしてみる。
「このような問題は、がんの「薬剤耐性の問題」と呼ばれていて、がん研究でいま最もホットな領域になっています。要するに、抗がん剤は次から次へ新しいものが登場してくるのですが、使いはじめてしばらく時間がたつと、がん細胞は、その抗がん剤に対する薬剤耐性を獲得して、その薬が効かなくなってしまうのです。
この薬剤耐性の問題が片づかない限り、抗がん剤の世界は、新薬が次々に登場しても、薬剤耐性との間で、永遠のイタチごっこを繰り広げることになりそうだというのです。
なぜそれほど薬剤耐性の問題は解決が困難なのかというと、遺伝子が本質的に変異を起す能力を持っているからです。その能力によってすべての生命体は進化してきたということがあります。つまり変異を起す能力というのは生命体の本質みたいなところがあるのですが、この薬剤耐性の問題の根底にそれがあるのです。新薬を開発しても、すぐにがんのほうで変異を起して、新しい薬剤耐性能力を獲得してしまうのです。
別の表現を使えば、新しい薬に出会うと、がんはその薬の効果を消すような方向に進化していってしまうということなのです。新しい薬物とがん細胞の出会いにかかわる遺伝子の一つ一つに変異の可能性があります。かかわる遺伝子が多ければ多いほど新しい変異が生まれて、薬物の攻撃に対する新しい防御方法を獲得していってしまう可能性があるのです。」(p35)
「人間の体は、すべて新陳代謝していきます。六十兆の細胞がみな新しい細胞に置き換わることを日々につづけていく(すべての人において毎日平均数千億の細胞が新しい細胞に置き換っている)から、人間は生きているのです。細胞はみな細胞分裂によって新しい細胞になっていきます。それをおさえようとするのが抗がん剤ですから、抗がん剤は、人体のすべての細胞のナチュラルな働きを止めようとする薬だともいえるわけです。いってみれば、抗がん剤は生命の自然な働きに反する薬なのです。だからつらい副作用がいろいろ出てしまうのです。
人体の細胞の中にも、新陳代謝のスピードの速い遅いがあります。新陳代謝のスピードが速いところは、細胞分裂がそれだけ活発なところです。抗がん剤は細胞分裂が活発ながん細胞に働きかけてその細胞分裂を止めようとします。すると、がん細胞以外の、もともと細胞分裂が活発なところにもその働きかけが及んで、そこの細胞分裂を止めようとします。抗がん剤の副作用の第ーが頭がハゲることになるのは、そのためです。毛根は体の中で細胞分裂が激しいところだからです。副作用の第二は気持が悪くなり、吐き気がしたり、食欲がなくなったりすることです。これは胃腸など消化器の粘膜部分が体の中で最も新陳代謝が激しいところだからです。胃腸の粘膜は、数日の間に全部入れかわるほど、新陳代謝が激しい(細胞分裂がさかんな)ところなのです。
実はそのように細胞分裂がさかんに行われている場所は同時にがんができやすい場所でもあります。がんとは細胞分裂システムが狂うことですから、そのように、細胞分裂が常日頃から激しく行われている場所こそ狂いが生じやすいのです。」(p64)
「がんには、肉の部分にできる肉腫、骨の部分にできる骨腫などもあります。しかし、圧倒的に多い(八割以上)のは、胃がんでも、大腸がんでも、肺がん、食道がん、勝胱がん、乳がんでも上皮がんです。がんを漢字で「癌」と書くことがありますが、「がん」と「癌」を専門家がどう使いわけているかといえば、「癌」はカルチノーマ(上皮がん)たるがんに用い、「がん」はすべてのがんに用いるというのが一般的な使いわけです。それくらいカルチノーマが一般的なのです。
なぜ圧倒的にカルチノーマが多いのかというと、人間の体で最も新陳代謝が激しいのは、体内の粘膜部分だからです。表皮の部分も新陳代謝は激しいのですが、もっともっと激しいのが体内の上皮です。表皮の新陳代謝は、風呂に入って石鹸で体をこすると、アカになってこそげ落ちてゆくので自分ですぐにわかりますが、体内上皮の新陳代謝されたものは、大便小便の中に入って排泄されてしまうので、普通の人はなかなか気がつきません。体内の上皮のいちばん大きな部分は胃腸の内皮で、それは全部広げると実に四百平方メートルにも及びます。表皮の総面積よりはるかに広いのです。それが二日に一回ペロリとむけて排泄されるのですから、大便の相当部分が実はそれであるのに、我々は気がつかないわけです。
抗がん剤を服用するようになると、頭がハゲるだけでなく、皮膚が輝きを失い、ボロボロになってヒビが生じたりしますが、それは皮膚の新陳代謝が妨げられるからです。皮膚がボロボロになる以上に、体内上皮部分(体内のあらゆる粘膜)がボロボロになっていきます。それが吐き気、食欲不振などあらゆる副作用現象のもとになっています。人間の日々の栄養吸収は胃腸の上皮が行っていますから、それがボロボロになれば、吐き気も食欲不振も起きて当然です。番組の中で、戸塚洋二さんが「消化管に穴が開く」といっているのは、まさにこの現象のことをいっているわけで、実際ひどくなると、抗がん剤は胃腸に穴を開けるところまでいくわけです。」(p66)
僕が中締めとして語っているのが次のモノローグです。
「なぜがんというのがそれほど恐るべき力を持っているのか、というか、とにかくがんというのは、いろんな手段でたたこうとしても、がんのサバイバル能力というのは圧倒的で、死んだと思っても死なない、そういうのががんで、その繰り返し繰り返し再発してさらにはどこかちがうところに飛んでいく。そういう転移という現象が起るわけですね。
ありとあらゆる手段を自ら作り出して困難を突破していくがんの能力というのが、ありとあらゆる困難な状況の中で、生命というものが生き抜いてきて、今日の生命全盛時代みたいな、そういう時代を生き抜いた、生命の歴史そのものががんの強さに反映しているということですね。
がんは自分の外にいる敵ではなくて、自分の中にいる敵というか、あなたのがんはあなたそのものでもあるという、そういうことなんですね。だからそういう二重の意味で、がんという病気は本当に一筋縄ではいかない。がんという病気そのものの中に生命の歴史何億年の歴史そのものがこめられた力が継続して生きている。そういうことが一つあるし、それからがんの強さは実はある意味では自分自身の強さというか、自分自身の中にある生命というシステムの強さでもあるわけですね。
だからがんをあまりにもやっつけることに熱中しすぎると、実は自分自身をやっつけることにもなりかねないという、がん治療のものすごく大きなパラドックスというのがそこにあると思うんですね」
このようにして獲得された転移能力こそ、がんの強さの根源みたいなところがあります。つまりがんは、六十兆の細胞が生存をつづけていく生命の通常の営みの中で不可避的に発生します。そのように不可避的に生まれた最初のがんの細胞巣は原発巣と呼ばれます。がん患者の多くは、原発巣のがんが発展して死に至るのではなく、それがどこかに転移して、転移した先のがんが原発巣よりずっと悪性化したしぶといがんになって、転移先のがんで死に至るほうが多いといわれます。」(p112)
「転移の経路は、基本的に原発巣のがんが血管の中に入って、血流によって、遠いところに運ばれるのだと考えられています。しかし、そこのところも、実はまだよくわかっていないところなのです。がん細胞は基本的にどこかに足場を確保して、そこで育っているかぎりは生きていられるけど、足場から離れてしまうと、とたんに生命維持が難しくなると考えられているからです。そして、心臓まわりの血流の速さががん細胞にとってあまりにきつすぎる(秒速百メートル以上)ので、がん細胞が全身循環系の主要な動脈に入って、何度もたたかれると、たいていまいってしまうといわれています。がんがいろいろな臓器に転移するのは、その中で血流がゆるんで、がん細胞がそこに漂着してあらたなコロニーを作りやすいところが見つかるからだといわれています。」(p113)
「先に、がんが高齢者に多いのは、がんのもとである「遺伝子への変異の蓄積」が、高齢者になればなるほど進むからだといいましたが、もうひとつ、免疫力の強弱という点からも、がんが高齢者に多い理由になっていることがわかるでしょう。
次頁のグラフを見てください。これは、年齢別のがん死亡の統計です。四十歳以下のがん死者はきわめて少く、五十歳以下のがん死者もあまりいないということがすぐ読みとれます。
四十代、五十代前半までのいわゆる働き盛りの年代の人々は、まだ充分に強い免疫力を持っているから、あまり病気もせず、たとえ時に病気に襲われても(初期のがんを含め)、それをはねのけることができる(死にいたらないですませる)ものだということがこのグラフからも読みとれます。
ただ、ここで気をつけていただきたいのは、がんというのは、ゆっくり進行する病気であり、だいたい、一つのがん細胞が生まれてから、それが宿主の生命を奪うようになるまで平均して二十年くらいかかるということです。それが目に見える大きさになり、最初の検査にひっかかるまで、およそ十年から十五年の時間がかかり、それから、がんがさらに生長して、宿主の生命を奪うまで、最低でも五年はかかるということです。」(p116)
「がんに敗北しても人生では勝てる
連載手記を通して、また、番組の取材を通してわかったことは、人間は、生きるととそれ自体によってがんを育てており、がんから逃れられないということです。
そして、近未来にがんの画期的新療法が生まれることはありません。
ですから、がん患者はいずれ必ずがんに敗北します。肉体的には敗北率100パーセントです。しかし、敗北するといっても、そもそも人間は死亡率100パーセントの動物です。あなたがたは必ず死にます。がんであってもなくても死ぬのです。
ただし、勝ち目がないわけではない。闘病という場では敗北しますが、闘病イコール人生ではありません。人生という場では勝てる可能性がある。「がん」になったが、がんに敗北しなかった人々はいくらでもいます。」(p165)
<「立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む」エンディング>
「僕はそのことを、番組のエンディングで次のように話しました。
「この取材をしてきて、私が確言していることが二つあります。
一つは、私が生きている間に人類ががんを医学的に克服するということはほとんどないだろうということです。
で、もう一つは、だからというか、自分がそう遠くない時期に非常に確実に死ぬだろうけれども、そのことが分かったといって、そうジタバタしなくて済むんじゃないかということなんです。
がんというものはしぶとすぎるほどしぶとい病気なんです。
というか、生命そのものがはらんでいる『一つの避けられない運命』という側面を持っているということなんですね。
そうであるなら、全てのがん患者はどこかでがんという病気と人生の残り時間の過ごし方について折り合いをつけねばなりません。
僕の場合、残り時間の過ごし方はいたずらにがんばって人生のQOLを下げることではないだろうと思うんです。
徳永先生のところで学んだことは人間は皆死ぬ力を持っているということです。
死ぬ力というといい過ぎかもしれません。
死ぬまで生きる力といった方が良いかもしれません。
単純な事実ですが、人間みな死ぬまで生きるんです。
ジタバタしてもしなくても、死ぬまでみんなちゃんと生きられます。
その単純な事実を発見して、死ぬまでちゃんと生きることこそ、がんを克服するということではないでしょうか」
これはNスペのエンディングなのですが、実はBSのほうにはこれとは別のエンディングがあります。・・・」(p168)
いやはや長々とコピペしてしまったが、このようにがんと向き合ってみると、がんになっても仕方が無い。やはり自分もか・・・と思うかも??
しばらく立花隆の世界に浸ってみようかと思う暑いお盆のこの頃である。
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