映画「時には懺悔を」を観た
映画「時には懺悔を」を観た。これがなかなか良かった。
映画館に行ったのは2023年の「ゴジラ-1.0」以来3年ぶりのこと。
先日、近くに出来た「イオン八王子滝山」に行ってみたが(ここ)、もう映画以外では行かないな、との場所だったが、その時にカミさんがもらったチラシを見て、「時には懺悔を」(ここ)を見たい。8月28日の封切りが待ち遠しいと言う。
まあ、1度くらいは・・・とのことで、今日見に行ってきた。案の定、ガラガラで観客は10人だった。
それが、なかなかの作品だった。しかしテーマが重い。
チラシの「STORY」にはこうある。
「STORY
探偵が一人、殺された。
「死んだほうがマシな人間」と呼ばれた男・米本(佐藤二朗)。
調査することになったのは、元同僚の一匹狼・佐竹(西島秀俊)と、助手で修業中の聡子(満島ひかり)。調べを進めるうちに、二人は9年前に起こった誘拐事件にたどり着く-。殺された米本が死の間際に調査していたのは、9年前に失踪し今は父親の明野(宮藤官九郎)と二人で暮らす、重い障がいのある少年・新(しんすけ)。過去に傷つき、誰かを傷つけ、孤独に彷徨う大人たちが出会った「新」という小さな命。
家族から目を背けた男、娘に捨てられた女、子を生きる糧にした男、産んだ子を愛せなかった女。「生きているのが奇跡」と言われたそのひとつの小さな命が、逃げ場のない現実にもがき苦しむ大人たちの心を動かしていく。」
とにかくテーマが重い。
パンフレットの「INTRODUCTION」にはこんな解説。
「物語は、一人の探偵が殺された事件から始まる。その真相を探る中でたどり着いたのは、9年前の誘拐事件で連れ去られた、重い障がいのある少年・新。過去に傷つき、絶望の淵に生きる大人たちが、今を必死に生きる一筋の小さな命に触れたとき、凍りついた大人たちの心がかつてないほど激しく揺れ動くー。「生きているのが育跡」と言われた小さな命を巡り、本作は、障がい、介護、孤独といった現代の深淵を見つめながらも、そこに溢れる「惜しみない愛」と「生きる希望」を描き出す。
親であること。親になること。目を背けたいもの。目を逸らしてはならないもの。
人は間違える。狙した罪は消えない。それでも、どんな命にも、生まれてきた喜びがあると信じたい。あなたは一人ではない。そんな祈りにも似た想いに、この映画は耳を傾ける。」
二分脊椎症と水頭症という障がいを持って生まれた子ども、それを24時間介護で支える母親。現実から目をそむける夫。
そして誘拐されても、追おうとしない母親の現実。しかしその命が大人たちの心を揺さぶっていく。
何よりもこの映画は「スペシャルニーズ」と称する3人の実際の障害児が俳優として登場するのが珍しい。障害児が画像に現れるのは、TVドキュメンタリーがせいぜいで、映画ではあまり見たことが無い。
それだけにリアル。
チラシで「あなたが、人生で出会ったことがない映画」と謳うが、なるほどと思う。
そして劇中のセリフ「この子は生まれてこないほうが幸せでした」と親や周囲は思う。
それが現実。
原作の小説「時には懺悔を」の作者・打海文三は執筆した経緯について「二分脊椎症と水頭症を抱えて生まれた打海の次男について、小説にすることをその編集者が提案し、「妻が嫌だと言わなければ」という条件つきで打海が応じたのだという。編集者は、病院で「それほど長くは生きられないだろう」といわれた次男の生きようとする力、両親の介護の苦労などを打海の自宅で目の当たりにして「小説にしなければと考えた」としている。」(ここより)
それと出演している俳優陣が素晴らしい。
主役の西島秀俊や満島ひかりはもちろん、主役を演じられる名俳優が集結して出来た映画。
ひょんな事でみた映画だが、なかなかのものだった。
合わせて、自分の人世を振り返り、あまり困難を抱えることもなく、これまで過ごせたのは、ラッキー以外の何物でも無いこと、と思った。
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