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2019年9月28日 (土)

「ありそで、ないもの」番付~半藤さんが骨折!?

先日、朝日新聞の土曜版でこんな記事を見付けた。

(歴史探偵おぼえ書き)相撲改革、四本柱の思い出 半藤一利
 大相撲九月場所も二十二日が目出たく千秋楽。寄る年波で東京場所になっても見物に行かなくなったが、その昔はこれでも大の字のつく相撲ファンであったのである。
190928sumouhashira  それで、戦前の、子供のころ両国国技館へいって、双葉山、玉錦時代の大相撲をみた記憶では――と、少々得意になって書くのである。土俵の四隅には、黒、青、赤、白の布の巻かれた四本柱が立っていて、それらが神明造りの大屋根をガッシリとささえていた。この土俵風景を、その目で見た人は少なくなったであろう。
 それが、戦後も一九五〇年代に国技館に久しぶりに出かけたときには、もう四本柱はとっぱらわれていたではないか。かわりに黒、青、赤、白の房が、天井からつるされた屋根の四隅にぶら下がっていた。初めてこの四本柱なき土俵を眺めたとき、何となく威厳に欠ける気が大いにした。が、しばらく取組を楽しんでいるうちに、なるほど、このほうが見やすいわい、とあっさり合点してしまった。
 それで調べてみたのである。この思いきった改革(?)を英断したのが、武蔵川親方であると知った。昭和二十七年(一九五二)九月のこと。古いしきたりを守りたがる親方たちを説得しての、四本柱廃止であった。
「そのほうがお客に喜んでもらえるから」と。
 実は、そのウラにNHKのテレビ中継の話があったらしい。事実、テレビの放映開始は翌二十八年の夏場所からなのである。四本柱をとっぱらったことが大成功となったのはもちろんである。今はテレビ桟敷で老骨は大いに楽しませてもらっている。
 このように改良の容易でない相撲界で、とにかく綿々として保ちつづけられているものの一つに番付がある。諸説があるらしいが、今の形になったのは宝暦七年(一七五七)の十月場所。これが正しかろうと思っている。そして勝負の星取表ができたのは宝暦十一年十月場所。
 なんていかにも相撲通らしい書きっぷりはこれでやめるとして、話を脱線させる。この相撲番付に発して、この世にはさまざまな面白い番付がつくられている。「広告批評」の特集にあったコピーライター土屋耕一氏作るところの「ありそで、ないもの」番付。これがすこぶるおかしい。

〈東〉
・横綱 当りクジの予感
・大関 宇宙人の観光客
・関脇 象の血圧計
・小結 ミッキーマウスのヘッドホン

〈西〉
・横綱 埋蔵金のお告げ
・大関 ゴジラの化石
・関脇 蛇の身長計
・小結 魔法使いのおじいさん

 ページの関係で引用がほんの一部なのが残念である。」(2019/09/21付「朝日新聞」b4より)

「ありそで、ないもの」番付が何とも可笑しい。“ページの関係で引用がほんの一部”とあったので、いつものように、この出典元をNetでググってみたが、何もヒットしなかった。これ以上の情報(番付)は、半藤さんに聞かないと分からない。

実は土曜日のこの記事、最近知って読み出したもの。それで、毎週楽しみにしていたのだが、何と先日、半藤さんの筆が終わるというお知らせがあった。残念。

半年の予定だったのかな?と思っていたら、今日の最後の稿にこうあった。
(歴史探偵おぼえ書き)じゃあ、そんまそんま 半藤一利
 松尾芭蕉の高弟・宝井其角の句にこんなのがある。
 ・十五から酒をのみ出てけふの月
 すこぶる気に入っている句であるが、それにしても、酒をのみ出したのが十五歳とは!? ずいぶんと「遅かりし其角どの」といいたくなってくる。なぜなら、呑(の)んべえおやじの晩酌につき合わされ、私が万病の薬をのみ出したのは小学校一年生のとき。
「坊、お前も小学校に無事入学したのだからもう大丈夫。いっぱいつき合え」
 といわれ、コップいっぱいのビールをゴクゴクとやってみた。にがかったが、うまかった覚えがある。
「おお、いいのみっぷりだ。お前はきっと大物になるな」
 と、おやじはひとりで悦に入っていた。
 いらい八十有余年。もういっぺん酒仙ともいえる其角俳句をもちだせば、「酒を妻妻を妾(めかけ)の花見かな」といった調子で、盃の上に盃を重ねてオダをあげてきた。槍(やり)でも鉄砲でも持ってこい、女房なんて怖かあないや! と、阿呆(あほう)の限りをつくし、というほかはないわが生涯である。
 さて、ある夜、きれいな秋の月の光を浴びながら、年齢(とし)を忘れてかなり千鳥足もいいところで、シェークスピア『アントニーとクレオパトラ』第二幕、船の甲板上の宴会の場での歌

 バッカス、お前の酒樽(さかだる)に
 心配苦労はどんぶらこ
 頭にゃ葡萄(ぶどう)の房飾(ふさかざ)り
 飲め飲め世界の廻(まわ)るまで
 (坪内逍遥訳)

 を歌いながら歩いてくると、石にでもつまずいたのかすっ転んだ。いや字義どおりズデンドウというド派手な転びようであったようで、自分でもその瞬間のおのれの動きはわからない。
 結果は右足の大腿(だいたい)骨の骨折。股関節骨折でなくて不幸中の幸いであったといわれたが、重傷であることに変わりはない。あとは救急車で病院の整形外科へ運ばれて、全身麻酔の手術(前後二時間)の上で、ベッドにドデンと横たわるだけの身となった。医師には全治二カ月以上と知らされ、かなり愕然(がくぜん)とした。
 いまこれを書いているのはリハビリ病院の一室。ビッシリ余裕のないリハビリの猛鍛錬の合間をぬってのことで、とても週いっぺんのこの連載を続けるのは無理なことと観念した。まことに申し訳ないがこれにて打ち止めとし、あとを政治学者の原武史氏に託すこととする。
 この稿を俳句ではじめたので、終わりも小林一茶で。
 ・この所あちゃとそんまの国境(くにざかい)
「あちゃ」は信濃方言、「そんま」は越後言葉で、ともに“さよなら”の意である。しゃれた表現である。で、越後長岡にゆかりのある私は、
「じゃあ、そんまそんま」
 と最後の挨拶を送る。ご愛読ありがとうございました。」(2019/09/28付「朝日新聞」b4より)

どうやら連載終了の原因が、この骨折にあったらしい。残念だが、半藤さんも今年89歳になられる。この老齢での骨折はこたえるだろう。
そう言えば、今年七回忌を迎えるお袋は、骨が弱かった。結局、玄関先で敷居をまたぐときに転び、それが原因で最期は認知症のようになって亡くなった。
その前にも何度か骨折し、人工関節も入れた。その時の医師の言葉が、「ボルトを入れるときに、あまりにスッと入って困った。それだけ骨がスカスカになっている証拠」。
骨が弱いと、骨折⇒寝たきりになるのはよくあるコース。
一方、親父は脳出血であっと言う間に亡くなったが、お骨を拾うときに「立派なお骨ですね」と褒められた。骨壺にも入りきらなかった。

歳を取ると骨は大事と、改めて思った。半藤さんが、こんな事にめげずに、元気に甦ってくれることを祈りたい。
なお、朝日新聞デジタルに、(歴史探偵おぼえ書き)の過去の連載分が載っているので、後でゆっくりと読むことにしよう。


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コメント

「酒を妻妻を妾の花見かな」
朝日新聞で半藤一利のこの記事を読んだときには、其角の句の意味が良くわからなかった。
今回ネットでググってみて、いろいろな解釈があり、面白かった。中でも「酒を妻つまを妾の花見かな」と表記すると興味深い。其角は「妻妻」と詠んだのか「妻つま」と詠んだのでしょうかね。
 ところで、私も10歳のころには、親父の晩酌の時、オチョコ一杯飲んでいました。「遅かりし其角どの」は実感。

【エムズの片割れより】
俳句は門外漢ですが、奥が深いのですね。

投稿: 寄り道 | 2019年9月29日 (日) 11:18

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