2026年6月 2日 (火)

菅原洋一の「愛のフィナーレ」~92歳で逝去

菅原洋一が92歳で亡くなったという。

歌手の菅原洋一さん 悪性リンパ腫のため死去 92歳 「知りたくないの」「今日でお別れ」が大ヒット

260602sugawara 歌手の菅原洋一(すがわら・よういち)さんが5月31日午前9時26分、都内病院で悪性リンパ腫のため死去した。92歳。日本歌手協会が2日、発表した。

 「日本歌手協会の会員で日本歌手協会の理事や常任理事をつとめ現在、顧問職にある菅原洋一さんが、2026(令和8)年5月31日午前9時26分、都内病院で悪性リンパ腫のため、その人生にピリオドを打ちましたことを、ここに謹んでご報告いたします。92歳でした」と発表。本人、遺族の希望により、家族葬を執り行ったという。現在は「お別れの会」は予定していない。

 菅原さんは今年の4月6日まで東京・上野のライブ会場でコンサートを開催。代表曲の「知りたくないの」や「忘れな草をあなたに」をはじめ、シャンソンの「さよなら」「マイ・ウェイ」など11曲を力強く歌い上げ、生涯現役を全うした。

 菅原さんは1933年8月21日生まれ、兵庫県加古川市出身。国立音楽大学を卒業後の58年、タンゴバンド「早川真平とオルケスタ・ティピカ東京」に入団し、タンゴ歌手として歌手デビューした。67年に「知りたくないの」が80万枚突破の大ヒットを記録。その年の第18回紅白歌合戦に初出場し、88年まで連続22回出場した。68年には「誰もいない」で第10回日本レコード大賞歌唱賞、70年には「今日でお別れ」で第12回レコード大賞を受賞した。その他の代表曲に「愛のフィナーレ」「忘れな草をあなたに」「愛の嵐」など。19年には文化庁長官表彰。22年には日本歌手協会第1回名人賞を受賞した。」ここより)

菅原洋一の代表曲「今日でお別れ」については(ここ)で書いた。

自分にとって、若いときからよく聞いた歌手。上の記事でも書いたが、入社した数日後に買ったLPが菅原洋一であり、「芽生えてそして」などを聞くと、横浜の寮の部屋を思い出す。
もちろん菅原洋一の歌は当サイトでも何曲か挙げた。まだ挙げていない歌で「愛のフィナーレ」を今日は聞いてみよう。

<菅原洋一の「愛のフィナーレ」>

「愛のフィナーレ」
  作詞:なかにし礼
  作曲:宮川 泰

恋の終わりは 涙じゃないの
それは思い出の はじまりなのよ
知っていました 別れはくると
だからいいのよ いいわけなんか
誰にも負けずに 貴方を愛した 私なの
今ではひたすら 貴方の幸せ祈るだけ
恋は消えても 残る思い出
指でかぞえて 私は生きる

思えばはかなく短い月日の 恋でした
くやんでないから 私は言えるのさよならを
愛の思い出 貴方がくれた
ひとりぼっちの 私のために

別の編曲もある。

<菅原洋一の「愛のフィナーレ」>

そして先日は作詞家の橋本淳も亡くなった。
作詞家の橋本淳さんが肝硬変で死去、86歳 ブルー・ライト・ヨコハマなど昭和の音楽界をけん引

 「ブルー・ライト・ヨコハマ」などを手がけ、昭和の音楽界をけん引した作詞家橋本淳(はしもと・じゅん)さん(本名与田準介=よだ・じゅんすけ)が5月21日午前8時25分、肝硬変のため東京都港区の病院で死去した。86歳。東京都出身。告別式は近親者で行った。喪主は長男で、MISIAらを手がけた音楽プロデューサー与田春生(よだ・はるお)さん。
 与田さんは日刊スポーツの取材に応じ、橋本さんの近況を説明した。昨年4月に肝臓がんが判明。治療の結果、体調は回復したが肝硬変となり、年明けから入退院を繰り返した。死去の前日には妻や親族らと楽しいひと時を過ごしたという。人柄について「頑固で偏屈な昭和のオヤジです。でもとても話が上手で面白い。その温かい人柄もあって友人に恵まれた人生でした」としのんだ。

 橋本さんは父親が児童文学者(童謡「ことりのうた」を作詞の与田準一さん)だった影響もあって小説家を目指していたが、青学大在学中に作曲家すぎやまこういちさんと知り合い、独学で作詞を始めた。

 1966年(昭41)に藤浩一らが歌った「黄色いレモン」以降は青学高・大学の1年後輩だった作曲家筒美京平さんとのコンビでヒット曲を連発。いしだあゆみ「ブルー・ライト-」のほか、野口五郎「青いリンゴ」、郷ひろみ「あなたがいたから僕がいた」、小泉今日子「半分少女」などを世に送り出した。

 グループサウンズの代表的作家としても知られ、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトウ」は67年の日本レコード大賞に輝いた。

 時代に寄りそうヒットメーカーとして走り続け、アイドルソングからアニメ主題歌まで幅広いジャンルの約2000曲を作った。」ここより)

橋本淳については昨年「ラジオ深夜便で、作詞家 橋本淳の話を聞く」(ここ)という記事を書いた。
まさに学生時代を思い出す人の数々。

だんだんと、良く知った名前の方の訃報を聞く。

生老病死。仕方が無いことではあるが、まさに生涯現役を張った菅原洋一の「愛のフィナーレ」ではある。

★当blogを始めてちょうど20年になった!なんと!!!

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2026年5月30日 (土)

アガサ・クリスティーに凝り出した

このところ、アガサ・クリスティーに凝り出している。
発端は、NHKのBS4Kで「そして誰もいなくなった」というドラマを見たこと(2026/05/11~25放送)。
恥ずかしながら、自分はアガサ・クリスティーを読んだことは無い。しかし「そして誰もいなくなった」とか「オリエント急行殺人事件」とか「ナイルに死す」なんていう名前だけは知っていた。たぶん映画などの題を目にしていたのだと思う。

2年ほど前、「松本清張のお墓に行く」という記事を書いたが、そのときコメントで、KeiichiKodaさんからアガサ・クリスティーの事を聞いた(ここ)。
KeiichiKodaさんが、アメリカ滞在中にアガサ・クリスティーを原書で60~70冊読んだと聞き、さすがにこの作家に興味が湧いた。
それでそのときに「そして誰もいなくなった」「オリエント急行殺人事件」「ABC殺人事件」という3冊を買ったのだが、つい後回しになって、本棚に眠っていた。
それを今回のドラマを見て、原本を読む気になったというワケ。

実は、そもそも自分は海外の作品が苦手。とにかく名前がカタカナで長い。誰が誰だかワケが分からなくなってしまう。それでずっと敬遠していた。
思えば、高校時代に「ジャン・クリストフ」や「魅せられたる魂」「ジェイン・エア」などを読んだことがあり、今も記念に取ってある。それ以来、読んだことは無いのでは?

昔チャレンジした吉川英治の「三国志」も同じ。あまりに登場人物が多いので、挫折!
しかし、今は時代が違う。Netでググると、映画の人物相関図などが出てくる。wikiにも登場人物の解説が詳しい。
映画やドラマを先に見て、写真付きの人物相関図をそばにおいておくと、自分でも付いて行ける。
それで最近凝り出した。ということ。

アガサ・クリスティーの人気作品をググってみると、やはり「そして誰もいなくなった」が断トツ。それで自分も人気順に片付けることにした。
260530soshitedaremo まずはBBCのドラマ。ついでにAmazonで1945年の古い映画も見た。そして本を読んだ。それぞれスジが少し違うが、まあこんなものだろう。
感想は、なるほど!!

そして2冊目として「オリエント急行殺人事件」を読んでいる。
これは前に映画を見た。改めて見てみたいが、残念なことに録画を消したようで、レコーダーに残っていなかった。しかし、Amazonで見られるので、それで復習しながら、読んでいる。
これもNetに人物相関図があるので、有り難い。(写真はここなどから借用)

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アガサ・クリスティーは、長編小説は66作品、短編は153作品とか。さすがにこれらを全部読むわけにはいかない。
とりあえず5冊買ってみたが、それ以降はまた考えることにしよう。

それにしても、NHKでアガサ・クリスティーはたくさん放送されている。
「名探偵ポワロ」や「ジョーン・ヒクソンのアガサ・クリスティー ミス・マープル」など、今後6月1日に放送される「アガサ・クリスティー 殺人は容易だ」などの単発モノ以外に、連続モノの放送もあるようだ。
もちろんこれらは、過去に放送されたものの再放送。当時は全く興味が無かったが、今回は連続して録画している。
ある程度溜まったら、一気に見よう・・・

ひょんな事で、ハマり始まったアガサ・クリスティーではある。

(関連記事)
松本清張のお墓に行く 

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2026年4月30日 (木)

82歳小椋佳の話「小椋佳的生き方」

NHKラジオ深夜便で、「明日へのことば「小椋佳的生き方」シンガーソングライター 小椋佳」(2026/04/30放送)を聞いた。
引退とか生前葬とか言いながら、相変わらずの小椋佳”節”で楽しかった。

<NHKラジオ深夜便「小椋佳的生き方」小椋佳」>82歳(2026/04/30放送)

小椋佳の事は当サイトに何度も書いているが、その歴史を振り返ってみると、最初に書いたのが「「小椋佳」との出会いと別れ」(ここ)という記事。
2006年7月 1日なので、もう20年も前だ。ここにも書いたが、「彷徨」というレコードを買ったのが1974年8月29日。
自分にとっては歴史的な日?
以来聞き続けているが、御年82歳だという。
色々な病気に見舞われながらも、何とか現役を保っている。数日前のNHKのTVでも歌っていた。
しかし、上の話の通り、体に悪い物の中毒で、タバコやコーラは、もう死んでも止めないらしい。
まあ、ここまで来ると悟りの境地?

指揮者などの音楽家は、長生きの人が多いという。理由は好きなことが仕事だから?
しかし歌手は声という肉体を使うので、そうはいかない。
何度も書いているが、歌手は誰も若いときの方が声が良い。
自分の好きな歌手、例えばさだまさしとか井上陽水とか、最近のTVやCDで聞くときの声に比べて、若いときの録音の声の良いのにハッとする。
残念ながらこの小椋佳も同じ。しかし、完全に引退してしまって、姿を見せないことに比べると、いくら若いときのような声が出なくても、例え歯がボロボロでも、その姿をTVなどで見ると、元気が貰えるのは有り難い。

前に、小椋佳の日経の「私の履歴書」について、(ここ)に書いた。
この小椋佳の人生日記の全文が本になっていないのは残念。
それにしても、素人にして、2000曲あまりの歌を作り、他の歌手や社歌などに提供したのが300曲あまりだという。そんな小椋佳の「話声」も録っておきたい。
そんな意味で、NHKラジオ深夜便で放送されて、自分が持っている音源を下記に挙げておく。

<【謎解きうたことば】「小椋佳・前編」金田一秀穂>74歳(2018年8月25日放送/2026年4月9日再放送)


<【謎解きうたことば】「小椋佳・後編】金田一秀穂>74歳(2018年8月16日放送/2026年4月10日再放送)

前に(ここ)で挙げてあるが、もう一度下記に挙げる。

<NHKラジオ深夜便「歌手引退・もういいかい 小椋佳」>77歳(2021/08/19放送)

体がボロボロでも歌い続ける小椋佳。
80代と言わず、90歳になってもこんな楽しい対談をまた聞けることを祈りたいものだ。

●メモ:カウント~1480万

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2026年4月23日 (木)

エアコンを「価格コム」と「くらしのマーケット」で取り替えた話

夏を前に、居間のエアコンを、我が家の定番の「価格コム」と「くらしのマーケット」で取り替えてしまった。

昨年の8月頃だったか、ある友人から「東京ゼロエミッション」という都の支援で、65歳以上だったので8万円安くエアコンを買えたという話を聞いた。
それを聞いて、オレも!!と盛り上がったが、適用可能機種が14畳までしか製品が無いとのことで、居間のエアコンの更新はあきらめた。他の部屋はまだ5~6年。

先日、久しぶりに自室で冷房にしたら、止めた後の乾燥のための送風で、部屋が臭う。どうやらエアコン内部の黒カビが原因らしい。
懐中電灯でエアコン内部を覗くとやはり黒カビ。

以前、エアコンのクリーニングを頼んだことがある(ここ)。
その時、洗ったあとの水のどす黒いのにビックリした。今回も頼むしかないか・・・。
それとも、都の8万円補助を使って新しくしてしまう??

結局、居間の18畳タイプは8年以上になるので新品に交換。他の2部屋はクリーニング、とした。
Img_8115 まず2台のクリーニングだが、いつものように「くらしのマーケット」(ここ)。
「エアコンクリーニング」「壁掛けタイプ」「八王子」「計2台」「お掃除機能付きは1台」「消臭抗菌コート2台」と入れていくと、こんな順位が現れる(ここ)。

上から順に比較のリストを作ってみると、「抗菌コート」の費用の影響で、25千円が最も安かった。「抗菌コート」がどの位の効果があるかは分からないが、まあ入れてみた。
希望日を選択して予約リクエスト。するとメーッセージで業者から色々言ってくるので相談。特に現場写真の送付は必要。
Img_81131 予約が出来たのは、5月連休があるせいか3週間も先。でもお掃除機能付き1台と無しの計2台の抗菌コート付で、クリーニング代は25千円。

次に18畳タイプの更新だが、メーカーはPana一択。理由は(ここ)に書いたように、自分は匂いに敏感なためサーモオフ時に送風を止める機能があるため。
Panaのエアコンのカタログを見ると、全7シリーズの中で、お掃除機能が付いていないのはスタンダードモデルの1種類だけ。
そもそもエアコンは冷暖房の単純な機能だが、メーカーは色々な機能を付け加えて全体を高価な製品にしているらしい。
我が家もPanaの最高級品を買ってみたが、何とも複雑で、利用していない。まあ、掃除だけは勝手にやっているようだが・・・
Img_0356 それで価格コムで見るとお掃除機能無しは「CS-566DJR2-W」というモデル1択。しかし価格が136,982円と数日前に下がっていた。
新しいこれにするか?と買い物ついでに量販店に行ってみると、同じ製品が税込で173,800円とある。標準工事費は24,750円。
何と価格コムの方が21%安い。Pana製品はメーカー指定価格で値下げはしないと思っていたが、そうでもないらしい。
結局最終的に選んだのは、2025年モデルの型落ち品だが「CS-565DEX2-W」という製品。
カタログを見ると上から2番目のグレード。お掃除機能も付いているが、1年前の製品だけあって安い。価格コムでは119,670円だが、同じく量販店では2026年モデルが223,850円。1年前の製品でも性能はほぼ同じ。でも価格は半額。
まあ色々な機能があるが、まいいか・・・

取り付けは、やはり「くらしのマーケット」。同じく「エアコン取り付け」「八王子」と入れていくと、リストが表示される。その中で既設の取り外し、及び回収費がゼロという店を見付けたので、そこに発注した。取り付け費17000円+5KW以上6000円で23000円なり。工事費も量販店より3割安い。

そもそもエアコンの取り付けは、個人営業の人で充分。量販店も、自社で工事をするわけではなく、個人事業者などに頼んでいるのでは?
今まで何度も頼んでいるが、問題になる事は無かった。

かくして、エアコンはPanaを選ぶ限り定価、と思っていたが、結果的に我が家の定番の「価格コム」+「くらしのマーケット」で済んでしまった。
このトシになって、いつまでも安さを追うつもりもないが、「ムダはきらい」のポリシーで見直した今年のエアコン騒動ではある。

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蛇足だが、ウチはダイキンのエアコンは絶対に買わない!
我が家の前の家のエアコンの室外機が、庭に向かって設置してあるが、落ち葉を巻き込んでバタバタとうるさくて困る。
Img_80681 Img_80731
今の落ち葉が少ない時期でも周囲の落ち葉が入り込む。
年末の落ち葉の季節は、前の家の裏側なので、気が付かないため、何度も頼んで取ってもらったが、キリが無い。
我が家で今まで使っていた東芝製、三菱製、Pana製では落ち葉が室外機に入り込むことは無かったので、何らかのダイキンの設計上の問題では?とも思う。
そのことをダイキンに問い合わせたら、「調査に行っても良いが、費用がかかるかも」と鼻であしらわれた。

(関連記事)
臭いのため、専門業者にエアコンの洗浄を頼んだ話 
エアコンの「冷房」⇒「送風」時の臭い~各社の設計思想の違い 

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2026年4月15日 (水)

太宰治を読む

高校生以来だろうか、太宰治を読んだ。いつもの「全部」では無いが、何冊かの文庫本を・・・

きっかけは司馬遼太郎のこんな言葉。
「司馬遼太郎全講演(3)」という文庫本の「東北の巨人たち」という項で、講演の最後にこんな言葉を残した。

「・・・
 東北外の人間として、私がずっと感じてきたことを聞いていただいているわけですが、最後に津軽に生まれた太宰治の話をいたします。
 私の家内が太宰治の大ファンでありまして、大学の卒業論文も太宰治でした。そのとき、主任の先生が「こういうふしだらな人を卒業論文にするもんじゃない」といわれたそうです。
 昭和二十三年に太宰治が死んだとき、私はなりたての新聞記者でした。太宰治という字が読めなくて、「ダザイジ」と読んでいたぐらいで、それほど無知でした。太宰治の小説を読むようになったのは、五十歳なかばからです。以来、全集を五、六回読んでいます。
 得た結論は、彼は破滅型でも自堕落でもないということでした。太宰治の精神、文学が持っているたった一つの長所を挙げよといわれれば、聖なるものへのあこがれという一語に尽きるわけです。
 あの人は『聖書』が好きでした。クリスチャンではありません。ただ座右の書として置いていた。素朴に清らかなものとしてとらえていた。『聖書』の文体が好きでした。よく引用した。そこからなにか着想して短編を書いたりしています。破滅的な作品でさえ、破滅していく主人公の心には、実に聖なるものへのあこがれが表れています。
 太宰文学は破滅型で、「人間失格』が太宰の人生だというのは、先入観です。先入観では、太宰治を理解することはできません。
 東北を一つの僻地として見る見方が伝統的にあります。世間にも、東北人自身にもあります。これが先入観だと思うのです。
 これを見直す時代がきましたね。東北をもっと掘り下げるべきです。東北をその独自性から見直す。世界史的な大きな目をもち、東北の人文の伝統を見直すべきなのです。
 それをまず、東北人自身がやらなければなりませんよ。私は今日、東北の偉大な人々の名前を挙げました。彼らに負けない、大きな思想家が出てくれないかと思っているからです。ここにお集まりの方々から、新しい新しい東北論を書いてくださる方が出るのを、私は楽しみにしております。」
1987年9月25日 仙台市民会館 仙台市市民文化事業団第一回文化講演会

「太宰治という字が読めなくて、「ダザイジ」と読んでいたぐらいで、それほど無知でした。」というくだりが愉快だった。
誰も「走れメロス」や「富岳百景」は教科書で知っている。特に高校時代は先生に勧められて、たくさんの太宰作品を読んだもの。

上の言葉に励まされて?太宰治を復習する気になった。
8冊ほど文庫本を手に入れて読んでみた。有名作品はどれも2度目。しかし初めて読む短編作品も多い。
相変わらず、太宰は自分の体験をもとに小説化した作品が多い。特に自死に向かう姿の作品は、どれも暗い。それに破滅に向かう体験談がリアリティに富むように見えるので、登城する当事者にとってはあまり愉快では無いのかも・・・と心配してしまう。

260415kirigirisu 短編小説の「きりぎりす」の中にこんな部分がある。
「・・・故郷の者は、ひとりも私の作品を読まぬ。読むとしても、主人公の醜態を行っている描写の箇所だけを、憫笑を以て拾い上げて、大いに呆れて人に語り、郷里の恥として、罵倒、嘲笑しているくらいのところであろう。四年まえ、東京で長兄とちょっと逢った時にも長兄は、おまえの本を親戚の者たちへ送ることだけは止せ。おれだって読みたくない。親戚の者たちは、おまえの本を読んで、どんなことを、と言いかけ、ふっと口を噤んで顔を伏せたきりだったけれど、私には、すべての情勢が、ありありと判った。もう死ぬまで一冊も、郷里の者へ、本を送らぬつもりである。・・・」

もちろんこれは小説の一コマではあるが、どうも実際の光景を書いたもののような気がする。

最後に読んだ「水仙」「日の出前」は、いつもの太宰の雰囲気ではなく、まさに小説・小説していて面白かった。特に改めて読んだ「日の出前」は、当時実際にあった「日大生殺し事件」をヒントに書いたという。(ここ
自分には、破滅小説より、こんなドラマチックな小説の方が面白かった。

さてさて、自分の「全部読むぞ」作戦も、最近はバカバカしくなって「全部」は止めたが、4月からNHKで再放送が始まった大河ドラマの「太平記」の原作の吉川英治の「私本太平記」や「新・平家物語」に今後チャレンジの予定。またこれらは実家の親父の本棚にもあった本。
「積ん読」が趣味だった親父が実際に全編読んだのかどうかは分からないが、たまには死んだ親父と同じフィールド(吉川英治)で顔を合わせるのもオツかもね。

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2026年3月30日 (月)

NHKラジオ第2の廃止

昨夜(2026/03/29)とうとうNHKラジオ第2が停波された。
記事に曰く。

NHK「ラジオ第2放送」が29日終了。95年の歴史に幕
NHKは、2026年度の番組改定に合わせ、3波体制のラジオ放送を再編。3月30日からは、ラジオ第1放送を「NHK AM」、FM放送を「NHK FM」と名称を変更して放送する(周波数は変わらない)。1931年から続けてきたラジオ第2放送は29日で閉局。95年の歴史に幕を下ろす。
250330nhk 30日からのNHK AMは、「暮らしと、ご一緒に」をテーマに、ニュースや役立つ生活情報を放送。「安全・安心を担う音声基幹波として、命と暮らしを守る情報をいち早く届け、ニュースや生活情報など多様なジャンルの番組を提供」する。
また、NHK FMは「毎日の生活に、彩りを」をテーマに、音楽や学習番組を中心に放送。「高音質な音楽・芸能や学びの機会を届ける音声波として、リスナーの興味・関心に深く応える音楽番組や語学番組・高校講座など多様な学びに役立つ教育番組を提供」する。
なお、ラジオ第2で放送されてきた番組は、NHK AMやNHK FMへ引っ越し、もしくは終了する。
NHKのラジオ音声と番組情報をインターネットで提供する「らじる★らじる」は、3月30日からは「NHK ONE らじる★らじる」に名称を変更。変わるのは名称のみで、サービス内容は変わらず、NHK ONEへのログインも必要ない。」ここより)

記念に録った最後の放送がこれ(らじるらじる より)

<NHKラジオ第2の最終放送(2026/03/29 24時00分)

そして翌朝(2026/03/30)の最初の放送がこれ。

<NHKラジオ第2の案内放送(2026/03/30 05時55分)

らじるらじるでは、上の放送を最後に完全停止されたが、AM放送ではしばらく、移行先の案内の放送をするらしい。

NHKのラジオは、(ここ)によると1925年(大正14)3月に放送開始。1931年(昭和6)4月ラジオ第2放送開始だという。
95年続いた放送が終わった!

自分が最近ラジオ第2を良く聞くようになったのは、2010年10月の頃だったらしい。検索したら「「NHKラジオ第2」を聞き始める・・」(2010/10/28ここ) という記事があった。
以来15年半、まあお世話になった!

子どもの頃の思い出をたどると、中学の時、クラシック音楽に目覚めた?とき、ラジオ第2でよく聞いた。その時の話は「ヴォルフ=フェラーリの「マドンナの宝石」と、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲」(ここ)という記事で書いた。何と20年近く前の記事だ。

そして思い出すのが、ラジオ第1と第2でのステレオの実験放送。Netでググると「立体音楽堂」という番組で1954~1965年度に放送されていたという。
「立体音楽堂
ラジオ第1と第2で同時放送し、これを2台の受信機(ラジオ)で聞くことでステレオ効果が得られるという番組。1952年12月20日に『土曜コンサート』で初めて“立体放送”を実施。1954年11月13日に世界初の立体放送による定時番組としてスタートし、大きな反響を呼んだ。初年度は第1・2(土)午後0時30分からの30分番組。1965年度にFM独自の番組として(日)午後9時からの1時間番組となる。」ここより)

自分が中学2年生の頃だったので、1961年。ちょうど話が合う。
誰も居ない昼間。親父の部屋からそうっとラジオを持ち出して、子ども部屋にあった古いラジオの隣に置いて、聞いてみた。いい加減な置き方だったが、そのステレオ感に感激した記憶がある。
以来、右耳が壊れるまでの6年前まで(ここ)の60年間の、ステレオに凝った人生だった。

それにしても、ラジオ再編の案内を聞いていると、放送波は減っても番組内容は変わらない。といったニュアンスに聞こえるが、どうしてどうして、25年度からカルチャーラジオの内容は減ったし、大幅な見直しが既にされている。
時代の流れとはいえ、BSも減りラジオも減る。

振り返ってみると、自分のスタンスも「NHKしか見ない」から今は「NHKニュースは見ない」に変わった。
NHKに対する自分の評価は10年前の籾井勝人会長の頃から変わったようだ(ここ)。

たかがNHK、されどNHK・・・ではある。

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2026年3月 2日 (月)

鈴木一平の「水鏡」

我が人生で貯め込んだ1万数千の音源を、たまにランダムに、夜ベッドに入ってから聞く。
すると、たまに耳に引っ掛かる歌に巡り会う。つまり、その音源を録音した当時はそれほどでも無かったが、今聞くと妙に心に引っ掛かる、という歌だ。

先日引っ掛かったのが鈴木一平の「水鏡」という歌。
タイトルの「水鏡」という言葉が、何とも品があってキレイ。

260302mizukagami もちろん自分は鈴木一平などという歌手は知らない。
それが、先日何気なく見ていたTVに、今の姿で出て来てこの歌を歌っていたのだ。
番組はBS4Kの「歌える!青春のベストソング~今宵BAR昭和で~#10」(2026/02/27放送ここ)という番組。
ググると、この歌は1980年(昭和55年)の歌で、作者の鈴木一平さんは、以来ずっと活動をされているという。
先ずは1980年発売のオリジナル。

<鈴木一平の「水鏡」>

「水鏡」
  作詞・作曲:鈴木一平

一生一度きりの別れならばいいものを
人は幾度となく 悲しみを繰り返す
手さぐりの中でふと抱かれるような
甘い思い出は通りすぎてゆく
振り返ることなく 明日だけをみつめながら
いつか来た道と気付かずに歩いた
そこは幸せと不幸の別れ道
悲しみおぼえた 出逢い道
 私だけの貴方にはなってくれるはずがない
 心のぬくもりも今は
 わすれてみるわ わすれてみよう
 揺れる二人の 夢もよう

水に浮かぶ枯葉に目を向けると
丁度今の私 同じようにみえた
風に打たれ雨に打たれ たどる道は
苦しみおぼえた迷い道
はかない恋の ほろにがさを知って
強がりはよせよと口ずさんでみます
あふれる涙はとめどなく流れて
とまどう私は 闇の中
 私だけの貴方にはなってくれるはずがない
 心のぬくもりも今は
 わすれてみるわ わすれてみよう
 揺れる二人の 夢もよう

それから45年後の今、74歳の「すずき一平」(芸名を変えたらしい)さんの歌。

<すずき一平の「水鏡」>

最近、特に昭和の歌の番組を見掛ける。上の番組でも、何と本田路津子が53年ぶりだという「秋でもないのに」を歌っていた。

前にも書いたが、往年の名歌手でも、ボイストレーニングを続けていないと声質は無残になる。
前に現役復帰した森昌子が、復帰に際し、昔の声を取り戻すべくボイストレーニングに大変な苦労をしたという話を聞いたことがあった。
自分的に言うと、自分の若い頃に聞いていた歌手で、立派に現役を張っているのは、布施明と森山良子くらい・・・
森山良子も、毎日専門のトレーナーによるボイストレーニングで声を保っているという。
その点、現役の歌手の歌は安心して聞ける。
オマケに、ジェロの同じ歌を。

<ジェロの「水鏡」>

昭和の歌謡曲全盛の時のTV画面を見るのは懐かしい。しかし、やはり幾ら往年の名歌手でも、半世紀経った自分と同じ今の老人の歌声は頂けない。昔の好印象を壊すだけ。

ひょんな事でTVで見掛けた今の「水鏡」ではあるが、やはり昔の音源がいいな・・・と浸っている自分である。

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2026年2月23日 (月)

茨木のり子の「花の名」

NHKラジオ第2の「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史 茨木のり子」を聞いた。
詩人・茨木のり子については、前に「詩人・茨木のり子の遺した愛のかたみ」(ここ)という記事を書いた。もう13年も前の事である。
当時、この詩人に興味を持ち、何冊か読んだことがあった。
今回は、(自分の好きな)山根基世アナとの対談が再放送された。
2004年3月13日「土曜ホットタイム 素敵なあなた 生きるということ」という番組で、茨木のり子が77歳の時の対談だという。(茨木さんはこの2年後に没している)

<保阪正康が語る昭和人物史 茨木のり子①>(2026/02/01放送)

<保阪正康が語る昭和人物史 茨木のり子②>(2026/02/08放送)

この放送の中で、色々な詩が紹介されており、13年前に書いた記事(ここ)に挙げていたものもあった。
そして今回、「花の名」という詩を初めて聞いた。

『花の名』茨木のり子
 「浜松はとても進歩的ですよ」/「と申しますと」/「全裸になっちまうんです 浜松のストリップ そりゃあ進歩的です」/なるほどそういう使い方もあるわけか 進歩的!/登山坊の男はひどく陽気だった/千住に住む甥ッ子が女と同棲しちまって/しかたないから結婚式をあげてやりにゆくという/「あなたは先生ですか?/「いいえ」/「じゃ絵描きさん?」/「いいえ/以前 女探偵かって言われたこともあります/やはり汽車のなかで」/「はっはっは」/わたしは告別式の帰り/父の骨を柳の箸でつまんできて/はかなさが十一月の風のようです/黙って行きたいのです/「今日は戦時中のように混みますね/お花見どきだから あなた何年生れ?/へええ じゃ僕とおない年だ こりゃ愉快!/ラバウルの生き残りですよ 僕 まったくひどいもんだった/さらばラバウルよって唄 知ってる?/いい唄だったなあ」/かつてのますらお・ますらめも/だいぶくたびれたものだと/お互いふっと目を据える/吉凶あいむかい賑やかに東海道をのぼるより/仕方がなさそうな/「娯楽のためにも殺気だつんだからな/でもごらんなさい 桜の花がまっさかりだ/海の色といいなあ/僕 いろいろ花の名前を覚えたいと思ってンすよ/あなた知りませんか? ううんとね/大きな白い花がいちめんに咲いてて……」/「いい匂いがして 今ごろ咲く花?」/「そう とても豪華な感じのする」/「印度の花のようでしょう」/「そう そう」/「泰山木じゃないかしら?」/「ははァ 泰山木 ……僕長い間/知りたがってたんだ どんな字を書くんです?/なるほど メモしとこう」/

 女のひとが花の名前を沢山知っているのなんか
 とてもいいものだよ 
 父の古い言葉がゆっくりよぎる
 物心ついてからどれほど怖れてきただろう
 死別の日を
 歳月はあなたとの別れの準備のために
 おおかた費やされてきたように思われる
 いい男だったわ お父さん
 娘が捧げる一輪の花
 生きているとき言いたくて
 言えなかった言葉です
 棺のまわりに誰も居なくなったとき
 私はそっと近づいて父の顔に頬をよせた
 氷ともちがう陶器ともちがう
 ふしぎなつめたさ
 菜の花のまんなかの火葬場から
 ビスケットを焼くような黒い煙がひとすじ昇る
 ふるさとの海べの町はへんに明るく
 すべてを童話にみせてしまう

鱶に足を喰いちぎられたとか/農機具に手をまき込まれたとか/耳に虻が入って泣きわめくちび 交通事故/自殺未遂 腸捻転 破傷風 麻薬泥棒/田舎の外科医だったあなたは/他人に襲いかかる死神を力まかせにぐいぐい/のけぞらせ つきとばす/昼も夜もない精悍な獅子でした/まったく突然の/少しの苦しみもない安らかな死は/だから何者からかの御褒美ではなかったかしら/「今日はお日柄もよろしく……仲人なんて/照れるなあ あれ! 僕のモーニングの上に/どんどん荷物が ま いいや しかし/東京に住もうとは思わないなあ/ありゃ人間の住むとこじゃない/田舎じゃ誠意をもってつきあえば友達は/ジャカスカ出来るしねえ 僕は材木屋です/子供は三人 あなたは?」/父の葬儀に鳥や獣はこなかったけれど/花びら散りかかる小型の涅槃図/白痴のすーやんがやってきて廻らぬ舌で/かきくどく/誰も相手にしないすーやんを/父はやさしく診てあげた/私の頬をしたたか濡らす熱い塩化ナトリウムのしたたり/農夫 下駄屋 おもちゃ屋 八百屋/漁師 うどんや 瓦屋 小使い/好きだった名もないひとびとに囲まれて/ひとすじの煙となった野辺おくり/棺を覆うて始めてわかる/味噌くさくはなかったから上味噌であった仏教徒/吉良(きら)のチエホフよ/さようなら/「旅は道づれというけれど いやあお蔭さんで/楽しかったな 、じゃ お達者でね」/東京駅のプラットフォームに登山帽がまったく/紛れてしまったとき あ と叫ぶ/

 あの人が指したのは辛夷(こぶし)の花ではなかったかしら
 そうだ泰山木は六月の花
 ああ なんといううわのそら
 娘の頃に父はしきりにそう言ったものだ
 「お前は馬鹿だ」
 「お前は抜けている」
 「お前は途方もない馬鹿だ」
 リバガアゼでも詰め込むようにせっせと
 世の中に出てみたら左程の馬鹿でもないことが
 かなりはっきりしたけれど
 あれは何を怖れていたのですか 父上よ
 それにしても今日はほんとに一寸 馬鹿

 かの登山帽の戦中派
 花の名前の誤りを
 何時 何処で どんな顔して
 気付いてくれることだろう

この詩を聞いて、まず思い出したのが、中島みゆきの「雪」という歌(ここ)。
どちらも亡くなった父への追慕。

ひるがえって、我が父はどうか?
最近、朝起きてカミさんに「また親父やお袋の夢を見たよ」と言うと、「お父さんもお母さんも本当に良い人だったよね」と言う。
親父もお袋も、やっと来てくれた嫁さんに、最大限の心遣いをしていたのだろう、と思う。しかし自分は兄貴のように跡取りでもなく、弟のように可愛いチビちゃんでもなく、あぶれ者の次男の自分から見ると、いつも親父は敵。
上の詩で「お前は馬鹿だ」「お前は抜けている」「お前は途方もない馬鹿だ」という言葉が出てくるが、まさに自分も同じ。
だから、親父の死の1年前に、自分が*長になったと知ったときは、さすがに喜んでくれたらしい。あぶれ者の自分が「左程の馬鹿でもない?」ことが分かった??? 自分の親父に対する人生で唯一の親孝行だった。

つい色々な事を思い出してしまうのも、人生の終盤戦を迎えたせいかも?

さて、もう一つ、「汲む」という詩も紹介されていた。

『汲む Y・Yに』茨木のり子
大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃

立ち居振る舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背伸びを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです

この放送の中でも言っていたが、このY.Yさんというのは、山本安英さんという新劇の女優さんで、木下順二作の戯曲『夕鶴』のヒロイン・つう役を1000回以上にわたって演じたことで有名な方。

こんな詩を読むと、やはり「品(ひん)」という言葉を思い浮かべる。
当サイトにも何度か書いているが、自分も人生やはり「品」を持って終えたいと思うこの頃ではある。

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