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2019年1月 8日 (火)

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」~「上からの弾圧」より怖いのは

昨日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(日曜に想う)「上からの弾圧」より怖いのは 編集委員・福島申二
 天気図に縦縞(たてじま)が並ぶとき、季節風は雪を降らせて山を越え、関東平野で空(から)っ風になる。去年の師走の一日、吹いてくる風に向かうように列車に乗って、長野県の上田市を訪ねた。
190108fubou  関東の冬晴れが、軽井沢を過ぎるあたりから雪催(もよ)いになった。故・金子兜太さんが揮毫(きごう)して昨年2月に除幕された「俳句弾圧不忘の碑」は、冬枯れた丘の木立の中に静かに立っていた。
 俳句弾圧とは、時局にそむく作品をつくったとして、1940年代に治安維持法違反容疑で俳人が相次いで捕らえられた事件をいう。「不忘の碑」の説明文によれば少なくとも44人が検挙された。
 碑には弾圧を受けたうち17人の句が刻まれている。その一人、渡辺白泉(はくせん)は今月30日が没後50年の命日になる。白泉の名は知らなくても、この句は知っているという人は多いのではないか。
190108fubou1_2  〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉
 いつしか忍び寄ってきた戦争が、気づけば暗がりにぬっと立っている。戦慄(せんりつ)的な暗喩の句は、昭和の戦争のイメージを呼び覚まして不朽である。
 もう一つ、応召して水兵になった横須賀海兵団時代の句も忘れがたい。
 〈夏の海水兵ひとり紛失す〉
 海に落ちるかして水兵が行方不明になったのだろう。それを「紛失」と表すことで、人がモノのように扱われる非情さを万の言葉にも増して暗示する。
 去年の秋以降は、国会の審議にこの一句を思い出すことが多かった。
    *
 外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法の改正は、粗雑と拙速をきわめる審議に終始した。新たな法には、自分がそうしろと言われたら耐えられないようなことを、他人(外国人)には求める冷ややかさが垣間見えている。
 たとえば「特定技能1号」という在留資格ができた。これによって、5年の技能実習を終えてさらに5年、最長で計10年日本で働くことができる。しかしその間、家族の帯同は禁じられる。あまりに酷な扱いではないだろうか。
 そもそも今ある技能実習制度が、安価な労働力を確保するための「悪(あ)しき仕組み」になっていないかと指摘されて久しい。低賃金や労働環境のつらさのために失踪する実習生は後を絶たない。
 国会審議の過程で、凍死、溺死(できし)、自殺などで3年間に69人もの実習生が死亡していたことがわかった。だが、そのことへの見解を問われた首相は「私は答えようがない」と突き放した。白泉の詠んだ「水兵ひとり紛失す」の非情さが重なるのは、このあたりの政官の姿勢だ。
 時は流れても、人間は絶えず非人間化される危うさの中に生きている。その真実を、兜太さんによる「不忘」の文字は伝えているように思われる。
    *
 「不忘の碑」の隣には「檻(おり)の俳句館」という小さな建物があった。
 事件で検挙された白泉ら俳人の似顔絵や作品を壁に展示し、一人ずつ鉄格子を取り付けて表現や言論への弾圧を「忘れまい」と訴える趣向になっている。
 〈ナチの書のみ堆(うずたか)し独逸(ドイツ)語かなしむ〉は時局に便乗した当時の書店の光景であろう。今のヘイト本を想像させる。句は一本の鞭(むち)のように、作者の古家榧夫(かやお)と檻の中からこちらを見つめている。
 館主のマブソン青眼(せいがん)さん(50)はフランス出身の俳人で長野市に住む。兜太さんを師と仰ぎ碑の建立に尽力した。その人の言葉にはっとさせられる。「上からの弾圧だけではない。下からの弾圧がこわい。まわりの目が気になって、怖くなって、自分の自由を自分であきらめる。自分で自分の檻を作っている」
 大げさな話ではない。職場や地域など日常の中での「空気」の圧力は誰にも経験のあることだろう。政治色を嗅ぎとられる意見や表現は、近年とみに息苦しさが増している。メディアもまた自己規制という「檻」を内部に抱えている。
 碑も館も、ささやかな存在だ。しかし訪ねてみると、それらの句が過去のものではなく、今という時代と深く切り結んでいることに気づかされる。油断してはならない、という声を遠くから聞く。」(
2019/01/06付「朝日新聞」p3より)

この記事で紹介されていた「戦争が廊下の奥に立つてゐた」という句は、自分も作者は知らなかったが、ゾッとして記憶に残っていた句。そして「夏の海水兵ひとり紛失す」の冷たさ・・・

毎日、大々的に報道されている海上自衛隊の哨戒機へのレーダー照射問題。韓国ではこんな見方もあるという。

「安倍首相に謝罪要求=「摩擦利用」と主張―韓国野党
【ソウル時事】韓国駆逐艦による海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問題で、保守系最大野党「自由韓国党」報道官は6日、論評を発表し、「安倍(晋三)首相は防衛省の反対にもかかわらず、映像公開を指示するなど、急落する支持率の回復のため、韓日間の摩擦を利用しているとみられる」と主張、安倍氏の謝罪を要求した。
 韓国国防省は4日、日本の主張に反論する動画の中で、「この事案を政治的に利用せず、実務協議を通じた事実確認手続きに入るべきだ」と呼び掛けたが、自由韓国党はさらに踏み込み、安倍氏に矛先を向けた。」(
2019/01/06付 ここより)

この見方が、当たっているかどうかは分からない。しかし、国内では論じられていないが、そんな見方もあるのだと知った。それにしても、テレビも新聞も、この問題に関しては、韓国非難一色。
ふと自身を振り返ってみても、「韓国をやっつけろ!」と思っている自分が居る。
まさに「戦争が廊下の奥に立つてゐた」だ・・・・

たぶん戦争は、このように始まるのだろうな、と思う。ふと二つの言葉が浮かび、広辞苑で引いてみた。

ナショナリズム【nationalism】
 民族国家の統一・独立・発展を推し進めることを強調する思想または運動。民族主義・国家主義・国民主義・国粋主義などと訳され、種々ニュアンスが異なる。

プロパガンダ【propaganda】
 宣伝。特に、主義・思想の宣伝。

先の戦争で、日本軍が中国の街を占領する度に行われた提灯行列と万歳三唱。そして「日本勝った日本勝った、また勝った 支那のチャンコロまた負けた」と歌ったという。
確かに、政府によって煽られていたこともあるとは言え、多くの国民が真に「やれやれ!やっつけろ!」と思っていたのでは無いか?

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」
今回も、韓国を跪(ひざまづ)かした後、日本の国民は提灯行列でもするのだろうか?
国全体で「韓国憎し」「韓国をやっつけろ!」と一丸となっていることが怖い。


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コメント

今日、今学期最後の聴講に近くの大学に出かけ学食で5人ほどで昼ごはんを食べながらの会話の終わりに一人が「6日の朝日のこの記事」を教えてくれました。
私は前にもこのコメント欄に書いた記憶がありますが初めて渡辺 白泉のこの句に出会ったのは中山道・板橋宿を歩いていてあるお宅の玄関先のホワイトボードの書き込みでした。衝撃を受けてカメラをむけ後から調べました。
上田市・別所温泉にある「俳句弾圧不忘の碑」は昨年6月に訪ねました。これは「無言館」を主宰している 窪島誠一郎さんが兜太さん、マブソンさんなどと計らって無言館と信濃デッサン館のあいだに設けられたものです。秩父生まれの
兜太さんにとって信州上田は「秩父困民党」の舞台にもなった因縁を感じる特別な土地でなかったのかと私は勝手に想像しています。
上田市の西に位置する青木村には図書館に併設された「義民館」がありさらにこの村出身の新興俳句の俳人「栗林一石路」の紹介コーナーがあります。「檻の俳句館」には、一石路の句「戦争をやめろと叫べない叫びをあげている舞台だ」が掲げられてあったはずです。
 
最近私は「被害と加害」について考えることが多くなりました。戦争や歴史について「自分の痛みだけを語り加害者としての痛みを感じない言説の根っこには「ナショナリズム」の重石があるような気がします。自分への反省もこめてそう思います。

【エムズの片割れより】
含蓄のあるコメントをありがとうございました。

投稿: todo | 2019年1月 9日 (水) 17:40

「血税を返せと誰も言わぬ国」
税金を払えず差し押さえをされても我慢する国民、搾り取った大金をパッと使ってしまった総理夫人、この国の税金は誰のものなのでしょうか。勝手に使った人に返せと言えない国、
「独裁の血筋は何代続くやら」
かって戦犯だった総理の狡猾な顔を思い出します。

【エムズの片割れより】
その通りですね。

投稿: 白萩 | 2019年1月 9日 (水) 21:50

あるスピ系のブログからの転載です。
日韓双方の庶民が、どちらもそうだそうだと付和雷同し、戦争止む無しと突っ走ることがないよう祈るばかりです。
蛇足ながら、降って湧いたような我が国の18歳以上選挙権付与。
徴兵制復活時の対象者拡大の布石のような気がしてなりません。
-----------スピ系ブログから--------
こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

印象操作・・これはいつの時代でも使われているものです。
いまも使われているのはご存知だと思います。

たとえば、戦争です。
戦争は何度も言いますが、自然発生的に起きるものではありません。
誰かが意図的に計画して起こすものなのです。

戦争の目的はお金儲けです。
戦争をするとお金が儲かる・・だから、意図して何度でも起こします。
戦争がテラ(註: 地球のこと ラテン語)からなくならないのは、そういうことです。

ではどうやって戦争を起こすのでしょうか?
仮想の敵を作ることからはじまります。
あの国の人たちは、自分の国のことを悪く言っている。
あの国の人たちは、自分の国を侵略しようとしている。
などと、国民に印象を持たせるのです。

国民の間では何もないのに、政府やマスコミが少しずつでも相手の国の悪口を言ったり、こんなことを要求されたとか、こんなひどいことを言って来たとニュースなどで流します。
それによって、何にも思ってなかった国民たちも少しずつその国の人たちがキライになってしまうのです。

そこに何かのきっかけを作ります。
たとえば、幼気な少女に、他国の人から自分の国の人こんな風にひどい目にあわされたと具体的にイメージでいるように詳細に公けの場で伝えさせます。
その発言が元で本当に戦争になったという事実(註: 第一次大戦)があるように、
小さな子どもや女性がひどい目にあったという話を創り上げ、それをマスコミなどで大々的に報じるのです。

人々の感情の部分を刺激するのです。
そうすれば、もともとキライになっていた相手の国を攻撃してもいい・・
という風潮が出てきて、それに乗じて戦争を起こすように持って行くのです。

 人々の感情をコントロールすることで、為政者たちは好きに出来るのです。
それが印象操作です。

事実と違っていても、感情をコントロールした人の方が信じられるということなのです。

これは為政者によって常に使われる方法です。
言葉遊び、言葉のすり替えも同じです。
言葉の印象で、人々の気持ちが変わります。

復興に使う気はなくても、復興税という言葉にすれば、復興のためなら仕方がないと国民は納得して払います。

 政府の借金さえ、国民一人当たりいくらの借金がありますと報道すれば、国民は自分が借金をしているかのように思ってしまうのです。

マスコミなどは印象操作のために使われます。
ニュースだけではなく、ドラマや映画も同じです。
為政者たちが、庶民をどちらの方向へ動かして行きたいかを決め、
その方向へ向かってドラマや映画や本も作成されることが多いのです。

明治維新を素晴らしいものとするために、江戸を悪い時代だったとするのも印象操作ですね。

明治維新を起こした人を、本当に国の将来を思い、そのために尽力した素晴らしい偉人たちと描き、明治維新を良いこととしたのも印象操作です。
明治維新バンザイにするためです。

本当の明治維新は、少数の人たちが権力を欲したためのクーデターです。
それを、国家的な素晴らしい出来事という印象操作をしたのです。

まだまだありますが、きりがないのでこの辺にしておきたいと思います。
何か大きな事件なり出来事があった時は、ちょっと冷静に見るようにしてください。

感情が先に立ってしまうと、冷静さを失い、事実を見る目を失い、印象操作に乗ってしまうことになります。

自分で事実を確かめる・・そのことを忘れないでくださいね

あなたに愛をこめてお伝えいたします。

【エムズの片割れより】
実に分かり易い解説ですね。
踊らされない、というのは、結構大変ですが・・・

投稿: 伊勢生まれの下総人 | 2019年1月10日 (木) 17:55

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