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2019年1月の16件の記事

2019年1月30日 (水)

厚労省の不適切統計は、担当職員の減少が根本原因かも?

連日ニュースで話題となっている厚労省の毎月勤労統計で不適切な調査問題。その根本には、役人がそうせざるを得なかった何かがあったような気がして、Netでググっていると、こんな記事がヒットした。

不適切統計は厚労省だけなのか 担当職員の減少で精度の甘さも…省庁横断的な統計部局が必要だ
 厚生労働省の毎月勤労統計で不適切な調査が長年続いていたことが明らかになった。報道によれば、1996年から全国3万3000事業所を調査すべきところを3万事業所しか調査しないなどの不適切な調査が行われていたという。従業員500人以上の事業所は全数調査がルールだが、2004年からは、東京都内の1400事業所のうち3分の1だけを抽出していたとされる。
190130kourousyou  なぜこんな事態になったのか。まず政府の統計職員数について、国際比較の観点からみてみよう。総務省の資料によれば、国の統計職員数は1940人(18年4月1日時点)。省庁別では、農林水産省613人、総務省584人、経済産業省245人、厚労省233人、内閣府92人、財務省74人、国土交通省51人などである。
 なお、04年でみると、農水省には4974人の統計職員がいたが、農業統計のニーズの減少のため、これまで4000人以上を削減してきた。他の省庁でも若干の減少である。今回問題になった厚労省は351人の職員がいたが、今や233人に減少している。
 日本政府の統計職員数は1940人であるが、これは人口1000人あたり0.02人である。データはやや古いが、12年でみると、米国0.04人、英国0.07人、ドイツ0.03人、フランス0.10人、カナダ0.16人であり、日本の現状は必ずしも十分とはいえない。
 どこの世界でも同じだと思うが、統計の世界でも、従事人員の不足は間違いを招くという有名な実例がある。1980年代の英国だ。政府全体の統計職員約9000人のうち、約28%にあたる2500人を削減したところ、80年代後半になって、国民所得の生産・分配・消費の各部門の所得額が一致せず、経済分析の基礎となる国民所得統計の信頼が失われてしまった。
 厚労省の毎月勤労統計で、都内の従業員500人以上の事業所について「全数調査」から「3分の1抽出」に切り替えたというのも同省の統計職員の不足が背景にあるのではないか。実際、厚労省の統計職員は大きく減少している。
 農水省の統計職員が減少するのはある程度理解できる。かつては、詳細な農業統計が求められたが、そのニーズが減少したからだ。本来ならば農水省の統計職員を他省庁の統計職員に振り替えるべきだったが、日本では各省ごとに統計が分散しているので省庁の壁があり、人員を配分することができなった。
 統計職員の減少の影響は、今回の毎月勤労統計以外の統計でも心配事だ。総務省の家計調査はサンプル数が少なく、ブレが大きいことがしばしば指摘されている。また、総務省の消費者物価統計も海外から精度が甘いと指摘されている。
 統計の信頼は急務である。省庁の縦割りを廃止し、省庁横断的な統計部局を作り、統計職員を確保した上で時代のニーズに対応した統計作成が求められている。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)」(
2019/01/18付「夕刊フジ」ここより)

今問題となっているのは、全数調査が前提なのに、その1/3を単純に切り棄てたこと。それで値が動いた。最初から、1/3の調査結果を3倍しておけば、それほどのズレは無かったはず。そもそも全数調査という前提が、ダメ。単なる統計なので、統計理論によって、最初から抽出による統計にして、そのことをオープンにしておけば良いこと。日経平均株価と同じこと。それを後から辻褄を合わせようとするから、おかしくなる。

性善説に基づけば、役人は自分たちの失点につながりかねないごまかしを、自ら進んでやることは無いだろう。保身の意味でも。しかし、それを実行したという事は、せざるを得なかった事情があったとしか思えない。それが「予算の削減、統計職員の人員削減」だったのだと想像する。
04年から18年の14年間で、「厚労省は351人の職員がいたが、今や233人に減少している」という。
この不適切は、1996年からスタートしていたというので、その時に何があったかは分からない。何かの変化点があったのかも知れない。

大企業の検査のごまかしの話も多い。これも根は同じ。日産もそうだが、コストカット=人員削減により、現場への負担は多くなる。会社の上層部は、「減らせ!」という号令で済む。しかし現業部門は、そうはいかない。タダ残をするか、手を抜くか、それくらいしか方法が無い。「出来ない」と言うと、無能者のレッテル。よって、追い込まれて不正に手を染める。しかし、それが表面化するや、指示をしたトップは、責任を現場に押し付ける。
まったく決まり切った展開である。

今回の事案も、責任を取るべきは、トップであろう。それは首相であり大臣や次官・局長・・・。
それが、相も変わらず末端の担当者に責任を押し付けているのは、財務省の改ざん事件と同じ。
国の総理大臣が、その模範を示しているので、企業のトップもそれにならって後を追う。
どうしようもない国に成り果ててしまった今の日本ではある。

●メモ:カウント~1190万

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2019年1月28日 (月)

2019年の「サラリーマン川柳」入選作

サラ川の記事は毎年書いているが、最近はあまり話題にならないようだ。前は天声人語にも取り上げられていたが、この頃は載らない。
近年、どうもピリッとしないが、第一生命のサイト(ここ)から、今年も自分なりに10作品を選んでみた。(番号は第一生命の番号)

5)新人の 名前が読めぬ 時代来た(真珠2シャイ)
キラキラネームが話題になって久しいが、とうとう社会人になったか・・・!

8)メルカリで 妻が売るのは 俺の物(島根のぽん太)
「メルカリ」がおおはやり。前はよくTVのCMでも見掛けて、自分もカミさんから教えられた方だが、最近はCMの必要も無いほど、定着。自分も物によってはメルカリを利用しているが、こちらは若い女性が主なようだ。
でも、売るのは自分の物だけにしたい。

17)AIも 太刀打ちできぬ 妻の勘(うみうし)
将棋も含めてAIの発達には目を見張る。しかし、やはり人間の勘は、まだまだ生きているようだ。特に妻のカンの鋭さ!

20)諦める 妻のトリセツ 日日進化(赤塚不二子)
自宅滞在時間の多い年金生活者に限らず、男どもは妻の扱いには苦労している。それで「妻のトリセツ」なる本が大流行だという。覗いてみたくても、売り切れで手に入らない。
しかし、そこまで妻に迎合せねばならぬのかと、疑問も湧く。しかし、それでは男の日常は風前の灯・・・。何ともやりきれないが「諦める」は金言。

41)子におもちゃ 捨てると言ったら 「イヤ、売って」(しぇありんぐ、え?好みー?)
メルカリもとうとう子どもの世界にまで侵食しているのか・・・

50)病院へ 来ない仲間を 心配し(カープひろし)
病院の待合室が、談話室!?まだまだ自分は参加したくないが・・・

63)よく切れる スマホの電池 うちの妻(みらいむ)
荷物が多くなるのを気にしなければ、モバイルバッテリーが便利。しかし、切れる妻に対応できるグッズは無い。

76)忖度で ちがう意見が 一致する(団塊世代)
「忖度」という言葉も、アベ君の思う壺で、下火になりつつある。やはり“直ぐ忘れる日本人”はホントウか??

90)ちょっといい? ちょっとで終わった 試しなし(散らかりカレンダー)
この言葉、昔は会社の上司を連想したものだが、今は妻の「ちょっといい?」が大問題。妻の「ちょっといい?」に耐え忍ぶのは、とにかく寡黙が一番!?

94)オレ正論 妻へりくつで なぜ勝てぬ(のりちゃん)
言葉による議論が成り立つのは、男どうしだけ、と心得よ!?

当サイトで、最初に「サラ川」を取り上げたのは、2008年5月17日(ここ)だった。11年も前のこと。その時も、段々レベルが下がっている、と危惧していた。

その時に、振り返っていた昔の名作が懐かしい。

まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる(遠くの我家)~第5回 1位

一戸建て まわりを見ると 一戸だけ(貝満ひとみ)~第5回 4位

「妻」の字が 「毒」に見えたら 倦怠期(FA宣言できない夫)~第7回4位

やせてやる!! コレ食べてから やせてやる!!(栗饅頭之命)~第8回 1位

やめるのか 息子よその職 俺にくれ(独楽)~第17回 4位

二歳だろ トロ ウニ 選ぶな 卵食え(読み人知られたがらず)~19回 4位

自分で作れもしないのに言う資格は無いが、でもレベルの低下が惜しい・・・。現代人にウィットのセンスが無くなってきた、とは思えないが、そろそろ飽きが来ているのだろうか? このネタ切れ。「サラ川が寿命??」でないことを祈る。

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2019年1月26日 (土)

「私の折々のことばコンテスト2018」受賞作品

今朝(2019/01/26)の「朝日新聞」「天声人語」の記事である。

「(天声人語)言葉の宝石
 つらい時、壁にぶつかった時だからこそ、胸の奥深くにしみいる言葉がある。今年で4回目となる「私の折々のことばコンテスト」に、全国の中高生から2万7千件もの作品が寄せられた▼「頑張った匂いがする」。中1の佐藤彩羽(いろは)さん。つらかった小学校のころ、お母さんから何度もかけられた言葉だ。涙の跡を残して帰宅すると、何も尋ねずギュッと抱きしめてくれた▼聴覚に障害のある高2沢田絢香さんは、お母さんの言葉に涙がこぼれた。「障害のことで親を責めたことがないね」。困難な発音訓練も幼いころから親子でやり通した。耳の手術の前日、「あなたは耳のせいにして諦めたこともないね」とも▼お父さんの口癖も、聴く人を得れば名言になる。「まずは根拠の無い自信から」。中1阿部りつ禾(か)さんのお父さんは、何か初めてのことに挑むとき、家族の前で自分をそう鼓舞する。サケをさばく。エプロンを縫う。失敗してもいい、まずは自信をもって。その気にさせられるひと言である▼高2の将積(まさづみ)沙矢香さんが挙げた言葉もお父さんから。「『どうせ』ってもったいないで」。大嫌いな数学の難問を「どうせ私なんか解けへんもん」と投げ出した日のこと。「どうせ」という言い訳の沼にはまると、前に進めなくなる。そう教えてくれた▼友だちのこと、勉強のこと、部活のこと、家族のこと、夢のこと――。受賞作の一つひとつに10代の感性がきらめく。これら珠玉の言葉は、世代を超えて私たちを支えてくれる。」(
2019/01/26付「朝日新聞」「天声人語」より)

「私の折々のことばコンテスト」というのは知らなかったが、Netでググると、朝日新聞が主催だった(ここ)。その趣旨について、HPにはこうある。
「「私の折々のことばコンテスト」とは
友だちや先輩、親や先生など、身近なだれかのひと言。
メールやLINE、手紙で、ふと心にとまったメッセージ。
本やテレビ、マンガにも、大切なことばとの出会いはあるはずです。
朝日新聞の朝刊コラム『折々のことば』では、哲学者の鷲田清一さんが毎日一つのことばを取り上げ、やさしく深く読み解きます。
「私の折々のことばコンテスト」は、あなた自身の心に響いた「ことば」を探し、その思いを書くことで、自分にとって大切なものは何かに気付く、そんなきっかけを願うコンテストです。」(
朝日新聞のここより)

そのコンテストの入賞作品が決まったという。受賞作をHPで覗いてみる(ここ)。上位の3作品はこれ。

<最優秀賞>
   ラーサール高等学校(鹿児島県) 2年 塚原常暉

あんさんが思っとるほど足下には何もなか、やけん前でも見て歩きんさい
                         バス停のおばさん

19012601  受験が近づくとどうしても不安からか頭が下を向いてしまう。塾から自宅へ帰るとき先日受けたテストがふるわず僕の頭も下を向いていた。「元気無かね」僕が帰るときにいつも玄関前に水をまいているおばさんに声をかけられた。正直言ってイラッときた。受験前で焦っていたためか好意からの声すらも煩わしく感じていた。明らかに不機嫌な顔を見せたのにおばさんは話を続ける…「あんさんが思っとるほど足下には何もなか、やけん前でも見て歩きんさい」何も知らないはずなのに、何でも知っているように話す。軽くなった。
 今では無事高校に入ることができ、もう二年が経とうとしている。大学受験が見えてきた今、もう一度この言葉を思い出す。

●受賞にあたって
 中学2年の夏季講習の帰りでした。塾のクラス分け試験で降格してしまい、落ちこんで不安だった心に、「次がんばればいいだけの話だ」と気付かせてくれました。志望校に合格できたのは、おばさんのおかげです。すごく感謝しています。小さい子が好きで、細かい作業が得意だから将来は小児外科を目指しています。つらいときは、この言葉を思い出して進んでいきたいです。

<鷲田清一賞(中学部門)>
   広島女学院中学校 1年 宮武 和花

何にもないから新婚みたい
    おばあちゃん

19012602 今年の七月六日。大雨で学校が休み。ごろごろしていた時です。母の衝撃的な一言。「真備が沈んでる!」おばあちゃん家はあの真備町にありました。まさに七夕の悲劇でした。初めて片付けに行った日は本当に何もなくて驚きました。そんな絶望的な場面でおばあちゃんが発した言葉がこれです。「何にもないから新婚みたいね。」私には悲しいからわざとそう言ったのか、素直にそう思ったのかなんて分からないけれどなんだか忘れられませんでした。どちらにしてもこの場面でポジティブにこう言えたことはすごいと思います。
 暗くて怖かった廊下も閉めるのがうるさいと怒られたドアももうないけれど、たくさんの思い出とこの言葉を大切にしたいです。

●受賞にあたって
 西日本豪雨でおばあちゃんの家は二階でも体が水につかるくらい大変な被害を受けました。携帯電話の充電の残量を心配したおばあちゃんは、電話をかけてきた親族に「無事。大丈夫。もう連絡せんでよし」とだけ言っていました。一週間後に会えた時は笑顔で抱きしめられて、涙が溢れてしまいました。同時に、この言葉を聞いて、いつも明るいおばあちゃんらしいと思いました。懐かしい家を取り壊すのはさみしいけれど、大好きなおばあちゃんが無事で良かったでず。

<鷲田清一賞(高校部門)>
   シアトル日本語補習学校高等学部1年 グリスヴォルト 綾
はい、トイレ掃除―。
       母

19012603  私は天使でなく、人間である。そのため、幼い頃から数えきれない程の間違えや誤りを犯してきた。その度、母はいつも私を注意し、たまには私を叱った。小学生の私か「ごめんなさい。」と反省すると、母けよく、「ごめんなさいじゃどうにもならん。」と答えた。私は謝るだけでは足りないとは分かっていたが、代わりに何をすれば良いのかが分がらなかった。
 ある日、そんな私がまた誤りを犯すと、母は私を叱らず、注意もしなかった。その代わりに一言「はい、トイレ掃除―。」と語った。まだ割と幼かった私に母け後から、言葉でなく、行動で自分の心を整えるためだと教えてくれ、「トイレだけじゃなくて自分の心も磨きなさい。」と私に言った。

●受賞にあたって
 ピアノの先生をしている母は厳しい時もありますが、とても愛情深く、考えがはっきりしている人です。そんな母から幼い頃に「言葉じゃ足りない」、「行動の方が大切」という考え方を教えてもらったことで今、「自分のできること」を探せるようになったと思います。しかし、それを適切にやり遂げているのかはまだ分からないので、母から教わることはまだまだたくさんあると思います。」

以下の作品は・・・。(佳作は略)

19012604 19012605 19012606 19012607 19012608 19012610 19012611 19012609

どの作品も、心あたたまる一文である。
何もかもが混沌としている世界情勢。悪い方向に向かっているとしか思えない社会。そんな中で、久しぶりに明るい言葉を聞いた。

世の大家が、自分の人生を振り返って、子どものころに教師や親にさりげなく言われた褒め言葉がきっかけとなって、自分の進むべき道を決めたという話は幾らでもある。
純粋無垢な子どもの心に投げかける大人の言葉は重たい。
一方、親が子どもをいじめ殺すという事件が後を絶たない。
そんな話は言語道断として、これから人生を始める子どもたちに、自分の人世で得た教訓を、言葉としてあげたいものだ。

次世代を担うであろう孫たちの顔を思い浮かべながら、まだまだ子どもたちの将来には明るさもある。と、上の一文を読んで、自分の心も明るくなった。

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2019年1月23日 (水)

「少年法の適用年齢引き下げ(20歳→18歳)」を考える

今日は、少年法の適用年齢引き下げ(20歳→18歳)について“勉強”である。
少年法の適用年齢の引き下げの検討がされていることは知っていても、その現実についてあまり知らなかった。今朝の朝日新聞を読んで、少し勉強した。

「(インタビュー)少年法「18歳未満」だと 元浪速少年院長・菱田律子さん
 民法の成人年齢が18歳になるのに伴い、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げる議論が法制審議会で進んでいる。民法にそろえた方がいいとの意見がある一方、日本弁護士連合会や130人を超す刑法学者が反対声明を出している。適用年齢の引き下げは何をもたらすのか。元浪速少年院長の菱田律子さんに聞いた。

 ――彼らはどんな理由で少年院に入っているのでしょう。
 「犯罪白書によると、2016年には2563人が少年院に入りました。そのほぼ半数が18~19歳です。過去10年分の統計を調べたら、18~19歳の男子の非行内容は、窃盗35%、傷害16%、詐欺7%、罪を犯すおそれがある『虞犯(ぐはん)』1%でした。18~19歳の女子は、覚醒剤39%、窃盗19%、傷害10%、虞犯4%です。性被害を受けていた女子や、おにぎり1個、放置自転車の窃盗など極めて軽微な事件で少年院に来る例も少なくありません。重大事件を起こした例は極めてまれです」

 ――少年法の適用年齢が引き下げられると、何が起こりますか。
 「20歳未満の非行事件は『健全育成』という少年法の理念のもと、すべて家庭裁判所に送られています。16年に家庭裁判所が処理したのは約7万人です。うち約8千人が少年鑑別所に入り、その3割が少年院に送られました」
 「鑑別所では審判の重要な資料として生活や発達の程度、非行の状況、家庭環境などを調べ、鑑別と健全な育成に配慮した処遇をしています。本人には立ち直りの機会になります。18~19歳が成人となれば鑑別所ではなく拘置所に入ることになります。拘置所には鑑別所のような機能はありません。共同室であれば、暴力団と関係のある『半グレ集団』に誘われる恐れもあります」

 ――更生のチャンスが減るということでしょうか。
 「18~19歳の非行事実の多くは成人でいえば『起訴猶予』レベル。適用年齢が引き下げられれば何の教育もなく社会に戻され、再犯の可能性が高くなるでしょう」
 「虞犯も切り捨てることになります。親子関係が絶望的で放っておけないから少年院に送致された彼らを成人扱いにするのは『もっと悪くなって犯罪者になれ』というようなものです。適用年齢の引き下げには、断固反対です」

 ――親子関係が厳しい子が多いのですね。
 「おにぎり1個の窃盗で少年院収容になった例では、『この程度の事件で1年間の身柄拘束とは厳しい』と思いました。しかし、家庭環境に問題があり、家庭裁判所としても究極の選択であったと感じました。全般的に問題を抱えている家庭が多く、保護者にも支援が必要です」

 ――例えば?
 「19歳の男子は、両親が離婚し、母とは交流がなく、父は借金を残して所在不明、高校中退後に不良仲間の家を転々とし、少額の食料品を万引きして少年院に来ました。少年院で溶接の資格を取得、以前のアルバイト先の雇用主が引受人となり仮退院しました」
 「18歳の女子は、実母と死別後、実父に強姦(ごうかん)されて14歳で家出しました。夜の街を漂流し、風俗店で働いているときに虞犯で補導されました。彼女は実父を拒否し、少年院で勉強できることを喜び、自立援助ホームに仮退院しました。20歳で単独戸籍を作り、新たな歩みを始めました」

 ――少年院が、「生き直しの場」となっているのですね。
 「彼らのような例が起訴猶予となり、そのまま社会に放置されたらどうなるのか。軽微な事件だからこそ教育が必要なのです。児童福祉法の対象外である18歳以上の彼らにとって、少年法はセーフティーネットといえます」
    ■     ■
 ――18~19歳が成人扱いになると、罰金刑も多くなりそうです。
 「その通りです。罰金刑が増えることも悪影響があると思います。少年院に来た性非行の男子の例ですが、裕福な家庭で慰謝料を払い謝罪していました。成人なら『罰金』か『執行猶予』だったと思いますが、それが本人や親にとって『心からの反省』につながるかは疑問です。逆に、困窮していれば、罰金を払うために借金するなどして余計に追い詰められることもあります」

 ――年齢引き下げは、収容者の家族にも影響をもたらすと。
 「殺人未遂の18歳の女子は、両親が長年別居状態で、母親が不安定で過干渉のため家出しました。その後、暴力を振るう同居男性をナイフで刺し、少年院に来ました。母親が毎月面会に来て彼女の話に耳を傾け、母親自身も気持ちを整理した。離婚、転居、被害者への謝罪など母親が受け入れ態勢を整える中、彼女も母親に謝罪しやり直す決意をしました。少年院は『子が変わり親が変わる、親が変わり子が変わる』ところです。彼女が成人なら『執行猶予』か実刑で刑務所です。いずれも母親への働きかけは難しいでしょう」

 ――他にも影響が?
 「収容者数が半数になるので、全国に51カ所ある少年院が統廃合されるでしょう。困窮する保護者は面会が難しくなり、親子関係の改善に悪影響を与えます。集団生活を通じたケアの質が落ち、17歳以下の教育にも影響し、少年院の機能は減退します」

 ――そもそも年齢引き下げ論議はどこから始まったのでしょう。
 「15年に中学1年の男子が殺害された川崎事件でリーダー格とされた加害者が18歳だったことを受けて、自民党政調会長だった稲田朋美さんが発言したのがきっかけです。しかし重大事件は現行でも16歳以上は原則、検察官に逆送され、成人と同じ刑事裁判を受けることになっており、的外れです」
    ■     ■
 ――法制審では「新たな処分」が検討されているようですが。
 「18~19歳は多くが起訴猶予になる可能性があるため、検察が起訴しない事件を家裁に送り、施設収容や保護観察などの『新たな処分』を科すことを検討しています。刑法学者も指摘していますが、不起訴となる比較的軽い事件で身柄拘束もありうるというのはバランスが悪い上、実効性にも疑問があります」

 ――現在の少年法はおおむね機能しているという評価で一致している一方、民法の成人年齢にそろえるべきだという意見も法制審では少なくありません。
 「民法が専門の学習院大学の山下純司教授は『民法と少年法の成人年齢を合わせる必要はない』とおっしゃっていました。民法での成人年齢引き下げは、婚姻や取引など自らの判断で社会生活を送ることができる年齢を下げるもので、権利や自由を拡大することに主眼があるとのことでした。性的虐待など不当な親の支配から脱するという意味でも、民法での引き下げには意味があります。でも少年法では適用年齢を引き下げてもいいことは何もないと思います」

 ――被害者遺族の中には、少年法の適用年齢の引き下げを強く主張する人もいます。
 「被害者の方々の立場に立てば主張されるお気持ちは理解できます。謙虚に耳を傾けつつ、適用年齢の引き下げは虞犯や軽微な事件の18~19歳を切り捨てることになると伝えていければと思います。主張の背景には被害者への支援が不十分なことがあると思います」
 「たとえば被害者が民事訴訟で賠償を勝ち取っても、加害者が居場所を変えたり財力がなかったりして、判決文はただの紙切れのことがほとんどだと聞いています。ワンストップで継続的な支援も含めて必要な支援をする、被害弁償は国が被害者に代わって税金と同様に加害者から取り立てるシステムを構築するなど、被害者支援を充実させることが必要でしょう」

 ――加害者の「その後」についてもブラックボックスです。
 「重大事件については、処遇やその後の変化などを検証し、可能な範囲と方法で情報開示すべきだと思います。現状では、被害者にも世の中にも理解は得られないと思います。少年法は20歳未満の人間は可塑(かそ)性があり、更生のための教育的配慮が有効だという考え方をしています。少年院は社会にもっと開き、そのことを示す必要があると思います」
    *
 ひしだりつこ 1952年生まれ。37年間ほぼ少年院などの現場一筋。愛光女子学園長、浪速少年院長などを歴任。2013年から龍谷大学の矯正・保護課程講師。

 ■収容2年間、自分が変われた 少年院経験のあるアイドル・戦慄かなのさん
 私は16歳から2年間、女子少年院に入っていました。
 小1のときに両親が離婚し、母と暮らしました。母は殴る蹴るの暴力を振るったほか、家に帰ってこず、食事ができないことが多かった。中2のころから万引きをし、その後、JKビジネスで働く子に100円ショップで買った下着をはいてもらい、8千円で売りました。多いときは月300万円稼ぎました。それがばれて、罪を犯すおそれがある「虞犯」として少年院送致となりました。
190123senritu  怖いイメージがあった少年院は、実際には気持ち悪いほど温かい雰囲気でした。法務教官の先生たちは怒鳴ることもなく、わかりやすく丁寧に話すのです。私は母に反抗したことがないのに、少年院では反抗しました。作文を書く課題も嫌でビリビリに破ってトイレに流して詰まらせたり、コップを投げつけたり……。ふつうは10カ月の収容期間が、私は2年にもなりました。今考えると、どこまで本気で向き合ってくれるのかと試していたのだと思います。
 少年院では、内省という自分と向き合う時間がすごく多く、それを文章にします。何度も突き返されて書き直し、少しずつ自分や家族のことを掘り下げて考えるようになりました。集団生活でも学ぶことが多かった。情報に飢えていたので新聞は隅から隅まで読んだし、本も2年で約2千冊読みました。少年院で自分のすべてが変わったと言ってもいいほどです。
 少年院を楽な刑務所と言う人がいますが、全然違います。ある意味、少年院の方がつらいと思う。自分の行動や自分と嫌でも向き合わなくてはならないから。刑務所は満期になれば出られるけど、少年院は内省できないと無理です。
 私は非行に走りましたが、法律は抑止力にはなりませんでした。法なんて気にしたこともなかった。少年法を改正する前に少年にかかわる人や現場にこそ焦点をあてるべきだと思います。
 私が虞犯で捕まらず、あのままだったら、ダメ人間になって犯罪につながったと思います。適用年齢の引き下げは、18~19歳が更生する機会を奪います。それに今なら矯正教育を受ける18~19歳が、執行猶予や罰金刑を受けてそのまま社会に戻ることになる。それって、被害者にとっても社会にとっても、まずくないですか。(聞き手 いずれも編集委員・大久保真紀)
    *
 せんりつかなの 1998年生まれ。大学に通いながら、少年院出院者であることを明かしてアイドルとして活動中。」(
2019/01/23付「朝日新聞」p17より)

この戦慄かなのさんの体験記?がすさまじいい。何よりも“戦慄”という芸名からしておどろおどろしい。これは意識的に行動している証(あかし)。
もちろん自分はこの人を知らないが、Netでググってみると、どうやら今は大学(早大?)の法学部1年生で、アイドル活動と学生生活を両立させているらしい。
上の記事を読むと、このように、少年院を経て更生できていた少年が、今後は野放しになりそうだ、とのこと。

毎日新聞によると、少年法の適用年齢を「18歳未満にする」という意見に8割の国民が賛成しているというが、日弁連は反対の立場。
日弁連のHPにはこうある。

「少年法の適用年齢引き下げ(20歳→18歳)には反対です!
<議論の経過>
2015年6月、選挙権年齢を18歳に引き下げる公職選挙法が改正されましたが、同法の附則11条は、「民法、少年法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずる」としています。
また、自由民主党政務調査会は、2015年9月、少年法の適用年齢を18歳未満へと引き下げることなどを内容とする「成年年齢に関する提言」 を取りまとめました。
その後、法務省は、2015年11月からの「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」 を経て、2017年2月、法務大臣は諮問機関である法制審議会に対し、「少年法の年齢を18歳未満とすることの是非と非行少年を含む犯罪者に対する処遇の充実」について諮問(第103号)を行い、現在、同審議会の少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会で検討がなされています。

<日弁連とすべての弁護士会・弁護士会連合会が少年法の適用年齢引き下げに反対しています>
日弁連は、
①現行少年法法制の手続や処遇は有効に機能しており、再犯防止に役立っていること、
②年齢は、立法趣旨や目的に照らして、法律ごとに個別具体的に検討すべきであること、
などを踏まえ、2015年2月20日「少年法の『成人』年齢引下げに関する意見書」 を取りまとめ、少年法の適用年齢の引き下げに反対しています。

また、全国52の弁護士会と8つの弁護士会連合会も同様に、少年法の適用年齢引き下げには反対の意見を公表しています。」(日弁連のここより)

一方、少年による凶悪事件の発生により、「少年法は甘過ぎる」「もっと厳罰化すべき」「被害者の立場からすると、加害者である少年が少年法によって守られ過ぎている」との声もあるという。
少年犯罪では1999年に発生した「光市母子殺害事件」(ここ)を思い出す。
感情的には、確かに「少年に甘い」という感情が先立つ。しかし・・・・

少年犯罪には、必ず家庭内の問題が出てくる。上の記事の例でも、両親の離婚や親のDVなど、子どもにとっては被害者の立場が発端になる事が多い。
すべては両親と家庭がどうだったのか?

この少年法の問題を考えるに、今一度周囲の“家庭”を振り返ってみたい。家庭が安穏なら、その家庭の子どもは、少年法と縁の無い生活を送ることが出来るのだ。

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2019年1月22日 (火)

個人のポイントカード情報が警察や検察に筒抜け?

先日、「Tカード情報を捜査当局へ提供」という記事を書いたが(ここ)、そこで気になった毎日新聞の当該記事の削除問題。毎日新聞の今日の朝刊で、改めて?こんな記事があった。(前回の当該記事の続きである)

問われる警察への「任意」情報提供 異なる個人情報の扱い
 企業や団体が所有する個人情報の任意提供を、警察や検察が求めるケースが出ている。任意提供は法律で認められた行為だが、企業による個人情報の提供はどこまで許されるか。情報化社会が進むなか、線引きが問われている。【佐久間一輝、片平知宏、奥山はるな、尾村洋介】

 個人情報の扱いは企業によって大きく異なる。約6800万人の会員がいるポイントカード「Tカード」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は、会員の個人情報について、裁判官が出す令状の提示があった場合にのみ捜査機関に提供していた。任意提出を求められても拒否していたという。しかし、2012年以降、捜査機関の「捜査関係事項照会書」があれば、個人情報を渡すよう方向転換した。「会員数が増え、社会的責任を果たすためにも捜査協力が必要と考えた」と同社は説明する。

 こうした個人情報の提供について、CCCは会員規約に明記していなかった。同社は21日、個人情報保護方針を一部改訂した上、「規約に明記する」としている。

190122kojinjyouhou  NTTドコモによると、携帯電話や同社が提供している「dポイントカード」の情報については、「捜査関係事項照会書」により捜査機関に提供するケースはあるが、利用者の通信履歴や位置情報など「通信の秘密」に該当する部分は令状なしに提供することはないという。同社は「令状なしで提供できる情報はケース・バイ・ケースだ」と話す。

 捜査機関が「捜査関係事項照会書」を示して企業などに個人情報を求めることは、刑事訴訟法で認められた手続きだ。企業側が情報を開示することも法的に問題はない。個人情報保護法に関するガイドラインは「捜査関係事項照会や令状に対応する場合」であれば、あらかじめ本人の同意を得なくても情報を提供できるとしている。

 現場の捜査員は「Tカードなどの情報を入手するのは捜査中の基本。すべて令状を取るのは手間が膨大になり非現実的だ」と強調する。警察幹部も「不特定多数の情報ではなく、捜査に必要な個別具体的な内容を収集している」と話す。

 一方、情報提供の状況を公開している企業もある。

 無料通信アプリのLINE(ライン)は、令状などに基づきLINEアプリの利用者の通信履歴などを捜査機関に提供し、その状況について16年下半期(7~12月)分から6カ月ごとに「透明性リポート」として公表している。

 LINEが提供しているのは、事件の解決や身体・人命保護に必要な容疑者や被害者の情報。具体的には利用者のメールアドレスや電話番号、IDや通信情報(送信日時、送信元のIPアドレス)、最大7日分の文字チャットだ。チャットの提供は令状がある場合に限られ、さらに利用者が暗号化している場合は提供できない。動画や音声通話は開示していない。

 最新のリポートは18年1~6月分。7カ国・地域の捜査機関から計1576件の要請を受け、うち1190件(対象回線数は1560回線)について情報を開示した。開示の根拠は令状に基づくものが1189件とほとんどで、「緊急避難」は日本での1件のみ、「捜査関係事項照会書」によるものはなかった。国・地域ごとの内訳では、日本の捜査機関からの要請が1347件、開示件数が1022件と、ともに最も多かった。

 このほか、交通系電子マネー「PASMO」のシステムを利用する東京メトロや、「Suica」のシステムを利用するJR東日本、共通ポイントサービス「Ponta(ポンタ)」を運営する「ロイヤリティ マーケティング」(東京)などは、いずれも「捜査関係事項照会書」の提示があった場合、個人情報を提供している。

曽我部真裕・京都大教授(情報法)の話
 個人情報保護法は、法令に基づく場合の第三者提供を認めている。捜査事項照会は刑事訴訟法に基づくものであるため、違法とは言えない。しかしCCCなどが集めている購買履歴は特定店舗ではなく、複数の店のものであり、またレンタル履歴は図書館の貸し出し履歴と似て思想・信条を類推することが可能であるなど、プライバシー侵害のリスクが大きく、令状を求める運用が望ましい。令状がないにしても警察との間で運用についての覚書を結んで公表するなど、適正性・透明性を確保する試みも求められる。」(
2019/01/22付「毎日新聞」ここより)

朝日も今日の朝刊で報道しているが、読売はまだ・・・。この問題をメディアはどう捉えているのか、対応が分かれている。
毎日は、挽回??か、他のカードについても調べており、一歩踏み込んだ報道になっている。
この報道を見る限り、Tカードは当局からの照会があった場合は、社内のチェックなしに機械的に情報を提供していたらしい。そして、今回の問題発覚に伴い「今後は個人情報の取り扱いについて個人情報保護方針およびT会員規約に明記する」という対応だという。つまりは、“規約に書いて、今まで通り要請に従い機械的に提供する”と開き直り??
やはりTカードは危険。自分も急速に止める方向に!

ところで、今朝(2019/01/22)のTV朝日の「モーニングショー」(2019/01/22)でも、この話題が取り上げられていた。青木理さんが、「今年の正月に、290の企業や団体が顧客情報を提供してくれる、という検察の内部資料が出た」という共同通信の報道の話が出た。

Netでググってみると、こんな記事が見付かった。
検察、顧客情報入手方法リスト化 290団体分保有
 検察当局が、顧客情報を入手できる企業など計約290団体について、情報の種類や保有先、取得方法を記したリストを作り、内部で共有していることが3日、分かった。共同通信がリストを入手した。情報の大半は裁判所などのチェックが入らない「捜査関係事項照会」などで取得できると明記。提供された複数の情報を組み合わせれば、私生活を網羅的かつ容易に把握できるため、プライバシーが「丸裸」にされる恐れがある。
 捜査当局が顧客本人の許可を得ず、包括的に情報を取得、活用するのは違法との識者の指摘もある。刑事訴訟法が想定していない事態と言え、議論を呼びそうだ。」(
2019/1/3 18:38 共同通信ここより)

相当の個人情報が警察や検察に行ってしまう可能性があるので、それを規制する法律が必要だと指摘していた。
先の毎日の各社の対応を見るに、どうやら個人情報の垂れ流しはTポイントに限った話では無いようである。
我が国も、着実に監視社会が近付いているようである。

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2019年1月20日 (日)

「Tカード情報を捜査当局へ提供」~最近のいやなニュース

スマホでニュースを見ていたら、こんな記事があった。
Tカード情報を令状なく提供、規約明記せず レンタルや購入履歴、会員6千万人超
 ポイントカード最大手の一つ「Tカード」を展開する会社が、氏名や電話番号といった会員情報のほか、購入履歴やレンタルビデオのタイトルなどを、裁判所の令状なしに捜査当局へ提供していることが20日、内部資料や捜査関係者への取材で分かった。「T会員規約」に当局への情報提供を明記していなかった。
 会社はカルチュア・コンビニエンス・クラブ(東京、CCC)。取材に「長年にわたる捜査機関からの要請や協議の結果、法令やガイドラインにのっとり、開示が適切と判断された場合にのみ、必要な情報を提供すると決定した」とした。Tカードの会員数は日本の人口の半数を超える約6700万人で、提携先は多業種に広がる。
 警察や検察の内部資料によると(1)会員情報(氏名、生年月日、住所など)(2)ポイント履歴(付与日時、ポイント数、企業名)(3)レンタル日、店舗、レンタル商品名(4)防犯カメラの画像-などを提供している。」(
2019/01/20付「産経新聞」ここより)

同じく、毎日新聞にもっと突っ込んだ?記事があったらしいが、その後削除されており、キャッシュにもアクセス出来ない。

「足跡」捜査、気軽に活用 「Tカード」情報・令状なし提供 - 毎日新聞
登録日時:2019-01-20 毎日新聞
 捜査当局はTカードの履歴を対象者の「足跡」として、積極的に活用している。捜査関係者によると、ポイントサービスを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)への情報照会は日常的で、一度に数十件の照会をした部署も。数の多さにCCCの回答が遅れがちとなり、利用ルールを守るよう当局内で周知されたこともあった。・・・?」

ググってみたが、全文は見付からなかった。しかし、なぜ削除されたのか?誤報だった?それとも・・・・??
190120mainichi 毎日新聞は新聞で唯一「毎日新聞を購読してT-POINTをためよう」ここ)と、Tポイントと連携している(ここ)。社内の“当局”からの指示で、自社に都合の悪いニュースを止めた。とは思いたくないが・・・
そして、毎日だけでなく、朝日や読売もこのニュースを報じていない。日経や東京は報じているが・・・。この基準は何か??(朝日は2019/01/22朝刊で報道)

自分もTカードは良く使っていたが、 “日本でも当局への筒抜け!”があるとすると、何か気持ちが悪い・・・。中国では普通でも・・・
まあ、住民票があり、国勢調査があり、情報は幾らでも“当局”が掴むことは出来る。自分も別に知られて困るような事は無いが、何か気持ちが悪い。
Tカードはもう止めようか・・・
そして何よりも、このニュースを各メディアがどう伝えるのかを注視したい。

話は変わるが、今朝の朝日新聞の「声」の欄に、こんな投書があった。ナショナリズムについては同じ意見。
「(声)ナショナリズムの前に深呼吸を
 高校教員 男性(茨城県 53)
 昨年の日韓関係は最悪だった。慰安婦問題に関する日韓合意の崩壊、徴用工判決、自衛隊機へのレーダー照射……。年が改まっても改善の兆しはなく、むしろ混迷を深めているように見える。「日韓融和派」を自任していた私ではあったが、今回ばかりは問題が起こる度に「いいかげんにしてくれ」という思いが頭をもたげる。
 そして思う。このようにして至極簡単に感情的なナショナリズムは生まれるのだ、と。太平洋戦争前夜の日本を思い浮かべる。当時、仮に民主主義が多少なりとも機能していたとしたら、日本国民は選挙で「非戦」を選択したであろうか。私は懐疑的になる。熱狂的なナショナリズム、それをあおる報道、自己保身に走る権力者。生半可な民主主義では、戦争へ向かううねりを押しとどめることはできなかったと思う。
 しかし、現代は違うと信じたい。言論の自由は憲法で保障され、批判精神を失っていないマスコミが存在し、自由に発信できるインターネットもある。ナショナリズムを刺激され感情的になりかけた時こそ、深呼吸が必要だ。もう一度、日韓対話を積み上げようではないか。」

「(声)内閣の専横、歯止めは改憲で
 無職 男性(東京都 69)
 中学校の社会科教科書に、日本の政治は「国会、内閣、裁判所の三つの機関を中心に行われ」「権力が一つの機関に集中することを防ぎ、国民の自由や権利が守られている」とある。
 しかし現実は、首相官邸(内閣)が権力を一手に握り、国会は官邸の意向に沿って審議を進め、裁判所は「高度に政治性を帯びた国家行為は司法審査になじまない」と自主規制する。
 首相が旗を振る「上からの改憲」を批判する社説(10日)を読み、私は「下からの改憲」の必要性を痛感した。内閣の権力を制約するための改憲だ。(1)議員の臨時国会要求に対し内閣の召集期限を定める(2)内閣の衆議院解散権に制限を設ける(3)国会の証人喚問など国政調査権は4分の1以上の議員が賛成すれば可能とする、などが考えられる。
 民主主義は多数決と同時に少数意見の尊重が肝心だ。少数政党が国政調査権を行使できれば、内閣の専横に歯止めがかけられる。国政のゆがみを正すには改憲も避けられないと思う。」(
2019/01/20付「朝日新聞」p7より)

「下からの改憲」が実現するとは到底思えない。それを実現させるには、1強を選挙で止めなければ。逆に1強が止まるようなら、国を二分する国民投票などは避けるべき。
しかし、英国のEU離脱の国民投票は、まさに他山の石。このニュースを見るにつけ、そう軽々しく国民投票など出来ないだろう。
しかし世の中、どうしてこうまでひどい状態になっているのだろう。自分たちはさっさとあの世にオサラバするので良いが、孫世代の社会を考えると、他人事とも思えない。困ったものだ。

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2019年1月19日 (土)

ドイツ民謡「昨夜見た夢」と、ドラマ「冬の雲」サントラ「苦しき夢」

“TBS「冬の雲」の主題歌「苦しき夢」”という記事を書いたのが2007年12月29日のこと(ここ)。もう11年も前だ。
先日、この歌の原曲を初めて聞いた。ドイツ民謡「昨夜見た夢」という歌だった。

<ヴェルニゲロ-デ少年少女合唱団の「昨夜見た夢」>

“Ich hab die Nacht geträumet”

Ich hab' die Nacht geträumet
Wohl einen schweren Traum;
Es wuchs in meinem Garten
Ein Rosmarienbaum.

Ein Kirchhof war der Garten,
das Blumenbeet ein Grab,
Und von dem grünen Baume
Fiel Kron und Blüten ab.

Die Blüten tät ich sammeln
In einem goldenen Krug,
Der fiel mir aus den Händen,
Dass er in Stücke schlug.

Draus sah ich Perlen rinnen
Und Tröpflein rosenrot.
Was mag der Traum bedeuten?
Herzliebster, bist du tot?

「昨夜見た夢」
  (訳詞:宇野道義)

昨夜私は夢を見ました
重苦しい夢を
庭のマンネンロウの木が
大きくなっていました

庭は墓地で
花壇が墓
そして青々とした木から
花びらが舞い落ちたのです

舞い落ちた花びらを
金の壺に集めたのに
それは私の手から落ちて
こなごなに壊れてしまいました

その壊れた壺から零れ出たのは
真珠とばらのように赤い雫でした
この夢はなんの暗示でしょう
あゝ 恋しい方 あなたが死んだ
知らせなのでしょうか

この歌について、CDの解説にはこうある。
190119sakuyamitayume 「昨夜見た夢
この曲はA.ツァルナックが1820年に編んだ『ドイツ民謡集』に収められているが、その旋律のせいだろうか教養階級を中心に広まった。旋律は古くからあり、1777年にF.二コライの編集した『素敵な小年鑑』に記録されている。第1節で出てくるマンネンロウの木は芳香のある常緑灌木で、愛・生死の象徴と言い伝えられている。」

前に挙げたが、この民謡の旋律を借りたTBSテレビドラマ「冬の雲」の主題歌「苦しき夢」を改めて聞いてみよう。

<ドラマ「冬の雲」サントラ「苦しき夢」>

「苦しき夢」
  作詞:門馬直衛
  ドイツ民謡

(語り)(芦田伸介)
  愛とは 春の日の花のように
  美しく、香り高きものであろうか
  愛とは 夏の日の太陽のように
  誇り高く、きらめくものであろうか
  愛とは、秋の日の落葉の下に泣く虫のように
  せつないものであろうか
  愛とは 冬の日の、その青空の

夕べの夢は 苦しき夢
園に繁れる 満天紅

一夜のうちに 冬とかわり
緑の枝に 花は散りぬ

黄金の瓶に 花を摘めば
この手を滑り 花は枯れぬ

夕べの夢は 何を告ぐる
愛しの君に 変りなきや

この歌詞を原詩を念頭に聞いてみると、なかなかの名訳(作詞)であることが分かる。
実は前の記事に頂いたコメント数は75件で、当サイトで最も多い。つまりは、当時多くの人が見たドラマだったらしい。
自分はこのドラマを見ていないが、Netでググってみると、このドラマはTBSの「木下恵介 人間の歌シリーズ(4)」として、1971/01/14~1971/08/26に放送されたものだという。
当時、自分は会社の独身寮にいて、6畳2人部屋。もちろんテレビも無かった。談話室にTVはあったが、縁が無かった。

Netで「Ich hab die Nacht geträumet」でググってみると、色々な歌手による歌が聞く事が出来る。つまりは、ドイツでは非常に有名な歌らしい。
しかし、やはりこのヴェルニゲロ-デ少年少女合唱団の澄んだ歌声は別格だ。
新しい音源の発見は、いつになっても楽しいものである。

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2019年1月17日 (木)

2016年の「乳がん」の発症は9万5千人/大野真司・がん研有明病院 乳腺センター長の話

今朝(2019/01/17)の朝日新聞にがんの記事があった。
がん診断、4割が75歳以上 16年は延べ99万人超 初の全数調査
 厚生労働省は17日付で、2016年に全国で新たにがんと診断された患者は延べ約99万5千人と発表した。全国の医療機関に情報提供を義務づける全国がん登録に基づく、初の全数調査。「詳細な分析ができるようになる。がん対策に生かしたい」と厚労省の担当者は言う。
 これまでの都道府県レベルのがん登録は、病院の参加や患者の届け出が任意だったため、データの精度には地域差があった。2013年に成立したがん登録推進法で、全国約1万3千施設の情報を国が一元管理することになり、16年1月から登録が始まった。
 違う部位でがんがみつかれば複数の患者と数える。16年の延べ数は男性56万6575人、女性42万8499人、性別不詳58人の計99万5132人。15年調査の89万1445人(男性50万1926人、女性38万519人)より、10万3687人増えた。国立がん研究センターの若尾文彦・がん対策情報センター長は増加について「法律で義務づけられたことが大きい。分析も早くできるようになる」と話した。
190117gan1  部位別にみると、男性は胃、前立腺、大腸、肺、肝臓の順。上位五つの部位で67.8%を占めた。14年時に4位だった前立腺は15、16年は2位に。女性は乳房、大腸、胃、肺、子宮の順で64.2%。男女合計では大腸、胃、肺、乳房、前立腺の順だった。
 年齢別では全体の42.5%を75歳以上が占め、65~74歳は31.3%。45歳未満4.7%と高齢者に多い。ただ、女性の乳がんは30代から増え始める。乳がん患者が増えている背景には、飲酒や運動不足の影響が指摘されているという。男性の前立腺がんは50代から増え始め、70代でピークを迎えた。
190117gann  人口10万人当たりの患者数(発症率)は、402人。都道府県別で見ると、最多の長崎県(454.9人)と最少の沖縄県(356.3人)で約100人の差があった。理由については分析中という。佐々木昌弘・がん疾病対策課長は「都道府県とも話し合い、原因など詳細な検証をして、対策を立てていきたい」と話した。
 厚労省のがん対策推進協議会長で静岡がんセンターの山口建総長は「前立腺がんが男性で2位になるなど最新のデータが把握でき、大腸や胃など5大がんに加えて対策が必要なものが見えやすくなった。体制整備に生かしていく必要がある」と話す。(黒田壮吉、月舘彩子)」(
2019/01/17付「朝日新聞」p3より)

厚労省のデータは(ここ)にあるが、上のグラフでも一目瞭然のように、男女差が大きい。
上の記事で「人口10万人当たりの患者数(発症率)は、402人」とあるが、男女に分けると、男性は469.8人であり、女性は354.1人である。つまり男性は女性の1.33倍、3割もガンになる可能性が大きいらしい。
そして、同じ“年齢調整罹患率(日本モデル人口により調整、人口 10 万対)”という指標で最も発症率が高いのが女性の乳がんで、102.3人。女性2位の大腸がん47.3人や、男性1位の大腸がん73.9人に比べると、圧倒的に多い。
この乳がんについて、先日NHKラジオ第2で放送された「がんの話(乳がん)」が面白かった。
カミさんに話したら、次の女子会での話題にするというので、聞きながらメモを取ってみた。

「カルチャーラジオ 日曜カルチャー「がんの話」(1)(2019/01/06放送、ここ
  がん研有明病院副院長、乳腺センター長…大野真司

・メスの猫や犬が罹る悪い病気で一番多いのはリンパ腫、2番目が乳がん。哺乳類は何でも乳がんになる可能性がある。
・男性も乳腺を持っており、毎年600人程度が乳がんになっている。女性は9~10万人位なので200人に1人くらいは男性。
・女性で一番多いのが乳がん。2番目が大腸がん、3番目が胃がん、4番目が肺がん、5番目が子宮がん。
・胃がんはピロリ菌の除菌で、激減している。
・がんの死亡数は、男性では肺がん、女性では大腸がん。乳がんは5番目。大腸がん、肺がん、膵臓がん、胃がん、乳がんの順。乳がんはなり易いが、亡くなる人の数はそれほど多くない。つまり治る病気。ただなかなか治ったと言えない病気。5年経っても10年経っても再発する。再発している人の4割は5年以上経ってから。
・50歳未満の人は3割位。つまり70%の人は50歳以上。
・日本は40年前に比べて9~10倍増えた。増えているのは60代、70代、80代の人。一方、20代30代の人はそれほど増えていない。
・乳がんの原因はすべて遺伝子の異常によって起こる。二つのタイプがあり、5~10%程度が生まれつき持っている遺伝子の異常。90~95%は、生活している中で遺伝子にキズが付いていく異常。
・遺伝子にキズが付くのは、例えばタバコだったら20年間20本以上。これは掛け算で400以上が肺がんになりやすくなる目安。10本だったら40年間。数か月や1年程度ならそれほどならない。
・胃がんならピロリ菌が胃を刺激していくと胃がんになる。日光に当たっていると紫外線の刺激で皮膚がんになるのと同じ。小さな刺激がずっと続くとがんを起こす。
・同様に、乳腺は女性ホルモンが働く場所。女性ホルモンがずっと刺激をしていると乳がんになる。女性ホルモンの量は、初潮の時から40歳を超えると減っていき、50歳前後で閉経期を迎える。この女性ホルモンにずっとさらされているのが乳がんの原因。
・長い間さらされると乳がんになりやすいと考えると、初潮の早い人、閉経が遅い人。閉経まで30年の人と40年の人では、長い人の方がなりやすい。
・生理は妊娠をすると一回止まる。女性ホルモンのバランスが変わる。従って妊娠を早くした人、たくさん子どもを産んだ人は乳がんになりにくい。一方で子どもを産んだことが無い人は乳がんになりやすい。
・なぜ50歳以降に増えるかというと、生理がある間は女性ホルモンは卵巣でできる。閉経後は、脂肪組織=脂で男性ホルモンが女性ホルモンに変わる。従って女性ホルモンは太っている人ほど多い。欧米の50歳以上の太っている人に乳がんが多いのは、日本人に比べて脂肪の付き方が違うから。
・日本の乳がんのピークは45歳前後と50~60歳。一方欧米のピークは65歳位。これは肥満が大きな原因。
・こう考えると、乳がんの危険因子は、40歳以上であるということ、初産が30歳以上や出産経験が無い人、授乳経験が無い人。授乳をしていると生理が止まるので、同じ小さな刺激が続くのがいけないので、生理が止まるのは乳がんを引き起こさなくなる。あと閉経が55歳以上。家族が乳がんになった人がいる。片方の乳房ががんになった10人に1人くらいは、もう一方の乳房もがんができるというデータがある。
・もう一つは生まれ持った遺伝子の異常。家族性腫瘍は、血のつながった人に同じような病気の人がいる。アンジェリーナ・ジョリーさんは、遺伝性腫瘍で要注意。どんな人が遺伝性乳がんになるのかというと、若くして(30代とか)乳がんに罹った方、右左の両方別個に乳がんに罹った方(両側乳がん)、2世代以上(祖母と母親)に乳がんの人が居る人、血のつながった近くの人に卵巣がんの人が居る方、乳がんと卵巣がんの両方になった人が居る方、男性に乳がんになった人が居る方。このような人は採血してアンジェリーナ・ジョリーさと同じような遺伝子の異常がないかどうかチェックする。しかしこれは保険が効かないので20数万円の費用がかかる。

・日本乳がん学会が、患者さん用の「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」というのを出している。

・アメリカでは90年代に比べ乳がんの死亡率が30%位減った。早期発見と薬による再発防止。欧米は8~9割がマンモグラフィーを受けているが、日本はまだ4割ほどで低い。

・手術で取る物が変わってきた。35年前は大胸筋や小胸筋、乳房、脇のリンパ節も取っていた。25年前は乳房と脇のリンパ節は取るが、大胸筋や小胸筋は残すようになった。15年前は乳房も残す。2003年の頃には、初めて乳房切除よりも乳房温存が多くなり逆転した。5年前からは、腋のリンパ節は、もし入口にリンパ節転移が無ければそれより奥は取らない、と変わってきた。これがデ・エスカレーション。
・これからは、もっと取らない。腋に1個2個の転移があっても取らない。放射線や薬で対処。乳がんが出来ても乳房にキズを付けない。薬でがんが消えたら手術はしない。もしくは、0期の早期の乳がんが発見できたら、それで様子を見ていく。5年先10年先にはそうなるだろう。
・最近は、乳房切除が増えている。それは形成外科が一緒になって手術をして、乳房再建が出来るようになったから。これは5年前に保険適用になったので、かつては100万円位かかっていたのが、今は保険で出来るようになった。当病院のデータでは、2007年から年間1000例の手術をしてきたが、2007年頃は6~7割の方が乳房温存術を受けていた。それが今は4割から3割。1年で300人ほどが乳房再建術を受けるようになってきた。
・再建を同時にすると、患者さんの乳房喪失感が違う。40歳以下の方は多くの人が再建をする。70代の人も10%位が再建する。
・今は、がんのタイプの違いが分かるようになってきた。再発した方は薬にも抵抗性なので完全に治すのが難しい。しかし薬の発達で、アメリカのデータでは、かつては再発した乳がんの5年生存率は10%だったのが、その20年後には半分の人が5年以上生きるようになってきた。
・日本でも薬は増えて来て、20年前は7つしか無かったが、今は30種類以上ある。がんのタイプによって薬を選ぶ。2000年までは乳がんの種類は2つだった。2001年からは4通り。2011年からは20通り以上に分けられるようになった。
・これからはリキッドバイオプシー(血液などの体液サンプルを使って診断や治療効果予測を行う技術)が増えて行くだろう。」

この放送の音声(youtube)は(ここ)。

このお話でも分かるように、日進月歩で医療が進んでいる。他のがん治療も同じだろう。
よって、仕方が無くガンになるとしても、少しでも遅れて発症するように、自分のがん細胞に言い含めておきたいものだ。

(2019/01/23追)
「遺伝性乳がん、待望の新薬 再発後向けの「オラパリブ」、昨年承認」 (2019/01/23付「朝日新聞」p25の記事のPDFはここ) 

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2019年1月15日 (火)

ユニクロの返品対応に感激!

今日は、ユニクロのセーターでの返品対応に感激したので、そのエピソードを!

2ヶ月ほど前に、ユニクロでカシミヤのセーターを買った。帰って着てみると、やけに小さい。自分のサイズはいつも「M」。それが「S」ではないかと思うほど、窮屈。
自分が持っている他のMサイズのセーターと大きさを比較してみた。するとやはり一回り小さい。だから着ると全体に締められている感じ。

かえすがえすも、試着をしなかったのが悔やまれる。自分で試着もせずに買ったので仕方が無い。カミさんも、「来ているうちに伸びるよ」と言う。

ふと、ユニクロの「Mサイズ」の規格を聞いてみる気になった。規格通りなら仕方がないが、もし違っていたら、交換が出来るかも・・・!?
Netで調べると、メールかチャットでやりとりをするらしい。チャットにアクセスすると、“ユニクロカスタマーセンターチャットサービス”の担当者から応答があった。
何度かに分けて、「Mサイズのセーターを買ったのですが、小さくて着れない。持っている他のセーターと比較したのですが、一回り小さい。タグは「M」ですが、本当は「S」なのでは?と疑問。ユニクロが認識している大きさ(各所のセンチ)を知りたい」という趣旨を伝えると、「お手元の商品に不具合が生じているもしくは、タグの付け間違えが考えられます。その為、担当窓口にて、詳細をお伺いの上、今後の対応について、ご相談させていただきたいと考えております。」との返信で、“ユニクロお問い合わせ窓口”の電話番号を知らせてきた。

それで、その電話番号に電話して、趣旨を伝えると、
・購入後、3ヶ月は返品や交換が可能
・レシートは無くても大丈夫
・タグなどは、無くなっていても大丈夫
・買った店で無くても対応可
・行く店を教えてくれれば、その店に連絡しておく
・店に行った際には、店長または店長代理に「カスタマーセンターの指示」と言ってくれ

とのこと。
数時間後に、買った同じ店を訪問。店長さんに話すと、カスタマーセンターから話が行っており、すぐに対応。
同じ製品は無かったため、店長さんが別の赤いセーターの「Mサイズ」を持ってきて、重ねて比較した。すると、「ほとんど同じですが、身幅の周囲に赤が見えるので、やはり小さいですね。袖丈もだいぶん短い。しかし、ユニクロの規格には幅があるので、そこには入っているのでしょう」とのこと。

対応として、返品も可能だし、「Lサイズ」への交換も可能。しかし、この店には在庫が無い。でも、ユニクロ全体では、今は値下げして、まだ売っているようだ。
よって、いったん返品させてもらって、在庫がある別の店で買うか、オンラインストアーで買う方法があるが、とのこと。
いったん現金をもらった後、この店でも注文が出来るというので、ついで手配してもらった。店への配送だと送料が無料になるとのことなので、入荷したら店に来ることで・・・・

「Lサイズで気に入るかどうか分からないが、もし問題があれば、返品も交換も可能ですので」と言うのが最後の言葉。

たまたまユニクロのアプリに購入履歴が残っており、それを見せたが、「本部が承知ですので」という一言で、対応がスムーズなことスムーズなこと・・・

ユニクロが気に入った!ここまで対応してくれるとは感激!
そもそも、試着して買わなかった自分が悪いと思っていたが、3ヶ月間は返品対応可とは、思ってもみなかった。
ふと気付いてユニクロにアクションを起こしたのが良かったが、そのまま諦めていたら、窮屈なまま、高価なセーターを着ることになった。
“安価な製品の大量販売=サービスは今ひとつ”という、ユニクロへの自分の思い込みが見事にくつがえされた。
結果として、値下げしている今の値段との差額の現金が残り、自分に合ったセーターが手に入る。ラッキーな一日ではあった。
ユニクロ万歳~~!?

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2019年1月14日 (月)

「著作権延長後の世界で、我われは何をすべきか」

だいぶん前の記事だが、著作権についてこんな記事があった。

TPP発行で著作権保護が70年に 作品の死蔵を防ごうと署名活動が始まった
アメリカを除く環太平洋経済連携協定(TPP11)が12月30日、発行した。巨大な自由貿易圏が誕生しただけでなく、著作権をめぐっても大きな変化があった。著作権保護期間の死後50年から70年への延長だ。【BuzzFeed Japan/ 古田大輔】

創作者の権利がより長く守られ、その恩恵を子孫が受けとる。一方で、70年も保護されてしまうと、その分再利用が難しくなり、権利者が誰かわからなくなったり、死蔵されたりしてしまう作品も増える。

「著作権保護期間の延長を考えるフォーラム(thinkC)」では保護期間の延長派・慎重派それぞれの論点をまとめ、議論を尽くしてきた。その中では、延長はメリットよりもデメリットが大きいという意見が大勢を占めていた。

TPP11発行に伴う著作権保護期間の延長を受けて、ネットでは「著作権保護期間の延長を乗り越えて、作品を死蔵から救うためのしくみを進めよう!」と署名活動も始まった。

「流通促進が、次の世代や世界への責任」
署名活動の発案者の一人で、著作権に詳しい福井健策弁護士はBuzzFeed Newsの取材に「保護期間が伸びたことは残念。筋が通らないが、非難や責任の話をしても変わらない。作品の死蔵を防ぎ、流通を促進することが、次の世代や世界に対する責任だ」と話す。

「作品を忘却や散逸から守り、次世代と世界に伝えるため」に、この署名活動では以下の4点などを求めている。

・絶版など市場で流通していない作品の保存と活用策
・権利者不明作品への対策
・権利者が自ら作品のオープンな利用ルールを宣言する仕組みの普及
・日本だけが一方的に保護期間の加算を義務づけられている「戦時加算」の解消努力

この四つのポイントで、具体的にどういった方策を取りうるのか。福井弁護士に解説をしてもらった。

1. 絶版など市場で流通していない作品の保存と活用策
「アメリカでは1990年代に保護期間を20年伸ばした際、最後の20年については絶版などで市場に流通していない作品ならば、権利者の許可なしでも非営利の電子図書館などにアーカイブできる法改正をしました」
「流通していない作品であれば、子孫ら権利者にとっても金銭的なダメージはほとんどありません。この手法だと、日本の場合は青空文庫などの活動にプラスになります。フランスはさらに進んで、20世紀の出版物については、絶版であれば広くデジタル利用を可能にした立法例もあります」
「国会図書館は絶版の資料については、権利者の許可なく全国の図書館等へ配信できます。権利者や出版社に利益配分しつつ、この対象を更に広げようという意見もあります」

2. 権利者不明作品への対策
「保護期間を伸ばすと、そもそも誰が権利を持っているのかわからない作品が増えます。これが権利者不明作品で、許可が取れないため、活用されずに死蔵されることになります。保護期間延長に関する代表的な懸念の一つであり、1の絶版問題とも重なります」
「権利者不明の作品に関しては、文化庁が代わりに許可を出す『長官裁定』という日本独自の制度もあり、徐々に利用が広がっています。ただ大きな障害が、後から権利者が出てきたときのための補償金の供託です」
「後から権利者が出てくる可能性はわずか1%とも言われます。なのに、その万が一のために使用料を算出して文化庁を説得し、供託する。大きな負担ですし、お金は預けたままになります。著作権法の改正で、国や自治体、独立行政法人などはこれが不要になりました。研究機関や他の多くのアーカイブ、ビジネス利用などでも供託金を廃止すれば、制度の活用が進みます」

3. 権利者が自ら作品のオープンな利用ルールを宣言する仕組みの普及
「権利者には著作権保護で金銭を得るよりも、むしろ作品を自由に活用してもらった方が嬉しい方も多くいます。そういう人たちが意思表示できる仕組みを普及させることが、作品の死蔵を防ぐ良いカウンターになります」
「例えば、(作品の再利用を許可する仕組みの)クリエイティブ・コモンズなど、著作権者やその子孫が利用条件をオープンにしていく仕組みが更に普及すれば、権利者不明作品も減ります。死後は著作権保護はいらないという人は、遺言で全作品にクリエイティブ・コモンズでの利用を宣言すればいいし、子孫も例えば作者の死後50年の段階で宣言する手もあります」

4.日本だけが一方的に保護期間の加算を義務づけられている「戦時加算」の解消努力
「そもそも日本は終戦時のサンフランシスコ講和条約で、旧連合国の作品について、最大で10年強の保護期間の加算を義務付けられています。つまり、今回の延長で、日本は死後80年という世界で類例を見ない長期保護国になったと言えます」
「TPPでの保護期間延長を後押しする意見には、20年延長する代わりにバーターでこの『戦時加算』を廃止できるというものもありました。しかし、延長はされたけれど、戦時加算の廃止はされていない。この解消は政府に課せられた宿題と言えます」

署名活動はchange.orgで呼びかけている。」(2018/12/30「BuzzFeed Japan」ここより)

著作権保護期間の延長については、自分は反対。しかし、法律が出来てしまった現在は、まさに上の記事にあるように、“今後の対策”を考えるしか無い。
反対の趣旨が、文化の活用=「死蔵の防止」にあるとすると、「権利者の意志の尊重による保護期間の短縮」の普及など、まだまだやれることはあるようだ。

この記事で「クリエイティブ・コモンズ」という言葉を知り、Netでググってみた。wikiによると、下記。
「クリエイティブ・コモンズ(英: Creative Commons、略称: CC)とは、著作物の適正な再利用の促進を目的として、著作者がみずからの著作物の再利用を許可するという意思表示を手軽に行えるようにするための様々なレベルのライセンスを策定し普及を図る国際的プロジェクト及びその運営主体である国際的非営利団体の名称である。
クリエイティブ・コモンズが策定した一連のライセンスはクリエイティブ・コモンズ・ライセンスと呼ばれる。」

ググっていたら、上の記事の“その後”として、こんな活動の紹介記事があった。
著作権延長後の世界で、我われは何をすべきか?
      慶應義塾大学 教授 中村伊知哉
シンポジウム「著作権延長後の世界で、我われは何をすべきか」が青山にて開催されました。
190114nakamura TPP11が6ヶ国目の批准を得て2018年12月30日に発効しました。著作権保護期間が著作者の死後50年から70年に延長されました。
2006年、米国や権利者団体の要求で保護期間の延長論議が本格化して以来、さまざまな議論が重ねられました。国益を損なうとしての反対意見も強く、文科省での議論でも見送られてきました。
しかし今回、TPP11発効に伴い延長となったものです。

だからといって、その事実を非難するよりも、過去の作品の保存と継承や新たな創造・ビジネス・教育・研究開発のために、「延長後の世界」でできることを、建設的に考えようという集まりです。

中山信弘・東京大学名誉教授の基調スピーチに次いで、福井健策弁護士から期間延長問題の経緯が説明されました。
・90年代に欧米が70年に延長し、他国に求めた。日本は2006年に延長論議となった。
・thinkC(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)が発足した。
・文化審議会でも議論となり、延長は見送られた。
・2011年、TPP協議で議論再燃となるものの、トランプ政権となり米国がTPPを離脱。
・だが政府は期間延長を内容とする法律を準備した。
・そしてTPP11の成立に伴い、延長が発効した。藤田嗣治、村岡花子などの作品が延長の対象となる。

延長に対する懸念は3点ほど共有されてきました。
1.遺族の収入増はわずかでメリットが少ない。
2.権利処理が困難となり、ビジネスや二次創作が停滞する。
3.コンテンツ輸入国たる日本は民間の負担増となる。

ぼくもこれら指摘に同意し、延長には慎重な立場を保ってきました。逆に、この懸念を覆すほど延長することを納得させる理屈もデータも12年間目にしませんでした。その中での制度化はどういう決定メカニズムだったのか疑問です。

(アメリカにTPPに帰ってもらいたいために日本は動いたということでしょう。ぼくはTPPには賛成ですが、著作権が人身御供になるのは失策と考えます。それは国内で知財政策の優先度が低いこと、知財戦略が弱いことの現れであり、悔しさを噛み締めます。)

生貝直人東洋大学准教授は、デジタル・アーカイブの取組が期間延長によって甚大なダメージを受けると主張。保護期間の最終20年に入った絶版資料を非営利のアーカイブ機関がネット公開することを認める制度を提案しました。

クリエイティブ・コモンズ・ジャパン渡辺智暁理事長は「使ってOK」と意思表示し、著作物を利用しやすくするクリエイティブ・コモンズの仕組みを推奨。絶版マンガを無料配信している漫画家の赤松健さんは、国会図書館から配信し、出版社・作者にもメリットのある分配システムを提案しました。

「法に失望した」と言う永井幸輔弁護士はブロックチェーンによる著作権管理の可能性を強調。弁護士が法よりテクノロジーでの改善策を説くのは色っぽい。ぼくもそのアプローチに強く期待します。その後も多くのスピーカーがブロックチェーンに言及しました。制度は後退しても時代は前進しています。

三菱UFJリサーチ太下義之さんによれば、90年代に公立文化施設が多数整備されたのは日米構造協議の内需拡大圧力で箱物作れとなったから。今般の延長も、外部からの働きかけによるメタ政策。逆に日本は世界に対し期間短縮を主張してよいと説きます。そうですよ。日本は自らの知財戦略を立てましょう。

慶應義塾大学田中辰雄教授が「著作権厨をなんとかしたい!」と主張。著作権論議は世間で共有されていない。権利にやかましいだけの人が多い。孤児作品の流通を高める上での弊害が「著作権厨」であると。名付けて広めて、恥ずかしめることで、影響力が下がる。うははは。さすがです。

司会の津田大介さん「議論の発端となった12年前からどう変わったのか?」
写真家の瀬尾太一さんは、著作権が唯一絶対のものではなく、もっと普遍的なものになった。法に限界があり、権利者・利用者が一体となるスキームが重要になった。権利者を呼んでスキーム論議をしよう、と提案しました。

津田さんが「お通夜みたいなシンポになるかと思ったが」とおっしゃったとおり、みなさん前を向き、明るく建設的。ぼくもthinkCの発起から携わりましたが、この12年の運動はムダではなく、みんなが学び、賢くなり、前進したと考えます。これを後世にどう生かしていくか。

12年前ぼくは司会で、孫ひ孫に資産を残したいと主張する松本零士先生に「そば屋も資産を残したがっているがそば屋法はない。なぜクリエイターだけ法律が要るのか」と素で聞いたところ「そば屋と一緒にするな!」と先生大激怒。おいしいリアクションをいただいた思い出があります。

これでthinkCの活動は一区切り。ですが瀬尾さんご提案のとおり、次の場はスグに必要です。本件に限らず(あまり言いたかぁないが海賊版含め)著作権を巡る問題はますます多層的に発生してきます。改めてアクションを起こしましょう。」(2019/01/12付ここより)

この記事、タイトルが良い。「著作権延長後の世界で、我われは何をすべきか」。シンポジウムのタイトルと同じだが気に入った。
安倍政権下で、さまざまな理不尽な立法がまかり通っている。しかし、冷めやすい日本人は、すぐにそれらを忘れてしまう。
この著作権のように、「我われは何をすべきか」という行動に結び付き、権力者の言いなりにならない草の根運動が重要だと思った。
“「お通夜みたいなシンポになるかと思ったが」、みなさん前を向き、明るく建設的。”という姿勢が大切だと気付かされた。

(関連記事)
「著作権、死後70年に延長」~一部権力者だけの意向で!? 
著作権の70年延長は疑問だ 

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2019年1月12日 (土)

ヴェルニゲロ-デ少年少女合唱団の「どうしたら家の中へ入れるだろう」

最近、ヴェルニゲロ-デ少年少女合唱団のドイツ民謡に凝っている。例によってFM放送で前から知っていた合唱団だが、CDを手に入れて改めて聞いている。
その中でも、初めて聞いた「どうしたら家の中へ入れるだろう」という歌が印象深い。

<ヴェルニゲロ-デ少年少女合唱団の「どうしたら家の中へ入れるだろう」>

「 Wie komm ich denn zur Tür herein 」

“Wie komm ich denn zur Tür herein,
Sag' du, mein Liebchen, sag!
“Nimm den Ring und zieh die Klink,
Dann meint die Mutt'r, es wär der Wind,
Komm du, mein Liebchen, komm!"

“Wie komm ich an dem Hund vorbei,
Sag du, mein Liebchen, sag?"
“Gib dem Hund ein gutes Wort,
Dann geht er wied'r an seinen Ort,
Komm du, mein Liebchen, komm!"

“Wie komm ich an dem Feu'r vorbei,
Sag du, mein Liebchen, sag?"
“Schütt ein bisschen Wasser drein,
Dann meint die Mutt'r, es regnet' rein,
Komm du, mein Liebchen, komm!"

“Wie komm ich denn die Trepp herauf,
Sag du, mem Liebchen, sag?"
“Nimm die Schuh nur in die Hand
Und schleich dich leis entlang der Wand,
Komm du, mein Liebchen, komm!"

「どうしたら家の中へ入れるだろう」
     ラインラントの民謡

どうしたら家の中へ入れるだろう
おしえておくれ恋人よ
ノッカーを持ち上げて取手を引いて頂だい
そうすればお母様は風音だと思うわ
来て下さいな 恋しい方 来て下さい

どうしたら犬のそばを通り抜けられるだろう
おしえておくれ恋人よ
犬に甘い言葉でもかけて下さいな
そうすれば自分の居場所に戻っていくわ
来て下さいな 恋しい方 来て下さい

どうしたらかまどの火のそばを通り抜けられるだろう
おしえておくれ恋人よ
火に少し水をかけて頂だい
そうすればお母さまは雨が吹き込んだと思うわ
来て下さいな 恋しい方 来て下さい

どうしたら隅段を昇っていけるだろう
おしえておくれ恋人よ
靴を手に持って壁づたいに忍んでいらっしゃい
来て下さいな 恋しい方 来て下さい

何ともロマンチックな歌だ。
この歌について、CDの解説にはこうある。
「どうしたら家の中へ入れるだろう
 ラインラント(1945年までのプロイセンに属した州)の民謡。恋人を自分の部屋に入れて、逢瀬を楽しもうとする若い二人のやりとりが、短調の切々とした旋律にのって歌われる。バックのコーラスの美しさもさることながら、フルートとギターの哀調あふれる伴奏、そしてテノールとソプラノの清潔な歌唱が聴く者の心をとらえて離さないだろう。曲といい演奏といい、このCDに収録されている曲目のなかでもベストのひとつだろう。」

そして合唱団についてはこう解説がある。
「ヴェルニゲロ-デ少年少女合唱団
ヴェルニゲロ-デ少年少女合唱団は1951年旧東ドイツのヴェルニゲローデのゲルハルト・ハウプトマン高等学校の合唱団を母体に結成された。1956年パリ・アマチュア合唱団国際コンクールで1位入賞を果たし、1981年ブルガリアのヴァルナ国際合唱コンクールでは2位入賞、1972年からは10年間にわたってベラ・バルトーク合唱フェスティバルに出演、高い評価を受けてきた。1989年の東西ドイツ統合後は学校名をヴェルニゲローデ州立音楽教育高等学校と改め、音楽教育を専門とする高等中学校となった。合唱団は引き続き継承され、15歳から18歳までの男女学生で構成されている。統一後の1990年5月にはシュトゥットガルトでのヨーロッパ青少年合唱コンクールで1位入賞、ドイツのテレビ、新聞で紹介され絶賛された。レパートリーとしてはドイツ民謡のほか世界民謡、16世紀から
19世紀の合唱作品に取り組み、これまでに13枚のレコードを録音している。」

合唱のハーモニーが実に美しい。聞いていると、自分の大好きなNHK東京児童合唱団(東京放送児童合唱団)のような美しさ。こちらが小学2年生から高校2年生までの団員に対し、この合唱団は、15歳から18歳までの高校生だけだという。
しかし、他の曲にもあるソロの歌声は、やはり児童では無い。大人の歌声。それが合唱になると、まるで児童合唱団のようなハーモニーになる。

自分は児童合唱が好き。唱歌や童謡も良く聞く。海外の合唱団にも、このように美しい合唱団がある。“発見”が楽しみである。
これからも、このCDから幾つか紹介していきたい。

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2019年1月10日 (木)

町田三天神(南大谷天神、菅原神社、町田天満宮)に行く

昨日は、コストコに行った帰りに、「町田三天神」に寄ってみた。我が家の天満宮めぐりも、今回で11ヶ所目になった。
町田三天神とは、⑨天神社(南大谷天神社)、⑩菅原神社、⑪町田天満宮である。
まず車のナビを頼りに天神社に向かう。ここは無人と聞いていたが、行ってみると案の定、誰も居なかった。鳥居をくぐって、石段を登り、神社にお参り。今までは「家内安全」だけだったが、今年はプラス**も。

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無人なので、御朱印は頂けない。次の菅原神社で貰えるらしい。

次に行ったのが「菅原神社」。駐車場らしき所に頭を突っ込んだら、駐輪場。窓から交番のお巡りさんが見えたので「駐車場はどこですか?」と聞いたら、一つ前の入口だという。車をバックさせようとしたら、お巡りさんが出て来て、誘導してくれた。
空いている駐車場に車を置き、階段を登る。するとピッカピカの社殿。Netでググってみると、新拝殿は2012年、参集殿は2017年の竣工だという。
まず御朱印を頼む。「天神社の御朱印も頂きたい」というと、怪訝な顔。「ああ、南大谷神社ですね。印刷になりますけど・・・」と言う。神社の人も、「天神社」という名称は使っていないらしい。
社殿でお参り。車椅子を押した人が何人もお参りしていた。亥の大きな看板の前でスナップ。(今年は自分の年) そう言えば、ここには牛さんが居なかったな・・・

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次に行ったのが、町田天満宮。ここは駅に近いせいか、人が多かった。でも駐車場には充分に入れた。ここは陸橋とつながっている。初詣はかなり混んだだろう。
ここでも、御朱印をもらう。しかし、ここも印刷。直接書くのは大変なのだろう。
街中にしては、境内は結構広く、牛さんも2頭居た。朱い鳥居の「出世稲荷」が面白い。境内に厄年の看板があったが、息子がどうも本厄らしい。

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ゆっくり回って1時間半ほど。帰りは1時間ほどで八王子着。
正月のドタバタが過ぎて、また天満宮めぐりの再開である。今回は車で回るには、空いていて時季が良かった。
さて次は??

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2019年1月 8日 (火)

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」~「上からの弾圧」より怖いのは

昨日の朝日新聞にこんな記事があった。
「(日曜に想う)「上からの弾圧」より怖いのは 編集委員・福島申二
 天気図に縦縞(たてじま)が並ぶとき、季節風は雪を降らせて山を越え、関東平野で空(から)っ風になる。去年の師走の一日、吹いてくる風に向かうように列車に乗って、長野県の上田市を訪ねた。
190108fubou  関東の冬晴れが、軽井沢を過ぎるあたりから雪催(もよ)いになった。故・金子兜太さんが揮毫(きごう)して昨年2月に除幕された「俳句弾圧不忘の碑」は、冬枯れた丘の木立の中に静かに立っていた。
 俳句弾圧とは、時局にそむく作品をつくったとして、1940年代に治安維持法違反容疑で俳人が相次いで捕らえられた事件をいう。「不忘の碑」の説明文によれば少なくとも44人が検挙された。
 碑には弾圧を受けたうち17人の句が刻まれている。その一人、渡辺白泉(はくせん)は今月30日が没後50年の命日になる。白泉の名は知らなくても、この句は知っているという人は多いのではないか。
190108fubou1_2  〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉
 いつしか忍び寄ってきた戦争が、気づけば暗がりにぬっと立っている。戦慄(せんりつ)的な暗喩の句は、昭和の戦争のイメージを呼び覚まして不朽である。
 もう一つ、応召して水兵になった横須賀海兵団時代の句も忘れがたい。
 〈夏の海水兵ひとり紛失す〉
 海に落ちるかして水兵が行方不明になったのだろう。それを「紛失」と表すことで、人がモノのように扱われる非情さを万の言葉にも増して暗示する。
 去年の秋以降は、国会の審議にこの一句を思い出すことが多かった。
    *
 外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法の改正は、粗雑と拙速をきわめる審議に終始した。新たな法には、自分がそうしろと言われたら耐えられないようなことを、他人(外国人)には求める冷ややかさが垣間見えている。
 たとえば「特定技能1号」という在留資格ができた。これによって、5年の技能実習を終えてさらに5年、最長で計10年日本で働くことができる。しかしその間、家族の帯同は禁じられる。あまりに酷な扱いではないだろうか。
 そもそも今ある技能実習制度が、安価な労働力を確保するための「悪(あ)しき仕組み」になっていないかと指摘されて久しい。低賃金や労働環境のつらさのために失踪する実習生は後を絶たない。
 国会審議の過程で、凍死、溺死(できし)、自殺などで3年間に69人もの実習生が死亡していたことがわかった。だが、そのことへの見解を問われた首相は「私は答えようがない」と突き放した。白泉の詠んだ「水兵ひとり紛失す」の非情さが重なるのは、このあたりの政官の姿勢だ。
 時は流れても、人間は絶えず非人間化される危うさの中に生きている。その真実を、兜太さんによる「不忘」の文字は伝えているように思われる。
    *
 「不忘の碑」の隣には「檻(おり)の俳句館」という小さな建物があった。
 事件で検挙された白泉ら俳人の似顔絵や作品を壁に展示し、一人ずつ鉄格子を取り付けて表現や言論への弾圧を「忘れまい」と訴える趣向になっている。
 〈ナチの書のみ堆(うずたか)し独逸(ドイツ)語かなしむ〉は時局に便乗した当時の書店の光景であろう。今のヘイト本を想像させる。句は一本の鞭(むち)のように、作者の古家榧夫(かやお)と檻の中からこちらを見つめている。
 館主のマブソン青眼(せいがん)さん(50)はフランス出身の俳人で長野市に住む。兜太さんを師と仰ぎ碑の建立に尽力した。その人の言葉にはっとさせられる。「上からの弾圧だけではない。下からの弾圧がこわい。まわりの目が気になって、怖くなって、自分の自由を自分であきらめる。自分で自分の檻を作っている」
 大げさな話ではない。職場や地域など日常の中での「空気」の圧力は誰にも経験のあることだろう。政治色を嗅ぎとられる意見や表現は、近年とみに息苦しさが増している。メディアもまた自己規制という「檻」を内部に抱えている。
 碑も館も、ささやかな存在だ。しかし訪ねてみると、それらの句が過去のものではなく、今という時代と深く切り結んでいることに気づかされる。油断してはならない、という声を遠くから聞く。」(
2019/01/06付「朝日新聞」p3より)

この記事で紹介されていた「戦争が廊下の奥に立つてゐた」という句は、自分も作者は知らなかったが、ゾッとして記憶に残っていた句。そして「夏の海水兵ひとり紛失す」の冷たさ・・・

毎日、大々的に報道されている海上自衛隊の哨戒機へのレーダー照射問題。韓国ではこんな見方もあるという。

「安倍首相に謝罪要求=「摩擦利用」と主張―韓国野党
【ソウル時事】韓国駆逐艦による海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問題で、保守系最大野党「自由韓国党」報道官は6日、論評を発表し、「安倍(晋三)首相は防衛省の反対にもかかわらず、映像公開を指示するなど、急落する支持率の回復のため、韓日間の摩擦を利用しているとみられる」と主張、安倍氏の謝罪を要求した。
 韓国国防省は4日、日本の主張に反論する動画の中で、「この事案を政治的に利用せず、実務協議を通じた事実確認手続きに入るべきだ」と呼び掛けたが、自由韓国党はさらに踏み込み、安倍氏に矛先を向けた。」(
2019/01/06付 ここより)

この見方が、当たっているかどうかは分からない。しかし、国内では論じられていないが、そんな見方もあるのだと知った。それにしても、テレビも新聞も、この問題に関しては、韓国非難一色。
ふと自身を振り返ってみても、「韓国をやっつけろ!」と思っている自分が居る。
まさに「戦争が廊下の奥に立つてゐた」だ・・・・

たぶん戦争は、このように始まるのだろうな、と思う。ふと二つの言葉が浮かび、広辞苑で引いてみた。

ナショナリズム【nationalism】
 民族国家の統一・独立・発展を推し進めることを強調する思想または運動。民族主義・国家主義・国民主義・国粋主義などと訳され、種々ニュアンスが異なる。

プロパガンダ【propaganda】
 宣伝。特に、主義・思想の宣伝。

先の戦争で、日本軍が中国の街を占領する度に行われた提灯行列と万歳三唱。そして「日本勝った日本勝った、また勝った 支那のチャンコロまた負けた」と歌ったという。
確かに、政府によって煽られていたこともあるとは言え、多くの国民が真に「やれやれ!やっつけろ!」と思っていたのでは無いか?

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」
今回も、韓国を跪(ひざまづ)かした後、日本の国民は提灯行列でもするのだろうか?
国全体で「韓国憎し」「韓国をやっつけろ!」と一丸となっていることが怖い。

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2019年1月 7日 (月)

「敵は、嘘。」「嘘つきは、戦争の始まり。」~宝島社の企業広告

今朝の朝日新聞を開いて、宝島社の全面広告に目が釘付けとなった。
曰く

190107takarajima 嘘つきは、戦争の始まり。
「イラクが油田の油を海に流した」
その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。しかしその真偽はいまだ定かではない。ポーランド侵攻もトンキン湾事件も。嘘から始まったと言われている。陰謀も隠蔽も暗殺も、つまりは、嘘。そして今、多くの指導者たちが平然と嘘をついている。この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。。今、人類が戦うべき相手は、原発よりウィルスより温暖化より、嘘である。嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。

宝島社のサイトに、この広告の意図が書いてある。
「【宝島社企業広告】「敵は、嘘。」「嘘つきは、戦争の始まり。」1/7掲載
企業広告のテーマは「嘘」

 ファッション雑誌販売部数トップシェア(※)の株式会社宝島社(代表取締役社長:蓮見清一 本社:東京都千代田区)は、2019年1月7日(月)、企業広告「敵は、嘘。」を読売新聞朝刊と日刊ゲンダイに、「嘘つきは、戦争の始まり。」を朝日新聞朝刊に、合計新聞3紙(全国版)に同時掲載します。

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宝島社企業広告「敵は、嘘。」 読売新聞 全国版 朝刊・日刊ゲンダイ 全国版 2019年1月7日掲載

190107takarajimasyaasahi_2
宝島社企業広告「嘘つきは、戦争の始まり。」 朝日新聞 全国版 朝刊  2019年1月7日掲載

 弊社では、商品では伝えきれない“企業として社会に伝えたいメッセージ”を、企業広告を通じてお伝えしたいという思いで、1998年より企業広告を開始いたしました。これまでに数々の広告賞(読売広告大賞、朝日広告賞、朝日新聞読者賞、日本新聞協会 新聞広告賞、ADC賞、TCC賞、グッドデザイン賞ほか)をいただいており、Yahoo!ニュースのトップに掲載されるなど、様々なメディアで話題となっています。

 今回の企業広告のテーマは「嘘」です。「敵は、嘘。」「嘘つきは、戦争の始まり。」をメインコピーに、2つのビジュアルを使用しました。連日メディアを賑わしている隠蔽、陰謀、収賄、改ざんの事件など、気がつくと、世界中に嘘が蔓延しています。それを伝えるニュースでさえ、フェイクニュースが飛び交い、何が真実なのか見えにくい時代になってしまいました。人々は、次から次に出てくる嘘に慣れてしまい、怒ることを忘れているようにも見えます。嘘が蔓延している今の世界に対して、嘘についてあらためて考え、そして、嘘に立ち向かってほしい、そんな思いをこめて制作しました。

 宝島社は今後も、企業として社会に伝えたいメッセージを、企業広告を通じて世の中にお伝えしてまいります。

※日本ABC協会 雑誌発行社レポート2018年上半期(1~6月)より

【広告意図】
今回の企業広告のテーマは「嘘」です。
気がつくと、世界中に嘘が蔓延しています。
連日メディアを賑わしている隠蔽、陰謀、収賄、改ざん…。
それらはすべて、つまりは嘘です。
それを伝えるニュースでさえ、フェイクニュースが飛び交い、何が真実なのか見えにくい時代になってしまいました。
人々は、次から次に出てくる嘘に慣れてしまい、怒ることを忘れているように見えます。
いまを生きる人々に、嘘についてあらためて考えてほしい。
そして、嘘に立ち向かってほしい。
そんな思いをこめて制作しました。」
(宝島社のここより)

実に同感である。
読売新聞と日刊ゲンダイに掲載された文面も読んでみよう。

敵は、嘘。
いろいろな人がいろいろな嘘をついている。子供の頃から「嘘をつくな」と言われてきたのに嘘をついている。陰謀も隠蔽も改ざんも粉飾も、つまりは嘘。世界中にこれほど嘘が蔓延した時代があっただろうか。いい年した大人が嘘をつき、謝罪して、居直って恥ずかしくないのか。この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。

前に樹木希林の「死ぬときぐらい好きにさせてよ」の広告が目を引いた(ここ)。これも宝島社の広告で、ウチのカミさんが切り取って大切にしている1ページ。

これからも宝島社の広告は見守って行きたい。そして、今までの広告も、改めて振り返ってみたい。

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2019年1月 5日 (土)

「結婚するなら、見合い? 恋愛?」

今日の朝日新聞にこんな記事があった。

「(be between 読者とつくる)結婚するなら、見合い? 恋愛?
 人生の一大事、結婚。「運命の人」に出会えるかは、後半生を決めるとも言えます。おせっかいを自称する仲人さんは減ったようですが、一方で相性を科学的に判定する婚活サイトなどが盛んです。結婚するなら、条件があらかじめ分かる見合いか、燃え上がった末の恋愛かを聞いたところ、4人に3人が恋愛結婚派でした。

 ■「実質は同じ」の声も
 設問の「見合い」には、世話人や親戚、上司らのほか、婚活サイトなど結婚情報提供業者からの紹介も含めた。
 現実はどうか。国立社会保障・人口問題研究所の「結婚と出産に関する全国調査」によると、2015年で出会いのきっかけが「見合いで」「結婚相談所で」を合わせた「見合い結婚」はわずか5%。恋愛結婚が88%を占める。1940年ごろは見合いが70%、恋愛が15%だったが、70年ごろに逆転した。
190105kekkon  今回のアンケートでは、結婚経験の有無も聞いた。「結婚(事実婚を含む)したことがある」のは84%。経験者に「結婚してよかったか」と尋ねたところ、「よかった」という人が94%にのぼった。
 見合いのよさは何か。「互いの周辺環境が分かっていて、後で『知らなかった』とならない」(千葉、55歳男性)、「育った家庭環境が近い人を紹介してくれる。玉の輿(こし)などの格差婚は後々、価値観の違いで苦労しそう」(愛媛、49歳女性)。
 大阪の男性会社員(41)は「恋愛は妥協と勢いだが、結婚は慎重さが必要。第三者が自分に合うと判断して紹介してくれる見合いで結婚したい」。見合い結婚20年の茨城の主婦(43)は「一時の激情で人生を判断できない。(自分は)じわじわと愛を深め、今もラブラブ」という。
 この夏に婚活サイトで知り合った人と結婚する京都の女性公務員(35)は「仕事をしていると出会いも限られ、恋愛相手が条件に合うとは限らない。長く働きたいと願う女性が増えるほど、見合い結婚が増えるのでは」。東京の65歳男性は「誠実だけど地味で口べたな男性は、恋愛には不向き。よき夫、よき父親になれる男性が幸せになれるよう、見合いの復権を望む」。
 続いて恋愛結婚派。大阪の男性社長(62)は「恋愛は、結婚するまでの物語を紡ぐことができるのがすばらしい」という。千葉でいまパートで働く女性(53)は、夫と職場で知り合い、5年の交際後に結婚した。「結婚生活に波はあるが『選んだのは自分だ』という思いが破綻(はたん)を防いでいる」。東京の女性教員(64)は「結婚までの様々な障壁を乗り越えたことなど、絆が強いのは恋愛結婚ではないか」と考える。
 相手への期待値が高くなりがちなのが、恋愛結婚。埼玉の男性会社員(57)は「若さと可愛さと性格で選んで、失敗した。全て変わってしまったのだった」と嘆く。
 神奈川の主婦(48)は「恋愛結婚なのに、今は相手のことを死ねばいいのにと思う。どうしてこうなってしまったのか」。大恋愛の末に結ばれた岡山の主婦(56)は「『こんなはずじゃなかった』と、たびたび感じる私に比べ、最初から『こんなもの』と思って暮らしている見合い結婚の友だちはみな幸せそうで、うらやましい」。
 新潟の女性団体職員(63)はいう。「結婚という形に到達するには『自分で選んで決めた』という思いが重要。見合いも恋愛もきっかけだけの話で、実質は同じだ」
 行きつけの喫茶店で出会った妻を最近がんで亡くした北海道の経営者(65)は、三十数年の結婚生活を思い返す。「相手を見極めるという意味で、見合い結婚も恋愛結婚も同じ土俵の上にある。20年後、30年後を見極める力などあるはずもなく、自分の選択眼を信じて苦楽を共にしてきた。結局、一緒になってからの、互いの忍耐と努力と思いやりが大切だ」。おっしゃる通りです。(畑川剛毅)」(
2019/01/05付「朝日新聞」b10より)

上のアンケートによると、9割の人が結婚相手を自分で見付けているという。つまりは、自分で見付けられず、はたまた誰も紹介してくれない人は未婚となる。つまりは未婚率の上昇に。
見合いが主だった昔は、経済合理性から結婚が当然の流れだった。しかし、女性が経済的に独立した現代は、果たして「結婚してよかったか」どうかは??だった。しかしこのアンケートでは94%が良かったと答えているのは、少々???だ。

せっかくの人生。結婚に伴う苦労もしてみるのも人生では?という論なら分かる。しかし、独身で自由な人生と、結婚で生じる様々な制限は、比較にならない。
夫婦ゲンカをすれば、しばらくは口をきいてくれない。そのストレス。もちろん子どもが生まれたら、経済的にはもちろん夫婦間の関係もビミョーになるもの。
それでも「結婚してよかったか」と言う人は、夫婦の関係がうまく行っている人。

上の「若さと可愛さと性格で選んで、失敗した。全て変わってしまったのだった」という感想は笑える。
そして「結婚という形に到達するには『自分で選んで決めた』という思いが重要。見合いも恋愛もきっかけだけの話で、実質は同じだ」という論は正解。その通りだと思う。夫婦間で何があっても、「自分で決めたのだから」という思いが、忍耐につながる。

図にもあったが、結婚ではやはり「価値観」が重要だろう。同じような価値観であれば、生活は同じようなものになる。しかし価値観が違うと、お互いに目指すものが異なり、一緒に居る時間さえ少なくなる。
一方、夫婦は似てくる、という論もある。会話が多い夫婦は、お互いの意志を日頃からぶつけ合い、納得した論は受け入れる。結果、双方の価値観があるひとつの方向に向かって収束していく。つまりは似たもの夫婦となる。
それが出来ない夫婦は、家庭内別居状態になる??

我が家も、会話が多いせいか、価値観は時間と供に収束しているかに見える。特に政治的な見解は似ている。いや、自分が洗脳されてしまっている!?
しかし食べ物は相変わらず戦いの連続。カミさんは何でも固い物が好き。コシのあるソバ、固いパン、固く焚いたご飯・・・。自分はちょうどその逆。
でも、そろそろ先が見えてきた人生。まあユルユルと・・・

話は変わるが、正月になって、年賀状やメールで色々な情報が入り出した。「肺がんの1期で、肺を半分切ったので肺活量が1リットル減りました」というビックリもあるが、「55歳になりました」という元部下の年賀状にもビックリ。いまだに昔の記憶で考えているようだ。そして元同僚の「**の脳梗塞は重く、半身不随らしい」との話には、心が重くなる。どおりで、今年届いた賀状は「終活年賀状」だった。奥さまが出されたのであろうか・・・?

それもこれも、カミさんあっての話・・・。
ふと昔、同僚をホスピスに見舞いに行った時のことを思いだした(ここ)。
奥さまに「大変ですね」と言ったら、「妻ですから」という言葉が返ってきた・・・。

やはり最後に頼るのは家族しかない。今年は亥年。ここまで来たら、突き進むしかない。
そして死ぬ時には、「結婚してよかったか」と思って死にたいものである。
(今日の夕方、カミさんの指のトゲを抜いてやったら「結婚して良かった」とぬかす。背中に保湿クリームを塗ってやるときだけ「結婚して良かった」と言われるのでは、何とも寂しかろう!?)

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2019年1月 1日 (火)

「明けましておめでとうございます」2019年

2019年が明けた。「明けましておめでとうございます」
今年は、5月1日の改元が予定されている。平成もあと4ヶ月で終わる。

190101heisei 我が家の和室に、30年の間鎮座している書がある。「地平天成」という書である。
wikiの「平成」の項目には「新元号の発表時に小渕恵三が述べた「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経(偽古文尚書)』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味である。」とある。
そこから来た「地平天成」の書を書いてくれたのが、書道をやっていた叔母だった。
この家を建てたのが昭和最後の年だった昭和63年9月。その4ヶ月後に「平成」に替わった。
新築したその家に遊びに来てくれた時に、叔母が持ってきてくれたお祝いが、この書だった。それ以来、我が家の和室に鎮座していたというわけ。しかしその歴史も、今年は一区切り。この家と同じように年を重ねてきた平成の時代が終わる。

振り返ると、自分の人世は、41年間の「昭和」と30年間の「平成」、そして次の元号の3つに亘ることになる。自分にとって、昭和は「育ち」、そして平成は「仕事」という言葉があてはまる気がする。
元旦なので年賀状が来た。だいぶん少なくなっているが、相変わらず「終活年賀状」を出したのに、来ている人も多い。さてこの扱いが難しい。
それに加え、1月下旬に予定されている、会社の同期会の出欠回答メールの同報が幾つか舞い込んでいる。それを読むと、体調不良の人が増えてきている。難聴や脊柱管狭窄症、癌治療の後遺症など。同期で亡くなった人は1人だが、古希を超えると同時に、体調不良の人が増えて来たように思う。

話は違うが、年末から福岡の次男一家が来ている。
そして今朝の新年のスタートは、カミさんの「トラブル発生!**ちゃん(下の2歳の孫娘)が39度の熱。寝ている場合じゃ無いよ!」という言葉で起こされた。波瀾の幕開け!?
今日は一日、上がったり下がったりの熱で、翻弄されてしまった。
いやはや子どもは大変だ。ちょっと機嫌が悪いと40度近い熱。少し経つと37度。また少し経つと39度。何とか平熱に下がって寝てくれたが、原因不明の発熱は良く分からん。
ともあれ、明日は無事に福岡に帰ってもらわねば・・・

2歳半の孫娘が「元気になりました!」と宣言して、上機嫌でパクパク夕食をたべていたので、大丈夫とは思うが、なかなか印象深い正月ではあった。

ともあれ、今年もよろしくお願いします。

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