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2019年4月 1日 (月)

透析中止、広がる議論~延命治療の現場

先日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(時時刻刻)透析中止、広がる議論 44歳女性死亡、病院「問題なし」 他20人説明せず
 昨年、当時44歳の女性が人工透析をやめ、公立福生(ふっさ)病院(東京都福生市)で亡くなった。病院は28日、初めて報道各社の取材に応じ、女性の意思を十分確認した上で中止し、手続きなどに問題はなかったとの認識を示した。患者が透析中止を希望した場合、医療者はどのように対応すべきか。今回の件をふまえて学会で議論している。
190401touseki  治療にあたった外科医(50)と松山健院長らが女性の治療経過を説明した。
 説明によると、糖尿病による腎不全や心筋梗塞(こうそく)などを起こし、人工透析をしていた女性は、左腕につくった透析用の血液の出入り口(シャント)の状態が悪化。血管の状態も悪く、新しくシャントをつくるのは難しい状態だった。
 昨年8月9日、女性はシャントが閉塞(へいそく)し、同病院を受診。外科医は首周辺に管を通す透析治療を提案したが、女性は「シャントがだめだったら透析をやめようと思っていた」と話し、拒否した。
 外科医は透析をやめると2週間くらいで死に至ると説明、女性は「よくわかっている」と答えたという。女性と女性の夫、外科医と看護師、ソーシャルワーカーを交えて再度話し合ったが、女性の意思は変わらず、夫も女性に同意した。外科医は透析からの「離脱証明書」に女性に署名してもらった。
 女性は14日に入院。16日未明、呼吸の苦しさや体の痛みを訴え、看護師に「こんなに苦しいなら透析した方がいい。撤回する」と発言したことが記録に残っている。
190401touseki1  しかし、16日昼前に女性の症状が落ち着き、外科医が呼吸の苦しさや体の痛みが軽減されればよいか、それとも透析の再開を望むかと尋ねると、「苦しさが取れればいい」と答えたという。外科医は女性の息子2人にも説明して理解を得たうえで鎮静剤を増やし、女性は同夕に亡くなった。
 外科医は「透析を続けるための措置を拒否したために透析が出来なくなった特異なケースだが、丁寧に対応し、出来ることはやらせてもらった」と述べた。
 今月6日に病院に立ち入り検査をした東京都は当初、外科医が透析をやめる選択肢を示した、と説明していた。この点について外科医は「中止の選択肢は示していない」と否定した。
 透析中止の判断をめぐり、都は、日本透析医学会の提言を踏まえて第三者も入る倫理委員会に諮るべきだったのに行わなかったとして、病院を口頭指導した。しかし、松山院長は「病気の進行や患者の透析離脱の強い希望などがあった。学会の提言には違反していない」と述べた。
 都の調べで、同病院では女性のほかに透析を始めなかったり、中止したりした患者20人が亡くなったことが判明している。病院側は「確認が取れていない」として説明しなかった。
 病院側の弁護士は、取材対応が問題の表面化から3週間以上後になったことについて、学会の調査や見解を待っていたため、などと説明した。
 都のほか、日本透析医学会と日本腎臓学会も調査を進めており、近く指導したり、見解を示したりする予定だ。(土肥修一)

 ■命を左右、十分な説明必要
 日本透析医学会は2014年、どのような場合に透析を中止するかについての提言を示した。中止の検討対象を、がんを併発するなど終末期の患者に限定。終末期でない患者が強く中止を望む場合は、透析の効果を丁寧に説明し、それでも意思が変わらなければ判断を尊重するとしている。また、患者の意思が変われば透析を始めたり、再開したりすることも盛り込んだ。
190401touzeki2  木澤義之・神戸大特命教授(緩和支持治療科)は、「病院側の説明では、本人の意向を何度も確認し、誠実に対応した印象だ」と話す。その上で、透析中止の判断後の重要性を指摘する。「がん以外の他の病気では家族への対応が不十分な場合も少なくない。今回、適切な苦痛緩和や家族の十分なケアが行われたのかという視点での検討も必要だ」と話す。
 人工透析は週2~3回、1回で4~5時間かかり、身体的にも精神的にも負担が大きい。少数だが、脚の血管が詰まり透析の度に激痛が走る例もある。透析開始年齢が平均約70歳と高齢化して合併症を持つ人も少なくない。このため、透析をしたくない、やめたいという患者もいる。
 だが、多くの場合透析をすれば、何年も生きることができる。藤田医科大の稲熊大城教授(腎臓内科)は「心臓などに問題がなければ、透析を始めれば、その時点での平均余命の半分は生きられる」と説明する。
 70歳男性なら7年超にあたる。透析をしながら旅行やスポーツなどを楽しむ患者も少なくない。透析医学会は25日、透析をしているだけでは終末期に含まないとの見解を示した。
 患者の命にかかわる透析の中止などについては、慎重な検討が必要だ。清水哲郎・岩手保健医療大学長(臨床倫理学)は「方針決定には本人の意思の尊重が大前提だが、医学や生活への影響についての知識が不十分なままでの意思決定は必ずしも本人にとって最善とは限らない」と話す。
 患者が透析で余命が何年も見込めるのに透析を望まない場合や、透析の実態や費用などについて誤解している場合は、医療従事者は透析の効果やリスク、公的助成などについて十分に患者に説明し、理解してもらうことが欠かせない。
 清水さんは「医療従事者も含めて本人やチーム全体が合意に至らなければ、本人の人生観や価値観を踏まえた上で、何度も話し合いを繰り返すことが大切だ」と強調する。(小坪遊、田村建二、大岩ゆり)」(2019/03/29付「朝日新聞」p2より)

この話は、「単に生きていれば○(マル)なのか?」という疑問と、「余り病院を叩くと、医師が萎縮してしまい、結果として植物人間が増えてしまう」という懸念を自分に持たせる。
前に「リビングウィルの病院現場での体験」(ここ)という記事を書いた。

延命措置を望まない兄を、病院と戦いながら?送った体験談である。
最期まで意識があった兄は、チューブにつながれて生きる意味を考え、6年も前から尊厳死協会のリビングウィルに署名をして、自分の死に様を決めていた。
しかし、最期の症状であった気胸の治療に対し、病院側の姿勢は非常に頑(かたく)なで、それがそう簡単に実現しないことが分かった。書類も延命治療を拒否し、本人にそれを聞いても、明確に延命措置は不要。と答えていた。
それでも、主治医は瀕死の患者に「拒否する理由は何ですか?」「後日、4人の治療チームの医師で説得します」と言っていた。そこには「気胸で、チューブを入れない人はいない」という固定概念があり、それに向かって突き進むのが病院として正しいことだったらしい。そこには、口では「患者自身の意志が最優先」と言っていながら、標準治療を押し付ける姿勢が明確だった。

今回の、福生病院の透析問題は、まさにその背景を映し出している。そう、患者の意思を尊重すると、こうなるのである。叩かれなくても良いことで、世間からこれだけ逆風を受ける。だったら、患者の意志など無視して、標準治療を押し付けた方が、病院としては楽なのである。

この事件の発生で、益々病院は、患者の意志から遠くなり、標準治療を押し付け、結果として苦しみながらただ生きているという無残な患者が増えるだろう。患者本人はもとより、家族の負担、保険の負担が増え、「何のための延命か?」「何のために、生き長らえなければいけないのか?」という疑問が膨れる。

この透析患者の場合、途中から苦しいからと、「止める(透析を続ける)」と意志が変わったとしても、たぶん後戻りはできなくなっていたと思われる。しかし患者の心変わりも分かる。上の記事にもあるが、そこには苦痛緩和の治療がどれだけ為されたのか、という疑問だけは残る。
治療を止めて、死ぬまでにどのくらいの苦痛が伴うのか、それに対してどう処置ができるのか。という説明がどれだけ為されたのか?それによっては、「簡単に死ねないのなら、治療を続ける」という判断もあったかも知れない。

自分が今後、同じ状況になったら、今までの「治らないのなら、単なる延命治療はしない」「しかし、死ぬまで出来る限りモルヒネを使って下さい」に加えて、今回の事件を受けて「散々モルヒネを使っても、死ぬまでどの位苦しいですか?」と聞くことにしよう。
「延命治療をしないで死ぬのがそんなに苦しいのなら、そして、もし延命治療をすることで、苦しまなくて死ねるのなら、延命治療をして下さい」と言うかも・・・
医療現場が萎縮することを懸念させる今回の事件ではある。


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コメント

とても考えさせられました。

>自分が今後、同じ状況になったら、今までの「治らないのなら、単なる延命治療はしない」「しかし、死ぬまで出来る限りモルヒネを使って下さい」に加えて、今回の事件を受けて「散々モルヒネを使っても、死ぬまでどの位苦しいですか?」と聞くことにしよう。
「延命治療をしないで死ぬのがそんなに苦しいのなら、そして、もし延命治療をすることで、苦しまなくて死ねるのなら、延命治療をして下さい」と言うかも・・・

参考にします。
ありがとうございました。

投稿: Tamakist | 2019年4月 2日 (火) 15:26

せつないですね。
私の友人は母一人子一人でしたがその
お母さんがボケと老衰がひどくなって
介護つき病院で延命治療を受けて
いました。
 しかしある日ついに息子は敢えて
延命装置を外す決断をしたのです。
 母子が支えあって生きてきたような
関係でした。
 そして葬儀を終えた友は数か月後
母のルーツをたどりに東北のある県
に旅立ちました。
 かなり収穫があった旅でしたが彼の
胸中を思うと万感迫るものがありま
した。
 まだ本格的にボケる前にお見舞いに
行ったとき、比較的普通に話ができた
と思い、去ろうとしたとき背中越しに
流ちょうなロシア語が飛んできました。
彼の母は若い頃満州にある日本の
役所にいたのですが、そこが対ロシア
諜報機関であり、自然とロシア語を覚え
たということです。
 私たちの世代(お若いかたいらした
ら許してください)は父が戦地に行き、
母が外地出身という人がたくさ
んいますね。
 

投稿: ドジー | 2019年4月 7日 (日) 19:43

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