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2019年6月の14件の記事

2019年6月28日 (金)

童謡「おなかのへるうた」

今日は、ちょっと変わった歌。童謡の「おなかのへるうた」である。

<森みゆきの童謡「おなかのへるうた」>

「おなかのへるうた」
  作詞:阪田寛夫
  作曲:大中恩

どうして おなかが へるのかな
けんかをすると へるのかな
なかよししてても へるもんな
かあちゃん かあちゃん
おなかと せなかが くっつくぞ

どうして おなかが へるのかな
おやつをたべないと へるのかな
いくらたべても へるもんな
かあちゃん かあちゃん
おなかと せなかが くっつくぞ

先日、こんな歌を聞いて、自分も素直に「どうして おなかが へるのかな」と思った。
誰が聞いても「そんなの当たり前。動物は生きるために食わないと」と言うだろう。
そう、当たり前。テレビのドキュメンタリー番組を見ても、野生の動物は常に食い物を探し、そのために生きている。いや、生きるためにエサを探し食っている。それは死と隣り合わせの行動。

人間はどうか?当然3食ただただ食っている。そもそも人間の内臓を思い浮かべると、心臓と肺を除くと、食うことのための臓器ばかり。他の動物も同じだろう。食うための気管と臓器ばかりが目立つ。
特に赤ちゃんや幼児は、食うことが仕事。そして食って大きくなることが仕事。だから上の歌のように、「いくらたべても へるもんな」で、ちょっと油断すると「おなかと せなかが くっつくぞ」とアラームを鳴らす。

人間、ショックなことがあると「砂を噛むような味」、つまりは何を食べても味が分からなくなる、と良く言われている。
しかし、それはウソらしい。やはり人間も動物。そんな事は無いらしい。

一方、近親者を亡くして嘆いている人も、「悲しいことに、お腹だけは減るんだ」という。
どんなに悲しくても、辛くても、腹は減る。そして食うと味がする。それが動物の性(さが)。悲しいことだが・・

●メモ:カウント~1220万

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2019年6月26日 (水)

ピアノによるワーグナーの「タンホイザー」序曲と「バッカナール」

この所、またまたヘンな音楽に凝っている。ヘンなと言うのは、クラシックの編曲版。
先日、昔あげた音楽を「MP3プレヤー」の関係で見直したが、その中で改めてピアノによるワーグナーの「タンホイザー」序曲の断片を聞いた(ここ)。
この音源は、雑誌「レコード芸術」(ここ)の付録のCDからだったが、改めて全曲を聞いてみたくなり、CDを手に入れた。それがこれ。

<ピアノによるワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲(pf:タール&グロートホイゼン)>

この演奏は、ワーグナー自身が編曲した4手、つまり連弾のための編曲である。

一方、2台のピアノによる編曲もある。同じタンホイザーから「バッカナール」を聞いてみよう。演奏は同じデュオ。

<ピアノによるワーグナーの「タンホイザー」「バッカナール」(pf:タール&グロートホイゼン)>

これは、1893年のデュカスによる編曲である。

自分はどうも「全部」というのが好きらしい。高校の時、山本有三を「全部」読むぞ。「石川達三を「全部」読むぞ。から始まり、最近では、森田童子を全曲集めるぞ(ここ)。とか手仕事屋きち兵衛を全部・・・。
そして「藤沢周平を全部」に続いて、現在は佐伯泰英にチャレンジ中。

そんな事から、実は今、「レコ芸」の付録CDの“全部の”収集に凝っている。クラシックの音楽雑誌「レコード芸術」は、1960年代の終わり、大学の時に知った。当時はカラヤン全盛の時代。毎月買っては、中の巨匠たちの写真を壁に飾ったもの。その「レコ芸」に付録としてCDが付くようになったのが、1996年3月号からだった。サラリーマンになってからは時間が無く、ほとんど「レコ芸」は買わなかったが、1997年の半ばから2003年まで買っていた。そして付録のCDもよく利用した。その新譜のサワリ集から、新しい興味あるCDを見付けては買ったもの。
備忘録のメモを見ると、2011年の頃から、この付録のCDを集め出した。雑誌を買わなかった号のCDを埋めるのである。収集にも幾つか波があり、2015年にもそれまで発売された号の付録CDを集めた。そして最近また付録CDの収集に凝り出した。
と言うのも、この「レコ芸」の付録CDは、あまり評判が良くなかったようで、2017年5月号をもって中止になったようだ。この間、1996年3月号~2017年5月号までの21年余に亘って発行されたCDが255枚。今日現在、あと残6枚まで集めた。

同期の友人にクラシック好きがいるが、その男は毎月かかざさず「レコ芸」は買うが、付録のCDは聞いたことが無く、直ぐに捨てているそうだ。利用価値も人それぞれ。
自分から見ると、この21年間に新譜として発売されたクラシックのCDのサワリが全部入っているので、事前に音質が分かり、買いたいCDを見付けるのに便利。1枚に30~50曲入っているので、単純計算では、平均40曲として、255×40=1万の断片が入っていることになる。
以前はこのCDから気になった音源をmp3でリッピングして集めていたが、今はそれをwavで録り直している。(自分はどうも、音源を集めること自体が好きらしい)
そんな音源集で、面白いと思うのが編曲盤、といわけ。正統派からするとゲテモノかも知れないが、面白い。主にピアノへの編曲。
当サイトのカテゴリ「クラシック」(ここ)でも、ピアノだけで無く、マリンバ、ハーモニカやフルート、オルガンなどで編曲された音源をあげている。

クラシックも、もうこの歳になると、自分にフィットする新しい音楽を見付けるのは、たぶんもう無理。とすると、知っている曲を、別のアレンジで楽しむ。というのも有りのような気がする。
しかし、先日本屋に行ったが、「レコ芸」が置いていなかった。もうクラシックの雑誌を買う人も少なくなっているのかも知れない。その「レコ芸」の今月号(2019年7月号)の特集が「編曲三昧~魅惑のアナザー・ワールドへの誘い」。久しぶりに「レコ芸」を注文してしまった。

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2019年6月24日 (月)

セミ成虫の寿命1週間は俗説! 1カ月生存「証明」

先日、こんな記事を見付けた。
セミ成虫の寿命1週間は俗説! 1カ月生存「証明」 岡山の高3 学会で最優秀賞
 「セミは地上に出てから1週間程度しか生きられない」というのは俗説で、実は1カ月くらい生きていることを、岡山県立笠岡高サイエンス部の3年植松蒼さんが独自の野外調査で“証明”した。調査の手法と結果を、5月に広島大で開かれた「中四国地区生物系三学会合同大会」で報告。高校生の部(動物分野)で最優秀賞を受賞した。
190624semi  調査手法は、捕まえたセミの羽に油性ペンで番号をマーキングして放し、後日、再捕獲を試みるというもの。植松さんは2016年の7月中旬から9月中旬にかけて、笠岡市内の住宅地や雑木林など4カ所でほぼ毎日、この調査を繰り返し、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミなど計863匹にマーキング。15匹を再捕獲し、4匹を再再捕獲した。
 植松さんは「なかなか再捕獲できず、調査の効率は非常に悪かった」と笑うが、調査の結果、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミの3種で10日以上の生存を確認。最長生存確認記録はアブラゼミが32日間、ツクツクボウシが26日間、クマゼミが15日間だった。
 植松さんは小学1年生のころから虫に興味を持ち、セミの鳴く時間帯や、雄と雌の羽化の時期の違いなどについて調べてきたという。セミの成虫の寿命の調査は「そもそもセミの死骸を夏の間に見かけることが少ないのはなぜか」と“短命説”に疑問を持ったことがきっかけだったという。
 合同大会の報告で、日本動物学会の研究者らから高い評価を受け、植松さんは「疑問を解決するために、自ら考えて取り組んだ点が認められたのでは」と喜んでいた。現在、調査の精度を上げるため、セミの鳴き声の波形を専用ソフトで解析して、個体をそれぞれ把握する手法の確立を目指している。
 植松さんは昨年8月、クマバチに寄生する南方系の昆虫「ヒラズゲンセイ」を広島県内で初めて発見。生息域が西に拡大していることを証明している。」(2019/06/19付「山陽新聞」ここより)

俗説では、幼虫として土の中で6~7年、成虫になって飛ぶようになって1週間、とか言われていたゼミの寿命。どうもそうでは無いらしい。Netでググると、土の中では2~5年、成虫になってからは、最長1ヶ月ほど生きることもあるという。
ググると、大阪市立大学で2005年に大規模な調査が行われたらしい(ここ)。
それによると、数百人の参加者が5500匹のセミにマーキングして追ったという。それによっても、最大30日ほど経って、生きているセミが見付かったという。

それにしても、野生の生態を調べるのは大変だ。見付けられる確率が非常に低いから。それを高校生が、夏休みを中心に2ヶ月間地道にやってのけたのは、大変な努力。こういう人が、研究者になるのだろう。凡人がどうでも良いようなことを、ひたすら研究する。
前に、ナマコの研究者がラジオで言っていた。「世界でナマコの生態を研究しているのは、自分だけではないか」と・・・
自然界の研究とはそんなもの。そう言えば、前に、ウォンバットはなぜ四角いウンチをするのか、という研究をしている人がいることを書いた(ここ)。

話は飛ぶが、NHKのクローズアップ現代「もし逮捕されたら・・・司法が変わる」(2019/06/18放送)を見た。歯科医師の夫婦が、高齢の母親を殴って死なせた、という疑いで逮捕され、3年に亘って身柄を拘束されたという。裁判では、暴れる母親を止めようとしただけと主張したが、母親が暴れた理由を説明出来なかったため、1審では傷害致死で8年の判決。未成年の2人の子どもがいるからと、ずっと保釈を請求し続けたが認められず、手紙も認められず、無罪につながる情報は得られなかった。裁判が終わった後、受け取れなかった手紙を開けると、1年以上前に報道機関から届いていた手紙には、母親が暴れた理由は攻撃性を共鳴る認知症のせいでは、と印されていた。2審では認知症で暴れる母親を止めようとしたことが認められ、無罪になったが、3年ぶりに見る子どもの顔は、いつの間にか大人の顔になっていた。という。

こんなイヤな話。そしてウソばかりの政治。テレビを点けると、新聞を開くと、そんな“悪い気”が入る話ばかり。
そんな中、先のウォンバットやナマコや、そしてこのセミの寿命の研究などの話を聞くと、現代の汚い世界とは別世界に生きる生活に、自分まで心が洗われる気がした。

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2019年6月22日 (土)

諏訪大社と辰野「ほたる祭り」に行く

昨日までの2日間(2019/06/20~21)で、諏訪大社と辰野の「ほたる祭り」に行ってきた。今日は、そのメモである。
「諏訪湖のホテル紅やで、部屋から花火を見たい」。カミさんの長年の願いである。5月頃、その話が出て、念願の!「ホテル紅や」に電話で花火の日の予約について聞いてみた。すると、4万発が打ち上げられるという「諏訪湖祭湖上花火大会」(2019/08/15)の日の予約は、常連客が優先で、一見(いちげん)の客は、なかなか予約が取れないとのこと。今年も既に一杯。
仕方が無いと、カミさんがホテル紅やのHPを見ていたら、「ほたるを観に行こう!」というプランがあった。それで、温泉に行く、という目的で行ってみることにして予約した。
ついでに、紅やのHPから「高速道路「約50%OFF」で上諏訪温泉へ行こう!」(ここ)というサービスを見付けたので高速料金も少し安くて済んだ。

さて、1日目(2019/06/20)。せっかくなので諏訪大社に行ってみようとググると、何と諏訪大社は4つに分かれているという。いや4社合わせて諏訪大社と言うのかも・・・。梅雨というのに、天気もまあまあ。天気の良い内に回ってしまおうと、順番に巡ってみることにした。
朝9時半、愛犬を近くの動物病院に預け、出発。中央道を西に。途中の双葉SAで休憩し、諏訪インターへ。

<諏訪大社上社前宮>
最初は、諏訪インターから最も近い上社前宮(まえみや)に行く。車を置いて登って行くと、大きな「御朱印帳はこちら」の看板。さっそくカミさんが受付に。すると料金は500円だという。いままでは例外なく300円だったので、ここは高い!
本殿に行こうとすると「前宮本殿 ここより百メートル上段」という看板。頑張って登って行く。大きな舞台が見える。頑張って登って行く道は、境内の道というより、普通の道路を行く感じ。上の方に本殿はあったが、少し寂しいたたずまい。

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<諏訪大社上社本宮>
次に訪れたのは近くの諏訪大社上社本宮(ほんみや)。ここの規模は大きかった。お腹が減ったせいか、太ももが笑う。参道の店で、おやきと蕎麦のチープなランチ。さて境内に。相変わらず御朱印は500円。参拝所の内側に拝殿があった。
そして、出口にあった苔むした手水石が何とも歴史を感じさせる。

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門を出て、右手に行くと布橋という渡り廊下。左下には神楽殿が見える。そして門から出ると、斬新なデザインのコーヒーショップ?
お茶していこうか、という話も出たが、なぜかスルー。

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右手に行くと、法華寺というお寺があった。ここには、忠臣蔵の吉良上野介の息子の吉良義周のお墓があるのだという。
もどって布橋の下を行くと、土俵がある。これは雷電為右衛門の土俵だという。そして神楽殿には、龍の大太鼓があった。

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<諏訪大社下社秋宮>
次に向かったのが、諏訪大社下社秋宮(あきみや)。
ここでも先ずは御朱印。それから神楽殿に向かう。ここには大きなしめ縄が目を引く。その奥に拝殿。

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右手に歩いて行くと「秋宮一之御柱」という看板。ここで気が付いた。どうもハゲた柱(失礼!)があるな、と思っていたが、彼の有名な御柱祭の御柱だったのだ。
御柱祭は、wikimによると「山中から御柱として樅(もみ)の大木を16本(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮各4本)切り出し、長野県諏訪地方の各地区の氏子の分担で4箇所の各宮まで曳行し社殿の四方に建てて神木とする勇壮な大祭である。この御柱祭りは7年目ごとに行われ、柱を更新する。氏子は、木遣りや喇叭に合わせて曳行する。正確には満6年間隔で行われる「6年に一度」だが、慣例として数え年の7年目ごとという意味で「7年に一度」「7年目」「数えで7年」などと表記される。」とある。
あの有名な木落は、6年毎に16本行われ、各宮の四方に建てられるという。

そして、カミさんが「君が代」に出てくる「さざれ石」がこれだと言う。

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<諏訪大社下社春宮>
最後に行ったのが、諏訪大社下社春宮(はるみや)。ここも神楽殿には大きなしめ縄。そしてあやめが奉納されており、あやめの鉢が神楽殿をぐるりと囲む。

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拝殿は神楽殿の裏手。目の前にどかっと神楽殿が鎮座しているので、ちょっと目障りでは???
そしてやはり拝殿の右手には、御柱が。
そしてここでやっと御朱印が4つそろった。どこも500円で、高かったが・・・

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さて、天気も良く、諏訪大社巡りが終わったので、一路ホテル紅やに。3時過ぎに着く。

<ホテル紅や>
案内された部屋は、11階の角部屋。畳敷きの和室にベッドが二つ。目の前に諏訪湖が広がる。なるほど、これなら花火をゴロンと横になって見られる。食事前に14階の展望風呂に行ったが、少し熱く、サッサと出てしまった。

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夕食は、ほたる狩りがあるので、5時半スタート。和食の結構豪勢な料理が出た。

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<辰野のほたる祭り>
7時過ぎにホテルの前からバスで出発。会場の「ほたる童謡公園」までは30~40分ほど。8時に着いて、9時まで自由散策。
ホテルを出発するときは雨が降り出し、皆傘を持参。でも、着いてみると空には星も見えた。バスはホテルが契約しているらしい。2つのホテルから計10人が乗った。

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バスが公園近付くにつれ、道路の脇には車が停まっている。これらも見物客だという。しかし、ここから歩くと遠い。幸いにも我々のバスは直ぐ近くの駐車場に。「9時の集合時間に遅れると歩いて帰ることになるよ」という運転手さんに見送られて会場に。少し歩いて行くと、ライトに照らされた臨時の入場券売り場。ホテルでもらった500円の券を渡す。券は「ホタル保護育成協力金」と言って入場券ではないようだ。
最も良い時間帯が午後8~9時とのことで、人も多い。つられて歩いて行くと、ほたるがあちこちに見え出す。会場は真っ暗で、案内板は蛍光塗料でボウッと浮かんでいる。奥に行くに連れ、段々とほたるの数が増える。一番奥に行ったとき、人も多いがほたるも多い。
真っ暗な茂みにほたるが乱舞している。その数は数百??カミさんは大満足。しばし足を止めて見入る。近くの人も同じ。たたずんでいる。
しかし、ほたるが多い=人も多い=カメラも多い。ということで、三脚に乗ったカメラが多い。もちろんフラッシュはたかないのだろうが、モニタ画面から出る光が邪魔。時々、あちこちでフラッシュの光も・・・。皆が真っ暗な中でほたるの光を楽しんでいるときのカメラは、やはりはた迷惑。運転手さんに聞くと、あんなかすかな光でも、長時間露光でカメラには写るらしい。

そもそもウチのカミさんは、なぜかほたるが好き。前にカミさんがほたるに凝り、近くのほたる公園に見に行ったことがある。ちょうど2年前だった(ここ)。そこでは500匹のほたるを放していたが、ここは数万のホタルが住んでおり、数千匹レベルのホタルが飛ぶという。
集合時間までに戻らないと、迷惑を掛ける。という思いが強く、早々に引き揚げる。真っ暗な公園で戻るのに自信が無かったが、何となくこっちの方だろうと歩いて行くと、戻れた。
集合時間までに余裕があったので、運転手さんに話を聞くと、この公園と駐車場は、あるひとりの個人の所有だという。つまり個人が作った公園で、個人がホタルを飼っているということらしい。
ホタルの寿命が短いため、見られるのは1週間。今年も6月15日から23日までの短期間で、雨が降ると見られないらしい。今回は、絶好の日と天候。結果的にラッキーな時期に、充分にホタルを見ることが出来た。もちろん、写真撮影は最初からあきらめていたので、ここへの写真のアップも無し。帰りのバスも順調で、8時半頃にはホテルに着いた。

<スーパーツルヤ 上諏訪店>
2日目(2019/06/21)は、早起きのカミさんにつられて、つい早起き。朝食はバイキング。
ホテルを出発し、まずは、なぜかカミさんが行きたいと言っていたツルヤというスーパーへ。聞くと2月にオープンしたばかりの店。行ってみると真新しい。それに結構規模が大きい。カミさんはスマホで店のチラシをチェック。それに加えて、家から持ってきた買う物リストを見ながら、カミさんは1時間以上をかけて、嬉々として品選び。自分から見ると単なるスーパーなのだが、信州ならではの品を中心にお買い物。もちろん男は荷物持ち。

<SUWAガラスの里>
それから「SUWAガラスの里」(ここ)というミュージアムに行く。入口で、スーパーで買った冷蔵食品をコインロッカーに。それから美術館に入った。これが結構見応えがあった。どの作品も、暗い会場でスポットライトで浮かび上がる幻想的な表情に見入ってしまった。
ランダムだが、あげてみる。

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美術館を出るとちょうどランチ時(どき)。非常に有名だというレストランでランチ。野菜中心だったので、自分的には今ひとつだが、カミさんは大満足。階下に行くと、大きなガラスショップ。日本最大級だという。カミさんは熱心に品定め。自分は椅子でウトウト・・・

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外に出ると、駐車場に人力車。ひとり500円。どこを回るのか・・・。そして、水陸両用バスが駐車していた。観光バスからも人が降りてくる。
でも全体的に、天気も良く、どこも混んでいなかったので、ラッキー。
かくして、1時半に現地発。途中、談合坂SAに寄ったが、4時過ぎには家に着いた。しめて350キロだった。
今日は雨。一日ずれていたら・・・。
体調も天気もラッキーで良かったミニ旅行ではあった。お疲れさまでした~。

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2019年6月19日 (水)

早稲田大学での「テレビドラマの授業」

先日、改めてNHKラジオ深夜便「だからテレビドラマはおもしろい 早稲田大学文学学術院教授 岡室美奈子」(2018/11/13放送)を聞いた。
かの早稲田で、10年前からテレビドラマの研究や授業が行われているという。相変わらず、自分の「ヘエ~」に引っ掛かったので、取り上げてみる。
そもそもこの音源は自分のPCの隅にずっと眠っていたもの。つまり、半年前の放送。そのうち取り上げようかと思いつつ、眠っていたもの。
遅いが、聞いてみよう。

<「だからテレビドラマはおもしろい」早稲田大学文学学術院教授 岡室美奈子>

いやはや大学にTVドラマの授業があるとはビックリ。でも聞いてみると、マジメな授業のようだ。
早稲田のHPには、氏のプロフィールをしてこう書いてある。
「文学学術院教授/坪内博士記念演劇博物館第八代館長 岡室美奈子
三重県生まれ。アイルランド国立大学ダブリン校にて博士号を取得。1997年、早稲田大学文学部専任講師、2000年、助教授を経て、2005年より教授。2007年より文化構想学部教授。現代演劇研究、テレビドラマ研究を専門とし、特にサミュエル・ベケット研究では、日本を代表する存在である。2013年には、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館の第8代館長に就任。主な編著書に、『ベケット大全』(白水社)、『サミュエル・ベケット!-これからの批評』(水声社)、『六〇年代演劇再考』(水声社)などがある。」ここより)

それにしても、幾ら研究のためとは言え、テレビドラマを全部見るのは至難の業。氏は根っからTVドラマが好きなのだろう。
氏が優秀作品として紹介していた「透明なゆりかご」というドラマを見てみたいが、NHKの再放送の可能性は無さそう。(自分はミーハーなので、他人の高評価を参考にするのだ)

しかし、チャンバラ小説を読むようになってから(ここ)、めっきりTVドラマを見なくなった。
ウチのカミさんは、大好きで、シーズンになるとガイドブックを買ってきて、次は何を見ようかと研究している。そして録画しては見ている。たまに覗くと、出演者はいつも同じ。同じ俳優が、こっちのドラマではこの役、あっちのドラマではあの役、で代わり映えがしない。どうもそれが自分にはフィットしない。そして、いちいちドラマの設定を理解するのも面倒。
これもトシのせいかも知れない。もっとも、映画館に行っても、となりのカミさんにいちいち小声で、ドラマの展開を確認しながら見る。そもそも自分の頭の回転が、ドラマの進行に追い付いていないようだ。
Netでググったら「透明なゆりかご」というドラマはDVDが出ているらしい。借りて見てみる!?
相変わらず、TVを見るのも他人任せな老人ではある。

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2019年6月18日 (火)

番組ファイルリストの整理をした

自分はどうもムキになって物事をする性格らしい。
ここ数日、ムキになって、当blogの「番組ファイルリスト」(ここ)の整理をしてしまった。

今までは、主にラジオ番組をアップした記事をリスト化した「番組ZIPファイルリスト」を作っていた。長時間のラジオ番組は、ページを開く(ダウンロードする)のに時間がかかるため、そのサワリだけをmp3として直接聞けるようにして、番組の全体は、別にZIPファルとしてアップしていた。
それも、回線が高速になるにつれ、「もう必要ないかな?」と思って、長時間番組も直接聞けるようにしたのが、2018/8/19(ここ)だった。
それ以降、特に不便さもないので、ZIPファルとして別に挙げることは止めて、今までの記事も、ZIPファイルを全部「MP3プレヤー」で直接聞けるように、ここ数日で改修した。

改めて、以前の放送番組を目にすると、放送内容が耳によみがえってくる。自分にとっては、珠玉の番組なのである。
特に、2016/04/13の『NHKラジオ「アフリカは今」が衝撃的』ここ)と、2016/05/20の『改めてNHKラジオ「アフリカは今」から聞く衝撃』ここ)のシリーズ、2013/07/16の『NHKラジオ「植物って、すごい!」が面白かった』ここ)、2013/08/13の『百田尚樹著「海賊とよばれた男」の朗読』ここ)は、面白かった。
そして、2008/08/03の『中西龍の「にっぽんのメロディー」』ここ)、2009/11/20の『森繁久彌「日曜名作座」』ここ)も懐かしい。
FMシアターのラジオドラマもイヤホンで聴くと音が素晴らしく、そして死生観に関する各氏の話も、そのうち役に立つかも・・・

わざわざこんなことを書くのも気が引けるが、出来たら「番組ファイルリスト」(ここ)を一度開いてみて下さい。
ここ十数年間、特に通勤途中で聞いていた(今は、夜中に目が覚めた時に聞いているが・・・)ラジオ番組から、「ヘエ~」と思った番組を挙げてあります。

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2019年6月16日 (日)

「悲しみを癒やす旅路」~日本対がん協会 垣添忠生会長の話

先日、NHKラジオ深夜便で「「悲しみを癒やす旅路」日本対がん協会 会長 垣添忠生」(2019/06/08)が放送された。
氏については、当blogでも、2010年2月3日に「「妻見送った医師の苦悩」~前国立がんセンター総長 垣添忠生氏」(ここ)、2012年2月16日に「「最愛の妻の死を乗り越えて」~国立がんセンター名誉総長 垣添忠生氏の話」(ここ)と2度ほど取り上げた。
あれから7年。今は日本対がん協会長として、「全国縦断がんサバイバー支援ウォーク」に挑戦しているという。

<「悲しみを癒やす旅路」~日本対がん協会 会長 垣添忠生>

Netでググっていたら、1年前の朝日新聞の記事が見付かった。上の放送の内容と似ているので、挙げてみる。

がんで妻亡くし、自身も…垣添忠生さん「孤立させない」
 がんで妻を亡くし、自身もがんを経験した日本対がん協会長の垣添忠生さん(76)が2月から約半年かけて全国を歩いて回り、がんサバイバーへの支援を呼びかけます。がんとの共生社会の実現にかける思いを聞きました。

がんサバイバーへの支援訴え、全国縦断へ
 2018年2月5日から約半年かけて、「全国縦断がんサバイバー支援ウォーク」に挑戦します。目的はがんサバイバーへの理解を深めてもらい、支援策への寄付を呼びかけることです。
 がんサバイバーとは、がんを経験したことがある人や治療中の人のことを指します。推計で約700万人います。

 福岡市にある九州がんセンターを最初に訪問し、全国がんセンター協議会に加盟する病院32カ所を歩いて回ります。ゴールは札幌市にある北海道がんセンターで、総移動距離は約3500キロ。このうちの一部では電車などを利用するかも知れませんが、体調や日程が許す限り歩きます。3千キロは自分の足で歩くつもりです。日程などは、特設サイト(https://www.gsclub.jp/walk)で随時、お知らせします。

 国内では、生涯のうちに2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなります。がんは誰がいつなってもおかしくない病気ですが、実際にがんと診断されると多くの患者さんは強い疎外感や孤立感を感じます。不安を抱え、インターネットで熱心に調べますが、そこには玉石混交の情報があふれています。例えば、免疫療法の中には科学的根拠のないものも多いのですが、患者さんや家族はそうしたものにすがりがちです。健康食品もそうです。

患者を孤立させないために
 患者さんや家族が必要とする情報や、信頼できる情報を届けたい。患者さんや家族、友人らが支え合う場をつくりたい。そう考え、日本対がん協会は2017年6月、「がんサバイバー・クラブ」を発足させました。

 クラブのスローガンは「がん患者を孤立させない」。ウェブサイト(https://www.gsclub.jp/別ウインドウで開きます)では、がん関連のニュース、予防や治療などに関する信頼できる情報を発信しています。相談業務や患者さんらが交流できるイベントも開催しています。このクラブの活動は会員の寄付によって支えられています。会員は現在、約1千人ですが、がんサバイバーが1千万人を超える時代がいずれ来ます。その1割にあたる100万人に会員になってもらうことが目標です。全国を歩いて支援を呼びかけようと、今回の「全国縦断がんサバイバー支援ウォーク」を企画しました。

 新たにがんと診断される人は毎年約100万人。治療法の進歩で5年生存率は6割を超えます。がんが治る病気、ともに生きることができる病気になってきたからこその問題も出てきました。治療と仕事の両立の問題です。働く世代(20~64歳)の患者さんは3割を占めます。しかし、厚生労働省研究班の調査では、働いていてがんと診断された人のうち、3割が依願退職し、約4%は解雇されていました。社会のがんに対する誤解や無理解が原因でしょう。

妻失った悲しみ癒やそうとお遍路へ
 私自身も50~60代で、早期の大腸がんと腎臓がんを経験しています。妻は06年、増殖が早くて転移しやすい肺がんの一種・小細胞がんと診断され、放射線治療や抗がん剤治療を受けましたが、全身に転移し、07年の大みそかに自宅で亡くなりました。自宅で過ごせたのは4日間でしたが、入院中にはほとんど食べられなかったのに、自宅では好物のアラ鍋を喜んで食べてくれました。在宅療養が起こした奇跡でしょうか。

 妻とは研修医の時に出会い、40年間連れ添いました。その妻がいなくなった後、昼間は国立がんセンター(現・国立がん研究センター)の名誉総長としての仕事をこなすことでつらさを和らげることができましたが、夜はお酒をのんでばかりでした。何を食べても砂をかんでいるような味しかしませんでした。まさに自分の半身をもがれたような感覚です。

190616kakizoe  15年夏から17年夏にかけては、妻を失った悲しみを癒やすため、四国の八十八カ所霊場を歩いて回りました。妻と一緒に歩いている感じがしました。
 今は毎日、腕立て伏せを130回、腹筋500回、背筋とスクワットを100回ずつ、さらにストレッチもしています。1日に1万歩は歩き、右ひざに少し痛みがある以外は健康です。
 日本対がん協会は民間団体としてのフットワークの軽さを生かし、国のがん対策としっかり連携して、血の通ったがん対策を進めたいですね。がん対策基本法も、全国がん登録も、多くの人が必要だと言い続けることで実現しました。がんサバイバー支援の重要性も訴え続ければ、世の中は少しずつ変わると信じています。(聞き手・南宏美)
     ◇
 〈かきぞえ・ただお〉 1941年大阪府生まれ。日本対がん協会長。東京大学医学部卒。泌尿器科医として膀胱(ぼうこう)がんや前立腺がんなどの治療に携わる。2002~07年国立がんセンター(現・国立がん研究センター)総長。著書に「妻を看取(みと)る日」(新潮社)。」(2018年2月2日付朝日新聞(ここ)より)


「国内では、生涯のうちに2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなります。」というガン。近くでは、奥さんが乳がんだった、という話はよく聞くが、幸いにも皆治っている。
しかし、我々も高齢者。他人事では無い。
それと、今さらながら、自宅療養について、考えさせられた話の内容であった。

(関連記事)
「妻見送った医師の苦悩」~前国立がんセンター総長 垣添忠生氏 
「最愛の妻の死を乗り越えて」~国立がんセンター名誉総長 垣添忠生氏の話 

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2019年6月14日 (金)

ドリアン助川著「三姉妹」の朗読

最近楽しみにしている番組に、NHKラジオ深夜便の「ラジオ文芸館」がある。アナウンサーが短編小説を朗読する番組である。
自分は、そのうちblogに取り上げようかな、と思った録音はPCに保管しているが、先日PCを整理していたら、こんな番組が残っていた。少し前の放送だが、2019年3月18日に放送された、ドリアン助川著「三姉妹」の朗読である。

<ドリアン助川著「三姉妹」の朗読>

190614sanshimai Netでググってみると、この作品は「多摩川物語」というという文庫本に収録されている作品だそうだ。そしてこの文庫本は、明川哲也著「大幸運食堂」のリニューアル版だという。
聞いていて、何かほっこりする作品。自分はもちろんドリアン助川なる作家は知らない。どんな作家だろうと、見ていたら「あん」という題が出て来た。
何と、樹木希林主演の映画「あん」(ここ)の原作者だという。なるほど、有名作家なのだ。

作品についてのコメントはしないが、聞いていてイヤミが無く、心が温かくなる話である。
せっかくなので、買って全体を読んでみようかなと、収録されている「多摩川物語」という本を注文してしまった。

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2019年6月12日 (水)

同期会こぼれ話~夫は不在が良い!?

昨夜は年2回の会社の同期会。あるメンバーが、いまだにバイトしている立川の居酒屋のチェーン店。社員割りの2割引が大きい。
配布されたメンバー表を見ると、リストには37人が載っているが、今回の出席者は15人と少なかった。欠席の連絡があったのが14人で、連絡未が8人だった。

まだ働いている人が3~4人いるが、さすがにほとんどがリタイア。返信での近況報告では、家庭菜園をやったり親の介護、そして自分の健康に頑張っていたり・・・

190612doukikai いつもの、各人の近況報告では、孫の話が多かった。初めて女の子が生まれたとか・・・
M君は、奥さんが腕の骨を折り、家事を分担しているとか。その中で、奥さんが自分の頭を洗えないため、風呂で洗ってあげているとか。「ん~十年ぶりに女房のハダカを見た」と報告すると、「ただ見ただけか?」とのヤジ。皆で大笑い・・・
欧州へのひとり旅で120キロ歩いたとか、息子の股関節の手術のために北九州に行くという話もあった。名医を探して九州まで手術を受けに行く時代。確かに外科手術は医者次第。
その他、運転免許の更新時の高齢者講習会の話や、免許を返納した話など。運転経歴証明書の実物を初めて見たが、免許証と同じような物だった。

欠席者の中には、脊柱管狭窄症で、術後間もないので欠席とか、同じ病気で体調が悪いので欠席とか、難聴が進んだとか、体調不良者が徐々に多くなってきている。
ビックリしたのは、A君が、身長が7センチも縮まったと言っていた話。175センチあったのが、今は168センチだという。そんなに縮んで大丈夫か? 奥さんも肺がんで片肺を全摘したと言うし、病魔が我々世代にも段々と攻めてきているようだ。
自分は、先日の兄の延命治療拒否が、病院の現場で大変だったという体験談をしたら、皆が良く聞いてくれて、参考になったと好評だった。

会が終わって、いつものように二次会も無くサッサと帰ったら、カミさんが「もう帰ったの!?」と不評。「せっかくひとりの時間を満喫しようと思っていたのに・・・」だって。

今までの話とは関係無いが、今朝の朝日新聞にこんなコラムがあった。
(ひととき)夫と一緒が幸せ
 5月中旬、夫は学生時代を謳歌(おうか)した「クラシック音楽愛好会」の仲間と、仙台で1泊2日の「古希祝い」を開催した。
 幹事の夫は、1カ月以上も前から宿の手配や行程を何度も練り直し、手抜かりなく準備を進めてきた。仙台駅からの道順と、宿の雰囲気を確認するための下見には私も同伴した。
 いよいよ当日。「忘れ物はないかな?」と入念にチェックする夫を見送った。さあ、明日までの24時間を思う存分息抜きして、「おひとりさま」を楽しもうと開放感に浸った。
 結婚して41年、転勤や単身赴任もなくずっと一緒に暮らしてきた。それが当たり前の生活だった。最近は三度の食事作りも面倒くさくなり、市販のお総菜や缶詰で手抜きをして、夫にダメ出しされる。今日はその文句もない。
 好きなメニューを作って1人で黙々と食べた。何か味気ない。テレビを見ても新聞を読んでも上の空。ふと机に置いていったスケジュール表を眺め、「盛り上がっているだろうか。雨降りだが楽しんでいるだろうか」と気にかかる。けんかしてもダメ出しされても、元気で一緒に暮らせるのが一番の幸せだと気付いた。(仙台市 主婦 65歳)」(2019/06/12付「朝日新聞」p25より)

我が家から見ると、まるで夢のお話。
いつも、食事が終わると「解散!」の号令の元、2階と1階に分かれるのだが、それでも亭主の「存在」そのものがストレスらしい。そして、たまに同期会があっても、サッサと帰ってくる亭主が気にくわない。
ヤドカリ亭主と元気印の女性。勝てるワケが無い。

しかし、幸いなことにまだ亡くなった同期はひとりだけ。離婚もいない(たぶん)。連絡がない人も、メールは届いているとのこと。
同期入社から49年。古希を超えて、これからイヤな話が入ってくる世代に突入した、我々同期生ではある。

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2019年6月10日 (月)

あさみちゆきの「港のカラス」

何度も書いているが、自分の趣味は良い音で好きな歌謡曲を聞くこと。その要求に合致してくれたひとつが、このあさみちゆきの「港のカラス」という曲。
ボーンというベースが何とも心地良い。

<あさみちゆきの「港のカラス」>

「港のカラス」
  作詞:高田ひろお
  作曲:杉本真人

憎い恋しい あの人は
わたしに何も 云わないで
アラビア文字の 貨物船
日暮れに乗って 行っちゃった

港カモメの 群れのなか
わたしはカラス 赤い目の
夕焼け色の 電柱で
あのひとそっと 見送った

昔 異人さんに 連れられて
少女も船に 乗ってった
行ったら帰る あてもない
昔も今も 横浜は

山で暮らせば いいものを
街まで来たら 捨てられた
今夜もひとり 止まり木で
カァーカァー泣いて 飲むだけさ

この歌は、2003年12月17日発売というから、もう16年も前の歌。改めて歌詞を読むと、童謡「赤い靴」を連想する。横浜は港の街・・・。
しかしカラスという鳥。意外と獰猛でビックリする。“燃えるゴミ”を道端に出した日、出し方が悪いと、カラスが突っついて、ゴミを道路に散乱させる。そのエネルギーは凄まじい。ある意味、怖い鳥。

ところで、いまだに「あさみちゆき」という名が覚えられない。間違える。
wikiで見ると「「あさみ ちゆき」という個性的な名前の由来は、故郷の山口県における朝の海の景色が好きということから名字の「あさみ」。「ちゆき」は若くして亡くなった兄の名前「智幸」から。初めて芸名を知った人の中には、名字が「あさみち」、名が「ゆき」と勘違いする人も多い。
「井の頭公園の歌姫」と親しまれ、デビューしてから現在でも月に1回、井の頭公園でのストリートライブを続けている。 歌謡曲、フォーク、演歌、J-POPとジャンルを飛び越え、古きよき昭和を感じさせる歌を聴かせる。」とのこと。
なるほど・・・
しかし、ひらがなの名前は、かえって難しい。「浅海智幸」と書けば間違えないが・・・

話を戻すと、聞くと同時に「良い音だな~」と思った曲は、すぐに3つ思い出す。石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」(ここ)。そしてフリオ・イグレシアスの「ラ・クンパルシータ」(ここ)と、このあさみちゆきの「港のカラス」。

最近は、こんな音源にはなかなか会えない。
まあまたFM放送を録音して、こんな心地良い音源を探そう。

==================
★メモ
ココログのリニューアルによるHTML5への置き換えに伴い、FlashPlayerに対応しなくなったことによる「MP3プレイヤー」の改修を、2019/05/29~2019/06/09実施。
<現在の記述>
<p><a href="MP3ファイルへのファイルパス">サンプル</a></p>

<プレイヤー表示にするための記述>
<p><audio src="MP3ファイルへのファイルパス" controls="controls"></audio></p>

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2019年6月 8日 (土)

ニュータッチの「酸辣湯麺」が気に入った

ニュータッチの「酸辣湯麺(スーラータンメン)」が気に入った。
昨日、カミさんと出掛けた帰り、スーパー三和の日野・旭が丘店(ここ)に寄った。
前はよく行っていたが、最近は豊田駅前に巨大な「イオンモール多摩平の森」が出来たためか、すっかり寂れてしまったという。でもカミさんは好きなので、応援のためにもよく行くと言う。
190608suratanmen 店内を回ってラーメン売り場。ここがこの店の特長だという。品数が多く、色々変わった物があるという。それで自分もしばらく眺めていた。そこで見付けたのがニュータッチの「酸辣湯麺の逸品」というカップラーメン(ここ)。それ以外にも変わったのがあったので色々買ったのだが、今日の昼にこれを食べてみた。
参った!降参!
最後の汁まですすってしまった!?

wikiには「酸辣湯麺」について、こう解説がある。
「酸辣湯(サンラータン、スーラータン)は、中華料理(四川料理・湖南料理)のスープのひとつ。酢の酸味と唐辛子や胡椒の辛味と香味を利かせた、酸味豊かな辛みのあるスープで年間を通して食べられる料理。
鶏肉、豆腐、シイタケ、キクラゲ、タケノコ、長ネギ、トマトなどの具材を使ったスープを、食塩、醤油、生姜汁で調味し、たっぷりの酢と唐辛子あるいは胡椒を加える(唐辛子の代わりにラー油を使う場合もある)。片栗粉でとろみをつけた後、溶き卵を流し込んで仕上げる。
日本では茹でた麺を加えて(酸辣湯麺として)食べることもある。」

自分がこの料理を知ったのは、サラリーマン時代、ランチに行った店。満天(ここ)という店で、居酒屋だが昼はランチを出していた。料理は元気の良いあんちゃんひとり。裏方を親父さんが、配膳をお袋さんが担当。「注文が聞こえねーよ!」といつも両親に文句。まあ元気は良かった。この料理がどれもうまかった。定番の料理に加えて、日替わりのメニューがあった。そこで自分が初めて食べたのが「酸辣湯麺」だった。これがうまかった。
しかし、リタイアしてから、店でもインスタントでも色々を試してみたが、それに匹敵するものは無かった。

それが今日食べたニュータッチ「酸辣湯麺」がそれに匹敵するおいしさ。もちろん辛いので、服を脱いで、汗をかきながら、ねじり鉢巻きで?やっつけた!!

それを見ていたカミさん。「そうでしょう!色々あったでしょう」。まるで自分の成果のよう・・・。

でもまあ、そう長続きはしないように思う。前にここに書いた“気に入った食べ物”も、その後はサッパリ・・・
でも、いっときでも自己満足させる「酸辣湯麺」は、それはそれで宜しいのでは??
何ともヒマなラーメン談義ではある。

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2019年6月 6日 (木)

表現の自由「日本は勧告をほぼ履行せず」国連特別報告者

今朝の朝日新聞にこんな記事があった。
表現の自由「日本は勧告をほぼ履行せず」国連特別報告者
 言論と表現の自由に関する国連の特別報告者デービッド・ケイ氏が、日本のメディアは政府当局者の圧力にさらされ、独立性に懸念が残るとの報告書をまとめた。「政府はどんな場合もジャーナリストへの非難をやめるべきだ」とした。
 ケイ氏は2016年に日本を訪問し、翌年に報告書をまとめて勧告を行った。今回は続報として勧告の履行状況などを報告。政府に対する勧告11項目のうち、放送番組の「政治的公平」などを定めた放送法4条の撤廃、平和的な集会や抗議活動の保護など9項目が履行されていないとした。
 今回、ケイ氏からの問い合わせに日本政府は答えなかったとしている。報告書は国連人権理事会に提出され、審議されるが、勧告に法的拘束力はない。(ジュネーブ)」(2019/06/06付「朝日新聞」p9ここより)

朝日は、現象を淡々と伝えるだけ。一方、産経は・・・
国連報告者が新報告書 メディアの独立懸念に菅長官「不正確」と反論
 言論と表現の自由に関する国連のデービッド・ケイ特別報告者が、日本で現在もメディアの独立性に懸念が残るとする新たな報告書をまとめた。菅義偉(すが・よしひで)官房長官は5日の記者会見で「政府の立場を十分に反映していない内容で極めて遺憾だ。不正確かつ根拠不明のものが多く含まれ、受け入れられない」と反論した。
 今月24日開幕の国連人権理事会に提出予定の報告書は、日本の報道が特定秘密保護法などで萎縮している可能性があると指摘。同法の改正や、放送局に電波停止を命じる根拠となる放送法4条の廃止などを求めた2017年の11項目の勧告のうち、9項目が未履行だとした。政府に批判的なジャーナリストらへの当局者による非難も「新聞や雑誌の編集上の圧力」とした。
 また、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古移設反対派への有罪確定に懸念を示し、日本政府に集会と表現の自由を尊重するよう求めた。
 国連人権高等弁務官事務所は17年5月、ケイ氏の対日調査報告書を公表し、ケイ氏は日本政府に11項目を勧告した。勧告に法的拘束力はないが、日本政府は当時「丁寧な説明を尽くしたにもかかわらず、わが国の立場を十分に反映していない内容の報告書になったことは極めて遺憾だ」(菅氏)と反論していた。
 同事務所は「指摘の大半が噂や決めつけに基づく」「勧告は日本の現状や日本文化に対する不正確で不十分な意見を含む」などとする日本政府の反論書も公表していた。
 菅氏は5日の記者会見で、これまでケイ氏に対し「日本の立場を丁寧に説明してきた」と重ねて強調した。移設反対派の有罪判決に関しても「憲法の下、表現や集会の自由は最大限保障されている」と述べた。」(2019/06/06付「産経新聞」ここより)

菅官房長官の反論を載せている。
もっとも詳細に伝えていたのが東京新聞。
日本メディアの独立懸念 国連報告者「政府は勧告未履行」
 【ジュネーブ=共同】言論と表現の自由に関する国連のデービッド・ケイ特別報告者が、日本では現在もメディアの独立性に懸念が残るとする新たな報告書をまとめたことが4日分かった。日本の報道が特定秘密保護法などで萎縮している可能性があるとして同法の改正や放送法四条の廃止を求めた2017年の勧告を、日本政府がほとんど履行していないと批判している。
 報告書は6月24日開幕の国連人権理事会に正式に提出される予定。
 報告書によると、日本政府が放送局に電波停止を命じる根拠となる放送法四条は効力を持ち続けており、事実上、放送局への規制になっていると指摘。政府に批判的なジャーナリストらへの当局者による非難も「新聞や雑誌の編集上の圧力」と言えるとした。「政府はジャーナリストが批判的な記事を書いても非難は控えるべきだ」としている。
 ケイ氏は17年に公表した対日調査報告書で、日本政府に11項目を勧告。勧告に法的拘束力はないが、政府は不正確な情報に基づくと反論していた。ケイ氏は調査の結果、9項目が履行されていないとしている。

勧告11項目と履行状況
 デービッド・ケイ特別報告者が日本政府に勧告した11項目の主な内容と履行状況に関する評価は次の通り。
 (1)政府による介入の根拠となる放送法四条の廃止=未履行
 (2)歴史的出来事に関し教材で示された解釈に対し介入しない=未履行
 (3)教科課程の作成過程の完全な透明化を保証する=一部履行
 (4)国連の真実・正義などに関する特別報告者の訪日の招請=未履行
 (5)政治活動を不当に制限するような公選法上の規定を廃止する=未履行
 (6)特に沖縄における平和的な集会と抗議の権利を保障するために、あらゆる努力をする=未履行
 (7)特定秘密保護法で安全保障上問題なく公益に資する情報については、開示しても処罰されない例外規定を設ける=未履行
 (8)公益に資する情報の報道を促進する社会的規範の原則づくりを進める=評価できるだけの十分な情報がない
 (9)特定秘密保護法の執行が適切に行われるように、専門家による監視組織を設置する=未履行
 (10)広範に適用できる差別禁止法を制定=未履行
 (11)将来的に通信傍受に関する法律を制定するに当たっては、独立した法機関の監視下で、極めて例外的な場合にしか、通信傍受は行わないと明記する=未履行

沖縄抗議への圧力批判 山城氏有罪 表現の自由萎縮恐れ
 【ジュネーブ=共同】デービッド・ケイ特別報告者の報告書は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設への抗議活動などに日本の当局が圧力を加えたり、過度に規制したりし続けていると批判した。
 特に抗議活動に絡み威力業務妨害などの罪に問われた沖縄平和運動センターの山城博治(やましろひろじ)議長に対し懲役2年、執行猶予3年の刑が確定したことについて、表現の自由の権利行使を萎縮させる恐れがあるとした。
 報告書は、山城氏が長期間拘束されたことに国連の特別報告者や恣意(しい)的拘束に関する作業部会が国際人権規約違反などとして日本政府に是正を求めたと指摘した。
 その上で、集会と表現の自由は「密接に関連し、互いに補強し合っている」と強調した。」2019/06/05付「東京新聞」夕刊ここより)

ググってみると、動画で東京新聞が記者会見で、管官房長官に質問している状況が載っていた(ここ)。

これを見ると、東京新聞の望月記者が質問を始めると同時に、横からメモが差し入れられ、官房長官はそれを棒読み。
ま、官房長官が望月記者を嫌うわけだ・・・。
しかし、米国の記者会見に比べて、日本は記者クラブの仲間内の、事なかれ主義で行われており、国民の代弁と言うより、出来レースだという。

話を戻すと、デービッド・ケイの指摘については、当サイトでも2015年5月17日付で「報道の自由度、日本は世界140カ国中61位」(ここ)、2016年4月23日付で「2016年の報道の自由度、日本は11下がって72位」(ここ)(ここ)と取り上げてきた。
あれから4年経っても、相変わらず政府の対応はまるで他人事。
よって、幾らケイ氏から“通信簿”を渡されても、どこ吹く風・・・
でも日本のメディアから指摘されると、イヤ~な気分。だから東京新聞を閉め出したい!?

相変わらず悪い方向に突き進んでいる日本ではある。

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2019年6月 3日 (月)

社会と家庭における女性の地位

先日の朝日新聞に、こんな記事があった。

「政治と社会、地続き」 様々な分野で動き
 「政治と社会のパリテ(男女均等)は地続き」
 フランスの性別クオータ制「パリテ」に詳しい日本学術振興会特別研究員の村上彩佳さん(28)は言う。
 同国では2000年にできた通称「パリテ法」で、議員選挙の候補者を男女同数にするよう政党に義務づけている。後に企業や役所などの意思決定層にも、法が適用された。その相乗効果で、国民議会の女性議員は、1割から4割に増えたという。
 日本社会はどうか。
190603jyosei  小学校教員の6割は女性だが、校長は8割が男性。企業(1千人以上5千人未満)の正社員のうち女性は25%だが、課長は8%、部長は3%。役職が上がるほど女性が減るのは、多くの分野で共通している。
 こうした現状を変えようとする動きも出始めた。
 「男性こそが、アクションをおこさなくては」。4月半ば、東京・新宿であった女性議員の増加を呼びかけるイベントで、ジャーナリストの津田大介さんが語った。8月から愛知県で開かれる国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を務める。今回、国内の芸術祭としては初めて、参加作家の男女比をほぼ半々にした。
 津田さんは医学部入試での女性差別問題に衝撃を受け、美術界の様々な男女比について、調べてみたという。昨年主要な美大や芸大に入学した女性の人数は男性の約2~3倍いたが、女性の教員は1割程度。過去3回のあいちトリエンナーレでも、男性作家は女性の2倍以上いた。津田さんは「選ぶ側を多様にすることで偏りがない適正な選考ができる」とみる。
 大学も役職が上がるほど女性の割合が下がる典型だ。今春、東京外国語大学の学長に林佳世子さん(60)が就いた。86ある国立大で女性学長は4人(4月1日時点)。林学長は「めざすゴールが男女半々だとすると、あまりに遠い道のり」と嘆く。
 村上さんは「日本でもフランスのように、企業や役所などにも男女均等の推進を義務づけるなど、政治と社会のパリテを両輪で進めていく必要がある」と指摘する。(伊藤恵里奈、山下知子、三島あずさ)」(2019/05/22付「朝日新聞」p2より)

この、いくつかの指標における女性の地位を、改めて認識した。
「86ある国立大で女性学長は4人」とあったので、Netでググってみたら、それは、上記の外語大を除くと、お茶の水女子大学(室伏きみ子)、愛知教育大学(後藤ひとみ)、総合研究大学院大学(長谷川眞理子)の各氏だった。
しかし有権者の女性の割合が52%だというのに、市区町村長の割合が1%とはいかにも少ない。そして大企業の部長職では3%。自分も、現役時代、組織長としての女性の部長はいなかったので、その現状はよく分かる。

一方、今日の朝日新聞にこんな記事もあった。
「(もっと知りたい)家事のお値段:1 家事や育児は「労働」じゃないの?
 「無職の専業主婦」――。5月の連休中、雑誌「週刊ポスト」のウェブサイト「マネーポスト」に掲載された年金についての記事でのこんな表現が、インターネット上で波紋を呼んだ。
 ツイッターでは、「『専業主婦』も家事労働をこなす『働く女性』だ」「政治があまりにも無職の専業主婦が担ってきたことに無関心だった」といった声が広がった。
 家庭内の家事や育児は、労働ではないのだろうか――。「無職の専業主婦」という表現に、そんな違和感を抱いた人が多かったということだろう。
190603kaji  実際、無償労働の価値を数量的に評価するという取り組みが、国内でもある。
 国内総生産(GDP)など従来の経済統計は、主に市場を介して生産されるモノやサービスの量を測定している。一方、家庭内で無償で行われている家事や育児は含まれない。
 「経済統計が家庭内の無償労働を含まず、市場を介するものに偏っているという問題意識は、すでに1920年代から、欧米の経済学者たちの間にあった」と、内閣府経済社会総合研究所の主任研究官私市(きさいち)光生さんは指摘する。「子どもが保育園に入園できて母親が働けばGDPに含まれ、子どもが待機児童になって母親が家庭に入ると、GDPに反映されないのです」
 また、農家が作った米や野菜を自家消費するのはGDPに含まれるが、稲刈りの手伝いなど隣近所との助け合いは含まれない。そのため、GDPは、農村人口が多い国の豊かさを正しく把握できていない可能性があるという。
 一方、生産物を生み出しているわけではないが、GDPに入っているものもある。「持ち家」だ。家賃単価には公的な統計があり、「部屋を賃貸すればいくらになるか」を貨幣評価することができる。持ち家の貨幣評価は、GDPの国際基準でも認められている。
 つまり、GDPには、市場を介さなくても評価しやすいものは含まれ、評価しにくいものは含まれていないのだ。こうした統計の偏りは、「経済への女性の貢献が過小評価されている」との批判を集めてきた。
 95年、北京で開かれた国連の世界女性会議では、女性の無償労働(アンペイドワーク)が議論され、政府や国際機関で、無償労働の価値を数量的に評価することが、行動綱領に盛り込まれた。
 日本では97年、当時の経済企画庁が初めて、男女別の無償労働の貨幣評価を推計し公表した。その後も2018年まで計5回にわたって推計、公表し、最新の16年データを使った推計によると、無償労働の総額は最大で約143兆円。日本のGDPの2割程度にあたることが分かった。
 これまで、英国やオーストラリア、カナダなど多くの国で推計され、国連欧州経済委員会(UNECE)は17年、「無償の家計サービス生産の貨幣評価についての指針」を作ったが、正式な国際基準は完成していない。(杉原里美)」(2019/06/03付「朝日新聞」夕刊p5より)

専業主婦の働きは年収300万円に相当するという。なるほど・・・
この表を見ると、共働きの夫は妻の1/5。年金生活者だろうか、夫婦共に無職の夫は、妻の約1/4だという。つまり、妻がよく言う「平等」の立場になっても、夫は家事をしないという事らしい。

さて、これらの数字をどう評価する?
女性は、社会では冷遇され、家事では期待されている!?
これは、日本の昔からの歴史が背景にあるのだろうか?
でも、これだけは言える。どうりで、家庭で女性が強いわけだ!

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2019年6月 1日 (土)

三橋美智也の「古城」

シニア世代以外は、たぶんこの歌を知らないだろう。しかし、この歌は、30万枚の大ヒット。三橋美智也の「古城」である。

<三橋美智也の「古城」>

「古城」
  作詞:高橋掬太郎
  作曲:細川潤一

松風騒ぐ 丘の上
古城よ独り 何偲ぶ
栄華の夢を 胸に追い
あゝ 仰げば侘びし 天守閣

崩れしままの 石垣に
哀れを誘う 病葉や
矢弾のあとの ここかしこ
あゝ 住古を語る 大手門

甍は青く 苔むして
古城よ独り 何偲ぶ
たたずみおれば 身にしみて
あゝ 空ゆく雁の 声かなし

この歌は、1959年(昭和34年)7月にリリースされた三橋美智也のシングルで、バックコーラスはヴォーチェ・アンジェリカが受け持っていたことは(ここ)に書いた。

Netでこの歌についてググっていたら、この歌は三橋美智也の最大のヒット曲だったという。(ここ)によると・・・

1位「古城」300万枚
2位「リンゴ村から」「星屑の町」270万枚
4位「哀愁列車」250万枚
5位「夕焼けとんび」「達者でナ」220万枚
7位「おんな船頭唄」「母恋吹雪」200万枚
9位「あの娘が泣いてる波止場」180万枚
10位「お花ちゃん」「一本刀土俵入り」「赤い夕陽の故郷」「武田節」「石狩川悲歌」150万枚
15位「男涙の子守唄」120万枚
16位「あゝ新撰組」「おさげと花と地蔵さんと」110万枚
18位「おさらば東京」100万枚

三橋美智也の歌謡曲におけるミリオンセラーが18曲。当時、三橋美智也がいかに一世を風靡していたかが分かる。当時の大歌手だった。
ここ)に、三橋美智也の最期を看取った、マネージャーだった二條弘子さんのこの歌についてのエピソードがあったので、転載してみる。
「三橋美智也の人気の、その頂点で放ったのが「古城」(34年7月)でした。
歌謡曲史上に残るこの名曲は、和田寿三デイテクターが「三橋の代表作として永久に残るような、格調高く気品のある曲を作りたい」と考えてプロデユースなさったものです。
作詞の高橋掬太郎先生も作曲の細川潤一先生も非常に苦労した末に完成した力作で、譜面を見た瞬間、先生(三橋美智也)は、そのスケールの大きさに圧倒されたそうです。

松風騒ぐ 丘の上
古城よ独り 何偲ぶ

190601kojyou 「いったいどう歌えばいいのか、悩みに悩んだよ。それまでの自分の歌い方ではこの作品に負けてしまうと思ったからね。結局は、僕の持ち味だった民謡調のコブシなどは極力抑えて、メロデイどおりにていねいに歌うしかないだろう、と腹をきめたんだ」と、先生。
テクニックでこなしてしまうのではなく、スケール感にはスケール感で
真正面からぶつかってみようと、決めたわけです。

仕上がりは和田デイレクターの狙い通りで、売り上げ三百万枚は先生の長い歌手生活中最大のヒットとなりました。
またショーといえば、オープニングは「哀愁列車」締めくくりの一曲は「古城」というふうに決まってしまったのですから、「永久に残る代表作」という狙いもみごとに達成されたことになります。」(二條弘子著「三橋美智也の遺言」p105ここより)

ステレオの再録盤も聞いてみよう。

<三橋美智也の「古城」(ステレオ)>

この歌の音源は、この二つだと思っていたら、YOUTUBEに1961年録音のステレオ盤がアップされていた。この音源は聞いたことが無かった。

<三橋美智也の「古城」(1961年)>

三橋美智也は声域が高い。民謡でならしただけあって、その声の伸びは素晴らしい。
思い出すに、親父が三橋美智也が好きだった。もう23年も前に亡くなったが、こんな歌を聞いていると、いまだに仲の悪かった親父を思い出す。
自分もトシである。

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