2024年5月14日 (火)

お酒に弱い人々の分布

この歳になると「ヘエ~」と感じる話題が少なくなってくる。もちろん自分の興味のある話題の範囲に限定しての話で、エリアを広げれば、「ヘエ~」は無数にあるのだが・・・。
そして、たまに「ヘエ~」に出くわすと、つい人に伝えたくなる。
それで今日の「ヘエ~」は、“酒の弱い人の割合は地域によって異なる”という話。

先日、NHK「ヒューマニエンス 40億年のたくらみ」「“肝臓”毒と戦う勇者」(初回放送:2021年7月8日)の録画を見た。
たまたまBDレコーダーの未視聴の番組を検索していたら見付かった番組。もう3年も前に録画した番組だった。
240514sake1 その番組の中で、お酒に弱い体質の人についての話があり、2つの図が気になった。
曰く「お酒に弱い体質の人の割合」は、中国52%、日本44%、韓国30%で、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカは0%だという。
240514sake2 そして「お酒に弱い人々の分布」では、遺伝的にアセトアルデヒドの分解がされない(酒に弱い)人が、日本、朝鮮半島、そして中国南東部など東アジア地域に多いという。
特に台湾が面白い。西海岸部では酒に弱く、東海岸では強いらしい。
番組で解説をしていた東大の太田博樹教授によると、「アセトアルデヒドがたまることで感染症との戦いで有利に働いた」のではないか、とのこと。

<NHK「ヒューマニエンス 40億年のたくらみ」「“肝臓”毒と戦う勇者」から>


自分がお酒を「卒業」してから5年ほどになる(ここ)。
風呂を出た後は、ビールでは無くてノンアルコールの「ドライゼロ」を飲んでいる。それもいつも半分位。
歳と共に胃の動きが悪くなっており、過食を控えるように心掛けていることもある。

自分の周囲にもお酒に弱い人は結構多い。ウチのカミさんもそうだし、弟も同じ。同僚にも多かった。今は止めてしまったが、前は、そんな同僚と会うときは、夜の飲み会ではなく、ランチの会食だった。
ふと昔の上司の事を思い出した。プロジェクトのリーダーとして、海外のお客との会食が避けられないため、毎日少しずつお酒を飲んで訓練した所、お酒が飲めるようになった。という話を聞いたことがある。
仕事で飲む酒をマズイ。それに酔わない。
しかし、自宅で楽しむ酒はうまい。
でも、グラフによると、日本人の4割以上の人が弱いという。つまりはお酒が楽しめない。
ウチのカミさんは、酒が楽しめない人生は残念!という。
たまたま自分は飲めた。でも、夕食後にゆっくりと酒を楽しむ・・・とかいう習慣はなかった。

酒に弱い人がいるのは知っていたが、それが南アジアに偏在しているとは知らなかった。
しかも日本人の4割・・・
たまに見付ける「ヘエ~」ではある。

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2024年5月 4日 (土)

76歳での中学の同窓会

今日、突然スマホが鳴った。ほとんど電話が掛かってこない我がスマホ。
出て見ると、故郷の中学校の同級生から。聞くと、同窓会通知の返事がまだ届いていないので、その督促。
先日返事を出したのだが、まだ届いていなかったらしい。

240504dousoukai 先日来た同窓会通知を見ると、5年おきに開いていたが、2年前の会はコロナで延期にしたので、今回7年ぶりに開くという。
案内状を見ると、今回は第12回。つまり60年続いていることになる。
実行委員長も副委員長も幹事も全員元3組。自分のいたクラスのメンバーである。
よって開口一番に言われたのが「3組主体でやっているので、親方が来ないと話にならん」。(当時自分はクラス委員長をしていた)
それで今回の電話。
「ゴメン。今回はパス」と言い訳したが・・・

そして次に言われたのが「山さんが亡くなったよ」
「山さん」こと栗山友治先生については1年ほど前に「母校の龍ヶ崎市立愛宕中学校の閉校」(ここ)で書いた。
自分にとっては、結婚式の主賓を務めて頂いたほどの恩師。それが先日(2024/04/30)亡くなったという。今夜がお通夜で、明日が告別式だという。享年91歳。
聞くと、3~4年前に奥さんを亡くし、それから体を鍛えていたジムにも行かなくなって、足を痛め、1年半~2年ほど前から、施設に入っていたという。
しかし言葉はしっかりしていたので、今回の同窓会もどうかと思っていたが、足が悪いので、欠席も仕方が無いと思っていたという。
7年前の同窓会(ここ)の時は、85歳だったがジムで鍛えていたのだが・・・

前にも書いた通り、我が同窓生は現在76歳世代。前回は70人程の参加者だったが、今回は50人ほどだという。卒業生280人ほどなので、結構集まった方では??
聞くと、やはりこの7年で亡くなった人は多く、次々と名前を挙げてくれたが、全員男性。
「女性は?」と聞くと「女性は皆元気」とのこと。
改めて、女性の生きる力の強さを感じた。

電話の主も、「たぶん同窓会も今回が最後で、あとは近くのメンバーだけで、細々やっていくのかな?」と言っていた。
言うまでも無く同窓会は幹事次第。取り仕切る人が居て初めて成り立つ。(大学の同窓会は一度も無かった)
今回も、それを仕切っているのが、我が3組のメンバーだということは誇らしい!?
変化の無い毎日だが、ひょんな事で田舎を思い出した一本の電話ではあった。

(関連記事)
母校の龍ヶ崎市立愛宕中学校の閉校 
20年ぶりの中学の同窓会 

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2024年4月26日 (金)

どうも「大谷サン」が気になる

このところ、どうも「大谷サン」が気になる。
今朝も、夜中に目が覚めたときに「スポーツナビ」を覗くと、今日の試合は5時5分開始とある。
240426ohotani そして、ふと目が覚めたのが5時15分。それでついTVのBSを点けてしまった。このところ、毎試合NHK BSで中継されているので便利。すると第一打席は三振。
まだ早いので寝なくちゃ!と思っても、つい気になる。第2打席も三振。
第3打席は走者1,3塁なのに、初球を打ってダブルプレイ。何も初球を打たなくて、じっくり行けば良いのに・・・
さすがにTVのスイッチを切った。
結局今日は4打数ノーヒットで打率0.358。首位打者から陥落したという。

まあ、毎日大活躍!と行かないのがスポーツの世界??
こんな事もあるさ!とは思うものの、どうも不機嫌になる!?

昨年は、毎朝「今日の大谷はホームラン打ったか?」と言いながら居間に降りて行くのが日課だった。でも今年は、リアルタイムで追いかけるようになり、「スポーツナビ」の「テキスト速報」が便利。

ふと、もう28年も前に亡くなった親父を思い出した。前にも書いたが、親父は大の野球好きだった。自分も会社の草野球をしていたが、TVはいつも野球中継。中継が途中で終わると、引き続きラジオで中継を聞いていた。
野球中継はいつも巨人中心。なのにTVを見ている。いったいどこのチームをひいきにしているのかと聞くと「巨人が負けるのが小気味よい」と言っていたの思い出す。
大リーグの中継が普通になった今、もし親父が見ていたらどんな感想になるのか?大谷をどう評価するのか?

我が家では、プロ野球はカミさんが見るのを許してくれなかった!? よって昔は、気にするのは都市対抗野球と高校野球だけ・・・。しかし大谷の中継は、カミさんは何も言わない。
それで朝食を採りながら大リーグの中継を見るこの頃。

大リーグは162試合を戦うという。現在はまだ27試合目。まだ全試合の2割も行っていない。どこまで行くのか?
それにしても、水原問題抱え、1000億円の契約のプレッシャーにも負けないその精神力はすごい。
「大谷サン」がホームランを打つと、毎日元気で居られるのに!と思う、この頃のジイさんではある。

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2024年4月 5日 (金)

ザ・キング・トーンズの「暗い港のブルース」

先日、改めて聞いてみて、つい挙げたくなった。
ザ・キング・トーンズの「暗い港のブルース」というもう半世紀も前の古い歌。

<ザ・キング・トーンズの「暗い港のブルース」>

「暗い港のブルース」
 作詞:なかにし礼
 作曲:早川博二

いとしいひと あなたはいま
名前さえ告げずに 海にかえるの
白い霧に 目かくしされ
遠い船の汽笛 ぼくは聴いてる
かりそめの 恋をさけんだけれど
あふれくる 涙 涙 涙
切れたテープ 足にからめ
あなたの影を追う 暗い港

さよならは 死ねというも同じ
枯れはてた 涙 涙 涙
不幸色した ランプゆれて
あなたを今日も待つ 暗い港

典型的な二部形式の違和感の無いこのメロディー。洋楽のインストゥメンタルかと思ったら、日本のインストゥメンタルが原曲だという。
そして伴奏のトランペットがよく似合うと思ったら、やはり原曲はトランペット奏者の作曲だった。

wikiによると、「本作は元々、1960年代に活動していたジャズバンドのモダン・プレイボーイズのメンバーであった早川博二の作曲により発表したインストゥメンタル曲がルーツであり、1963年に詩人の薩摩忠が歌詩をつけてウエスタン歌手のフランク赤木が日本グラモフォンにてレコーディングして発売したものである。
1971年に発売されたザ・キング・トーンズ盤は、早川博二の曲はそのままに作詞家のなかにし礼が歌詩を全面的に書き直して新たにレコーディングする形で製作された。このため、本作はザ・キング・トーンズのオリジナル曲のような形になっている。」
とのこと。

インストゥメンタルのオリジナルはこれ・・・

<モダン・プレイボーイズの「暗い港のブルース」>

この歌は、藤圭子、ちあきなおみ、クールファイブなどがカバーしているが、自分的にはやはり前川清の歌が似合っているように思う。

<内山田洋とクール・ファイブの「暗い港のブルース」>

たまに心に引っ掛かる古い歌ではある。

●メモ:カウント~1430万

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2024年3月22日 (金)

2万円強のトースター(バルミューダのリベイクトースター)を買った話

今日はトースターの話。
バルミューダ(BALMUDA)製「リベイクトースター(ReBaker)」(定価24200円)(ここ)という製品を買ってしまった!という話。

そもそも我が家の朝食はパン食。自分はパンの買い置きの無い時は、冷凍した食パンをトースターで焼いて食べている。買う食パンは8枚切り。6枚切りでは、焼いても内部がまだ冷たいのでNG。

今使っているトースターは(ここ)にも書いたKOIZUMIのKOS-1010というモデル。
自分がこれを気に入っている理由は、上下の焼きムラが少なかったことと、窓が斜めになっているので内部が見やすいこと。以来、この古いモデルを市場で探しては使った来た。
使い捨てなので、2年ほどで交換。

240322rebaker それが先日、新聞でバルミューダというメーカーの「リベイクトースター」というのがあることを知った。
「リベイクとは、買ってきたパンや、冷めてしまった揚げものなどを温め直すこと。」だそうだ。
ウチのカミさんは、冷たい物が平気。しかし自分は、何でも温める。弁当などは当然で、パンも必ず温めてから食べる。しかし電子レンジでは、フニャフニャになるのは仕方が無い。

話は飛ぶが、たまに行く近くのパン屋(ここ)。店内でコーヒーとともに食べられるので、たまに店内でランチする。そのとき「温めますか?」と聞かれる。
それで「お願いします」と言うと、温めて持ってきてくれる。結構時間はかかるが・・・
しかしその温めが絶妙。もちろんトースター温めたような焦げも無いし、電子レンジでのフニャフニャもない。でもカレーパンなど、内部まで温まっている。
いつも「何で温めているのだろう?」と思っていた。
つまり、温め方の違いで色々と出来ると言うこと。

240322rebaker0 この新聞記事を読んで、にわかに試してみる気になった。Netでググると何と「30日間の
30日間の全額返金保証」を実施しているという。
曰く。
「30日間の全額返金保証
ReBakerは最新の温度制御の技術により、さまざまなパンや揚げものを驚きのおいしさに調理するリベイクトースター。
より多くの方にこの特別な体験をしていただくためにReBakerはご購入日より30日間の全額返金保証を実施しております。
ぜひ、特別なおいしさをお確かめください。」ここ)より。
まあそれだけ自信がある製品、という事だろう。

それで試してみることにした。
Amazonで買ったが、ダブルポイントとかで結果、正味2万円ちょっと。

買ってから2週間。返品を前提に、元箱は大事に取ってあるが、さてどう評価しよう・・・
240322rebaker1 なるほど原理は分かった。一旦160℃位にして、それを維持し、最後に220℃に上げて焦げ目を付ける。
そして冷凍のパンは1~2分多く設定しろという。160℃の時間を長めにして解かす時間を確保しているようだ。
確かに、自分が一番気にしている裏表の焦げ具合はなかなかよろしい。
廉価のトースターでは、設定時間で焦げ過ぎになってしまうが、この商品は最後の数秒できつね色にするため、設定時間が何でも、失敗が無い。見ていると、白いパンがきつね色になると同時に、チンで終わる。これは素晴らしい。

惣菜パンもよろしい。コロッケもまあまあよろしい。
揚げ物は、アルミホイールをクシャクシャにして下に敷くが、これも衛生上、仕方が無い。
そして内部の広いこと!奥行が長い。今までのが14cmなのに、今回の製品は奥行が21cmもある。
しかし、出来上がったときの「チン」の音が、電子レンジなどに比べて小さく、離れていると聞こえない。これは残念!

トースターは簡単な家電品であるが為、2~3千円の製品も多い。しかしこれはその10倍。自分はあまり値段は気にしていないが、問題はその出来。
同じメーカーの製品では、水を入れて使う製品もあるらしい。
でも手間がかかる。しかしどんな出来か、試してみたい気はする。

今までもっぱら低廉品を使ってきた。世の中に、色々と凝った高級品があることも知っていた。しかし、試す機会は無かった。買ってみてガッカリという場合、持って行き場所が無い。しかし、今回は返品が効く、というメーカーの戦略に負けた。
まあ今回は返品はせず、2年ほど使って汚れてきたら、もっと高級品を買ってみることにするかな?
世の中、探せば色々と便利な製品はあるものであるな~。

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2024年3月13日 (水)

男声合唱「ザ・レジェンド」の「イヨマンテの夜」

先日こんな音源を見付けた。男声合唱「ザ・レジェンド(THE LEGEND)」の「イヨマンテの夜」である。

<ザ・レジェンドの「イヨマンテの夜」>

「イヨマンテの夜」
  作詞:菊田一夫
  作曲:古関裕而

アーホイヨー ア‥‥‥イヨマンテー

イヨマンテ
燃えろ かがり火
ああ 満月よ
今宵 熊祭り
踊ろう メノコよ
タムタム 太鼓が鳴る
熱き唇 我によせてよ

イヨマンテ
燃えろ ひと夜を
ああ 我が胸に
今宵 熊祭り
可愛い メノコよ
コタンの掟破り
熱き吐息を 我に与えよ

ア・・・・・・・
(カームイホプニナアーホイヨ)
アーホイヨー アーホイヨー
イヨマンテ

もちろん自分は色々な「イヨマンテの夜」の音源は持っているが、合唱団の音源は初めて聞いた。
240313legend Netによると「ザ・レジェンド(THE LEGEND)」とは「音楽大学を卒業した男性オペラ歌手5人がダイナミックで重厚な声を武器に、新しいクラシック音楽の可能性を追求すべく2006年に結成した日本初のオペラユニット。」
「メンバー全員が国立音大声楽科卒~イタリア留学を経た本格的オペラ歌手によるコーラスユニット」
とある。

言うまでも無く「イヨマンテの夜」は伊藤久男の代表曲だが、その男性的な歌声に追い付く歌手はいない。自分もたくさんの歌手がカバーした「イヨマンテの夜」を聞いてきたが、この音源だけは「オオッ」と思った。
最初、ピアノ伴奏から入ったので、ちょっと物足りなかったが、オーケストラが入って男性的な伴奏と共に盛り上がって行く様は素晴らしい。
もちろんさすがオペラ歌手。音程もしっかりしている。

当サイトに「イヨマンテの夜」を採り上げたのは2008年6月17日(ここ)だった。もう16年も前。
それも含め、数えてみたら伊藤久男の歌は当サイトに27曲も挙げている。
中学校の時以来聞いている大好きな伊藤久男だが、その声に引けを取らぬ?音源に出会った。

伊藤久男の「イヨマンテの夜」の音源は、先の記事に3つ挙げているが、ついでに(多分1975年02月16日放送の)「ビッグショー・古関裕而」からの音源を聞いてみよう。
この音源は、オリジナルのNHKのWAV音源である。

<ビッグショー・古関裕而」から伊藤久男の「イヨマンテの夜」>

(関連記事)
伊藤久男の「イヨマンテの夜」 

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2024年3月 7日 (木)

映画「男はつらいよ」全50作品を見る

映画「男はつらいよ」の本編48作品と、追加の2作品を見た。そのうち10作品程度は前に見ていたが、一応復習した。
相変わらず「全部」にこだわっている。藤沢周平や山本周五郎、漱石など、前に文庫本を「全部」読んだ作家は、本屋に行っても見向きもしない。「全部」の達成感からか??

今回、「男はつらいよ」を順番に見て、色々と思うことがあったので記してみる。
240307otokowaturaiyo 第一に思ったのは、なるほどこの映画は「国民的映画」と言われるわけだ。ということ。
前は、どうせストーリーは定番の通り。と思って走り見をしていたが、改めてじっくり見ると飽きない。なるほど、さすがに1969年から1995年まで27年の長寿を保ったシリーズだ。
シリーズが終わったとき、倍賞千恵子が「48本を通して、長い長い一本の映画を作ってきたような気がします」と言っていたという。
240307otokowaturaiyosoukanzu 確かに満男の成長などを見ると、時間経過とともに物語が進んでいくようにも見える。これは満男役の吉岡秀隆の「北の国から」の成長物語と重なる。
でも、細かく見ると、27年間の長期間、矛盾無く舞台設定をする事は無理だったようで、さくらの家は、4回も変わっている。同じ家を数十年この映画のために維持することは出来なかったのだろう。そして「とらや」の茶の間のテレビも、時間推移とともに、新型に変わったかと思うと、次の回でまた古いモデルに戻ったり・・・。
寅さんの誕生日もそうだが、セットも、都度設定するので、矛盾無く再現することまでは気が回らないのだろう。
つまりは、連続ドラマとして見てはいけないようだ。
その証拠に、映画のタイトルに何番目という番号が付いていない。今でこそ「第*作」という番号で呼ぶが、配信で見るときも、通し番号が無いため「次は何というタイトル?」と意識して選ばないと順番に見られない。

渥美清は1989年の42作目以降は病気で体調が悪い中での撮影だったという。そして最終の1995年の第48作に出演できたのは奇跡に近いとのこと。
当時は誰もそれを知らなかったので、観客はいつも通りに見ていたのだろうが、渥美清の当時の体調を知って映画を見ると、明らかにオーラが違う。寅さんの笑顔ひとつ取っても、笑い顔も奥のエネルギー感がまるで違う事が分かる。
人間、その全てが顔の表情に、立ち振る舞いに出てしまうようだ。

体調不良の渥美清に替わって主役を務めたのが、満男役の吉岡秀隆。やはりこの役者はすごい。子役の時から、クセの無いぼくとつとした個性が光る。
満男の可愛い後藤久美子の及川泉との初恋。何とか成就させてあげたいと応援していたが、最後の48回で、泉からの見合い結婚の話をうなずいてしまい、そのあげく、現地岡山に乗り込んで泉の結婚式をぶち壊してしまう。これには拍手喝采!?
そして二人は元の恋人の関係に戻る。
ここで渥美清の死とともに、余韻を残して終わるかと思っていたら、50周年記念の2019年の第50回「お帰りなさい 寅さん」で、二人は結婚せず、泉はヨーロッパで別の家庭を持ってキャリアウーマンの道へ。そして満男も脱サラして小説家に。

wikiを見ると、49回「寅次郎花へんろ」で満男と泉を結婚させるストーリーだったという。しかし24年後に作られた50作目では違った。
これは、後藤久美子が現在スイスで生活しており、その事実を考えての設定かも知れない。
確かに、しがないサラリーマンの妻役と、ヨーロッパでセレブ生活中の今の後藤久美子とはイメージが合わないのかも・・・

240307rokechi この映画は、全国各地の美しい風景も見どころ。北海道から沖縄まで、ロケ地は全国に及ぶ。そしてテキ屋としての寅さんの商売で、一緒に全国のお祭り風景が映っているのも見どころ。
アナログテレビ時代の風景やお祭りが、4K画質のフイルムにそのまま残っているのは、文化を後世に残す意味で貴重では無いか・・・。
自分的には、1972年の「寅次郎夢枕」で、米倉斉加年の部屋のTRIOのステレオ装置が、何とも懐かしい!!

最後にとらやの店先に飾ってある格言。

「言葉は心」
一つの言葉で喧嘩して
一つの言葉で仲直り
一つの言葉で頭がさがり
一つの言葉で笑いあい
一つの言葉で泣かされる
(中国のある僧侶の言葉より)

ともあれ、第1作からもう55年。渥美清の死から28年。
しかしまだまだ現役の映画「男はつらいよ」ではある。

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2024年3月 3日 (日)

松本清張のお墓に行く

今日は晴れ。それで近くの松本清張のお墓に行ってみた。
このところ松本清張の文庫本を買い込んで読んでいるが、解説本も読んでいる。
その中で、松本清張のお墓が八王子にあるということを知り、ググってみると、何と!いつも通る道の近くだった。八王子郵便局の近くで、ひよどり山トンネルの真上。富士見台霊園にあるという。どんな背景で清張のお墓がここにあるかは分からない。

この霊園は、43千㎡の敷地に3500区画の墓地があるという。Netの情報で、清張のお墓は上の方の見晴らしの良い一等地、とあったので、車で最上部まで登った。道路は広く、区画の左右にも車が通れる道があるため、利用者は自分の墓地の近くまで車を乗り付けられる。
でも、知らないお墓を見付けるのは大変。近くに居た参拝のオジサンに「松本清張のお墓はどこにあるのでしょう?」と聞くと、親切にも連れて行ってくれた。
なるほど、八王子市街を遠望できるガケの上にそれはあった。最上部の「西8段」という区画の2番目の横道の奥。
「松本清張」と書いた大きな墓石の裏には「清閑院釈文張 平成4年8月4日没 俗名清張 行年82歳」とあった。横には、奥さまだろう「平成5年3月吉日 松本ナヲ建之」と文字。
そして隣の松本家先祖代々のお墓には「平成23年12月7日没 俗名ナヲ 行年96歳」との文字。

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カミさんが「松本清張のお墓を見に行こう」と言うのは珍しい。普通は、自分が無理矢理付き合わせるのだが、今回は違った。
原因は「中島河太郎」という文芸評論家。昔から「中島先生」という言葉は、カミさんから良く聞いていたが、先日「黒い福音」を読んだとき、新潮文庫の解説に「中島河太郎」という名があり、「いつも言っている中島先生って、これか?」と聞いたら、まさにこれだった。
wikiを見ると「中島 河太郎(なかじま かわたろう、1917年6月5日-1999年5月5日)は、日本のミステリー文学評論家、アンソロジスト、国文学者。本名は、中嶋馨(なかじま かおる)。日本推理作家協会第7代理事長。日本ミステリー文学大賞受賞者。江戸川乱歩の薫陶を受けた推理小説研究の第一人者で、推理小説に加え国文学・民俗学の書誌学者としても知られる。」とあった。
カミさんが学生時代、薫陶を受け、その授業の時は友人と一緒に最前列に陣取って聞いたとか・・・。ま、自分はミステリー評論家だったことは知らなかったが・・・
そう言えば、先日カミさんの友人から中島河太郎の講演のDVDが送られて来たっけ・・・

帰るとき、小宮公園があったので、ちょっと寄ってみた。昔一度だけ来たことがある。梅の花が咲きかけていて、日曜日だったもともあり、写真を撮る人が居た。

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ともあれ、富士山は遠望出来なかったが、上天気の今日、清張のお墓に行ってみた。
しばらくは清張の作品に浸る日々である。

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