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2019年3月23日 (土)

佐伯泰英「居眠り磐音 江戸双紙」を読み終えた

「佐伯泰英「居眠り磐音 江戸双紙」全51巻 読破のスタート」(ここ)という記事を書いたのは、2018/10/11だった。
それ以来、2019/03/20まで、約半年をかけて、「居眠り磐音 江戸双紙」全51巻+「読本」2冊+「吉田版「居眠り磐音」江戸地図」、そして番外としてこの1月に出版された「奈緒と磐音」、加えて、この小説の続編である「空也十番勝負 青春編」の5冊の合計59冊だった。なお、「空也十番勝負」は、今日現在7冊が出版されているが、12月に刊行された最後の2冊だけ、まだ読んでいない。たぶん今後も続いていくだろうから、後でまとめて読もう。
この3月は、バタバタしていて読むスピードが落ちたが、それまでは、ほぼ2日に1冊のペースで読んだ。途中少したるんだ時期もあったが、まあまあ最後まで行った。
この小説は、実に定型化している。
190323edochizu1冊に5章。1章が各60~70ページで、どの本も320ページ。
最初の各章には、必ず悪者が出て来て、終わりにチャンバラ。そして居眠り磐音が必ず勝つから安心!?主人公は絶対に死なないのである。(累計、磐音は数百人殺した?)
磐音が江戸のあちこち、そして地方にも行くが、その途中の風景やら風俗を説明。もちろん時代背景も。よって居ながらにして江戸の生活が分かる。
途中で「吉田版江戸地図」を買ってきて、それを傍らに読んだ。地図上で、どこを歩いているかが分かり面白い。この地図はなかなか有用だった。
190323edochizu1「居眠り磐音」の物語は、1772年(明和9年)から1796年(寛政7年)まで、日を追って進んでいく。だから過去と現在を行ったり来たりする物語と違って、実に分かり易い。いわば日記なので、幾らでも長編になり得る原理。
そして、佐伯泰英氏が目標としていた50巻がちょっと行き過ぎて51巻で間欠した後、磐音の息子の「空也」が主人公となって、「空也十番勝負」として続いている。
発売年月でみると、「居眠り磐音」の第1巻が発売されたのが2002年4月なので、今日現在17年に亘って書き続けられている長編ということになる。
時代小説の常なのかも知れないが、藤沢周平と同じく、歴史的事実を軸に、そのスキマに主人公たちが活躍する。特に田沼意次との戦いは、意次の隆盛と衰退が、まるで主人公たちがそれを主導したかのようで面白い。
江戸の町、江戸庶民の生活、そして武士や殿様たちの生活が読み取れて勉強になる。
とにかく武士は貧乏。そして、江戸は海運(水路)が発達していて、猪牙舟(ちょきぶね)は、まるでタクシーのよう。江戸時代が良く分かる。
それに貢献しているのが「居眠り磐音 江戸双紙 読本」だ。これは2冊出版されているが、筋が分かって面白くないので、年表は読まないで、「江戸コラム」などの他の部分を読むと、江戸が実に良く分かる。
確かに長いので、本筋とは離れた遊びのシーンも多い。しかし、シリーズ全体を横から串刺し、俯瞰するように、登場人物たちが活躍する。
そして登場人物が誰も死なないので、爽やか・・・。(最後には年寄りは亡くなるが)
つい、佐伯泰英について研究?したくなって、研究本を買ってきて読んでしまった。
宝島社の「佐伯泰英!」、鷲田小彌太の「「佐伯泰英」大研究 (日経ビジネス人文庫)」など。
お祖父さんが愛読していて、途中で亡くなったので、お棺の中に続編の本を入れてあげた。なんていう話もあるらしい。
本屋に行くと、この佐伯泰英を始め、時代小説がずらっと並んでいる。今の不愉快な政治状況をニュースで聞くより、よっぽど精神に良い。
約260冊のうち、まだ60冊。あと200冊あるので、2年弱は楽しめる。まあ飽きが来るかも知れないが・・・。
でもミーハーの自分には、本屋でずらっと並んでいる「ベストセラー」物は、間違いの無い本なのである。
最後に話は飛ぶが、現在BSプレミアムで「陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~」の再放送をしている。2007年の作品が、先月2月12日より放送されている。録画して見始めたが、見るのを止めた。つまり、小説を読んで、自分なりのイメージと、TV画面に出てくるイメージがあまりに違う。せっかく、大事に育ててきた自分なりの磐音の世界を、TVで汚すこともない。よって見るのを止めた。
またこの5月17日から全国公開される映画「居眠り磐音」は、例のピエール瀧が悪役として出ているが、今回の事件で、撮り直しだそうだ。もちろん、この映画も見るつもりはない。
時代映画といえば、藤沢周平作品も多く映画やTVドラマになった。これらも、自分のイメージを壊しても、それ以上に得るものは無かった。読んだ小説の映画は、どうも自分にはフィットしないようである。


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